Fate/Puella magica   作:種好き

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始動

黒のTシャツに、これまたシックなジーパン。

何処で揃えたか、おまけに伊達メガネまで誂えた、普遍的な男性の当世衣装。

それを違和感なく着こなしてみせたアーチャーは近年、飛躍的急成長を遂げる見滝原の街中を闊歩していた。

 

……まさかこんな街が、そう遠くない将来において世紀末さながら、荒廃しきっているなどとは。

並み居る群衆は勿論の事、アーチャー自身ですら実際に目の当たりにしていなければ、到底信じる事は出来なかっただろう。

 

本来、サーヴァントは他の英雄豪傑(サーヴァント)と矛を交え、殺し合う為の兵器に過ぎない。

その兵器たる彼が何故、このように平和を象徴するかのような近代都市を散策しているのかといえば、それが現在の主人から直々に仰せつかった命令であるからに他ならない。

 

現代の生活に馴染む事。

これが目下、彼に為すべきと与えられた指令である。

しかし実を言えば、彼にはその必要がほとんど――――否、全くなかった。

 

まず、サーヴァントは現界の際、現代において必要な最低限度の知識を聖杯から与えられる。

これは当然、現代の理が通用しない遥か太古の時代や神話より呼び出された英霊に対しての配慮である。

今回、聖杯戦争に際して呼び出された訳ではないアーチャーに対しても、その恩恵は何の不具合も無く適用されていた。

聖杯戦争のシステムを継承、もしくは応用した形がとられているのだろう。

 

しかし、こと彼の適応力に関して言えばそれ以上の理由があった。

そもそもアーチャー自身は真っ当な英霊(・・・・・・)ではない。

古代において為政者として栄えたわけでもなければ、神々が相争う苛烈な神話の中で一騎当千の武勇を成し得たわけでもない。

 

生前の彼は、現代における魔術師でしかなかった。

そんなものは一般社会においては、ごく普通の一人間と大差はない。

故に彼はこの現代の社会にかえって不自然な程、ほぼ完璧に適合出来たのである。

 

――――それは彼が現在、スーパーマーケットの食材を広告片手に、安価かつ鮮度の良い物に厳選している事からも伺える。

タイムセールにおいて、さながら悪鬼の如き形相をした百戦錬磨の主婦とタメを張り、目当ての品を掻っ攫っていく様子など、見る者はさぞ瞠目した事であろう。

 

曲がりなりにも英霊であるはずの彼が、何故こうも所帯じみた真似をしているのか。

というのも、事は数時間前に遡る。

 

 

アーチャーはひとまず、郊外にある主……暁美ほむらの拠点へ赴いた。

その際、彼はその生活感の無さに愕然とした。

 

仮にも年頃の女性の住まいだというに、可愛らしい小物の一つも無い。

どの部屋もデフォルトが灰色で、殺風景に過ぎた。

歯車的オブジェクトが立ち並ぶ客間と思しき一室には……なんというか、もう言葉も無い。

 

……まさか魔術師の工房ではないだろうに。

しかし、思い返せば生前の彼自身も殺風景という点ではここと大差はなかった。

そう考えると、この無機質かつ悪趣味に近い部屋についても多少目を瞑ることは出来る。

 

それより問題なのは、冷蔵庫や物置にある栄養食品やインスタント食品の数々。

そして何より、使われた形跡も無く埃を被った調理器具……。

こればかりはどうしても、彼の性分として看過し得なかったのだ。

 

 

そうして買い物を終えたアーチャーの視界がふと、すれ違いざまに見覚えのある女性の姿を捉えた。

 

桜色の髪を二つに纏めた小柄な少女。

彼女は友人と思しき青いショートヘアでボーイッシュな少女と、ソフトクリームを片手に談笑していた。

 

鹿目まどか。

現世でのマスターたる暁美ほむら曰く、彼女こそが現状での最優先保護対象である。

 

……とはいえ、観察は観察。

現状での不用意な接触はマスターの意図するところでもないだろう。

とりあえずは、この両の手を塞ぐ荷物を持ち帰って――――、

 

「きゃっ!?」

「……っと!」

 

彼女は、不意に足を躓かせた。

接地を回避させるべく、それを支えるアーチャー。

この時、彼は改めて自分の幸運値(ラック)の低さを嘆いた。

 

「ご、ごめんなさいっ!え、えっと、大丈夫ですか……!?」

「ああ、私は大丈夫だ。……この一張羅以外は、だが」

 

見ると、アーチャーの衣服の胸元にはべたり、と苺フレーバーのクリームが付着していた。

 

「あっ……ご、ごめんなさいっ!」

「いや、気にしないでくれ。それより、君の方に怪我が無くて何よりだ」

「で、でも……そ、そうだ!」

 

まどかはポケットからハンカチを取り出し、アーチャーの胸元を拭おうとした。

そこに、先ほどまで彼女の傍らに居た青い髪の少女が駆け寄った。

少女はまどかを庇う素振りを見せつつ、何やらたどたどしく言葉を紡いでいる。

 

「ごめんなさ……あ!そ、そーりー!えー……まいねーむ、いず、さやか……えっと」

 

……どうやら、この「さやか」という娘はアーチャーを外国人だと勘違いしているらしい。

たどたどしい英語から察するに、異国の観光客と揉め事を起こした友人を弁護しようと考えたようだ。

 

「……謝罪は痛み入るが、日本語で構わんよ。加えて、私はさほど気にしていない」

「えーーーーっ!?嘘、日本の人!?」

 

長身に白髪、加えて浅黒い肌。

たしかに、容貌はいくらか日本人離れはしているが……

いくら国籍、人種の関係が無くなった身とはいえ、少しばかりの寂寥の感はある。

それより、とりあえずこれ以上ややこしい事にならないよう、事態を収拾せねば。

 

「私は……エミヤ、衛宮という。こちらこそ済まなかったな。原因は私の不注意だとも。お詫びとして、そのソフトクリームは弁償しよう」

「え、い、いや、いいですよ!その、躓いちゃったの、私だし……」

「まあまあ、まどか!せっかく向こうがくれるってんだから、素直に貰っときなって!」

 

遠慮するまどかを、明るい笑顔で諭すさやか。

……たしかに言い出したのは此方だが、当人でもないのに厚かましい事だ。

 

――――そう思った瞬間、頭に靄がかかった様な気がした。

どこか懐かしい……デジャヴ、だろうか。

以前にもこんなタイプの女性に逢った、ような……?

 

「いやー、ほんとすいません!あたし、見滝原中学二年の美樹さやかっていいます!こっちはあたしの友達。同じく見滝原中の……」

「か、鹿目まどかですっ。えっと、衛宮さん、ほんとにごめんなさいっ!その、弁償とかはホントに大丈夫ですから……!」

「そうか。いや、謝罪には及ばんさ。だが鹿目君、次からは足元にもう少し気を払う事を奨めるよ。では、私はこれで」

 

これ以上の干渉は無用、と、アーチャーは足早にその場を立ち去ろうとした。

だが、その際に彼のジーンズのポケットから、紅いペンダントがこぼれ落ちた。

 

「あ、落としましたよー……って、うわっ、キレー!これ、もしかしてルビーとかじゃない?」

「――――!」

 

煌々と鈍く輝くペンダントを前に、アーチャーはしばし絶句した。

身に着けた覚えなどはまるで無かった。

だというのに、何故。

生前の記憶は当に磨耗していた彼も、この宝石にだけは見覚えがあった。

 

かつて己を死の淵から救い、生涯持ち続けた――――、の。

 

朽ち果てていたはずの記憶の残滓が、走馬灯のごとく脳裏を掠めては消えていく。

 

「衛宮さん?」

「……済まない。――――大切な人の、形見でな。少し、思い出しただけだ」

「あ、そうなんですか。なら、ちゃんと大事にしとかないと」

「ああ、気をつけよう。……では、今度こそ失礼する」

「あ……」

 

アーチャーは動揺を隠し切れず、気付けばその場を後にしていた。

彼がはたと我に返る頃にはもう、二人の少女たちの姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

その獣は何の感情も抱かず、ただ目の前の事象を観測する。

 

目的:資質ヲ持ツ少女“カナメ マドカ”及ビ“ミキ サヤカ”両名ノ観察。

経過:強力ナ魔力反応ガ観測対象ト接触、当該ノ魔力反応ニ前例無シ。

対応:現状デノ脅威度ハ低イト推定、警戒事項ヘノ追加ノ必要性――――審議。

 

 

 

 

「……このあたりか」

 

夕刻、アーチャーは先とは打って変わって、いつもの赤い外套姿で外に繰り出していた。

場所も見滝原市からは少し離れた風見野市。

その閑静な街の中でもさらに人通りの少ない路地裏に向かっていた。

 

“魔力探知”。

アーチャーのいた世界に存在した“魔術”における基礎中の基礎。

彼はこれを足がかりとして用い、魔女の反応を追っていた。

 

疑り深いマスターの為に肩慣らしを兼ね、敵の首級をあげて取り入るのが目的だ。

この献身ぶりときたら、帰らぬ主人を待ち続ける忠犬のようで、我が事ながら落涙を禁じ得ない。

とはいえ、単身での索敵から戦闘行動――――これに関しては偏に、アーチャークラスのサーヴァントが有する“単独行動”のスキルに依るところが大きいだろう。

その恩恵に感謝しつつ、早急に用件を片すべく道を急ぐ。

 

話は前後するが、サーヴァントの中には魔術が不得手である者も少なくない。

ましてや“魔術師(キャスター)”のクラスでもなければ尚更の事だ。

無論、一流の英霊ともなると“直感”や“心眼”といった特殊技能(スキル)で当たりをつける者もいれば、潜ってきた修羅場から得た経験で補う者も存在する。

だがそれでも、こと魔力反応を捜索するだけならば、これが最も手っ取り早い方法である事に変わりは無い。

弓の騎士(アーチャー)”でありながらも、生前は“魔術師(メイガス)”であった彼には、この程度の魔術行使は造作も無い事だった。

 

反応が強力になっていくにつれ、しだいに周囲の空間が歪み始めた。

それは、現実を侵食してゆく怪異。

 

「なるほど、結界か」

 

そうして現れた空間は、もとの夕暮れの路地裏とは懸け離れていた。

天蓋は目いっぱいに拡がる青空。

対して足下には、夥しいまでのセーラー服を吊った無数のロープが張り巡らされている。

まさに綱渡り、といった具合だ。

現実を飲み込むその景観の再現は、神秘に準えて言うところのまさしく“結界”であった。

 

アーチャーは即座に夫婦剣を手にし、限られた足場のロープを臆することなく渡り歩いた。

その都度、現れる使い魔もにべもなく鮮やかに両断していく。

 

空間の最奥に控えるは、それらを使役する大本。

 

“委員長の魔女”。

その性質は傍観。

頭部を欠き、脚が腕と化した制服姿の異形は魔女というよりも、まつろわぬ女学生の霊を思わせる。

 

「……まったく。何処に居ようと、あのようなモノの相手をさせられるのは変わらないか」

 

押し寄せる有象無象を事も無げに切り捨てる剣捌きが二十を超えた辺りで、アーチャーは嘆息を洩らしつつ、自嘲気味にそうひとりごちた。

 

世界には“抑止力”というものが存在する。

集合した無意識によって創り出され、世界を破滅に導く要因を排除する概念。

とりわけ、人々の祈りから生み出され、“人類の存続”を最優先として世界に使役される英霊は“霊長の守護者”と呼ばれる。

死後の信仰心の薄い英霊や、生前に世界と契約を交わした人間(・・)がそれに該当する。

アーチャーはまさに後者の典型例だった。

 

――――救えぬはずの百人を救うべく、世界にその身を捧げた元人間。

故に、このような悪霊の類との戦闘は彼にとっては何ら驚くに値しない。

言ってしまえば、ただの掃除にも等しかった。

 

そんな彼の心境などは意に介す事もなく、闖入者の存在を知覚した魔女は、やにわに胴側の腕を振り上げる。

 

それが号令だったのか。

満天の彼方から何処の教室にもある学習机や椅子が、魔弾のごとく雨霰とアーチャーに向けて放たれた。

外敵の排除――――その一念にもはや敵味方の判別はなく、天より降り注ぐ教室備品の雨は、射線軸に乗った有象無象をもろともに吹き飛ばすだろう。

 

さりとて臆する様子など微塵も見せず、彼はそれをにべも無くも避け、或いは迎撃しながら敵との距離を詰めていく。

 

そうして何撃か退けた後、ふと足を止めた。

そして彼はあろうことか、手にしていた得物をあっさりと投げ捨てた。

丸腰となったアーチャーに、ここぞとばかりに押し寄せる使い魔の多群。

だがついぞ、ソレらの内の一つとて、彼の懐にまで辿り着くことはなかった。

 

放たれた双剣は布石だった。

“剣を取るのは、必殺を誓った時のみ”

その必殺の間合いを取ったアーチャーが今、詰めに向かって王手をかけたのだ。

 

彼の手に再び、放棄したはずの『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』が顕れる。

――――瞬間。

虚しく空を切ったかに思われた双子剣は突如として楕円を描き、そのまま前方のロープを切断した。

 

干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』にはさながら夫婦の絆が如く、互いに引き合う性質が存在する。

故に先に空を舞ったニ双は後に錬成された剣に反応し、ブーメランのように軌道を変えたのだ。

 

足の踏み場を失った使い魔達は、為す術も無く奈落の底へと飲まれていく。

しかし唯一の進路であり、同時に退路でもあったそれを断たれたのは、アーチャー自身とて同じ事。

それを勝機とみた魔女は六本の魔手を余さず、眼下の騎士へと叩きつける――――!

 

だがロープの切断を確認し、それに見切りをつけたアーチャーは迷う事無く跳躍していた。

 

「――――鶴翼(しんぎ)欠落ヲ不ラズ(むけつにしてばんじゃく)

 

振り上げられた双刃はその真なる容を成さん、と光を発する。

その求めに呼応するかのように、彼はさらなる詠唱を紡いでいく。

 

「――――心技(ちから)泰山ニ至リ(やまをぬき)

 

己を叩き伏せんと迫る魔手。

その隙間を掻い潜って、さらに躍進する。

同時になおも追い縋るソレを阻むように、滑空していた双剣が爆ぜた。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

英霊の半身ともいえる宝具。

そこに溜め込まれた魔力を炸裂させる、いわばサーヴァントの最終奥義だ。

己が象徴――――英霊を英霊たらしめる“貴き幻想(ノウブル・ファンタズム)

それを破棄する行為を、彼は平然と、何の未練も無く発動させた。

 

――――否。

なるほど、たしかに並みの英霊であれば、それは誇りの全てを擲った最終手段といえるかもしれない。

だが、アーチャーにとっての宝具は“宝具であって(・・・・・・)宝具ではない(・・・・・・)

所詮は記憶から毀れ落ちた紛い物。

元来の担い手が持ち得る本物とは較べるべくも無い“贋作”である。

それが唯一無二というわけでもなければ、そこに誇りが生じる道理も無い。

“投影宝具は替えが利く”、という彼ならではの利点を最大限に活かした十八番である。

 

幻想の破却。

その爆風で生じた衝撃をも利用し、押し上げられる形で最後の飛躍。

赤い騎士はついに、何も隔てるもののない魔女の頭上にまで達した。

そして、手にした刃は形を成して――――、

 

「――――心技(つるぎ)黄河ヲ渡ル(みずをわかつ)――――ッ!」

 

陰陽の“鶴翼(かくよく)”は振り下ろされ、その一刀の下に魔女を断つ。

 

刃渡り一メートルにも及ぶ優美華麗な刀身。

かの大英霊“ヘラクレス”の命をも削った、その鋼の銘は『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)オーバーエッジ』

“あまねく怪異を絶つ”と謳われた『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』の真骨頂。

その十全にして余りある威力に身を裂かれた呪いの具象は、末期の叫びを上げる事もなく事象の果てへと消え失せた。

 

今度こそ抗いようもなく、空間から落下していくアーチャー。

しかし、担い手が消滅した以上は、それが持ち得た世界でさえ末路は同じだ。

事実、自由落下は一秒にも満たず、もとの夕闇へと帰還する。

何事もなく着地した彼は、近くに転がった黒く濁る物体を拾い上げた。

 

――――“グリーフシード”。

魔女を倒すことによって得られる魔力の塊。

曰く、RPGにおける、回復アイテム(エリクサー)のようなものらしい。

 

その得体の知れぬ物体に違和感を覚えたアーチャーだったが、目的を達した以上、いつまでも長居をする理由はない。

すぐさま背を向け、霊体と化した体で夜の街を駆けていった。

 

「ちっ、イキナリ何さ、アイツ――――」

 

事の顛末を、怒れる赤き双眸を以ってして見つめていた少女の存在などには気付かずに。




※注釈

スキル:サーヴァントが個々に持つ特殊能力。
クラスで固定されたものや、伝承に応じたものがある。

魔術師(キャスター):聖杯戦争で呼び出される七つの英霊の座(クラス)の一つ。
基本的には生前、魔術を得意とした英霊がこのクラス適性を持つ。

単独行動:マスターからの魔力補給無しで一定期間の現界を可能とするスキル。
主にアーチャークラスに固有の能力。

直感:戦闘時、自身にとって最良の展開を感じ取るスキル。
Aランク相当にもなると、もはや未来予知に近い。

心眼:経験から得た戦闘倫理、或いは虫の報せのような天性の危険予知のスキル。
アーチャーは前者のスキルを有している。

ヘラクレス:“十二の試練”で有名な、知らぬ者なきギリシャ神話の大英雄。
「Fate/stay night」では狂戦士(バーサーカー)のサーヴァントとして召喚された。
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