黄昏博物館へようこそ ー生命の欠片の物語ー   作:zenjima7

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いのちのきぼう

 サーバルはCPRでかばんの蘇生を試みていた。

 心臓マッサージ、人口呼吸、それから二度目の電気ショックだが……。

 

「ウギャッ!」

 

 ディアトリマのディアが飛ばされて、床をゴロゴロと転がってきた。

 

「ディア、大丈夫?」

「イタタ……、だ、ダイジョーブ、ダイジョーブだから!」

 

 フラフラっと立ち上がり、スーハーと一度深呼吸してから、

 

「ウッリャーッ!」

 

 再びティラノサウルスの元へと飛び掛かっていく。

 サーバルが心配していると、今度はサーベルタイガー・スミロドンのスミロがティラノサウルスの頭突きを食らって飛ばされてきた。

 うつ伏せて倒れてゲホゲホと咳き込み、ヨロヨロと立ち上がる。

 

「うぐぅ」

「スミロ……」

 

 スミロの一文字に結ばれた口角から少し血が垂れている。

 それをゴシゴシと拭い、サーバルに向かってニヤッと少しだけ笑顔をみせて、またティラノサウルスの元へ……。

 ハッキリ言って、あの怪物相手ではガーディアン二人掛かりでも分が悪いのは明らかだった。

 

「かばんちゃん早く起きて、じゃないとスミロとディアが……」

 

 必死の思いで心臓マッサージを続けるサーバル。

 時間的に、あと一回の電気ショックで蘇生しなければ、もう……。

 

 瞳が潤んで涙が零れてくる。

 瞳に野生の力が宿り、輝きを放ち始める。

 

 この後に及んでサーバルに身体に宿るサンドスターの力は増大し続けていた。

 反対に、かばんの生命は小さく弱々しく、消えかけようとしていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 

「綺麗……」

 

 かばんは、どこまでも広がるサバンナの草原の真ん中に立ち、その光の大河を眺めていた。

 この光の大河に実は見覚えがある。これはジャパリパークのさばんなちほーで見た夜空、天の川にそっくりだった。サーバルと肩を寄せて眺めた、天上の光の帯。何だか懐かしい、遠い昔のことのよう。今は誰もいない、かばん一人。

 広いサバンナに、一人っきり……。

 

 朧げな記憶を思い起こす。

 ティラノサウルスの巨体が倒れこみ、長い尻尾が動いてこっちに向かってきて、激しい衝撃を感じて、そこから先の記憶は無い。

 

「あ、そうか。僕は……」

 

 ヒトという動物は基本的に非力で脆弱。きっとあの一撃をまともに受けてしまったら……。

 現実を理解して、ちょっとだけ寂しくもなったが、逆に一人でいることに安堵もできた。

 

「サーバルちゃんがここにいないのは、まだ死んでないってことだよね、そこだけは良かったな……」

 

 でもやっぱり一人は寂しいかなって思っていると、

 

「ひゃうっ?」

 

 トンと肩に何かが触れたので思わず変な悲鳴をあげてしまう。

 それは、両肩に置かれた手? まさか、サーバルが?

 

 ……ではなく、かばんの肩に手を置き、体を寄せてきたのは、

 

「ヒエイさん」

 

 ニパ〜っと、陽気な笑顔でひょっこり顔を覗かせるのは、ヒエノドンのヒエイ。

 かばんを守る為に戦って力尽きたフレンズ。その彼女がいるということはやっぱり、と確信する。

 

 サバンナの大地に腰掛けて二人はしばらくは星を眺めていたが、

 

「今から、約800万年前……」

 

 かばんが口を開き、ヒエイは視線を夜空から外さずに耳と意識を傾ける。

 

「森林とサバンナを行き来しながら生きていた類人猿が、二本の足で地面に立って周りを見渡して、そのまま二本足で歩き始めたんです。

その瞬間、猿はヒトになった。サヘラントロプス、または……

 

 生命の希望(トゥーマイ)

 

 僕とニアさんの遠い遠いご先祖様です。だから、僕がジャパリパークのさばんなちほーでフレンズとして生まれたのは偶然じゃなくて、サバンナってヒトが生まれた場所で、帰るべき故郷なんだと思うんです。だから今もサバンナなのかなーって……」

 

 ニアから教授されたヒトの知識の一つ。

 ニアにはたくさん世話になった。初めて会った自分以外のヒト。高い学識を備え、それを惜しみなく教授してくれた先生、と言える存在。

 今度はヒエイが口を開く。

 

「ディアとは、何故か気が合ってね、あの子の能天気さが何となく心地よくてさー」

 

 楽しそうに話し始めたヒエイの話を聞き入る。

 

「でもね、これはニアが教えてくれたんだけどさ、ディアトリマたち恐鳥を絶滅に追い込んだのはボクたちヒエノドンの仲間、肉歯動物。恐鳥の雛や卵を狙って襲ったり、時には成鳥も群で襲って狩ったんだって」

「え…」

「恐鳥類を《せいたいけい》の頂点から蹴落として、食べ尽くしちゃったのがボクたちヒエノドン類」

「……」

「けど、せいたいけいの頂点に立ったボクたちも、新しく進化してきた、より強い動物たちに引きずり落とされ、やがて絶滅に追いやられちゃうんだ。

 スミロやサーバルたち猫の仲間や、ダイアたち犬の仲間。彼女らとのせいぞんきょうそうに負けちゃったってニアは言ってた。

 ボクの仲間が完全に死に絶えるのが800万年前だったから……、かばんたちヒトが誕生したのと同じくらいなんだね」

「え、えっと……」

「ボクらとヒト、少しは年代が重なってたのかな?」

 

 あっけらかんと言ってしまったヒエイだったが、内容はけっこう衝撃的だった。

 ディアら恐鳥類をヒエイら肉歯目が絶滅へと追込み、その肉歯目は犬猫の仲間の食肉目に絶滅させられる。

 しかし、ディアとヒエイは親友同士だと聞いているし、ヒエノドンの化石にディアが縋りついて大泣きしていたのも見ている。

 

「あの、フレンズ同士うまくいかないとかって?」

「そりゃあるよー、フレンズも色々いるからねー。

そうそうガーディアンでもディアとルペラ、ああ、ルペラってグアダルーペカラカラって鳥のフレンズなんだけど、あの子ら鳥同士のクセにすごく仲が悪くてさー」

「ルペラさんって割と大人しい感じの?」

「うん、あの子って風がどうとかスカイダイビングがどうって、よくわからないこと言う不思議ちゃんでさー……」

 

 いつの間にか二人とも笑顔になって、取り留めのないただのお喋りになっていた。そう言えばヒエイと言葉を交わしたのは、彼女が力尽きる直前のほんの少しだけ。

 会話が途切れない、と言うよりヒエイのお喋りが止まらない。いつしかウンウンと相槌をうつばっかりになっているかばん。

 素のヒエイは普通に明るくてお喋り好きな子だったんだなと改めて知った。

 

「……どうしたの?」

「え、えっと」

 

 不思議そうな表情で、かばんの瞳を覗き込むヒエイ。

 

「……あのね」

「うん?」

 

 真面目な顔になってヒエイと向き合うかばん。

 

「死んじゃったら、生命はそれで終わりなのかな?」

「ほえ……」

 

D'où venons-nous ? (僕たちはどこから来たのか)

 Que sommes-nous ?(僕たちは何者なのか)

 Où allons-nous ?(僕たちはどこへ行くのか)

 

 かばんの言葉の意味がよく理解できなかったのか、ヒエイは口を丸く開き、ポカンとしたあどけない顔をしている。

 

「ごめんなさい、わかりませんよね……」

 

 自信無さげに俯くかばんに対し、ヒエイの瞳は真っ直ぐで確信的だった。

 

「わかるよ!」

「えっ」

「ボクはヒエイ、ヒエノドンのいのちのかけらから生まれたフレンズ。黄昏島のガーディアン。

 ボクは……

 

 フレンズと共に生き、

 フレンズと共に行き、

 フレンズの為に逝く、

 

 これはガーディアンとして背負った宿命とかじゃなくて、ボクが自分で望んだこと。

 かばん、君を助ける為に命を懸けたのは、ボクがそうしたかったからだよ」

「え、あの……」

「ニアもそうだったんだけどさ〜、ヒトって動物は何でも難しく考え過ぎじゃない? まあ、もともとそういう性格の動物なのかも知れないけど」

「……」

「やるべきことをウンウン唸って考えるのもいいけどさ、その前に自分がやりたいことがある筈だよ。で、それってたぶん単純なことだと思うんだけどな」

 

 もっと単純な、シンプルな願い。それはたった一つ……。

 

「僕は……」

「うん」

「僕はまだ死にたくない、サーバルちゃんと、もっと一緒に……でもそれは」

 

 本音を吐露し、涙を零すかばん。

 まだ死にたくない、サーバルとお別れしたくない。ジャパリパークで生まれて、初めて出会ったフレンズ。最初の友達で、一番の友達で、いつだって一緒にいてくれた最高の友達。

 

 サーバルを置いて先に死んでしまうなんて、嫌だ!

 

「大丈夫だよ、まだ手遅れじゃない」

「でも」

「君のことをまだ諦めてないフレンズたちがいるよ。後は、君次第かな」

 

 ポワンと、輝きを放つかばんの身体。びっくりして自分の身体を見回す。

 

「かばんは、まだ大丈夫」

 

 力強くギュッとかばんを抱きしめるヒエイ。

 

 かばんが放つこの光こそ、生命の輝き。サーバルの高まったサンドスターのエネルギーが、かばんの身体に口移しで注ぎ込まれ、消えかけていた生命を蘇らせようとしていた。

 

 しかし、それは……

 

「今度こそ、本当にサヨナラだね」

「ヒエイさん……!」

 

 かばんもヒエイの身体を強く抱きしめる。

 

「ヒエノドンは二度死んだけど、それでもボクは消えずにここにいる。たぶん、生命は完全に消えることは無いんだ」

「うん、きっと大きな、ものすごく大きな《いのちのみなもと》へと還っていくんだと思う」

「あは、ニアも似たようなこと言ってた。やっぱりヒトだね、かばんとニアはよく似てる」

「僕の先生だから」

 

 一旦身体を離し、向き合ってから、

 

「ひゃっ」

 

 かばんは頬に軽く口付けされたのでビックリして軽く悲鳴を上げてしまった。ヒエイは、悪気のカケラもないニコニコ顔。

 そういえば、プレーリードックの挨拶は口と口でキスするんだったっけ、もしかして挨拶なのかと思い出す。

 

「もう、ヒエイさん!」

「エヘヘ〜」

 

 広いサバンナの真ん中で放っていた光が消えた。

 そこには天にボンヤリと輝く幾数億の星を眺める一人のフレンズが残されている。

 やがてフレンズの姿は曖昧になり、四本足の獣の様な形になり、地平線の彼方へ向かって駆けていくのだった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 

「かばんちゃんっ!」

 

 二度目の電気ショック、

 そして……

 

「ゲホッ、ゲホ……ゲホォッ!」

「あああああああああっ!」

 

 苦しそうに咳き込み始めるかばん。

 

「大丈夫、苦しいの?」

 

 やがて咳きが落ち付き、虚ろな瞳でサーバルを眺める。

 

「苦しくて、死にそうだよ……」

「うわあああああああああんっ!

 よかったよおおおおおおぉっ!

 かばんちゃああああああん!」

 

 大粒の涙を流しながら、しがみつくようにかばんの身体を抱きしめるサーバル。

 ヨシヨシと、サーバルの背中を優しくなでるかばん。

 

「ただいま、サーバルちゃん」





人間という一種の動物が、自然や地球を背負っていく必要があるのでしょうか?
野生動物が自然と調和して生きているって誰が決めたんでしょうか?
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