The beginning of a castle 作:里芋(夏)
ーー君…アイドル、やってみないかい?
◆
…確かあれは、大学四年生の六月中頃。
放課後、学内併設のカフェテリアで次の講義までの時間潰しをしていた時。
既に茶色一色のカフェオレを、意味もなくカランカランと混ぜていると、スーツを着た初老の男性に声を掛けられた。
曰く、「相席、いいかい?」と。
周りを見れば、カップルやウチの付属高校のうるさい高校生で席が埋まっていた。
なるほど一人の俺に声を掛けるワケだと納得し、どうぞどうぞと勧める。
「お言葉に甘えて」と男性が座った。
「…きみ。今、何歳だい?」
…まさか、男にナンパされる日が来るとは。
しかもこの人、
「22、ですけど…?」
言外に「何の用だ?」と問いかける。
「芸能界に、興味ないかい?」
「…芸能界、ですか。
まぁ、人並みには」
バラエティー番組とかニュースなら普通に見るけど、
「実は、僕はこういう者でね」
そう言って男性が胸ポケットから取り出したのは、一枚の紙。
名刺には男性の名前と、チーフプロデューサーという地位。そして
「346プロ?
…あぁ。駅前の、お城みたいな建物ですか?」
「そうそう。その346プロの来年四月設立のアイドル部門。
君がそこの男性アイドル1号って訳だ」
…んな昭和ライダーみたいなネーミングでいいのか芸能事務所。
『アイドル』
男だと、
特に、元
カレイドなんちゃらって曲は俺でも聞いたことがある。
っていうか『芸能界に興味ある?』っつーか『芸能界入りする気はある?』のほうが正しいんじゃ…
「ああ。別に、今すぐ決めろとは言わないよ。
いつでもいい。まぁ、早いに越したことはないけどね。
連絡をくれれば、すぐに日取りを決めて話し合おうと思ってる」
…なんつーか、あまりに話がサクサク進みすぎて、何が何だかわからなくなってきた。
っていうか、
「すいません、お話はありがたいのですが…
何故出会ったばかりの俺を、こんなに熱くスカウトしていらっしゃるのか…
正直、よく分からない。といいますか…」
「あー…つまり、スカウトの理由を聞きたいってことだね?
全部挙げていったらキリがないから、一番大きいのでいいかい?」
コクリと首肯。
「笑顔、だね。」
「…笑顔、ですか?」
いや…え?それだけ?
笑顔っつっても、「相席どうぞ」の時の愛想笑いくらいしか見せてないと思うんだけど…
「…ああ!言っていなかったね!
君のゼミの教授、いるだろ?
彼、僕の高校・大学時代からの親友なんだよ。
今日は彼と久々に会うことになってね。
いやー、二十数年は大きかったね!
地味キャラだった彼があんなに…」
「…っとお、本題からいつの間にかずれてたなぁ。
いや、失敗失敗…。あれ?何の話をしていたんだっけ?」
「…はぁ。
俺の笑った顔をいつ見たんですか?…って話です。
んで、うちのゼミの教授とプロデューサーさんが旧友だってとこまで」
「そうそう!それで、歓迎会の時の写真を見せてもらったんだよ!
いやぁ、いい笑顔してたねぇ」
刹那、何処からかピリリリと鳴り響くガラケーの着信音。
正面の男性はサッとそれを取り出すと耳に当て、相手と二、三言交わすとこちらへ向き直った。
「…すまないね、呼び出しがかかってしまった。
じゃあ、いつでも連絡してくれ。いい返事を、待っているよ」
「お話、ありがとうございました。頑張ってください
「ありがとう、それじゃあ」
ぼーっと、カバン片手に出入り口へと歩く男性の背中を首を右に捻りつつ追っていく。
そのままふと壁がけの時計に目をやって、
「…ッ!嘘だろ!?」
午後の授業は欠席扱いにされた。
ちくしょう
明日は17:00に更新します