この素晴らしい世界に本物を!   作:気分屋トモ

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やぁ、久し振りだね。今回は変更したことが色々あるからちゃっちゃと説明していくよ。
この話は以前"比企谷八幡もやはり人の子である"として投稿したものです。何故番外編になったかというと、メインヒロインが決まらない中で、メインで誰もくっつけなければ色んなカップリングを好きに書けるじゃないか、という結論に至った為です。
なので今回はベルディア討伐直後のお話、メインヒロインはルナさんでお送りします。以前読んだことがある人も、楽しめる内容になっているはずです。字数が予定の倍くらい増えたけど、気にしたら駄目だ。
それでは番外編、どうぞご覧あれ。


彼を想う人々は
番外編 受付嬢との一幕


 昨日、魔王軍の幹部の一人、首無し騎士ベルディアが討伐されたことでアクセルに住む人々の心には安寧がもたらされた。

 

 一つとはいえ、彼らの平和を脅かす存在が消えたことは大きいようで、街にはいつも以上の明るさと賑やかさで溢れていた。普段は穏やかな露店街も、今日ばかりはと朝早くから活気づいている。少しだけ覗いてみたが、中々の盛り上がりようだった。日本で言えばパレードに近いが、立役者が凱旋する必要はないのでこちらの方が面倒が少なくて良い。

 

 街を挙げての祭り、とまではいかないが、気前良く商品を売買する人々の顔には心からの笑顔が見て取れる。こういった笑顔を作った一人としては、大変嬉しい光景だ

 

 尤も、自ずからそんな場所へと赴きはしない。何せ俺は俺で、人込みというものに一種のアレルギーを持っているからな。戦いに参加した冒険者と知られては、何をされるか分かったもんじゃない。それに、今は()()()()があって、それどころではないしな。

 

 というのも、俺が居るのは喧騒に浮く街の中心部から離れた、人の気の感じられないひっそりとした場所だ。木々に囲まれ閑散とした大地にはポツンと大きな家が建っており、そこで俺は二匹のペットと共にある作業を行っている。

 

『これはここで良いかい?』

 

「あぁ、そこに置いてくれ」

 

『これは~?』

 

「それはあっちだな。置いとくだけで良いぞー」

 

『は~い』

 

 木造の小豪邸とも言えなくもないそこへ、俺は手で、セツとユキは口に(くわ)えて、様々な荷物を朝早くから運んでいた。この時点で大体の人はお察しだろうが、理由はまでは流石に分からないだろう。誰に、という訳ではないが、その答えを教えるとしよう。

 

 俺達は現在、この二匹と共に新居への引っ越し作業を行っているのだ。それも、前世で言えば朝五時くらいに、だ。多分、小町に見たら驚いて言葉も出ないかもしれない。そう予想出来てしまう辺り俺の普段の体たらくさが浮き彫りになってしまうんだが、気にしたら負けだろう。

 

 何故、わざわざ疲れた日の翌日の、それも朝っぱらからこんな重労働をしているのか。それには少し記憶を遡った方が良い。こうまでして朝から引っ越そうと思ったのは、昨日の一件の後の事が原因でもあるからだ。

 

 ――――――

 

 ――――

 

 ――

 

 昨日深夜、彼の騎士ベルディアを討ち取ったとのことで、冒険者はその喜びを歌い、高らかに勝利を謳う。生きている今に感謝をしながら、そんな宴で夜を更かしていた。

 

 宴の費用はギルドが持つとのことで、皆無遠慮に飲めや食えやで次々に酒や料理を頼んでいく。随分な盛り上がりようだなと思いながらも、俺もたまに注文しては食べていたものだ。貰えるものは貰う主義だからな。普段は不平不満しか貰えないけど。言ってて悲しくなるな……。

 

 しかし、ベルディア戦に参加した冒険者達の報酬が、この宴の費用の全面持ちという、些か割に合わない物なのはどうなのだろうか。まぁ、彼らも喜んでいるし野暮なことは言うまいか。

 

 そんな感じで延々と続く宴にもいつの間にか終わりが来たようで、各々は勝利と宴の余韻に浸りながら、すっかり暗くなった闇夜の帰路を歩いて帰ってゆく。

 

 それらを一通り見送った後、俺も帰ろうかと眠っていたセツとユキを抱えようとしたところで、不意に後ろから声がかかった。

 

「ハチマンさん、少しよろしいですか?」

 

「ルナさん? どうかしましたか?」

 

 振り向けば、ならず者が集うギルドの受付嬢であり、ギルド内では一番人気が高いと評判なルナさんが居た。

 

 立ち上がって向き直り、改めて声をかけてきた理由を問う。その表情は、先程見ていたような笑顔とは違い、少し困ったようなものだった。少なくとも朗報ではないらしい。

 

「その、今日皆さんが……と言ってもほとんど一人でハチマンさんが倒して下さったデュラハンについてなんですが。実は明日、王都からハチマンさんに特別報酬が与えられるそうなんです」

 

「特別報酬? 何でまたそんなのが?」

 

 王都というのは、この国における首都のような所だ。そこからの特別報酬とはまた大層なもんだが、そこまでのことをした感覚は正直ない。精々、小町の機嫌取りに付き合うくらいのものだろう。下手をすれば、そっちの方が大変だと思うくらいだ。

 

「ハチマンさんは知らないかもしれませんが、デュラハンを含め人々の脅威をなる存在には総じて国から高額な懸賞金がかけられているんです。因みに、そこの猫ちゃん達にも懸賞金がかけられてるんですよ? 確か一千万かそのくらい」

 

「え、コイツらそんな危険だったんですか?」

 

 言われて俺は両腕に抱えたセツとユキを見る。二匹ともたらふく飯を食った所為かぐっすりと寝ている。結構重いんだけど、コイツらこんな重かったっけ?

 

「まぁ、ハチマンさんが手懐けたのでその子達は大丈夫だと思いますよ。それで、デュラハンの懸賞金なんですが……額がかなりのものでして。アクアさん達には内密にした方が良いですよね?」

 

 そう言ってルナさんは苦笑するが、俺はそこでルナさんが困ったような様子でいた理由が分かった。なるほど、確かにアイツらなら大金を、それも手に余る程の額を手に入れたとあらば、きっと面倒事になるに違いない。主にアクアを筆頭に、だ。

 

「あぁ……奢れだの何だの言われるのはあんまり好きじゃないんで、出来ればここだけの話で」

 

 最悪借金製造機のアクアにバレなければ問題はない。だが、アイツは妙なところで勘が鋭かったりするから用心しなければならない。この前も、和真がアクアの報酬を幾らかくすねようとしたら見事にバレてたしな。やっぱ腐っても女神なんだろうか?

 

「そうですよね。分かりました」

 

「気を遣わせてしまってすみません……それで、いくらくらいなんですか? その報酬とやらは」

 

 セツ達の一千万が軽く流されるくらいだ、もっと上だと見積もっても良いだろうが、この国の財政がどれほどのものか知らんから何とも言えんな。まぁ、精々三千万から五千万ってところか?

 

「三億エリスです」

 

「……はい?」

 

 聞き間違えだろうかと俺は思う。何せ高く見積もった予想額の桁と合っていないのだから、そりゃあ困惑もするだろう。

 

「え、今何て……」

 

「今回のデュラハン討伐による、国からの特別報酬として、ハチマンさんには三億エリスが与えられます」

 

 混乱する俺に、ルナさんはもう一度丁寧に繰り返してくれる。しかし、言葉が理解出来ても意味が分からない。

 

「……どっからそんな金出るんですか? 」

 

「さぁ、それは分かりませんが……。でも、明日には国から役人の方が数名いらっしゃるそうですよ?」

 

 何だろう、この釈然としない感じ。確かにベルディアの所行く前に金にならねぇかなとか思ってたけどさ。こんな来る? 予想外過ぎてビビるわ。三億とか何だよ、◯鉄かよ。夏の給料でもそんなに貰えねぇだろ。俺が一か月真面目に働いて稼いだ金は何だったんだよ。十分の一あるかもあやしいぞ。

 

「そうですか……わざわざ報告ありがとうございました」

 

「いえいえ、これも仕事の内ですから。それでは、私はまだ仕事が残ってますのでこれで」

 

 ルナさんはそう言って、お辞儀をすると裏方の方へと去っていく。人の少なくなったギルドではその足音がやけに大きく聞こえた。

 

「仕事ねぇ……」

 

 外を見れば先程と同じように非常に暗い。夜の帳はとうに降り、不規則に散らばって見える星々はその中で遺憾なく輝きを発している。街灯もないこの街では、きっと帰路を照らすのはあの星々と、その中で一際大きく目立っている少し太った三日月くらいだろうか。

 

 ギルドの中へ視線を戻すと、彼女と他数名の職員が冒険者達が食した料理の後片付けに追われていた。恐らくこの街のほぼ全ての冒険者が集っていたことを考えれば、その量もかなりのものになるだろう。しかし、残っている人はほとんど女性だ。

 

 俺は少し考えて、セツとユキを邪魔にならない所に置いてから俺も皿を片付け始める。

 

 まぁ、金の使い道でも考えてたら終わるだろう。

 

 そう思いながら、俺はどうやったら効率良くこれらが片付くかを能力を使って問うていた。

 

 ――

 

 ――――

 

 ――――――

 

 この辺りでひとまずは回想を切るとしよう。丁度俺が運んでいる荷物で作業が終わるからな。

 

「よいっしょっと……ふぅ、やっと終わった」

 

 朝早くから行っていた作業もこれでようやく終わった。その事実を認識した俺はゆっくりと家の床に倒れ込む。

 

『これで終わりかい?』

 

「あぁ、これが最後だ。手伝ってくれてありがとうな」

 

『別に良いよ、新しい寝床も買ってくれたしねぇ。アンタ程疲れもしないし』

 

「そりゃそうか」

 

 よくよく考えたら、セツ達は俺と違って大きいから馬力も違う。だからきっと、疲労度はかなり違うだろう。箪笥を(くわ)えて歩く姿を見た時はちょっとビビった。あんな世にも奇妙な光景があって良いのだろうか。

 

『もう遊んでも良いの?』

 

「おう、もう好きなだけ遊んできて良いぞ。外に出て大きくなってももう怒られん。そこ、全部ウチの庭だから」

 

『わーい!』

 

 言うが早いか、ユキはユキで俺のゴーサインを聞くと外へ飛び出していった。今までは外に連れて行かなきゃ欲求不満でたまに俺に猫パンチ――なお威力は致命傷レベル――を放ってきていたからな。これでもうその心配はなくなるだろう。多分、掃除の回数は増えるがな。

 

『しかし、昨日の今日でよくこんな重労働やろうと思ったね、アンタ』

 

 セツはそう言いながら俺が新しくセツ用に買ってやった寝床に見事にフィットした状態でそんなことを言う。何か正月の鏡餅みたいになってんな。柔らかいクッションがあったからつい買ってしまったが、そこまで似合うとは思わなんだ。

 

「いやまぁ、色々あってな……今日の朝じゃないと面倒事が起きるんでな……」

 

『そうなのかい? ま、アタシはダラダラ出来りゃ何でも良いけどね。新しい寝床は結構気持ち良いしねぇ』

 

 セツはそう言って欠伸をしながら、グガーとイビキをかいて寝始める。アイツ、俺が飼い始めてから段々怠けてきてるような……。俺の躾が悪いのかもしれんが、もうちょっと威厳とかねぇの? 仮にも危険視されてるモンスターだよな?

 

 まぁ良い。ペット二匹をゆっくりさせたところで再び話に戻るとしよう。さっきセツに説明しなかった、面倒事についても踏まえながらな。

 

 ――

 

 ――――

 

 ――――――

 

 皿を運び終えた後、ルナさん達職員と共に皿洗いをすることにした。功労者を働かせる訳にはいかないと最初は断られたが、自分の食った物の片付けの延長みたいなもんだと言って勝手にやり始めた。人手が足りていないのは感じていたようで、最終的には納得してもらった。

 

 水魔法を使って上手いこと出来ないかと能力を使った結果、クリエイトウォーターを出しながら渦巻き状で維持させることで簡易的な食洗器システムを編み出した。

 

 ただ油断すると石鹸をしたことで発生した泡が四方に飛び散るので安心は出来ない。よって汚れの酷い物だけこの方法で洗浄し、後は普通に手で行うことにした。これによって大方片付いた分、そんなに苦ではなかったな。

 

 そんな感じで、俺も彼女達職員と混じりながら皿洗いをしていた。そして、それがある程度落ち着いたところで、俺は先の報酬金の使い道をどうしようかと改めて思案することにしたのだ。

 

 俺も人間、金を持ったらやはり多少は使いたくなったりはする。しかし、元々大した物欲は俺にはない。加えて、日本ではない為手に入れられる物も限られてくる。衣食住さえちゃんとしていれば、存分にだらけられるしな。

 

 そうして考えた結果、俺は寝床を変える、つまり家を買うという結論に至った。

 

 そろそろ買い時かとは思っていた家を買うことにはあまり抵抗はない。温かいベッドや落ち着いて過ごせる場所は欲しいし、馬糞で目覚めたくもない。金は使うが、元々その為に約一ヶ月適当に依頼をこなしていたし、今回の報酬を使えばかなり良い物でも余裕で買えるだろう。

 

 だが、かといって明確な場所や日時は決めている訳ではない。取りあえず一人と二匹でひっそり自由に暮らせる場所、くらいにしかイメージもない。まさかこの歳で家を買うとは思わなかったからな。そこは仕方ないと諦めるしかない。手続きとかもよく分からんが、能力があるから何とかなるだろう。そういえば、この世界の家具はどんなものがあるのだろうか?

 

 そうやって次々と自問自答を繰り返していく中で、その思考を遮る答が一つ、俺の頭に浮かんだ。

 

 問は"いつに買うべきか"。これは問題ない。だが、出てきたのは"明日の明朝"という答だったのだ。つまり、明日の朝から買えと言っているのだ。

 

 俺はどんな問にも答を出す答えを出す者(アンサー・トーカー)には全幅の信頼を寄せている。それ故、基本的にはそれに従う形になるのだが、答によっては従わず別の答を求めたりする。疲れた日の翌日は、ゆっくり休みたいし、その日しかない、ということもまずないからだ。

 

 だが、今回の答はそうはいかない。何せ、"明日の朝にはアクアが俺の所に金を集りに来る"という、非常に面倒な事が待っているからこその答だったからだ。善は急げどころの話じゃない。

 

 頭を抱える他ない答だった。駄女神(バカ)でも女神、異世界召喚なんて大層なことやらなければならないくらいには切羽詰まってるこの世界だ。多少の事情くらいはアイツでも知ってるだろう。こと、その原因ともなれば尚更だ。だから、アイツがベルディアの懸賞金について知っていても不思議ではない。

 

 しかし、しかしなぁ……。アイツは本当に他人に迷惑をかけなければ気が済まないのだろうか。女神なんだからその辺は自重して欲しいのだが、まぁ無理か。

 

 俺はそんな諦めの念を溜息と共に吐き出す。出来れば疲れや面倒事も、目の前の水のように流されたら良いのにと思いながら。

 

「ハチマンさん、ほとんど片付きましたのでもうお帰りになられても大丈夫ですよ。疲れた後なのに、手伝って下さってありがとうございます」

 

 ふと、そんな俺にまた声がかかる。先程とは違い、少しばかり聞き慣れたその声には、俺と同じく疲れが感じられる。

 

 あ、そうだ。少し聞いてみるとしよう。

 

「別に俺が勝手にやってるだけなんでそんな畏まらなくても良いですよ、ルナさん。それより、一つ良いですか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

 俺はお礼を軽く流しつつルナさんに向き直って訊ねることにした。

 

「その……さっきの報酬の件と関係してるんですが……明日の早朝から家を買える所ってありますかね? あと、家具屋も」

 

「家と家具屋、ですか? 馬小屋から移転したいのは分かるんですが、何故明日の早朝に?」

 

 まぁ、わざわざ朝早くから家を買いに行こうとする奴なんてそういないだろう。普通、それほど急くことでもないしな。分からないのも当然だ。

 

「明日の早朝でないと少々面倒事になりそうなんですよ。主にアクアが関係してなんですが……」

 

「あぁ、アクアさんが……それは困りましたね」

 

 だが、どうやらアクアが関係していると分かった途端合点がいったらしい。今度から困ったらアクアが関わってるって言おうかな。何事も上手くいきそう。

 

「そうですね……急ぎでしたら問い合わせ致しますが、開いているのが良い店かどうかは保証しかねますよ? それに、どの店が良いのかもイマイチ分からないのでどこから聞いたものか……」

 

「あ、それに関しては俺の言う店から問い合わせて頂けますか? 以前評判の良い所を聞いたので」

 

 俺は少し嘘を吐いて店について説明する。能力を使って知った店だ。偶然を装わなければ変に思われかねん。

 

「分かりました。では、その店名を教えて戴けますか?」

 

「不動産は◯◯って店で、家具は△△って店なんですが――」

 

 ――――――

 

 ――――

 

 ――

 

 その後、ルナさんを通したことで俺は何とか早朝から店へお邪魔させてもらうことが出来、それからこうして引っ越しの作業を行っていたのである。お陰であんまり寝れていない。それもこれも、全てアクアの所為である。

 

 反面、ルナさんには何かと世話になってばかりだ。本人にはあまり気にしないでくれと言われてしまったが、今度、何かプレゼントでもしよう。柄じゃないが、それくらいはしても罰は当たらんだろう。善意には善意で返さないと、俺自身が納得も出来ないしな。

 

 それに比べてアクアの所業の何たることや。アイツが原因で何故俺が迷惑を被らねばならん。今度アイツの酒でも掻っ払って飲んでやろう。和真と二人で。

 

「ア、アァ……」

 

 声にならぬ声を出しながら、俺はその場に寝転がる。前世(あっち)とは違う綺麗な木のフローリングはひんやりして気持ちが良い。

 

「……しまったな」

 

 思った以上にその感覚が気持ち良く、またあまり寝ていないのもあってか、ゆっくりと眠気が襲ってきた。

 

 立ち上がるのも面倒だ。いっそ、この身を委ねてしまおうか。

 

『ハチマン、眠いの?』

 

 ふと、気づけばユキが俺の近くへと寄って来ていた。遊び疲れたのか、単純に飽きたのかは知らないが、サイズは大きいままだ。そういえば、扉はどうやって開けたのだろうか。入口を作っていない気がしたのだが、如何せん眠気が思考の邪魔をする。

 

「あぁ、ちょっと疲れてな……」

 

『じゃあ一緒に寝よー』

 

 ユキはそう言うと寝転がった俺の隣に丸まり、寝る体勢へと入った。折角買った寝床は、コイツには不要だったかもしれないな。

 

「……あぁ、一緒に寝るか」

 

 俺は少しだけ起き上がってユキの腹部に凭れかかる。フワフワな毛と、猫特有の高めの体温が心地よく、先程よりも眠気が増してきた。おぉ、これは良いな。

 

「……おやすみ、ユキ」

 

『おやすみ、ハチマン』

 

 たまには、こうして寝るのも良いかもな。

 

 そんなことを思いながら、俺は静かに眠りについた。

 

 

 

 

「フフフ……もふもふ……」

 

『うーん……』

 

「…………」

 

 ふと、ユキ以外の感触がして目を覚ます。

 

 眠たい眼を擦って辺りを見渡せば、何故かいるはずのない人が隣で眠っていた。

 

「……あの、ルナさん。何してるんすか……」

 

 そう、それは以前からよくお世話になっている私服姿のルナさんだった。

 

 いつもの激しい露出がある服ではなく、キチンと首元まで隠された亜麻色の服を着ており、主張の激しい彼女の体が逆に強調されていた。というか、足はいつも通りなんだけど、なんでこの世界の女性って足を隠そうとしないんだ? 目のやりどころが、って、そうではなく。

 

『あぁ、起きたのかい』

 

「セツ、何でこの人がここに?」

 

 いつの間にか起きていたセツが声をかけてきたので、俺はどうして彼女がここに居るのかを問う。寝起きで頭が働いていない所為か、能力を使おうという気が起きない。

 

『さぁね。ただ、ユキと眠るアンタを見てソワソワしてたんで、私が隣で寝ても良いって言ってあげただけだよ』

 

「まぁ、珍しい光景ではあるからな……」

 

 自分よりもデカい猫と出会う機会自体普通ないからな。そりゃ、猫嫌いでない限りはソワソワするだろう。ただ、隣で寝るとは思わなかったな。

 

 改めてルナさんを見る。いつもと違う服装な上に、自分の家に居るというのを感じてしまい、少しドキドキしてしまう。

 

 手を伸ばせば触れられる。体を動かせば彼女の体に触れることも出来るだろう。まぁ、別にそんなことをする気は微塵もないのだが。

 

「……ちょっと出掛けてくる」

 

『何だい、起こさないのかい?』

 

「まぁ、無理に起こすのも悪いしな」

 

 というより、これ以上隣に居るのは心臓に悪い。何かしてしまわない内に、この場から離れようと思った。

 

 外を見れば昼過ぎ頃だろうか。キッチンはあるのに、引っ越したばかりで食材も買ってないし、いくらか買ってくるとしよう。ルナさんはしばらく起きないようだし、大丈夫だろう。

 

「セツ、ルナさんを見ててくれ。食材を買ってくる」

 

『あいよ。今日は鮃の気分だから、昼はそれで頼むよ』

 

「了解。鮃な」

 

 いつも思うのだが、魚ばかりで飽きはしないのだろうか。いやまぁ、人食うとか言われるよりマシなんだけどさ。

 

 俺はルナさんに毛布をかけてからローブを羽織ると家から出る。こちらの気候は日本に居た時と似ていると思っていたが、基本的に涼しい気候なので油断をすると風邪をひきかねないからな。新品だし、特に嫌がられないことを祈ろう。

 

「さて、何から買いに行くか……」

 

 新居に引っ越したことでわざわざギルドまで行って食事をしなくても済むことになる。つまり、念願のニート生活が実現するのだ。その為に食材を買ったり、料理をするだけで良いのなら、喜んでやる。というかやる。

 

 そんな訳で街に出るのだが、朝見た限りではそのままの姿で出るのはあまり良くないことが既に分かっている。アクアのこともある為、誰かに見つかった瞬間アウトだと考えた方が良いだろう。

 

 という訳で、あの魔法の登場だ。

 

「ライト・オブ・リフレクション」

 

 その魔法を自分にかけたことによって、俺から見た限りでは変わりはない。しかし、他者からは違う。何せこの魔法は対象の周囲の光の屈折率を変える魔法であり、いわば認識阻害の魔法なのだ。

 

 なので、他者から俺の姿は見えないというのが、今魔法をかけた俺の状態だ。ステルスヒッキーでただでさえ見えない俺の姿をより見えなくしているので、今の俺の存在は希薄どころか皆無に等しい。何それ超悲しい。

 

 だが、実際に俺の姿は他人には見えていないので、あながち間違いでもないのは事実。現に目の前に居ても見えていないので、普段の数割増しで避けにくい。文字通り”居ない”人間を避けながら歩く奴なんてそれこそ中二病拗らせた奴くらいだ。授業中にテロリストが来るかもしれないと思ってイメトレしてる奴もこれにあたるので、該当する奴は俺も挙げるから黙って手を挙げような。

 

 しかし本当に便利だ。それこそ前世で欲しかった能力ランキングの上位に入るくらい。因みに一位は既に持っていたりするので人生何が起こるか分からない。一回終わったけど。

 

 そんな適当なことを考えている内にいつも寄っている魚屋が目に入る所まで来ていた。周囲にバレないよう魔法を解きつつ、俺はその店に立ち寄ることにした。

 

 だが、俺はここで油断していたらしい。面倒な相手というのが、アクア達以外にも居たということを。

 

「すいません、あの、良い鮃ってありますか?」

 

「ヘイラッシャイッ! ……っと、”黒氷(こくひょう)”じゃんけ! ちょっと待っとってくれんか?」

 

「え、こく……? 取りあえず大声抑えてくれません?」

 

 暖簾を押して最初に入った魚屋の店主は、俺の方を見るなり大声でそんな呼び方をしてきた。しかし、その呼び名はどうも聞き慣れない、というか初めて呼ばれるもので、俺は混乱せざるを得なかった。幸い他に客はいなかったが、周囲にバレたくないので大声は止めさせた。

 

「悪い悪い、(あん)ちゃんが有名人になったってんで、こっちも嬉しゅうてなぁ。で、鮃はあるが、何匹欲しいん?」

 

「あ、じゃあそれ四十ほど……で、さっきの呼び名って何です?」

 

 一応話を聞いてくれる人のようで安心したが、違う意味で安心出来ないかもしれない事実が浮上した。もしかして、俺変な二つ名付けられてるのか?

 

(あん)ちゃん、昨日魔王軍の幹部を倒してくれた冒険者なんじゃろ? 髪から靴まで真っ黒な容姿が特徴で、バカデカい氷で相手を仕留めたってんで”黒氷”って二つ名が付いたって聞いたんじゃが。因みに、"無限爆裂"ってのも候補にあったけんど、たまたま居た変な嬢ちゃんがそれを(かたく)なに否定するってんで、そっちの方が主流の呼び方になったって聞いたで」

 

「誰も頼んでないんだが……」

 

 何でこう本人のいないところで話が進んでしまうのか。俺の意思とかが皆無な辺りマジいつも通りで泣きそう。つか、爆裂否定する変な嬢ちゃんって、めぐみんくらいしか思い当たらないんだけど、何してんのあの子? 二つ名が付くのを止めてくれよ。

 

「悪評が広がるよりえぇんじゃなーんか?」

 

「まぁ、悪い気はしませんよ。ただ、あまり期待はされたくないので」

 

 好事門を出でず、悪事千里を行くという言葉がある。何か一つでも悪い印象が生まれれば、今までの苦労が水の泡となることは珍しくないし、良い印象があれば期待されてしまう。そんなのは俺ではなく、葉山のような主人公気質の人間にこそ相応しいのだ。俺には少々、荷が重い。

 

 まぁ、魔王を倒すって言ってる奴が何を言っているんだって話でもあるが。

 

「やねこい性格してんなぁ、兄ちゃん。ほれ、採れたての鮃、四十匹な! あと、ちょっと待ってくれんか?」

 

「え、構いませんが……」

 

「ええもん持って来たるけん、期待しときぃ!」

 

 そう言って店主は、一言断ってから店の奥へと消えていく。良い物とは何だろうか。大体こういう時に良い物を貰った試しがないので、凄く不安である。良い人なのは知ってるが、何でか広島弁だから凄い怖いし……。

 

 しばらくして、何やら大きな箱を抱えて戻って来た店主は、もの凄い良い笑顔でそれを俺に渡してきた。え、何、何これ?

 

「その箱ん中、全部蟹が入っとるけぇ。俺からのサービスじゃけ、持ってってくれ!」

 

「い、良いんですか? こんなに?」

 

 蟹といえば、こちらの世界でも高級食材にあたる物だと以前耳にしたことがある物だ。それを、魚を少々買う程度で貰って良いものなのだろうか。

 

「元々よーけ買うてくれるけぇな! 何も出来ん俺達からの些細なお礼じゃ思うときゃええけん! 遠慮せんで持ってきぃ!」

 

「……じゃあ、ありがたく頂きます。また、来ますんで」

 

「ありがとさん! また来んさいよ!」

 

 気前の良い人だ。そう思いながら俺は店主にお礼を言って代金を払い、片腕でその箱を担いでその場を後にした。多分、行きつけの店だったから、良くしてくれたんだろう。

 

 そう思ってた時期が、俺にもありました。

 

「あの、野菜で何かオススメって……」

 

「あら、黒氷様じゃないか! 今日は枝豆と胡瓜(きゅうり)、あとトマトとかも入ってるよ! 良かったら持っていきな!」

 

「え、いや、トマトはちょっと……」

 

「良いから良いから!」

 

 八百屋では旬の野菜をいくらか貰い。

 

「あの、肉を買いに来たんですが……」

 

「おぉ!? 黒氷じゃねぇか! 昨日解体(バラ)したジャイアントトードの肉があるんだ、五kgくらい持ってって良いぞ!」

 

「いや、流石にそんなに……」

 

「良いんだよ! アンタ、ペットがいるんだろ? エサ代も馬鹿になんねぇだろうし、構わねぇさ!」

 

 精肉店では大量の蛙肉を貰い。

 

「あの、米ってあります――」

 

「黒氷様!? あぁ、お会いしたかった! 米なんていくらでも差し上げますから、サインを書いて頂けませんか!?」

 

「おい! お前いきなり失礼――」

 

「父さんは黙ってて」

 

「はい……」

 

「え、いや、普通に買いますし、サインはちょっと書いたことないんで……」

 

「そんな!? 後生です! 名前だけでも構いませんし、何なら私にキスするだけでも構いませんので!」

 

「さらりと要求上がってるんだが……あぁもう、サイン書きますからちょっと泣かんで下さいよ……」

 

 米屋では泣きながら強請(せが)まれたサインを書いた代わりに米俵を一俵貰った。

 

 その他にも色々と寄ってみたが、結果的にタダで色んな物を貰うこととなってしまった。というか、米屋に関してはマジで理解が追いつかない。何で俺のサインなんか欲しがってんの娘さん。親父さんももうちょっと抵抗してくれよ……米が貰えたから良いんだけどさ。

 

「……重い」

 

 ただ、前世なら質量で潰れていたであろう量を抱えることになってしまった。予定ではこの半分くらいしか買う気はなかったのに、ほとんど押しつけられる形で貰えたのは、嬉しい反面どこかむず痒い。悪意には慣れているが、好意を受けたことが少ないのが大きい要因だろう。

 

 言い換えれば、もて囃されるのが恥ずかしかった。早く帰りたい。

 

「普段ならここで帰るところなんだが……」

 

 一つだけ、寄っていない所がある。別に寄らなくても本来は問題ないのだが、今日寄らないと多分二度と寄らないと、俺の感が告げている。

 

「面倒だが、行くしかないな……」

 

 そうして俺は、気は進まないながらも目的の品を売っている店に寄ってから帰ることにした。何を買ったかは、恥ずかしいから内緒な。

 

 

 

 

「たでーまー」

 

『おう、帰ったかい。荷物の割には随分と早いね?』

 

 とある魔法を使ってショートカットして帰って来た俺を出迎えたのは、出会った時と同じサイズのセツだった。丸まった状態のセツはデカくなってもフカフカそうで、やはり頭から雪見大福が離れない。

 

「まぁ、魔法使ったからな。それより、見張りご苦労さん。鮃買ってきたぞ」

 

 俺は担いだ荷物を下ろし、その中から貰ったばかりの鮃をセツの前に出す。

 

『ほう、珍しく多く買ってきたじゃないか。何か良いことでもあったかい?』

 

「良いことは確かにあったが、それは別に関係ない」

 

 俺がいつもより多目に買っていたことが不思議なようで、セツは結構失礼なことを言ってくる。俺、別に良いことがないからって量抑えてる訳じゃないからね?

 

「わざわざ料理の出来る家を買ったんだ。能力もあるし、自分好みの料理を作る為の環境も整ってるから、多少買い溜めしても問題ないんだよ」

 

『買い溜めかい? けど、肉や魚はすぐに腐っちまうよ?』

 

 あぁ、セツは冷蔵庫とかを見たことがないから、その考えが当然なのか。一応、似たような物が売っていたが、作った方が便利が良さそうだから買ってないし。

 

「安心しろ。保存する為の物を飯食ったら作るから。それと、食ってても良いが鮃はユキの分もあるから全部食うなよ?」

 

『へぇ、アンタ案外器用なんだね。あと、流石にアタシはそこまで食い意地張ってないよ』

 

「さいで」

 

 そんな掛け合いを終えた俺は、下ろした一部の荷物を台所へと持っていき、昼飯の準備を始めることにした。

 

 現段階では調理器具もいくつか足りないものがあるため、簡易的な物しか作れない。調味料は以外にも多くあったが、タレやポン酢などの類いはない。醤油があったのは大きいが、個人的に刺身はポン酢派なのでいつか作ろうと思う。

 

 そんなこんなで考えた結果。俺は蛙丼を作ることにした。

 

 ……いや、言いたいことは分かるよ? 何でこの頭で考えた結果がそんな適当なもんなのかとか、蛙丼って聞くと一気に食欲なくなりそうとか。現に俺も思ってる。

 

 しかし、さっきふと思い出したのだが、以前小町発案の謎企画こと"嫁度対決"にて平塚先生が作っていた漢飯。あれが無性に食べたくなってきたのだ。要は簡単で美味しい物が食べたくなっただけですね、はい。

 

 そんな訳で、まずは下準備から。

 

 米俵から適当なカップを使って米を掬い、虫が紛れていないかの確認をする。野菜でもそうだが、管理している人間の目が行き届かない所にこういうのは居たりするのだ。精米したものだとしても見ずにそのまま洗ったり炊いたりしないように気をつけよう。

 

 虫を取り除いたら、答えを出す者(アンサー・トーカー)を使いながら洗米の開始だ。ここで面倒なのが発覚したのだが、この世界には日本で使っていたザル、ないしそれの代替品が存在しないとのことだ。何、ザルって実は近代品だったの?

 

 だが、文句を言ったところで無いものは仕方ない。後で作るとして、今はボウルで我慢しよう。因みに、ここでの大抵の調理道具は基本的に鉄製である為、非常に重い。米と水が入るので尚更だ。

 

 それでも俺は食べたい物を食べる為、白米水を流しながら洗っていく。なお、水は水道のではなくクリエイト・ウォーターで出したものだ。水道もちゃんと通っているが、和真曰く綺麗なので普通に飲めるし、浄水云々を気にしなくて済むからオススメらしい。他人のなら忌避感があるが、自分のだし、本当に綺麗で美味いから良しとした。

 

 出来るだけ溢れぬように洗い終えた米を炊飯器――なんて代物がある訳ないので、普通にそこら辺で買った土鍋に投入する。これを炊けばようやく米の完成となる。尤も、ほどほどに時間をかけないと変に焦げたりするのでそこは気をつけねばならないが。

 

 白米を入れた鍋に火を点けたところで、次の準備に入れる。俺一人であればこの後適当に肉を盛りつけたらそれで終わりなのだが、今は向こうにルナさんが居る。

 

 多分報酬とか、その他にももしかしたら用事があって来たのかもしれないので、そうなった時に何も出さないというのは流石に申し訳ない。

 

 なので、丼は確定だが、それ以外にも何かしら付けた方が良いと思って、俺は野菜を取り出す。トマトは……渡そうかな。俺食べないし。というか食べる気ないし。貰ったから罪悪感あるけど、嫌々食べられるより良いと思うんだ。

 

 俺の好き嫌いはさておいて、半ば押しつけられたに等しい野菜達を再びクリエイト・ウォーターを出しながら洗う。と言っても、軽く汚れとか払うだけだが。

 

 それを適当な皿に盛りつけていく。これにドレッシングをかければ出来上がりだ。ルナさんは……ドレッシングでも問題ないみたいだし、面倒だから先にかけておくか。

 

 野菜を作り終えたら、最後に大量に貰ったジャイアントトードの肉、通称蛙肉を取り出す。これを塩コショウで味付けしたのをご飯に乗せれば今日の昼飯が出来上がりだ。

 

「ハチマンさん? 一体何を……?」

 

 不意に、俺を呼ぶ声がしてそちらを振り返る。見れば、先程寝ていたルナさんだった。流石にもう起きたか。

 

「飯作ってます。良かったら食べていって下さい。大したもんは出せませんが」

 

「え、良いんですか? 勝手にお邪魔した上に食事まで……」

 

「一人増えたくらいじゃ変わりませんし、気にしなくて良いですよ。それに、用があって来たんでしょう?」

 

「それは、そうですが……」

 

 多分報酬の件で何かあったのだろう。ユキとしばらく眠るくらい疲れていたんだろうし、面倒事が起こってなければ良いのだが。

 

 ぐぅ~。

 

 ふと、何か可愛らしい音が聞こえてきた。チラッと横目に見れば、ルナさんが顔を赤くしてお腹を抑えている。となると、恐らく昼を食べる前に来ていたことになる。

 

 というか、ここで一人で食うのは流石に気が引ける。俺自身早く食べたくて堪らないので、ここは大人しく従ってもらおう。

 

「俺、腹減ってるんで早く食いたいんですよ。野菜、あっちに運んでくれますか?」

 

「……はい、分かりました」

 

「さっきの部屋で待っていて下さい。運んで行きますので」

 

「……ありがとうございます、ハチマンさん」

 

 そう言ってその場を後にしたルナさんを見送ったところで、俺は調理を再開する。米は炊けるまであと少しなので、先に肉の方を済ませてしまおうか。

 

 ジャイアントトードの肉をまず食べる分だけ切る。残りはフリーズで凍らしておいて、後で作る予定の冷蔵庫ないし冷凍庫にぶち込んでおこう。いや、ユキ達が生で食うかもしれんし、一部別で取っておくべきか……?

 

「っと、危ない危ない」

 

 俺が凍らすかどうか迷っていると、待望の白米が炊ける時間がきた。火を消して、自分用と壊れた時の予備として買っておいた茶碗を取り出して、それに盛る。

 

「……やっぱ、これが米だよなぁ」

 

 ホッカホカの白米には、所々お焦げがある。このお焦げがまた何とも言えない程に美味いというのを、かつて行った林間学校で初めて知ったが、食べるのを想像すると思わず涎が垂れそうになる。いかんいかん、はしたないはしたない。

 

 一旦ご飯を盛った茶碗を置いておいて、切った肉は油を引いたフライパンで焼く。焼き肉のタレを使えば平塚先生が以前作った漢飯が出来上がるが、ここにはないので塩胡椒で味付けだ。シンプルな味付けが、案外一番美味しかったりするのだ。

 

 そして、焼き上がったところで、その肉を油と共にご飯へと程よくかける。ルナさんの分はあまり油が入らないように注意して盛りつけなければな。

 

 乗せられなかった残りは別皿に盛り、全部移し終えたところでフライパンを適当に水を出して冷やしておく。

 

 ここでふと気づく。それは、飲み物についてだ。

 

 ここまでの過程において、使用した水は全て俺が魔法で生成した水だ。悪く言い換えれば、俺が出した水だ。字面的にとんでもないことになっているが、実際そうなのだ。

 

「……水道水は飲めるか?」

 

 俺は今日初めて水道水を出してみる。一応、透明な水だったので、試しに飲んでみた。

 

 ……自分が出した水の方が美味しいんだが、このもどかしさは何と言ったら良いのだろう。あれか、魔法で作ってるから美味いだろうか?

 

 まぁ良い。取りあえず、本人に聞けば済む話だ。どうせコップとか箸とかも持ってこないといけないし。最悪煮沸消毒したのを冷やして出せば良い。

 

 出来上がった料理とも呼べそうにないそれを二つとも持って先の部屋へと戻ると、そこには、ユキと戯れているルナさんがいた。

 

「あぁ……やっぱりモフモフして気持ちいい……」

 

『ねぇ、まだ撫でるの……?』

 

「……ルナさん」

 

「はっ!?」

 

 声をかけられたことで我に返ったルナさんは姿勢を正してこちらに向き直る。いや、急に正座されても困るんだが……。

 

「すみません、つい可愛くて……」

 

「いや、それに関してはあんまりしつこくなければユキも嫌がらないんで良いんですが……その、こっちの水事情を知らないんでお聞きしたいんですが、水道水は普通に飲むもんなんですか?」

 

「水道水ですか? いえ、一般家庭の水は胃に良くないので食器を洗ったりする為に使うのが主流です。ギルドは浄水設備が整っている水道を使っているので、皆さんにもお出ししておりますが……」

 

「そうですか……」

 

 どうやら飲むことを前提にはしていなかったようだ。浄水設備は整っていると思っていたが、まだ飲む程には設備が普及していないらしい。大人しくヤカンに水入れてくるか。

 

「あ、あとクリエイトウォーターは魔力が高い人が作った物程綺麗で美味しいので、私もたまに飲ませてもらいますよ」

 

「え、マジで?」

 

 魔力が高い人程、というのは知らなかった。……とすると、アレか? 俺の水ってひょっとしてかなり美味いものなのか? 今度和真に飲み比べてもらってみるか。

 

「じゃあ、飲み物は魔法で作った水で良いですか?」

 

「はい、それでお願いします」

 

 案外気にしないものなのだなと思いながら、俺は他の食器を取りに戻る。そういや、ルナさんって箸は……一応使えるって感じか。聞いておくか。

 

「ルナさん、箸は使えますか? 丼物なんで、もし食いにくければ別皿に分けたり、レンゲとか出しますが」

 

「その、ドンモノ? が何かは分かりませんが、箸でも大丈夫だと思いますよ。お気遣いありがとうございます」

 

「いえいえ、じゃあ、ちょっと取って来ますね」

 

 その後、机にそれぞれ食器を並べたところで、お互いに席に着く。四人席の机を買っておいて良かった。これで一人用しかなかったら流石に笑えない。

 

「これが、ドンモノ、ですか……」

 

「はい、俺の故郷じゃ、早い、安い、上手いの三拍子が揃った食べ物で有名です」

 

「そうなんですか……では、その、頂きます」

 

「どうぞ、召し上がって下さい」

 

 ルナさんはちゃんと食事の挨拶をしてから食べ始める。こちらにもちゃんとその概念があって安心するな。多分日本人が広めたんだろうけど。

 

「……! 凄い、美味しいですね。肉も米も、食べたことのあるものとは随分違います」

 

「それなら良かったです。あ、おかわりはあるんで遠慮せずに食べて大丈夫ですよ」

 

「そ、それは流石に気が引けるというか、何というか……あ、野菜も美味しい」

 

 何かルナさんが恍惚の笑みを浮かべているが、そこまで言う程だろうか。ぶっちゃけ、米以外はギルドで食べる料理とそんなに変わらないと思うだが……。

 

『ねーねー、それそんなに美味しいの~?』

 

 ふと、そんなルナさんの反応が気になったのか、鮃を食べていたはずのユキが近づいてきた。お前、まだ食うのか。

 

「まぁ、食いたいならあげるけど」

 

『食べる食べる!』

 

 ペットに甘い俺でした。こんなに優しいのに、何故カマクラには懐かれなかったのだろうか。単純に下に見られてただけですね。通常通りの俺でしたわ。

 

 その後、恥ずかしながらもおかわりを求めたルナさんが可愛かったこと以外は特に何事もなく食事が進んだ。やっぱ米が上手いと食が進むよね。俺も二杯食べたし、それが普通だと思うよ、うん。

 

 

 

 

 片付け終えて一服した後、俺は改めてルナさんに質問することにした。

 

「それで、ここに来たのってやっぱり報酬の件ですか?」

 

「はい。今朝、王都からの使者がやってきて、これを渡してこられました」

 

 ルナさんはそう言うと、ポケットから一枚の紙を取り出してこちらに渡してきた。見れば小切手のようで、真ん中辺りには走り書きで三億エリスと書かれていた。

 

「これが、今回貴方に支払われる特別報酬だそうです。あと、伝言を預かっています」

 

「伝言、ですか? 王都に来い、とかだったら行きませんよ、面倒ですし」

 

 この手の伝言は大抵自分の配下に置く為に招いて何かしらの方法で拘束、ってのが定石だ。俺はそもそも名誉とか要らないし、そもそも必要以上に働きたくないのでそういった厄介事は御免被りたい。

 

「えぇ!? 行かないんですか!? 勲章を授かれるんですよ!? 冒険者にとっては凄い名誉なことなのに!?」

 

 案の定、伝言は王都へ来いとの伝言だったそうで、凄い驚いている。しかし、そんなに驚くことなのだろうか。俺は別に騎士でもなければ、信念ある人間でもないというのに

 

「そんなの渡すくらいなら、他の魔王軍の幹部の情報をくれって言っといて下さい。こればっかりは、俺にも分からないんで」

 

 そう、実は魔王軍の幹部の情報は俺にはない。何故なら、俺の能力を使っても()()()()()のだ。ベルディアと相対した時も、姿を確認するまでは魔王軍の幹部とは分からなかったくらいだ。

 

 因みにこれは、アクアにも当てはまる。アイツの場合本人の性格が単調なこともあってある程度予測でも動けるが、詳しいことはやはり本人を見ないと分からない。

 

 恐らくだが、この能力はアクアのような女神や、魔王の加護を受けた魔王軍幹部には情報を見られないようにするフィルターみたいなものがあるのだと思う。

 

 そのため、大抵のことなら分かる俺が後手に回っているのが現状だ。打開策が見つからない以上、自力で何とかするしかない。全く、困ったものだ。

 

「……分かりました。王都の使者にはそう伝えておきます」

 

「お願いします。色々と迷惑かけてすみません」

 

「いえ、向こうも基本的に相手の意思を尊重すると仰っていたので、そう気にしなくても大丈夫ですよ」

 

「なら、良いですが」

 

 ただ、単独で魔王軍の幹部を倒せる存在を野放しに出来るだろうか。俺なら出来ない。だから多分、何らかの形で呼ばれるかもしれない。今度その時の為の準備でもしておくかな。

 

 その後は、何でもないような、他愛ない話をルナさんが俺にするという形で時間が過ぎていった。ほとんど聞くだけだったのであまり苦労がなかったが、俺なんかに話して楽しいのだろうか? そこだけは、よく分からなかった。

 

 ふと、どちらともなく壁に立てかけた時計を見れば、陽が傾く頃合となっていた。この後は本来仕事がないらしいが、一度ギルドに寄って俺の事を報告するそうだ。何か、仕事増やしてすんません……。

 

「それでは、そろそろお暇します。ご飯、とても美味しかったです。ありがとうございました」

 

「いえいえ、俺も色々と世話になりっぱなしだったんで、良い機会でした。……あと、お帰りになるならこれを」

 

 俺はそう言いながら、トマトが多めに入った野菜の袋と、ジャイアント・トードの肉が入った袋をそれぞれルナさんに手渡す。

 

「え、そんな!? 流石にこんなに貰うのは悪いですよ!」

 

「いえ、むしろ貰い過ぎたんで貰ってくれる助かるんで、持っていって下さい。……あと、これを」

 

 俺はそう言って、ポケットからある物を取り出して、彼女に手渡す。

 

「これは……?」

 

「日頃のお礼だと思って下さい。要らなければ捨てても構いません」

 

「いえそんなことは! ……ありがたく受け取らせて頂きます」

 

「そ、そうですか……」

 

 やけに強く言われたが、気に入ってくれたのなら選んだ甲斐があるというものだ。

 

「その、よろしければ、また話を聞いて頂けますか?」

 

 去り際、そんなことを問うてくるルナさん。

 

「俺でよければ、構いませんよ。ただ、急に来られると困るんで、これを渡しときます

 」

 

 俺はそう言って、こちらの言語で書いた俺の家の電話番号書いたメモを彼女に渡す。ここを斡旋してくれたし、緊急時の連絡もなるだろうからな。誰かに教えたりもしなさそうだから、問題もないだろう。

 

「今日はわざわざありがとうございました。今後も、よろしくお願いします」

 

「はい、こちらこそ、よろしくお願いしますね、ハチマンさん」

 

 お互いに別れの挨拶をしたところで、ルナさんはギルドへと帰っていった。

 

『おや、あの娘は帰ったのかい』

 

 不意に、後ろから声がかかる。誰、と疑問に思うことなく、セツのものだと分かったので、俺は振り向かずのその問いに答える。

 

「あぁ、ちょっと仕事をするからってな」

 

『へぇ、人間ってのは大変なんだね』

 

「どちらかと言うと、自ら大変な事にしてるんだけどな」

 

 そう思うと、人間って本質的に皆Mなんじゃないだろうかと思えてくる。何て救いの無い世界何だろう……。

 

『あと、()()は渡したのかい? 何か買ってたようだけど』

 

「……何で知ってるんですかね?」

 

 俺別にセツに見せた覚えないんだけど。俺とうとう猫にも思考が読まれ始めたの? 安寧の場所がなくて絶望するわ。

 

『お礼どうのとか呟いてたのが聞こえたからね。何だったんだい?』

 

「……秘密だ」

 

『そう。まぁ、別に良いけどね。それより、アタシャ腹が減ったよ』

 

「分かったよ。蟹は……食えないか。何食いたい?」

 

『鮭……と言いたいけど、無いだろうから何でも良いよ。疲れてるだろうしね』

 

「……助かる」

 

 本当、出来た猫だ。俺の親よりよく俺を見ているかもしれない。

 

「じゃあ、ジャイアント・トードで何か作るわ」

 

『美味しいのを頼むよ』

 

「はいはい、お任せあれ」

 

 その後、かなりの量あったジャイアント・トードをほとんど食べ尽くすのだが、それはまた別のお話。

 

 こうして俺は、馬小屋生活から脱し、新たな家で二匹の猫と共に過ごすこととなった。

 

 少しくらいは、平穏な生活が送れることを、期待したいものだ。

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

「フンフフンフンフーンフーン♩」

 

 楽しかった。多分、初めて彼と長い時間を過ごしたけれど、人生で一番楽しかったと言っても過言じゃないかもしれない。

 

 不思議な人だ。年下なのに、頼れる大人と喋っているようにも感じられるし、かと思えば、時々年相応の可愛らしい反応をする。何があったのかは分からないけれど、初めて会った時に見た瞳の濁りも今はない。ハッキリ言って、ただのイケメンだ。反則ではなかろうか。

 

「ルナさん、機嫌良いですね。何か良いことでもあったんですか?」

 

「ん? ちょっとね」

 

「ヒキガヤさんの所行かれてたんですよね。良いなぁ、私も行きたかったなぁ」

 

「ねー。昨日も優しかったし、見た目もカッコ良いし、おまけに凄く強いんでしょ? 付き合うならああいう人が良いなー」

 

「私もー」

 

 そんな同僚の発言に少し自分がムッとしてしまっているのが分かる。確かに、冒険者をするような人で、あそこまで私達に優しい人は少ない。たまに居ても、それは下心ありきのものであることが多い。だから、彼女達の発言も分からないではない。

 

「私らは接点ないんだし、押しかけちゃ駄目でしょ。それよりルナさん、その腕にあるのは、ひょっとして彼からの物だったりするのかな? 私、凄く気になるんだけど」

 

 そう言って、ニヤニヤしながら私の腕を見るのは、同僚の中で最も付きあいが長い子だった。基本良い子なのだが、こと恋愛絡みの話になるとかなり性格が悪くなる。

 

「えぇ!? そうなんですか!?」

 

「どんなの貰ったんですか、ルナさん!」

 

 でもまぁ、今の私は気分が良い。話に乗ってあげるのも、吝かではないわ。

 

「これです。ハチマンさんから、日頃のお礼にって貰ったのは」

 

 そう、何よりも嬉しいのは、彼からプレゼントを貰えたことだ。何の石かは分からないけれど、凄く綺麗な石が並べられたブレスレッドだった。特に一番大きな石は、透き通る琥珀色が魅力的だ。

 

「……ちょっと待って。これ、身代わりの石じゃない? 凄く高いので有名なやつ」

 

「え?」

 

 身代わりの石。それは、高い魔力を長い時間かけることによって出来る石だ。その効果は文字通り、所有者の身を一度だけ守るという、シンプルなものだが、並みの冒険者では手が出ない程に高価なことでも有名なものだ。

 

 それが分かった瞬間、頬が熱くなったのが、嫌でも分かった。

 

 ……恨みますよ、ハチマンさん。

 

「……これ、脈ありなんじゃないんですか、ルナさん」

 

「普通、こんな高価な物、お礼にって渡しますか?」

 

「これ、もう好きですって言ってるも同然じゃない?」

 

 そんな私を見て、彼女達は好き放題言ってくる。勿論、そうであったなら、どれだけ嬉しいか。

 

「……どうでしょう。ただ――」

 

 一つだけ、彼について断言出来ることがある。

 

「ただ?」

 

 彼女達は思わないのだろうか。普通に考えれば、極自然に辿り着く答なのに。

 

「――彼が普通かと聞かれたら、返答に少し困ります……」

 

「……あぁ」

 

 結局、このプレゼントは”彼にとって”普通のプレゼントということになった。好意による物であることは分かるのだが、そこに秘められた感情は分かりそうになかったのだ。

 

 もし次に何か貰えるのなら、彼は一体どんなものをくれるのだろうか。

 

 そんなことを考えながら、私は一足先に夕暮れの帰路についた。

 

 途中鏡に映った私の顔が赤かったのは、夕陽の所為だけではないはずだ。




いかがでしたでしょうか?
私自身あまり見ない、ルナさんとの掛け合いがメインとなっておりますが、たまにはあの人にも焦点が当てられても良いと思うんだ。いい人そうだし。若干料理教室みたいなの混じったけど。因みに私は基本的にソース類が苦手なので野菜も塩をかけて食べます(どうでもいい)
あと、身代わりの石はオリジナルアイテムです。ブレスレッドに嵌める程度の大きさだけど、ウィズの店で売ってるマナタイト並みに高いって設定にしてます。八幡ってこういうアイテムあったら親しい人全員にあげそうな気がするのは、果たして私だけだろうか。
今回の話は前書きで書いた"比企谷八幡もやはり人の子である"を編集し、一部中身を新規で追加したものとなっています。めぐみんの方もちゃんとやるけど、もうちょっと待って下さい。
意見・感想・誤字報告等、お待ちしております。
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