黄昏博物館へようこそ ー生命の欠片の物語ー 作:zenjima7
「うっ、んー」
上半身を起こし、背伸びをするかばん。
まだ頭が少し重い気がする。
「んみゃ、おはよ~かばんちゃん」
隣のベッドにはまだ寝ぼけまなこのサーバル。
「えっと、確か……」
二日前の夕暮れ時、ビレッジに到着。ビレッジのフレンズたちからは歓迎を受け、夕飯は皆で会食となった。
ビレッジの長、ネアンデルターレンシスのニアはかばんとは違う種類の《ヒト》。そのニアから、会食中に不思議な飲み物LIQUORを勧められて……
その辺りから、その日の記憶が曖昧になってしまっている。
リンゴ果汁を元にしたLIQUORは確かに美味しかった。ニアは「ヒトにとって至高のご馳走」と言っていたが、その反対にこうも言っていた。
《猫科の動物をはじめ、アルコール分解酵素を持たない動物にとっては、猛毒》
そして日が明けて翌日、かばんを襲う激しい頭痛と吐き気。成る程、猛毒だった……。
さすがのかばんも、身動きが取れず、ずっと布団の中で目を回しているしかなかった。
サーバルには心配されたがニアは、
「うふふ、ヒトの身体はアルコールに耐性があるんだけど初めての時はだいたいこんなものよ。まあ死んだりしないし、次回からはもっとアルコールに強い身体になってるから大丈夫。まあ~、今日一日は無理せず休んでいた方が良いわね」
そうして博物館をすぐ目の前にして丸一日を棒に振る羽目になってしまったのだった。
「かばんちゃん、今日は大丈夫そう~?」
サーバルキャットはもともと夜行性の動物。かばんと一緒にいることでだいぶ二人の生活リズムは近くなってはいたが、やっぱり朝には弱い。まだちゃんと開かない瞳でベットの上に寝転んだままかばんを気遣ってくる。
「うん、もうだいぶ良くなったよ」
と、頭を優しく撫でながら答えると、サーバルは目を細めて気持ち良さげにしている。
「あはっ」
無防備に甘えてくる猫科動物を愛でたくなるのは、もしかしたらある種のヒトの本能なのかも知れない。
「ウミュ~、ゴロゴロ……」
首の下をコショコショとくすぐると、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
(可愛い……!)
かばんの瞳がハートになってしまった。
ベッドに潜り込んでみれば、サーバルはスリスリと頬ずりしながら身を寄せてくる。
かばんもヨシヨシとサーバルを撫でて、しばらくはベッドの中でイチャイチャしていたが、
「お取り込み中のところ申し訳ないけど、朝食の用意ができたわ」
「ひえええええぇぇぇっ!」
「ミャ……?」
「ニアさん、そ、その、これは、あの……」
しどろもどろになって言い訳しようとするかばんだが、ニアはクスクスと可笑しそうに微笑んでいる。
「ふふ、別にいいのよ。私も猫の子とたまに戯れるし」
「え、猫の?」
そういえばビレッジには猫科のフレンズなんていなかったようだが……?
「じゃあ朝のフード、いただきましょう」
かばんとサーバルは、ニアの住まいであるコテージの一室に居候中だった。
……………
朝食に出されたのは、このトワイライトミュージアムで標準的にフレンズたちに配給されるトワイライトフード。一体どんなものなのかというと、
「へー、何かジャパリマンと違うね!」
「これは、小麦の生地?」
「小麦の生地にはイースト菌を加えて、焼く前に寝かすのよ。そうするとふっくらと柔らかい食感の生地になるわ。パンっていうの」
「この白い薄切りのものは?」
「乳という動物が新生児に栄養をあたえる体液に凝乳酵素を加えて凝固させ、これから水分を取り除き、しばらく寝かせて熟成させたもの。チーズという食物です。
パンとパンの間にチーズや野菜を挟んだ食品、ヒトの社会ではサンドイッチと呼ばれているものですよ」
「へ〜そうなんだ〜、いい香りだね!」
「乳? 新生児?」
無邪気に感心するサーバルに対し、ちょっと眉間に皺を寄せてフードを見つめるかばん。
「ニアさん、これってもしかして……」
「トワイライトフードは、原料の栽培、育成から、加工製造まで、ラッキービーストが管理してます」
「……」
「ではいただきます」
ニアは目をつむり、手を合わせて一度頭を下げてからフードを手にとった。
「ニア、それは何のおまじないなの?」
不思議そうにニアの所作について突っ込むサーバルに、ニアは柔らかな顔で答えてくれた。
「生物は、生きていく為に必ず何か他のモノを犠牲にしているんです。犠牲となった生命に対し感謝の気持ちを忘れてはいけません。だから食べる前に頂きますと、礼をするんですよ」
「何となくわかった! 食べられてくれてありがとう、いっただきまーす!」
ニアに習って手を合わせて礼をするサーバル。
サーバルの単純さと素直さを愛でるように、目を細めて優しく微笑むニアだったが、
「かばんちゃん?」
かばんは、フードに手を付けようとしなかった。
「お腹すいてないの?」
と、聞いた瞬間にグウと鳴るお腹、空腹には違いない。
「気が付いたのね」
「ハイ、僕、これを食べられません……」
「それは間違っているわ」
「でも」
「どうしてかばんちゃん、美味しいよコレ?」
かばん意図、それとニアのやり取りを全く理解していないサーバル。
かばんは暗い顔で俯いている。
「かばんちゃん優しい子。でもね、そうじゃないのよ。これを食べる食べないに関わらず、生きとし生けるものが生きる為には、必ず他の誰かを犠牲にしているのよ。そもそも植物だって立派な生命。動物はダメで植物ならいいなんて、おかしいと思わない?
だから、私たちは、全ての生命に対する感謝の気持ちを忘れてはいけない。唯一、私たちヒトにはそれができるのよ。
その為に、ね?」
「……ハイ」
かばんは手を合わせて、フードが盛られた皿に向かって頭を下げた。
「いただきます」
うんうん、とニアは何度も頷いていた。
「ん、美味しい」
「でしょー、ジャパリマンも良いけど、こっちも美味しいよね!」
「うん、そうだね、本当に美味しいよ」
少しだけ涙目になるかばんだったが、ゆっくりと犠牲になった生命を意識して、味わって噛み締めて、フードを全て平らげた。
「ご馳走様でした」
「ごちそーさまー」
(かばんちゃん、それでいいわ。もし、このフードが作られた裏の事情に気がつかない程鈍感なら、ヒトとして見込みはないし。知った上で食べるのを拒否してしまってたら、そんな心の弱い子に博物館のデータを閲覧させる訳にはいかなかった)
食器を持ち、片付けを手伝うかばんにニアは、
「かばんちゃん、今日は博物館へ案内するわ」
「あ、ハイ!」
「ウミャ、私も行くー!」
「ええ、いいわよ」
……………
ビレッジから博物館は近く、博物館の本館はちょっと高台になった丘陵の上にある。
そして、そこまでの道の脇には巨大なパネルが何枚も何枚も設置されていて、殆ど丘陵全体がこのパネルに覆われるかのようになっていた。
「このパネル、これより小さいのはアルパカさんのジャパリカフェの屋根の上にありました」
「ソーラー発電パネルよ、太陽光線から電力を生み出しているの。ここの他にも島のあちこちにあるわ。博物館の電力と、殆どは結界を張る為に使われているの」
「結界……」
大きなドームと三角錐の屋根が見えた。そのままアスファルトを道路を歩き、博物館の入り口に辿り着いたかばん、サーバル、ニア。
そこでかばんは思い切ってニアに聞いてみることにした。
「ニアさん、この結界って?」
「うん、これは……」
「ニアアアァァァーッ!!!」
バーンと派手な音を立てて開かれるドア。ダーンと勢いよくジャンプする一人のフレンズ。
「た、食べないでくだっ…」
「ウミャ、何ーっ?」
とっさに身構えるかばんとサーバルだったが、フレンズの狙いはニア。
「キャーッ!」
飛びかかられて、すっ転んで昏倒してしまうニア。
そのニアに抱きついて、スリスリと強く頬ずりするフレンズ。ヒョウの、によく似たドーナツ状の斑点模様に、長い尻尾。猫科のフレンズ?
「さ、サーベル、もうちょっと力を、加減してくださいぃ……」
「えっ、私?」
「違うよサーバルちゃん、サーバルじゃなくてサーベルって」
「ごめんよ、でもニアに会いたくて寂しかったんだよぉ」
「仕方がない子……」
そのフレンズとニアが倒れたまま絡み合ってる様子をじぃ~っと眺めるかばんとサーバル。しばらくしてニアが気が付いて、慌てて起き上がり、改めてフレンズのことを紹介した。
「ご、ごめんなさい。えっと、この子は私と一緒に博物館を管理しているフレンズで」
「サーベルタイガー・スミロドン。スミロって呼んでくれ」
「あ、ディアさんが言ってたスミロさん。僕はかばんです」
「アナタがスミロ? 私はサーバルキャットのサーバルだよ!」
「サーバルキャット? 何だかサーベルタイガーとよく似てるな……」
「そうだね」
「うん、サーバル、今日から私の妹になりなさい」
「えええええええええええっ!」
アプリ版サーベルタイガーはスミロドンじゃなくてマカイロドゥスらしいですね。