目を開けずとも、体感で今が真夜中なんだと悟った。
ずしりと腰辺りにかかる重みと眠りの中で聞いたデスガイドの声から、現状を頭の中で思い浮かべる。
デスガイドがいたずらしてるんだ。
いつだったかのように、私に跨って寝ている私にちょっかいを出しているんだと当たりをつけた。
そんなのは無視だ。このまま寝てしまおう。私は眠いんだ。
『優姫ちゃんっ! お願い、起きて!』
またデスガイドの叫び声が横から聞こえる。私の眠りを妨げないで欲しいと願った。と同時に、疑問が降って湧く。
——あれ、なんで横から? じゃあ上に乗ってるひとは誰?
そこに思い至ると事態の異常さを予感して目を見開いた。
私の上にいたのはエリカだった。
ひとまず、身の危険はないと安心する。しかし、冷静になっていくうちに現状に対する懐疑心が膨れてきた。
「優姫」
「え、エリカ? なんでここにいるの?」
「⋯⋯」
エリカは答えず、微笑むだけだ。
私は現状を理解しようと首を横に向けると、そこにはデスガイドともう一人いた。
褐色の肌、背中から生えるカラスのように黒い六枚の翼、そして頭上の赤い天使のような輪。
堕天使イシュタム。その精霊だ。
イシュタムはデスガイドを組み伏せて動けなくしていた。
『優姫ちゃん、エリカは今、カードにかかった呪いの影響を受けているんだよ!』
「カードの、呪い?」
カードって、堕天使イシュタムのカードのこと? そういえば、エリカがお祖父さんからもらったカードは堕天使イシュタムだった。
なにか関係があるんだろうか。
「優姫」
「な、なに?」
「わたくしを見て」
「え?」
「わたくしを愛して」
「あ、愛?」
エリカはじっと私を見据えている。
一体どうしたんだ。これが呪いの影響なんだろうか。
「ああ、優姫。わたくしを慕って。わたくしを頼って。わたくしを褒めて。わたくしを叱って。わたくしを信じて。わたくしを望んで。わたくしを理解して。わたくしを意識して。わたくしを贔屓して。わたくしを呼んで。わたくしを感じて。わたくしを受け入れて。わたくしを好きになって。わたくしを罵って。わたくしを慰めて。わたくしを慈しんで。わたくしを崇めて。わたくしを想って。わたくしを敬って。わたくしを称えて。わたくしを求めて。わたくしを——認めて」
熱に浮かされたように囁くエリカ。まるで愛の告白だと思った。
しかし狂気的に羅列される言葉には、寂しさや不安からくる、承認されたいという感情が痛いほど籠っている。
「エリカ。私はエリカのことをちゃんと認めているよ」
なにか言ってあげるべきだと思った。
「認めてないっ!! 優姫は、優姫はっ! あのときからわたくしを見限ってしまいましたわ! 無様に! なにもできないままに負けてしまったから!」
あのとき。エリカが統治と戦ったときか。
「そんなことないよ。私は無様だなんて思ってないし、見限ってなんかない」
当然だ。そんなことで友だちを見限ったりするもんか。
「⋯⋯優姫は優しいんですのね。でもダメですわ。わたくしが、自分の力で優姫に認めてもらわなければっ! 施しを一方的に受けるなんてわたくしたちの関係じゃありませんわ! だから!」
「ええ、ちょっ、エリカ!?」
エリカはおもむろに手を伸ばし、私のパジャマの第一ボタンに指をかけた。
ボタンを外そうとしていることに気づき、私は止めようとエリカの手を掴むと、
「イシュタム」
『ええ』
「うわっ、腕がっ、勝手に⋯⋯っ」
私の両腕は自由がきかなくなり、勝手に枕の上に動いた。腕を戻そうとしても固まって動かない。
自分の意思とは無関係に、エリカに対して無防備な体勢になってしまった。
「エリカ、や、やめてぇ⋯⋯」
ボタンはするする解かれていき、ついには全開になってしまった。
「え、エリカ。なんでこんなことを⋯⋯」
「優姫。わたくしに身も心も、全て委ねて? なにも、怖いことはありませんわ。ただ、わたくしを見て、愛して、頼って——。わたくしのところまで堕ちてきて? そうして二人で一緒に沈んで行きましょう」
エリカは私の身体を包むボタンが解かれたパジャマを、花を剥くように開いた。
露わになった身体をエリカにまじまじと見られ、恥ずかしさで目が潤む。その表情を見たエリカは恍惚とした笑みを浮かべ、それもまた恥ずかしい。
「触りますわよ?」
「え? あぁっ」
両手の指が私のお腹を滑り、くすぐったさで変な声が漏れた。
私の声に満足げな表情を浮かべ、指を上に向かって這わせるエリカ。
胸に到達すると手のひらで覆うように撫で回される。
「ああ、優姫。優姫ぃ」
形や弾力を確かめるように手のひらを吸い付かせるエリカは嬉しそうな声を漏らす。私はくすぐったさを耐えるように、目を固く閉じていた。
「目を閉じて⋯⋯。気持ち良いんですのね」
違う、我慢してるんだ。
「え? な、なにっ?」
突如首に違和を感じ目を開けると、エリカの頭が真近くにあった。
「んっ。んぅっ!?」
首筋をなぞるように舐められたかと思うと、今度は吸い付くようにキスをされた。強めに吸い付かれ痛みがあり、まるで支配されているような感覚に陥る。
しばらくするとエリカは唇を沿わせながら下に下がっていく。鎖骨を通り胸にたどり着くと顔を埋め、そのまま強く吸われた。
私の反応を確かめるように胸中のあらゆる場所にキスするエリカ。一心不乱に私の胸を弄ぶ様は赤ちゃんのようだ。
最中、エリカは空いた手で、私のあばらのみぞに指を沿わせたりヘソのくぼみを確かめたりした。それは私の反応を楽しもうとしているんじゃなく、私という存在を覚えこもうとしているようでなんともいじらしい。
その姿を見ると私の心には余裕が生まれ、可愛いとさえ思えるようになった。
ひとしきりキスし終わると、エリカは顔を上げる。
「満足した?」
小さい子に話すように優しく問いかける。私の中の母性本能が私をそうさせていた。
「優姫こそ、どうですの?」
「どうだと思う?」
私は挑発するような笑みを浮かべる。自分で自分をどうしたいのかわからなかった。ただ、このままエリカが優勢のまま事が進むことに悔しさを感じていた。
エリカを手玉に取りたいという小悪魔的な欲求がふつふつと湧いて私を征服して行く。
「エリカはこの後、私をどうしたいの?」
誘うような声で囁いた。
そして、いつの間にか自由になっていた両手で、ネグリジェから覗くエリカの両脚の太ももをいやらしく撫で付ける。
これがエリカの期待感を高める行為だとわかっていた。理性が挑発するなと言っている感覚もある。しかし、エリカよりも優位でありたいという想いがどうにも止めることができない。
私もカードの呪いとやらに侵されているんだと今になって知った。
「あぁ、優姫っ。わたくしはぁっ!」
太ももをギュッと閉じ、私の腰を横から挟み込み締め付けるエリカ。呼吸も荒らげている。
どう見ても興奮していた。私の言葉や行為にエリカは感じている。私が支配しているんだと実感して気分が高まった。
「キスをしましょう! 気持ちよくしてあげますわ!」
「ふふっ、いいね。——でもダメだよ」
かろうじて残っていた理性が、拒否の言葉を最後にくっ付けた。
今、私の中にはエリカを惑わせて優越感に浸りたいという気持ちと、この状況をなんとかしないといけないという気持ちがある。
本心は前者だ。前者なんだけど私は思い止まった。そうしないと後戻りできなくなってしまうと予感がしたからだ。
「もうやめにしよう」
「な、なぜ急に!? 優姫だって乗り気なんでしょう!」
「うん。うーん、今からデュエルしない?」
「は、はぁ? デュエル?」
私の唐突な申し出にエリカは困惑した顔になる。
「エリカはさ、デュエルで負けたから見限られたって思ったんでしょ? だったらデュエルで見返すべきじゃない?」
「そ、それは⋯⋯」
「私を堕とすことで私と対等になろうとするなんて、もしかしてデュエルじゃ私に並べないと思ってる?」
「そんなことありませんわ!」
「だったらしようよ、デュエルを」
「⋯⋯」
エリカはなにかを心中に抑え込むように黙り込んだ。その様子から私の言いたいことはきちんと伝わっているようだった。
ただ、こういう状況にしてしまった手前、引くに引けなくなっていたように見える。
「⋯⋯ずるいですわ」
「えっ?」
「期待させるだけさせて、一番良いところで正論で止めるなんて! そんなのってありませんわ!」
いやまあ、確かにそれは悪いと思う。つい直前まで私もノってたし、今もそういう気持ちを払拭しきれたわけじゃない。
「じゃあさ、特別なルールを設けようよ」
「ルール?」
「エリカが勝ったら私になにをしてもいいよ?」
「なにを、しても⋯⋯」
エリカは私のお腹に手を置く。
「私にシたいこと、あるんでしょう?」
誘うように囁くとお腹に置かれた手がピクリと反応した。
「ゆ、優姫⋯⋯」
「私に勝てたらね」
私はエリカが変な気を起こす前に言葉で釘を刺す。
私というご褒美はデュエルの後だとお預けにすることで、エリカを手懐けているかのような倒錯的な想いが頭を巡った。
「⋯⋯優姫はわたくしの知らないうちに悪い子になってしまったようですわね。でもまあ、その勝負乗りますわ」
エリカは最後に私の胸の膨らみを触って確かめると、ベッドから降りて立ち上がる。
「デュエル場で待ってますわ。絶対に来るんですのよ」
エリカが私の部屋から出て行き、静かな夜がもどってきた。
「はぁー」
とりあえずの身の安全を確保ができて一息つく。
『優姫ちゃん、大丈夫?』
デスガイドが様子を伺うように話しかけてきた。イシュタムの姿はもうない。きっとエリカについていったのだろう。
私は身体を起こしデスガイドに向き合った。
「デスガイド、カードの呪いってなに?」
この前デスガイドはお祖父さんにもらったカードには少しの影響があると言っていた。そのときは冗談めかしてたから深くは考えなかったけど、今の状況をカードの呪いが作り出したんなら、さすがにスルーできない。
『⋯⋯優姫ちゃんやエリカが渡されたカードにかかってる呪いは、使用者の本性とかそれに基づく願望が肥大化して表に出てくるものだよ。多分エリカはそのせいで自分をコントロールできなくなってるんだ』
本性や願望が表に⋯⋯。
なるほど。それは私にも当てはまることだ。
今思うとエリカへの対抗心みたいのが普段より大きかった気がするし、私も自分をコントロールできてなかったかもしれない。
「これってずっとこうなの? だったら結構辛いんだけど」
『ひとは呪いに対する耐性を持ってるんだけど、メンタルがいつもと違ってたり、悩みを抱えてたりすると耐性が弱って影響を受けやすくなるんだ。優姫ちゃんたちは呪いの耐性がひとより高めだから、原因を解消したらほとんどの影響を抑えることができると思うよ』
「それって、私の場合はエリカに変なことをされそうになったから、自分がわからなくなってたってことだから、普通に生活する上では問題はないってこと?」
『感覚的に言えばそうだね。それで多分エリカは悩みがあってさっきみたいになってたから、それを解消してあげれば元に戻ると思う』
悩みか。それは多分、私に認められたいってことだろう。統治とのデュエルで一方的に負けて私に見限られたと勘違いして、私と対等でいれないと思った。それが呪いにより暴走してさっきみたいな行動を起こしてしまったんだ。
「デュエルしたらエリカを元に戻せるかもってことか」
私とデュエルして張り合うことで対等に戦えるんだとわかってもらえたら、エリカは自分を取り戻すかもしれない。
「でもなんでお祖父さんはこんなカードを私たちに渡したんだろう。嫌がらせかな?」
『理由はわからないけど、この呪いって、本心が表に出たりするのは副作用みたいなもので、本来の効果は精霊との親和性を高めるものなんだよ。だから理由があるとしたらそこに関係してると思う』
「そうなんだ」
道理が見えてきたな。エリカが私にしたことは、私と真っ当な友だちでいたいと思う気持ちから来ているってことだ。それはとても嬉しいし、私もそれに応えたい。
さっきは場の流れに流されなくて本当に良かった。きっとあのまま行ってたら、私とエリカは不純で誤魔化しの友人関係に成り下がっていたと思う。
いや、まだその可能性が消えたわけじゃない。この後のデュエルでエリカが満足せずに勝ったら、エリカは私にそういう関係になれと命令するだろう。
だから私がするべきことはエリカに勝つことじゃなく、デュエルを通してエリカに私はエリカと対等な関係だと思ってるってことをわからせることなんだ。
なんとかしてみせるよ。それが友だちってものだと思うから。
『優姫ちゃん』
「なに?」
『ごめんね。あたしはこういうことになるかもしれないって、予想はできてたんだ。なのにそれを優姫ちゃんに伝えなかったんだよ⋯⋯』
そうだ。デスガイドは呪いの効力のことをわかってて私にデッキに入れるように促したんだ。
「理由は?」
『⋯⋯呪いの、精霊との親和性を高めるってのに期待したから、だよ』
「それだけ?」
『う、うん。それだけ』
「そっかぁ」
デスガイドは申し訳なさそうに佇んでいる。目が合わないように顔を伏せていた。
どうやら私の反応を怖がっているみたいだ。
「デスガイド、こっちに来て」
言われたまま、無言でこちらに来るデスガイド。
「両手、出して」
またも言われた通りに両手を突き出す。私はその両手を掴みベッドに倒れこんだ。引っ張られて慌てたデスガイドは踏ん張ろうとしたけど、私はそれ以上の力でデスガイドを引き込む。
いよいよバランスを崩したデスガイドは、片膝と両肘をベッドに突くことで私との衝突を防いだ。
私に覆いかぶさるデスガイド。その頰を手の平で撫でると、ガラにもなく顔を赤く染めていた。
『優姫ちゃん?』
「私が怒ると思った? 怒らないよ。デスガイドは私ともっと仲良くなりたくてそうしたんでしょ? だったら怒らない。むしろ私は嬉しいよ」
『優姫ちゃん⋯⋯』
デスガイドはホッとした顔になった。
私に対する負い目が消えると、デスガイドは私とほぼ密着状況であることに気づき身を起こそうとする。でも私がそれを制止した。
「デスガイド。パジャマのボタン、留めてくれる?」
『いいけど、この体勢だとやりにくいよ』
「いいんだよ。その方が長くくっついていられるでしょ?」
『あっ⋯⋯、そうだね、優姫ちゃん』
デスガイドはニッコリと笑ってくれた。この顔を見ることができただけで、呪いにかかったのも良かったと思えてくる気がする。
「デスガイド、可愛いよ」
ボタンを留めるデスガイドの頭を撫でてそう言った。その言葉は半ば無意識のうちに出たものだ。
『えへへ。いつもはそんなこと言わないのに』
「呪いの副作用のせいだから仕方ない」
『そうだね。呪いの副作用のせいだから、もっと言ってくれてもいいんだよ?』
「ふふっ。可愛いよ、大好き」
エリカを待たせてるかもだけど、それも呪いの副作用のせいだから仕方ないよね。