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まさかの日間のランキングに掲載されている
震えが止まりません。
こんな勢いで続いている小説を読んでくれて、ありがとうございます。
出来れば、今後とも応援してくれると嬉しいです。
続きです
「──待って、雪歩!」
息を切らしながら私と真は二人で雪歩の後を追いかける。
ここは765プロがあるビルの通路で、私達が追いかけている雪歩は泣きながら事務所の扉を勢いよく開く。
原作でも男が苦手という描写は酷かったが、生でその様子を見ても中々酷いと私も思ってしまうほど、雪歩は本当に男が苦手らしい。
「ちょっと、雪歩!」
雪歩が開いた事務所の扉を私と真が走りながら通り、真が声を掛けるが止まる様子はない。
今は後ろを見る余裕がないが、確か後から伊織がゆっくりと付いてきて、プロデューサーさんに文句を一通り言った後、穴掘り雪歩のシーンに突入するというのが原作の流れだ。
「ごめんなさい……私、私……ごめんなさい」
「しょうがないよ、今日はたまたま男の先生だったからさ」
事務所のデスク付近で雪歩はようやく足を止め、私と真が追いつく。
近くの緑色のソファーで亜美と真美がゲームをしていたが、こちらの様子が気になるのか視線はこちらに向けられていた。
真が泣いて落ち込んでいる雪歩の背中を慰めるように触っている中、騒ぎに気が付いたプロデューサーさんと一緒にレッスンを受けた伊織も到着した様で、私は原作通りに泣いている雪歩にハンカチを渡す。
「ほら、鼻水が洋服に着いちゃうよ」
「全く! 雪歩の男嫌いの所為で全然レッスンにならなかったわよ!」
その瞬間、雪歩の肩がビクッと震える。
伊織に図星を言われてしまい、雪歩は自己嫌悪でどんどんマイナスの考えしか浮かんでこない状況、そろそろ雪歩が穴を掘り始める頃だと私は理解する。
「──伊織、そんな言い方はないだろ! 雪歩が可哀想じゃないか!」
「ふんっ! 何よ、本当の事を言ったまでじゃない!」
伊織と真の喧嘩は徐々にヒートアップしてきてしまい、プロデューサーさんも伊織の肩を抑えて止めようとするが、徐々に雪歩の様子がおかしくなっている事に私は気が付く。
別に生で見るのは初めてではないが、ここのシーンはアニメで初めて演出される雪歩の穴掘りシーンで、初見の時に色々な意味で印象に残っていたのを覚えている。
「そうだよね、こんな私なんか……私なんか、穴掘って埋まってます〜〜!」
「「出たー! ゆきぴょんのスコップ武装!」」
原作通りに雪歩が何処からかスコップを取り出して、突然事務所の下に穴掘りを始めてしまう。
その瞬間、先程まで座っていた亜美と真美が立ち上がって騒ぎ始める様子に、プロデューサーさんは呆然とした様子でこちらを見ていた。
当然、私は暴走した雪歩を止めるという役割がアニメの中であったので、私と真は二人で穴掘り雪歩を慌ててストップさせた。
「なあ雪歩、とりあえず男の先生でも普通にレッスンが出来るようにならないと──」
雪歩の穴掘りが落ち着いた所で、プロデューサーさんは雪歩を説得しようと後ろから近づくが、残念ながら雪歩への好感度は足りないらしく、プロデューサーさんの声が近づくのに気付いた瞬間、肩をビクッと再び震えさせ、勢いよく「男の人!」と言って、立ち上がりながら後ろのホワイトボードへ背中をくっつけて、震えた様子でこちらを見つめる。
「……ていうか、まずは俺との距離を縮めてもらわないとな」
「ごめんなさい……」
怖がってしまう雪歩の態度にプロデューサーさんは苦笑いをしながら対応していくが、雪歩はやっぱり男の人が怖いようで、震えながらこちらに謝っていた。
私はそんな雪歩の態度を見て、やっぱり変わらないなぁと思ってしまった。
※
それから数時間後の事だ、雪歩は先程のショックを引きずったまま落ち込んでいる中で、律子さんが765プロに所属しているメンバー全員をホワイトボードの前に集合させる。
雪歩だけが座り込んだ姿勢で俯いたまま、他のみんなは立ちながら律子さんを注目しており、雪歩を除いて何が発表されるのか、みんなはワクワクしながら待っていた。
「はーい、注目!」
律子さんの一声で先程までガヤガヤとしていた周りはシーンと静かになっていき、流石この765プロでプロデューサーをしているだけあって、みんなを纏めていた。
「降郷村での夏祭りイベントでミニライブが決まりました。全員参加よ!」
その瞬間、事務所のメンバー達は歓喜の声を上げる。
先程まで落ち込んでいた雪歩も立ち上がっており、その驚き具合が私でも良く分かる。
メンバー全員でミニライブが出来る、765プロのメンバー達が人気になっていくと中々出来なくなってしまう事で、降郷村の人達は後々誇れる事ではないのかなと、私は個人的に思ってしまうほど貴重なものだ。
それは、結末を知っているからこそ思える事で、ここから更に人気になってしまうとソロの仕事やレッスンもみんなで出来ることが少なくなり、みんなとの距離が離れてしまうような誤解を感じてしまう。
だからこそ、天海春香はあの挫折を味わうわけだが、果たして今の別人の天海春香にそんな事の演技が出来るのかと少し不安になってしまう。
しかし、私はやらなくてはならない。
何故なら、私は、天海春香だからだ。
「それと、このイベントは彼が取ってきた初仕事よ」
私が不要なことを考えている間に、律子さんの話は進んでいて、この仕事はプロデューサーさんが取ってきたものだと肩を叩きながら話している。
そう、この仕事はプロデューサーさんが取ってきた初の仕事でもあるのだ。
余計な事を考えて不安に思っている時間はない。
既に物語は進んでいる、私は中身が違っても天海春香として役割をこなしていかなければならないのだ。失敗は、許されない。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「兄ちゃんには、荷が重いかな?」
「が、頑張るからな?」
私の隣にいる伊織達の茶化すような声にプロデューサーさんは右手でガッツポーズを取りながら、決意を表明していくシーンになる。
その様子を見て私は微笑みながら、雪歩の様子をチラッと見る。
その時の雪歩の顔はとても喜んでいる表情をしていて、今回のミニライブへの意気込みを強く感じるけれど、私はその後の未来も知っている為、このミニライブが萩原雪歩にとっての試練になる事も理解していた。
雪歩を支えたい、けれど天海春香はちょっとした支えしかすることは無い。
勿論、その支えも雪歩にとっては必要なものだと理解はしているが、未来を知っているならば深く踏み込んだ行動をしても良いのでは? と、考えてしまう。
しかし、一瞬浮かんだその考えはたった一人の存在で無くなる。
この行動は、私のするべき事ではない。萩原雪歩の最後の一押しはプロデューサーさんのやるべき事だ。物語の流れを、変えてはならない。
偽物の感情は前に出てはならない、天海春香という役割をこなす事が、私から彼女への償いなのだから。
※
数日後の朝、765プロがあるビルの前に車が一台道路に止まっており、プロデューサーさんは荷物を詰め込んだ人から車へ乗るようにと、こちらへ指示を出す。
私と真と雪歩は三人で車の後ろの方へ向かうと、そこでは荷物を詰め込んだ後に我慢出来なくなって寝てしまった美希の姿があった。
「ちょっと美希、こんな所で寝ちゃダメでしょ」
と、眠っている美希を無理やり起こした後に荷物を詰め込んで、私達も車の中へと乗り込んでいった。
車は中々大きいもので、大体十三人分の荷物と人を載せられるものと、結構頑張ってはいたが、伊織は少しプロデューサーさんに文句を言っていた。
車に乗り込んで、三人掛けの席に私と真と雪歩の順番で座ってから少し経った後、雪歩が突然嬉しそうに笑っていた。その様子に、真と私が気付く。
「真ちゃん、ステージで歌えるなんて凄いよね! 私、緊張しているけど凄い楽しみ!」
雪歩は胸に手を当てながら、まるで遊園地に行く前の子供のようにワクワクとしている気持ちをこちらへ伝えてくる。
「その意気だ、雪歩!」
「雪歩、一緒に頑張ろう!」
真はそんな雪歩の言葉が嬉しかったのか、嬉しそうにしており、私もその言葉を一度聞いていて、見ているとはいえ嬉しくなった。
きっと、これが画面越しに見ているのと生で見ている違いなのだろうと、改めて認識をする。
「おっ、雪歩気合い入ってるな」
と、プロデューサーさんが車のドアから、こちらへ向けて顔を出してきた瞬間、先程の気合いは消えてしまった様な勢いで雪歩はこちらへぶつかってくる。
その後、プロデューサーさんは少しため息をついた後、嫌われているのかな? と呟いた直後に伊織から邪魔だと言われていたプロデューサーさんが、少し可哀想に思えてきた。
「気をつけて、行ってきてくださいね」
「はい、留守番お願いします」
出発の直前、小鳥さんと律子さんが少し会話をした後、みんなで小鳥さんに行ってきますと告げながら、車は動き始めた。
よくよく考えてみると、小鳥さんは事務員という事もあってかよくお留守番を任されている気がする。
小鳥さんは個人的にも好きなので、いつか一緒に何処かへ行きたいなぁと少し思った。
後ろの方を見ると、小鳥さんはこちらに手を振っていて、私は思わず小鳥さんに手を振り返していた。
一瞬、振り返して良かったのかと考えたが、真達も手を振っていたのでセーフだろうと考える。
※
出発してから数時間が経過した時、山と山の間からは太陽が昇り始めており、窓を眺めながら良い景色だなぁと感じていた。
周りでは近くの人とそれぞれ会話をしており、みんな今回の降郷村でのミニライブが楽しみなのか、その表情は笑顔だった。
そんな中、私もアニメ通りの動きを始める為に降郷村のミニガイドを開いて、真と雪歩と会話を始める。
「ねえねえ、ここはびわが名産なんだって」
私の声に気が付いたのか、二人とも反応を同じように示してくれて、びわの名産品を二人に教えていった。
びわケーキにびわジュースやびわ漬け等色々な物があり、プロデューサーさんは車の運転をしながらびわ漬けに反応を示していた。
車はさらに進んでいくが、どんどん山深い場所に向かっており、近くには綺麗な川も流れていた。
「今日は久しぶりのみんなでの仕事、歌のステージ付き。気合い入れていきますからね! 行くわよ……765プロ、ファイト!」
「オー!」
いよいよ会場が近くなったからか、律子さんがみんなに大きな声で話していた。
律子さんの言葉にみんなのテンションはマックスで、眠っている美希と私を除いてワクワクとしている様子だった。
雪歩も笑顔で腕を上げていて、顔には隠しきれないほどの笑顔だった。
しかし、眠っている美希はノーダメージだったが、この後みんなのテンションがガタ落ちしてしまう事を私は知っている。
この後のオチを知っているだけあって、私は笑みを少し隠しきれなかったのは、秘密である。
※
降郷村に着いた瞬間聞こえたのは牛の鳴き声、夏祭りイベントの会場では村の人達が準備をしていて、他のみんなは明らかにイメージと違った風景に唖然としていた。
「……ここ何処?」
唖然としている全員の雰囲気をぶち壊す様に、美希はあくびをしながら目を擦る。
辺りの様子を改めて見て見ると、手作り感がかなり強いステージに、置かれている機材は結構古いものばかりで、私が見た事ないやつも中には置かれてあった。
周りの景色も草や山ばかりで、私の住んでいるところよりも田舎だなぁと言うのが正直の感想だった。
「で、本当に此処なの?」
「そ、そうみたいだな」
全員が無言になる中、伊織がプロデューサーさんに確かめると、プロデューサーさんも少し声を震えさせながら答えていた。
その直後、犬の鳴き声が聞こえてくる。
雪歩はそんな犬の声に震えながら、真と私の背中の方へと逃げて行く。
「あー、誰だこいつら?」
「テレビで見た事ねえぞ?」
「本当にアイドルなのか?」
先程の犬の鳴き声はこの子達が連れている犬からで、私たちが夏祭りイベントに出る事を知っているが、少し小馬鹿にした感じだった。
無論、その間も雪歩は犬に怯えていたのは言うまでもない。
「と、とりあえず荷物を降ろして移動だ!」
村のイメージが違ったり、子供達に小馬鹿にされたりと全員のテンションが徐々に落ちている中、プロデューサーさんは気持ちを切り替える様に指示を出した。
所変わって車の前へ、私が荷物を運んでいる中、雪歩がため息をついていた。
「はぁ……怖かった」
「大丈夫、雪歩?」
「うん、なんとか」
「雪歩、犬も苦手だったもんね」
この村は雪歩にとって苦手なものがとても多い、ミニライブを楽しみにしていた雪歩にとって、先程の出来事はかなり衝撃な事だっただろう。
私も、天海春香として会話に入っていく。
「でも、なんだか大自然な所だよね」
と、話している最中にこちらに向かって走ってくる音が耳から聞こえてくる。
誰が来るんだろうと、一瞬思考している間、その正体はいきなり私が右肩に掛けていたバックを引っ張り始めた。
正体は先程の子供達で、どうやらいたずらをしに来た様だ。
そんな中、こちらへ向かって挨拶をして来る声が聞こえる。
そう、いよいよやって来たのだ……雪歩の強敵が。
「「「「ようこそ! 降郷村へ!」」」」
四人組のガタイの良い男の人達が満面の笑みで歓迎してくれるが、雪歩は唖然としながら肩に掛けていたバックを落とす。
その男の人達の中で中心にいる人が、プロデューサーさんへ挨拶をしている中、雪歩は両手を振りながら後ろへゆっくりと下がっていく。
しかし、まるで魔王からは逃げられないという様に、雪歩の行く手を別の男の人が阻んでいた。
「どうしました、お嬢さん?」
別にその男の人も悪気があった訳ではないし、純粋に雪歩を心配しての事だったのは理解出来るが、相手が悪かったと言う言葉が正しいだろう。
「ど、どうした雪歩?」
プロデューサーさんも雪歩の様子がおかしい事に気が付いたのか、声を掛けるが時は既に遅い。
雪歩は目の前が真っ暗になった様に足元をふらつかせながら、真に寄っ掛かる様に倒れていった。
その時の雪歩は顔が真っ青で、かなりの恐怖だったんだろうなと私は実感した。
※
荷物を降ろした後、今回のイベント用に村の人が用意してくれた控え室で、荷物を降ろした後にリハーサルの準備をすると伝えられる。
控え室ではそれぞれが思い思いの事をしており、亜美と真美は豪華料理ではない事を少し残念に思っていたり、雪歩は先程のダメージが残っているようで、座りながら真に仰いでもらっていた。
そんな中、プロデューサーさんから指示の変更が伝えられ、村のイベントの準備を手伝ってから所定の時間にリハーサルをする事が伝えられた。
原作通りに進んでいると思いながら、私も村の人の手伝いへ向かった。
それから時間は経過して夕暮れ時になった頃、アニメと流れは同じようにちょっとしたハプニングが起こってしまった。
「……と言う事なので、今回のステージは今着ている服で出てもらいます」
当然だが、みんなの反応はとても低い。
楽しみにしていたミニライブがイメージと違って、更にステージの衣装も着る事が出来ないとあってはみんなのテンションが下がってしまうのも仕方ないと言える。
特に、雪歩は男が沢山と犬までいる現場で、ステージ衣装は着れませんという現状を聞いて、この中で一番テンションが落ち込んでいる子だと思う。
私もテンションを落としている風に見せているが、案外みんなほど落ち込んでいなかったりする。
みんなの前でも天海春香らしく歌えるかはまだ自信が無かったというのもあるが、そもそも今回のイベントの主役はあくまで雪歩だ。
今回の衣装を間違えた件も雪歩にとって役に立つ事だと知ってるから、服装を指摘する事は敢えてしなかった。
「じゃあ、この後リハするからな。自分の順番をちゃんと確認しておくように」
プロデューサーさんは場の空気を入れ替えようと、リハーサルに関しての連絡をするが、全員のテンションは最悪でかなり低い声で返事をしてしまう。
プロデューサーさんも元気出していくぞ! と全員のテンションを無理矢理にでも上げようとするが、逆効果だった様で少し乱暴な返事をしてしまった。
その最中に聞こえた雪歩の涙声を聞いて、私は少し申し訳ないと感じてしまった。
未来を知っているのは得だと思っていた。
その時その時の最善の行動を取れるし、自分の場合はその心情まで浅くだが理解出来る。
しかし、想像と現実は全く違っていた。
例え、未来を知っているとしても、その過程での他人の心の痛みは見て見ぬフリをしなければならない。
そこを変えてしまえば未来が変わってしまうし、それは原作の天海春香とは別人になってしまうから、自分は原作通りに徹底的に動き続けた。
しかし、この時の雪歩の涙を見て改めて実感しまう。
自分はやっぱり、天海春香では無いなと。
きっと、本物の天海春香は未来を知っていても俺みたいな動きはしないだろう。
むしろ徹底的に未来を変えて、全くのイフストーリーを作ってしまう可能性がある。
でも、私はそんな動きが取れない。
根本的なのは私が弱いから。
天海春香とは全く違う思考回路をしている私は、怖いのだ。
もしも自分が問題を大きくし過ぎてしまい、アニメで解決出来た問題が解決出来なかったらという事が。
自分が前世で天海春香の担当だったおかげで、性格や思考に関してはよく理解出来ているし、むしろ担当じゃなかったらここまで完璧な動きは出来ないだろう。
そして、私が彼女の人生をトレースする事を決めたのは、彼女に出会ってしまったのが最大の理由だ。
「……春香? リハーサル行くぞ?」
「──えっ?」
プロデューサーさんに呼びかけられてから、ふと顔を上げると周りのみんなはステージへ向かっていた。
控え室で私とプロデューサーさん、二人だけがこの空間に存在している。
まずい、みんなの何処へ早く行かないと! そう焦る私は、プロデューサーさんに一言謝ってから、走ってステージに向かった。
※
「──やっぱり落ち込んでいたか、春香には申し訳ない事をしたな」
俺が初めて取れた夏祭りのイベントはみんなのイメージとは全然違った様で、徐々にテンションが下がるのは薄々と理解していた。
致命的なのは、衣装が無い所だろう。
まさか私服でステージに出る事になるなんて、みんなは思ってもみなかった事だろう。
「それにしてもさっきの春香、転ばなかったな」
天海春香
社長から細心の注意を払って扱う様にと、注意深く言われている子で、まだまだ新人の自分には、彼女は至って普通にアイドルを夢見る女の子の様だった。
気になるのは時々暗い表情をしているぐらいだけど──
「まあいいか、俺もステージに向かわないと」
俺は途中でその思考を打ち切って、今は目先の夏祭りが成功する様に彼女達をプロデュースしようと決めた。
春香を社長が気に掛けている理由は興味があるけど、きっと彼女と仕事をしていればいずれ分かるはず。
何故か分からないけど、漠然とそんな気がした。
※
いよいよリハーサルで私達の番が近づいていた。
私は真と雪歩で歌を歌う事になっており、その事をワクワクしながら雪歩の方を見る。
雪歩の顔色はお世辞にも良いと言えるものでは無く、もしかしたら具合が悪いのでは? と思ってしまうほどだった。
「雪歩、大丈夫? 顔色あまり良くないけど」
「う、うん。大丈夫だよ」
平気だと答える雪歩だが、真の方は疑っている様で再度確認をするが、やっぱり雪歩は平気だと言い切ってしまった。
その直後、プロデューサーさんから私達を呼ぶ声が聞こえてくる。
準備が出来たのかという確認でプロデューサーさんがこちらに来るが、やっぱり雪歩は怖い様で涙目になりながら、平気ではないはずなのに無理をしながらステージに上がった。
「じゃあ、一回通しで。いきまーす」
「「はい」」
「は、はい!」
律子さんからの指示で今回のリハーサルは、本番でする事を全て一回通しでやる事になり、真と私は返事が出来たが、雪歩は数秒遅れての返事となった。
三人一列に並んでいて、順番は行きの車と偶然にも同じものだった。
「待ってましたー!」
「頑張れー!」
「上手く歌えよー!」
先程まで夏祭りの準備をしていた男の人達が、ステージ最前列の席に腰掛けて私達の応援をしてくれている。
普通ならば嬉しい事だが、雪歩から見てみればそれは恐怖の時間でしかない。
例えるなら、鬼に応援されている様なものだ。
「どうしたの、雪歩?」
曲の前奏が流れ始めたが、雪歩の様子がおかしい事に気が付いた真が雪歩に声を掛ける。
しかし、どうやら手遅れだったらしい。
「もうダメ……」
「「えっ?」」
「──私なんて、私なんて……」
雪歩はどうやらリミットを超えてしまったらしく、ぶつぶつと一人でマイナスの言葉しか発しない状態になってしまう。
真が雪歩に再び話しかけようとするが──
「穴掘って埋まってます〜〜!」
そう言って、雪歩は何処からかスコップを取り出して穴に埋まろうとステージを掘り始めてしまう。
その様子に裏から様子を見ていた律子さんやプロデューサーさん、最前列で応援してくれていた三人にも驚かせてしまい、真と私は必死に雪歩を抑えるので精一杯だった。
結局、私達はリハーサルをする事が出来なかった。
※
そして、辺りはすっかり暗くなり夏祭りがスタートした。
お昼の頃はあまり少なかった人の数も、やっぱり大勢の人がこの会場に集まっており、子供連れや恋人同士も中にはいた。
そんな場所で、765プロがミニライブを開けるのはやっぱり幸せな事で、色々とトラブルもあったけれど、無事に開催する事が出来て良かったと私は思う。
律子さんの一言が終わり次第、ミニライブがスタートするのだが、裏の方では結構バタバタとしていて、中には時間になるまで出店を手伝う子もいるらしい。
そんな中、私は真と雪歩と一緒にいた。
「はい、お茶。ちょっと落ち着いた?」
真は俯いている雪歩と同じ体勢になりながら、雪歩に冷たいお茶を手渡し、私も一緒に雪歩から話を聞いていた。
雪歩はゆっくりと声は小さかったが、その理由を私達にちゃんと話してくれた。
「なるほど、青年団の人達が怖かったのか」
「でも、みんな良い人そうだけどな」
私と真は雪歩を励ます様に言葉を掛けるが、雪歩はやっぱり無理なのかなと少し諦めた様な言葉を話した。
私達が少し驚くと雪歩はその理由を語り始めた。
「私、男の人苦手だし。緊張しちゃうと何やってるか分からなくなっちゃうし、みんなといっしょに頑張りたいけど……」
私と真は諦めようとしている雪歩に掛ける言葉が思いつかなかった。
ここで軽い言葉を投げかけても、きっと雪歩に響かない。
何も言えなくなっていたその時、ステージからファンファーレの様な音が聞こえてきて、私達の視線はそちらへ飛んだ。
ステージではシブメンコンテストというタイトルで、あずささんとやよいが司会をしながらのステージや美希がただ喋っているだけだったりと、結構予定されていた内容とは違うらしいけど、お客さんはみんな笑顔だった。
「相変わらずだな、美希は」
「あれでウケちゃうのがズルイよ」
私と真は美希の自由すぎるステージを微笑みながら見ていた。
プロデューサーさんだけは、凄く困った顔をしながら様子を見ていた。
「……みんな、凄いな。私なんか、男の人見ただけで怖くなっちゃうのに」
雪歩もステージを見ながら、自分より上手くやっている仲間達の姿を見て羨ましそうな様子で話していた。
「ごめんね、春香ちゃん、真ちゃん。私、いつも足引っ張ってばかり、やっぱり私にはアイドルなんて──」
「雪歩!」
雪歩が話している途中に真は呼びかける。
その声を聞いて、雪歩は少し驚いた様子で私と真の方を見る。
真は雪歩の方を向いて目を見ながら話し始める。
「どうしてそんなこと言うの? 僕、雪歩がいっぱい頑張っているの知ってるよ?」
「そうだよ、足引っ張っているなんて言わないで」
私と真の言葉が少し響いたのか、俯いていた顔が少しずつこちらの方へ向き始めるが、まだ足りない。
私達が出来るのは雪歩へのちょっとした支えだけだ。背中を支えるのは、あくまでもプロデューサーさんの役目。
「怖いのは、雪歩だけじゃないよ。私だって、さっきから緊張で足ガクガク震えちゃって……」
「あー……実は、僕も」
私はそう言いながら足を震えさせると、真の方も足震えさせていた。
私の方は確かに緊張はしているが、その緊張の大部分は上手く原作通りに動かせるのか? という、真や雪歩と比べれば全然大したことでは無いし、むしろ比べる方がおこがましいと考えてしまうほどだ。
「ね、同じだよ! だから三人で、ステージ成功させようよ。──ね?」
私はそう言いながら手の甲を真と雪歩の前に出す。
私の手に真はすぐに合わせてくれて、雪歩の方は少し戸惑いながらも手を伸ばしてくれて、確かに雪歩は一歩を踏み出した。
あとは、春香があの言葉を言うだけだ。
「765プロー! ファイトー!」
「「オー!」」
そう言いながら私達は合わせていた手を空へ掲げながら、三人の決意を固める。
ずっと画面越しで聞いていたあのセリフを、ついに私は言ってしまった。
発した言葉は一瞬で、だけど言った後は切ない気持ちになった。
「さあ、そろそろ出番だぞ?」
しかし、プロデューサーさんの一言で私は思い出す。
こうやって感傷に浸るのはいい、だけど、天海春香の歩みを止める事だけは許されない事だ。
例え、その道が茨の道だとしても。
「「「はい!」」」
私達はそのまま間近に迫るステージの準備始めた。
準備と言っても、服装は今の私服のままだし、精々今のステージの様子を見るぐらいだろう。
そこからの雪歩は、プロデューサーさんへバトンタッチだ。
「……い、犬」
予定通り、雪歩はステージの端にいるおばあちゃんとその膝で座っている子犬の姿を見つけ、先程の決意が吹っ飛んだのか、凛々しい表情から再び怯えてしまう。
「犬だけは無理ーー!」
やっぱりと言う私と真の声、すると雪歩は再び控え室の方向へ走り去ってしまい、その表情からは涙が見える。
私と真が追いかけようとするが、向かうと途中にプロデューサーさんが向かうと言い、私と真はプロデューサーさんを信じる事にした。
それから数分後、雪歩は走りながらこちらに来たが、先に行っててと一言だけ言って再び走り去り、原作通り私達はステージへ先に出る事になった。
ステージでは真と私の二人だけ。
先程まではかなり盛り上がっていたのに対し、今の私達のステージはお世辞にも盛り上がっているとは言えなかった。
しかし、それで問題はない。
真にはこの空気を耐えてもらうのは申し訳ないが、この後雪歩が現れるまではこのまま我慢してもらうしかない。
「──お待たせ!」
現れた雪歩の姿は背中には天使の羽、頬には星型のマークに全体的に黒で包まれた服装、両肩は出しており、ガーターに短めのスカートと、雪歩にしてはかなり露出している衣装だった。
アニメで見ている時とその衣装に驚いたが、やっぱり生で見てみるとその凄さに改めて驚く。
真や原作の天海春香があそこまで驚くのも頷けた。
「いえーーい!」
そんな雪歩がいつもの殻を破って挑んでいるステージ、何時もではあり得ない大きな声で叫ぶ姿、誰もがその服装に呆気にとられている中で、雪歩は涙目になりながらも声を張り上げていた。
その姿に真も動かされたのか、雪歩と同じ様に声を張り上げ始め、私も同じ声を出す。
今、雪歩は確かに壁を乗り越えようとしていた。
男が苦手で、犬も苦手。
苦手なものばかりあるこの村のミニライブで、雪歩は確実に一歩を踏み出した。
それに比べて、私はどうだろう?
雪歩の様に立ち向かおうとせず、天海春香には認められず、逃げる様に人形みたいに動き初めて十七年。
果たして、今の私に『ALRIGHT*』を歌う資格はあるのだろうか。
隣には、輝いた笑顔の雪歩と真の姿。
私も笑ってはいるが、その笑顔はきっと偽物だろう。
言葉には言霊がある様に、歌にもきっと魂が込められていると、俺は信じている。
だからこそ、千早の約束は感動できるし、今回のALRIGHT*があるのだ。
その力を知っているからこそ言える、私はこの歌をカラオケ気分で歌っている声にしか聞こえないのだ。
自分で自分が嫌になる。
こんな偽物が、天海春香を名乗るなんておこがましいと、私は思いながらステージに立っていた。
※
ここは、降郷村の夏祭りイベントの中。
会場はかなり盛り上がっており、特に中央で開かれている765プロのミニライブは大盛況だった。
「へぇ、高木の所はやっぱりいい子ばかりだな。将来が楽しみな子達ばかりだよ」
そんなアイドル達の様子を後ろの座席から、フチなし眼鏡で見つめている存在が一人いた。
彼の名前は善澤記者、数ヶ月前の宣材写真を撮り直す際に事務所に訪れて以降、彼が765プロのアイドル達を生で見たのはこのイベント以来だった。
そんな中、端で歌っている一人の女の子に目をつける。
「──天海春香か。歌声を聞いてて改めて思うよ……本気の歌声が聞きたいと」
善澤記者は、この段階で天海春香というアイドルがわざと声を抑えているのを理解していた。
それの理由も善澤記者はまだ掴めていないが、考えられるのは765プロの他のアイドル達に実力を合わせているのか、センターにいる萩原雪歩に譲っているかのどちらかだ。
「レッスン中も見させてもらったが、やっぱりこの時と同じ様な声だ。一見、新人アイドルの声量に聞こえるが……彼女も詰めが甘いな」
音による微細な変化、それは善澤記者の様に長くこの業界を見てきた人でないと理解出来ない感覚なのだろう。
故に、765プロのプロデューサーはまだ天海春香の真実に気がつかないが──
「楽しみだよ、彼女が本気を出すのがいつなのか」
天海春香という少女は演技をしている。
その答えに既に善澤記者は辿り着いている。
演技をしている理由については見当違いだが、その理由を当てるのは同類の存在だけ、いくら業界に長くいる記者でもそれを理解する事は不可能だ。
しかし、天海春香はバレているとは気が付いていない。
ここの認識の違いが、原作という既定路線がずれ始めている事に、天海春香はまだ気が付いていなかった。
やっばい、1万2千字ってどうなのよ?
明らかに、オーバーすぎる。
これ、春香のメイン回とかどうなるんだよ……
こんな小説ですが、次回も見てくれたら嬉しいです。