春の日和、曇天は『永訣』に雨を落とす   作:シガライ

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誕生日と銀雪

 

 空が朱を帯び始める時間帯、俺はさくさくと降り積もった雪を踏みしめながらとある少女の家へと向かう道を歩いていた。

 

 今日の日付は2月7日。今日はフキョウの19歳の誕生日である。

 俺は腰の袋にプレゼントを携えながら、歩き続ける。時折手袋をした左手でプレゼントを撫でながら。

 気分はあまりよろしくない。二度目の研究所探索から既に4ヶ月ほどの月日が流れているんだ。その間一切の情報をつかめていない。

 三度目の研究所でも何も見つからず、このままここばかり調べてちゃだめだ、と思った俺は他の場所に手を出すことにした。龍識船からいける村へと訪れ、その地方のフィールドを探索したり、同じような研究所がないか調べたりもした。だが、何一つ情報は見つからなかった。

 正直、すごい焦っている。まだ一年はあるんだが、この四ヶ月何も見つからなかった事実が、焦燥を駆り立てる。俺にあいつを助ける事が出来るのか? と不安になってくる。

 

 やはり、俺一人では限界なんだろうか……。俺に、あいつは救えないんだろうか……。

 

 嫌な考えがどんどん浮かんでくる。こんな状態で、あいつの誕生日を祝ってやれるのか。

 俺は誕生日を祝われて笑顔を浮かべるあいつの表情を、素直に喜んで、一緒に幸せを分かち合う事が出来る気がしない。あいつの笑顔を見ても、嬉しさや幸せといった温かい感情よりも、この笑顔を見る事が……とか最悪の考えばかり浮かんで、心から一緒にいてやれる事ができるのか。

 

 俺は、フキョウの誕生日を本心で祝えるのか……?

 

 だめだ、あいつは妙な所で鋭い。こんな不安や焦燥に塗れた俺なんて、あいつに見せられない。勘付かれたらおしまいだ。

 

 気持ちを入れ替えよう。まだ時間はある。

 取り繕ってでも、あいつの誕生日を誠心誠意祝ってやろうじゃねぇか。

 これからも私の誕生日を祝ってほしいって、ずっと一緒にいて欲しいって思わせて、俺があいつの20歳の誕生日に願いを叶えるというプレゼントを与えればいいじゃねぇか。

 

 そうと決まれば、まずは今日だ。

 俺は深呼吸をしてから、辿り着いた家の扉に手をかける。グッとノブを握る手に力を込め、一気に回しながら、

 

「うーっす! 来たぞフキョウ!」

 

 そう声を上げた。

 

 

 

 

「近所迷惑。うるさい」

 

 景気良く入ってきた俺に対して待っていたのは、呆れを多分に含んだフキョウの声だった。表情も言わずもがなである。もうこんな扱いされるのにもなれちゃったけどな。

 

「つれないこと言うなよ。今日はめでたい日だし、俺がお前を祝ってやりてぇんだよ」

 

「……別にそんな事いいのに」

 

 俺がそう言うなりぷいっと顔を逸らしてしまったフキョウ。耳が少し赤くなっていることは、指摘しないで置こう。

 そんな彼女の反応が可愛くて思わず頭を撫でようと伸びた手を、ぎりぎり阻止する。あぶねぇ、またセクハラって言われるとこだった。

 

「まぁまぁ、とにかく始めようぜ」

 

 言いながら、いまだ不満げなフキョウの背中を押して簡素な机とベッドだけが置いてある部屋へと移動する。相変わらず女っ気ねぇなぁ、ここ。

 フキョウの部屋に入り、今日の主役である彼女を上座に座らせ、俺は持ってきた果物がいっぱいのったケーキと少し高級な果実酒を机に置いてフキョウの正面に座る。

 

「ほら、せっかく買ってきたんだから食おうぜ。お前のために奮発したんだからな」

 

「ん、ありがと。いただきます」

 

「ああ、いただきます」

 

 お決まりの言葉を言って、用意しておいたフォークでケーキを一口分取り、口に入れる。入れた瞬間果物の酸味と甘味が口いっぱいに広がって、自然と頬が緩むのを感じる。

 

「あ……あまくて美味しい」

 

 フキョウもこのケーキを気に入ったようで、幸せそうに微笑みながらフォークで次々に口にしている。一口食べるたびに破顔させる彼女の姿は、見ていてとても気分がいい。俺が用意したケーキをおいしそうに食べてくれているだけで、嬉しいものだ。

 

 なんだ、意外と楽しめてるじゃないか、俺。

 

 フキョウの笑顔を見てもつらいだけだと思っていたが、逆にやる気が出た。こいつといるのは心地いいなぁ、と改めて実感できて、失いたくないという思いがより一層強くなる。

 

 今日はめいっぱい楽しんで、明日からの活動の励みにしよう。散々ここに来る途中誕生日なんて来るなよ……とか思っていたが、こいつが生まれて、俺に出会ってくれたことには感謝している。その感謝を、今日と言う日に、しっかりと示してやろうじゃないか。

 

「これも飲んでみろよ、お前の好きな果実酒だぞ」

 

「うん、ありがと。――んくっ、わ、すっごい美味しい」

 

「だろ? 熟成とか秘伝の方法でやってるらしくてな、美味いって評判なんだ」

 

「へぇ、そうなんだ。ありがとね、嬉しい」

 

「っ!」

 

「ぷっ、なにその顔。いつも変なのに、更にひどくなってる、ふふっ」

 

 ったく、こいつは本当に愛おしいなぁ……。こんな眩しい笑顔でお礼言われたら、何もいえなくなっちまうだろ。だが、そこまで笑うことはないんじゃないの? フキョウさん?

 なんとなく悔しく思った俺は、懐からプレゼントを取り出して机の上にぽんと置く。中身を開いて驚いた様子を見て、笑ってやろう。

 

「ほら、プレゼントだ。19歳の誕生日おめでとさん」

 

「プレゼントまで……開けてもいい?」

 

「ああ。どうぞ貰ってやってくれ」

 

 俺が促すとフキョウは、ハンター業をしているというのに傷一つない綺麗な手で丁寧に包装を解いていく。なんかこうも丁寧に扱われると、恥ずかしいからやめてくれませんかね……。

 だが、そんな思いもむなしく終始丁寧に解かれてしまい、ようやく中から小さめの箱が姿を表した。

 「じゃあ、開けるね」と言って、フキョウはこれまた丁寧に箱の蓋に手をかけて開き、

 

「……わぁ、すごい綺麗な……指輪」

 

 感嘆の息を漏らす。

 箱から出てきたのは、透明度の高い水色の宝石があしらわれた、銀の指輪。

 何かいいプレゼントはないかと、物色していたときにピンときたやつだ。

 

「改めて、誕生日おめでとう、フキョウ」

 

「……うん。すごい嬉しい。誕生日に銀の指輪がもらえるなんて……それもこんなに綺麗な、本当にありがとう、ナナシっ」

 

「うぉっ!?」

 

 プレゼントを一通り眺め、フキョウは迷うことなく左手の薬指にそれをつけた。そのことに何か思わないでもないが、俺もそこにつけてくれねぇかなと思ってたし、まぁいいか。

 そしてつけたと思ったら、次の瞬間フキョウが飛び掛って抱きついてきた。ぎゅっと、がっちりホールドされてしまった。

 

「いきなりあぶねぇだろ……」

 

「いいのっ、これ感謝の気持ちだから」

 

 そう言うと、フキョウはゆっくりと顔を近づけ、視界がこいつの綺麗な瞳でうまったと同時に俺の唇に唇を重ねてきた。少しは驚いたが、こいつはたまにこういうことをしてくるから、特に拒否することはない。むしろ、普段からもっとやって欲しいくらいだ。

 そのままお互いの唇の感触を楽しむ。下唇を甘噛みしたり、唇の表面を舌でなぞったり、どっちの熱かわからなくなるまで唇を重ねあった。

 

「ぷはっ、もうちょっと……」

 

 いつもならこれくらいで終わりなんだが、今日は違うらしい。こいつも特別な日と言うことでテンションが上がっているんだろうか。

 なんて、理性を抑えるための冷静さを取り繕うような考えを巡らしている俺に、容赦なく彼女は再び唇を重ねてくる。しかも今度は、深く、濃く。

 

 フキョウの甘い唾液が、柔らかな舌と共に侵入してくる。侵入したと同時に俺の舌は絡め取られ、表面や裏を吸われ、ねっとりと蹂躙されていく。

 

 気持ちいい……。こいつとのキスは、やっぱすげぇ幸せだ。

 

 そんな事を考えていると、熱を持った甘い液体が更に口内へと入ってくる。

 と、ここで俺は我慢の限界が来て、反撃の体勢に移った。

 

「ふぁっ……。んぅ……ぁっ……れろ……んっ……」

 

 フキョウの腰に手を回し、倒れないように支えながらも、口内を獣のように貪る。先ほどとは比べ物にならないくらいの激しさで、舌や歯茎など隅々まで攻めていく。俺の欲求が行動に現れているようだった。それほどまでに、激しく求め、彼女の口唇を愛おしむ。

 きっと、時折彼女の口から漏れ出る、甘美な声も関係しているのだろう。その声が聞こえるたびに、俺は舌の動きを激しくしていた。まるで動物だな……。

 やがて、蹂躙は止まり、俺は彼女と重なっていた唇を惜しみながら離す。

 

「んぁっ……はぁ……はぁ……」

 

「はぁ……っ……はぁ……」

 

 お互い、長い間唇を合わせていたせいか、息が荒い。当然他の理由もあるだろうが。

 

「ナナシ……」

 

 物欲しそうな声で、俺の名前を呼ぶフキョウ。

 その姿は、床にぺたんと女の子座りをし、口から小刻みに吐かれる息は甘くて熱そうで、頬は雪のような白い肌とあいまって朱が映えていて、その綺麗な瞳は潤み熱っぽい視線でじっと俺を見ている。つまり、俺を誘っているかのような姿だ。服も少しはだけ、魅力的な鎖骨や胸元がちらちらと見えている。

 

 ――あぁ……こいつに溢れ出る劣情を全部ぶちまけて、無茶苦茶にしてやりてぇ……。

 

 こんな扇情的な姿をされたら、俺は我慢ができない。今にもこの無垢な少女の純潔を散らして、乱暴に犯してしまいそうだ。

 だが、

 

 それだけはしてはいけない。こいつを傷つけるような行動は絶対にするわけにはいかないんだ。

 

 だから――左手を強く握り、そのことによって走った痛みでどうにか理性を取り戻す。

 そして少し息を整えてから、フキョウの頭を乱暴に撫で、

 

「ばーか、お前みたいなお子様がそんな顔すんのは早すぎんだよ」

 

 おでこをつつきながらそう言ってやる。

 

「むっ……いきなり舌絡めてきたセクハラ親父の癖に」

 

「お前が言えたことかよ……」

 

 ……。

 

「ははっ」

 

「ふふっ」

 

 数秒の沈黙の後、同時に笑い出した俺達。

 この瞬間がすごい幸せで、温かかった。

 

 

 その後、俺はフキョウと一緒にのんびり酒を飲みながら、2月7日が終わるまでゆったりと過ごした。

 

「そういえば、銀の指輪がどうこうって、なんのことだ?」

 

「うん。私の故郷の言い伝えでね、19歳の誕生日に銀の指輪を貰うと幸せになれるんだって。えへへ……ありがと」

 

「おっおう」

 

 無性に恥ずかしくなった俺は頬をかきながら、一つの思いを胸に浮かべる。

 

 

 また来年も一緒に過ごすと、来年フキョウを助けてから、思いの丈を全てぶつけてプロポーズをする、と――

 

 

 




19歳の誕生日に銀の指輪を貰うと、幸福な結婚ができるというジンクスがヨーロッパであるらしいです。
これは、毎日身につけていれば自然に磨かれ、輝きを失わないと言われています。つまり、『プレゼントしてくれた人のことを想い続け、毎日身につけていればきっと幸せになれる』と言うお話らしいです。
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