黄昏博物館へようこそ ー生命の欠片の物語ー 作:zenjima7
ポーンと、弾む音を立てる度に空中へ舞い上がるボール。
ボールは博物館の中にあったもの、もしかしたら、かつて博物館の職員が昼休憩の時間の暇つぶし、あるいは館内の何らかのレクリエーションに使う為に用意されたものだったのかも知れないが、今ボールに注目しているフレンズたちはそんなことなど知る由もない。
「な、なんか……」
「ワクワクするね?」
「うん!」
ボールを追うフレンズたちの瞳は、純粋な好奇心でキラキラと輝いている。
「ホッ、ホッ、エイッ!」
ボールは蹴られて空中に弾み上がるが、地面につく事がない。
重力に引かれて落ちてきたボールは、地面につく前にまた蹴られて空中に舞い上がる。足の甲だったり、膝だったり、爪先だったり、額であったり、背面から足の裏で蹴り上げたり。
弾む音はリズミカル、様々な動きを見せながらボールを蹴るサーバルは舞っているようですらある。
「ハーイ!」
一際高くボールが上げられ、サーバルもジャンプ!
「ウッミャーッ!」
クルリと身体を捻りながら、空中でボールを蹴り、勢いよく撃ち放たれたボールは、コンクリートのブロックに命中。
着地したサーバルの元へと跳ね返り、タイミング良くキャッチ。
「うわーっ!」
「すっごーい!」
「カッコイイーッ!」
湧き上がる歓声と拍手。
「エッヘン!」
これ以上ないくらい鼻を高くしてドヤ顔を決めるサーバル。
「何かよくわからないけど、すっごいよサーバル!」
「ジャパリパークのへいげんちほーで流行ってる遊びなんだよ」
チームを組み、手を使わずにボールを蹴って、相手チームのゴールにボールを入れる遊びをかばんが提案してから、この遊びはへいげんちほーを中心に一気に発展していった。
もともと運動能力の高いフレンズたちは一旦身につけると上達スピードが凄まじく早い。
サーバルもこのボール遊びがお気に入り、もともと優れた身体能力の持ち主だった為、メキメキと上達して今やパークの五指に入るプレイヤーになっていた。
「今のは一人で遊ぶ方法で、ルールは手を使わないこととボールを地面に落とさないこと」
「やりたいやりたい、私もやってみたい!」
「いいよディア!」
ワラワラとサーバルの周りに集まってボール遊びに興じ始めるフレンズたち。彼女らは基本的に純真無垢、好奇心旺盛、そして遊び好き。
「でぇーいっ!」
「あ……」
そしてディアトリマのディアが蹴ったボールは凄まじい飛距離を叩き出すが……、明後日の方向へと飛んでいってしまった。
「あれ?」
「えっと……、す、すごいキック力だね、さすがガーディアンだよディア」
「あう~」
うなだれるディア、サーバルがフォローを入れるが、ビレッジ中のフレンズたちが一斉に冷たい視線でディアを突き刺した。
「ディアのおバカーッ!」
「早くボールとってきて!」
「ご、ごめんってば」
一斉に、ワーワーギャーギャーと避難を浴びせられ、涙目になって彼方へ飛ばしてしまったボールを取りに走るディア。
微笑ましくフレンズたちを眺めているサーバル。振り返って森の木々の上から突き出した博物館の三角屋根を見ながら小さく呟いた。
「かばんちゃん、大丈夫かな?」
抜けるような蒼色が広がる晴れた空だったが、遥か彼方の水平線のあたりにモクモクと灰色の雲が湧き上がりつつあった。
……………
「かばんちゃん、基礎学力はある程度身についているわね、ジャパリパークに良い先生がいたのかしら?」
「えっと、簡単な文字の読み書きは生まれつき出来たみたいで、数学や語学や難しい文字なんかは図書館で勉強しました」
ジャパリパークにもコノハ博士とミミ助手という、知性的なフレンズはいたのだが、かばんが彼女らから直接何かを教授されたことはない。
もとになったヒトがそうなのか、かばんの知識や学力はかなりの高さで、これを独学で身につけたという点でニアも驚いていた。
(この子、私が教鞭をとってもっとしっかり教育すれば、良い
かばんは優秀だった。自分の後継者、または助手としてかばんが欲しい、ずっと側にいてもらいたいと思うニア。
いや、もしかしたら同属ヒトの友として、あるいはそれ以上の存在として……
そんな感情も芽生えつつあったのかもしれない。
「ちょっと休憩してから次の授業にしましょう。時刻の概念は解る?」
「あ、ハイ。一日を24時間に区切り、その1時間を60分、更に1分を60秒に、等分法で表現された時法のことですか?」
「うん、その時法で10分間休憩をとるわよ」
「ハイ!」
今は、端末を使ってコンピュータから知識を得る前に、基礎学力を向上させるための授業をしているところであったが、かばんは勉強が楽しいと感じていた。
図書館での独学ではどうしても偏りが出てしまっていたところを、ニアが教師として教育、矯正してくれる。
(ニアさんって……)
尊敬の念と、同属故の親近感を感じずにはいられない。
初めて会った《ヒト》が、ニアでよかった、ニアに会えて本当に良かった。
ずっと、このままニアと一緒にいられたらと、思わずにはいられなかった。
でも、かばんには
サーバルだっているし、いつかは帰らなくてはいけない。
まだ、ほんのささいなモノではあったが、かばんの胸の中には感情の矛盾から起こる葛藤が芽生えつつあった。
窓から外を覗いてみると、濃い灰色の雲が広がりつつあり、空の半分くらいに蓋をしてしまっている。
半分の青空に半分の曇空は、まるで今のかばんの心情を象徴するかのような……?
(雨、降るのかな?)
心配した通り、その日の夕方から雨は降り始めた。
そしてそれは何日か降り続くことになる。
……………
博物館の地下室には、巨大なタンクと、ディーゼル式の大型発電機がある。
メガソーラー発電所では夜間と荒天が続いた時に、充分な電力を確保できない。なので補助的に発電し電力を供給して《結界》を維持してきた。
タンク容量は桁違いに大きく、十数年分あったのだが……、実はタンクの中の軽油は残り少ない。
それでもメガソーラー発電の補助電力だけならまだ数年分は持ち堪えたであろうが……
黄昏島に雨が降る。
雨は暫く降り続き、夜間だけでなく、昼間もこの発電機がフル稼働して軽油を消費し始めた。
そして今はニアとかばんが博物館に通い、普段は使われない教場に電源を入れている。
そして…
『充電装置確認、電池の充電を開始。充電完了予定時間、8時間後』
ラッキービーストが、充電装置にボート用の電池を差し込み、充電を始めてしまう。
結界の維持に供給する電力が弱まり、線に流れる電流は10000Vを大きく下回ることになってしまった。
……………
サーベルタイガー・スミロドンのスミロはゲートの前に立っていた。
彼女一人、ではなく、傍にビレッジにいたラッキービースト、それとフレンズではない普通の動物の山羊。
メェメェと山羊の鳴く声だけがする。
スミロの表情は……、ニアやサーバルに見せた明るく人懐こいものではなく、血の通わないかのような無感情な冷たい表情。
『サブゲート、ロック解除、オープン』
決して開くことのない、巨大なメインゲートの脇にある小さなサブゲートが開く。
「君は自由だ、このゲートの向こうで好きにしていい。もう狭い小屋に閉じ込められることはないし、首輪で繋がれることはない……」
山羊は、サブゲートから《たちいりきんしくいき》の中へと入っていき、森の中へと消えていった。
「ゴメン、本当は狭い小屋の中で、繋がれていた方が君にとって……」
と言いかけて、打ち消すようにフルフルと何度も首を横に振るのだった。