ここデュエルアカデミアは、当然のことながらデュエルについて学ぶ場所で、カードの種類や使い方、デッキ構築の仕方などについて知ることができる。それだけでなく、国語や数学などの一般の授業もある。普通に考えれば当然だ。
しかし一つだけ常識的でない授業がある。その科目名を錬金術と言う。卑金属を貴金属に精錬したり、果ては人の身体や魂までも錬成したりできると言われるアレのことだ。
全くもって嘘くさいけど、興味がないわけじゃない。意外と授業を聞いていると楽しかったりする。
そんな錬金術学を教えてくれる人は大徳寺先生だ。糸目でメガネを掛けている飄々とした人で、語尾に”ニャ”をつける口癖がある。
今日も錬金術の授業があり、蒸留の技術だとか宇宙がどうとか、それっぽいことをニャーニャー言いながら教授してくれた。一部の生徒は睡眠学習になってたけど。
さておきこの学校には、大徳寺先生のように特徴的な個性を持つ人物が何人かいる。忘れがちだけどこの世界はアニメの世界だ。主人公がいてそのライバルやヒロインもいる。つまり、悲観的な言い方をするとこの世界は彼らを中心に回っているということだ。
そしてアニメの世界だというなら、そこには明確な起承転結があり盛り上がりがある出来事が待ち受けているだろう。カードゲームの世界だから人の生き死にが左右されるような展開はないと思うけど、それでも私は本来の流れを変えないような配慮をするべきなのかもしれない。
そう考えると不公平だと思う感情が湧いてきた。物語の主要キャラに関わらなければいいだけの話かもしれないけど、それにしたって多少の気は使う。
この先、もしも主人公たちと交流する機会があるとして、それが今後の展開を大きく変えることになるのなら、私はどんな行動をするのか。そんなことは今の私にはわかるわけがないことである。
『優姫ちゃん。これから探険に行かない?』
「行かない」
デスガイドから突発的な提案が出た。でもお風呂上がりのさっぱりした私には全く響かない。ふわふわのソファに身を沈め、開いた窓からそよぐ風を浴びるこのひとときは誰も邪魔をしてはいけない時間なのだ。
『即答? 行こうよー、そういうの好きでしょー?』
「だってもうお風呂に入っちゃったし、今は夜だよ? 明日にしようよ、休みだし」
『明日かぁ。うん、明日でもいいよ』
考える素振りをしたデスガイドはすぐに納得してくれた。
「でもなんで急に探険?」
『なんかね、一人でこの島をふらふら飛び回ってたんだけど、怪しそうな場所を見つけたんだよ。結構いい雰囲気出てたから一緒に行きたいなって』
「怖そうなとこ?」
『うん。外観とかボロボロで廃れた建物だった』
「廃れた建物か。それって多分今は使われてない廃寮のことだね。そこに入った人は行方不明になるって噂の」
この島のことを熟知してるわけじゃないけど、廃れた建物って言ったらそれしか思いつかない。確か、昔の特待生の寮で闇のデュエルの研究がされてた場所なんだっけ。ただの噂話だけど。
「うん、面白そう。明日の昼に行こうか」
次の日、私とデスガイドは閉鎖寮に来た。
建物前の庭は手入れが施されている形跡はなく、割れた窓ガラスもそのまま。門にはロープが張ってあり、立ち入り禁止の標識が吊るされてある。
人が立ち入ることがない場所なのは一目瞭然だ。
「おおー、いい感じだね。ワクワクしてきたよ」
『早速入ってみよう』
「うん。バレなきゃ問題ないしね」
標識にも書いていた通り、この場所は生徒の立ち入りを禁じていて、ここに来たことが先生にバレたら結構まずいことになるだろう。でもバレるわけない。何度もここに通うならそのうち見つかることもあると思うけど、たった一回だけなら大丈夫なはずだ。見たところ監視カメラの類もなさそうだし。
私は中に入り、探偵の気分で寮内を探索する。全体的に埃は被っているけど、天井からシャンデリアが吊り下がってたり通路の脇にレトロな燭台が掛かっていたり、内装は豪華だ。
『明るいなぁ。やっぱり夜に来た方が良かったなー』
デスガイドがぼやく。確かに、薄暗さはあるけど窓から差す陽の光のおかげで、完全な暗闇には程遠い。私としてはこれでも未知の空間で楽しいんだけどな。
「夜だと暗すぎてなにも見えなくなるよ」
『それがいいんじゃん。懐中電灯一本を頼りに闇の中を切り開いて行くみたいで』
「いやあ、ここに夜には来たくないよ。さすがに怖いし危ない」
『それがいいんじゃん! 優姫ちゃんの怖がるとこみたいな、そしてあたしがいるから大丈夫だよ、って言ってあげたいなぁ』
「ああ、そういう狙いがあったんだね⋯⋯。でも私はそう簡単に人前では醜態は晒さないよ」
『それはわかるかも。優姫ちゃん、なにかあってもあんまり動じないよね』
「”こういうこともある”って思うようにすると大抵のことは受け入れられるからね」
案外、私の出来事に対する許容範囲が広いのかもしれない。色々思ってたりはするけどね。
『じゃあ、地下に行ってみようよ。地下なら窓はないし真っ暗だから、優姫ちゃん怖がって泣いちゃうかも』
「泣きはしないと思うけど、地下は結構怖そうだね。行ってみよう」
ビビるというよりは怖いもの見たさが勝って楽しみだ。
私たちは早速地下に向かう。
地下に続く階段を下りると、そこには一本の通路があった。奥の方は完全な闇で見通すことができないため、懐中電灯の明かりを点けて進入する。通路の幅はそこまで広くないので懐中電灯でも十分な明かりがあった。しかし前方を照らしても端まで届く程の光量はない。
自身の周りとほんの少しの前方だけが私の見える範囲。知らない場所でここまで視界を限定されると、さすがに恐怖を感じる。
「デスガイド、手繋ごっか」
『あれ、怖いの?』
「ちょっとね」
『怖がりなんだからぁ』
言い方が鼻についたけど、空いた手でデスガイドの手を握ると少し安心した。これでなにかに襲われそうになったときに、デスガイドを盾にして逃げることができる。まあ、冗談だけど。でも人間いざってときには我が身が可愛いものだからなぁ。
『あ、分かれ道』
「ホントだ、どうしよう」
前方には直進の道と右に曲がる道があり立ち止まる。
「とりあえず右に行こう」
『はーい』
「でも、もしもこの先にまた分かれ道があったら引き返した方が良いかもね。迷ったらかなりヤバそうだし」
『そうだね』
ゲームだったらガンガン進むところだけど、生身の人間なら無策に進むべきじゃない。幽霊やモンスターが棲みついてる、なんてことは思わないけど、迷って出られなくなる可能性は十分にある。それを想像したら、それこそ泣くほど怖いしシャレにならない。
しばらく道なりに進むと広いとこに出た。円状に広がる空間に懐中電灯の光を彷徨わせると、まず始めにたくさんの機械が目に映る。続いて蒸留釜。蒸留釜はお酒を造るために使われてるけど、それだけでなく錬金術にも応用するそうだ。授業で写真付きで学んだのを覚えている。そして視点を変えて光を照らすと、
「棺桶?」
西洋風のシンプルなそれが、壁に立てかけてあった。
『中に誰か入ってるかも。開けてみない?』
「入ってるとしたら死んだ人だよ。ちょっと度胸がいるな⋯⋯」
開けた途端、死体から湧いた虫が飛び出てきたりとかしたら嫌だし、そもそも棺桶を開けるって死者に対する冒涜のような気もする。⋯⋯棺桶に入ってたら虫は湧かないかな。
ともあれ私は棺桶に近づく。直接触れることはせず、目視で確認したり臭いを嗅いでみたりしたけど特に変なところはない。
「開けてみようか」
意を決して棺桶の蓋に手をかけると、
「っ⋯⋯!?」
真っ暗闇だった周囲が突然、電気を点けたように明るくなった。事実、眩しさを堪えて天井を見ると白熱電球が光っていて、真っ白な輝きが私の目に突き刺さる。
「ここは生徒立ち入り禁止のはずなんだけどニャー?」
「えっ!?」
光に眩む私に追い打ちをかけるように声が届き、グルリと振り向く。そこにいる人物の正体を、声や口調を耳で聞いて特定するのと、この目で確認して了知するのはほぼ同時だった。
「大徳寺先生⋯⋯?」
「ここでなにをしていたんですかニャ?」
柔らかい口調だ。しかし内心では不信感でいっぱいだろう。私はなるべく心をオープンの状態で居直った。それができてるかは自信がないけど。
「い、いやあ、肝試しがてらここを探険してました。すいません、帰ります」
教師にバレてしまっては興ざめだ。私は気まずさからも逃れるように、そそくさと入り口に向かう。
「ちょっと待つニャ」
「うっ、なんですか?」
この先生はチョロそうだから怒られないで済むかと思ったけど、そこまで甘くはないみたいだ。
「棺桶の中を見ましたかニャ?」
「み、見てないです」
「本当ですかニャ?」
「えっと、噓じゃないです」
「⋯⋯」
なにかおかしい。
なぜ大徳寺先生は棺桶のことを聞くんだろう。それに先生こそなんでここに?
「あの、説教なら場所を変えませんか? ちょっと魔が差しただけなんです」
「⋯⋯」
大徳寺先生は黙ったまま通路の入り口に立ち塞がり動かない。それはまるで私を逃さないようにしているようだった。表情こそ穏やかだけど、なぜか言い知れない恐ろしさがある。この場所の不気味な雰囲気も相まってそう思った。
これは規則破りのことを怒ってるんじゃないと悟る。もっと別の、この人の禁忌に触れてしまったのかもしれない。
禁忌とは? 決まってる、あの棺桶だ。棺桶の中身だ⋯⋯。もしかしたら私は、とんでもないことに首を突っ込んでしまったのかもしれない。
「私、もういきます」
一刻も早くこの場を去りたくて、大徳寺先生の存在を半ば無視して通路に入ろうと強行する。しかし腕を掴まれ阻まれてしまった。非常に強い力で握られその瞬間に私の中で、この人は危険な人なんだと明確に定まる。
「話はまだ終わってないニャ」
力で勝てるわけもなく私は抵抗をやめ、おとなしく大徳寺先生の正面に立った。
こうして並ぶと身長差がはっきりとわかる。頭二個分くらいだろうか。見上げる形で大徳寺先生の顔を伺うと、困ったような表情になっている。なにかを考えているようだ。そこから、ひとまず問答無用で危害を加える気はないことはわかった。
決めつけや希望的観測から推理すると、大徳寺先生はそこまで悪い人じゃないけど、あの棺桶に関する秘密を抱えていてそれが私にバレたと勘違いしている。だから私を無理矢理に引き止めたんだ。他の生徒に拡散するのを防ぐために。問題はその秘密がどのくらい重大なのかだ。きっと、それによっては私は命を落とすことだって有り得る。
「⋯⋯先生、私を殺す気ですか?」
「え? まさか。そんなことはしないのニャ」
あっけらかんと言う大徳寺先生。どうやら私の灰色の脳細胞は早とちりしていたらしい。良かった。
「ただ、お願いがあるのニャ。あの棺桶のことは誰にも言わないで欲しい。あれは私にとって大切なもので、人に知られたくないものなのニャ。わかってくれるかい?」
「わかりました、棺桶のことは忘れます。その代わり、私が立ち入り禁止のここに来たってことは知らなかったことにしてくれませんか?」
「わかったニャ」
棺桶になにが入っているかは知らないけど、私を殺すなり監禁するなりした方が秘密を守るのに最適だ。それでもお願いという形で私に持ちかけてきたのは、先生の譲歩なんだと思うことにした。
いや、普通に考えたら殺すだの物騒なことには行き着かないと思うけど、場所が場所だし物も物だしで用心深くなるに越したことはない。大徳寺先生の申し出を受け、さらに交換条件を出すことで約束を強固に見せかけるのが最善だと判断した。
うん、完璧。私ってもしかして探偵の才能があるのかも。それか詐欺師。探偵としては棺桶の中身が気になる所だけど、それを知る度胸は私にはないな。
さて、話もまとまったし寮に戻ろう。
「それじゃ私は——」
「大徳寺先生。錬金術の担当教師でオシリスレッドの寮長」
「っ! 誰ニャ!?」
ふと、後ろから声がした。感情を悟らせない淡々とした声。ゆっくりと振り返ると女の人がいた。
「またの名をアムナエル。セブンスターズの一員」
「なぜ、それを⋯⋯!」
気配なんて感じなかった。いつの間にかそこにいた。立ち位置的に全体を俯瞰できるはずの大徳寺先生も、たった今気づいたような反応だ。
「そして、そこの棺桶に入っているのは、大徳寺先生本人」
「⋯⋯何者だ?」
パンツタイプのダークスーツを着こなす女性は無表情のまま言葉を続ける。
「お初にお目に掛かります、優姫様。私は夜闇家の使用人。沙夜とお呼び下さい」
沙夜と名乗る女性は、始終私を見つめていた。