私は、天海春香   作:ルイぼす

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第1話

 ──アイドル

 

 それは女の子の永遠の憧れ、頂点に立てるのはほんの一握り。

 そんなサバイバルな世界に十三人のアイドル達が足を踏みいれようとしていた。

 

 おっと、失礼しました。

 厳密に言えば十二人かもしれません。

 

 えっ? 何故かって?

 

 それは、この物語を見ていけば分かりますよ。

 

 

 

 

 

 まだ夜明け前の早朝。

 今日も天海春香としての一日が始まろうとしていた。

 あたりの並木道には桜が満開になり始めた頃で、そう言えばそろそろ満開の季節だなぁと思う。

 事務所の仲間達を誘ってお花見をするのも春香らしくていいかもしれないと考えながら、私は自転車を一定の速度で走らせていた。

 乗っている最中には川のせせらぎや小鳥の鳴き声も聞こえてきて、中々風情があっていいなぁと少し余裕のある考えをしている様に見える。

 ここまで余裕があるのも、全て現実逃避する為の一時しのぎに過ぎない。今日はとあるテレビのドキュメンタリーの取材がある日だ。

 カメラマンさんと待ち合わせをしていたのは……確か駅前だったはずだ。

 ……どうしよう、上手くやれるかなぁ?

 ちゃんと転べるかなぁ? 天海春香になれるだろうか?

 側から見たら川のせせらぎを聞いたりと余裕そうに見えているけど、天海春香はそんな冷静な女の子ではない。どちらかと言うと元気でみんなのリーダーで、アイドルを夢見る普通の女の子だ。

 自転車を近くの駐輪場で止め、カゴに入れているスクールバッグを右肩に掛けながら、駅に向かってゆったり歩く。

 エスカレーターを上った先には改札口があり、右肩のスクールバックからカードが入っているパスケースを取り出してタッチする。

 

「──あっ、おはようございます!」

 

 私がパスケースをバックにしまった直後、目の前で撮影をしているカメラに気がつきスイッチを切り替える。

 挨拶をしながら目の前でドンガラガッシャーン!

 我ながら完璧な転けっぷりを見て心配なのか、カメラマンは心配する声を掛ける。

 

「す、すみません。慌てちゃって……」

 

 私は手で頭を撫でながら恥ずかしそうに笑う。

 その様子にカメラマンはホッとしたのか、よかったと言ってくれた。

 どうやら掴みは完璧だったらしい。

 

 六時一分に到着する東海道線の東京行きの列車は定刻通りに来たようで、私はいつも並んでいる所で完全に停止するのを待ちながら、バックからイヤホンを取り出して耳に装着する。

 自分で言うのもあれだが、私の住んでいる町は決して都会という方ではないので、最初の方は全く乗ってこない。

 しかし、三駅や六駅ほど過ぎた辺りから様子が変わってくる。

 辺りの景色は山ばっかだったのが、少しずつ一軒家やマンションにビルが立ち並び始め、乗ってくる人も少しずつ増え始める。

 乗っている最中では私はいつも音楽を聴いているが、目の前に困っているおばあちゃんを見かけて天海春香ならどうするか考えた結果、私は席を譲る事にした。

 おばあちゃんは最初は少し遠慮をしていたが、悪いねぇと言いながら微笑んで座ってくれた。良いことをすると気持ちも健やかになるもので、その後はつり革に掴まりながら、耳から流れてくる音のリズムを刻みながら聴いていた。

 最寄り駅に無事到着し、私とカメラマンさんはここから徒歩で事務所に向かい始める。

 イヤホンはカメラもあるのでバックにしまい、会話がない不自然な状況の中歩いていると、向こうから声をかけて来た。

 

「事務所まで、どのぐらいかかるんですか?」

 

「えっと、二時間ぐらいですかね」

 

「通うのは大変じゃないんですか?」

 

「はい。でも、電車の中で歌を聴いたりオーディションの資料読んだりしていますから、あっという間です」

 

 私はおそらくテレビで使われるであろう部分の質問について、天海春香らしく答えていく。

 その最中、通り道にあるローソンへ立ち寄ってみると、真が本のコーナーで立ち読みをしているのを発見した。

 

「真、おはよう!」

 

「おはよう春香……って、うわぁ!」

 

 真がこちらの声に気が付いて声を掛けてくれるが、その横にいるカメラマンに気が付いたのか読んでいた本を慌てて後ろに隠す。

 恐らく読んでいたのは少女系のマンガだろうけど、別に隠さなくて良いのにと思っちゃうのは私だけだろうか。

 そこからは真の質問の時間なので、カメラマンさんは私には特に話すことはなく一緒に事務所に向かう。

 ローソンから少し歩くと目視で四階建ての小さいビルにある765プロの中を目指して入っていく。

 ちなみに一階にあるたるき亭は、小鳥さんや社長達がよく利用しているお店だ。

 その中に見えるエスカレーターはやはり今日も修理中で、私はつい愚痴をこぼしてしまう。

 

「いつになったら直るのかなぁ、エスカレーター」

 

「まあ、良い運動になって良いんじゃない?」

 

 真は元々体力があるから軽く言えるが、私にはあまりないので正直羨ましい限りだ。

 カメラマンは私がスカートな事もあってか、少し気を使いながらこちらのことを撮影している。

 もう少し服装を考えるべきだったかな? と、少し自分自身に反省しながら事務所の扉の前へとたどり着いた。

 上がガラス張りになっている扉には『765プロダクション』と黒文字で書かれている。

 どうやらここで少し撮影をしたいらしく、私と真はその指示に従いながら行動を始める。

 

「えっと、ここが私達の事務所です」

 

「「せーの、765プロへようこそ!」」

 

 そう言いながら扉を開く。

 カメラマンさんにオッケーのサインをもらい二人でホッとしたため息をつきながら、私達は事務所の中へ入る。

 ここから、天海春香の『日常』は始まるのだ。

 

 

 事務所の中では常にハプニングの連続だ。

 まるでバラエティー番組の世界にいるかの様で、毎日の様に何かしらのトラブルが起こっている。

 今日は響ちゃんのハム蔵が事務所の何処かへ逃げ出してしまったらしく、響ちゃんと亜美と真美がハム蔵を追いかけていた。

 余談ではあるけど、私はハム蔵にほんの少しの親近感を持っているのは別の話である。

 そして、その後を追う様に伊織とやよいも給湯室の方へついていくが……恐らく伊織はカメラが回っている事に気が付いていないだろう。

 

「なーんか賑やかだね」

 

 そんな何時もの風景の中、私は窓際の方でデスクに座る千早ちゃんの横にいる。

 天海春香と如月千早には切っても切り離せない縁があり、今後のアイドル活動においてかなり重要になるだろうから、今の内に仲良くなっておきたいと考えている。

 

「これは、いくらぐらいするの?」

 

 千早ちゃんが触っていたのは、私がいつも使っているピンクのオーディオプレーヤーだ。

 容量にもよるかなと答えると、千早ちゃんは「容量……?」と固まってしまい、大きさの事だよと私が答えると、さらに難しく考えてしまったのか「大きさで容量が変わるの?」と言いながら片手で軽く振る様にオーディオプレーヤーを触る。

 どうやら色々と勘違いをしている様なので、「容量って言うのはメモリの事で──」と話そうとするが、どうやら自己完結してしまったらしく、私には無理だわと諦めてしまった。

 如月千早は機械が苦手だというのはやっぱり本当だと確認出来た私は、そのまま返された機械をそのまま受け取る。

 そのまま私達の会話は終わってしまい、なんとも居心地の悪い空間になってしまった。

 最後の方で仲が良くなるとはいえ、やっぱり最初の方では天海春香と如月千早の距離感はこんな感じなのだろうか? と、考えているうちに律子さんからの怒号が聞こえてきて、それまでガヤガヤしていた事務所は一気に静まり返った。

 ああ、いいなぁと思ってしまった。

 

 

 今日は十四時半からボーカルレッスンがあり、メンバーは私と千早ちゃんと美希の三人とジャージ姿で行う事になっている。

 当然そこでもカメラマンは撮影をするわけだけど、やっぱり天海春香っぽくなる様に声を抑えていくのは結構大変である。

 ピアノに流れる音に合わせて声を出していくのだが、私はこの中で汚い言葉で言えば一番下手くそ、綺麗な言葉で言うなら上手くないという設定だ。

 天海春香として、ぴったりの声量になる様に調節しなくてはならない。

 この中で、ボーカルの能力が極めて高い千早ちゃんと美希が霞んでしまう様な歌声を出すなんて言語道断である。

 憧れていた声を生で聞ける、私はそれだけで十分幸せだしそこに混ざれるなんて夢の世界の様で、現実は地獄の様だった。

 美希や千早ちゃんはそこでもっと歌が上手くできる様なトレーニングをしていたが、その後の私はやっぱり個人でスパルタだった。

 この辺りの描写はアニメではされていないが、やっぱり私はこんな感じで苦労しているんだなぁと感じた。

 当然、その様子は後ろで座っている千早ちゃんと美希にバッチリ見られている事は言うまでもない。

 

 

 その後は私の発売した「太陽のジェラシー」の路上販売と握手をする事になっており、小鳥さんと一緒に販売店の前で活動していた。

 今回の活動の目標はCDを売ることも確かに大切だが、それ以上に名前を売ると言うことが重要だ。

 今は小鳥さんはカメラマンの取材を受けており、私はビラと一緒に自分の宣伝を隣でしていた。

 その時、流れ通り小鳥さんの携帯から電話が掛かってくる。

 ここで小鳥さんは他の仕事に行かないといけなくなってしまい、カメラマンさんもとい未来のプロデューサーさんと一緒に宣伝活動をする事になる。

 

「ごめんね春香ちゃん、少し別件で仕事入っちゃって。カメラマンさん、あとはお願いしますね!」

 

 予定通り、小鳥さんは慌てて走りながら次の仕事の方に向かっていった。

 置いてけぼりを食らったカメラマンさんは困った様な表情をしてしまう。

 この時も含め、この状況ではプロデューサーさんの顔を見ることは出来なかったので、今は少し新鮮な気持ちで知っているとは言えその様子を見る事が出来る。

 

「えへへ、お願いされちゃいましたね。それじゃあ、一緒に頑張りましょう! おー!」

 

「お、おぉ〜〜……」

 

 案の定、プロデューサーさんは少し困った顔をしていて、やっぱりかわいいなって感じた。

 

 

 こうして、私の一日は終わりを告げる。

 無論、一生このままという訳にはいかない。

 こうしてカメラマンに扮したプロデューサーさんも現れて、私達のアイドル活動は少しずつ、しかし確実に前に動き出している。

 今の私の毎日は単純な作業等の繰り返しの様なものだからボロは出ていない。

 しかし、これがライブだったらどうなるだろうか?

 テレビの生放送出演だったら?

 他の子では感じない様な不安と他の子でも感じる不安、私の未来の不安は恐らく他の子とは少し異なったものだろう。

 他の子は、アイドルとして上手くいけるのか?

 しかし、私は違う。

 私は、いつまで天海春香で居られるのだろうか。

 

「あっ……」

 

「降りそうね」

 

「桜、散っちゃうかな」

 

 こうして如月千早と空を見上げられるのは、後何回だろうか。

 辺りがすっかり暗くなった頃の空は、月の周りで雲が囲んでおり、まるで逃げられなくなった私みたいな姿をしていた。

 

 

 帰り道、私はカメラマンさんに最後の質問を聞かれた。

 

 ──貴方にとって、『アイドル』とは何ですか?

 

 その質問の答えは二つある。

 一つは天海春香としての答え、もう一つはもう一人の異物としての天海春香の答えだ。

 ここで、アニメと違う様な答え方をするのは簡単だし、本物の天海春香では無い私にはそれが正解の路線だろう。

 ──しかし、その答えは私には許されない。

 私は決して許されない罪を犯した。

 私が今も生き続けていられるのは彼女のおかげだし、彼女は被害者でもある。

 だから、私は同じ様に答えを告げる。

 

「夢、ですかね。憧れなんです! 小さい頃からの。辛いことがないって言ったら嘘になりますけど、その夢はまだ始まったばかりで、今はそれ以外の事は考えられません」

 

 この後の目のアップが印象的で今でも覚えている。

 今のプロデューサーさんは私の目を見てどう思うだろうか? キラキラしていると思うだろうか? 夢見る少女だとも思うのだろうか?

 私には、その答えが出せない。

 自分で自分を偽りすぎて、どれが本当の私が時々分からなくなってしまう。

 私は、天海春香だ。

 

 誰がなんと言おうと、この世界での天海春香は私だ。

 

 それだけが、変わらない。変えられない現実としてあった。

 




勢いで書いた

後悔はしていない
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