プリキュアコネクト   作:おじ

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3-1.新たな敵と新たな仲間!

 放課後の学校では、あちこちから元気なかけ声が聞こえる。

 グラウンドでは野球部が辛い基礎練習に大粒の汗を流し、体育館からは剣道部の勇ましい轟が響き渡る。

 女子ソフトテニス部も同様で、まるで声を出すのが部活だと言わんばかりだ。部員の数に対してコートが少なすぎるため、自分の順番が来るまでは列に並んで、コートに入っている者を応援する。基本的にかけ声は「ファイト」で統一したはずなのだが、「……イトー!!」や「ァットー!!」などアレンジしてあるものの方が圧倒的に多く聞こえる。

「ファイ……ットーッ!!」

 愛花ちなみは言葉の間に溜めをつくる。入部したばかりで球拾いしかさせてもらえないときから、ちなみは同級生の誰よりも大きな声を出し、チームを鼓舞した。そうしたことから彼女は次期キャプテン候補と噂されていたが、彼女が声出しに精を出す本当の理由は、口パクで誤魔化している部員への当てつけであった。

 真面目な部員はちなみに感化され、負けじと声を張る。とりあえず練習に来ているだけの者も、その空気に引き込まれささやかではあるが声を出すようになった。

「ファーァイトーーーー!!」

 スタッカートの効いているちなみとは対照に、ゆかりは滑らかに発音する。すると、コートの向こうから再びちなみが声を出す。

「ファイ…………ットォーーッ!!」

 チームメイトの間でも二人のかけ声は特に分かりやすいとよく言われる。そのことを思い出したゆかりは、にやっとして大きく息を吸う。

「ファーーァアー……イトォーー!!」

 顧問の先生は職員会議のため、今日はまだ来ていない。来たとして、テニスの経験もなければ興味もないような人だ。居ても居なくても構わないが、どちらかというと居ないほうがやりやすい。ついでに気も抜けた数人が、二人のかけ合いにくすくすと笑った。

「こら! 変な声出さないの!!」

 キャプテンに注意されたのは誰かな、と周囲を窺っていたゆかりは、忍がこちらに向かって来ていることに気付き、冤罪だと目で訴えた。

「みんなの気が散るでしょ」

「私、変な声なんて出してないですよ!」

「どの口が言う」

 忍は人差し指をゆかりの顔の前で立てた。おでこを突っつくと、周りから笑いが起こる。突かれた場所を擦って文句を言いたそうな顔をしているゆかりの気持ちを汲んで、忍はばっと後ろを振り返る。すると、ちなみの顔が引きつった。

「ゆかりには、私からもよく言っておきますので……」

 わざとらしくペコペコと頭を下げるちなみを見て、忍は腕を組みため息を吐く。

「いい? 二人とも二年生になって後輩ができたんだからね。新入部員が入ってきたら、もう立派な先輩なんだよ」

 後輩、新入部員……。その言葉に、ゆかりは嬉しくなった。入学式から数日経ち、そろそろ一年生が部活を見学にくる時期だ。今年は何人ぐらい入ってくるだろう、先輩と呼ばれるのかな、そんなことを考えて彼女の胸は高揚した。

「ゆかり、聞いてる?」

 はっとして我に返ると、忍のじとっとした目が向けられていた。すかさず謝るとまた笑いが起き、コート内は楽しい雰囲気に包まれた。

 その様子を、コートの外から窺う一人の女子生徒。キャプテンと思しき人が叱っているのは……間違いない。彼女は確信した。

「ゆかりさんっていうんだ……」

 その場でしばらくテニス部の練習を覗いていたが、誰かが歩いてくる気配を感じて隠れられそうな場所を探す。隠れる理由もなければ彼女を見つけようとする人もいないのだが、そんなことは忘れて適当に開いていた部室に入った。

 テニスコートの近くにある部室。もちろん、それは複数あるテニス部のいずれかのもので、よりにもよって女子ソフトテニス部の部室だった。

 

 休憩時間になると、ゆかりとちなみは冷水器の列にも並ばず一目散に部室を目指した。二年生に進級して、ますます楽しくなった彼女たちの学校生活に影響を及ぼす一つの懸案事項。それが、部室にあるのだ。

 これまでのところ、意外なことにタリアはかばんの中で大人しくするという約束を守ってきた。だからといって、ゆかりにとっても未だにいまいち掴みどころのない性格であることに変わりはなく、いつ学内をうろつき出すかわからない。

 彼女たちの先を行くものはいなかったから、今の部室には誰もいないはずだ。何らかの理由で遅れてきた部員が着替えているかもしれないが、ただ着替えているだけなら問題ない。ゆかりのかばんと話したりしていなければ。

 こうした不安を抱えて、ゆかりは部室の扉を開けた。

「すごい! じゃあ、あなたは本当に妖精さんなのね」

「そう、ボクは妖精リア!」

 目に飛び込んできた光景に、二人は唖然としてお互いの頬をつねり合った。残念なことに、痛みを感じる。つまり、テニス部員ではないはずの女子生徒とタリアが楽しそうに言葉を交わしているこの光景は、現実ということだ。

「タリア、何してるの!!」

 ちなみの大声に驚き、見知らぬ女子生徒は飛び上がって反射的に頭を下げた。

「すみません、勝手に部室に入ったりして……」

「そんなことより、いや、もう……聞きたいことだらけなんだけどさ」

 混乱した考えをまとめようと、ちなみは額を拳でこつこつと叩く。その隣でゆかりも同じ動作をしてみせ、女子生徒の顔に見覚えがあることを気にしていた。頭を下げたままの姿勢でいるため分かりづらいが、先ほど一瞬だけ見えた顔は間違いなく記憶にあった。

「とりあえず……、あなたウチの部員じゃないよね。どうしてここにいるわけ?」

「ごめんなさい、つい……」

「まぁ、いいけど。それで、無いとは思うけど何も盗ったりしてないよね?」

 ちなみの追及に怯えた表情になった女子生徒を、タリアが助けた。

「ゆいはずっとボクとお喋りしてただけリア!」

「ゆい?」

 女子生徒は気をつけをして、再び頭を深く下げる。

「はい。私、一年生の恵原結依(えはらゆい)といいます。その、どうして部室にいたかは説明しづらいんですけど、本当に何もしてなくて……」

 口ごもりながら説明をする彼女に、ゆかりは既視感を覚えた。つい最近にも、同じような表情を目にしたことがある。もやもやした記憶は、次第に鮮明になり、脳内にブルーレイ画質で蘇る。

「あなた、もしかして入学式のときの……!」

 曇っていたゆいの表情が、ぱぁっと明るくなった。あのときと同じだ。

「はい、そうです! たぶん、きっと……」

 晴れ晴れとした笑顔は、また徐々に雲に覆われていく。ゆかりの言う人物と自分が同一であることに、自信が持てなかったのかもしれない。

 しかし、ゆかりには確信があった。あの日のことは忘れようがない。異世界から現れた妖精や、怪物を生み出す大男の前には霞んでしまうが、彼女が一生懸命に用意した入学式。それを控えた新入生とのふれ合いも、大切な思い出だった。

「あの後、大丈夫だった?」

「はい、体育館の方から大きな音がして、それが気になりましたけど」

「あ、あれね。何だったんだろうね~」

 引きつった笑いで誤魔化したつもりではいるが、この子は先ほど当たり前のようにタリアと話していたことを思い出し、本当のことを言ってしまってもいいような気がした。

「何? 二人はどういう関係?」

「どーゆー関係リア!」

 事情はどうあれ、よその部室に勝手に入り妖精を見て平然としていた子だ。ちなみにとって、彼女がゆかりと知り合いであるということは意外であり、同時になぜか納得してしまえるような不思議な感じだった。

「この子とは、入学式の……例のどたばたの前にたまたま会ったんだよ」

「はい、私が来るのが早すぎて困っていたら、ゆかりさんが助けてくれて……」

「あれ、私あなたに名前教えたっけ?」

 すると、ゆいは俯いてしまい、まるで自分の罪を打ち明けるかのごとく申し訳なさそうに話した。

「実はさっき、部活を見てたんです。それで……」

 思い切ってゆかりの方を見ると、期待に胸をときめかせ、目をきらきら光らせている顔がそこにあった。

「もしかして、あなた、入部希望者!?」

「いえ、あの……」

 話が変な方向へ進みそうになったので、ゆいはどうにか軌道修正をしようと試みたが、ちなみも腕を組みうんうんと頷いたため、それはほぼ絶望的となった。

「なるほどねぇ。でも、部活を見学したいならちゃんと誰かに話しを通さないと。それに、部室だって勝手に入っちゃだめだよ」

「そうリア。勝手に入ったらだめリア」

 輝くゆかりの笑顔と、渋い顔でうなずくちなみと、困った状況になって今にも泣きそうな顔のゆいが、一斉にタリアを見た。

「ボクもびっくりしたリア。でも、ゆいとのお喋り楽しかったリア」

 ゆかりとちなみの顔が強張り、同時にゆいに詰め寄る。

「何を聞いた? どこまで聞いたの!?」

「喋る珍種の動物って言ったら信じる!?」

 ところが、ゆいはぽかんとした表情になった。

「え? 妖精って動物のうちに入るんですか?」

 例えば、遠い星からやってきた宇宙人が目の前に現れたとして、私は何とか星人ですと名乗るのは当然のマナーかもしれない。それと同じで、人間と妖精という異なる種族が出会ったのだから、自分は妖精だと自己紹介しただけのタリアを誰が責められる。

 この場合、無理にでも誰かを悪者にするとしたら、それはゆいだ。宇宙人でも妖精でも、SFやファンタジーの創造物を現実として認めたとき、人間は驚いてみせなければならない。そうでないと、はるばるやって来た“彼ら”も腑に落ちないはずだ。

 しばらくの沈黙に気まずくなったゆいは壁を背に扉の方へと移動して、後ろ手に取っ手を探った。

「あの、それじゃあ私、そろそろ失礼します……」

 そうは言ったものの、なかなか取っ手が見つからず焦っていると、扉の方が自然に開いた。振り返ると、そこには忍が立っていた。

「二人とも、もう休憩終わりだよ。……って、あなたは?」

「入部希望者ですよ!」

 あまり長いこと部室で話していると、いつタリアが口をはさむか分からない。プリキュアになった時点で面倒事を背負い込む覚悟を決めた二人だったが、これ以上この場が面倒になることだけは避けたかった。

「え、もう入部希望者?」

 ゆかりとちなみに追い出されるような形で部室から出た忍は、少しの間どう対応すべきか考えた結果、去るもの追っても来るもの拒まずと判断した。他のみんなも外に出てきたのを確認すると、ゆいの正面に立つ。

「たしか一年生が入部できるのはまだ少し先だったと思うけど、どうする? 今日ちょっとでも見学していく?」

「その、私は……」

 この段階で一年生に知り合いができるということは、女子ソフトテニス部にとって大きなメリットとなる。小学生のときから熱心に続けている習い事でもなければ、ほとんどの生徒は友達に影響されて部活を選ぶ。口コミの効果を考えると、ゆいがこの部活に興味を持ってくれる時期は早い方がいい。

「ぜひ見ていってよ。もちろん、他に予定がなければ、だけど」

 ゆかりはただ新入部員を逃がしたくない気持ちより、タリアのことを知ってしまった彼女を、このまま帰すわけにはいかないという意図があった。もし、明日にでも友達に話されては堪らない。

「あ……。じゃあ、そうします……」

「よかった! 忍先輩、この子のことは私たちに任せてもらっていいですか?」

 ゆいの両肩に手をまわして、ちなみは強くかけ合った。時間さえあれば、どうにかしてタリアの存在を誤魔化せるだろう。これからの学校生活を円滑に進めるためにも、彼女たちがプリキュアだということは、誰にも知られない方がいい。

 映画や小説は好きな方だが、ちなみはそれらフィクションの世界と現実を同一視するほど無垢ではない。自分がプリキュアに変身したことすら、今では夢だったのではないかと疑っているくらいだ。特撮に影響を受けた“痛い子”だなんて思われたくない。

「ま、二人ともその子と知り合いみたいだし、わかった。あんた達に任せるわ」

 キャプテンの承認を得て、二人は胸をなで下ろす。見ているだけでは退屈するだろうから、予備のラケットを貸すと言い訳をして、コートに戻る忍を見送った。姿が見えなくなるのを確認すると、すかさず部室に戻る。

「タリアとは何を話してたの?」

 数分の間にくたびれたちなみは、適当な椅子に腰を下ろした。ゆかりのかばんを軽く叩いて合図し、タリアが顔を出す。

「ほとんど何も……。自己紹介しただけです。それで、その子は心の国の妖精でお母さんを捜してるって」

「本当にそれだけ?」タリアに顔を近づけたちなみは、小声で尋ねる。「プリキュアのことは言ってないでしょうね?」

 心の国から来た妖精のくせに配慮というものを分かっていないのか、タリアは大声で元気に応えた。

「まだプリキュアの話はしてなかったリア!」

「プリキュア……?」

 聞きなれない単語に、ゆいは首を傾げる。ちなみは大きくため息を吐いて、タリアの頭を小突いた。遅いと怪しまれないうちにコートに戻るのは、もう不可能かもしれない。

「何のことだろうね?」ゆかりはぎこちなく笑った。「きっと、妖精の世界にいる伝説の戦士とかじゃないかな~」

「そうリア! ゆかりとちなみは“伝説の戦士”プリキュアリア!!」

 すべて子どもの空想ということにしよう。ちなみはそう決心して、ゆっくりとタリアをかばんの中に押し込んでファスナーを閉めた。

「なんかこの子、私たちをそのプリキュアってのと勘違いしてるらしくてさ、困ってんのよ」

「はぁ、そうなんですか……」

 弁解のチャンスはまだ次の休憩時間に残されている。ちなみは予備のラケットをゆいに手渡し、部室を出ようとした。

「また後で落ち着いて話そう。とりあえずは戻ろうか」

 腑に落ちない様子でいるゆいの手を、ゆかりが引っ張った。

「改めて自己紹介するね。私の名前は嬉野ゆかり。こっちが幼馴染の愛花ちなみちゃん」

 つないでいる手の感触が、ゆいには懐かしく感じた。自分の存在を包み込んでくれるような、温かい安らぎ。こんな感覚を前に味わったのはいつだったか、はるか昔のことのように思える。

 ゆいは手を握り返し、ゆかりの顔を見た。

「ゆかりさんって呼んでもいいですか?」

 それを聞いて、ゆかりは笑顔になる。嬉野先輩という響きにも憧れは抱いていたのだが、こっちの方がずっといい。

「もちろん! じゃあ、行こう!」

 コートまで駆け足で戻る間、ゆいはずっと下を向いていたためゆかりにはよく見えなかったが、その表情はほころんでいた。

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