【凶狼】が闇落ちしたのは間違っているだろうか。 作:ほしぞら
悲しい。
一頻り笑った。
久方ぶりに浮かべた嘲笑ではない笑みは、顔が疲れた。
気付けば、滑稽な無表情で己を見ていた金の少女は、呆れたように素振りを再開していた。
その様子は、今までに何度も見てきて、その都度精度を増し、研ぎ澄まされてきた剣技、その僅か一部。
ベートは、その全てが見たくなった。
「……組手でも、するか?」
「……!」
何処か、飄々とした余裕を見せたまま、そう笑いかけてくる。
今まで、彼にそんな言葉を掛けられたことはなく、思わずと言ったように目を見開き、問い返した。
「どうして、」
「理由なんて特にねェよ。修練の一種ってくれぇだろうが」
言葉を被せられる。
そう言われれば別に拒む理由もなく、幼いアイズはこくり、と頷き短剣を構えた。
その姿に、自身も構えた。
「……双剣は、使わないんですか」
手加減をされる、そう思っての疑問の声。
何処か不機嫌な色を出す少女に、青年が呆れた息を吐いた。
「同じ【ファミリア】の奴の戦闘方法位覚えろ。……俺の主武器は、こっちだ」
そういって、手で軽く自身の靴を叩く。
膝頭近くまで覆う、『黒』の金属靴。
硬さと速さ、その二つを求め、彼の体の長所を殺さないように作られた専用装備__否、違う。
「__やるぞ」
その違和感の正体にたどり着くより早く、彼の声がかかった。
ハッとして武器を正面に構える。
それと同時、ベートの体がぶれた。
同じLv.3、それなのに目で追うのが精一杯、下手をすると目すら置いていかれる。
初撃を防げたのは本能に動かされた、偶然であった。
「……ッ!!」
ギンッ、と中庭に響く金属音。
真横に迫る黒色に、アイズは小さく息を飲んだ。
長い足を生かした遠距離からの回し蹴り。
彼の胴体は剣の射程外にあり、ましてや剣の腹で蹴りを受け止めている状態ではどうにも出来ない。
それでも威力を殺しきり、反撃に移ろうとする少女の顔に見付けた微かな躊躇の色。
その隙を見逃すことはなく、さっさと距離を取り直すと、その表情を見て静かに呟いた。
「……対人戦は、まだまだか」
人を切ることに、『正気の間』はまだ抵抗がある。
そのような、意味だったのだが。
「…………ッッッ!!!」
少女はそう受け取れなかった。
弱い、その意味としか思えず、一時的に激昂した感情に押されるまま、距離を取った相手に向かって剣を突き出す。
なんの細工も無い、愚直な突き。
怒りで心の制御を仕切れていないまま、全力でベートの腹を貫こうとした。
「__ッ、甘ぇよ」
「グッッ!?」
身長差が有りすぎた。
まだ幼いアイズが持つ短剣など、長さが知れている。
真正面から来ると言うなら、剣より下に足を突きだし、待つだけで充分だ。
あとは、ただ突進の勢いで相手が苦しむ、それだけだったのだが。
随分、鍛えている。
力負けとまでは行かないが、確かに押され、地面には土の抉れた痕が残る。
……ただ、それを生み出した本人は、腹を押さえうずくまり悶えていたのだが。
「……おい、続けるか?」
さすがに齢十歳の少女には辛かっただろうか。
今更後悔が滲むも、それは杞憂に消えた。
「っ、いえっ、まだやれる……!」
そう言って立ち上がった少女は、痛みは消えてはいないようだったが、確かにその足で立ち上がった。
剣を構え、すぐに走り出せる姿勢を作る彼女に、静かに笑った。
「……もう少し、剣以外の技を磨け」
「それは、どういう」
「こういうことだ」
短い言葉の掛け合い、すぐに放たれた前蹴り__
「__っ、え」
__に、見せかけた足払い。
ポカンとした顔で横薙ぎに倒れたアイズが立ち上がるより早く、その顔の横に足を落とす。
「心理戦はモンスター共にも通用する。フェイントとかがわかりやすい例だな。あぁいや、お前みたいな奴なら懐に飛び込んで行くのもありだろう」
足をよけ距離を取り直しながら、古参三人が止めさせようとしていた戦闘方法を、さらりと彼女に提示する。
それを聞いて、少女は再びこくりと頷き、立ち上がった。
「……っ!」
青年が構えたのを見て一気に走り出す。
【風】はまだ使わない。
彼女が射程距離に入る直前、ベートも足を踏み出した。
たった一歩の踏み込みに籠めた力を、回転力に変える。
最初とは違った状況、放たれた同じ回し蹴り。
横に迫る金属靴に今度もまた、剣の腹を当てた。
だが、それはーー
「っ!」
防御ではなく、力が殆ど入っていない受け流し。
少々高さが不安だったが、金属靴はアイズの頭の上を通り抜け、青年は確かにバランスを崩した。
「__【目覚めよ】ッ!」
瞬間発動させた風の付属魔法。
吹き出した風を自身の走力に足し、一気に懐に飛び込んだ。
長身の青年の腹への頭突きは、完全に彼の感覚を崩し、背を地面につけさせた。
「__見事、って、言わないんですか?」
「……そんな喋り方しねぇよ」
起き上がるよりも早く首の横に当てがわれた剣。
それ自体に驚愕はなく、ベートは上に乗るアイズを下ろしてさっさと立ち上がる。
「……ありがとう、ございました。あと、ごめんなさい」
「……なんで謝る」
「だってあの蹴りは、最初と同じ、だった。わざと、」
「今日はもう止めとくか……同じ手が効かねぇのはお互い様だ」
また、言葉を被せられた。
それに一瞬む、とするアイズだったが、最後の言葉に目を見開き、微かに笑った。
それを見ると青年はすぐに歩き出す。
その背中を見送ることなく、少女はまた素振りを始めていた。
すみません戦闘苦手なんですよね(おま)
この先どうなるんでしょうかね(他人事)