とある青年が銀河英雄伝説の世界に転生した   作:フェルディナント

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第三十六話

 キルヒアイス艦隊敗北。そのニュースはすぐに帝国軍本隊に伝わった。

 通信スクリーンに現れたジークフリードはヤンを抑えきれなかった罪を謝した。

 オーベルシュタインは彼の更迭を主張したが、ラインハルトは無視して彼を赦し、基地化を進める惑星ウルヴァシーに赴くよう命じた。この処置はオーベルシュタインの眉をひそめさせるに充分だったが、他の提督たちからは全く反感がなかった。彼らはジークフリードの功績を知っていたし、いくら失敗をおかしたからといって、一回で更迭するというのも残酷な話だと思ったのである。

 もちろんラインハルトもそう思っていたのだが、彼には別の考えもあった。

 彼は戦いたかったのだ。自分の知略をもって同盟最高の知将ヤンを打ち破りたかったのである。ジークフリードが敗北することでラインハルトに戦えるチャンスが回ってきたことから、むしろジークフリードに感謝したいラインハルトだった。

 

 この間先陣として突っ走る僕は基地化されることが決定されているガンダルヴァ星系に到達していた。後続の補給部隊が到着するまではここで待機し、防衛に当たることが命令された。

 「しかし、キルヒアイスでもヤンを倒すこと叶わずか」そのミッターマイヤーの言葉はジークフリードへの侮辱ではなく、単純に「キルヒアイス提督ですらも敗北させたのか」と言う驚嘆と尊敬の思いだった。

 「そもそも数が違ったしな。だが、キルヒアイスだって敵を10000近くは沈めている」僕はジークフリードを弁護した。別にミッターマイヤーがジークフリードを侮辱してないことは分かっていたが。

 ミッターマイヤーはいかにも、と言わんばかりに頷いた。「決戦の前にこれだけ敵兵力を削ることができたことを思えば、むしろよくやったというべきだろう」

 「俺があのときキルヒアイスの立場だったら今頃ヴァルハラの門を通過してないといけないからな」

 「恐れるべきはヤン・ウェンリーの知恵だ。彼らが今ここに攻めてきたら・・・」

 突然警報が鳴り響いた。

 「敵艦隊襲来!敵艦隊襲来!」

 僕は皮肉っぽく口を曲げた。「仮定の話にはならなかったようだ」

 ミッターマイヤーは音高く舌打ちした。「悪い予感は当たるものだな」

 「どうする?敵の数は30000を越えているだろうな」

 当然同盟軍とて無傷ではない。損傷艦をドックにいれて出撃したのならその数は35000程度と思っていいだろう。だがこちらの数とてほぼ同じようなものであり、相手がヤンとあっては不利としか思えない。

 「だが、工兵部隊を撤収させなくてはならんな」

 ミッターマイヤーの言うことはもっともで、この時点で基地建設部隊がウルヴァシーに展開していた。それらの資材や機材、人員を撤収させるには時間がかかる。

 「仕方ない。一戦交えよう。地上部隊には撤収を命令!」僕は決断した。

 ミッターマイヤーも異論なく承諾した。「今回は時間稼ぎだ。下手に近づかずに行くべきだな」

 「あぁ」

 この時点でヒルシュフェルト艦隊は19000、ミッターマイヤー艦隊は16000の艦隊を配下に収めている。数ではほとんど拮抗しており、ただの撃ち合いに徹しておけばそれほどの損害を被ることなく撤退を完了させられるはずだ。

 僕にとってはアムリッツア以来二回目のヤンとの直接対決になる。緊張で鼓動が高まるのを感じた。僕はヤンには遠く及ばないのに・・・

 

 両軍の撃ち合いは長距離で開始された。後退線を確保するため帝国軍は可能なまで前進しており、砲撃が開始されるとゆっくりと後退を始めた。

 「何と・・・」ヤンは指揮シートの上でベレーをくるくる回しながら呟いた。

 「あのヒルシュフェルト艦隊、疾風ウォルフ(ウォルフ・デア・シュトルム)の行動に完全に機動を揃えているな」声から緊張は感じられなかったが、これはルートヴィヒ・フォン・ヒルシュフェルトからすれば最大の賛辞だった。

 彼は、たった今ヤン・ウェンリーに疾風ウォルフと同格と称えられたのである。

 この時の同盟軍は、全てがヤンの指揮下にあった。宇宙艦隊司令長官ビュコック元帥はハイネセンで残存部隊の統括、戦略全体の指導に徹している。

 「下手に深追いするわけにはいかない。だが、敵が望んでいるのは時間稼ぎだ」ヤンは敵の目論見を完璧に洞察していた。

 「パエッタ提督に連絡」

 

 同盟軍の主力、第一艦隊が突出し出したのは帝国軍からもよく確認できた。

 普通であればこれを罠と見るべきだが、第一艦隊の動きは明らかに味方との連携を欠いた行動であるように見えた。

 「どう思う?」ミッターマイヤーは聞いた。

 「いつまでも消耗戦をやっていると向こうの攻撃に対応できない。下手に近づくのは危険だが、威嚇も兼ねて一度接近して攻撃を加えよう」

 帝国軍の二個艦隊は同盟軍右翼、第一艦隊に向けて進撃した。

 この動きが信じられないスピードであったにも関わらず完璧に連携がとれていたのでヤンすらも驚いて敵将を称賛したものである。

 二個艦隊から攻撃を受けた第一艦隊は隊列を乱した。

 「これもヤン提督の作戦のうちだ!隊列だけは乱すなよ!」パエッタはアスターテの経験から今は上官となったヤンを信頼していた。

 「全艦隊、左後方に後退!」

 第一艦隊は二個艦隊に押されて左後方に向けて後退した。当然帝国軍はそれを撃つために右に回頭する。

 「今だ!」ヤンが号令を下すなや否や、フィッシャー中将が統制する艦隊6000が一気に帝国軍の左側面に躍り出た。そのスピードも称賛されるべきものである。

 気が付けば、帝国軍は完全に前と左からの半包囲にあっていた。ビームの嵐が殺到し、銀色の艦隊を刺し貫き、爆発の炎で原子に還元する。

 「今すぐ後退しろ!ちっ、俺としたことが!」ミッターマイヤーは舌打ちしつつも部隊を急速後退させ、ともすれば崩れる艦列を支え続け、後退と再編を同時に行う。

 僕も艦隊を叱咤して崩れかける戦線に兵力を派遣し、戦列の崩壊を何とか防いだ。

 常人には成し得ない速度で再編して後退し、さすがのヤン言えども完全に追撃して帝国軍を崩壊させることはできなかった。

 

 「我、敵と接触す」との電文が同盟軍の妨害を掻い潜ってロイエンタール艦隊旗艦「トリスタン」に届いたとき、オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将は艦橋にいた。

 「そうか。では直ちに助けに向かわなければなるまい。最大戦速でガンダルヴァ星系に向かえ。シュタインメッツにも伝えろ」

 彼の主君ならいざ知らず、親友を見捨てることなど絶対にできないロイエンタールである。

 この時同行していたシュタインメッツ艦隊は後続艦隊との連絡のためロイエンタールより遥か後方を航行している。これはロイエンタールの行軍のスピードが早かったためであり、シュタインメッツが無能であるわけではない。

 ロイエンタールは直ちに全艦隊に最大戦速での進撃を命じた。


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