とある青年が銀河英雄伝説の世界に転生した 作:フェルディナント
僕はイゼルローン攻略軍に状況の説明を求めた。
ただし、ある思惑で副司令官の一人、ナイトハルト・ミュラー大将に。
ミュラーは予想通りと言うより期待通りの報告をしてくれた。
「捕虜の一人がヤン・ウェンリーはイゼルローンにいないと言っています」
史実では、ヤンが要塞にいるという前提で戦いが進んだため、ヤンが帰って来るまでだらだらと戦い続けた。今回はそんなことのないようにしたい。
翌日、僕は統帥本部総長としてメルカッツに命令した。
「ヤン・ウェンリーはイゼルローンにあらず。よって、直ちに猛攻撃を加え、要塞を占領、或いは破壊せよ」
この命令はメルカッツに「イゼルローンを破壊する」という選択肢を与えたものだった。
統帥本部総長ヒルシュフェルト元帥の命令にしたがい、メルカッツ指揮下のイゼルローン攻略軍は一斉に攻撃に打って出た。
まず、ミュラー艦隊12000が同盟軍艦隊と正面から交戦しつつ、ガイエスブルグ要塞が進撃する。
「全艦攻撃!」ミュラーは手を振り下ろした。
旗艦「リューベック」以下の艦隊が一斉に同盟軍グエン艦隊へと攻撃する。
「攻撃を受けている!?そんなものは知るか!戦場で安全な場所などない!」グエンは報告してきた参謀に怒鳴り付けた。
戦艦「マウリア」以下のグエン分艦隊4600とアッテンボロー分艦隊4400が数において倍以上のミュラー艦隊と交戦した。
「艦隊を援護する!フィッシャー、艦隊も出撃させ、トールハンマーで支援しろ!」キャゼルヌはマイクに大声で怒鳴った。
フィッシャー艦隊4500も出撃し、これでイゼルローン要塞の艦隊戦力が0になった。
それでもなお、ミュラー艦隊と互角程度にしか戦えない。しかも、ヤン艦隊側は統率する指揮官がおらず、各艦隊がバラバラの状態で戦っていた。
さらにガイエスブルグ要塞がイゼルローン要塞に接近してきた。
「トールハンマー発射!」シェーンコップが命じる。
青白い閃光がガイエスブルグに向かってのび、それのお返しにガイエスハーケンも直撃した。
「敵要塞、止まりません!」
「バカな!奴ら、要塞同士をぶつける気か!?」キャゼルヌの首筋を冷たい汗が流れた。
だが、現実はキャゼルヌが想像していたものより、もっと深刻だった。
「共倒れを覚悟で・・・?」キャゼルヌが呟いたとき、
「トールハンマー、流体装甲のなかに水没!使用不能!」
「何だと!?」
「引力だ・・・!」ムライ参謀長が唖然として言った。
「ということは・・・後ろだ!」キャゼルヌは戦術テーブルに目をおとした。
突然要塞が激しく振動した。
「後方から敵艦隊!数、およそ15500!」
「後方は無防備だ!浮遊砲台も使えない!」シェーンコップが歯を噛み締める。
「全艦撃て。敵要塞に穴を開けるのだ」旗艦「ネルトリンゲン」でメルカッツは命じた。
メルカッツ、ファーレンハイト艦隊が一斉に攻撃を開始した。数十万のビーム、ミサイルが剥き出しになったイゼルローンの表面を破壊する。
史上初めて、イゼルローン要塞が艦砲射撃で傷つけられた瞬間だった。
「攻撃を続けろ。反撃を許すな!」ファーレンハイトも旗艦「アースグリム」艦橋で部下を叱咤した。
帝国軍はありったけの攻撃を撃ち込む。ワルキューレも要塞表面に取り付き、爆撃を開始した。
この時は史実と違ってミュラーが敵艦隊を押さえていた・・・筈だった。
「司令官代理。ここは後ろの艦隊ではなく、横の艦隊を攻撃しましょう。トールハンマーはそこになら撃てます」パトリチェフ副参謀長が提案した。
キャゼルヌは頷いた。「では、そうしよう。トールハンマーで横にいる12000の敵艦隊を砲撃する!」
トールハンマーがミュラー艦隊のほうを向いた。
「閣下!トールハンマーが・・・!」オウラウ参謀長が若い司令官に顔をひきつらせて報告した。
「何!?」ミュラーはイゼルローンのほうを向いた。トールハンマーがこちらを向いている!
「全艦散会!しかるのち退避!急げ!」ミュラーは慌てて命じた。
ミュラーの命令が伝達される前にミュラー艦隊の艦は退避を始めていた。だが、それは無秩序な混乱以外の何者でもなかった。
「ファイア!」
「一点を集中砲撃せよ!」
「撃てえええい!」
ヤン艦隊が一斉に砲撃し、ミュラー艦隊の艦が鮮やかな爆光に包まれて消滅する。
「いたずらに陣形を乱すな!余計に損害を受けることになるぞ!」ミュラーはその人となりからは全く想像できない表情で艦隊に指示をだし続けた。
だが、艦隊の混乱ぶりはいかにミュラーでも制御できず、ヤン・ウェンリー直伝の一点集中砲火でミュラー艦隊は一気に分断された。
さらにその分断された艦隊にトールハンマーが襲い掛かった。
白熱したエネルギーの波が帝国軍の白い艦艇を凪ぎ払う。崩壊へと向かうミュラー艦隊は半包囲陣形を取りつつあるヤン艦隊によって打ちのめされ、戦場をのたうち回った。
その中でもミュラーは不退転の決意をもって旗艦「リューベック」を駆って戦場を駆け回り、崩壊しかけた陣形を再編し、分断された部隊を再結集させて戦線に投入し、同盟軍の攻撃を支え続けた。
だが、猛攻撃の中でミュラー艦隊は既に戦力の大半を失っていた。
他の提督にはできない見事な防衛戦で味方を崩壊から救い続けたミュラーにも、地獄からの招待状が届いた。
一発のビームが「リューベック」を貫き、艦橋にまで爆発が及んだ。
ミュラーは数メートルの距離を飛ばされ、壁に激突し、床に転がった。
「軍医!」オウラウが司令官のそばに駆け寄る。
「閣下!閣下!」
「・・・大丈夫だ・・・私は・・・まだ死ぬわけにはいかない・・・」ミュラーは弱々しく笑った。
すぐに軍医がやって来た。ミュラーの傷の具合を調べる。
「全治にどれくらいかかる・・・?」ミュラーは苦痛をこらえて起き上がろうとした。だが、激痛が走り、彼は床に倒れこんだ。
軍医はミュラーの傷の度合いに驚いた。下手をしたら死んでしまうぞ。「か、閣下は不死身でいらっしゃいますな」
その背後で戦艦「ハルテンベルク」が火の玉となって弾けとんだ。
ミュラーは口のなかに温かいなにかを感じた。「いい台詞だ・・・私の墓碑銘はそれにしてもらおう・・・ぐふっ!」彼の口から、血が漏れ出した。それと同時に、若い司令官は意識を失った。
「閣下!」
「大丈夫です。意識を失われただけです。ですが、すぐに手術しませんと」
「すぐにやってく・・・」
「援軍だ!援軍がきたぞ!」オペレーターが歓喜の声をあげた。
メルカッツ、ファーレンハイト艦隊の全戦力がミュラー艦隊を救いに到着した。
「ちっ!敵の艦隊を一個潰せるところだったのに!」アッテンボローは舌打ちした。
「アッテンボロー。戻ってこい」キャゼルヌが通信画面から語りかけた。
「了解」アッテンボローは反抗しようとしなかった。
フィッシャーの艦隊運動で同盟軍は要塞に帰投した。
帝国軍はそれを追撃する余裕はなく、一時的に後退するしかなくなった。
こうして帝国軍の攻撃は失敗に終わり、ミュラー大将が負傷。8000隻の艦艇が失われた。