Fate/Puella magica   作:種好き

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タイトルは某支部を参考にしました。
処女作につき、稚拙な部分が多く見受けられます事、ご容赦ください。

あとがきに注釈追加しました。
(※Fateシリーズのネタバレがあります)


英霊召喚

――――どうして。

 

黄昏の空。

廃墟と化した街で彼女は問う。

 

「本当に物凄かったね。変身したまどかは」

 

場に似つかわしくない、呑気な声。

否、声だけではない。

兎とも猫ともつかぬ白き輪郭から、愛らしいマスコットキャラクターを想起させる無垢な容貌に至るまで。

その全てが、今この時においては最も場違いなモノであった。

 

「彼女なら最強の魔法少女になるだろうとは予想していたけれど――――まさか、あの“ワルプルギスの夜”を一撃で倒すとはね」

 

感心したかのように言葉を放つソレにはおおよそ、感情という概念が無い。

 

最早立ち上がる気力さえ無いのだろう。

地に膝を着いたまま廃墟には視線もくれず、少女は呟くように白い獣に問いかけた。

 

「その結果どうなるのかも……見越した上だったの?」

「遅かれ早かれ、結末は同じだよ」

 

淡々とした口調、抑揚のない声でソレは言葉を続ける。

 

「彼女は最強の魔法少女として、最大の敵を倒してしまったんだ。もちろん、後は最悪の魔女になるしかない。今のまどかなら、おそらく十日かそこいらでこの星を壊滅させてしまうんじゃないかな?」

「――――」

 

黒く凜とした美しさを誇る長髪が悲壮感に揺れるのも厭わず、少女は彼方を見つめる。

街一つを飲み込んで尚余りある異形は、まさに星を覆う万物の呪詛、絶望の具現に相違なかった。

「化け物」という表現さえも霞む程に歪で、巨大な絶望の権化。

それが、彼女のたった一人の友人――――“鹿目まどか”の成れの果てだった。

 

「まあ、あとは君たち人類の問題だ。僕らのエネルギー回収ノルマは概ね達成出来たしね」

「――――っ!“インキュベーター”……ッ!!」

 

意味がない。

そう彼女が悟ったのは、手繰り寄せたベレッタの銃口が火を噴いてからの事だった。

瞬く間さえ無いまま眼前へと迫った十五発もの弾丸を避ける術など、当然在ろう筈もない。

鉛の弾を総身に受けた白い獣は、末期の叫びを上げる事もなく視界から消滅した。

 

しかしソレには感情はおろか、個体死の概念さえ存在しない。

彼女にはそれが解っていた。

一個体が破壊されたところで、また新たな器にすげ替えればいいだけ。

それを知っていながらも怒りに身を任せた彼女の行為は、まさしく無意味といえよう。

 

だが、本来現れるはずの別個体が姿を見せる気配はなかった。

否、もはやその必要すらないのだろう。

先の彼の言葉通り――――地球人類に利用価値は無くなった。

ただ、それだけの事だろう。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

怒りと共に手にしていた銃を左手のバックラーにしまい込み、残された僅かながらの力で立ち上がる。

そして、不意にフラッシュバックした光景……既視感を前に、思わず自問する。

 

――――あと何度繰り返せばいいのだろう?

 

答えなど無い。

考えるだけ、意味の無い問いだ。

けれど、問わずにはいられない。

あと何十、何百――――或いは何千回繰り返せば、望む結末を得られるのか。

答えの代わりに、言い知れぬ焦燥感ばかりが彼女の脳裏を去来する。

 

彼女……暁美ほむらは、“時間遡行者”である。

幾多の平行世界を彷徨い歩き、同じ時を延々と遡る“背徳”の少女。

当然、生まれながらにしてそのような存在であったわけではない。

本来なら叶うべくもない奇跡に縋った代償である。

願いの対価、報われる事のない祈り……それは何も、彼女に限った話ではない。

“魔法少女”となった者には例外なく与えられる、逃れ得ぬ宿命――――それでも。

 

「……私の戦場は、ここじゃない」

 

覚悟を新たに、彼女はまた旅立つ。

果てなく続く、可能性の旅に。

報われないと知りながらも、諦める事は叶わない。

 

 

最初はただ、守りたかっただけだった。

 

そのために悪魔に魂を売った。

何度も、何度も、繰り返して、繰り返して。

 

慟哭も枯れ、信頼も情愛も棄て、手段の是非も問わず、ただ、繰り返して、繰り返して、繰り返して。

 

いつしか、目的は手段となり、ただ、目の前の拠り所を救うがために、繰り返して、繰り返して、繰り返して、

繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰リ返シテ繰リ返シテ繰リ返シテ繰リ返シテ繰リ返シテ繰リ返シテ繰リ返シテ……繰り返して。

 

立ち止まる事は赦されない。

いつか何処かに在るはずの救いだけを希望に。

彼女は運命の砂時計を反そうとして――――、

 

「――――っ!」

 

右手の甲の、鈍痛に阻まれる。

痛みの先に目を向け、彼女は驚く。

 

……痣が有る。

如何とも形容し難い――――強いて例えるなら、羅針盤の形状に近い、だろうか。

痣は痛みと同じように鈍く、そして微かに、赤い光を放っていた。

今までに無い、明らかな異常事態(イレギュラー)

されど、それを不思議に思う間さえなく、

 

――――彼女の前にあった空間は突如として。

文字通り、音を立てて崩れ去った――――

 

 

 

「――――オレもこれから、頑張っていくから」

 

役目を果たした男は消える。

胸に一つ、その場限りの安堵を抱いて。

理想に殉じ、その果てに摩耗し、朽ち果ててゆく己。

一度“守護者”という容で世界に融けた彼は答えを得てなお、その環を廻り続ける。

永劫続くその輪廻の輪を、地獄と言わずしてなんと言おう。

 

――――でも、それでも。

 

“それでもオレは、間違ってなどいなかった”

 

後悔はない。

希望もない。

あるのはただ、胸に刻んだ新たな誓いだけ。

それだけを頼りに、赤き騎士は、本来在るべき守護の御座へと還ってゆく。

その表情(かお)は生前同様、安らかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

仮にこの虚無を一つの空間であると定義しよう。

その空間には何もなく、ただ言葉通りの虚空が拡がっていた。

そういう絶無の中において、唯一、彼だけはそこに在った。

しかし男はただ在るのみで、人格、思弁はもとより意識さえ持ち得ない。

 

生きているのか、死んでいるのか。

そんな事すらも定かではない、がらんどう。

 

それでも確かに、彼はいた。

存在する以上は無ではなく。

無ではない以上、きっとそこにいる理由(イミ)はあるのだろう。

 

一体、どれほどの時が経ったのか。

或いは此処が何処なのか、そもそも……自身は何者なのか。

本来抱くべき疑問の代わりに彼は、聞こえる筈のない“声”を聴いた。

 

「――――けて」

 

か細い叫びのように聴こえるその声は聴覚で捉えられるものではなかった。

もとよりそんな余計な機能(モノ)を、今の彼は持ち合わせていない。

その叫びは、今や在るはずのない彼の魂に直接語りかけるものだった。

 

「――――助けて……!」

「――――」

 

意思の有無などさして重要な事ではない。

この場において必要なのは、確固たる意志。

助けを求めるその叫びは“正義の味方”たる彼にとって、最も見過ごせないモノだった。

 

――――たとえそれが、世界に否定されようとも。

――――たとえそれが、理想を追い求めた先で磨耗しきっていたとしても。

――――たとえそれが、絶望と後悔に塗れたモノであろうとも。

 

――――魂に深く刻まれた信念を、

無かった事には出来ない――――。

 

抜け殻同然の血肉を、ただ、己が殉じた正義の一念だけが突き動かす。

 

「――――I am the bone of my sword(我が骨子は捩れ、狂う).」

 

無意識の内に、男は弓を手にしていた。

つがえるは、かのアルスター伝説に纏わる名剣。

ひとたび放てば空間さえも捩り、引き裂く螺旋状の刃。

何もかもが存在し得ない筈のこの世界において、今、一つの伝承が再現される。

 

「“偽・螺旋剣(カラド、ボルグ)”」

 

真名が明らかになった瞬間、その名立たる刃は“矢”と化し、虚空へと放たれた。

――――伝説にその名を刻む魔剣、カラドボルグ。

複製品でありながらも、放たれた鏃は回転を伴いながら空間を捩じり、穿っていく。

 

切り拓かれた、虚空の涯て。

だが、男の表情はそこにどんな感慨も浮かべる事がなかった。

彼の眼はただ、眼前に拡がりゆく新たな世界を見据えていた。

 

 

 

例えるならそれは、掘削機(ドリル)の旋回音のようであった。

もはや破壊的とも言えるその音に同調するかのように、大気は軋み、唸りを上げて崩れ去る。

巻き起こる旋風に目を開ける事が適わず、ほむらは必死に両の手で顔を覆った。

 

――――からん、と足下に何かが落ちる音がした。

未だ止み間の無い烈風の中、薄く開けた片方の瞳でそれを確かめる。

そこには、先程まで耳をつんざくかのような轟音を上げていたモノの正体があった。

 

あまりに華美な柄。

そして、剣……と言うには、あまりにも歪に過ぎる刃。

僅かばかり残っていた魔力の残滓に気付くが先か。

それは幻想が如く、役目を終えたとばかりに砕けて霧散した。

 

……徐々に弱まる風。

それと同程度の速さで、虚無を映していた次元の隙間が閉じてゆく。

 

――――そこで、一人立ち尽くす長身の男を見た。

見た目の年齢は、二十代後半、といったところだろうか。

 

その外観の齢とは不釣り合いな白髪と、それとは対照的に黒みがかった肌。

そして……一際目に付く赤い外套。

何者であるかを問う前に、その男は挑発的な笑みを浮かべつつ言葉を発した。

 

「やれやれ。私のような役立たずを引き当てる大馬鹿者など、もう二度と現れないと思っていたのだが。いつ、如何なる時代にも物好きな輩はいるらしい」

 

いきなり現れて自己紹介どころか、男はまったく身に覚えの無い嫌味を言い放った。

ほむらが意図を察するよりも先に、彼はさらに言葉を紡ぐ。

 

「さて、一応は義務なのでね。尋ねよう」

 

――――それは、運命を変える問い。

 

「サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した。君が、私のマスターか?」

 

 

 

私は眼前の状況を読み込めず、ただ唖然とするばかりだった。

見知らぬ男に突然、主人であるかどうかを問われたのだ。当然だろう。

彼が何者で、一体どんな目的で、どのような手段を講じて此処に馳せ参じたのか。

……気になる事が多すぎる。

 

私がどのように対応すべきかで悩んでいるのを他所に、男は辺り一帯の惨状を見回していた。

そして幾度か目を閉じ……かと思うと、今度は何かを察したかのような顔で呟いた。

 

「これは――――どうしたものか。どうやら今回は“聖杯戦争”に参ずる“英霊(サーヴァント)”として此処に喚ばれた訳ではないらしい。とはいえ、“令呪”の縛りは健在と見える。システムの模倣か……?」

「……サーヴァント?一体何なの、あなた」

 

何がなんだかわからない。

とりあえず置かれた状況を把握すべく、問いを投げる事にした。

……場合によっては、この男の始末も考えなくてはならないかもしれない。

 

すると、男は忘れ物を思い出したような顔で此方を見た。

思索に耽るあまり、私の存在などは蚊帳の外だったのだろう。

どうやら、この事態は彼にとっても予想外の事らしい。

 

「おっと、すまないな。ああ、そうなると……君は何も知らない、という事になるのだな」

「ええ、そうなるわね」

「そうか。では少しばかり長くなるが、順を追って話すとしよう」

 

表情を変える事無く、彼は話を進める。

 

「まず、質問に答えるとしよう。私はサーヴァントだ。言ってしまえば普通の人間ではない。サーヴァントというのは、現世へと呼び出された英霊――――つまり神話や史実で武勇を刻み、世にその名を残した英雄の写し身だ」

「……」

 

出だしから理解する気を喪失させるこの回答に、正直目眩を禁じえない。

……思考を無理矢理、整理する。

つまり眼前のこの男は人間ではないらしく、加えて自身が英雄豪傑の類であるという。

 

難解かつ現実離れした答えを前に、脳が理解を拒絶しかかっているのが分かる。

だが、ここで話を止めている場合ではない。

ただ一刻も早く――――そんな焦りが、私を駆り立てる。

だから、解らない単語はそのままに、気になった点を尋ねる事で心を落ち着ける。

 

「なら、あなたも、その……何処かの英雄なの?」

「……いや。私の場合は少し特殊でね。要するに、真っ当な英雄ではない異端だよ」

 

男は苦笑を浮かべつつ、歯切れの悪い調子で言った。

……なんとなくだが、あまり追及しない方が良いような気がした。

それに、彼が本物の英雄であるのか否かの真偽など、この際どうでもいい。

ここは切り上げ、話題を次へと促す事にする。

 

「では次だ。“聖杯戦争”とは選ばれた魔術師が各々サーヴァントを召喚、使役して、万能の願望機たる“聖杯”を求めて争う殺し合いの事だ。この世界ではあまり関係無い話だろうが、これからの説明においては基本となる事柄だ。もののついでに知っておくのも良いだろう」

 

これもまた、にわかには信じがたい。

“魔法少女”とて十分、常軌を逸している存在ではあるが、しかし。

魔術師の存在、万能の願望機、英霊を使役しての殺し合い。

そこで話された事柄は、この世界とはあまりにも隔絶されたものだ。

つまり――――彼とは文字通り、住んでいる世界が違うという事になる。

 

普通ならば妄言として一蹴するところではある。

しかしなまじ自らも常軌を逸した存在であるせいか、すぐさまそれが嘘だと断じることはできない。

むしろその話には、どこか惹きつけられるものさえ感じた。

 

「ここからはいよいよ、現状に直接関係する話だ。君の右手にある紋様……それは“令呪”と呼ばれる。それは我々サーヴァントの使役に必要不可欠な、三度限りの命令権だ。抽象的な内容であれば効果は弱まるが、それを使って命じた事なら基本的に不可能は無くなる。例えば、深手を負っても“死ぬまで戦え”と命じられればそうするし、“一瞬で移動しろ”と言われれば、瞬間移動さえ可能となる。マスターとサーヴァントの主従関係の象徴だ。つまり」

「これが有る限り、あなたは私に逆らえない……という事かしら?」

 

右手の甲に刻まれた紋様を差し出しながら、確認を取る。

 

「ふ、やけに物分りが良いじゃないか。そういうことだ」

 

彼は先ほどとは打って変わって、心底愉快そうな笑みを浮かべた。

……それがいちいち癇に障るのは何故だろうか。

 

「では、まとめよう。つまり私は、何らかのイレギュラーで聖杯戦争とは無関係に呼ばれた君のサーヴァント、という事だ。納得してもらえたかな」

「……まだ一つ、大切な事が残っているわ」

「む、何だ?」

 

動揺して流れに任せてしまったが、思えば普通、これが最初に訊ねるべき事だった。

しかし、話すべき事は話しきった、と油断していたのか。

彼はそれこそ“鳩が豆鉄砲を喰らったような”、という慣用句に最も適した顔をしている。

自分も忘れていた、なんて失態は棚に上げ、わざと呆れた素振りを見せて続ける。

会って間もないにも関わらず、人を小馬鹿にしたような態度で早くも辟易させてくれた事へのお礼――――ほんのささやかながらの意趣返しだ。

 

「貴方の名前よ。何と呼べばいいのかしら?」

「ああ、これは失礼。私とした事が、うっかりしていたな。――――ふむ」

 

そうすると彼は顎の辺りを撫で、何やら考え始めた。

名前を訊ねられただけにしては不自然な挙動だ。

まさか、この期に及んで記憶喪失だ、などと言い出すんじゃないわよね……?

そう危惧し始めた数秒後、

 

「では、私の事はひとまず、“アーチャー”、とでも呼んでもらおうか」

「“弓兵(アーチャー)”?」

 

それは明らかに本名ではない、役職を表す記号に過ぎないモノだった。

弁解するかのように彼――――アーチャーは言う。

 

「先の通り、私は特殊な事情で英霊の座に就いたものでね。生前の名など意味を成さないと判断した。だから、かつて呼ばれていた役名を、そのまま拝借させてもらったというわけだ。呼び辛いというのなら考慮するが」

「……いいえ、それで構わないわ」

 

今、憂慮すべきはそんな事ではない。

考慮するべきなのは、彼の処遇を含めた今後の事だ。

考えてみれば、今の状況はあまりにもイレギュラーなのだ。

現状以上に頭痛の種を増やす気は無い。

ましてや、それが呼び名の一つともなれば尚更だ。

 

「では、そのように。……さて、今度はこちらが質問する番だな」

 

改めて、アーチャーが話し始める。

その顔は薄く微笑を浮かべている。

 

「君の事に関してだ、マスター。最低限の事で構わない。自己紹介を頼む」

 

……教える義理はないといえば、ない。

しかし一方的に自己紹介をされたまま、というのもなんだか気色が悪いと思った。

未だ得体の知れない相手に迂闊な気はするものの、言われた通り簡素に済ませる事にした。

 

「……私は、暁美ほむら。“魔法少女”というのをやっているわ」

 

魔法少女……改めて自称するのは、なかなかに恥ずかしいものだ。

しかしこの状況下で普通の中学生と名状するのは、あまりにも無理に過ぎる。

 

まず、黒、白、灰色の三色を基調とした、所謂、コスプレイヤーを思わせる服装。

アクセントには、左手に装備されている盾。

ついでというか仕上げには、右手に先ほど得た令呪の痣。

 

そんな身なりをした女子中学生というのは、常識的に有り得ない。

ましてや、今はそれさえも瑣末事に過ぎないほどの破壊状況の真っ只中に居るのだ。

ならばいっそ、こうして率直に見たままを名乗ってしまった方がかえって自然であるといった有様だ。

 

「ほう。なにやら尋常ではないとは思っていたが“魔法少女”、ときたか。……いや、そのフレーズにはもう少しこう、ファンシーなイメージがあったのだがね」

 

それは仕方の無いことだ。

自分だって、幼少の頃や、それこそ契約する以前までは、そんな幻想を抱いていたのだから。

 

とはいえ、そんな存在は彼にとっては特に珍しくもないのか、思ったよりは淡白な反応だった。

話す身としては助かるのだが、事前にリアクションに対して多少気を揉んでいた分、拍子抜けな気もした。

当然ながらそんな此方の意を解する事もなく、アーチャーは続け様に問いを投げる。

 

「それで、その“魔法少女”というのは一体どういうものなんだ?まさかアニメよろしく、喋るステッキを振って敵を蹴散らすというのではあるまい」

「……そういうのも探せばいるかもしれないけれど。まあ仕事に関しては当たらずも遠からずね。私たちの仕事は、願いの成就を対価に絶望の象徴である“魔女”を狩る事よ」

 

たった一つの祈りの為に、他の全てを諦める。

幾多もの同輩の末路を省みての結論――――夢も希望も無い。

魔法少女というのは得てして、そういうものだ。

 

だが、ここで彼が尋ねたのは、その概要やシステムについての事だろう。

その労苦を事細かに言って聞かせたとて、真相を知る同業者――――少なくとも知り合いにはないが――――にならともかく、今、目の前にいる外来の人間に対しては、ただ戸惑わせるだけの徒労に終わる。

つまりは、どうしようもなく詮無い事だ。

胸の内にある真相を伏せつつ、ごくシンプルな概要だけを答えた。

 

「願望の成就、ときたか。いずこに居ようと人の世は変わらぬものだな」

 

思うところがあるのか、アーチャーはため息混じりに皮肉をこぼした。

 

「とはいえ、これで私のすべきことが見えてきたな。戦う相手がいるのなら話は簡単だ。どうやら今後の私は、いわば魔女狩りに徹する羽目になるわけか」

「あなた、戦えるの?」

「もとよりその為のモノだ。その魔女とやらがどの程度の脅威なのかは知らんが、聖杯戦争はマスターの代わりにサーヴァント同士が戦う代理戦闘が基本だったからな。私とて、それなりの戦闘能力は持ち合わせているつもりだよ」

「……」

 

此方が向ける疑惑の視線に気付いたのか。

アーチャーは一瞬、むっ、とした顔で此方を見て、

 

「私の能力に疑いがある、と?……いい機会だ。実戦の前にお互いの能力を把握しておくのも悪くはない。どうやら君は、本来与えられるべき“透視力”の恩恵も受けていないようだからな」

 

そう言うや否や、彼はこちらに聞こえるかどうかの声で何かを唱えた。

 

「――――投影、開始(トレース・オン)

 

……魔力の奔流。

彼の両の手が光り、そこから二本の、

――――否、つがいの双剣が錬成されていく。

 

「英霊には“宝具”というものが存在する。その英雄が伝承で使用していたとされる武具や、伝説で語られる偉業が形を成したモノがそれだ。尤も、私のはそう高尚なものではないが」

 

そう言っている内に彼の両手には、中華の意匠が感じられる二対一体の剣が握られていた。

 

――――ほむらは知る由もなかったのだが、“干将莫耶(かんしょうばくや)”という、中国の故事成語がある。

 

春秋時代の折、五覇の一角を担った呉の国の刀匠“干将(かんしょう)”が、己が妻“莫耶(ばくや)”の毛髪と爪を用いて鍛ち、また、それぞれに自らの名を刻んだとされる陰陽の双剣。

そこから後、現在に至っては広く、名剣の喩えとして用いられている。

 

その逸話の基となった名刀『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』というのが、今まさに、アーチャーの手にしているソレだった。

 

「私の能力はこのように、“刀剣を投影して使用する”というものだ。一応、他に“切り札”と呼べるものもあるが……それは然るべき時、披露する機会があれば見せよう」

 

説明を終えると同時に、彼の手にあった双剣はあっさりと砕け散った。

先程、空間を穿ったあの剣のように、後には欠片さえ残らなかった。

 

確かにこの男の能力はわかった。

しかしそれでも、彼の実力には未だ底知れないものがあるのを感じた。

……気圧されるまい、と少しばかり身構える。

それに気付いたのか、彼は肩を竦めて呆れた表情を浮かべる。

 

「それで、君の能力は何だ?……私は君のサーヴァントだぞ。突然の事で多少警戒するのも頷けるが、もう少し信用して欲しいというものだ。最低限、お互いの手の内を把握しておかなければ、いざという時に対応できる保証がないからな」

「……ごめんなさい。私の能力は今、使用することは出来ないの。それに仮に知っていた所で、連携等の応用に活かす事は出来ないでしょうね。それこそ然るべき時に」

 

まんざら、嘘偽りというわけでもない。

確かにこの男への警戒は棄てていない。

それに伴って、信頼を置くなどという事も、現時点では言うまでも無く有り得ない。

しかしそれ以上に、こちらの能力には一定の制約があった。

簡単に言えば――――、“時間切れ”である。

 

「……そうか。まあ、他でもないマスターの言葉だ。信用するのもサーヴァントの務めか」

 

おそらく彼は「未だ信用するに足りない」、というのが此方の意思だと受け取ったのだろう。

そんなマスターを賢しいと思い尊重してか、或いは警戒心の強さに呆れてか……ああ、あの顔は間違いなく後者だ。

……とはいえ、彼はその皮肉一つ以上には、特に食い下がろうともしなかった。

 

「では、次の質問といこう。君の目的についてだ」

「……私の目的?」

「ああ。此処に聖杯は存在しない。しかし君は令呪を有し、私のマスターとなった。つまり私は君に協力すべく、聖杯の在り方を模倣した何者かに召喚された、と考えるのが妥当だろう。それで根本の目的も定まらないとあらば、私はいつまで経っても縛られたまま中世よろしく、悪趣味な異端狩りに延々と興じる羽目になる」

 

確かにアーチャーの言い分はもっともだ。

もっともなのだが……この男はいちいち人に悪態を突かねば生きていられない呪いにでも罹っているのだろうか?

 

さておき。

どうやらアーチャーは既に曲がりなりにも私を、仕えるべき主人と認識しているらしい。

しかし、当の私にはまだその気が無い。

 

たしかにこの逼迫した状況を打ち破るためには藁にも縋りたいところではある。

彼の底知れぬ力量があれば……もしかすると、あの“ワルプルギスの夜”すら打倒し得るかもしれない。

 

だがそれでも、彼を頼る気にはなれない。

何故なら、そう――――彼が今、私に問うたのと同じことだ。

 

アーチャーの目的というのも、私には分からないのだ。

いくら令呪とやらの縛りがあろうと、私のような得体の知れない娘に付き従うメリットは彼にはないはずだ。

私が何を求めたとしても、それを助ける事に関して、アーチャー自身に還るものなど何も無い。

ましてや、この世界には彼の言う願いを叶える聖杯もないのだから、なおさらだ。

 

彼がいつの時代で活躍した英霊かは知らない。

だが現れた際の口振りからしても、まさかこの世に未練があるというわけでもないだろう。

……内に秘めた力よりも、見えない目的の方が余程脅威に思える。

いつ足下をすくわれるか、分かったものではないから。

 

「……私は、私の願いを叶えるだけ。その為に誰を頼るつもりもないし、あなたを召喚した憶えもないわ。勿論、あなたを拘束する気もない。だから私の前から消えて」

 

かぶりを振る私に対して、彼はやれやれとでも言いたげな表情を少しも憚る事なく此方に向けた。

 

「残念だが、私の意志でここから消える事は出来ん。でなければわざわざ、ここまで面倒なプロセスを踏んでまで小娘の信用を得ようとは思わんよ。まあ、その令呪で“自害せよ”とでも命じられれば、応じない訳にもいくまいがね」

 

……いっそ本当にそう命じてしまおうか、と一瞬考えるくらいには苛立ちを覚えた。

だが、そうはいってもやはり、自害を強いるのは憚られる。

迷惑な話だが、どうやら彼は私のもとを去る気はないらしい。

ならばここは核心には触れぬよう、適度にそれらしい事を言って誤魔化す事にする。

 

「……私は、この世界を絶望で終わらせたくない。だから私は、戦い続ける」

「――――なに?」

 

アーチャーは改めて、かつて栄えた面影を一つとして遺さぬまま、灰燼と帰した都市の無残な瓦礫……そして、その遥か果てを見て顔を顰めた。

 

……そう、この光景を見た瞬間、おそらく誰もが思うだろう。

“この世界は既に終わっている”、と。

事実、目の届く範囲には、希望も未来も閉ざされた風景だけが存在していた。

 

「それは――――あの黒いのを倒すのが目的、という事か?」

「まさか。アレを倒したところで、この惨状は変わらない。何の解決にもならないわ」

 

“救世の魔女”。

その性質は慈悲。

彼が黒いの、と形容したソレはまさしく最悪の魔女であり、魔法少女最大の敵と言えるだろう。

しかし、それでも、アレの相手をする気など毛頭無い。

それはつまり――――親友を殺し、殺される事と同義なのだから。

 

「話が見えないな。君はこの世界を救うのに、アレを斃す以外に道があると?」

「……その表現は厳密には正しくなかったわね。けれど、同じことよ」

 

明らかに納得がいかないという表情のアーチャー。

ここまで来ては、もう隠し通せないだろう。

服従するというのなら……サーヴァントというくらいだ、せいぜい小間使いにでもしておこう。

まだ少し不安が残るが、いざとなれば令呪がある。

尤も、その性能の程も真偽さえ確かではないのだが――――細かい事はもう、後だ。

 

――――あの子を、助けなくては。

今度こそ、必ず――――

 

そう、心に決めて提案する。

 

「……いいわ、一緒に来てもらえるかしら?アーチャー」

 

――――そうして翻した歯車は、時間の理に叛逆するかのように廻った。

 

 

 

アーチャーが次に意識を外へと向けた時、目の前の廃墟は朝日の差し込む近代的な病棟の一角へとその姿を変えていた。

一体、どうしたことか。

そう思い、ふと、アーチャーが室内を見回すと、

 

「……ほむら?」

 

彼の視界に入ったのは、寝巻き姿でベッドから起き上がる暁美ほむらの姿であった。

服装の変化はおろか、髪もいつの間にか三つ編みに結われている。

たったそれだけの変化でも、アーチャーには彼女が先程までの凛とした雰囲気の持ち主とはまるで別人のように思えた。

 

「おはよう、アーチャー」

 

しかしほむら自身はこれといって慌てた様子もなく、いたって冷静に朝の挨拶を返してきた。

 

「……これは、どういう事だ?我々は先程まで廃墟にいたはずだが」

「そうね、その通りよ」

 

ほむらは手馴れた様子で三つ編みを形成していたリボンをしゅっ、と解きつつ、これまた冷静に答える。

 

「ある一定期間にまで時間を遡った世界へと移動する――――これが、私の能力」

「……これは流石に驚きだな。まさかこのような娘が“第二魔法”の真似事とは」

 

第二魔法。

簡潔に言えば、“並行世界(パラレルワールド)”間の移動である。

かつてアーチャーの居た“魔術”が存在した世界においても、使い手はただ一人の魔法使いしか存在していなかった奇跡の業。

それは魔導を極めた神代の魔女といえども、ついぞ届く事のなかった極致を意味する。

“魔法少女”とはよく言ったものだ、とアーチャーは内心で独りごちた。

 

「――――で、アーチャー。今後の事だけれど」

 

ほむらは聞く耳持たず、といった具合にアーチャーの感嘆を聞き流し、今度は宝石のような物を目元に翳していた。

そこからは微かに、だが確かな魔力の波動を感じる。

 

――――“ソウルジェム”。

因果を持つ者が契約を交わす事で生成される、魔法少女の力の根源。

一度これを得た者は、自らの願望を叶え、魔術さえ凌駕した魔法の行使を可能とする。

その見返りとして、彼女たちは絶望から産まれ出でた異形の怪物、魔女との命懸けの戦いに身を投じる生涯を約束される事になる。

 

弛まぬ努力と経験から培った高い分析力と、もとより持ち得た人並み外れた物質の構造把握能力。

アーチャーはこれらの概要を、その宝石から発せられる妖艶な輝きを通じて瞬時に読み取る事ができた。

そのような事をつゆとも知らず、ほむらは続ける。

 

「当面は誰にも悟られないよう、必要な時に応じて行動してもらうわ。さしあたってはまず、この病室から抜け出す方法なのだけれど……」

「ああ、それなら心配要るまい。容易いことだよマスター」

 

アーチャーの身体が先ほど、彼自身の投影した武具と同じように霧散した。

エーテルを基に構成された肉体を持つとはいえ、本質的には霊体故に、サーヴァントは非実体化という形で己の姿を眩ませる事が出来た。

 

「……なら、話が早いわね。いい?私がここを退院して動き出すには、まだ時間が掛かる。その間、この世界に慣れておいて。それと――――」

 

ほむらは一瞬、躊躇うように言い澱むも、すぐさま一枚の写真を取り出した。

アーチャーは霊体化を解き、それを手に取る。

その写真には、一人……彼女と同じ年頃の少女の姿があった。

 

「この女の子……鹿目まどかに注意して」

「どういう事だ?」

 

注意しろ、という物言いからはおおよそ二つの意味が考えられる。

一つはその対象、もしくは対象の取る行動が自身の目的にとって害となる場合。

そしてもう一つは、対象が目的遂行に必要不可欠な鍵となる場合である。

 

写真を見る限り、そこに写っている華奢な少女は悪意ある人物には到底思えない。

つまりは後者なのだろう、とアーチャーは推考した。

 

「彼女、狙われているのよ。“キュゥべえ”に」

 

狙われている。

そんな由々しき状況とは裏腹に、彼女の口から出たのは些か以上にシリアスさを欠いた固有名詞だった。

 

「……ふざけているわけではないようだが。何なのだ?その“キュゥべえ”とやらは。ずいぶんと気の抜けた名前だが」

「私と契約で繋がっている以上、貴方にも見えるはずよ。白くて、猫だかなんだか判らない様な……とにかく、そういう変な生き物を見かけたら、まず間違いなくソイツよ。問答無用で仕留めて」

 

アーチャーはほむらの言葉に静かながらも明確な敵意がある事を感じ取った。

女性特有の、内に秘めた剣呑な雰囲気を彼は苦手としていた。

 

“……どうにもまた、厄介なことに巻き込まれたらしい”

そう、心の内で嘆息しつつも、アーチャーは従者(サーヴァント)として主からの勅令(グランドオーダー)を承った。

 

「……やれやれ、君がそこまで言うからには余程の災厄で間違いなさそうだな。せいぜい気を付けるとしよう」




※注釈

サーヴァント:大まかな概要は本文参照。
剣の騎士(セイバー)弓の騎士(アーチャー)槍の騎士(ランサー)の三騎士を筆頭として、他に騎乗兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)と、それぞれ七つのクラスが存在する。

アーチャー:錬鉄の英霊。「Fate/stay night」のアーチャーと基本的に同一人物。
本作においての彼のステータスはEXTRAシリーズとほぼ同条件。

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ):アルスター神話の武器、カラドボルグの複製宝具。
アーチャーによるアレンジが加えられている。

魔術:TYPE-MOON作品に共通の概念。
神秘の再現、根源への到達の手段とされている。
アーチャーの刀剣複製も“投影”といわれる魔術の一種。

魔法:上記と同じく、TYPE-MOON作品に共通の概念。
魔術との違いは簡単に言うと「科学等の技術で再現できるかどうか」。
ちなみに第二魔法の使い手はキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。

“神代の魔女”:ギリシャ神話に登場する魔女、メディア。
「Fate/stay night」では魔術師(キャスター)のサーヴァントとして現界。
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