春の日和、曇天は『永訣』に雨を落とす   作:シガライ

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雪解け

 じゃりじゃりと舗装されていない道を踏みしめる音が、一定の間隔で鳴り響く。

 ここはとある少女の故郷とでも言える場所だ。

 

 草や木々が生い茂った獣道を青年――ナナシは鬱陶しげな表情をしながらもどんどん進んでいた。まるで、何年も人が来ていなかったようなこの場所は、無遠慮に植物や動物が跋扈している。草なんて自分の目線の高さまで伸びているのが殆どだ。

 

 ナナシは腰に携えていた剣で草を薙ぎ払いながら、自分がここにきた理由を考えていた――

 

 

 

 

 事の発端は青年の身に起こった衝動だった。

 ナナシはついこの間瀕死の重傷を負い、生死の境を彷徨っていた。内臓もぐちゃぐちゃで下半身はないようなもので、もはや生きているのが不思議なくらいに衰弱していた。

 それをどうにかしようとフキョウと言う少女が立ち上がり、自らトラウマの地に赴いてとあるモンスターの遺伝子を持ち帰り、ナナシの体に投与したのだ。結果、ナナシの体は快復へと向かいしばらくの時間が経つと完全に復活した。髪の色や細かな所は少々変化したが特に問題ないだろうということで、その時は皆特に気に留めることはなかった。

 

 ナナシはある日、突然殺戮衝動に襲われる。

 その時はどうにかナイフを手に突き刺したことで正気を取り戻したが、衝動がこれで収まるとは思えなかった。十中八九この前のモンスターの遺伝子が原因だろうとナナシは確信にも似た勘を以って、フキョウの故郷に行くことを決意する。フキョウが遺伝子を持ってきた場所なら……そこに何かの情報があると希望を抱き今の状況を改善もしくは解決するために。

 それからの行動は早かった。フキョウに場所を聞き出し、一緒に着いて行こうとする彼女を態々トラウマの場所に着いてこないで良いと宥め、弟子にも書置きをして準備しておいた荷物と共にまだ日が昇りきっていない時間に出発――

 

 

 

 

「それがどうして、こんな鬱蒼としてるとはな……」

 

 相も変わらず草を散らしながら足を進めていくと、徐々に木々の隙間から陽が漏れ出し視界が開けた。

 

「おぉ……ここか?」

 

 視界に入ってきたのは白一色の石でできた建物だった。形状は丸みなど一切ない、四角のみで構成されたもの。見るからに怪しく、今の時代の技術で作られたとは思えないほどに精巧なつくりの建物だ。

 ゴクリ、とナナシは唾を飲む。

 

「はぁ、よしいくか!」

 

 気合を入れて扉を開く――ことは叶わず、勝手にスライドした扉のせいでナナシは前から派手に転んだ。

 

「うぉ!? 勝手に開いたぞ!?」

 

 ナナシの叫びはむなしく建物内に響き、恥ずかしくなった彼は頭をガシガシとかいて立ち上がる。

 服についたほこりを叩き落としながら、取りあえず奥へと進んだ。

 

 

 直感を頼りに進み、目に付いた扉を片っ端から開けていく。が、どこももぬけの殻で、人や機器があるはずもなく、ましてや紙片一つも見つからない。

 あいつはどこから遺伝子を持ってきたんだよ、と溜め息をつきながらも散策を続けていると、先ほどのものとは一風変わった扉を見つけた。

 その扉はノブや取っ手が付いておらず、どうやってあけるのかわからないおよそ扉として機能していないものだった。また、よくわからない意匠が施されていて、芸術品といわれても通じるような見た目をしていた。

 

「さっきみたいに近づけば勝手に開くのか?」

 

 入り口の扉は取っ手は付いていたが、近づいたら勝手に開くものだった。ならばこれもそうなのでは、とナナシは物は試しと近くに寄った。

 扉に足を近づけた瞬間、空気がびりびりと震えるような音と共に、

 

《……魔…………アブ……スの遺伝…………確認……錠しま……》

 

 放送が鳴った。そして、扉はひとりでに開きだす。

 

 扉の先にあったのは、見たこともないカプセルや紙の束たちだった。

 

「……はっ、あたりだな」

 

 ナナシはニヤリと口角を上げ、部屋へと足を踏み入れる。

 カプセルは取りあえず後回しにしようと決め、そこらに散らばった紙を一つ一つ見落としのないように確認していく。

 

「モンスターの生息地と遺伝子の関係性? 違う。マウスへの投与実験……違う、モンスターの遺伝子の交配・投与実験の予想・結果レポート及び遺伝子による効能や異変? これだ!」

 

 ナナシは自分が知りたがっていた情報がありそうなレポートを見つけ、歓喜の声を上げる。さっそくと紙面に視線を落とし読み進めていくと、どんどん彼の顔は暗いものに変わっていき、やがて読み終えると驚愕と悲嘆の表情へと変貌した。

 

「嘘だろ……? これが本当だったら、フキョウ、は……?」

 

 ナナシは呆然と天井を見上げる。

 彼の口からつい漏れた声は、手から零れ落ちた用紙の音によってかき消された。

 

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