Fate/Puella magica   作:種好き

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夢の中で逢った、ような(後編)

「あははははははは!すげぇ!まどかまでキャラが立ち始めたよ!」

「ふふふふふ……っ!」

「わ、笑うなんてひどいよぉ……!」

 

とあるファーストフード店の一席。

わたしの発言でさやかちゃんも仁美ちゃんも、ツボにはまったように笑っています。

 

――――どうしてこうなったのかというと。

放課後になってわたしとさやかちゃん、それに仁美ちゃん――――要するにいつもの三人で、寄り道をしていました。

そこで立ち寄ったのが、さやかちゃん御用達のファーストフード店でした。

わたし達が寄り道する時は大抵、ここに来てお喋りしています。

 

話題はもちろん、転校生の暁美ほむらちゃんの事です。

これ以上はないと言う位、さらさらの黒いロングヘアー。

肌は教卓前から少し離れたわたしの席からでも透き通って見える、美人さん。

……うわさでは、もう告白して撃沈した男子もいるのだとか。

加えて転入初日にして、わたしでは手も足も出なかった数学の問題をあっさり解いて。

しかも体育の棒高跳びで出した記録に関しては、先生曰く県内記録だそうで……そんな子が、話題に上がらないはずはありません。

 

そこでわたしは思い切って、至って真面目に、休み時間で受けた警告(?)の事と……今朝に見た夢の少女がほむらちゃんに似ていた事を、二人に話したのです。

……結果が、今のこの反応です。

た、たしかに、自分でもちょっと現実離れしてる気はしたんだけど……うぅ。

 

「まどかとあいつは夢の中で逢ってたって事?あー、もぉキマリだ!ソレ、前世の因果だわ。あんた達、時空を越えて巡り会った運命の仲間なんだわー!」

「……わたし、真面目に悩んでるのに……」

 

なんかもう、泣いてしまいそうでした。

そんなわたしに仁美ちゃんからのフォローが入ります。

……ちょっと、笑いを堪えた顔してるけど。

 

「でも、まどかさん。もしかしたら、本当は暁美さんと会った事があるのかもしれませんわ」

「……えっ?」

「まどかさんは憶えていないつもりでも、深層心理には彼女の印象が残っていて、それが夢に出てきたのかもしれません」

「それ、デキ過ぎてない?どんな偶然よー」

 

さやかちゃんがすかさずツッコミを入れます。

……まだ少し、笑ってるけど。

でも、わたしもちょっと信じられない……というか、なんというか。

そういうのって、ドラマとかでしか見た事ないし……ありえるのかなぁ?

 

「前世の因果なんて説よりはずっと現実的だと思いますわ。……あら、もうこんな時間?」

 

仁美ちゃんはふと時計に目をやって、それから申し訳なさそうに立ち上がりました。

 

「ごめんなさい、お先に失礼しますわ」

「今日はピアノ?日本舞踊?」

「お茶のお稽古ですわ。まったく、もうすぐ受験だっていうのに、いつまで続けさせられるのか……」

 

仁美ちゃんは家の方針で、いろいろなお稽古事に手を出しているそうです。

学習塾はもちろんの事、さっきさやかちゃんが挙げたピアノに日本舞踊をはじめとして。

お茶のお稽古や琴に英会話……果ては護身用に合気道までやっているのだとか。

 

「うわー……、小市民に生まれてよかったわぁ……」

 

引き気味に答えるさやかちゃんですが、気持ちとしては同感です。

どんくさいわたしはきっと何一つ続かないだろうし、両立も出来ないと思います。

でも、だからこそ、わたしは仁美ちゃんの事を、結構尊敬しているのです。

 

「じゃあ、わたしたちも行こっか」

 

せっかくだし、途中まで仁美ちゃんを送っていこう。

そう思って、さやかちゃんに促します。

 

「うん。……あ、まどか。帰りにCD屋寄ってもいい?」

 

照れくさいのか、ちょっと小声になるさやかちゃん。

こういう時のさやかちゃんの目的は――――決まっています。

 

「いいよ。また上条君の?」

「へへ……まあね」

 

上条君とは幼馴染なんだ、あくまでもそのよしみで、と。

毎回、訊いてもいないのに釈明するさやかちゃんです。

それをはいはい、と宥めるのがわたしが唯一さやかちゃんに対して優位になれるタイミングでした。

その度に拗ねるさやかちゃんは、誰がどこからどう見ても、恋する女の子でした。

いつかわたしも、こんな風に誰かを想える日がくるといいなぁ……

 

 

 

 

ビルからビルへと飛び移る人の影。

その人影は屋上から眼下の景色を一瞥するや、すぐにまた別の屋上への移動を繰り返す。

そんなハリウッドのアクション映画さながらの行為も、人外の能力を有する英霊にとっては驚嘆に値しない。

 

影の主は、アーチャーだった。

彼はとあるモノの捜索、排除を最優先せよ、との厳命を受け、朝からこのような真似を繰り返している。

だが、いかに人並み外れた英霊の身とはいえ、魔力反応の無い対象の捜索は“鷹の目”を持ち得る彼をしても発見を難航させていた。

 

そうして夕刻。

魔力供給が滞りなく行なわれている以上、サーヴァントの肉体への疲労は皆無といっていい。

しかし流石のアーチャーとて、これほどの単調な作業の繰り返しにはほとほと辟易しかかっていた頃。

 

彼の眼光は、ついに対象を捉えた。

探索開始から六時間。

ようやくこの労苦が報われる時がきた。

その、肝心の対象――――白い小動物(キュゥべえ)は、誰もいない公園のベンチで佇んでいた。

 

アーチャーの体が量子となって瞬時に霧散する。

霊体化したサーヴァントは物理干渉を行なえない代わりに高速での移動、および感知の危険性を抑える事が出来る。

同じくサーヴァントや魔力を探知できる魔法少女を相手取っては、この行動も苦肉の策以上の意味を成さない。

しかし相手がそうでない以上、この場に限っての彼は“暗殺者の特性(けはいしゃだん)”を付加されたようなもの。

故に気付きようがない。

 

白い魔物――――キュゥべえの眼前を赤い外套の長躯が阻む。

表情ひとつ変える事なく……否、変えるべき表情(それ)を持ち得ない彼はただ、純粋な問いを投げる。

 

「君は――――何者だい?」

「問答無用。お前のような妖物に答える必要はない。怨みは無いがここで消えろ――――」

 

瞬く間もなく、アーチャーの手には例の双剣(かんしょう・ばくや)が握られていた。

そして、その一連の動作より尚迅く。

 

――――一閃。

まさしく閃光のごとき一撃が魔物の身体を横一文字に両断していた。

 

 

……何か、おかしい。

いくらなんでも呆気無さ過ぎる。

この程度で事態が収拾されるのなら、ほむら一人でも充分に事足りるはずだ。

 

その違和感の正体はすぐに形となって現れた。

目の前には頭部と胴が綺麗に分かれたキュゥべえの屍骸。

だがその傍らにはいつの間にか、もう一体のキュゥべえの姿があった。

 

「貴様――――」

「いきなり切りつけてくるなんて酷いじゃないか。おかげで一つ、無駄(、、)になってしまった」

 

それだけ言うと、彼は猟奇的な行動に出た。

 

……喰ったのだ。

自らと同じ姿をした亡骸を。

まるで、そうする事が当たり前の供養であるかのように。

 

「……きゅっぷいっ。さて、無駄なんだろうけどもう一度訊こうか。君は一体何者だい?」

「それはこちらの台詞だ。よもや今ので仕留められないとは――――、……貴様、この星のモノではないな」

「それが解るということは、少なくとも君もただの人間ではないね。素質が無いにも関わらず僕を知覚し、あまつさえ途方も無い魔力を感じる。そんな存在は有史始まって以来のイレギュラーだ」

 

アーチャーは返答の代わりに次なる必殺の一撃を繰り出す。

今度はキュゥべえが身を置いていたベンチごと粉砕する。

哀れなるや、ベンチは原型を留める事無く木屑と化した。

 

……だが、それが先の光景の焼き回しとなることはなかった。

キュゥべえの姿は、既にない。

 

“――――話は通じないみたいだね。ここは退かせてもらうよ。そろそろ契約(、、)も頃合だしね”

 

いつの間に移動していたのか。

彼は木陰の下でそう言い残し、またすぐに姿を眩ました。

 

「――――チ」

 

これまで守護者として、人類滅亡の引き金となり得る多くの要因を排除してきたアーチャー。

しかしその彼にとっても、ここまで得体の知れないモノはなかった。

 

彼は去り際に“契約”という言葉を残した。

マスター、暁美ほむらは先のキュゥべえと鹿目まどかの接触を嫌っている。

……答えはもう、明白だ。

この“契約”が召喚した英霊との間で交わされるものではない以上、意味するところは一つだけ。

そうなると事情はどうあれ、暁美ほむらの目的は“鹿目まどかを魔法少女にさせない”という事になる。

 

ピースが填まった。

とある仮定のパズルを埋める、ピースの一つが。

だが、それはまだ仮定に過ぎない。

今はただ、主の意向に従うまでだ。

 

アーチャーは主からの理不尽な叱責を覚悟して、その目蓋を閉じた。

 

 

 

市内にあるショッピングモール。

その改装中である七階のフロアに、暁美ほむらは居た。

この下の五階、CDショップに鹿目まどかと美樹さやかが居る事は承知の上だった。

むしろ経験上、彼女ら二人も程なくこのフロアに現れるとまで踏んでいた。

それが読めていたからこそ、アーチャーを午前から警戒に当たらせていたのだ。

 

しかし、現在に至るまで彼から芳しい報告は届いていない。

万全を期すべく、臨戦態勢を整えて待機していた。

それほどまでに彼女が恐れる最悪の事態――――インキュベーターと鹿目まどかの接触。

 

“すまない、しくじった。まさか相手が死の観念もない化け物だったとはな。いや、恐れ入ったよ”

 

アーチャーの嫌味たらしい声が、最悪の報せと共に脳に響く。

魔法少女、そしてサーヴァントは共に念話を可能とする。

 

……しくじったのは、此方だ。

なんて迂闊だったのだ、私は。

インキュベーターに死の概念は無い。

そんなのは明白だったのに。

にもかかわらず、英霊の武具なら或いは、と過信していた。

アーチャーには始末ではなく、捕縛を最優先に命じるべきだったのだ。

 

“おそらく、ヤツは鹿目まどかの元へ向かっている。君もそこに居るのだろう?位置を知らせてくれ”

「……ショッピングモールの七階、改装中のフロアよ」

“ち、離れているな。なんとか時間を稼いでくれ”

「わかったわ。とにかく、急いで」

 

アーチャーとの交信を終えた直後に立った微かな物音を、ほむらは聞き逃さなかった。

振り返った先にいたのは――――キュゥべえ。

彼はその辺りにのさばる野良猫と変わりない様子でじっと、留まっていた。

 

「……っ」

 

ほむらは再び、自らの浅はかな行いを責めた。

今の様子ではもしかすると、アーチャーとの交信を悟られてしまったかもしれない。

そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、キュゥべえは口さえ開かずに物を言う。

 

「意外に早かったね、暁美ほむら。――――いや、最初からここに居た、と見るべきかな?」

「……お前の目的は知っている。やらせないわ」

 

ほむらは盾から取り出したベレッタの撃鉄を起こす。

 

「やっぱりこうなるのか」

 

キュゥべえは身を翻し、まさに脱兎のごとく走り去ろうとする。

獣の本能、というわけでもあるまい。

狩猟(ハンティング)の獲物と化してさえ、彼らの逃走は合理的判断に基づいての行動でしかないのだ。

 

発砲。

初弾はキュゥべえの足下を掠める。

走りながらでの狙撃のせいか、決定打には程遠い。

今度は続けざまに数発撃った。

何発かは空を切り、少し離れた場所で鈍い音を立てた。

だが残りの弾丸は容赦なく、逃げ惑う獲物の胴を抉り抜く。

 

よろめき、吹き飛ばされていくキュゥべえ。

放たれた鉛の弾は白い小動物を満身創痍へと追いやっていた。

 

「知っているんだろう?いくら撃っても僕には無意味だ」

「そうね。――――ただ撃つだけなら(、、、、、、、、)、ね」

「………………!」

 

キュゥべえの身体は肉が削げ落ち、白みがかった総身は、いまや血の赤がその面積の大半を占めている有様だった。

あの様子ではもう、動くことさえままならないだろう。

だがそれでも、致命傷には至っていない。

そう、彼はまだ生きている。

 

――――退路は断った。

先へと続く道もコンクリートの壁に阻まれている。

殺さずに袋小路に追い詰めてしまえば、彼にはもうどうする事も出来ない。

これこそが彼女の狙いだった。

 

「ここまでよ。こうしていれば、あなたは鹿目まどかに接触出来ない」

「……なるほど、発想は悪くない。でも、一つ見落としていたね。時間切れ(、、、、)だ」

「な――――なんですって……!?」

 

経験則から考え出された彼女の策は、しかし、唯一にして最大の誤算があった。

それは、誘い込まれたのは(、、、、、、、、)キュゥべえの方(、、、、、、、)ではなかった(、、、、、、)という、ただこの一点に尽きる。

 

ほむらはこの時、三度目の失態を知った。

 

――――そう。

彼女が放ち、空しく外れたかに見えた弾丸は、彼の意図した位置を正確に(、、、)撃ち抜いていたのだ。

魔力を込めて放たれた9mm軍用弾(パラベラム)が、エアダクトの蓋、その支点を穿つのは容易だった。

キュゥべえは残された最後の力でそこに飛び込む。

後はただ、重力作用に従って彼の身体は、支えを失った蓋を破って落下するのみ。

これこそが彼の狙いだった。

 

狡猾。

万事が彼の思惑通りなら、もう間もなく、懸念したとおりの状況が起こるだろう。

……この後の展開はもう、判りきっている。

 

「………………まどか」

 

行き場をなくした怒りを全身に纏い、悔しさのあまりに唇を噛む。

口の中を満たす鉄の味を感じながらも、ほむらはさらに足を速めた。

 

 

「ほむらちゃん……!?」

「……そいつから離れて」

 

改装中であるはずの、七階のフロア。

まどかの目の前に現れたのは、彼女の見慣れない――――けれど、どこかで見たような――――服装の、暁美ほむらだった。

ほむらはまどかが胸に抱く傷だらけの生き物に冷淡な眼差しを向けて、そう言った。

 

「だって、この子ケガしてる……」

 

彼女は冷たい靴音を立てて、まどかの方へと近付いてくる。

 

「だ、ダメだよ!ひどい事しないで……!」

「あなたには関係ない」

 

まどかが震えながらに発した拒絶の言葉を、否応無しに遮るほむらの声。

そいつを渡す以外に、あなたの自由意志など存在しない。

……そんな、最後通牒のようだった。

 

「だ、だってこの子、わたしを呼んでた……!聞こえたんだもん、『助けて』って……!!」

 

平和だったはずの日常。

そんな彼女の耳朶に響いたのは、助けを求める言葉だった。

他の誰にも聞こえていない、自分だけに宛てられたSOS。

どうして自分なんかに、と。

そう思いながらも、導かれるままに辿り着いたこの場所には、たしかに守られるべきものがいた。

ならばどうして、ここで自分だけが逃げ出す事が出来るだろう。

 

「そう……」

 

それが最後だった。

まどかは後ずさりながらも、彼女からの要求に対して「NO」を突きつけた。

 

――――その瞬間。

まどかには、ほむらの冷気を帯びた、刺さるような視線がさらにその鋭利さを増したように思えた。

……だが、その視線の対峙が長く続く事は無かった。

 

「まどか、こっち!」

 

声と共に、辺りは白い世界に包まれた。

その声の主は、美樹さやかだった。

とっさの白煙に、ほむらは思わず目を覆う。

そこで生じた隙にさやかの誘導に従って、まどかは重傷の小動物を抱えて走った。

噴射し終えた消火器を捨て置き、さやかもまどかに続いてその場を離れる。

 

「何よアイツ!こんどはコスプレで通り魔かよっ!?」

 

さやかは叫びながらもまどかに追いつき、不安げなその手を掴んだ。

まどかはそれをすぐさま握り返す。

……ここで手を離せば、もう二度と、彼女の手に触れられないような気がした。

 

「……っつーか何ソレ?ぬいぐるみ……じゃ、ないよね……?」

「わかんない!わかんないけど……でも!」

 

不可解な状況に言いようの無い不安は収まらず、二人は息が切れるまで走り続けた。

 

……なのに、どうして。

どうして、出口が見当たらないのだろう(、、、、、、、、、、、、、)――――!!?

 

――――空間が歪む。

この瞬間、二人はこのまま、元の平和な日常へは二度と回帰できないのだと。

そんな確信と喪失感に苛まれた――――

 

 

募る苛立ちを当り散らすように、白煙をかき消す。

 

落ち着け。

鹿目まどかとキュゥべえの接触こそ避けられなかったが、まだチャンスはある。

 

……いや、もう何度目だろうか。

こんな気休めにもならない慰めは。

 

ほむらの中には自分自身への呆れと――――早くも、諦観があった。

人は百年の時にさえ耐えられない。

その中で彼女はもう既に、少女としてはあまりにも多過ぎる時を生き。

人間として許容不可の痛みを知ってしまったのだ。

一千年の悲願にも匹敵するその妄執は、確実に少女の心を腐らせ始めていた。

 

……それでもほむらは、止まれない。

他の全てを諦めた彼女にとってはもう、鹿目まどかを救う事だけが、残された唯一の存在価値(レゾンデートル)だった。

 

「状況はどうだ?」

 

いい加減に聞き慣れたその低い声は、アーチャーのものだった。

 

「……最悪よ。彼女はキュゥべえと接触してしまったわ。もう、手遅れに近い」

 

偽る事なく、ほむらは告げる。

その声色はいつになく弱っているように感じられた。

だが、それとは対照的に、アーチャーは不敵な笑みを浮かべる。

 

「諦めるのは早いんじゃないか?要は鹿目まどかを“契約”させなければいいのだろう」

「な――――、あなた、どうして契約の事を……?」

「その話は後だ。――――来るぞ」

 

目をやると、そこは既に工事中の区画ではなかった。

捻じ曲がる世界に黒い蝶の群衆が舞い、髭を生やした有像無像が(ひし)めき合っていた。

間違いない。

ここはもう、結界の中だ。

 

「……こんな時に」

 

ほむらは舌打ち混じりにその醜悪な空間を一瞥し、障害の排除に乗り出す。

 

「いや、その必要はない。ここは任せろ、マスター」

 

主を制止すると同時に、アーチャーは既に戦闘態勢に入っていた。

少し逡巡するも、ほむらはそれに無言で応じ、振り返る事無く走り去る。

 

直後、響き渡る剣戟。

――――彼女自身は気付かなかったが。

背中を預けた相手は、これが生涯で三人目だった。

 

 

歪んだ空間は、映画の音響効果のように、誰かの哄笑を響かせる。

 

がしゃん、がしゃん、がしゃん。

ガシャン、ガシャン、ガシャン。

ギイイイイイィィィィィィィ――――ッ……

 

朽ちた枝木の漆黒の連なりが、鋏を携え、喉元に迫りくるような気持ちの悪い感触がした。

 

「じょ、冗談だよね……?あたしたち、何か悪い夢でも見てるんだよね……?」

 

先程、まどかの手を力強く握っていたさやかの手だが、今は見る影も無く震えて、怯え切っていた。

一方のまどかは、もはや立つことさえ出来ず、その場にへたり込んだ。

立とうにも、足が竦んで言う事を聞かない。

 

「ねぇ、まどか――――……!!!」

 

さやかの悲痛な叫びも、鎖が弾ける轟音に掻き消される。

一秒後に迫る死の実感を受け入れられないまま、彼女達の心は砕けた。

 

――――はずだった。

瞬間、千切れ飛んだ鎖が円陣を描き、陽光を思わせる輝きを放った。

その光からは、絶望に満ちた嗤い声すらもかき消すような暖かさが感じられる。

 

「危なかったわね――――でも、もう大丈夫」

 

呆然と振り返るしか出来ないまどかとさやかを他所に、落ち着きのある優しい声は続く。

その声の主は、まどか達と同じく見滝原中学の制服に身を包んでいた。

 

縦ロールの明るい髪。

穏やかそうに見えながらも、確かな気品を感じられる整った顔立ち。

そして、年不相応にも思えるグラマラスな体型。

その大人びた印象の少女に、二人はまるで見覚えが無かった。

少女は優しく微笑み、言葉を続ける。

 

「キュゥべえを助けてくれたのね。ありがとう。その子は大切な友達なの」

「わ、わたし、呼ばれたんです。頭の中に直接、この子の声が……」

 

まどかの説明を聞くと、彼女は何か嬉しいことでも察したかのように、また微笑んだ。

 

「なるほどね。……その制服、あなた達も見滝原の生徒みたいね。二年生?」

「は、はい。あの、あなたは……?」

「そうそう、自己紹介しないとね。――――でも、その前に」

 

彼女は光り輝く宝石を暗闇を払うように突き出した。

見る者に安らぎを与える微笑を浮かべていた表情は、今度は勇気を示す凛とした顔つきへと趣を変える。

 

「ちょっと一仕事、片付けちゃっていいかしら」

 

宝石から溢れ出る光は、瞬く間に持ち主の身体を覆い尽くす。

そして、それが次に解き放たれた時、彼女の姿は宝石以上に燦然と輝いていた。

 

ベレー帽にブラウス、コルセットの絶妙な組み合わせは、慈母神さながらに母性溢れる彼女の体型、その美しさをより際立たせる。

下半身はショートガードのスカートに立派なブーツ。

先の、制服姿の学生らしい面影は一つも見当たらない。

この中世の三銃士を思わせるクラシカルな装束は、これ以上はないというくらいに彼女の魅力を引き出していた。

 

まどかとさやかは、先程まで自身を支配していた恐怖を忘れ、目の前の少女の姿にただ見蕩れていた。

すると、いつの間にか少女の背後に、銀色で重厚な火器が数多出現している。

 

――――マスケット銃。

主に17世紀以降のヨーロッパ諸国の主力火器として用いられた先込め式単発銃。

それら無数の銃口が戦列を組み、今や晩しと号令を待っている。

 

そうして魔弾の奏者は、躊躇う事無く勅令を下した。

そこから降り注ぐ光はその一つ一つが、流星のように一瞬で煌めき、爆ぜて消える。

圧倒的物量の前に為す術もなく、薔薇園は蹂躙され、まさしく焦土となって荒廃した。

 

「す、すごい……」

「も、戻ったーーーー!!」

 

絶望を象徴していた世界が払拭され、二人は感嘆の声を上げる。

ふわりと優雅に宙を舞い、少女は事も無げに着地した。

 

 

降り注ぐ光の雨を見て、遅かった、とほむらは悟る。

否、手遅れというなら、キュゥべえの計画の全容を知った段階で既に手遅れだった。

誘い込まれたのは、何もまどかやさやか、それにほむらばかりではない。

煌びやかに舞う彼女でさえ、インキュベーターの掌で踊らされたに過ぎない。

 

彼には分かっていたのだ。

ここに結界が生じることすらも。

そして、たとえそれがグリーフシードを孕んでいない“使い魔”程度のものだとしても……それに誘き出される魔法少女が、この街にはいるという事を――――。

 

「魔女は逃げたわ。仕留めたいならすぐに追いなさい。今回は貴女に譲ってあげる」

 

ほむらは薄暗い影の元から、自身に向けられる声の方へ姿を見せる。

厳しい表情をこちらに向けていたのは、同じく魔法少女、巴マミだった。

無論、今は魔女などどうでもいい。

 

「私が用があるのは――――」

「飲み込みが悪いわね。見逃してあげる(、、、、、、、)って言ってるの」

 

ほむらの要求を、マミは遮る。

……緊張が走る。

一触即発の雰囲気に、まどかとさやかは息を飲んで不安げに見守る。

 

「お互い、余計なトラブルとは無縁でいたいと思わない?」

 

背後の二人に気を遣ってか、マミの声は多少の穏やかさを取り戻した。

しかし言葉から察するに、それが最後通牒である事実に揺らぎは見られない。

 

“マスター、ここは私からも撤退を進言する。ここで事を構えるのは賢くない”

 

結界が消えて移動してきたのだろう。

アーチャーは霊体化して、ほむらの背後に回っていた。

別の魔力反応に気付いたのか、マミの表情に若干の険しさが表れる。

 

「………………」

 

ほむらはまどかの傍らで弱りきった生き物を冷徹な視線で見据え、踵を返して闇へと消える。

去り際のその瞳に、どこか悲哀に近いものが満ちていたのを、まどかは感じた。

 

 

 

 

「………………はぁ」

 

帰宅してから、ほむらは十分に一度はこうしてため息を吐いていた。

無視して家事に勤しんでいたアーチャーだったが、ここまでくるとさすがに見兼ねる。

あの場を退いてから今に至るまで、一度も会話は発生していない。

 

「ほむら。過ぎた事よりも今後の事だ。まさか、本当に手遅れというわけでもあるまい」

 

堪えかねて口を開いたのはアーチャーだった。

ほむらはどこか気だるそうに彼を一瞥し、またため息を一つ吐いて、

 

「そうね……一番に避けたかった事ではあるけれど、叶わなかった以上は仕方のない事ね」

 

そう呟いて、本題に入る。

 

「こうなってしまったら、恐らく、巴マミはあの二人を魔法少女に勧誘するでしょうね」

「巴マミ、というと、あのやけにグラマラスな少女か?」

 

グラマラス、という単語をネイティブ並に滑らかな発音で強調するアーチャーを横目で睨み付ける。

これだから、男は……

 

「……そうよ。彼女はこれまでずっと孤独に戦ってきた。素質のある子を仲間に迎え入れようとするのは当然の流れ、なのでしょうね」

 

そこに小さく一言、

 

「……まだ、懲りていないのね」

 

と呟く声に、アーチャーは聞かなかった振りをした。

 

「……無駄だとは思うけれど、彼女へは警告しておくわ。それで駄目なら彼女達の動向を監視していくしかない。最悪の時は、あなたの力を使うわ。幸い、まだあなたの存在は誰にも気付かれていない」

 

……つい先日の鹿目まどかとの接触を思い出したアーチャーは、今の発言にも聞かなかった振りをした。

 

「……了解した。私は必要な時まではなるべく巴マミとの接触は避けよう。私の魔力を探知でもされれば、せっかくの利点が台無しだからな」

「そうね」

「………………」

「………………」

 

会話、終了。

必要な話だけ終えると沈黙に包まれるこの家の雰囲気を、アーチャーは苦手としていた。

そもそも彼は合理主義者で、無駄を嫌う性格ではある。

しかしそんな彼ですらも、暁美ほむらの人間性の希薄さというものが気になってしょうがない。

彼は英霊ではなく、彼女に従うサーヴァントとして、この点を心配していた。

 

なんとか話題を考えるアーチャー。

だが意外にも、次に沈黙を破ったのはほむらの方だった。

 

「お風呂に入ってくるわ。……覗いたらどうなるか、解るわよね?」

 

――――好機。

話の種を求めていたアーチャーは、ここぞとばかりに畳み掛ける――――!

 

「は、心配せずとも君みたいな子供体型には興味はない。安心したまえ。私はもっとこう、ふくやかなボディがだな……」

「――――――――――――」

 

そうして、女性のボディラインをイヤらしい手つきでジェスチャーした瞬間が、彼の最期だった。

 

――――気付いたときには、ありとあらゆる物がゼロ距離だった。

洗面器、洗面台、石鹸、シャンプーの容器。

鉛筆、コンパス、ボールペン、ホッチキス。

ベレッタM92F、IMIデザートイーグル、レミントンM870、トンプソン・コンテンダーやエトセトラ……

 

その圧倒的な物量による全方位からの奇襲の前に。

アーチャーの意識はブラックアウトした――――。




※注釈

鷹の目:アーチャーの持つスキル“千里眼”の事。
端的に言えば視力の良さで、4km先の人物の顔まで認識可能。

気配遮断:暗殺者(アサシン)のサーヴァントの固有スキル。
その名の通り、自分の気配を遮断する効果があるが、臨戦時は大きく劣化する。

一千年の悲願:聖杯戦争始まりの御三家の一つ、アインツベルンの妄念。
内容は失われた第三魔法“魂の物質化(ヘブンズフィール)”の再現。

トンプソン・コンテンダー:主に狩猟用として用いられる中折れ式単発銃。
「Fate/Zero」においてマスターの一人、衛宮切嗣が主力武装兼魔術礼装として使用。

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