Fate/Puella magica   作:種好き

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原作の独自解釈が多いので注意。


夢の中で逢った、ような(前編)

――――灼熱に包まれる街を見た。

その日まであった人を、建物を、その営み何もかもを。

それら総てを、まるで無価値だったと否定するように、分け隔てなく包み込む炎。

それは災害と呼ぶにはあまりにも凄惨な、まさに地獄の再現だった。

 

煉獄の中、地に伏して死を待つばかりの少年が居た。

彼は泣き叫ぶでもなく、ただ、ここで死ぬんだなあ、と確信していた。

 

彼はここに至るまでに、多くのものを見捨ててきた。

助けを請う声も、泣き叫ぶ声も、断末魔にさえ耳をふさいで。

そうして、力尽きた。

誰かの命を見捨てておきながら、何もなせないままに、自分もまた死んでいくのか。

……空に向かって手を伸ばし、少年はぼんやりと空の遠さを憂いた。

 

そこに、今にも倒れてしまいそうな覚束ない足取りで駆け寄る男がいた。

男は、必死だった。

ふらつき、折れそうな足とは裏腹に、その瞳には鬼気迫るものがあった。

男は自身の危険が迫っているこんな時にまで、自分以外の誰かを探していた。

そうして彼は少年を見つけ、その手を力強く、いとおしげに握り締める。

 

……雨が降り始めた。

それはまるで、理不尽な死を悼む涙のように見えた。

 

男は、泣いていた。

ありがとう、と。

生きていてくれてよかったと。

まるで我が事のように。

救われた少年自身よりも嬉しそうに。

男はこの上ないほどの笑顔と涙を浮かべて、少年を抱き寄せた。

 

それが彼の、最初の記憶だった。

 

 

――――月が綺麗な夜だった。

少年は成長し、男は老いた。

男はふと、呟くような声で言った。

正義の味方になりたかった、と。

そう語る彼の表情は諦観に満ちたもので、少年には納得できなかった。

 

少年は憧れていた。

自身を救ったその男を、その信念を、綺麗だとさえ思っていた。

だから、少年は言った。

だったら、俺が代わりになってやると。

 

「爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は――――」

 

……月が綺麗な夜だった。

 

「そうか。ああ――――安心した」

 

言葉の通り、心からの安堵を浮かべた顔だった。

月下の輝きに照らされ、男は永久(とこしえ)の眠りにつく。

 

“オレがちゃんと、形にしてやるから――――”

 

それが彼の、最初の夢だった。

 

 

――――少年は、いつしか青年となり、大人となった。

それでもなお、彼は、男が果たす事の出来なかった夢を追っていた。

 

“正義の味方”になる。

せめて目の前にある全てを救おう、と。

その為には、自己の犠牲などは厭わなかった。

百から溢れた一を、人に仇なす“悪”を排除する。

それを正義と信じて疑わず、ただひたすらに事を為した。

そこに人間としての彼はない。

その体は、きっと剣で出来ていた(、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 

――――澱んだ空、在るのは剣の丘だった。

無数に刃が突き立った身体は、それ自体が墓標のようでもあった。

落陽と共に沈みゆくそれは、理想(ゆめ)に生きた彼のものだった。

故に、その生涯に意味はなく(、、、、、、、、、、、、、、)――――

 

それが彼の、最期だった。

 

 

 

 

――――誰かの人生を巡るような奇妙な夢から、ほむらは目覚めた。

起きた時には訳もわからず、目には涙が溢れていた。

別に悲しかったわけではないし、泣こうと思って泣いているわけではない。

けれどどうしても、眼から零れ落ちる滴を止める術はなかった。

 

あんな終わり方でいいのか。

それで彼は満足なのか。

そんな問いかけようのない疑問に、ただ煩悶とするばかりだ。

ひたすらに個を捨ててまで理想に縋り、それでも最期には……裏切られて。

なにより、いつか自分も報われないまま、そんな末路を辿るのかと。

そう考えるのが恐ろしかった。

 

……涙を拭い、深呼吸する。

そうだ、泣いてなどいられない。

この世界はまだ、始まったばかりなのだから。

 

 

平常心を整えて、朝のたしなみを済ませる。

ほむらが退院の手続き諸々を終え、この拠点に帰還したのは昨夜の事だ。

彼女は事前に向かわせておいたはずのアーチャーの不在を別段気に懸けることもなく、今後の準備等を簡潔に済ませて寝床に着いていたのだった。

 

そうして適当に何か腹に収めようとダイニングに出ると、この家には滅多となく、それでいて芳しい香りが鼻腔を刺激する。

そこにはフレンチトーストやスクランブルエッグ、オニオンスープにサラダといった洋風の朝食が一式用意されていた。

 

「ん、起きたか。おはよう、ほむら」

「ええ、おはよう……って、アーチャー?」

 

朝の挨拶を投げてきたのは、前回の対面から変わらない様子のアーチャーだった。

……否、服装に関しては、以前より少しばかりアクセントが加えられていた。

 

――――エプロンだ。

目の前に、愛らしいウサギのアップリケ付きエプロンを着けた長身の男(へんしつしゃ)がいた。

 

「待て。変質者はないだろう、変質者は」

「……これ、もしかして、貴方が?」

 

アーチャーの反論を封殺する形で質問を被せる。

 

「ん?ああ。朝食は一日の活力だからな。それに見たところ、君の食生活は……有り体に言って酷過ぎる。是正の余地ありだ。なんというか、花の女学生として致命的に破滅している」

 

コイツ、さりげなく気にしている事を……!

 

たしかに自炊した方が魔力等の節約に繋がるのかもしれない、とは常々思っていた。

それを抜きにしても、この年頃で料理の一つも出来ないのは流石にマズい、という危機感もあった。

けれど、そのスキルを獲得するのに無駄な時間は使えないと思って、渋々こうして妥協しているのだ。

それをこの男は、何のデリカシーもなく……っ

 

「……余計なお世話よ。だいたい貴方、曲がりなりにも英霊なのでしょう?本当に従者(サーヴァント)をしていてどうするの」

 

先程とは違う涙が出てきそうではあったが、そんな朝の低血圧を抑えて言葉を選ぶ。

ここは耐えるのよ、暁美ほむら……。

 

「生前からの悪癖でな。お人好しもいいところだと思って矯正を考えてはいたのだが……これがまた厄介な事に半ば呪いめいていてね。まったく馬鹿は死んでも治らない、とはよく言ったものだ」

 

イマイチ納得出来ない。

一体どんな英雄譚を開けば、こんな性根の腐ったような英霊に出会えるのだろう。

とはいえ、目の前に用意された食事に一切手をつけないというのは、自身としてもきまりが悪い。

 

……幸い、見た目や香りはさほど悪くない。

警戒しながらも、口に運んでみる事にした。

 

………………!

 

「どうだ?口に合わないか?」

 

いつもの嫌味は抜きで、むしろ出会って以来の真剣な面持ちで訊ねてきた。

あまりに真摯な態度に折れ、若干の悔しさを覚えながらも率直な感想を述べる。

 

「いえ、そんな事は無いわ。……美味しい」

 

アーチャーは一瞬だけその目を見開き、満足気な微笑を浮かべた。

ああ――――あれは、仕事をやり遂げた男の目だ。

 

「そうか、それはよかった。ああ、今、紅茶を淹れる。ハーブティーでいいか?」

「え、ええ。構わないわ」

 

アーチャーは、これまた出会って以来の上機嫌でキッチンへと下がっていった。

口は悪いが、もしかするとこの穏やかさこそが彼の本性なのかもしれない。

 

……それにしても、さっきの料理はかなりのものだった。

その辺にある下手な喫茶店や洋食屋程度であれば、シェフが裸足で逃げ出すに相違ない。

サーヴァントというのが、まさかそんなところにまで長けている存在だなんて。

まさか、こういった技能も選定基準の一つなのだろうか?

そうなると、選ばれるのは余程の芸達者に限られると思うけれど……。

 

――――そこでふと、入院中に読んでいた“アーサー王伝説”の事を思い出す。

物語の主人公、大ブリテン国の王であった“アーサー・ペンドラゴン”の下には、いずれも誉れ高き“円卓の騎士達”が集っていた。

その内の一人にもたしか、武芸百般で名の通った忠節の騎士がいたはずだ。

 

――――“サー・ランスロット”。

もしかするとアーチャーの真名というのは、かの“湖の騎士”なのだろうか?

 

……いや、それはあるまい。

というか、あってほしくない。

それに如何に共通項があろうと、彼とランスロットの間には致命的な相違点がある。

 

まず、ランスロット卿には“武器の投影”に纏わる伝承は無い。

伝説の中で彼は、武器を持たぬまま襲われた際、その場にあった木の枝を得物に敵を返り討ちにしたという。

しかしそれは罷り間違っても、あらぬ処から武器を取り出す能力には転じ得ないだろう。

その場にあるモノを武器とする事(、、、、、、、、、、、、、、、)と、その場にないから創り出す(、、、、、、、、、、、、)のとでは、いくらなんでも勝手が違いすぎる。

 

そして何よりも――――完全なる騎士とまで謳われた彼が、主君に礼を欠いた対応をするとは思えない。

ましてや常時、嫌味や皮肉を投げかけるなどは論外だ。

 

「出来たぞ。こちらも口に合えば良いのだが」

 

余計な勘繰りをしている内に、アーチャーは淹れ終えた紅茶を運んできた。

飲んでみて、またしても目を見開く事になった。

料理についてはいざ知らず、こと紅茶に関しては、あの巴マミさえ上回っていたからだ。

 

「美味しい。今まで飲んだ紅茶の中でも一番……貴方、本当に何者なの?」

「なに、ただの弓兵だよ。私には元来、そう取り柄が無くてな。一つを極めるよりも多くを収める道を選んだ。これもその一環だ」

「弓兵ね……そもそも私、貴方が弓を使っているところなんて見たことが無いのだけれど」

「必要が無いだけだ。……心配するな。自分で言うのもなんだが、腕はたしかだよ。狙った的には確実に当ててみせよう」

「そう。なら、構わないわ」

 

普段は自他とも皮肉げに評する彼が言うのだから、余程の自信があるのだろう。

それに、その後の話でわかったことだが、どうやら彼は魔女を仕留めてきたらしい。

事実、物証としてグリーフシードを三つ、私に差し出してきたのだ。

弓の使用如何はさておき、その実力は申し分ないと言えよう。

 

 

そうやってつい悠長に紅茶を飲んでいると、いつの間にか登校時間ぎりぎりになっていた。

手早く彼にやるべき事を伝え、様にはならないが、急ぎ自宅を飛び出した。

転入早々に遅刻などという失態こそなんとか回避したが……恐るべし、アーチャー……。

 

 

 

 

――――ずっと、朝に見た夢の事が、頭から離れません。

それは、とっても怖い夢でした。

 

わたしはずっと、訳のわからない、見た事もないような場所を無我夢中で走ってて。

その先の扉を開けると、そこには、滅茶苦茶になった見滝原の街があって。

でも空には、そんな景色よりもずっとおかしな怪物がいて。

そんな怪物と一人で戦う、同い年くらいで、黒い長髪の女の子がいました。

 

わたしは逃げたくて、でも、動けなくて……

そうしている内にも、戦っている女の子は吹き飛ばされて、叩きつけられて。

それはもう――――戦いにもならないくらい、一方的でした。

 

「ひどいよ……どうして、こんな……」

 

それなのに、わたしには、そうやって呟く事しか出来なくて。

それが、とっても悔しくてたまりません。

 

「仕方ないよ。彼女一人では荷が重すぎた。でも、彼女も覚悟の上なんだろう」

 

見ると、いつの間にか、足元に白くて、不思議な生き物がいます。

それと同時に、かつてビルだったコンクリートの塊が、どっと爆音をたてて、女の子に押し寄せました。

 

「こんなのってないよ!あんまりだよ……!」

 

わたしはそれが見ていられなくて、思わず泣き出してしまいます。

……そんな事、してる場合じゃないのに。

助けないと、いけないのに……。

 

「――――諦めたら、それまでだ」

「……えっ?」

 

傍らの白い生き物は、表情を変えずに言葉を続けます。

 

「でも、君なら運命を変えられる。避けようの無い滅びも、嘆きも、全て君が覆せばいい。――――その為の力が、君には備わってるんだから」

「……本当なの?」

 

にわかには信じられません。

何の取り柄もなくて、今この時でも、泣いてる事しか出来ないわたしに、そんな力が……。

 

……でも、それでも、藁にも縋る気持ちで訊ねます。

 

「わたしなんかでも、本当に何か出来るの?こんな結末を――――変えられるの?」

「もちろんさ」

 

白い生き物は、わたしの決意を歓迎するように飛び跳ねました。

そして――――、

 

「君なら全てを変えられる。だから――――僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

――――そこで、目が覚めました。

わたしが契約……したのかどうかは、わかりません。

ただ、その時、遠くで戦っていた女の子が、悲痛な面持ちでわたしに何かを叫んでいた事だけは、はっきりとわかりました。

 

 

「おーい、まどかー?」

「はわっ!?な、なに?さやかちゃん」

 

……そうやってぼんやりと夢の事ばかり考えていたら、いつの間にか周りが見えなくなってたみたい。

親友の美樹さやかちゃんの声ではっと我に返ります。

 

「ったく、ちゃんと聞いてた?仁美のヤツ、昨日またラブレター貰ったんだって。今月は早くも三通目よ、三通目!もう羨ましいったらないわー」

「羨ましいだなんてそんな……。わたくし、こういうのにはどうお返事すればいいか、真剣に困ってますのよ?で、まどかさん、その……訊いていただけましたか?」

 

妬ましげなさやかちゃんの発言を上品な言葉遣いで切り返したのが、わたしのもう一人の親友、志筑仁美ちゃんです。

仁美ちゃんの言葉には当然、心当たりがありました。

けど、さっきまで、夢の事で頭がいっぱいだったから……結局、言われた通りを伝えることにしました。

 

「あのね、やっぱり、直に告白出来るようでなきゃダメだって」

「はぁ……。そうですよね……」

 

仁美ちゃんはわたしを通じて、ママに恋愛相談を頼んでいたのでした。

結果を聞いた仁美ちゃんが困った顔でため息をこぼすと、

 

「いやー、詢子さん、相変わらずかっこいいなー!美人だしぃ、バリキャリだし!」

 

それとは裏腹に、さやかちゃんはママの事を褒めてくれます。

嬉しいんだけど、今の自分と比べてしまって……ちょっぴり、複雑な気持ちになります。

わたしはママと違って気が弱くて、どんくさくて。

憧れてはいるんだけど、きっと、一生届かないんだろうなって。

たまに、ぼんやりとそう思ってしまうのです。

 

「わたくしも、そういう風にきっぱりと割り切れればいいんですけど……」

「かぁーっ!羨ましい悩みだねぇ」

 

わたしも一通くらい貰ってみたいなぁ……ラブレター。

 

「お?まどかも仁美みたいなモテモテ美少女に変身したいと?そこでまずはリボンからイメチェンですかな~?」

 

……心の声のつもりが、口に出しちゃってたみたい。

それはそれで恥ずかしいんだけど……!、

 

「ち、違うよっ、これはママが……」

 

昨日まで黄色だったわたしのリボンですが、今日からはママのアドバイスで赤色に変えてみる事にしたのです。

なんでも、これでわたしの隠れファン(いないと思うけど)もイチコロ……なんだとか。

……えへへ。

そんな些細な変化に目敏く気付いたさやかちゃんは、

 

「さぁーては、ママからモテる秘訣を教わったな!?けしからーん!!そんなハレンチな子はこうだーーー!!!」

「ひゃっ!?さやかちゃん、ちょっとやめ……きゃははは!」

 

このさやかちゃんの必殺くすぐりの技には最近、毎日のように苦しめられています。

……って、さやかちゃん、そ、そこは……だ、だめぇ……っ!!

 

「男子にモテようだなんて許さんぞー!!まどかはあたしの嫁になるのだぁー!!!」

「……こほんっ」

 

仁美ちゃんの咳払いで、さやかちゃんもわたしもはっとしました。

いつの間にかわたしたちの周りには他の登校中の生徒がたくさんいて。

その人たちの視線のいくつかは、わたしたちに向いていました。

さやかちゃんは途端にわたしから離れて、笑ってその場を誤魔化しています。

は、恥ずかしいよぉ……!

 

――――けれど、そうやってわたしは、いつの間にか夢の事も忘れていて。

今日もまた、いつもの日常が始まっていくんだなって。

 

そう、思っていました。

 

 

 

 

暁美ほむらにとって、転校というものは初めてではなかった。

むしろ彼女にとってのそれは、永劫繰り返す呪いも同然だった。

彼女は生まれつき心臓を患い、各地の病院を転々とする日々を送っていた。

無論、そういった意味でも慣れたものではあったのだが、この場合はそれともまた趣を異にしていた。

 

「――――はい、それから。今日は皆さんに転校生を紹介しまーす」

 

担任、早乙女教諭の朗々たるアナウンスは教室から扉で隔てた廊下にまで届いていた。

一字一句も違わぬお決まりの台詞(、、、、、、、、、、、、、、、)に、つい苦笑してしまう。

 

「じゃあ、暁美さん、いらっしゃーい」

 

ここまではもはやテンプレートだ。

自分もまた、課されただけの役を果たすように、毅然とした態度で教室に躍り出る。

 

教室にちょっとしたどよめきが起こる。

最初こそ面映さを感じたけれど、これも慣れてしまえばどうということはない。

――――そう、私は知っている。

この光景を、その何もかもを。

 

前方の席、呆けた顔で此方を見ているのは中沢君。

失恋直後の早乙女先生による、半ば理不尽な質問の矛先を、スレスレのところで回避する事に定評のある男子生徒だ。

 

驚いた表情を垣間見せつつ、上品に口元を隠しているのが志筑仁美さん。

上流階級のご令嬢らしく、文武両道、品行方正を体現したような今どき珍しい女の子。

 

すげー美人、と大きな声で此方を囃し立てたのが美樹さやかさん。

彼女については……ノーコメントで。

 

けれど、私がこの場で気に懸けるべき相手は、たった一人(鹿目まどか)だけだった。

 

こちらが向けた視線に気付いたのか、彼女(まどか)は驚くような、戸惑うような顔で目を伏せた。

……それがどうしようもなく哀しくて、挫けそうになる。

けれどもう、こんな事は終わらせてみせる。

今は何とか自分を鼓舞してでも、最後までこの茶番の役を演じ切ろう。

 

「はぁい、それじゃ自己紹介いってみよー」

「暁美ほむらです。よろしくお願いします」

 

 

――――休み時間になった。

私の周りには転校生に興味津々といった感じのクラスメートがやってくる。

前はどこの学校だったの、とか。

シャンプーは何使ってるの、だとか。

そんな質問責めに愛想もなく返答していくのも、もはや決まりきった仕事(ルーティーンワーク)と成り果てていた。

 

……タイミングを見計らって切り出す。

 

「ごめんなさい。なんだか緊張しすぎたみたいで、ちょっと気分が……保健室に行かせてもらえるかしら?」

「え?じゃあ、アタシが案内してあげる!」

「私も行く、行く!」

「いえ、お構いなく。係の人にお願いしますから」

 

かぶりを振って丁重にお断りする。

当然、私が用があるのは保健室などではないからだ。

目的は、歩み寄る私に警戒心を見せる彼女――――鹿目まどかにあった。

 

「鹿目、まどかさん」

「は、はい……!」

「あなたが、このクラスの保険係よね?」

「え、えっと、あの……」

「連れて行ってもらえるかしら――――保健室」

 

 

建前とはいえ、案内してもらっているという状況であるにも関わらず、なぜか私が前方を歩いていた。

それでいて、後ろを歩くまどかはおどおどした様子で、傍目から見れば完全に役割が逆転していた。

すると、気まずい雰囲気に耐えかねたのか、まどかは振り絞ったような声で私に質問を投げかけた。

 

「あの、私が保険係って、どうして……?」

「……早乙女先生から聞いたの」

 

――――あなたが、自分でそう言ったのよ。

……なんて。

そんな事、言えるはずもなく。

 

「あ、そうなんだ……そうだよね、あはは……」

 

苦し紛れに笑う彼女を見て、また、心が痛む。

……保健室のある校舎へと向かう渡り廊下が見えてきたところで、再びまどかが話を切り出す。

 

「えっと、さ。保健室は……」

「こっちよね」

「や、うん、そうなんだけど……いやだから、その……もしかして、場所知ってるのかなって……」

「……」

「……」

 

気まずい沈黙。

まどかは私を警戒している。

……当然の事だ。

当然のことなのに、泣いてしまいそうになる。

 

――――違う、そうじゃない。

私にとってのまどかは……

 

「あ――――暁美さん……?」

 

苛立ちが表情に出てしまっていたのか。

まどかはさらに戸惑う様子で私を呼び掛ける。

 

――――違う、そうじゃない。

まどかにとっての私は……

 

「……ほむら、でいいわ」

「えっと……じゃあ、ほむら、ちゃん……?」

「……何かしら」

「あ、う、えっと――――変わった名前だよねっ」

 

立ち止まる。

 

――――違う、そうじゃない……!!!

まどか、私はあなたに――――!

 

“私、その、あまり名前で呼ばれたことってなくて……すごく、変な名前だし……”

“そんなことないよ。なんかさ、燃え上がれ~って感じで、かっこいいと思うなぁ”

 

「い、いや、だから、あのねっ、変な意味じゃなくてねっ!?その……か、かっこいいな、なんて」

「――――鹿目まどか」

 

彼女の言葉を遮る。

……あり得ないと解っていながらも、期待していたのかもしれない。

初めて逢った時のような、強い彼女でいてくれる事を。

 

「鹿目まどか、あなたは、」

 

けれど、違う。

彼女は弱い。

守ってあげないと、容易く壊れてしまうほどに。

……もう、あの頃とは違うのだ。

 

“彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい――――!”

 

……決心して、告げる。

 

「――――あなたは、自分の人生が貴いと思う?家族や友達を、大切にしてる?」

「わ、わたしは……」

 

咄嗟の問いにたじろぎつつも、まどかは答える。

 

「――――大切、だよ。家族も、友達のみんなも、大好きで、とっても大事な人たちだよ」

「……本当に?」

「本当だよっ、嘘なわけないよ!」

 

無意識にだろうが、先程までの態度とは裏腹に彼女は語気を強めた。

……彼女は、優しい。

きっと今の言葉も、真実そう思ってのものだろう。

けれど、それゆえに致命的だ。

彼女の優しさは他の誰かを守るためなら、自分自身をも蔑ろにしてしまう危うさを秘めている。

もう何度も、それを見てきた。

 

「……もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わない事ね」

「……え?」

「さもなくば――――全てを失うことになる(、、、、、、、、、、)

「あ……」

 

忠告を終え、捨て置くようにまどかから離れる。

背後で呆然と立ち尽くしていた彼女からの視線は、その姿を消してなおも私の心を苛んだ。




※注釈

アーサー王伝説:中世の騎士道物語でも最も有名とされるイギリスゆかりの伝承。
選定の剣を抜いたアーサー王の治世や円卓騎士達の冒険が描かれ、その最後はブリテン国の滅亡で幕を閉じる。
聖杯伝説とも浅からぬ関係がある。

アーサー・ペンドラゴン:聖剣『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』で有名な、伝説の騎士王。
「Fate/Zero」「Fate/stay night」では剣の英霊(セイバー)として現界した。
伝承では男性だが、Fateシリーズでは女性でメインヒロインの一人。
真名はアルトリアとされている。

円卓の騎士:アーサー王に忠誠を誓った誉れ高き騎士達。
序列闘争を防ぐ為に置かれた円卓に席を有した事が呼称の由来。
Fateシリーズではランスロット卿、ガウェイン卿、モードレッド卿などがサーヴァントとして登場している。

サー・ランスロット:円卓の中でも最強とされる騎士。
忠節に厚い完全な騎士と謳われたが、王妃ギネヴィアとの不義が発覚して王都キャメロットを追われた。
「Fate/Zero」では狂戦士(バーサーカー)として現界。

湖の騎士:ランスロット卿の二つ名。
彼が湖の乙女に育てられた事に由来。
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