黄昏博物館へようこそ ー生命の欠片の物語ー 作:zenjima7
「大丈夫、かばんちゃん?」
「うん、平気」
「この山を越えれば、ビレッジまであっという間だから!」
山道を歩いていくかばん、サーバル、ディア、それとラッキービーストの一向。
岩壁にハーケンが打ち込まれ鎖が垂れているが、赤茶色の錆が浮き上がっている。
「命が惜しかったらこの鎖には捉まっちゃダメよ!」
「はーい」
「ハイ」
どうやら鎖は傷んでいて使えないらしく、先行するディアに倣って突き出した石を探して手をかけて岩壁を登っていく。
登るにつれ景色は広がっていった。浜辺から港、連なる島々、蒼い海、その先に見える大きな陸地まで見通せる。
急登を登りきり、しばらく歩くと広場に出たので、そこで少し休憩をとることにした。深呼吸を繰り返して息を整えるかばんとサーバル。
ディアも積み重ねられた石の上で少しだけ乱れた呼吸を整えている。かばんとサーバルもその石に腰掛けた。
「変な石? 岩?」
「うん、昔からあるよ。奇妙な石でしょ」
地面に突き刺さるようにそそり立つ石。不思議そうに眺めるサーバルだったが、
「寒、霞、渓?」
「えっ!」
「いきなり何言いだすの、かばん?」
かばんはそそり立つ石を指差しながら答える。
「ちょっと難しい文字だけど石に書いてあるよ」
「文字、前にジャパリ図書館にあったやつだね!」
「もじって、この模様みたいなやつのこと?」
「寒霞渓の意味はわからないけど、文字が刻んであるから、この石はヒトが何かの目的の為に立てたんだと思います」
「そんなことがわかるなんてスゴイよ、かばん!」
「そうでしょそうでしょ、かばんちゃんはすっごく頭がいいんだから!」
感心して瞳を輝かせるディアに、何故かドヤ顔をキメるサーバル。
「そうそうビレッジの長をやってる子もけっこう頭が良くて物知りな子なんだよ」
「へ~、何のフレンズさんなんですか?」
「えーと、尻尾の無いサルの仲間、霊長類だとか?」
「というと、チンパンジーさんやオランウータンさんの仲間ですか?」
「そんな感じだった、と思う」
かばんとディアが話している間に、景色を眺めていたサーバルが妙なものがあるのを見つける。
山の尾根から峡谷の中へと続いていく、大きな壁とフェンス。視線で辿っていくと、それは途切れることなくずっと海の方まで続いている。
「ねぇディア、あれは何?」
「あれは結界よ」
「結界?」
「島には結界が貼られている場所があって、そこが《たちいりきんしくいき》になってるの。この先結界に近い場所も通るけど、絶対に線に触っちゃダメよ」
「どうして?」
「雷に打たれて死ぬから」
「えっ!」
ディアの言い方はずいぶんとあっさりしたものであったが内容はひどく物騒だった。しかし、雷に打たれるとはどういう……?
『島の面積は約153km2、その内の約50km2が立入禁止区域に指定されてるよ。立入禁止区域の詳細は不明。周囲に貼られた有刺鉄線には10000vの電流が流れているから危険だよ』
「電流……」
「なになに、何か流れてるの?」
「わかんないけど迂闊に線に触ると雷に打たれたみたいに黒焦げになって死んじゃうからフレンズは絶対近づかないのよ」
やっぱり、この島は何かおかしい。
かばんが最初に抱いた違和感は、強い不安へと変化し、不安は嫌な予感をもたらす。立入禁止区域のことは昨日聞いたが、まさか島の大部分がそうだとは思ってなかった。
フレンズの中には頭のキレる者もたまにはいるのだが、元が動物だけに単純な思考の者が殆ど。
ディアは残念ながら思慮深いタイプではないのだろう。いや、この島で生まれ、この島で育った者なら、この島の異様さに気がつけないのかも知れない。
広大な立入禁止区域。
立入禁止区域の門を守る門番。
立入禁止区域を囲む厳重な結界。
瞳にハイライトの無いフレンズたち。
この広い島に散らず、一箇所に集まって暮らしているらしいフレンズたち。
定期的に現れるというセルリアン。
何か、全てのことが一本の線で繋がっているような?
「か、かばんちゃん、どうしたの。怖い顔して? どこか痛いの?」
「え、あ、なんでも……」
心配そうなサーバルの顔が、すぐ近くにあって動揺してしまった。
「ちょっと、いろいろ考えごとしてて……」
「そうなの。お腹も空いたし、ジャパリマンでも食べよ?」
「うん」
石の上で三人、かばんの背中の鞄からジャパリマンを取り出して食べようとしたところで招かれざる客が姿を現わす。
尻尾を下に垂れ、舌を出してハアハアと荒い息遣い、灰色の毛並みの四本足の獣。
「ヒエイ!」
「もしかして港湾管理棟からずっと?」
ヒエノドンのヒエイ、ガーディアンだった元フレンズ、かばんを捕食しようと襲ってきた獣。どうやらつかず離れず、ずっと一向を付けてきていたらしい。
「まだかばんちゃんを狙ってたのかな?」
「もう、バカな子!」
サーバルとディアは半ば呆れ、半ば怒ったようにヒエイを睨んで言うが、かばんには解った。
今のヒエイの目的が自分の捕食ではない。捕食が目的ならいくらでも他にチャンスがあった筈、このタイミングで姿を見せたのは……
「かばんちゃん、近づいちゃダメだよ!」
「大丈夫、サーバルちゃん」
ヒエイの前まで歩いていきジャパリマンを差し出すと、ヒエイはかばんを傷つけないように優しくそれを咥えて受け取る。そっと頭を撫でると、目を瞑って気持ち良さそうな顔で大人しく撫でられるヒエイ。
「アナタが僕たちについてきた理由はわからないけど、今はお腹が空いたからジャパリマンをもらう為に僕の前に出てきたんだよね?これで仲直り、貴女と僕はもうフレンズです」
「クゥ~ン」
元の動物へと戻されたフレンズは、本当に記憶を失ってただの獣になっているのだろうか?
野生に帰る、のは事実だが、完全なる唯の獣、というのには少し違うのかも知れない。
サンドスターにはまだまだ謎が多く、解明されてないことの方が遥かに多いのだから。
……………
それから一向にヒエイを加わえて先へ進む。
山道は緩くはなったがそこからも暫く続き、頂点らしき岩棚へ差し掛かった。
「ふぅ、ここが二つある山の峰一つ、西峰。峠はここから少し下がったところだよ」
「この変な形のものは何?」
「さぁ、昔からあるけど……」
「ラッキーさん?」
『これは鳥居だよ。山の頂上は昔から《座》と呼ばれ、神様がお座りになられる場所として人々に祀られてきたんだよ。鳥居は神域の入り口を現してるけど、この場合、山の頂上の印だね』
「ボスはかばんに聞かれたら話をするのね」
「そうなんだよー」
その後峠を越えて山を下り、日が傾く頃に一向はビレッジへと辿り着いた。
「ディア、久しぶり~」
「その子たちが島の外から来たお客さんね」
「私はクアッガだよ、よろしく」
「マンモスです」
「リョコウバトだよー」
たくさんのフレンズたちが一向を快く迎え入れてくれるが、あらかじめ来ることがわかっていたような態度にかばんとサーバルは少し戸惑う。
「ビレッジのラッキービーストから通信がありました。だからアナタたちの詳細は事前に知ってたの」
豊かな赤髪を後ろで纏め、首に毛皮巻き、槍を杖のように付いてあるく一人のフレンズ。
「ニア、久しぶり」
「おかえりなさいディア」
「かばんさん、サーバルさん、私がビレッジの長のニアです。今夜はゆっくりしていってくださいね」
「よろしくね!」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
優しげに穏やかな微笑みを浮かべる彼女は、確かに耳と尻尾が無い。この特徴はヒトに近しい類人猿フレンズのもので、類人猿はたいがい知能が高いらしいが……。
「かばんさん、アナタはヒトですね」
「ヒトについて何かご存知なんですか!」
「ええ」
ビレッジの長、ニアは目線をディアに向けていう。
「少し、かばんさんと二人でお話ししたいことがあります。先に皆で食事を……」
「わかったよ、ニア」
意味深に、かばんを連れ出すニア。
「かばんさん、アナタは生きているヒトからフレンズになったのですか?」
「いいえ、ヒト、の遺物からのようです」
「そう、ではフレンズ化以前の記憶は殆ど無いのですね」
「ハイ」
「ラッキー、彼女はどうですか?」
ジャパリパークから連れてきたラッキービーストではない、おそらくこのビレッジのラッキービーストに話しかけるニア。
『骨格、外観的特徴から、ヒト科ヒト属と一致。詳細は血液などを採取して遺伝子解析すれば判明すると思うよ』
「あっ!」
ニアの質問に答えるラッキービースト。それは一部の例外を除き、あり得ない事象。ヒトの緊急時以外にフレンズと話をする場合は…
「そうよかばんさん、私はヒト。私もヒトの遺物からフレンズになったの。
私はニア、ホモ・ネアンデルターレンシスのニア。
アナタたちホモ・サピエンスの遠い遠い親戚。約三万年前に絶滅したヒト属よ」