【凶狼】が闇落ちしたのは間違っているだろうか。 作:ほしぞら
広く、開けた野原。
そこを駆け抜けた狼達は、遠くで雄叫びをあげ、狩りの成功を宣言した。
灰色の毛並みを翻し、自身の牙を際限無く磨き、強さを求める。
彼等は『平原の獣民』。
誇り高く、確かな平原の主で在った。
__あくまでも『これまでは』だが。
ベート・ローガ、『10歳』の誕生日を迎えてから、初めての満月の夜。
『それ』は現れ、すべてを奪い去った。
…彼の意識が戻ったのは、たった数瞬前。
顔に熱が断続的に走る中、入り込んでいた岩場から無理矢理脱出する。
ノロノロと顔をあげて、自分の視界を疑うように、ピタリと動きを止めた。
__………これは、何だ。
目の前に散らばっている肉塊に、狼人の少年__ベート・ローガは、現実から目を背けるように何度も頭を弱々しくふり、数歩後退して腰を抜かしたようにぺたりと地面に座り込んだ。
「おや、じ……おふくろ……るー、な、?……みん、な」
問い掛けに答える者は一人も居ない。
その事実から逃げるように、手を後ろへと伸ばして__そこで、柔らかな何かに触れた。
「__っ、?…!?れー、ね……?」
バッ、と振り返り、目に入ったのは、くすんだ金色の毛並みの尻尾が生える、下半身。
自分が触れたのが、幼馴染みのふくらはぎだと気づき、同時に彼女の死を否応無しに理解してしまった。
ベタついた赤色が、自分の手を染めて、鼻に付く鉄臭さを撒き散らす。
……単純なことだった。
単純過ぎて、理解しやす過ぎて。
自分の中身をみっともなく全て吐き出して、遥か遠く地平線に消える新たな『平原の主』を睨みつける。
何事もなかったかのように消えていく主に対する苛立ちと、自身に対する劣等感が心を覆う。
もう二度と、失いたくない。
そんな、切なる願いが彼の心に去来して、すぐに変わった。
もっと、強く、高みへと。
満月の夜、平原に一匹狼の声が響く。
たった一人、強者に成ることを亡き仲間に誓って。
始まりの日から、十年以上の歳月が経った。
場所は地下水路。
魔石灯の灯りが、細長く狼の影を壁に映し出す。
たった一人、歩き続ける青年は顔に刻まれた青い刺青を苛立ちに歪ませて、水から跳び跳ねたレーダーフィッシュを、蹴りで瞬殺。
琥珀色の瞳に様々な思いを虚来させながら、一つの扉の前で止まった。
「開けろ」
たった一言そう言えば、最硬精製金属__オリハルコンの扉がズズ…と鈍調な音を立てて上がっていく。
中は超硬金属のアダマンタイトで出来た人造迷宮は青年の前に口を開いた。
「早ぇお帰りじゃねぇかよ、【凶狼】ぉ?」
品のないでかい肉声に耳を伏せて、そちらを見やる。
長外套を羽織り、にやついた笑みを浮かべる女は、ベートに近付く。
あからさまに面倒事の予感を感じ、身構える彼に笑って伝言を押し付けた。
「【ロキ・ファミリア】」
ぴく、と青年の耳が立ち上がる。
瞳をあげて、続きを促すように視線を合わせた。
「あいつらがここに勘づいたらし~んだよ、ったく、面倒な話だよなぁ~?」
「………で、俺にどうしろってんだ」
「なんもねぇよ、かわんねぇ仕事だ。クノッソスで都市最強派閥を潰す」
「………」
自身の怨念も含まれているらしい、獰猛な笑みを貼り付けた女は、てめぇも殺れってよ、と黙りこくる青年に伝えた。
「……ヴァレッタ、テメーは【勇者】か」
「ったりめぇだろぉ?フィンは私の獲物だ。誰にもやらせねぇよ」
確かな殺意を瞳に宿らせて女__ヴァレッタは眉を跳ね上げた。
27階層の悪夢、あの首謀者の一人である彼女は、その瞬間を思い浮かべて凶暴に口許を吊り上げた。
さて、これは本来の歴史から外れた史実。
ベート・ローガが、強さ以外の悲願を見付けた、ある世界。
部族の死、幼馴染みの死、そして彼女の死。
その分岐点、最後の一つ。
愛を注ぎ続けてくれていた彼女の死に、耐えられなかった青年の心の崩壊、その結果。
これがこの世界での【凶狼】。
ベート・ローガの歩む【悲願の先】。
【ウルフ・バージ】である。
ベートきゅんかっこいいです。
大好きです。
なんやかんや言いながら、ヴァレッタさんも嫌いになれません。