この素晴らしい世界に本物を!   作:気分屋トモ

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やぁ。結局他県の大学に行くことになって引っ越しの準備で手間取って加筆修正が中々出来なかった作者です。忘れられてないかな?
いや本当、まだ引っ越してないけど、準備だけでも大変ですね。葛飾北斎は何を思ってこんな重労働を頻繁に繰り返していたのだろうか。私には到底理解出来そうにないですね。
そんな作者の事情はともかくとして、今回は”比企谷八幡もやはり人の子である”の後半と、”そうして彼は、静かに夢を見る”を再編集して作っためぐみん回です。ルナさんも結構時間かかったけど、こっちのがダントツだったね。計画立てても遂行出来た試しがないってんで基本無計画ですが、今回ばかりは計画立てた方が良かったと思いました。皆さんは気をつけましょう。
長く語ってもあれなので、前書きはこの辺で。
それではどうぞ、ご覧あれ。


番外編 めぐみんとの一日

「セツ、ちょっと夕方まで出かけてくるから、留守番頼むわ」

 

 ベルディアを倒してから数日経ったある日、俺は普段着ている黒のローブではなく、白の上着と茶色のズボン、更に眼鏡をかけた変装状態で家を出ようとしていた。

 

『おや、珍しいね。アンタが私服で朝から出かけるなんて。何か厄介事かい?』

 

 我が家の飼い猫であるセツは、そんな俺の姿を見てかなり驚いている様子だ。いやまぁ、確かに出不精の自覚あるけどさ。何で厄介事前提なんですかね?

 

『だってアンタ、朝から私服で家を出たことなんてなかったじゃないか』

 

「……確かにそうだな」

 

 思えば、この世界に来てから早起きこそするようになったものの、それは依頼とかで移動に時間がかかることが多いからだし、その時は大抵ウィズさんから貰ったローブを着ている。私服で家を出るのは、読む本がなくなった時か、コイツらの食料を買いにちょっと出かける時くらいだ。それも、大体昼か夕方にだ。

 

 そう考えると、朝から出かける俺の姿はかなり珍しいのではないか? いや、どんだけ出不精なんだよ俺。納得しちゃったじゃん。実際その通りだけれども。

 

「……でも、今回はちょっとした野暮用みたいなもんだ。気にしなくても大丈夫だぞ」

 

 ただ、厄介事か、と言われると少し違う。いや、相手からしたら厄介事かもしれんが、それは俺の知るところではない。

 

 何せ今回は、相手に俺が頼むという珍しい状況なのだから。

 

『ふーん、まぁいいや。アタシは寝るよ。夕飯は鰹で頼むよ』

 

「鰹な、了解」

 

 セツはそんな俺の心境を察してか、はたまた純粋に眠いだけか。そう言って夕飯のリクエストを言うと寝床へと戻っていった。あの寝床、随分気に入ってんのな。

 

『ん~? 出かけるの~?』

 

 そう思いながら外へ出ようとした時、ユキから声がかかる。寝起きなのか、まだ寝ぼけた様子で近寄って来る。

 

「あぁ、ちょっとな。夕方には戻るから、家で留守番しててくれるか?」

 

『え~、僕も着いて行っちゃ駄目なの?』

 

 家で留守場してもらいたい意思を伝えるが、ユキは俺に着いて来たいようで少し残念そうだ。飼い主的には嬉しいものだが、今日はちと都合が悪いからな。大人しくてしていてもらわねばならない。

 

「あー……今日はちょっと駄目だな。帰りに何か美味しいモンでも買って帰るから、今日は大人しくしててくれないか?」

 

『えー……じゃああれ! この前見た何か肉を棒に巻いてるやつが欲しい!』

 

「え、何それ、ケバブ?」

 

『分かんない!』

 

 聞く限りでは恐らくケバブなのだが……。そうだよな、よくよく考えたらここ結構日本人来てるらしいし、不思議でもないか。そういや、露店街で見たことあるような……後で探そう。我慢してもらう代わりだ。

 

「じゃあその肉買ってきてやるから、今日はお留守番頼むな」

 

『分かったー。お母さんとゴロゴロしとくー』

 

「そうしとけ。じゃ、行って来る」

 

 俺は軽くユキの顎を撫でてやってから家を出る。

 

「ライト・オブ・リフレクション」

 

 俺は認識阻害魔法を忘れず自分に付与してから、昨日待ち合わせをした場所へとゆっくり歩を進める。確か、露店街の近くだったな。

 

 ……自分から頼んどいてアレだが、不安だなぁ……。

 

 

 

 

 約束、といっても実際にはただの頼み事なのだが、待ち合わせをしている以上相手を待たせるのは忍びない。それは、俺でなくとも思うだろう。だから、もし俺が遅刻をしているのならば、それはきっと俺に怒っても良い正当な理由となるだろう。

 

 だが、と俺は空を見る。雲の少ない晴天には、普段より輝きを増しているかのような太陽が光を放っている。場所はおおよそ北東。待ち合わせ時間には些か早い。

 

 けれど、目の前の彼女はそうは思っていないらしく、俺を睨みつけては頬を膨らましている。

 

「遅いですよ、ハチマン。一体何をしていたのですか」

 

「いや、遅いって言ってもな……俺、別に遅刻してはないんだけど……」

 

「私より遅ければそれは遅刻になるのです。女性を待たせるとは、男としてどうなんですか? そんな男はカズマだけで十分です」

 

「いやお前、女性って言う程大人か?」

 

 そう言いながら、俺は待ち合わせの相手である、めぐみんの体を見る。

 

 この世界では成人と見なされる基準が前世より低い。モンスターや悪魔が居る世界だから、寿命が短いのも要因の一つかもしれないが、それにしてもコイツの場合マジで子供にしか見えない。どこがとは言わないが。

 

「おい、私の見た目に文句があるなら聞こうじゃないか。何なら爆裂魔法でもぶちかましてやりましょうか?」

 

「それ以上の報復が恐らく待っているが、それでもやるか?」

 

「……遠慮しておきます」

 

「素直でよろしい」

 

 さて、多分問題に出さなくとも相手が誰だということくらいは分かるとは思うが、もし分からない人の為に一応正解を言っておくと、先日俺が爆裂魔法を会得してしまった所為で我がパーティきっての爆裂娘ではなくなっためぐみんだ。いや、娘だから別に良いのか? まぁどっちでもいいか。

 

「……というか、最初は本当に誰かと思いましたよ。何ですか、その恰好」

 

「まぁ、そう見えるように選んだ服だしな、コレ」

 

 めぐみんは俺の珍しい服装をジト目で見ている。何、俺がこういう服着ちゃいけないのん?

 

「おまけに眼鏡も……何か無駄に恰好良く見えるので腹が立ちますね」

 

「何でそんなこと言われにゃならんのだ……」

 

 いや本当、理不尽極まりない。俺じゃなかったら泣いてるぞ。

 

「まぁお前より遅れたのは悪かったよ。何か奢ってやるから勘弁してくれ、めぐみん」

 

「しょうがないですね……。では行きましょうでは行きましょう()()()()()

 

 めぐみんは俺をそう呼ぶと手を繋いでくる。女の子だけあって例に漏れず、めぐみんの手は柔らかかった。

 

 そう、この呼び方。この行動こそが俺が彼女に頼んだ内容。

 

 一日だけ俺を兄のように慕ってくれ、という傍から見れば変態の烙印を押したくなるような"頼み事"だ。

 

「あの……結構これ恥ずかしいんですが……」

 

「……俺もだ」

 

「……」

 

「……離すか」

 

「……いえ、大丈夫です」

 

 まぁ、両者共に挙動不審だから、変態というよりは変人に見られそうだがな。

 

 

 

 

 めぐみんと手を繋いだり離したりと、傍から見ても俺達から見ても意味不明な行動をしている間に、ここまでの経緯を話すとしよう。

 

 先日、めぐみんが原因でお怒りだったベルディアを代わって俺が倒したところ、お礼に何かさせてくれとマンガでよく見るテンプレの状態が発生した。まぁ。俺自身絵に描いたようなチート野郎だから盛大なブーメランになるので、それは置いておこう。

 

 内容が酷いのには理由がある。それはもう、どうしようもないくらいに切羽詰まった理由が。

 

 そう、俺の行動力の言動、妹である小町との触れ合いが足りないのだ。

 

 ……うん、自分でも大分ヤバい状態になってるとは自覚してる。

 

 ただ、これは別に小町に限った話ではないのだ。あの部屋も、紅茶の香りも、かけがえのない二人も、会いたくて仕方がないのだ。

 

 ここに来てもう約一か月。ケンカして口を利かない日があったとしても家じゃ普通に会うし、奉仕部が瓦解しそうになった時だって会いはしていた。だから問題がなかったのだ。

 

 だが、今回は勝手が違う。本当に、彼女達と会えないのだ。どれだけ願おうと、現時点ではどうやっても彼女達に会えない。

 

 その現実が堪らなく俺を悩ませる。気がついたらあの三人の写真を眺めていたりもする。全く、孤高でクールな俺はどこに行ったのやら。

 

 ただ、それで雪ノ下達は何とかなっている。だが、小町は違うのだ。

 

 小町の写真を、俺は今持ち合わせていない。流石に小町の写真を普段から持ち歩くことなかったし、その代わりにと写真を保存していた携帯も今はない。つまり、小町の姿を見ることすら出来ないのだ。

 

 いや、本当、冗談抜きで辛い。それなりにシスコンだと思っていたが、まさかここまでとは思いもしなかった。

 

 けれど、今はどうにも出来ない以上、何とかしなければならなかった。そこでめぐみんの登場だ。

 

 パーティ内ではそこそこの常識人のめぐみんだ。爆裂魔法の話か中二っぽい話をしなければ大抵は普通にいてくれる。だから、彼女には今回年下というのも考慮して少しだけ俺の”妹”として接してくれと頼んだのだ。

 

 ……のだが。

 

「……すまん。頼んどいて何だが、やっぱ普通に接してくれ」

 

「……その方がこちらとしても嬉しいです。お礼をしようと頼むんじゃなかったと、少し思っています」

 

 かなりの羞恥心と圧倒的これじゃない感が凄くてお兄ちゃん呼びはやめて頂いた。やっぱ俺の妹は小町だけなんだな! 会えない現実が辛すぎる。

 

「でも……なら私は何をすれば良いのでしょうか?」

 

 そんな気まずさを嫌ってか、めぐみんはこれからのことを俺に問う。だが、その問に対する答が、今は用意出来ていない。

 

「……正直、こういうのに慣れてないから、どうしていいか分からん」

 

 苦し紛れに吐いた言葉は、どうもばつが悪い。どうやら本当に俺は参っているらしい。

 

 そんな俺の返答にめぐみんは溜息を吐く。何かごめんな、こんなので。

 

「……しょうがないですね。良いでしょう、元はお礼の為です。ハチマンの為に、一肌脱ぐとしましょう」

 

「え、何かしてくれんの?」

 

 てっきり呆れて帰るのかと思ったが、どうもそうではないらしい。自分で言うのも何だが、俺だったら帰る自信があるぞ、俺みたいな奴。

 

「当たり前です。助けられたお礼なんですから、今度は私が助ける番ですよ」

 

 しかしめぐみんは、何の気なしにそんな言葉をかけてくれる。その言葉が、不思議と俺の心にスッと入ってきたような気がした。

 

「まぁ、どうなるかは分かりませんが」

 

「……そこはカッコつけないんだな」

 

「ハッ!? 私としたことが……」

 

 俺の指摘にめぐみんは自分がカッコつけていないことに気づいたらしい。まぁ、それだけ真剣に考えてくれていたのかもしれんがな。

 

「……ありがとよ」

 

「? 何か言いましたか?」

 

 聞こえない程度に、俺はお礼を言う。めぐみんは俺の呟きが聞き取れなくて聞き返すが、それを言う気はさらさらない。

 

「いや、何でもない。ほれ、行くぞ。何か買ってやる」

 

「良いのですか? 私がお礼をする方なのに……」

 

「良いんだよ。今はただ……そうだな、普通に接してくれ」

 

 そう言って、俺はめぐみんの頭を撫でてやる。小町にやってやるように、優しく、痛くならないように。

 

「……そこまで言うのであれば、お言葉に甘えるとしましょう。高くついても知りませんよ?」

 

 フフンと、得意げに笑みを浮かべながら、めぐみんはそう言った。

 

「安心しろ。生憎と俺は金の使いどころがなくてここ一か月の収入がかなり貯まってるんだ。この街で買ってやれん物は、多分そうないぞ?」

 

「言いましたね? では、遠慮なくねだりますよ」

 

「おう、ドンと来い」

 

 俺は胸を張ってそう答えて、笑う。久しぶりに、笑顔になった気がするな。

 

 さて、久しぶりにお兄ちゃんスキルでも発動させますかね。

 

 そう思った俺の心は、少しだけ軽くなった気がする。

 

 

 

 

 露店街の活気はそれなりに賑やかなものだった。

 

 めぐみんと共にここに来た俺は辺りを見渡しながらその様子を見て思う。財布の紐の緩み時なのか、客は少々高い値段の商品でも惜しげもなく買っていくため、店側はさぞ儲けていることだろう。客に対する笑顔も普段の三割増しくらいな気がする。

 

「魔王軍幹部の討伐成功を祝うだけあって、やはり凄い賑わっていますね。まぁ、無理もありませんが」

 

「そうなのか?」

 

 めぐみんは彼らを見てそう呟くが、俺にはその辺りは少し共感しかねる。確かに初心者殺しな相手ではあったが、対策を立てれば倒せた相手のような気もする。けらどそれは俺がチート持ちだから言えるのかもしれないので強くは言えない。

 

「今まで数々の名を立てた勇者も、皆奴にやられた所為で国も中々討伐を試みることが出来なかったそうです。実際、この街に住んでいた有名な魔法使いも、奴に殺されたと聞いています」

 

「ほう、そんな強かったのかアイツ」

 

 戦った感じ精々タフだなーくらいにしか思ってなかったが、この世界の認識とはどうも異なるなるらしい。まぁ、そこはもう慣れていくしかないな。

 

「それで、何か欲しいもんでもあるか? あと、何か棒に肉巻いて焼いてあるやつあったら教えてくれ。ユキへのお土産に買わねばならん」

 

「あぁ、もしかしてケバブのことですか? 確か、昔どこからか来た冒険者がそれを作ってたのを販売してから広まった食べ物ですよね。あれって美味しいんですか?」

 

「いや、分からんけど……」

 

 しかし、名前やっぱケバブなんだ……。まぁ、その方が混乱せずに済むし気にしないことにしよう。一度食ってみたかったしな。

 

「そうですね……とりあえずあれが欲しいです、ハチマン」

 

 めぐみんがそう言って指差すのは、香ばしい香りを周囲に漂わせて道行く人を誘惑していたジャンクフードの店のようだ。店先には数人の客と、イカっぽいものを焼いたものを売っている。

 

「お、良いなあれ」

 

「一緒に並びましょうか」

 

 という訳で俺達はその最後尾にならんでその美味しそうな物を眺める。店の上には”採れたて新鮮な焼きイカ”と書かれている。え、何その山菜みたいな書き込み。釣りたてじゃないの?

 

 しかし、よく考えればキャベツが飛んでいる時点でお察しな訳で、俺の基準で考えるべきことではないのだろう。まぁ気になるから聞いてみよう。

 

「なぁめぐみん。イカってどこで採れるんだ?」

 

「イカですか? そうですね、栄養豊富な土地であれば栽培は出来ますから結構色んな所で採れますよ」

 

「え、イカって畑で採れんの?」

 

 何そのシュール過ぎる状態。あれか、形状的に土からエンペラでも覗いてんのか? となるとゲソが根っこ代わりか……。何か一気に食いたくなくなったな。

 

「ほら、それより次ですよ、ハチマン」

 

「あ、あぁ」

 

 俺がカルチャーショックを受けている間にどうやら順番が来たらしい。意識を前に向けると、つるっ禿の頭にねじりハチマキを巻いた髭の濃いオッサンがせっせとイカを串にさして焼いているのが目に入る。香りといい見た目といい、あっちと何ら変わりないように見えるが……味はどうなんだろうか。

 

「ヘイラッシャイッ! ……っと? アンタ、もしかして”黒氷”かい?」

 

「そうですよ」

 

「え、何バレらしてんの?」

 

 イカに怪訝な目を向けていると、店主は俺の方を向いて声をかけてくる。しかも、恥ずかしい二つ名で。それに、何故かめぐみんが答えたことで、会話が成立してしまった。

 

「やっぱりか! 黒の服じゃないから違うかと思ったが、その頭のテッペンにある変な癖ッ毛を見たらそうじゃないかと思ってな。お忍びでデートかい?」

 

「違う。というか変装の意味なかったんだけど……」

 

 折角変装したのに、バレたらこれただのファッションじゃん。伊達眼鏡とか超ハズいじゃん。何か由比ヶ浜みたいな口調になりつつあるな。気をつけよう。

 

 しかし誰だよ広めたの。後で探して絶対問い詰めてやる。

 

「まぁ良いじゃねぇか! ホレ、アンタにゃサービスだ! お嬢ちゃんの分と合わせて二本、熱いうちに食べてくれ!」

 

 ガッハッハッと豪快に笑いながら店主は焼きたてのイカを二本俺に差し出してきた。

 

「いえ、ちゃんと払いますよ。いくらですか?」

 

 正直なところ、何かしてくれたから何かする、というような行為は些か納得し難い。行いが良ければ人が良い、なんてことが必ずしもあるとは限らない。だから、その人間に善行を働くべしとも思わない。何より、対価は払うべきもんだ。

 

「遠慮すんなって! 英雄さんが一言"ここの店のモンは美味い"って言ってくれるだけで充分儲けられるんだから! それに、俺も感謝してるんだぜ?」

 

「それ俺がここに居るのバレるんですが……分かりましたよ」

 

 能力で余程強く断らない限り無理だと分かった俺は、それを受け取ることにした。

 

「……ありがとうございます、店主さん」

 

「ありがとうございます」

 

 俺は店主にお礼を言って一本めぐみんに渡してイカをかじる。四、五回咀嚼して飲み込むと体の中に旨味が伝わっていくような錯覚を覚えた。

 

「……美味い」

 

 醤油のような濃く香る味と、俺の知っているイカ特有の歯応えが、まさしくこれが焼きイカだと思わせる。昼飯を食っていないのも相まって、更に更にと俺はイカをかじらずにはいられない。

 

 その後数分と経たずに焼きイカを食い終わった俺は、お礼に彼が最も求めているであろう言葉を投げかける。

 

「……今まで食った焼きイカで、一番美味かったです」

 

「おう、あんがとさん! また来てくれよな!」

 

 俺の言葉に、店主はグッと笑顔でサムズアップしてくれる。俺はそれに礼をして応えてその場を後にする。後ろから聞こえてくる呼び込みの言葉には"黒氷も絶賛"という言葉がつけ加えられていた。

 

「ふぉのふょうひょうなりゃほひゃのみへぇでもふぁーびすしへぇくりぇふぉーでふぅね」

 

「食べるか喋るかどっちかにしなさい」

 

 隣で焼きイカを頬張りながら喋ろうとしためぐみんだが、生憎あれには何一つ内容が伝わってこない。能力を使えば聞き取れるが、こんなことに能力を使うのも馬鹿らしい。

 

 んぐっと飲み込むと、彼女は先ほど言いたかったことを再び繰り返す。

 

「この状況なら他の店でもサービスしてくれそうですね」

 

「あぁ、そう言ってたのな……。まぁ、確かにしてくれそうだが、別にそれに(あやか)ろうとは思ってないぞ?」

 

 さっきは勢いで渡されてしまったが、基本的に俺は養われたいが施しは受けない主義なのだ。他人を養えるレベルの金を今朝貰ったばかりだけどな。

 

「少々なら大丈夫ですよ。さぁ、次はあちらへ行きましょう」

 

「はいよ」

 

 めぐみんは次なる目標を見つけるとテトテトと小鳥のように歩き出す。そんな後ろ姿を見ながら俺もついていく。

 

 さて、次は何をねだるのやら。

 

 

 

 

「これ下さい」

 

「あいよ! サービスしといたよ、黒氷さん!」

 

「それ下さい」

 

「あら、黒氷様じゃないですか! どうぞどうぞ、たんまり持っていって下さいな!」

 

「それを……」

 

「黒氷かい? ほれ、うちからもサービスだ! 持っていきな!」

 

 イカ焼き店から別の店を転々と移動してから数分。俺とめぐみんの手元には各店舗からのサービスで貰った食べ物が溢れんばかりに持たされていた。

 

「めぐみん」

 

「はい、何でしょうか? 今、目の前が綿菓子で塞がれてよく見えないのですが」

 

 チラリと横にいるめぐみんを見れば前世で見た物と何ら変わらぬ見た目をした細い棒に巻かれたやけにデカい綿菓子を食べながら歩いている。腕にはジャイアントトードを使った肉まんやら何やらが入った手持ち袋をひっかけているが、痛くはないのだろうか。生憎こちらも両手が塞がってるからどうしようもないが。

 

「……何で皆俺が"黒氷"とやらと分かるんだ? 変装もしてるのに」

 

 そう、そもそもほとんど喋ったこともないような人々に、魔王軍幹部を倒した英雄と認識されているからこそ、こんなことが起こっているのだ。普段なら「え、いたの?」くらいの扱いなのに、今日に限ってはそれが全くない。

 

「そりゃあ、まず黒眼黒髪が珍しいからですよ。あと、アホ毛もありますし、普段の姿を見れば一発でハチマンだと分かりますよ?」

 

「あらやだびっくり。ブラッキー先生じゃないよ俺?」

 

 確かに服装は好み的な問題で真っ黒だけれども。別に二年間も電子世界にリンクしてないし、ましてや数多の女の子を(たぶら)かしたりもしてない。

 

「ブラッキー先生とやらが誰かは知りませんが、ハチマンは割と特定しやすい格好をしてますよ? カズマみたく一般人っぽい顔でもありませんし」

 

「ナチュラルに和真を弄るのはやめてあげなさい……」

 

 ほんと、俺が居たたまれなくなるじゃないか。確かにアイツ、分類的には大山みたいだしな。特徴がないのが特徴みたいな。俺にはもはやアイデンティティーとも言える腐り眼が……ん?

 

「そういえばお前もだが、最近俺のこと眼が腐ってるとか言わなくなったよな」

 

 思えばこの世界に来て、お前の眼はヤバイだの腐ってるだの言われた覚えが結構少ない。何故だろう。

 

「眼、ですか? 確かに、最初会った時はどこの暗殺者(アサシン)かと思いましたが、今はかなり落ち着いたというか、むしろカッコイイ眼になってますよ。輪がいっぱいありますし」

 

「輪がいっぱい……あぁ、なるほど」

 

 そこで俺はようやく思い至る。そうだ、俺は今答えを出す者(アンサー・トーカー)の所持者だ。つまり、俺の眼は清麿やデュフォーのように輪廻眼っぽくなっているのだろう。

 

 え、じゃあ何。俺は腐り眼を、アイデンティティーがクライシスした状態になっていたのか。普段鏡見ないから気づかなかったな……。ちょっとショックだな。

 

「しかしあれですね。正直こんなことになるとは全く予想してませんでした」

 

「あぁ、それは同感だ」

 

 手元の荷物を見ながら確かに、と俺は思う。迫害や拒絶をされることはあっても、親切や恩恵を受けたことはなかったからな。何と言ったら良いか分からんが、非常にむず痒い気分だ。

 

 ……アイツらがいれば、さぞ驚いただろうな。

 

「……どうしたのですか?」

 

 ふと、気づけばめぐみんが首を傾げながらこちらを覗いていた。そのあどけなさが、どこか小町に似ているような気がしたのは、多分疲れているんだろう。

 

「……いや、何でもない。それよりどうする、どこかで休憩するか?」

 

 首を横に振りながら先程の考えを振り払う。今こんなことを考えても仕方ないからな。

 

「そうですね。どこかこの大荷物を置ける場所でもあれば良いのですが……」

 

「……まぁ、ないよな」

 

 今、俺達の周りには多くの人々が溢れている。もう昼を過ぎて幾許(いくばく)か経ってはいるが、その熱気と喧騒が止むのはもう少し先だろう。そう思うくらい、露店街は人々でひしめきあっている。

 

「困りましたね……これでは買い物が出来ません」

 

 本当に、今日は色々と面倒事が重なる。これも全部アクアの所為なら、流石の俺でもキレるぞ。氷が効かないから多分爆裂魔法かその辺りをぶちかますだろうな。

 

 ふと、魔法という単語で一つ閃く。そういえば最近、新しく取得した便利な魔法があったのだ。街中で使うのは気が引けるものだが、人目のない所に行けば問題なかろう。

 

「……めぐみん、少し人のいない場所に行くぞ」

 

「え、何故ですか?」

 

「荷物を置く為にちょっとな」

 

 俺は人波を縫うようにスイスイと抜けて裏路地へと歩いていく。めぐみんも重たい荷物に動きを制限されてはいるが、遅れながらもきちんと着いて来る。

 

 雑踏が聞こえないくらいの閑散とした場所で立ち止まり、俺は魔法を使う為の準備をその場に施す。

 

「ハチマン、何をするんですか?」

 

「ん? あぁ、テレポートだ。お前も知ってるだろ?」

 

「知ってますが……使えましたっけ?」

 

「一応な」

 

 そう、俺が思い出したのはファンタジーお馴染みの移動魔法、テレポートだ。この世界でも勿論存在し、何ならテレポート屋とやらでテレポートを使えない人間も都市移動が出来るくらいには利用されている。

 

 しかしこの魔法、実は少しだけ使い勝手が悪い。というのも、テレポートは移動条件として視界に入っているか、自身がテレポート先と設定した場所でないと使えない。俺は普段街を歩かんから、街には家以外に設定場所がない。そのため、帰りは楽だが行きは割と面倒なのだ。

 

 という訳で、俺が先程施したのはテレポート用のマーカーだ。これで、荷物を俺の家に置いて帰ってくるという算段だ。マジ魔法って便利。

 

「……何故でしょう。ハチマンがどんどん人間離れしているような気がします」

 

「頭おかしくないだけマシだ。じゃ、ちょっと置いてくる」

 

「ちょっ……!?」

 

 それだけ言うと俺はテレポート発動させる。多分めぐみんは何か言いたかっただろうが、逃げるが勝ち、三十六計逃げるにしかずだ。

 

 家の前に瞬時にテレポートした俺は少し前に出た新居へ再び入る。何か、新居って響き良いな。勝ち組感が凄い。しかし、夢は叶わず。専業主夫への道はきっとまだ長い。

 

『おや、早いね。もう用は済んだのかい?』

 

「おう、セツか」

 

 入ってまず目に入ったのはデカくなって寛いでるセツ。一応デカくても家の中で過ごせるような家にしたが、どうやらそれが良かったらしい。普段より三割増しでだらけてやがる。

 

「いや、ちょっとかさばった荷物を置きに来ただけだ。あ、お前らこれ食っても良いぞ。魚は無いが」

 

『なんだい、魚は無いのかい。まぁ、美味そうな匂いするから食べるけどね』

 

「食べるは食べんのな……ユキにも食べて良いって言っといてくれ。今何か居ないみたいだし」

 

『あいよ。ユキなら多分今寝てんじゃないのかね?』

 

 俺は食べやすいように袋から出すとセツ達の飯皿に入れながら聞く。寝る子は育つというがコイツらの場合成長するとマジでデカくなるんだよな。因みに皿は新調したペット皿、しかも俺の体よりもデカいビックサイズだ。これから毎日これならエンゲル係数上昇待ったなしだな。笑えねぇなおい。

 

「さて、戻るか、っと」

 

「ぬぉぉぉぉ!? な、何奴ゥ!?」

 

 一人呟いて俺は元の場所に戻る。急に目の前に現れたからか、めぐみんは俺の姿を見て超ビックリしてる。状況が状況だからあれだけど、普段だったら流石に傷つくよ? あと女の子が出すべきじゃない声出てるよ?

 

「あ、ハチマンでしたか。驚かさないで下さいよ。危うく爆裂魔法撃つところだったじゃないですか」

 

「驚かしたのは謝るが、その場合多分お前が犯罪者として完全にマークされるが?」

 

「大丈夫です。その場合黒幕はハチマンだと言い続けますから」

 

「何も大丈夫じゃないんだよなぁ……」

 

 それただの道連れだしね。俺太宰とかじゃないし、心中とかしたくないよ?

 

「まぁいい。それよりほれ」

 

「……?」

 

 呆れて返しつつ、俺はめぐみんに片手を差し出す。手、顔を順に繰り返し見るが、めぐみんは意図が分からなかったのか首を傾げている。え、分かんない?

 

「荷物持つから貸せ。そのままじゃ動きにくいんだろ?」

 

「……あぁ、なるほど」

 

 少し間をおいてめぐみんはようやく俺に荷物を渡す。うん、自分で貸せって言っておいて何だけど、普通全部渡す? 振り出しに戻ったんだけど。俺の感性が違うだけ? そこどうなのか誰か教えて欲しいです。

 

「これがタラシの能力ですか……」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「いえ、特に何も。では行きましょうか」

 

 めぐみんは何かしら呟いたようだが、手元の袋が擦れる音でイマイチ聞き取れなかった。まぁ、本人は気にしてないし、別に良いか。

 

「へいへい……。あ、これ食って量減らして良いか?」

 

「良いかも何も、元々はハチマンに対する店側からのお礼の物です。自由に食べて構いませんよ」

 

「じゃ、そうするわ」

 

 許可を貰ってから俺は歩きつつ一番食べやすい位置にあった肉まんらしきものを頬張る。うむ、美味い。タダ飯マジ最高だわ。

 

「……行儀が悪いんじゃなかったんですか」

 

「俺は元々教育が悪かったからな。お前は発育が悪いようだが」

 

「何ですか私の体に文句があるなら聞こうじゃないか!」

 

「冗談だ」

 

 その後も俺は肉まんやら何やらをリスよろしく頬張りつつ、モソモソ食べながら歩き、めぐみんは俺にからかわれながら目的のある店まで案内をすることとなった。

 

 しかしなんだ。親切ってのは、案外美味いもんなんだな。

 

 そう思いながら、俺はまた一つと袋から肉まんを取り出す。

 

 

 

 

「それで、お前は結局何が欲しいんだ?」

 

 めぐみんに案内されながら、俺は段々と人気の感じられない場所を歩いていた。めぐみんも俺の前をひょこひょこ歩いている。

 

 荷物となっていた食べ物は大体俺が食ったので、今は紙袋四つ分くらいには量が減っている。しばらくは油物は遠慮したいところだ。

 

「実は以前杖を新調した店にあったローブかあるのですが、中々どうして、我ら紅魔族の感性を惹くようなものがあるのですよ」

 

「紅魔族の感性、か……」

 

 こう言えば聞こえはいいのだが、実際ただの中二病と変わらんからな、コイツらの種族。めぐみんが普段付けている眼帯だって、本人曰くオシャレらしいし、自己紹介も前世(あっち)じゃ痛い人扱いされるような口上付きだし。まぁ、嫌いじゃないけどよ。

 

「ただその、少々値が張りまして。杖もローブもという訳にはいかなかったので、お金が貯まったらいつかまた来ようと思っていたのです」

 

「それで、奢ってくれる今日にしようとした訳か」

 

「といっても、本当に高いので半分程で良いので援助して頂ければ、と思ってます。いずれ返しますので」

 

 めぐみんは本当に遠慮気味にこちらへ頼んでくる。普段ならその図々しさをもって頼むだろうに、今回はやけに控えめだ。

 

「何、そんな高いの?」

 

「少なくとも駆け出し冒険者向けではないように思います」

 

 そう言われてはたと思い出す。よく考えれば、俺はまだ駆け出し冒険者の部類に入るんだったな。ここ、まだ来て一ヶ月と少しだし。そう考えると、普通はあんまり金を持ってないんだよな。

 

 まぁ、そこは少しだけズルをさせて貰ってるんだ。少しは還元しても構わないだろう。金は天下の回りもの、らしいしな。

 

「まぁ値段によるが、多分普通に買っても問題ないぞ? 俺、こう見えて和真より稼いでる方だし」

 

 何なら億万長者になったばかりだし。

 

「こう見えてというか、普通に見ても稼いでるのではないですか? ハチマン、私達が依頼を受けてない時も依頼を、それもそこそこの高難度のものをこなしていたそうですし」

 

「え、嘘、何で知ってんの?」

 

「ルナさんから少しだけ聞きました」

 

 ルナさん、そこは言って欲しくなかったです。だって恥ずかしいじゃん? 俺が真面目に働いてるとか、多分前世(あっち)で俺の知り合いが聞いたらめちゃくちゃ心配するだろうし。信頼性の欠片もないな。

 

「……同時に、あまり無茶はしないで欲しいとも言っていました」

 

「……無茶?」

 

 あの人、特にそう言ってきたような覚えはないのだが。それに、無茶をしている覚えもない。

 

「あの猫達は元々依頼の対象だったらしいですね。かなりの懸賞金がかかった、とても危険なモンスターですので、普通は駆け出し冒険者に受注させることはないそうです」

 

「あぁ、そうらしいな」

 

 実際、受付に行った時、酷く反対されたものだ。死にに行くようなものだと。

 

「ルナさんはステータスを見て、貴方が無茶をするような人ではないと判断した為受注を許可したらしいですが、内心は気が気じゃなかったそうです」

 

「……まぁ、普通はそうだな」

 

 俺だって、わざわざ新人を見殺しにするような行為はしないだろう。そう考えると、ルナさんがあそこで受注を許可してくれたのが不思議に思えてくる。

 

「帰ってきた時に怪我だらけだったそうですね? あれ、かなりショックを受けたらしいですよ。下手したら死んでたんじゃないかって」

 

「いや、本当すみません……」

 

 やべぇ、無性にルナさんに謝りたくなってきた。あの怪我、ただ街の手前でずっ転けただけなのに。そりゃ、酷く転けたから、見た目は酷いけど、恥ずかしいから原因は言ってないんだよな。

 

「その後はそういうことが減ったらしいですが、死の宣告を喰らったことなんて聞いたら、多分激しく怒りますよ。それはもう、荒れ狂う火山の如く」

 

「え、待って、何、そんな怖いの?」

 

「それはもう。下手をすれば、彼女の地位と権力を持って消されるんじゃないですか?」

 

「怖いなんてレベルじゃないな……」

 

 それどこの最凶のシスコン姉ですか? あの人の場合力があっても勝てなさそうなのが何より怖いけどな。

 

「まぁ消されるとまでは言いませんが、心配をかけるのは良くないですよ」

 

「……今度ちゃんと謝るわ。消されたくないからな」

 

「そうして下さい。あ、着きましたよ」

 

 話している間に、どうやら目的の店に着いたようだ。走って中に入っていくめぐみんを見ながら、俺はその店の看板を見ると、そこにはこう書いてあった。

 

 来たれ勇者よ、我が店に宝具在りなん ~Rüstung~

 

「……」

 

 その店を見て、一言で言うならこうだろう。

 

 胡散臭ぇ!

 

「え、ちょっ、めぐみん!? これ中二病でもかなり重症な奴なんだけど!? ここで合ってんのか!?」

 

 しかも店名ドイツ語な上に意味は武具じゃねぇか! 宝具じゃねぇのかよ! 仮に宝具でもそれFateじゃねぇか!

 

「ハチマン、早く入るのです! 心踊る品が盛り沢山ですよ!」

 

 既に中に入っているめぐみんは、どうやらかなりご機嫌らしい。はしゃぐ声が子供がオモチャ売り場に来た時のそれだ。外まで響く。

 

「……分かったよ」

 

 腹を括って、俺は中へと入る。入り口から既に"ようこそ冥界の門へ"とか書かれた意味不明な暖簾がある。絶対ろくでもねぇなこの店。

 

 中へ入ると、それはそれは酷いものだった。

 

 乱雑、という訳ではないのだが、異色なものが多い為か、スペースの取り方が不規則で、例えるなら図工の作品展示みたいなもんだ。個性豊かな商品が、そこかしこにズラリと並んでいる。

 

 その中でめぐみんは一々見映えを重視したようなローブばかり陳列したエリアにいた。その中でも、とびきり目立つローブに彼女は惹かれていた。

 

「見て下さいこのローブ! 無駄に長いようで実ははためかす為だけに設計された長さの丈! 暗すぎず、かといってアークウィザードである私達が選びやすい絶妙なラインの濃さの色! そして極めつけがこのローブの効果! 装着者は魔法の威力を一・五倍にする代わりに代償としてモンスターを惹きつけるとあるのです! あぁ、魔法の威力が一・五倍も上がるなんてローブはここくらいにしかありません……」

 

 やけに饒舌にローブについて懇切丁寧に説明してくれためぐみんは、ローブを見てはウヘヘ言っている。さっきも思ったが、女の子としての恥じらいとかないのだろうかこの子は。

 

「というか一・五倍ってそんな珍しいのか?」

 

「珍しいですよ! 使用魔力の減少や詠唱短縮などは多くありますが、威力の増加、それも倍数で上げるものは中々お目にかかれません! これは思わぬ掘り出し物を見つけてしまいました……」

 

 そうやって愕然とするめぐみん。しかし、俺にはそれが良いものには見えない。というか思えない。何せ、魔力の底上げは俺のローブもあるし、何なら杖もだ。しかし、それを言えばきっとめぐみんに寄越せとか言われるんだよなぁ……。

 

 俺は店内を見回して何か別に良いものがないかと探す。こういう時に答えを出す者(アンサー・トーカー)は便利だな。お、あったあった。

 

「ハチマン、何を探しているのですか?」

 

「お前にも良さそうなモン。ほれ」

 

 荷物を置いて俺はローブが飾られている所の下にある引き出しから一枚のローブを取り出した。商品ではあるようだがその割には随分年季が入ったように、黒のローブはくすんでいた。

 

「威力を二倍、魔力を三割カット、代償は女性は胸の成長、男性は……言うべきじゃないな。どうだこれ?」

 

「に、二倍ですか!?」

 

 俺が引っ張り出したローブにめぐみんは先程のローブの前から一瞬でこちらへと来た。この動きを戦闘にも生かしてほしいものだ。

 

「代わりにお前の胸が絶対に育たなくなるけどな」

 

「クッ、何て代償なんですか……! しかし、私の爆裂魔法の威力を上げる為には……!」

 

 何か凄い悩んでる。まぁ、女性には大事な問題なんだろうな。雪ノ下も少し悩んでたみたいだし。俺はあんまり気にしないけどな、胸の大きさ。

 

「……定価、四十五万エリス……。そっちのはいくらだったんだ?」

 

「四十万エリスです……クッ、私はどうすれば!」

 

 何だろう、今言ったら絶対怒られるから言わないけど、めぐみん将来的に成長はあまり見込めないって答出ちゃったんだけど。どうしよう。

 

「誰だ、そこに現れた邪悪なる影はァ?」

 

 ふと、奥から声が聞こえてきた。そちらを向いてみればどうやら誰かがいるようで、コツコツと音を立てながらこちらへと向かってきていた。

 

「我は(うぬ)らに問う、汝らは何ぞや! (ファブンデター)か? 冷やかし(ファインド)か? 答えろ!」

 

 出てきたのは某神父のような出で立ちをしたオッサンだった。銀の剣は持っていないが、代わりに掃除用のハタキを二つ持ってクロスしていた。小学生の決めポーズみたいに見えるのは俺だけだろうか。

 

「いや、俺別に十三課(イスカリオテ)でもヘルシングでもない。ただの客だ」

 

「ほう? 汝は私の言葉が分かるのか? ならば再び問おう。汝らはどうする! 買う(イエス)買わない(ノー)か!」

 

「いや、まだ迷ってるんだけど……というか、何で唐突にドイツ語から英語に変わってんだよ……」

 

 まぁ、ドイツ語の意味はあんま分からんかったから助かるけど。あれか、中二病でよくあるカッコイイからを理由に単語を造り出してしまうあれか。黒歴史が甦るから考えるのはよそう。

 

「で、どうすんの? お前が決めないと俺このキャラの濃すぎる店員と延々と会話しなきゃならんのだが」

 

 そのうちエイメンとか叫んで吸血鬼とか殺しそうだな。人間の中でもアイツ最強クラスだし、本物なら即逃げるけど。

 

「待って下さい! 今悩んでいるのです……矜持か、使命か……」

 

「ぶっちゃけて言うとお前の胸成長の見込みほとんどゼロみたいだけど、どうする?」

 

「将来ボインボインになる予定の私の胸が成長しないとはどういうことか聞こうじゃないか! というか、何でハチマンがそんなことを知ってるんですか!」

 

 ボインボインになるのが夢なんだ……。まぁ、何だ。諦めろ……。

 

「能力の応用みたいなもんだ。9割越えの確率で当たる」

 

「クッ……畜生ぉぉぉぉ!」

 

 結局、めぐみんは威力アップ、魔力軽減のローブを選んだ。泣きそうになりながら選ぶ姿が辛すぎて結局全部払っちゃったけど、まぁ大丈夫か。

 

「毎度ありぃぃぃぃ!! また来るなら、サービスしてやるぅぅぅぅ!!」

 

 あと、接客は普通な店員でした。誰か向こうの知識を吹聴した結果なのだろうか、それとも彼の個性だったのか、よく分からん。

 

 ただ言えるのは、俺は二度とあの店には行かないだろうということだ。

 

 

 

 

 夕暮れの帰路で一つの影が揺らめく。

 

「……満足したか?」

 

「……多少、ではありますが」

 

 あのローブを苦渋の決断で購入した後、俺達は、正確にはめぐみんの腹いせの為に俺は街の外へと駆り出された。

 

 威力が二倍ということで俺はめぐみんを担いで空を飛び、件の魔王城があると言われた所まで運んだが、めぐみんはその間終始無言だった。

 

「理想の為に、希望を捨てた我が元に顕現せよ! 乙女の憎しみと悲しみに満ちたこの私の為に、塵と化せぇ!!」

 

 半ば八つ当たりな詠唱という名のめぐみんの愚痴と共に、魔王城にはそれはそれは大きな爆裂魔法が放たれた。その威力は俺の爆裂魔法とは比べ物にならない程のもので、魔王城の一部が決壊していた。主を失ってなお爆裂魔法の被害に遭うとか、彼らも散々だな。

 

 そして、例の如く力を使い果たしためぐみんは現在俺に背負われて帰路へついた、という訳である。

 

「……ハチマン、私の胸を大きくする方法とやらをハチマンは知りませんか?」

 

 どんだけ未練たらたらなんだよ。やっぱ女にとって、胸って尊厳そのものなのか。だが、すまないなめぐみん。

 

「残念だが、”自然に成長させる術”はないらしい」

 

「うぅ……そうですか……」

 

 今まで見た中で一番露骨に落ち込むめぐみん。割と優良物件だったと思ったんだがな、そのローブ。俺はこの黒のローブあるから良いけど。

 

「……ま、女の魅力は胸だけじゃないんだ。そう落ち込むな」

 

「落ち込みますよ! この前だってカズマにロリッ娘と言われたばかりなのですよ!?」

 

 おい和真、お前が遠因で俺がキレられてんだけど。今度アクアの隣でアレやってたのバラすぞこの野郎。

 

「それに、ゆんゆん……私の知り合いは、私より年下なのに胸が大きいのです。それはもう、本当に……」

 

 そう言って拳を握り、悔しそうに歯噛みするめぐみん。めぐみん、お前確か十四だったよな? お前より年下で胸が大きいとか雪ノ下泣くぞ。割とマジで。

 

「……ハチマンも、やはり胸の大きい女の子の方が良いのですか?」

 

 突然、めぐみんは俺に突拍子もないことを聞いてくる。この流れでその質問は基本死亡フラグなんですが……。どうしよう。

 

「俺は別に胸でお前らを品定めしていない。第一、見てくれだけの奴なんて高が知れてる」

 

 これは本心だ。綺麗な女が俺を好きになる訳はないし、ましてや言い寄ってくることはない。それは、大抵美人局か何かだ。ソースは親父。

 

「見た目も確かに大事だが、それで決めつける奴なんか気にするな。許容せずに強要する方がおかしいんだ。大抵そういう奴は、お前のことをちゃんと見ていない」

 

 決めつけるのは見る気がないから。押しつけるのはそうあって欲しいから。けどそれは、押しつけよりもおぞましい、もっと醜い何かだ。唾棄すべき傲慢だ。

 

「だから気にすんな。んで、お前を見てくれる奴とちゃんと向き合えれば、それで良い」

 

 何度も失敗した先人からのアドバイスだ。あの人程カッコイイことは言えんが、俺にも言えることくらいある。

 

「……ハチマン」

 

「ほら、着いたぞ」

 

 気づけばそこはめぐみんの家の前だった。やはり男とは違ってきちんとした宿があるらしい。だとすればアクアは何故あの馬小屋で生活しているのだろうか……。

 

「立てるか?」

 

「はい、魔力削減効果のお陰か、回復が早いようです」

 

「なら良い。んじゃこれな。今日はありがとよ」

 

 俺はそう言って荷物を渡して帰り出す。ユキへの土産のケバブも買ってないし、またあの露店街へ行かねばならんからな。行きたくねぇなぁ……。

 

「ハチマン」

 

「ん?」

 

 歩き出した俺に、めぐみんは突然声をかける。まだ何かあったろうか。

 

「……ハチマンへのお礼なのに、迷惑をかけてしまってすみません」

 

「あぁ、別に良い。俺が頼んだことだしな」

 

 そう、元々は自分で解決すべき問題だったんだ。いずれまた恋しくなるやもしれんが、その時はまたその時だ。今は考えても仕方ない。

 

「……今日はありがとうございました。今までで一番、楽しかったです」

 

「……そうか」

 

 楽しんでもらえたのなら、それで良い。そう思い今度こそ歩き出して――。

 

「ただ……」

 

「ん?」

 

 一歩踏み出したところで、再び呼び止めてくるめぐみんを俺は反射的に見る。そして何故か、めぐみんからは少し不穏なオーラが湧き出ている。あれ、何か嫌な予感が……。

 

「先程の問には、まだ答えてもらっていませんが、結局ハチマンはどう思っているのですか?」

 

「あぁ……」

 

 ヤバイ、濁したのがバレた。普段なら為す術なく捕まるのだが……今の俺には術がある。

 

「……じゃあな!」

 

 必殺、テレポートの術!

 

「あっ! ――——!」

 

 めぐみんが何かを言う前に俺は先程荷物を置く際につけたポイントの所へ移動する。もう、追っては来れまい。

 

「……そのままで良いと思うがな」

 

 一人呟き、俺は人混みに紛れる。

 

 ケバブをそれなりに買った後、俺は家へと帰った。

 

『あ、お帰り~。肉のやつあった~?』

 

「おう、ケバブな。あったぞ、ほれ」

 

『わーい!』

 

 扉を開けると出迎えてくれたユキに俺は袋からケバブを取り出してやる。流石に棒ごとは買えなかったが、それなりに大きく切ってもらったものだ。

 

『棒がないね? 何で?』

 

「流石に商業用の棒は貰えんからな……美味いか?」

 

『美味しいよ~』

 

 そう言って口に頬張りながら食べるユキを軽く撫でて、俺は自室へと戻る。

 

「疲れた……」

 

 俺は吐き出すようにそう呟いてベッドに倒れ込む。やはり外に出ると疲れるな。

 

 そう思っていると、次第に意識が遠くなる。最近、こういう眠り方をすることが増えたような気がするな。

 

「……まぁ、良いか」

 

 今日は、もう疲れた。

 

 だが、不思議と心地好くもある。今は、それに身を任せたい。

 

 瞼を閉じる前、首を動かした時に制服が目に入る。俺があの世界にいたという、この世界での唯一の証拠。それを見て思わず口に出してしまう。

 

「……会いてぇなぁ」

 

 本当、弱くなったものだ。昔の俺が見たら、きっと笑うだろう。そんな自信がある。

 

 けど、今は笑えない。純粋に、彼女達に会いたい。

 

 そんなことを考えているうちに、俺は静かに意識を手放していた。

 

 その時に見ていた夢が何だったのか、俺には分からない。

 

 けれど確かに、紅茶の香る心地好い空間にいた。目覚めた時には、そんな気がした。




いかがでしたでしょうか?
八幡も人の子、いくら理性の化物と評されるような人間だとしても、漠然とした寂寥感には勝てないでしょう。何だかんだで寂しがりやなんだと私は勝手に思ってます。
一方でめぐみんは歳の割には達観してると言いますか、この世界の人間だからと言いますか。ともあれ、物事の本質を見抜く能力と、人を慮る優しさを持つ女の子だと思うんですよね。頭おかしいけど、それも含めて可愛い。本当可愛い(大事なので二回言いました)。
あと、これの加筆修正が終わったので、ようやく次話作成に移ることが可能です。一応いくらかは書いたんですが、まだ人様の時間を奪っても良いかなと自分で納得する内容になっていないので、もう少し時間がかかるやもしれません。引っ越しもあるしね。ちょっとバタバタするかもしれない。
そんな私の作品でも見て頂けるという人が居るのでしたら、作者としてとても嬉しく思います。新しくこれ見た人には何のこっちゃでしょうが、気にしなくても大丈夫です。この作品の作者は、名前の通り気分屋ですので。
意見・感想・誤字報告等、お待ちしております。

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