黄昏博物館へようこそ ー生命の欠片の物語ー 作:zenjima7
海に突き出した半島の突端に巨大な洞窟群があった。
付近は冷たい木枯らしが吹き付け砂埃が舞い、地面には僅かな草が生えるばかり。
乾燥した痩せた大地に、冷えきった空気……。
洞窟の中には、動物の骨。
無数の石器や骨を利用したと思われる食器。
動物の牙や貝殻で作られた装飾品。
洞窟の壁面には刻まれた番目の模様。
煮炊きをしていたと思われる炉の跡。
飾られた花はとっくに枯れて色を失っている。
放置された無数の、人骨…
そこは、かつて百数十人という大きな規模の《ヒト》が暮らしていたと思われる、洞窟を利用した住居群の跡だが今は、気配が無い。
……というわけではなかった。
洞窟の奥に実はまだ《ヒト》が暮らしていた。
少女と、壮年の男性。しかし、男は衰弱が激しく酷くやせ細っていた。
毛皮の上に寝かされており、少女は彼に付き添っていたがその表情は暗い。
「私も、これまでのようだ」
少女は眉間に皺を寄せ、唇を噛み締め、彼の手を強く握りしめた。
「よく聞け」
男は少女を見つめ、遺言を残す。
「美しい花を摘み、獣を追い、魚貝を採り、人々が手を取り合い、永い時をここで暮らしてきたが……
大地は枯れ、空気は冷え、獣は姿を消し、海水は冷たく魚貝も殆ど採れなくなり、ヒトはその数を減らし、今や私と、私の子であるおまえの二人になってしまった」
少女は哀し気な顔で、男の話をじっと聞く。
「私が死ねば、その肉を喰らい暫くは生きていけるが、それではすぐに食い尽くし、後は飢え死を待つしかなくなる。私が死んだらおまえがする事は、私の肉を石刃で切り取り、一度干すのだ。そうすれば何日か肉は保つようになる。
干し肉を持ち、槍を持ち、毛皮を着て、ここを去るのだ。そして、まだどこかに生きているかもしれない《ヒト》を探せ。おまえはまだ若い。強く、若い男と巡り会い、子を成し、血を繋いでいくのだ」
少女は瞳に涙を潤ませて、男に身を寄せる。男は優しく少女を撫でながら諭す。
「愛しい娘よ。この身を食めば、我が魂はおまえの身体に宿る。私の命を糧に、おまえは生きていくのだ。
例えおまえが最後の《ヒト》であろうとも、哀しむことはない。
我々が生きた証はしっかりと大地に残り、その魂は大地に還り、記憶は大地の中に刻まれる……
生きるのだ、ニアよ」
……………
朝、ニアが目を覚ますと、そこはビレッジのコテージの自室。
身体を起こし、ハンガーに掛けられた毛皮をとって羽織る。鏡の前で赤髪を櫛でならし、後ろで纏めてリボンで縛ってポニーテールを作り出す。
「ジブラルタル、ゴーラム洞窟か」
ニアはフレンズとして黄昏島で生まれ育ち、外の世界に出たことがない。ゴーラム洞窟のことはミュージアムの端末で知識として知ったのだが……。
ぼんやりと記憶があった、何度も何度も夢を見る。たぶん夢でニアがいたあの洞窟はゴーラム洞窟遺跡だと確信があった。
頭脳明晰な彼女は夢の意味を推測し、理解している。
「ネアンデルターレンシス終焉の地、ゴーラム。かつての私はヒト探しをする為にゴーラムを出て旅立った。おそらくその時点でネアンデルターレンシスは私が最後の一人だった。
会えたのだろうか? 最後のヒト属であるホモ・サピエンスに?
残念ながらその記憶は無い、夢に見ることもない」
かばんとニアは恐ろしく境遇が似ている。かばんもまた、いなくなってしまったヒトを探して旅をしているのだ。
「きっと、かつての私はヒトとは会えなかったのだろう。ホモ・サピエンスもまた絶滅の危機に瀕していた時期だった。氷河期の最盛期。この広い世界で、私一人と、たった1万人しかしなかったホモ・サピエンスが遭遇する確率なんて……」
ふふ、と皮肉めいた微笑を浮かべるニア。
「今、私とかばんちゃんが出会って、こうして交流できているのは奇跡なのかも? たった一人のネアンデルターレンシスと、最後の一人かもしれないホモ・サピエンスが出会えるなんて」
……………
「力が強くなった感じがしないか?」
「ウミャ?」
サーベルタイガー・スミロドンのスミロがボールを蹴りパスを出しながらサーバルに質問する。
跳ねる勢いを完全に殺しつつ、足でボールを器用に受け止めるサーバル。
そのままトントンとリフティングしながら、首を傾げている。
「よくわかんない」
「サーバルは生きた動物が元のフレンズなんだろう?」
「そーだよ」
「この博物館の周辺、それと
「ん、何をコントロールするの、ボールならこの通りだよ?」
サーバルのトンチンカンな答えに苦笑いを浮かべながら、
「ちょっと本気でボールを蹴ってみな」
「ん?」
ボールを両手でキャッチするサーバル。瞳を閉じて、すうっと一度大きく息を吸い込んだ。
瞼を開いた時、瞳には強い光が宿り、キラリと輝いた。
野生解放。
「ウミャッ!」
野生の力が込められたサーバルの足からキラキラと光が溢れて一瞬煌めく。
――バンッ
蹴られたボールが炸裂音を立てて空中で破裂、木っ端微塵になって飛び散った。
自分でやった事とはいえ、予想外の出来事に驚いて口をあんぐりと開けるサーバル。
「えええええ〜っ、何で? バンて、バンって、ボールが!」
ふふんと得意げに笑ってみせたスミロだったが、実は予想よりサーバルのキックが強力でちょっとだけびっくりしていたり。
「どうしよスミロ、ボール壊しちゃった。後でフレンズの皆とサッカーする約束してたのに!」
「そっちかっ! まあボールの予備はあるから」
「違うよ、これじゃシュート撃てないよ、ゴールを決められないよ〜!」
「やっぱ、そっちかいっ!」
黄昏島に降り続けた雨が上がる。
フレンズたちはいつもと変わらず暢気で、それはいつも通りの日常のようだが、
……日常の崩壊は始まりつつあった。
ネアンデルタール人はカニバリズムの習慣があったことが証明されていますが、それはチンパンジーにもあるし、ホモ・エレクトスにも、ホモ・サピエンスにも確認されています。
誤字指摘ありがとうございました。