ソードアート・オンラインが半分異世界転生ぽくなったら 作:黒天使
本来、どのMMORPGでも普通はリリースからある程度の年月が経つといくつかのグループにプレイヤー達を分けることが出来るように出来ている。
が、このSAOでは別である。その事実が分かったのは《茅場晶彦》がデスゲームを宣言してすぐだった。
ゲームでの死=現実での死という突然で、残酷なルールの啓示があの赤い死神から下されて僅か数十分、そのルールに絶望、困惑したプレイヤー達の一部が叫びながら有ろうかとか安全圏である《圏内》から地獄と化した《圏外》へと激走。
当然それを見逃せず逃げ出したプレイヤー達を街へと連れ戻しにそれなりの人数の善良なプレイヤーが後を追って行った。
が、しかしそこでプレイヤー達が見たのは正に地獄絵図であった。
この《ソードアート・オンライン》は最先端の技術と狂気の天才《茅場晶彦》という世界に誇る開発者と技術が組み合わさって誕生した限りなく《リアル》に近い《仮想世界》だがそれでも、かなり現実である生理現象などの様々な物が排除されている。
例えば《圏外》に《PoP》するモンスター達の唾液や血液である。
モンスター達の血液はよく見たら赤い網目のあるしゅん色の液体だし、唾液は出てきた途端にポリゴンのカケラとなって蒸発する様に消えていく。これは勿論プレイヤーにも当てはまる。
が、一層でプレイヤー達が見たのは狼の様な野獣達が先に逃げ出したプレイヤー達を漫画でしか見た事ない様な《本当の血液》を辺りにばら撒きながらプレイヤー達の肉を貪り合うモンスター達だった。
それはもう仮想現実でできることのラインを大きく超えていた。
《人がモンスターに喰われた》
この情報はある情報屋の協力もあり瞬く間に《はじまりの街》全体に広まった。
そして、ゲーム開始から約一ヶ月、その間に約2500人が死亡し、その名前に横線が入れられた。
が、人間というのはそんな絶望な状況下の世界でも徐々に慣れていくもので、ある程度、この世界の異変についての情報も纏まっていった。
そして、遂に第一層のボスが攻略された。そしてそのボス攻略の結果一名のプレイヤーが死亡。更に一人のプレイヤーの発言によりある造語が生まれた。ベーターテスターにチーターを足した《ビーター》。
彼等の存在はこの後にもプレイヤー達に忌み嫌われる事になる。
第一層が攻略されて以来、はじまりの街に篭っていたプレイヤー達の大部分が攻略組に鼓舞される様に圏外へ飛び出した。
それでもなお、はじまりの街には2000のプレイヤーが怯え、居座っていた。
ゲーム開始から一年。今現在、攻略組の中で一つ、大きな悩みの種が存在している。
攻略組の役目の一つとして《オレンジプレイヤー》。いわゆる犯罪行為を犯したプレイヤー達の《黒鉄宮》収監があり、犯罪行為を犯したギルドの《オレンジギルド》も同義である。
が、ここ最近。そのオレンジギルドを攻略組より先に潰して回っている集団がいる。
その集団が複数の《集団》だと分かったのもかなり最近で、分かっているのは複数の、それもかなり少数。そしてメンバーの全員がかなりの実力者という事だけだ。
彼らの存在は中層プレイヤー辺りから広まってはいたが、攻略組が手こずるレベルの《オレンジギルド》に手を出し始めたことから、攻略組を超えるレベルの情報収集能力や実力があると判断され《集団》から《機関》と呼ばれるようになり、オレンジ達からは死神扱いされる程にその名を一瞬にしてアインクラッド中に広めた。
2023年11月6日
ゲーム開始から一年が経った節目の日。《圏内の迷宮区》と言われている《アインクラッド第十層》の主街地である《アルト》の路地裏。
路地裏といっても街全体の五割以上を占めているため、路地裏というよりはテーマパークにある巨大迷路に近いものである。
巨大すぎる路地裏のお陰で街の居住スペースは路地裏と店などに潰され、かなり少ない。ので、この街に住んでいるプレイヤーは数十人程度の物で、静かな街となっている。
そして、街の端から何重もの壁になっている路地裏のある一点に黒い人影が。
先程述べた《機関》の実質的なリーダーであり、この異世界の中でも《死神》と恐れられ、《アインクラッド》を時折騒がす原因であるプレイヤー《red》、《レッド》
もう既に空こそはまだ暗闇だが、あと一時間もすればその暗闇に薄っすらと夜明けの光が刺そうかと時間に彼はふらりと《帰ってきた》
「………………」
彼が赤土色のレンガ造りの壁を撫でる。そして、ある一つのレンガに触れたその時、触れられたレンガを中心に人一人分の四角い入り口のようなものが組み立てられた。
レッドは《索敵スキル》を使い周りに誰もいない事を確認し、黒い入り口へと消えていった。
そして入り口を抜けると同時に入り口がたちまち閉じていく。
目の前にはこんな一日中薄暗い場所には不釣り合いな二階建ての建物が見えている。
一階の入り口にはお帰り、と言われているような淡いオレンジ色の光が灯っているランプが木製の茶色いドアに吊り下げられている。
ドアを開けると優しい波の音のような鈴の音が優しく耳に入ってくる。
一階が喫茶店、そして二階が居住スペースというこの異世界ではかなり珍しい物件。たまたま《弟》が隠しスイッチのようなあのレンガを見つけた時は幼馴染二人がギャーギャーはしゃぎ、弟の頭をくしゃくしゃと撫でていたものだ。
カウンター内への仕切りを軽く手で引いて通る。キィという音が鳴り、一瞬不快な気持ちになるがそれよりも早く寝たいという欲求に負けて二階への扉を通り、階段を上がる。
自分の部屋に戻るべく廊下を歩いていると、一つの部屋に薄っすらと灯りが灯っている事に気がついた。
その部屋のドアノブをゆっくり回して開ける。
その部屋の中身は至極薄っぺらい物で茶色のクッションがひかれた木製の椅子と机、それにベッドの三つ以外にはクローゼット程度しかなく、酷く殺風景になっている。
机の上の灯りによってしゅん色に光っている白い髪の持ち主に近づく。
「………うん……む…」
その持ち主はいい夢でも見てるのだろうか、時折はにかみながらこちらが気が抜けるほど心地よく寝ている。
……少し呆れながらも起こさないように寝ている《弟》をゆっくり横抱きにしてベッドに置く。
「………んにゅ……」
弟を寝かせていると薄っすらとだが窓から仄かな明かりが見える。
そろそろ寝なければ自分が机に突っ伏して寝ることになってしまう。
レッドはドアノブを開けた時よりもやや早足でこの部屋とあまり変わらない殺風景な自分の部屋に戻り、ジッパー式の黒コートをクローゼットに戻し、明日……というよりは今日の《以来》に備え、眠りについた。
目が覚めると自分がベッドにいる事に少し戸惑った。自分の昨日の記憶は風呂上がりに机に座り、何か新しい食材の活かし方や料理レシピが無いか考えて、考えて、あともう少しで何か出てきそうな所でプッツリ消えている。
誰かが……いや、自分の《義兄》が移してくれたのだろう。
「……話したかったな………」
《義兄》とは昼夜逆転のスケジュールなためほとんど話すことができない。それはとても寂しくてたまらないが、《義兄》は自分の店の食材費用や生活費のために依頼に奔走してくれているのだ、我儘を言ってはいられない。
「………はぁ…」
感謝とそれとはまた違う何か別の感情が混ざり合いモヤモヤとした気持ちになり、吐き出すようにため息を吐く。
ため息を吐くと今度は何故か少しイラつきに似た何かが渦巻き始めた。
「………兄さんのバカ……」
八つ当たり気味に今はぐっすり寝てるであろう兄に対して思わず飛び出した愚痴。そしてそのまま《ライキ》はふて寝を………
ライキーー!起きろー!
……………もう一人の義兄がドア越しでも鼓膜に響く声で怒鳴り起こしてきた。
……ああ、もう!
ゲーム開始から一年の日が終わり、その翌日の朝は《機関員》ライキにとってとても憂鬱な目覚めになった。