とある青年が銀河英雄伝説の世界に転生した   作:フェルディナント

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第十一話

 捕らえられたブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯に対し、ラインハルトは厳しい態度でのぞんだ。

 「馬鹿な!どこに証拠がある!?」ブラウンシュヴァイク公はうなった。

 「証拠はあるではありませんか。あなた方は不当にもラインハルト・フォン・ローエングラム元帥およびアンネローゼ・フォン・グリューネワルト伯爵婦人を害しようとし、それが失敗すると帝都オーディンからの脱出を図ったではありませんか」ラインハルトにこの件を任された僕は厳しく追求した。

 「それは、フェルナーめの勝手にやったことで・・・」

 「アルツーム・フォン・シュトライト准将の証言もあります。お望みなら、お聞きくださっても結構ですが。どちらにせよ、我が帝国正規軍の度重なる臨検命令を無視し、逃亡を図ったのは事実ではありませんか。それをどう弁明されるおつもりか!?」

 「だまれ貴様!」ブラウンシュヴァイクは椅子を蹴って立ち上がった。「ただの帝国騎士にしか過ぎない貴様が、なぜ帝国最大の大貴族足るわしを不当に審問しておるのか!礼儀をわきまえろ!」もはや理性もなにもない。貴族の権威を傘に借りた主張だった。ならばこちらもより大きな権威に頼らざるを得ない。

 「公爵閣下。あなたは帝国最大の貴族であらせられる。しかし、それも皇帝陛下の権威に比べたら取るに足らぬもの。私は皇帝陛下の勅命を仰せつかった宰相リヒテンラーデ公爵閣下の指示であなたを審問しておるのです」

 「ぬうっ・・・」ブラウンシュヴァイクもさすがに「皇帝陛下」の権威には沈黙せざるを得ない。それでも別の角度から切り込んできた。「だっ第一、貴様らが仕えるローエングラム、あの金髪の小僧めとリヒテンラーデめが皇帝陛下を実質的な傀儡としておるではないか!反逆者なのは貴様らの方であって、わしの方ではない!」

 まあ、それは一定の事実ではあるけれども。かといって沈黙してしまってはならない。「ですが公爵閣下。どこにその証拠がありましょうか?確かに現皇帝陛下エルウィン・ヨーゼフ2世はリヒテンラーデ公爵閣下の推されたお方でございます。ですが、公爵閣下やリッテンハイム侯爵閣下も自らの御息女を女帝につけようとしておられたではありませんか。あなた方「帝国最大の貴族」であらせられる御方々が新皇帝を擁立されようとして問題ではなく、なぜフリードリヒ4世前皇帝陛下の直系の子孫であらせられるエルウィン・ヨーゼフ2世を皇帝陛下になされて問題となりましょうか?」

 「だが、傀儡にしたのはー」

 「どこにその証拠がおありですか?おありなら提示していただきたい。リヒテンラーデ公爵閣下やローエングラム侯爵閣下が皇帝陛下を傀儡にしているというその根拠は一体どこから出してこられたのかを提示していただきたく存じます。確たる証拠がおありでないのなら、仮にも宰相であらせられるリヒテンラーデ公爵閣下や帝国軍最高司令官であらせられるローエングラム侯爵閣下に対する誹謗中傷でしかありません」

 「だまれ!だまれだまれえ!」ブラウンシュヴァイクは」椅子を蹴り飛ばした。「貴様ごときがなぜわしを裁く!その権利は一体どこにある!わしは皇帝陛下を傀儡どもの手からお救いし、もって帝国の現状を改善しようとしておるのだぞ!それを「反逆」とはなにごとか!貴様ごとき低級身分の身が、何を申すか!しかも、貴様の隣に座る、そのキルヒアイス上級大将に至っては卑しき平民ではないか!低級身分の者共に裁かれるほど、わしは落ちぶれておらん!」

 僕のとなりにいたジークフリードは表情を変えなかった。内心は怒りで一杯だろうが、ここで激発してはいけない。それをジークフリードはわきまえているのだ。僕はそんなジークフリードを助ける必要があった。そして、ブラウンシュヴァイクは致命的なミスをおかしていた。それをついてやろう。「あなた方は皇帝陛下をお救いするとおっしゃいますが、そもそも皇帝陛下と敵対する立場に立つこと自体、自ら反逆者になっていることではありませんか。反逆者は極刑に処される。これはおそれおおくも皇祖ルドルフ大帝陛下の、法を定められしときより、罪には罰をもってむくいることが摂理というもの。たとえ帝国最大の大貴族であらせられるブラウンシュヴァイク公爵閣下も例外ではございません」

 ブラウンシュヴァイクは狼狽の色を見せた。「まさか、それはわしを処刑するというのか!?」

 今さら何を慌てる。「それ以外に聞こえになりましたか?」

 「帝国最大の貴族たる、わしをか!?」

 「はい」できる限り冷たく、無感情に言い放った。

 「馬鹿な!」ブラウンシュヴァイクの顔はみるみるうちに青くなった。

 よし、止めだ。ブラウンシュヴァイクよ、報いを受けるが良いっ!「エルウィン・ヨーゼフ皇帝陛下よりの勅命である。ブラウンシュヴァイク公爵に死を賜る。格別の御慈悲により、自裁をお許し下された。さらに、その公爵たる礼遇をもってその葬式をなすであろう」まさかこんな台詞が公爵にあたる者に使われたことはこれが初めてだろう。そして、最後だ。

 ブラウンシュヴァイクは脂汗を流し、椅子にへなへなと座り込んだ。「卿に・・・金ならいくらでもやろう。領地でもよい・・・そうだ。わしの娘をやろう。そうすれば皇帝陛下の縁戚にー」

 そんなことは少しも望んでねえよ馬鹿野郎。「見苦しい物言いはお止めなさい。もはや刑の変更の余地はありません。誇りある帝国貴族なら、最後は潔く逝去なさることです」

 僕は合図した。毒入りのワインを持った皇宮警察本部長が進み出た。

 「や、やめてくれ!なんでもしてやる!」ブラウンシュヴァイクの姿は醜態に近かった。あれだけ権力を振り回し、偉そうに振る舞ってきたクズがすくみあがって優美ならざる動きで死をもたらすワインから逃げようとしている。僕はそれに汚物を見るような視線をぶつけた。

 「や、やめろー!」他の警察官に押さえられ、ブラウンシュヴァイクはワインの前に引きずり出された。

 赤い液体がブラウンシュヴァイクの喉に注ぎ込まれる。本人の意思に関係なく、ワインは彼の喉を通過していった。

 突然ブラウンシュヴァイクが血も凍る叫び声をあげた。口から血が吐き出される。それが床に飛び散り、赤い染みを点々とつけた。

 こんなクズ野郎でも血の色は赤いのである。できれば同じ種族に生まれたくはなかった。実際に会うことでその感情はいっそう高められた。だが、もう最後だ。

 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵は前のめりに倒れて息絶えた。

 僕は長いため息をついて椅子にもたれ掛かった。帝国最大の貴族が、無様な死にかたで倒れている。これほどゴールデンバウム朝帝国の終焉を物語るシーンがあろうか。

 

 「そうか。ブラウンシュヴァイクはその悪行を償うため、地獄に墜ちたか」ラインハルトは言うと、口元に笑みを見せた。「もうゴールデンバウム王朝は終わりだ。もはや俺の前に立ちはだかれるものは一人だけになった」

 「リヒテンラーデ公、ですか」ジークフリードが言った。

 ラインハルトは頷いた。「そうだ。奴を倒せば、俺の復讐は終わるのだ。だが、その後は何をすれば良いのだろうか。俺はまだわからない」

 僕は気付いた。えっ。この状況で出てくる言葉と言えば・・・

 「宇宙を、手にお入れください」

 この瞬間、ジークフリード・キルヒアイスは自らの運命の糸を断ち切り、生き残るという方向を選択することができたのである。少なくとも僕にはそう思えた。

 「そうだな。そうしよう。だが、お前たち二人と共にだ。俺が手にいれるんじゃない。俺たちが手にいれるんだ」ラインハルトの言葉は僕には勿体なかった。涙が出そうになった。涙が溜まり、潤んだ瞳に写った光景は、一生忘れられないだろう。

 僕の「銀河英雄伝説」はここから始まったのだ。


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