ハピメアーone's light mindー   作:zero beyond
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前回のあらすじ


不思議な夢の中、和真は十年前に死んだはずの姉である梨花と再会する。再会を喜ぶも姉の言葉に和真は怯え、意識を手放しそうになるが突如として聞こえた声に救われた。
目覚めた和真の精神はボロボロの状態だった、そんな和真を見た哲也と朝日は何か事情を知っているかもしれないと香織に和真のことを尋ねるが本人は何も知らないと言う。そこに割って入って来た 光、日直である彼が教室に来た時は既に和真が机に突っ伏していたと言う。和真の状態を知っている光の言葉が胸刺さり、香織は悔しさを募らせていた。
ボロボロになった和真が辿り着いたのは化学室、そこで弥生に会ったことで和真の力が抜けて倒れ込む。和真の様子がおかしいと気づいた弥生は和真の話を聞くことにした。夢で再会した梨花のことに怯える和真を弥生は抱きしめる、他者から向けられる愛情を敬遠している和真はその行動に抵抗を覚えたが、弥生の優しい言葉に辛さ故に涙を流すと泣き疲れて眠っていた。
そんな彼を見ながら弥生は、仕方なく笑みを浮かべて五限目の授業の鐘を耳にするのだったー。


第四話

「ふぅ…」

これで何度目になるだろうか、それだけ今日はため息を吐く回数が多かった。理由は分かっている、姉ちゃんだ。

夢、にしては現実味を帯びているが眠ったことは覚えているし、あれは夢なんだろう。姉ちゃんに会えたことは嬉しかった、でもー。

『愛してるわ、和真…『殺したいほどに』』

あの時の姉ちゃんの言葉がまだ耳に残っている、まるでこびりついたように離れなかった。あれから体調は悪くなる一方だった。朝から吐くし、眠気はひどいし、散々だった。

おまけにルーティー先輩にまで迷惑をかけてたからな、先輩は何も言わなかったけどーー。

『今は、私が側にいてあげられるから』

先輩の言葉を思い出して立ち止まると、抱きしめてくれた肩に手を置く。最初はあの感覚が怖かったんだ、あの事故からというものの俺は他人から向けられる感情に恐怖していた。

でも、先輩のあれは何故だかとても温かくて…優しくて、浸っていたいような感覚だった。

「はぁ…」

また、ため息を吐いてしまった。そんな俺は今、病院のロビーを歩いていた。

あれから先輩に少し世話になった、朝日には保健室にいるように言っていたみたいだが俺は放課後まで科学準備室で眠ってしまっていた。

先輩を巻き込んでサボってしまったのだ、先輩はあまり気にした様子がなかった。教室に戻ると途端に朝日と哲ちゃんが駆け寄ってきて心配してくれた。部活に出れるようなコンディションでもないので陽に連絡を入れて、今日の部活は欠席した。ついでにバイトも休むことにした。

受付を済ませて席に座る、平日でも病院は人が多い。決してここにいる人達に文句を言うわけじゃないけど、最近は来ていないからなんだか居心地が…。

「藤宮さーん、こちらにどうぞ」

看護師さんに呼ばれて俺は席を立って奥の診察室に向かう。扉を開け、部屋に入るとそこにはあの時から世話になっている医師がいた。

「やぁ、和真くん。なんだか久しぶりだね」

「お久しぶりです」

この人は小野田 翔太郎さん。十年前の俺を診察してくれた精神科医だ。ずれた目元の眼鏡を指で直しながら、先生はカルテに目を通していく。

「最近、見ていないから安心してたけど…どうかしたのかい?」

あの事故以来、俺は情緒不安定になることがあった。だから、こうして通院を余儀なくされていたが高校に入ってからはそこまで病院に来てはいなかった。まぁ、それ以前にしばらく入院していたんだけど…。

「先生、実はーー」

俺は正直に話した。この人になら安心して本心をさらけ出せることができるし、何よりもこの人なら何かヒントをくれるかもしれないと思ったからだ。

夢の中で見た十年前の事故、再会した姉ちゃんーすべてを話した。

「死んだはずのお姉さん、か…」

「はい、なんか普通に綺麗になってました。生きていたら今年で二十歳だったと思うので」

「うーん……」

眼鏡を外して机に置いた先生は唸り声を上げると椅子ごとクルクルと回りだした。先生が仕事中に遊んでいいのかよ…。

「ーー和真くん」

「はい…?」

ピタリと椅子が回転をやめると先生から真剣みを帯びた声が出る。

「『明晰夢』って聞いたことあるかな?」

「明晰夢……予知夢の知り合いですか?」

聞きなれない単語にそんなことを尋ねると先生は残念そうな顔をして溜息を吐いた。

「明晰夢、夢を夢と意識しながら見るものなんだけど」

先生の話を黙って聞いているが……さっぱりわからない。

「夢だとわかった時に、その夢を自分の好きなように変えることができるんだ」

「なんですか、それ」

余計にわからなくなってきた、夢……なんだよな?

「あり得るんですか?夢を好きなように、なんて…」

すると、先生は椅子から立ち上がって本棚の前に移動する。戸を開いてそこから一つの冊子を取り出して帰ってきた。

「それは?」

「これね、明晰夢についての資料だよ。ただ、明晰夢を見る人が少ないことと夢という曖昧で確証のないものだから、良くてもヒントになるかならないかっていうくらいのものなんだ」

差し出された資料を受け取って、パラパラとページを捲ってみるが内容は本当に曖昧だ。俺みたいに家族が夢に出てきたわけでもない、先生の言うことにもうなずけるな…。

「……ん?」

ページを適当に捲っていると、気になる項目があって手を止めてそのページに目を通す。

「日記…先生、これって?」

「うん?ああ、確か日記みたいにその日の夢を記録していくんだ。それを続けていくと夢に近づく…みたいなことだと思ったよ、関連性がどうこうって…」

「よくそんなもんで医者やってますね」

「仕方ないじゃん、明晰夢を見る患者なんて扱った事ないんだもん。まぁ、何とかなるっしょ」

そう言いながら先生は再び椅子と一緒にクルクルと回り始める。医者とは思えない発言に溜息を吐いて俺は椅子から立ち上がって荷物に手をかける。

まぁ、自力でなんとかするよりかはマシだ。収穫はあった、帰ってからこれに目を通しておこう。そう思って資料に傷がつかないように鞄にしまった。

「あ、これから『眠り姫様』のとこに行くのかい?」

先生の言葉に俺は足を止めた、先生にはいつも世話になっているが俺の恩人に対してその言葉は侮辱とも取れた。何も言わずにはいれなかった。

「その呼び方で彼女を呼ぶのはやめてください」

「噂になってるのさ。五年以上も眠ったままの女の子、体調は健康体そのものなのに意識だけが戻らない。まるで童話のヒロインだ」

「噂を気にするくらいなら彼女を治したらどうなんだよ、ヤブ医者」

皮肉っぽい言葉を返すが言ったところでどうにもならない、大人は可能性の低いものをためらいもなく切り捨てる。元に戻る可能性の低い彼女を見て、憐れんでは自分たちが楽しむためにネタにしている。

俺は診察室を出ると処方箋を受け取るために、ロビーへと戻ったーー。

 

 

 

 

 

「ああ、腹立つ…」

何が眠り姫だ、彼女がどれだけ必死なのかも知らずによくもそんなことが言える。呑気なもんだ、他人ごとだからといっても言葉にも限度がある。

処方箋を片手に病棟の廊下をずかずかと歩いていくが、こんな姿を彼女に見せたくはないな…。

とある病室の前に立ち、息を整える。

「よし……」

意を決して、俺は病室の扉を叩く。

ーーだが、病室の中から声は聞こえない。

「いないのかな?」

いつもならあの人がいると思っていたけど…外しているのか、まだ来ていないのか。

だが、何も言わずに入るのも心苦しい。どうする・・・?

無作法に入るのも良くないが、中にいる彼女に会いたいというのが本心でもある……。

「うーーん…」

自分の中でマナーと本心がせめぎ合っている、どうすることが正しいんだ?

「………佳乃さん、ごめんなさい」

俺は謝罪の言葉を口にしながらその扉に手をかけて、開いた。

中に入っていくと、そこにはいたのはーー。

ーー眠り姫と噂されている一人の少女だった。

整った綺麗な顔立ち、柔らかそうな栗色の髪が窓から差し込む夕日に照らされて輝いているように思える。

「ユウちゃん、来たよ」

俺の挨拶に彼女は何も返さない。いや、返せない。返せるはずがない。

だって、彼女はあれからーーー眠り続けたままなのだから。

荷物を邪魔にならない場所に置いて、側に飾られている花瓶を手に取る。それをもって部屋を出ると水道に行って花瓶の水を替える。

これは俺の日課みたいなものだ、実際にこれくらいのことしかできない。

水を替えた花瓶を落とさないようにしっかりと持って、再び部屋に戻ってくる。

この時、俺はずっと考えている。俺が花の水を替えて、帰ってきた時に彼女が目を覚ましているんじゃないかとーー。

俺が彼女のところに来る頃からずっと考えていた、俺が戻る時に目を覚まして、あの時みたいに大人びていて控え目な笑みを浮かべているんじゃないかって。

でも、俺がそう願っていても彼女の病が治るわけじゃない。そうだ、わかってる。

分かっているはずなのに、どうしても願ってしまうーー。

花瓶を元の場所に置き、ベッドの端にある椅子に座って眠っている彼女を見つめる。

柔らかそうな髪と肌、年相応の愛らしさがある彼女は出会ったあの時と変わって居なかった。

彼女との出会いは突然だった、それは俺が事故に遭ってしばらく経った時だった。

入院して目を覚ました時、何がどうなっているかわからなかった。気が付けば病院のベッドに寝ていて、周りには泣いている香織と香織の家族がいて、その後ろに先生たちが暗い表情を浮かべていた。

先生たちが立ち会うなかで香織の父親の大悟さんが俺に話しかけてきた。

父さんも母さんも、姉ちゃんも亡くなってしまったことーーー。

俺が病院に運ばれてから目を覚ましたのは十日後、その間に父さんたちの捜索が始まったらしい。父さんは川の下流の辺りで発見され、母さんは林道で発見されたらしい。

でもーーー姉ちゃんの遺体だけは、ついに発見されなかった。

最初は大悟さんが何を言っているのかわからなかった。嘘や冗談だと思っていた、香織やみあさんに尋ねても、母親の恵さんに尋ねても誰も否定してくれなかった。

その後、俺は声を上げて絶望したことを覚えている。

それからだった、目を開けて起きている時は夢なんじゃないかって。すべて夢で、目が醒めたらーーまた、父さんや母さんが、姉ちゃんがいるんだと思うようになっていた。

『それじゃ、またね。和真』

『…………』

そう言って病室を出る香織、俺はその言葉になにも返せなかった。それくらいに俺の精神はボロボロだった。

一人になった病室で窓の外に広がる景色をただただ眺めていた。

ーーーそんな時だった。

コンコンコン。

ノックの音がして視線だけ向ける。そこにいたのは俺と同じくらいの年の女の子だった。

『失礼するよ、少し匿ってくれないか?』

元気な声だった。香織のようにおびえた顔なんて縁のないような眩しい表情をしている。遠慮なしに病室に入ってきたその子はベッドのそばにある椅子に座った。

『君は…?』

『今、追われていてね。少し隠れさせてほしいんだ』

座ったまま足をバタバタとさせている彼女は、追われているという割には落ち着いていた。

それが俺の恩人『ユウちゃん』との出会いだったーー。

 

 

 

 

 

「なら、どうしてそうしているんだい?」

「え…?」

そう言いながらユウちゃんは側に置かれた皮の剥かれたリンゴを手にする。それは恵さんがきた時に剥いてくれたものだ。それを俺に向けるが、首を振って拒否すると仕方なさそうにかぶりつく。お互いに一人になる時間を教え合って、彼女は俺の病室に来るようになった。

ユウちゃんは幼い頃から入院していて退屈していたそうだ、それで退屈しのぎに部屋を抜けると俺の部屋を見つけたという。

「どうして、君は死のうと思わないんだい?」

ユウちゃんの質問は純粋だ、何か意図があったわけでもない。俺は何も言葉を返せなくて押し黙ってしまう。

「一人はイヤだよ、でも…」

「…でも?」

膝を抱えている両手にギュッと力が入った。

「死ぬのは、もっと怖いと思う……」

今になって考えてみるとおかしな答えだと思う、矛盾している。

「そうか、君はーー」

彼女が俺に何かを言いかけて口を開く、その時だったーー。

「ユ~ウ~コ~!」

扉の影から一人の女性が顔を出す、その声を聞いた俺は肩を震わせた。あの時はユウちゃん以外の人と接することが少し怖かったからだ。

そんなことを他所にユウちゃんは呑気にリンゴを口にしながら振り返る、そこにいた女性に向けて意外そうな顔をしている。

「見つかってしまったね」

「こんなところでなにやっているの?ごめんなさいね、娘が迷惑をかけて」

その女性が俺の病室に入って、苦笑いを浮かべて申し訳なさそうに謝ると俺は反射的に目を逸らしていた。

「ユウコと遊んでくれてありがとう、お名前は?」

「か、ずま…ふじみや、かずま…です」

「そう。ありがとう、かずまくん」

その人は俺のベッドの前でしゃがみこんで俺の視線に合わせてくれた。優しい顔に俺は恐る恐るというように名前を口にした。

戸惑う俺にその人は、ただただ俺が名乗るまで待っていてくれた。

「それじゃあ、ユウコ。戻りましょう」

女性は振り返って、ユウちゃんを連れて部屋を出ようとする。それに応じるようにユウちゃんが椅子から立ち上がる。

「あ…」

その様子を見て俺はつい声を出していた。それを見ていたのか、ユウちゃんは俺を見て首を傾げた。

「なんだい?」

「え、あ、えっと…」

そんな時、自分の中に生まれた感情が俺の口の動きを鈍らせて言葉がうまく出てこなかった。

「また……」

「え…?」

「また、来てくれる…?」

気が付けばそんなことを口走っていた。その時は恥ずかしさなんて感じていなかったと思う、それ以上に『彼女と離れたくない』と願っていたからーー。

「フフ、君がそう思ってくれるなら来ても良いよ」

彼女は俺の言葉に仕方なさそうに笑っていた。その笑顔に俺は惹かれた、今思えばその優しい笑みが俺の心の拠り所だったのかもしれない。

「それじゃあ、またね。かずま」

「またね、ユウちゃん」

普通にあいさつを交わしたつもりだったのか、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったようになって目を瞬かせていた。

「あ、ダメかな……?」

呼び方が気に障ってしまったかもしれない、俺は恐る恐る尋ねていた。事故があってから俺は他人の反応に少し敏感になっていた。無言になって沈黙が訪れると、相手を怒らせてしまったのではないかと感じてしまうくらいに。

「全く、そんな顔をされたら何も言えなくなるじゃないか」

そう言ってユウちゃんは俺から視線を逸らしていた。その様子に俺は俯いて膝元のシーツを強く握っていた。

「なに?ユウコったら照れてるのかしら?」

「な、なにを言っているのか…わ、わからないな」

「大丈夫よ、かずまくん。ユウコは初めてお友達ができて、嬉しいのよ」

ユウちゃんを見ながらニヤニヤとしている女性はそう言ってユウちゃんの座っていた椅子に腰を下ろした。

「私は佳乃、ユウコのお母さんです。ユウコとお友達になってくれてありがとう」

そして、佳乃さんは俺の手をそっと握ってくれた。久しく感じる優しい温もりが母さんを思い出させる。

気づけば、俺の目から涙がこぼれていた。

涙がこぼれそうな目元を佳乃さんが拭うと、何も言わずにそっと抱きしめてくれた。

 

 

 

 

 

「本当に佳乃さんには頭が上がらないな」

ユウちゃんと佳乃さんの出会いを思い出すと、無意識に右肩に手を置いていた。

こうしてみると俺の回りには母さんみたいな人や、姉ちゃんみたいな人が多い。本当に助かっている、その人達がいなければどうなっていたことやらーー。

「ユウコ、来たわよ…あら、和真くん」

「あ、こんにちは佳乃さん」

扉を開いて病室に入ってきたのは佳乃さんだった、両手にはたくさんのものが敷き詰められた袋がぶら下がっていて咄嗟に持とうと立ち上がると片方の荷物を持った。

「ありがとうね。ユウコ、いい加減に起きなさい。大好きな和真くんがきてくれてるのよ」

「ちょ、なに言ってるんですか佳乃さん!」

「あら、違ったかしら?」

あの時と同じでニヤニヤと笑っていて佳乃さんは荷物を置いた。俺も持った荷物をその近くに置いた。

「和真くんと会ってからユウコも変わったのよ?病室に帰れば和真くんの話ばかりで」

「そう、ですか…」

意外な真実を佳乃さんから聞かされて少し照れ臭くなる。俺は彼女のおかげで変わる事が出来たと思うけど、ユウちゃんはどうだろうかーー。

少しは彼女のために何かできているだろうかーーー。

「和真くん、今日はどうしたの?」

「え?」

考え込んでいたせいで、佳乃さんの言葉にハッとして顔を上げる。

「なんだか思い詰めた顔をしてるわ」

「いや、まぁ、その…」

行く先々で言われる見透かしたような言葉に俺はタジタジだった。話すべきか迷って俺は佳乃さんから目を逸らした。

「ちょっとお話しましょうか」

そう言って椅子から立ち上がった佳乃さんは俺を連れて病室を出る。自販機のコーナーで飲み物を買って外に出た俺たちは大きな木の下に設置されたベンチに並んで座った。

「話してる時にユウコが起きたら、って考えちゃって連れ出しちゃったけど大丈夫だった?」

「別に、聞かれても大丈夫な話ではありますけど…」

「じゃあ、根掘り葉掘り聞いてもいいの?」

「……ホント、佳乃さんには敵わないッスよ」

「あなたの事もユウコの事もぜーんぶお見通しよ」

苦笑いを浮かべると佳乃さんは得意げな表情を浮かべる。手に持ったペットボトルのキャップを開けて、口に含んで喉に流し込む。

「和真くんも私の子供みたいなものよ?夫とは男の子と女の子が一人ずつ欲しいって話してたけどね」

佳乃さんの言葉にペットボトルを口から離して、キャップを閉める。なぜかそこで佳乃さんは苦笑いを浮かべていた。

同時に思い出す出会いの記憶、俺はまた右肩を押さえていた。

「佳乃さん、初めて会った時のことって覚えてますか?」

「ええ、もちろん。忘れるわけないわ」

ペットボトルを横に置いて俺は遠くを見ながら語り出す。

「佳乃さんが手を握ってくれた時、母さんを思い出したんですよ。それで、急に悲しくなって…母さんたちにはもう会えないんだなって、やっと実感できたんですよ」

「そう…」

「だから、その…佳乃さんは、俺にとってーー『もう一人の母さん』ですから」

自分でも何を言っているのかわからない、それくらい頭の中はめちゃくちゃで恥ずかしくなってきて苦笑いを浮かべる。

「全く、嬉しいこと言ってくれるじゃない」

少し照れたように笑って佳乃さんは俺の頭に手を置くと優しくポンポンと叩いた。懐かしい感覚だった、母さんや父さんにも同じことをしてもらった。

「それでなんの話だったっけ?」

「ああ、そういえば…」

佳乃さんの言葉にハッとして本題に戻ることにして、俺は自身に起きたことを打ち明けた。

「実は夢の中で過去のことを思い出したんです」

「過去?」

「ええ、十年前のーー『あの事故』のことです」

無意識に手に力が入って、握っていたペットボトルが唸りを上げて軋む。

「その夢は現実にいるような感覚で、風や地面の感触が現実そのものでした」

「そんなことがあるの?」

俺の言葉に佳乃さんが首を傾げる。当然か、俺も明晰夢を見る前に誰かから同じようなことを言われたら本当かどうか疑う自信がある。

「ええ、見る人は少ないですけど見た人は確かにいるそうです。それに……」

「和真くん?」

「死んだはずの、姉ちゃんに会ったんです」

佳乃さんの目が大きく見開かれて、佳乃さんは言葉を失っているようだ。俺はペットボトルを横に置いて大きく息を吐く。

「姉ちゃんはあの時と同じで、優しかったです。でも、こう言われたんです…『愛してる、殺したいほどに』って」

あの言葉は比喩表現なんかに聞こえなかった、刃物を首筋に突きつけられているような鋭く冷たい感覚は体中の熱を一気に奪っていった。

「もう、どうしようもなく怖くなって」

「そうだったのね…」

あの時と同じ佳乃さんは俺の話を最後までしっかりと聞いてくれていた。姉ちゃんはやっぱり俺のことを恨んでいるのかな…。わがままばかり言ってたし、もし姉ちゃんの手を掴んでいれば助けられたかもしれないし…。

すると、佳乃さんがおれのすぐ隣に身を寄せてくる。

何事かと思った時だった、佳乃さんは俺の肩を抱きよせていた。

「佳乃さん…?」

「話してくれてありがとう、和真くん。一人で辛かったでしょう?」

佳乃さんの温もりが俺を包む、懐かしい感触だ。それに浸って居たくなった俺はそのままスッと目を閉じた。

「和真くん、梨花さんのことだけど…」

「え…」

佳乃さんから姉ちゃんの名前が出てきて体がこわばる。

「彼女は何かをあなたに伝えたいのかもしれないわ。まぁ、私は霊媒師でもなんでもないから詳しく言えないけど…もう少しだけ、話をしてみたらどうかしら」

佳乃さんに言われてふと気づいたことがあった、姉ちゃんと会った後から俺は姉ちゃんを遠ざけていたと思う。

逆に姉ちゃんに一歩近付てみるってことかーー。

「やるだけやってみます…」

実際にうまくいく可能性なんてないし、望み薄かもしれない。それでも俺は小さな決意だけを胸に宿したーー。

 

 

 

 

 

家に帰る頃にはすっかり日は沈んで暗くなっていた、制服からいつもの部屋着に着替えると夕飯を済ませて処方箋の薬を飲んで風呂に入った。

「ふぅ…」

風呂から上がって髪を乾かしながら俺は椅子に座って大きく息を吐く。そこでふと頭に浮かんだのは佳乃さんの言葉だった。

『もう少しだけ、話してみたらどうかしら』

もし、佳乃さんの考えが合っていたとして姉ちゃんは俺に何を伝えようとしたんだろうーー。

まぁ、実際に会って話すしかない。どうすれば姉ちゃんに会えるんだろう、何か条件があるのか?

あの時、俺はハーモニカを吹いていた。それから父さんたちのことを考えていた。

手始めにハーモニカの手入れを行う、マウスピースと言われる口を付ける部分を乾いたハンドタオルで拭いていく。

次にドライバーで本体のカバーを取り外し、マウスピースの奥を綿棒でこすって汚れを取っていく。

「これで、よし」

綺麗になったマウスピースを見て満足する、カバーを取り付けてドライバーで止めていく。最後にマウスピースの回りを除菌スプレーで拭いておく、こうすることで穴付近の雑菌の繁殖を予防できる。

メンテナンスを終えたハーモニカを机に置いて、背もたれに身を預ける。

傍らに置いた蝶のペンダントを手に取ってそれを握りしめると、額に強く押し当てる。

「よし、寝よう」

椅子から立ち上がってそのままベッドにダイブする。スプリングが強く軋み、音を上げる。

「姉ちゃん…」

最後にそう呟いて、俺は側の携帯電話に触れて音楽を流しながら目を閉じたーー。

 

 

 

 

 

「………」

気が付けば真っ暗な空間に立っていた。目の前には大きな扉が一つ、前に見たあの扉かもしれない。俺は意を決してその扉を開いた。

すると、そこにはあの時と同じ豪華で華美な装飾が施されたお茶会の会場ーー。

ーーだけでなく。

「あ、いらっしゃい」

一人の少女が椅子に片膝を立てて優雅に紅茶を飲んでいた。

「……え、だれ?」

一番最初にそんな言葉が出てきた、二度目の夢の空間にそこで紅茶を飲む知らない女の子……うん、明らかにおかしいだろ。

「とりあえず座りなよ」

「なに自分の家みたいに振る舞ってるんだよ、お前」

溜息を吐きながら仕方なく椅子に座る、大きく息を吐くと懐に違和感を感じて手を伸ばす。

「…ん?」

そこにあったのは眠る前に触っていた携帯電話だった。なぜ、ここに携帯電話があるのか。たまらなく不思議で首を傾げるしかなかった。

「ていうか、お前だれなんだよ。なんでここにいるんだ?」

俺は携帯電話を懐にしまい込んで、目の前の少女に尋ねた。

「…有栖」

「は…?」

「私の名前、お前じゃなくて有栖」

「ありすぅ?」

自分でもわかるくらいに怪訝な顔をしているだろう。水色と白のワンピース、栗色の長い髪の少女から出たアリスという名前。

アリスと言えば童話の方のアリスを連想する人が多いだろう、俺もその一人なのだから。

清楚で正真正銘のお嬢様を想像していたが、目の前には快活な少女がこっちを睨むように見ていた。

「随分とアクティブなアリスだな、おい…」

所詮、理想は理想というわけだ。それはルーティー先輩で慣れていたはずなんだけどな……。

「む、それが救ってもらった人にいう言葉ですか?」

「は?いつ救ってもら……ああ」

会話を聞いているうちに納得した、どこかで聞いたことのある声だと思っていた。

姉ちゃんと会って意識が飛びそうになった時に誰かの声がした、それは彼女の声だったみたいだ。

「待った、どうして俺と姉ちゃんの間に入って来れた?」

率直に有栖に尋ねた。これが小野田先生の言っていた明晰夢というものなら、どうして会ったこともない人間がいるんだ?

ここに来て俺が見たのは父さん、母さん、姉ちゃんの三人だ。家族だったし、夢に出てきても何ら不思議ではない。

だが、俺と彼女は初対面だ。どうして夢の中でこうして会っているのだろう、それに今日は姉ちゃんと会っていない。会うには特定の条件でもあるのだろうか……。

「私は夢を渡り歩くことができるの、信じられないかもしれないけど。その途中で悪夢に呑まれそうになっているきみを見つけたの」

「悪夢…?」

有栖がここに来た理由は分かったが、また新しい疑問が生まれる。

「ここが、悪夢の中ってことなのか?」

「ううん、ここは普通の夢と悪夢の中間かな。一歩間違えれば悪夢になり兼ねないような脆い空間」

「じゃあ、何が悪夢だって言うんだ……」

「あの女の人が君の悪夢だよ」

「そんなわけない!デタラメもいい加減にしろうよ!」

有栖の言葉につい声を荒げて机を叩いて立ち上がる。

「過去の悲しい出来事やトラウマ、それが時間をかけて悪夢に変化していくの」

有栖はあくまで冷静に返していく。それも至極、真っ当な正論だ。

「そして、その悪夢に呑まれたら……二度と現実には戻れない」

有栖は紅茶を飲み干してティーカップを机に置いた。まっすぐな目で俺を見据える有栖、まるでその目は俺の心を見透かしているかのようで目を逸らすなと言わんばかりのことだった。

信じたくない、大好きな姉ちゃんが悪夢の存在だったなんて、あの笑顔も優しさも全て嘘だったって言うのか………。

呆然とした俺は力なく崩れ落ちるように椅子に腰を下ろした。

「前を向いて、悪夢は終わらせないと。そうしないとーー」

「何がいけないの?」

有栖の言葉を遮るかのように声が重なる、俺は顔を上げてその声のする方に首を向かせようとする。

だが、それよりも早く後ろから姉ちゃんの腕が俺の首に巻き付いた。

「ね、姉ちゃん…」

「ちゃんと会いに来てくれたのね、ありがとう和真」

姉ちゃんはそう言って俺に体をすり寄せる。この優しさも全て嘘なのか?俺を夢に引きずり込むための偽りだって言うのか?

有栖の話を聞いたからか、俺の頭の中はぐちゃぐちゃになっていてなにも考えることができずにいた。

「早く離れて!」

有栖の声が駆け抜けると同時に彼女は何処からか身の丈程の金のハサミを取り出して姉ちゃんに向けていた。

だが、俺の体は全く動かなかった。再び姉ちゃんに会ったことによる不安と有栖の言葉によって頭の中はパニック状態だった。

「全く、本当にマナーがなってないわね。まぁ、いいわ」

有栖をまるで蚊帳の外のように扱って姉ちゃんは身を乗り出して、横から俺の顔を覗いてくる。

ガラス玉のような瞳が俺を映す。まるで俺の全てを見透かしているような、そんな目だった。

そんな時だったー。

「ん…」

「んん⁉︎」

「なっ!」

姉ちゃんが俺の顎に右手を添えて、キスをして来た。突然のことに俺の体を一瞬で固まった。唇が飲まれるかのように姉ちゃんは俺に吸い付いてくる。

「んん、ちゅる、あむ、ちゅぱ…」

「んん!んあ、んん、むぅ…」

「な、なぁ…!」

俺のことは御構い無しで姉ちゃんは俺の唇を存分に貪っていた。唇を割って口の中に入ってくる姉ちゃんの舌が俺の口内を侵食して行く。

生々しい熱を持った感覚に意識が飛びそうになる、そんな感覚だった。

「な、な、何やってるの!」

「うん?ふふ、ちゅぷ、あむ…」

有栖が声を上げたが姉ちゃんは見せつけるかのように、再び俺の口内に舌をねじ込む。

「んん、ぷは」

「ん、はぁ…!」

暫くして満足したのか姉ちゃんは漸く俺の唇から離れた。初めてのキスの感覚に俺は口元を手で覆い隠した。

「さぁ、聞かせて和真。あなたの『本心』を」

「え…ッ、あああ!」

姉ちゃんが俺から離れた直後だった。突然、俺の体に痛みが走る。胸の辺りから発したそれは体の隅々まで駆け巡る。

「う、くぅ…!」

暫くその痛みが続いて、ふとその痛みが軽くなる。何事かと思うと俺の体から青い光が粒子の大きさで溢れ出ていた。

俺の体から出たそれは一箇所に集まり、次第に形を成して行く。それが人型の大きさにまで膨れ上がると、粒子は一気に弾け飛んだ。そこには驚くべきものがあった。

全身のほとんどを黒で統一した服を来た人間だ。帽子やベスト、コートなど衣類は中に着ているシャツ以外は全て黒だった。

人型になったそれは帽子を取って、自分の体をチラチラと確認して俺を見据えた。

「なんで…」

俺は驚いて言葉が出なかった。そこにいたのはーーーー。

「初めまして、藤宮 和真」

ーーー俺と同じ姿をした人間だったからだ。




『それっぽく言うなら…僕は君で、君は僕だ』



『自分を信じれないヤツに明日は来ない』



『なんだ、またお前か』



『お前ら、夫婦か』





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