黄昏博物館へようこそ ー生命の欠片の物語ー   作:zenjima7

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禁断の果実って何なんでしょうね?




きんだんのかじつ

「絶滅した、ヒトのフレンズ!」

 

 言葉を飲み込みながらニアに注目するかばん。中には聞き捨てできないワードが含まれている。

 

「あの、いくつか質問してもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

「ヒトは、もう絶滅しているんですか?」

 

 神妙な顔で質問するかばん。

 この旅の目的、その根幹を揺るがす大事である。

 

「類人猿から別れたヒト、つまりホモ属のうち、確認されているのは13種類。現生人類、ホモ・サピエンス以外の種が絶滅しているは確実です。かばんさんはたぶんホモ・サピエンスだと思われます。私たちホモ・ネアンデルターレンシスが、2万8千年前くらいに絶滅してからヒトはホモ・サピエンス一種類だけになってます。ただ……」

「ただ?」

「そのホモ・サピエンスも今はどうなっているのかはわからないのです」

 

 かばんの胸の中は、驚きと安堵が入り混じる複雑な心境が渦巻きを描いていた。とりあえず、ヒトが絶滅したかどうかはまだわからない。

 それにしてもヒトにそれ程の種類があったのには驚きだった。

 

「ニアさんは、僕以外のヒトと会ったことがあるんですか?」

「無いわ、黄昏博物館(トワイライトミュージアム)はヒトがある目的の為に造ったものだけど、私が生まれた時にはもうヒトはいませんでした。ちなみにヒト属のフレンズも私一人しかいないの。

 ラッキービーストは私をヒトと認識し、生まれたばかりで何もわからなかった私を教育してくれました。文字の読み書きから始まり、ヒトなら当たり前に受けるであろう基本的な学問。ヒトの社会のこと、端末の使い方も……

 端末が使えるようになってからは博物館のセントラルコンピュータに蓄積されている情報をひたすら知識として身につけてきたのです。そしてある日、ラッキービーストから権限を付与されこの島の長となりました」

「権限の付与?」

 

 身に覚えがある言葉だった。

 かばん自身もラッキービーストからジャパリパークの暫定ガイドとしての権限を付与された身だから。

 

「私は、博物館(ミュージアム)学芸員(キュレーター)としての権限を付与され、認証コードも与えられています」

「キュレーター……」

「ハイ、私はビレッジの長であり、博物館の管理者なのです。博物館へは後日私が案内いたしましょう」

「よろしくお願いします!」

 

 丁寧に頭を下げるかばんを、じっと見つめるニア。

 その視線に気が付いたかばんは少し戸惑って赤面してしまう。

 

「あの、何でしょうか……」

「かばんさんは、いい子ですね。優しい目をしています」

「えっと……」

「サーバルキャットもすごくかばんさんのことを慕っているようだし、野生の獣に戻った筈のヒエイが一緒にいるのには正直驚きました」

 

 優しく微笑みをながらも、少しだけ遠い目になるニア。

 

「博物館のセントラルコンピュータには、膨大な情報が蓄積されています。

その中には、優しいかばんさんが知りたくないモノも」

 

 真面目な顔、強い瞳でかばんを見据えてニアは問う。

 

「いいですか、重要なことです。もしかしたら、知らなかった方がかばんさんにとって幸せかもしれない、そんなモノもあります。

 

 傷つくかも知れません。立ち直れなくなるかもしれません……

 

 その昔、ヒトは知識のことを例えました。

 

《禁断の果実》……と。

 

 これを食したアダムとイブという最初のヒトは、楽園を永遠に追われる羽目になったのです」

 

 念を押されて少したじろぐかばんの様子に気が付いたニアは、少し表情を和らげて優しく言った。

 

「とりあえず今夜は休んで、じっくりと考えてみてください」

「ハイ」

「では私たちも食事にしましょう」

 

 二人は並んで歩く、歩きながら話をするニア。

 

「改めてよろしくね、かばんさん」

「あハイ、こちらこそニアさん」

「ウフフ、これでもヒトに会えて嬉しいんですよ。仲良くしましょ」

 

 サーバルをはじめ、フレンズの友達はたくさんいるし、この島のフレンズたちもよくしてくれる。

 それでも、同種同属の仲間っていうのは特別なものなのかもしれない。

 サーバルが、ネコ科のフレンズたちと親しげにしてるのを見て少しだけ寂しく思うこともあったし、トキが歌にまでして同属の仲間を探し求めていた気持ちも今ならよくわかる。

 

「あ、ニア」

「かばんちゃーん、料理美味しいよ!」

 

 ビレッジのフレンズたちに馴染んで一緒にスプーンを使ってスープをすするサーバル。

 

「サーバルは、料理を知ってるんだね」

「料理ならかばんちゃんも出来るんだよ。火……が怖くて、殆どのフレンズは料理が出来ないんだけど」

「うちでも料理ができるのはニアだけだよ」

「ジャパリパークならかばんちゃんの他にヒグマが料理できるけど、工夫していろいろ作れるのはかばんちゃんだけ!」

 

 感心の視線に晒されてちょっと照れ臭くなるが、サーバルのおかげで輪の中にもすんなり入っていけそうだ。

 席に着き、スープを頂く。

 

「かばんさんかばんさん!」

「何ですかニアさん」

「特製ジュース、飲みます?」

 

 何やら先程までとはガラッと雰囲気を違えて、やたら上機嫌というか、悪戯っ子のような表情のニア。

ちょっと不審な感じもするが……、まぁ、ニアが悪いヒトには思えなかったし、ニアのグラスの中の液体から甘い良い香りが漂ってきている気もするので興味が湧いた。

 

「じゃあ、僕も頂きます」

 

 空のグラスを差し出し、そこに黄色がかった乳白色の液体を注ぐ。

 見た目はただの果汁のようだが?

 

「これは林檎ですか?」

「ええ、林檎の特製ジュースよ」

 

 液体から微かに林檎の匂いが香ってくる。変なモノではないと確信し、一口グイッとグラスを呷って喉の奥へと流し込むと……

 

 やっぱり、変なモノだった。

 

「うえっ、何コレ、ふぁっ?」

 

 甘い、林檎の甘さに違いない、けど何かいろいろ酷くて、むせ返って咳き込んでしまう。ただの林檎果汁ではないことは確実で、お腹が、顔が、頬が。ジワ~っと熱くなった。

 隣りのニアはというと、グイグイとグラスを呷ってこの怪しい林檎ジュースを飲み干している。

 

「ウフ~ン、美味しっ」

 

 舌を舐めずり、頬を抑えて、うっとり……

 ちょっと驚きはしたが、毒でもなさそうだからもう一口飲んでみる。

 やっぱり、熱い。顔だけでなく、全身が火照ってきて、気持ち良くなってくる。

 

「にぁしゃん、なんれすかこれぇ?」

 

 脱力して呂律も回らなくなってしまうかばん。

 

「ウフ、これは林檎の果汁に砂糖とイースト菌を加えて密封して、常温保存したものです。ヒトが生み出した至高の飲み物……

 

LIQUOR、よ」

 

「りかぁ、おいしぃ、もぅいっぱいほしーれすぅ」

 

「か、かばんちゃん!?」

「あーあニア、始まっちゃった」

 

 かばんの豹変に気が付いて驚くサーバル。ディアたちはといえば、ニアの様子にちょっと呆れ気味にため息をつくだけ。

 かばんのグラスにLIQUORを注ぐニアの頬もしっかり赤身を指していた。

 

「かばんちゃんは初めてだったのね。一気に飲まないで少しづつ飲むのよ」

「はぃ〜」

「何それ何それ、私も飲んでみたーい!」

「サーバルさんはダーメ」

「うみゃあっ、ケチ~!」

「猫科の仲間はアルコールを分解する酵素を体内に持ってないから、サーバルさんにとってこれは猛毒。飲んだら死んじゃいます」

「ええっ、かばんちゃん大丈夫なの?」

 

「ウフン、ヒトにとってはご馳走なの~。

 私はずっと欲しかったの、一緒にLIQUORを飲めるお友達が! かばんちゃん、私の夢を叶えてくれて本当にありがと。さあ飲んで! 今夜はヒト同士、楽しく飲んで食べるわよぉ!」

 

 おそろしく饒舌になって、いつの間にか《かばんさん》が《かばんちゃん》になっているニア。うつらうつらしながらチビチビと舐めるように飲みながら、時々薄ら笑いを浮かべているかばん。

 

 LIQUOR……

 

 それはヒトをちょっと大らかに、開放的にし、隠れた自分を面に引きずり出す、禁断の果実?

 

 サーバルはかばんを心配していたが、他のフレンズたちは酔っ払うニアに慣れてるのかとくに気にもせず、ワイワイ言いながら歓談を続けている。

 

「ま、いっかぁ」

 

 それほど心配することもなさそうなので、フレンズたちの輪に入っていくサーバル。

 何だかんだで楽しくビレッジの夜は更けていく。

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 翌日、かばんが頭痛と吐き気を催して殆ど動けなくなったのは言うまでもない。




 自宅醸造は違法行為です。
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