黄昏博物館へようこそ ー生命の欠片の物語ー   作:zenjima7

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むーんらいと

 彼女は無敵だった。

 

 鼻先から尻尾の先までの体長は13メートル。

 地面から頭までの体高は3.5メートル。

 体重は9トン超。

 陸上動物としては圧倒的な巨体である。

 二足歩行を可能とした強靭な脚は、恐るべきスピードで走ることができ、まともに走って彼女から逃れられる動物はいない。

 鋭い歯を備えた巨大な顎は驚異的な咬合力を発揮し、6トンもの圧力で獲物を骨ごと噛み砕き、頑丈な皮膚を食い破り肉を引き裂いた。

 しかし、残念ながら彼女には知性というものが殆ど無い。

 ただ圧倒的な体格とパワーと殺傷力を持った彼女に知性は必要ではなかったし、逆に知性ある獲物の小賢しい反撃を強引に粉砕してきた。

 本能のままに襲い、食欲のままに他者を喰らう。彼女にとって自分以外の生きとし生けるもの全てが餌だった。

 

 記憶は全く無いかといえばそういうわけでもない。匂いで獲物が何か解る程度に記憶しているし、縄張りと地形はだいたい把握している。

 それ以外の記憶といえるものは、ほぼ無い。

 

 記憶とは経験である。経験があれば危険を回避することができ、生き抜く力となる。

 だが彼女は余りに強すぎて、ほとんどの危険を回避する必要がなかった。だから巨大な身体と頭部をもちながら頭蓋の中の脳は200g程度しかなく、思考するに殆ど用を為さない。

 

 彼女は無敵の捕食者であるが故に孤独であった。しかし感情が皆無に等しい彼女が寂しさを感じることはない。

 

 筈だったが……。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 無機質な白い部屋の中に一人の少女。フードを頭から被る彼女の表情は不安に満ち、目元は溢れそうな涙で潤んでいる。

 部屋はやたら広く何もない。天井の近くに窓のようなものがあるが、窓ガラスが曇っていて何も見えない。部屋に設置されたスピーカーから彼女へ声がかけられた。

 

「怖いか?」

「怖いよ教授……」

「大丈夫、死ぬ、とは限らないから」

「イヤだよ……」

「……」

「どうしてこんなことをするの教授?」

「……」

「僕は、今のままの僕でいたい!」

「……」

「皆とおしゃべりして、一緒に遊んで、トワイライトフードを食べて!」

「……」

「教授にももっとナデナデしてもらいたいかったよ」

「……」

「教授、何か言ってよ!」

「すまない、だが……」

「僕たちって、いらない子なの?」

「……」

「もしかして、フレンズっていらない子たちだったの?」

「私はお前が愛おしかった。いらないわけがない。だが、お前たちはたぶん不完全で未完成な存在なんだ。だから完全なものにしなくてはならない」

「わかったよ教授。でも約束してくれる?」

「何だ?」

「僕が僕でなくなっても、僕と友達でいて、また頭をナデナデしてほしいな」

「……」

「無理?」

「約束するよ」

「ありがと、大好きだよ、ゲンザイ教授」

「私もだよ、ティア……」

 

 扉が開かれ、新たな広い部屋と繋がる。

 そこに、ソレはいた。プヨプヨした不定形なゼリー状のアレ。すぐに少女に気が付いて無機質な丸い黒目で彼女を見据える。

 フレンズの天敵、セルリアン。

 

「やっぱり怖い、ヤダァッ!」

 

 少女は背を向け、逃れようとしたが逃げ場はどこにもない。セルリアンは悠々と接近してくると、細い触手を飛ばして少女を捕獲、触手を縮ませて彼女を引き寄せる。少女はジタバタと抵抗しているが虚しく床を引きづられていく。

 

「いやぁああっ! お願い食べないでっ!やめてぇ!」

 

 泣きながら悲鳴を上げる彼女。

 身動きが取れない少女にのしかかり、ゆっくりと体内へ引きずり込み捕食する。

 

 曇りガラスの向こうでは一部始終をジッと見つめるいくつかの人影があった。全員が白衣姿のヒト。

 

「ヒトは罪深い。一つの過ちを取り返す為に、さらにいくつもの罪を重ねていく……」

 

 セルリアンはフレンズが身に宿すサンドスターを吸収する性質を持っている。

 サンドスターを奪われたフレンズは、そのまま消滅してしまうか、元の動物に戻るか、もとの遺物に戻るか?

 

 激しい衝撃が走り、そこにいたヒトは全員ひっくり返ってしまった。

 曇りガラスにヒビが入り、割れたガラスの隙間から巨大な眼がこちらを見ている。

 セルリアンは四方八方に身体を飛び散らせた、無残な姿に成り果てていた。

 その部屋にいた白衣姿の人々が悲鳴を上げて部屋から退出していき、一人の女性が彼に声をかける。

 

「ゲンザイ教授も早く逃げましょう」

「何を言う……」

 

 彼は不敵な笑みを浮かべながら立ち上がり、女性に言い放つ。

 

「彼女は遺物に戻らなかった!

 

 生前の姿で蘇った!

 

 復活したんだ!

 

 成功したんだよ!」

 

 高らかに哄笑をあげる彼の姿に狂気を感じた女性は、これ以上構うのをやめて急いで部屋から出ていった。

 

「さあ、ティア、愛しいティアよ、約束どおり頭を撫でてやる。こっちへおい……」

 

 曇りガラスが飛び散って、窓が完全に割れた。

 部屋の中に巨大な口顎が入ってきて、ゲンザイと呼ばれた彼を挟んで閉じて、

 

 部屋中に鮮血が飛び散った。

 

 もとフレンズだった彼女は部屋から口を引き抜くと、ゆっくり咀嚼し、ゴクンと音を立ててそれを飲み込んでしまう。

 

 そして、吠えた。

 

 巨大な咆哮をあげた。

 

 新たに生まれ変わった彼女が上げる、産声であった。

 

 

 

 …………

 

 

 

 彼女は眠りから目を覚ました。

 

 知性もなく、記憶も殆ど無い彼女が見た夢。

 それは、脳ではなく、身体のどこかにある記憶……

 遠い遠い、遥か昔の記憶。

 

 彼女はあの日と同じように、満月に向かって咆哮をあげる。

 

 感情などない、

 

 ……筈だが、

 

 その雄叫びは、どこか哀しい叫び声のようだった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

「……ォォ……ン」

 

 サーバルの耳がピクリと動き、身体を起こして辺りを見た。

 ラッキービーストは休止状態。ディアトリマのディアも身を丸くして静かに寝息をたてている。

 かばんは起きていて、目が合った。

 

「かばんちゃん、今……」

「うん、僕も聞いた」

 

 表情に不安が滲むかばんに身を寄せる。肌越しに伝わる体温が、不安を少し和らげるのを二人は知っている。

 

「何だか少し哀しい声、だったね」

「ふーん、私にはよくわかんなかった!」

 

 身体を横にしてサーバルの膝に頭を乗せるかばん、そんなかばんの頭を優しく撫でるサーバル。

 

「ちょっと怖いから、こうしててもいい?」

「いいよ」

 

 二人は身を寄せ合って、いつまでも満月を眺めていた。

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