プリキュアコネクト   作:おじ

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2-3.愛と怒りのキュアルビー!

 ゆかりが走り込みに行ったきり戻ってこないので様子を見てくる、と忍先輩に言い訳をして、ちなみは町内を捜しまわった。

「確認だけど、あんたの話、全部本当のことなんでしょうね!?」

「嘘じゃないリア!」

 タリアの入ったかばんを抱えた状態で、ちなみは走り続ける。妖精というのは、もう少し華奢なものだと思い込んでいたが、それなりに重く、彼女の体力を削っていく。りんご三つ分より、はるかに重い。

「イカリングってのがゆかりと会ったら、やばいかな」

 今朝の話を全て信じるとしたら、イカリングという男はとてつもない怪力の持ち主だ。タリアのことを諦めるように、ゆかりには悪人ではないかもしれないという仮説を唱えたが、危険であることに間違いはない。

 それに、タリアと同じく心の国の住人だ。こんな能天気な妖精がいるくらいだから可能性は低いとは思われるが、暴力の道徳的観念がこちらの世界と異なるとしたら、もっと性質が悪い。

「イカリングは“怒りの王”リア。きっと昨日の戦いに負けて、すごく怒ってるリア!」

「王なら自制心くらい強く持ちなさいよ!!」

 プリキュアに変身してオコリンボーという巨人と戦ったなんて現実離れした話を、ちなみはまだ信じられないでいた。心の国と妖精の存在に関しては、タリアとこうして言葉を交わしている以上、認めざるをえない。

 しかし、あのゆかりが、変身して戦うなんて想像もつかなかった。

 ちなみの知る嬉野ゆかりという人物は、“戦い”とはまるっきり縁がない。事が大げさすぎて今回の場合、ほとんどの人間はそうであるといえるが、ゆかりはどんな些細な争いからも逃げてきた。

 小学生のとき、クラスでいじめのようなことがあった。

 休み時間に数人の男子グループが、夕べのテレビ番組について話している。「あの芸人おもしろかったよな」というごく自然な会話が、いつの間にか、汚れた芸を披露した芸人の顔がクラスの地味な男の子に似ているという一人の発言により、いじめに発展した。

 標的にされた男子が、そこで「似てねーよ」とはっきり言ってしまえば、冗談で済んだかもしれない。しかし、その子は言い返せなかった。

 調子に乗ったグループの男子が、「ちょっとモノマネやってみろよ」と言うと、取り巻きが囃し立てる。男の子はうつむいてじっと堪えていた。そして、教室にいたクラスのみんなは、誰も助け舟を出さなかったのだ。

 もちろん、ゆかりもそこにいて、何もしなかった。何もできなかった。

 そんな彼女が、初めて会ったばかりのタリアを助けるために立ち向かった。事情も知らず、ただタリアを守りたい一心で、彼女は戦うことを選んだのだ。

 ちなみがどんなに現実的な意見をぶつけてみても、ゆかりはその意思を変えなかった。何が彼女をそうさせるのかは分からない。きっと、本人も深くは考えていないだろう。

 タリアの言っていることが全て虚言で、イカリングが本当にタリアを迎えにきただけの保護者であったとしても、ゆかりが勘違いしていたと謝ればそれでいい。間違うこと、自分が恥をかくことを厭わず、彼女はその道を進むことに決めたのだ。

 それなら、とちなみは思う。

 ゆかりと同じ道を進み、一緒に間違い、一緒に恥をかこう。

 間違っていたら、一緒に謝る。イカリングが本当に敵なら、一緒に戦う。自分に何ができるかは分からなかったが、何もできなくても、ゆかりを支えようと心に決めた。

 だから、ちなみは走り続ける。ゆかりが無事なら、それでいい。捜してる間に、学校に戻っているかもしれない。だけど、そうじゃなかったとしたら……。

 重いかばんを抱え、汗まみれになって闇雲に走る。ばかみたいだ、と自分でも思った。

「だから何……」

 私は何を考えているんだと、ふっと笑う。ばかは散々やってきたじゃないか。そんなことは、どうでもいいんだ。

 ただ、ドジはしたくない。ゆかりのピンチに、私が駆けつけられないようなドジは――。

 

「何で変身できないの~!?」

 とんでもないドジを踏んだゆかりは、ひたすらイカリングから逃げ続けていた。

 変身のときに現れた光の環。それが指環になった。つまり、プリキュアの力はあの指環がないと発揮されないということなのだろうか。そんなこと、タリアは一言も言っていなかったのに。

 心の中でタリアを責めつつ、人通りの多い通りに出る。こんなところでは、イカリングも襲ってこないだろうと考えたのだが、それは甘かった。一般的な理論など、心の国では通用しないのかもしれない。

「どうしてプリキュアに変身しない!? 俺をなめてんのか!」

「変身できないんだよ~!!」

 通行人を巻き込むわけにはいかない。ゆかりは誰もいない公園に入る。昨日、オコリンボーは教頭の怒りによって生み出された。怒っている人がその場にいなければ、あの巨人は出現できないのではないかと予想したのだ。

 見当違いではなかったようで、イカリングはまだオコリンボーを生み出そうとはしない。もちろん、プリキュアに変身できないゆかりには、単身でも十分ということかもしれないが。

「変身できないだと? はっ、やっぱりてめぇなんかに“喜びのプリキュア”になる資格なんてなかったってわけだ」

「ねぇ、教えて! どうしてあなたはタリアを狙うの?」

 戦えないとなれば、話し合いで解決するしかない。とにかく無邪気なタリアに話が通じなかったように、この怒ってばかりの男と落ち着いて話し合える確率は低いだろうが、時間は稼げる。その間に、なにか策を講じなければ。

「言っただろ、俺はタリアにムカついてんだよ!」

「どうして、あんな小さい子に!」

「小さかろうが大きかろうが関係ねぇ! ムカつくもんはムカつくんだ!」

「じゃあ、何で心の国に無理やり連れて帰ろうとするの!?」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ! お前が俺に負けたら教えてやる!」

 イカリングはすべり台の階段の部分を持つと、全体を地面から引き抜いて持ち上げた。床を凹ませるパンチと比べて、どちらの方が筋肉を酷使するかゆかりには分からなかったが、そんなことはどうでもいい。

 すべり台は滑って遊ぶもので、投げるものではないのに。宙を舞うすべり台を、呆然と見つめるしかなかったゆかりは、しばらくしてそれが自分に直撃する軌道を描いていることに気付いた。

 しかし、避けるには遅すぎた。奇跡的に痛くありませんようにと願い、腕で頭を守る。

 

「ゆかりっ!」

 一瞬がスローモーション映像のように流れた後、ゆかりは地面に倒れ、すべり台は彼女の体から数メートル離れた場所に、大きな音を立てて落ちた。

 ゆかりは体を擦ったが、すべり台に降ってこられるのと比べたら大した怪我ではない。訳が分からずとりあえず立ち上がろうとしたとき、体の上にちなみが覆いかぶさっていることに気付く。ちなみが、間一髪のところで硬直していたゆかりにタックルしたおかげで、直撃から免れたのだ。

「あんた、何ぼーっとしてんの!」

 立ち上がったちなみの表情からは、血の気が引いているのが見てとれた。

「ちなみちゃん、どうしてここに?」

「そんなことはどうでもいいから! 戦うとか、何かよくイメージ湧かなかったけど、今の何!? 怪我じゃ済まなかったよ!?」

 ゆかりの肩に置かれた手は、震えていた。彼女を見つけるのがあと一秒でも遅かったら、どうなっていたか。考えるだけで恐ろしい。

「やっぱりだめ! 関わったらいけない世界だったんだよ。逃げて、警察に行こ?」

 関わったらいけない、なんてちなみの口から聞きたくなかった。

「警察……」

 いつでも、ちなみは正しいことを言う。ゆかりはそう思っていた。しかし、今回のことに関しては、首を縦に振ることはできなかった。

 警察が妖精や心の国といった話を信じてくれるとは思えない。もし助けてくれたとしても、イカリングとどうやって戦う? 最悪の場合、発砲もやむなしと判断するだろう。いくら気性が荒く、目的が知れない恐ろしい相手だとしても、死んでいい理由にはならない。

「私がやらなきゃ……」

「あんたに何ができるの! さっきだって危ないところだったじゃない! 何もできなかったからでしょ!?」

 無理にでも連れて逃げようとゆかりの手をつかんだとき、指環の存在を思い出した。指環がなければ、ゆかりはプリキュアに変身できない。戦えない。そのことを訴えれば、きっと諦めてもらえる。

 ところが、彼女のかばんからタリアが顔を出し、ゆかりに指環をさし出した。

「ゆかりの指環、持ってきたリア! これでプリキュアに変身して戦うリア!」

 頭に血が上り、ちなみは理性を失いそうになった。この妖精、何を無邪気に言っている? これはゲームじゃない。試合でもない。戦って、負けたら、死ぬかもしれないのに。

「いい加減にして!!」

 ちなみは、タリアの手から指環をはたき落とした。もう、自分がどうなったっていい。理性や外面なんて捨ててしまえ。めちゃくちゃに怒って、二人が泣いて自分のことを嫌いになっても、それでこの場が収まるなら、優しさなんていらない。

「あんたのせいなんだよ!? あんたのせいで、ゆかりは傷ついてるんだ! なのに、どうしてそんな平気な顔でいられるの!」

 最低だと、自分を責める。こんな小さい子を怒鳴りつけるなんて。でも、これが本心なんだ。今の言葉に偽りはない。ゆかりを傷つけたイカリングは許せない。そして、その原因だというのに、その自覚がないタリアのことも同じくらい許せなかった。

「プリキュアは伝説の戦士だから大丈夫リア!」

「違う! ゆかりはただ……」

「ちなみちゃん!!」

 ゆかりの声が、悲鳴のように聞こえた。意識が遠くなる。怒りすぎて、頭の血管が切れたのだろうか。やばいな、と思っても、抵抗する気は起きなかった。この、おかしくなってしまいそうな怒りから解放されるなら、他のことなんて知ったことか。

 意識を失い傾いた彼女の体を、ゆかりが支える。イカリングがこちらの方に掌を向けているのが分かった。赤く鈍い光が、彼の掌から広がっていく。

「俺を無視してんじゃねぇよ」

 ちなみの体から現れ、抜き取られた光。昨日の教頭と同じ現象だ。それは、巨大な人の形になり、ゆかりを見下ろす。

「こっちの世界じゃ、みんなヒトの喧嘩の邪魔して説教始めるのか? ま、俺には好都合だけどな。いけ、オコリンボー!」

 すかさず地面に落ちた指環を拾い、右手の薬指にはめる。今度こそ、力がみなぎってくるのが分かる。

「プリキュア! フィーリング・コネクト!」

 指環が眩い光を放ち、それは大きな環となってゆかりの体を包む。そして、全身が光の環をくぐったとき、彼女はプリキュアに変身していた。

「みんなでつなぐ、喜びの環! キュアリンク!」

 ちなみを担ぎ、タリアをかばんごと背負ってオコリンボーから距離をとる。ベンチに二人を下ろして敵を振り返ると、やはりこちらに向かってきていた。どうにかして、自分の方に意識を向けさせなくては。

 体が大きい分、動きは緩慢なはずだ。顔の正面に届くよう、高く跳躍する。

 オコリンボーの目がリンクを捉えた。作戦成功だ。後は……どうする。このまま、顔面に攻撃を入れておいたほうがいいのか。

「え?」

 そんなことを考えている間に、オコリンボーの頭突きによって彼女の体は吹き飛び、木の幹に激突した。生身では体中の骨が折れて気を失っていたかもしれないが、プリキュアに変身したことにより、彼女は無事だった。それでも、かなりの激痛が彼女を襲う。気絶した方が、もっと楽だったかもしれない。

「タリアを渡せ。さっきの奴も言ってただろ、俺たちに関わらなけりゃ痛い目見ずに済むんだぜ? ホント、薄情ないい友達だよな」

「それは違う!」

 悲鳴をあげる体に鞭を打って、リンクは立ち上がった。ちなみを何も知らないくせに、勝手なことを言ってほしくない。

「ちなみちゃんは、私を助けにきてくれた! 本気で心配してくれた! 薄情なんかじゃない!」

「それはお前が友達だからだろう? だが、タリアはどうだ。あいつはタリアにムカついてたぜ?」

「ちなみちゃんは、ムカついたから怒ってたんじゃないよ」

 気を失っているはずなのに、ちなみにはゆかりの声がはっきりと聞こえた。まるで水中を漂っているように漠然とした意識の中で、親友の声だけが道しるべとなり、彼女を深淵から救い出そうとしているようだった。

「何言ってる? 人はムカつくから怒るんだ」

 心の国の“怒りの王”。そのことを思い出して、リンクはふっと笑った。

「昔、クラスで悲しんでる子がいたの。男子のグループにからかわれて、すごく嫌そうだったのに、私やクラスの皆は何もしないでそれを見てるだけだった。でも、ちなみちゃんは違ったんだよ」

 ベンチの方に目をやる。ちなみの顔は、ここ二年ほどで随分と大人っぽくなった。夢の中でもゆかりを叱っているのか、眠っていても眉間に皺が寄っており穏やかな寝顔とは言い難い。もう無邪気なだけの少女ではなく、様々な苦労が顔に刻まれているのだ。

 アーチの造花製作に一生懸命になってくれた。ゆかりのピンチには、いつだって駆けつけてくれた。それが、彼女の知る愛花ちなみだ。

「ちなみちゃんは、躊躇わず男子のグループに怒りに行った。その後、からかわれてた男子にも、『何で言い返さないの。男らしくない』って怒ってた。ちなみちゃんは、そんな人なの」

「何が言いたい?」

「あなたは、自分のことだけ。でも、ちなみちゃんは他人のため。私のために怒ってくれる」

 視線をタリアに移す。この状況にちっとも危機を感じておらず、リンクと目が合いきょとんとした顔になった。本当に、どこまで能天気なのだろう。

「さっき怒鳴ったのも、タリアのことが嫌いだからじゃない。タリアに、私のことを知ってほしかったんだよ。伝説の戦士プリキュアじゃなくて、ただの中学生だって」

 ――違う。

 起きているのか眠っているのかも分からない夢の世界で、ちなみは否定し続けた。

 ――ゆかりは、私のことを買い被ってる。さっきタリアにぶつけた言葉は、私の汚れた心の現れだ。いつまでも小学生の私じゃない。私は、それなりに世間を知り、世間一般の人に溶け込んだ。面倒事には関わらない、卑怯な人間になってしまったんだ。

 だから、タリアを守ってゆかりが危険な目に遭わないといけないのなら、戦う理由を無くしてしまえば解決すると思った。タリアのことは、誰か他の人に任せたらいい。どうして、ゆかりなんだ。

 そして、はっとする。あのとき、私が何もしなければ、別の誰かが助けに入っただろうか。

 それはあり得なかっただろう。ゆかりはさっき、“躊躇わず”と言ったが、そんなことはなかった。ちなみは周りを気にした。そして、誰一人として知らん顔をしているクラスメイトに腹を立て、その怒りが原動力となって男子グループに向かって行けたのだ。

 いるはずのない“誰か”を頼るなんて、ばかだ。誰も面倒なことには関わりたがらない。……私だってそうだ。

 ゆかりは変わった。

 今朝、ちなみはそう言った。

 自分はどうだ? もし今のクラスで小学生のときのようなことがあれば、あのときと同じ行動がとれるだろうか。きっと、何もしない。下手をすれば自分が目の敵にされてしまう。昔は、あんなに簡単なことだったのに。

 ちなみは、大人数で一人をいじめているグループが嫌だった。自分が情けない状況にあると分かっているのに、ただ堪えているだけの男の子も嫌だった。そして、何もしないクラスメイトも。

 だから、自分の気持ちをすっきりさせるために、間に割って入ったのだ。決して善いことをしようとした訳ではない。

 それなら、どうしてさっきは、逃げようとしたのだろう。

 ゆかりが傷つくのが嫌なら、イカリングに文句の一つでも言ってやればよかったじゃないか。

 決心したばかりなのに。ゆかりと一緒に戦おうと。しかし、ゆかりの意思を無視して、タリアにひどいことを言った。理想と現実の自分は、違うということだ。

 結局は自分が可愛いんだ。そう思うと、眠っているはずなのに笑えてきた。自分の思うようにならないから、気に入らないから怒るんだ。

 ゆかりとタリアには、後悔してしまうほど怒りをぶつけてしまった。それでも気が済まない。

 ……なぜ?

 そんなこと、分かりきってるじゃないか。

「くたばれ、キュアリンク!!」

 オコリンボーの攻撃が、リンクを襲う。逃げるには、時間も体力も足りない。なんだ、指環があってもなくても変わらなかったじゃない、と彼女は思った。昨日のはまぐれだったんだ。ちなみの言うように逃げた方がよかったのかもしれない。

 だって、私一人では、勝てない。

 そのとき、リンクをかばうようにちなみが間に割り込んだ。時間がゆっくりと流れるように感じたが、思考だけはいつもより早く働いた。

 どうして、何をしているの? 早く逃げて!

 そんなリンクの思いもお構いなしに、ちなみはその場を動かない。それどころか、オコリンボーの向こうにいるイカリングを睨みつけ、今にも食ってかかりそうな勢いだった。

「私の親友を、傷つけるな!!」

 ちなみの体が、赤く光った。イカリングの掌に吸収されたときの光より遥かに鮮やかな色で、熱く真っ直ぐな意思と力強さを感じさせる。

「これは……」

 昨日のゆかりに起きたのと同じ現象だ。オコリンボーの攻撃を弾き返し、ちなみは戸惑った様子で、自身を包む光を見つめている。

「プリキュアの光リア!」

 嬉しそうにタリアが言った。

 もう、迷う要素は一つとしてなかった。あるのは、イカリングと自分自身への怒りのみで、躊躇いや恐怖は感じない。

 これはチャンスなのだと、ちなみは思った。ゆかりは他人の為に戦えるようになった。なのに、ちなみはただ自分の世界を守ることだけに必死だった。ゆかりと一緒にいる生活にヒビを入れるくらいなら、心の国の事情なんて知ったことかと考えていた。いつから、私はそうなってしまったんだ。

 間違いを目の当たりにして、見て見ぬフリをする。それを嫌う自分はどこにいった。これは、昔の自分を取り戻すチャンスだ。

「プリキュア! フィーリング・コネクト!」

 赤い光は輪となって、ちなみの体を通過していき変身させる。煌めくような赤いコスチュームに身を包んだ彼女の右手首に、光は真っ赤なブレスレットとなって現れた。

「信じて振るう怒りの拳! キュアルビー!」

 自らが変身した現実に驚く隙を与えず、体勢を整えたオコリンボーがパンチを繰り出す。避けるという考えは彼女の頭にはまったく浮かばず、敵の巨大な拳に自身の拳をぶつけた。

 すると、ちなみの拳は赤く輝き、すさまじいパワーが溢れてきた。オコリンボーは彼女に力負けして、その巨体は数メートル宙を舞う。

「何、この力……」

 赤いブレスレットを見つめて呟いた。さきほどまでの葛藤や怒り、もやもやした気持ちが全てブレスレットに込められているように感じる。そして、それは力となってちなみの体に溢れ出す。

「ちなみちゃん……?」

 百聞は一見にしかず、とは言うが、ゆかりには自分がプリキュアになったという自覚はあまりなかった。しかし、目の前で親友が変身して巨人の力を圧倒しているところを見て、プリキュアの凄さを改めて感じた。

「すごいリア! キュアルビーは“怒りのプリキュア”リア!」

 興奮したタリアは、ベンチから飛び降りて叫んだ。それを聞いて穏やかではいられないのがイカリングだ。

「“怒りのプリキュア”だと? “怒り”はこの俺だ!!」

 イカリングとオコリンボーが、ルビーを襲う。男の子との喧嘩は幾度も経験してきた彼女だったが、今回のは規格外だ。どうすればよいか分からず、防御が遅れた。

「プリキュア! リンクポーション!!」

 後ろからリンクが放った光が、イカリングに直撃する。期待したほどのダメージは与えられずとも、勢いを削ぐことに成功した。二人はオコリンボーの攻撃をジャンプして避け、空中で体勢を立て直す。

「このオコリンボーは、てめぇの怒りから生まれたんだ! 倒せるもんか!」

 イカリングに吸い取られた、ちなみの怒り。ゆかりを傷つけたくないが為に、タリアを犠牲にしようとした自分勝手な怒り。結果として、それがゆかりを傷つけた。

「だからこそ、私が決着をつける! それが、自分の気持ちと向き合うってことなんだ!!」

 ブレスレットが大きな光りを放ち、彼女の右肘から拳までがルビーのように真っ赤になる。煮えたぎるような、熱い怒り。これは、自分への戒めだ。

「プリキュア! ルビーショット!!」

 ルビーの拳を象った光が弾丸のような速さで、オコリンボーを貫いた。鈍く赤いオコリンボーの体が鮮やかな赤に変わり、次第に光の中に姿を消した。ちなみは、自身の怒りに打ち勝ったのだ。

「畜生。“怒りのプリキュア”なんて、俺は認めねぇぞ」

 イカリングも退散した後で、二人は変身を解いた。気がつくと彼が投げたすべり台は元の位置でちゃんと地面とつながっている。肉体的にも精神的にも疲労困憊のちなみは、そこから動く気力が出ずに大の字になって仰向けに倒れた。

「……今の今まで寝てたってことはないかな?」

「夢じゃないよ。ちなみちゃんはプリキュアになって、巨人をやっつけました」

「だから、プリキュアって何よ……」

 首だけ起こそうとしたが、やはり力が入らずこてんと頭をつく。青い空が目に入った。何となく、懐かしい景色のように感じる。

「もう、ちなみちゃんがそんなんじゃ私がだらけられないでしょ」

 さし出された手を、ちなみは掴んだ。思えば手をつなぐなんて、いつ以来のことだろう。

 

「“怒りのプリキュア”かぁ。どうせなら、“優しさのプリキュア”とか“慈しみのプリキュア”とかが良かったなー」

「でも、キュアルビーすごくカッコよかったよ!」

「カッコよくない」

 学校へ戻る道すがら、“怒り”というフレーズが悪役みたいで気に入らないというちなみをどうにかフォローするゆかりに、不条理な拳骨が降りそそぐ。

「もう。すぐ怒るんだから。さすが“怒りのプリキュア”」

「あんたがそうやって怒らせるようなこと言うからでしょ!」

 二人のやりとりを見て、タリアはにこにこしていた。特等席となったゆかりのかばんの中で、嬉しそうに言う。

「プリキュアが二人になったリア! すごいリア!」

 そんなタリアを見て、ちなみは心が痛くなった。あんなにひどく当たったのに、ちっとも気にしていないようだ。しかし、だからといって謝らなくていい理由にはならない。

「タリア……だよね? その、さっきはごめん、キツいこと言って」

「何のことリア?」

 とぼけた表情をするタリアの頭に、ちなみは手を置く。

「何でも。とにかく、ごめんね」

 その様子を見て、ゆかりは微笑んだ。怒られて謝るというのはよくあることだが、怒った者が一方的に謝るというのは、奇妙なものだ。

「私も手伝う。あんたのお母さん捜し」

 手に持っていたかばんを肩にかけ、ちなみはブレスレットを見つめた。そこには、彼女の決意が込められている。

「基本的に面倒事は背負いたくないんだけどね、背負っちゃったもんには責任を持つよ、私は」

 小学生のときとは随分と事情が変わった。ゆかりはもう見ているだけではなく、戦う勇気を持っている。

 そして、ちなみは戦えない人の気持ちを知った。いじめを傍観していたクラスメイトは、決して薄情だったり臆病だったわけではない。きっと、何もできなかった自分を責めていたのだろう。

 そう考えると、ちなみはおかしくなる。きっと、成長したと思っている今の自分も、数年後にはばかなことをしていた時期もあったと顧みるのだろう。しかし、それでいいのだ。

 後悔しない生き方なんてない。完璧なんてつまらない。だから、大人の真似事なんてやめて今を楽しもう。どうせ大人だって、間違ってばかりなんだ。

「あっ!!」

 脳が危険信号を受信し、ちなみは叫んだ。

「どうしたの?」

「早く戻らないと、キャプテンに怒られる!!」

 そして、二人は走り出す。今朝と同じように、ちなみが体二つ分ほどリードして、ゆかりがその後を追いかける。

 だが、ゆかりに追いかけられているから、ちなみは走ることができるのだ。この関係だけは、変わらないでいたいと思う。

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