「逢い引きしてるとこ申し訳ないんだが、そろそろいいか?」
私、沢木くん、沙夜、圭の四人が対峙して、一番最初に口を開いたのは圭だった。対して、四人の中で唯一状況を理解できない沢木くんは困惑したように尋ねる。
「あの、二人は優姫さんと知り合いですか?」
「まあな。オレは従兄妹でコレはパシリみたいなもんだ」
コレ、と指を指された沙夜が「私は夜闇家の使用人です」と素っ気なく訂正して、
「ですが貴方が覚える意味はありません。私たちは所用があるので、貴方はお戻りになったらどうですか?」
と、丁寧な言葉使いで冷たく言い放つ。
「ごめんね沢木くん。所謂家庭の事情ってヤツでね」
「どうしても見学したいと言うなら、見ていってもいいですが」
「え?」
付け足された真逆の言葉に、私は内心顔をしかめる。
人にはあまり知られてはいけないことをするというのに、良いんだろうか。私はあまり良くない。かといって、私の口から沢木くんに一人で帰るように言うのは、中々難しい。
黙っていることしかできなかった。
「いいって言うなら見てるけど⋯⋯」
「よし、それじゃあオレの方から話しをするぜ?」
沢木くんは遠慮がちな一言で居残ることを決める。その後話しを続けたのは、沙夜ではなく圭だった。
「まずはデュエルのルールか。普通のデュエルじゃダメだってことなんで、今回のデュエルは、オレの職場で流行ってる特別ルールでやる」
「普通のデュエルじゃダメなの?」
「ダメなんだろ? そう聞いたが」
圭の視線が沙夜に向いたことで、私は沙夜の指示が出ていることを察した。なぜダメなのかまではわからない。
「ま、その辺はソイツから聞いてくれや。ルール説明だ。まず、互いの初期ライフは25000。んで、相手にダメージを与えたらその分自分のライフは回復する。逆もまた然りだ。勝敗が決定するのは20ターン後で20ターンの間にどっちかのライフがゼロになっても、そこでは終わらない。青天井で続き、ライフはマイナスになる。⋯⋯まあ、稀なことだがな。こんなとこか。後は普通のデュエルだが、このルールだとデュエルディスクを通せないから手動だ」
「ふーん、面白そうだね。でもそれだけじゃないんでしょ? 闇のゲームに代わるなにかがあるんだよね」
「そうだな。負けた方はペナルティとして、ライフ25000を基準点として、そこからの差が5000につき指一本だ。シンプルだろ?」
「指? をどうするの?」
「そりゃもちろん、こうするんだよ」
圭は白い手袋を着けた右手でチョキをつくり、同じく手袋を着けた左手でつくったパーをチョキではさむ。
正しくそれは、指を切断するジェスチャーだ。
「切断する順番は左手の小指から始まり薬指、中指、人差し指、親指。それで足りなかったらさらに右手の小指から親指までのマックス10本だ」
「ち、ちょっと待ってくれ!」
沢木くんが声を荒らげた。
「まさか、本気で指を賭けるわけじゃないよな!?」
「いやいや、本気に決まってんじゃん。あ、もしかしてお前、こういうの初めてか?」
「初めてに決まってるだろ!」
「私だって、ここまで重いデュエルは初めてなんだけど」
正直言って頭を疑う。これなら今まで通り闇のゲームの方余程いい。
「優姫さん、もう帰ろう。こんなデュエルやる必要ない」
沙夜の目つきが鋭くなる。視線の先は沢木くんだ。
「帰るなら貴方一人で帰って下さい。元々貴方には関係のない話しですから」
「いいや、二人で帰る」
沢木くんはこの場を去ろうと私の手を引く。でも私は掴まれた手に力を入れ留まった。
結局のところ、私には拒否権はないのだ。沙夜が力に訴えれば私なんかは簡単に捻り潰される。最悪沢木くんにまで被害が及びかねない。
だから仕方なく物分かりのいいふりをして、デュエルすることにした。
「優姫さん?」
「やるよ、拒否権はなさそうだし。デッキの内容をちょっと変えていいかな?」
「ダメだって!」
「いいぜ。オレのデッキもこのルール用だしな」
デッキから数枚のカードを抜き出し、サイドデッキから同じ枚数分のカードを入れる。
「これでいいかな」
「ダメだ!」
「え、デッキ内容、これじゃダメ?」
「そうじゃなくて、デュエルしたらダメだって! 負けたら指を無くするんだよ。それだけじゃなく、勝ったとしても相手の指を奪うことになるんだ! 優姫さんだって嫌だろ?」
「イヤだけどさ、もう決まったことなんだよ。沙夜がいるんじゃ抵抗は無意味なんだ。でも大丈夫。ライフ差が、プラマイゼロから5000以下なら誰も指を失うことはないから」
私の勝利条件はそこ。勝ち過ぎず、負け過ぎないこと。逃げ道ならある。それと、
「ねえ。このルールって、圭が提案したんだよね。じゃあペナルティの方も?」
「オレの案だ」
「じゃあ指の一本や二本、とれても文句はないよね」
「まあ、そうだな。それに見合う大金も貰ってるしな」
それならプラマイゼロを目指しつつ、無理そうなら多少ライフ差が大きくなって勝ってしまってもいい。
「そういうことだから、沢木くんは安心してて」
「安心出来るわけないって!」
「五月蝿いですね。排除しますか?」
「邪魔、しなくていいからね?」
私の本意じゃないことをする沙夜が少しだけ憎い。しかし、指を賭けたスリル満点のデュエルを楽しみにしている自分も少しだけいた。
「始めようか」
「ああ」
私たち四人は東屋に移動した。
木製のベンチに座りテーブルにデッキを置く。デュエルは手動でやるため、立ったままではできず、ライフ計算も沙夜が持つ電卓で表示するように決まった。さらにイカサマ防止のためにデッキのシャッフルは相手と自分、計二回為される。
そして細かいルールの取り決めを二人で話し合い、その後に互いに五枚の手札を持った。
夜闇圭LP25000
保科優姫LP25000
「先攻は貰っていいか?」
「どうぞ」
「サンキュー。あ、一つルール説明忘れてたわ。特殊勝利のカードについてなんだが、本来、特殊勝利ってのはその形成は困難だが、このルールでのコレは非常に簡単になってる。だから、特殊勝利のカードを揃えられたとしても、そこで勝敗は決まらず、一律8000のライフダメージとしていつもプレイしてるんだが、それでいいか? なんならダメージ量を増やしてもいいんだが」
「いや、そのままでいいよ」
「そうか。んじゃあ、オレの先攻でドロー。⋯⋯おっと、揃っちまったか。ほれ、《エクゾディア》とその手足だ。これで8000と」
事も無げに、ドローしたカードと手札にある内の四枚を晒す圭。予定調和かのように開かれた五枚の手札は、ハッタリなんかじゃなく本当に《エクゾディア》とそのパーツだった。
すなわちこの瞬間、私はライフ8000のダメージを受けるということ。普通のデュエルだったら、負けが決まっていたところだ。
保科優姫LP25000→17000
夜闇圭LP25000→32000
「あり得ないだろ!? イカサマだ!」
麻雀で言うところの天和。初手に《エクゾディア》を揃えるのはそれよりも確率は高いとはいえ、それでも普通にやったら起こり得ない現象だ。
でも実際に目の前で揃ってる。その理由が三つ思いついた。
一つは単純に運。可能性は低いが万が一があるかもしれない。
一つは精霊的な要因。そういったちからが働いたのかもしれない。
そして、今沢木くんがいったようにイカサマ。これが一番可能性が濃厚だ。
私は審判である沙夜に懐疑的な目を向ける。
「沙夜。今のって反則だと思うんだけど」
「そうかもしれませんが、そうでないかもしれません。圭様を手配したのが私であるという手前、信じていただけないかもしれませんが、いつ、何をしたのか、私には見えませんでした。ですので反則と指摘することは出来ません」
「ま、そういう事だ。説明を忘れてたが、イカサマが発覚したら8000のライフダメージだが、それでいいか?」
とぼけた風にそんな事を言う圭に沢木くんは気を荒立てるが、私はそれを手で制す。
「ダメだよ。その場合、即負けにしなきゃ。ライフ差が8000以上で負けてるときに、デュエルが続行不可能になるような反則をされたら、その時点で負けが決まるからね」
「いいぜ。このルールはオマケみたいなものだしな。なんせ、誰もイカサマなんてしないだろうし」
よくも抜け抜けと。でも沙夜でさえ見抜けないのならどうしようもない。私にも見えなかったし。
「そうだ。一つ聞きたいんだけど、《エクゾディア》の効果って何回でも使えるの?」
「いや、一種類につき一回だけだ」
それは良かった。《エクゾディア》の効果で勝敗が決まらないとなると、連発できるかもしれないからね。
「さて、続行だ。オレは魔法カード《手札抹殺》を発動する。互いに手札を全て捨て、捨てと枚数分ドローする」
「早速、要らなくなったカードは交換してくるか」
「持ってても仕方ないしな。オレはさらに《終焉のカウントダウン》を発動する。2000ポイントのライフを支払い、20ターン後、デュエルに勝利する。つまり20ターン後にライフ8000のダメージを与える」
夜闇圭LP32000→30000
保科優姫LP17000→19000
「またやりやがった⋯⋯!」
「みたいだね」
あのカードは多分、普通に引き入れたカードじゃないと思う。20ターンで終わるこのデュエルで、20ターン後が存在するのは最初のこのターンしかない。
初ターン以降は完全に使えないカードになってしまうのにデッキに入れているのは、やっぱりイカサマをやってるからだ。
沙夜に反応は見られない。本当にイカサマを見抜けていないのかはわからないけど、この先も指摘されることはないだろう。それだけ圭のイカサマ技術が優れているということだ。
「そして永続魔法《カードトレーダー》発動だ。これによりスタンバイフェイズにオレは手札を一枚デッキに戻すことで、デッキからカードを一枚ドローできる。要は手札交換だ」
「イカサマし放題ってことだね」
「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。《エクゾディア》も《終焉のカウントダウン》も《カードトレーダー》も、たまたまだって」
「まあ、デッキの順番を操作するだけだったらいいけどね。でもそれ以外はダメだよ。沙夜もちゃんと見ててよ」
「はい。両者のデッキと手札の枚数は常に把握していますので、お二人には卓上に存在してあるカードのみでデュエルしていただきます」
デッキ操作のイカサマ込みの試練だと考えれば、文句もなにもない。それでも勝てるアテもあるし。
「ほう。見ただけでデッキ枚数もわかるのか⋯⋯。モンスターとカードをセットしてターンエンドだ」
「ん、その時墓地の《彼岸の悪鬼スカラマリオン》の効果発動。《暗黒界の狩人ブラウ》を手札に加えるよ」
夜闇圭LP30000 手札1枚 1ターン目
セットモンスター1枚
セットカード1枚
「じゃあ、私のターン、ドロー。魔法カード《ダーク・バースト》、墓地の《デスガイド》を拾って召喚。効果でデッキから《魔サイの戦士》を特殊召喚する」
《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000
《魔サイの戦士》攻撃力1400
「魔法カード《二重召喚》、これにより2体のモンスターをリリースして《フレイム・オーガ》を通常召喚」
《フレイム・オーガ》攻撃力2400
「召喚時、《フレイム・オーガ》の効果で1枚ドロー、墓地に送られた《魔サイの戦士》の効果でデッキから《トリック・デーモン》を墓地に送る。《トリック・デーモン》の効果発動するよ。デッキから《ヘル・エンプレス・デーモン》を手札に加える。さらに《トレード・イン》発動、レベル8モンスターの《ヘル・エンプレス・デーモン》を墓地に送って2枚ドロー」
よし、上出来。
「随分と調子が良さそうだな」
「普通だよ。バトル《フレイム・オーガ》で伏せモンスターに攻撃!」
「永続罠発動、《グラビティ・バインド—超重力の網—》。これでレベル4以上のモンスターは全て攻撃できないぜ」
「それか。じゃあターンエンド」
保科優姫LP19000 手札6枚 2ターン目
《フレイム・オーガ》攻撃力2400
「さて、オレのターンだな、ドロー。まずは《カードトレーダー》の効果、手札のカードを1枚デッキに戻し、シャッフル。⋯⋯シャッフルどうも。さらにイカサマ対策の為にもう一度デッキの所持者がシャッフルして、1枚ドロー。おー、いいカードが来たぜ」
「ちっ、こんなのデュエルじゃない⋯⋯っ」
「男のくせにそんな潔癖な事言うなよ。コイツだって楽しんでんだからさ」
沢木くんのボヤキに、私に指を指して言う圭。
「そんなわけない。指切るんだろ? 常軌を逸しているっ」
「常軌を逸しているのがオレらだ」
「優姫さんが? アンタだけだろ?」
「おいおい。見てくれが良いからってあんまり幻想を持たない方がいいぜ。察しろよ。コイツはさっき、オレ提案だからってオレの指がとれてもいいよね、って言ったんだぜ? どんな理由があろうとも、仕方なかろうとも、普通は表情も変えずにそんな事は言えないって。解るだろ?」
「それは⋯⋯」
「ちょっと待ってよ」
私は思わず口を挟んだ。
「誤解だよ。もうそういう状況になっちゃってるんだから。私だって嫌だと思ってる。でもなんとかするには仕方ない事だってある」
「仕方ないって? なるほどな」
圭が合点が行ったように頷き口角を上げる。
「なにが、なるほど?」
「聞いた話しだと、お前は何度か今と似たようなデュエルをしてきたそうだが、その度に仕方ない、って思ってきただろ」
頷く。
闇のゲーム。対戦相手を傷つける事前提のデュエルを、私はやってきた。仕方ないとして罪悪感を薄めながら。
「はっ、違うな。罪悪感を薄める為じゃない」
見透かすように圭は言う。事実思った事を言い当てられた。
「お前は少しも悪いと思っちゃいない。だからって何を思ってんのかは知らんがな」
「私は⋯⋯」
言葉を返せない。
「祖父さんがそこの女をお前に遣ったのは、多分、お前がどんなタチなのかを自覚させる為なんじゃないのか?」
「さて、私には当主様の真の思惑は分かりませんが」
「ま、なんでもいいけどよ。オレが言いたいのはな。少年、コイツと付き合って行くなら、相応の覚悟が必要だって事だ。オレらの根本はどこまで行っても悪だからな」
「⋯⋯そんなの、アンタにどうこう言われるような事じゃない」
「そりゃそうだ。じゃあデュエル続行だ。モンスターを反転召喚《ステルスバード》、効果で相手に1000ポイントのダメージだ。それから——」
私の根本は悪。
反論するべきなのに、その言葉がぴたりとハマっている気がした。
ターンは刻々と進む。
私の心情はどうあれ、やることは変わらない。墓地を肥やしデッキを圧縮し、目当てのカードを手札に入れる。
相手のモンスターやカードの対処は二の次だ。デッキの回転を最優先に余力が出た時だけ破壊する。そうしているうちに、私のライフは大きく削れ、反比例するように手札は潤沢だ。
20ターン目。即ちラストターン。
私のライフは9000、圭のライフは41000
沢木くんの顔は蒼白だ。
「オレが言うのもなんだが、大丈夫か? いくら手札が7枚あるからって、この状況はどうにもならないだろ」
私のフィールドには伏せカードが1枚。
圭のフィールドには、沢山のカードが敷き詰められている。
モンスターは3体。裏守備モンスターと守備表示の《プロミネンス・ドラゴン》2体。
魔法、罠は5枚。《グラビティ・バインド》、《カードトレーダー》、《レベル制限B地区》、伏せカードが2枚。
殆どが攻撃妨害カードだ。
モンスターの攻撃でライフを削るとするなら、かなり骨が折れるだろう。
「大丈夫、策ならあるよ」
「ならその策、ミスらないように気をつけろよ。ミスったら指が飛ぶからな」
「わかってるよ、私は伏せカード《自爆スイッチ》発動! 自分のライフが相手より7000少ない時、お互いのライフはゼロになる!」
「いいぞ! これでライフ差は《終焉のカウントダウン》の効果を入れて、実質8000! この差ならなんとかできるぞ!」
「これか策か?」
「そうだよ」
「そうか。カウンター罠《盗賊の七つ道具》ライフを1000払い、罠の発動を無効にする」
「な、に⋯⋯!?」
夜闇圭LP41000→40000
保科優姫LP9000→10000
大丈夫。
「まだだよ。私は永続魔法《魂吸収》を3枚発動する! そして《終わりの始まり》を3枚発動!」
「ほう」
「すげえ⋯⋯!」
「《終わりの始まり》の効果で、墓地に7枚以上闇属性モンスターがいる時、5枚除外して3枚ドローする! 20ターンもあれば当然ある! 墓地のモンスター15枚を除外して9枚ドロー! さらに《魂吸収》の効果! カードが除外される度に500ライフ回復する! 3枚だから1500、除外されたのが15枚だから私は22500ライフポイント回復するよ!」
保科優姫LP10000→32500
夜闇圭LP40000→17500
「逆転した!」
嬉しそうに沢木くんが叫ぶ。《終焉のカウントダウン》のダメージを受ければ、マイナス500。負けはするが互いの指は切らなくて済むから、十分勝ちと言えた。そう思ってエンド宣言しようとした時、1枚の伏せカードが目についた。
あれは、この一つ前に圭が伏せたカード。《カードトレーダー》で持ってきたカードだ。
ならばブラフであるはずがない。
「気づいたか?」
圭のしたり顔。
「一つ教えてやろう。このままターンエンドしたら、指が飛ぶぜ。勿論お前のな」
「そう」
手ならある。多分このカードなら、確実に勝てる。負けはまずない。
私が危惧してるのは、勝ちすぎてしまう事。圭の指を奪ってしまうという事。
「ま、流石に手札がそれだけあれば、どうにでもなるだろうがな」
まるで他人事だ。どうにでもなったら、自分の指が危ないかもしれないのに。その異常さが目につく。
でも異常なのは私も同じだ。いざ決着の時が来ると、指を切るという未知の領域に、沸々と興味が湧いてきた。指が取れた時、圭のスカした顔がどんな風に歪むのか見たがっていた。無邪気な悪鬼が私の中に居るのだ。
ただ、前世の記憶に宿る常識が、その欲求を抑え込んでいた。普通の善良な人間だった前世の視点では、今抱いている気持ちは忌避するべきモノだ。だったらオモテに出さない方がいい。きっと沢木くんや大多数の人間に嫌われるだろうから。
やっぱり、私の根本は悪、というのは正しいのだろう。前世の記憶がなければ迷う事なく悪の道を突っ走っていたはずだ。そして沙夜やお祖父さんは私にそうなって欲しいのだ。だから沙夜は私に闇のゲームを強いるのだろう。他人を傷つける事に慣れさせる為に。
ハッ、だったらそれに反逆してみるのも面白そうだね。
「ターン——」
『優姫ちゃん、ダメだよ』
耳元で囁かれ、エンド、とは発声出来なかった。デスガイドが後ろに居た。
デスガイドは私の首に腕を回し、肩に頭を乗せる。
『何もしないでターンエンドしようとしたよね。そんなのあたしやデッキのミンナは望んでない。あたしたちはね、何にもとらわれずに我欲や好奇心を満たそうとする優姫ちゃんが好きなんだよ。優しくて可愛いくて良心的な優姫ちゃんもいいけど、それだけじゃ物足りないんだ。それに指を切るなんて言語道断だよ。大切なカラダなんだからさ』
デスガイドは私の胸に爪を立てる。
『あたしたちは怒ってるんだよ。どーでもいい人間に気を使って優姫ちゃんの指を犠牲にするなんて。ダメだよ。絶対ダメ。全力を出してよ。あたしたちもそれに応えたいからさ。そしたらきっと凄くキモチイイよ。ね? 優姫ちゃん』
ひとぐ甘い声が耳から脳に伝わってくる。まるで悪魔の誘惑のようだと思った。
『ほら、そのカードだよ。分かるよね。あたしたちはそのカードを使って欲しいんだ』
わかる。10枚も手札があって、この1枚以外この場において全て意味のないカードだ。デッキがこのカードを使えと言っているんだ。
『お願い。あたしたちをキモチヨクさせて?』
デスガイドがそう言う。デッキもそう言ってる。デッキの意図が正しく伝わっていてそれを無視するのは、私にはできない。
じゃあもう、仕方ないよね。
「私は、融合デッキ15枚と手札9枚を裏側で除外して《百万喰らいのグラットン》を特殊召喚する!」
これがデッキの意志だから、私がこうするのは仕方ない。仕方なく良心を引っ込めるんだ。私はデュエリストだから。
「なっ!?」
「これは⋯⋯」
『それでこそ、あたしの優姫ちゃんだよ』
計24枚のカードが除外された事により、私のライフは36000回復し、圭のライフを36000減った。
保科優姫LP32500→68500
夜闇圭LP17500→−18500
「ターンエンド!」
決着。
「まあちょっと待て。セットカード発動だ《D.D.ダイナマイト》、お前の除外されているカード1枚につき、300のダメージを与える。焼け石に水だがな。何枚だ? 41枚か。じゃあ12300、それと《終焉のカウントダウン》の効果で8000。全部合わせてオレのライフは1800だな」
圭は動じない。淡々と効果処理をしていた。ライフ1800、つまり指4本分。指4本をこれから失うというのに、なんでこんなに平然といれるのだろう。
「あ、アンタ、やっぱり冗談だったんだろ?」
沢木くんは縋るように尋ねる。デュエルが終わり熱が冷めていく今、私もその気持ちの方が強くなっていた。
「冗談じゃねえよ。指4本だろ? てことは左手の親指以外だ。左手のな」
最初にそういう風に切る順番を決めた。
「でもなあ、この左手、義手でな? 切る指がないんだよ」
「は、義手?」
圭は白い手袋を外す。たしかに生身の手はそこにない。メタリックで固そうな手だ。
「この指を切るってのも、なんか違うだろ? つーことで、無効な?」
「なんだ、それ⋯⋯。最初から優姫さんだけ、リスクを背負ってデュエルしてたってことか?」
「騙された、みたいに言うが、最初にルールは説明したし、異論があったら変更も考えてたんだぜ? 異論がなかったって事は納得したって事だろ」
「なんだよ、それ」
呆れたように言う沢木くん。しかしホッとしているようでもあった。
「てことで、残念だったな、オレの苦しむ姿が見れなくて」
「別に。私は見抜いてたからね、義手だって」
「そうかよ」
嘘を吐いた。私が異常者だと沢木くんにバレないように取り繕った。
「仕事はこれで終わりだ。帰る」
「私も、圭様を船で本土まで送り届けますので、これで失礼します」
「そう、わかった」
圭は立ち上がると、沙夜を引き連れてそのまま踵を返す。二人がいなくなり私は軽く背もたれに背中を預けた。
そしてしばらくの間、私と沢木くんは無言で過ごした。
「優姫さん、義手を見抜いたのって、嘘だよね」
話しの口火を切ったのは沢木くんだった。その言葉に確信があるように感じ、誤魔化せないと悟った。
「はあ、そうだよ。あの瞬間、凄く暴力的な思考になってた。今だってそういう気持ちは完全には消えてない。また同じような状況になれば同じく行動すると思うよ。⋯⋯私自身最近になって気づいたんだけどね。失望して嫌いになったかもしれないけど、私はそんな奴だよ」
指を切りたかった。切って圭の心を折りたかった。それがさっきのデュエルにおいて『勝つ』という事だ。
勝利を追求した結果。そう言い訳できたかもしれない。そうしなかったのは、いっそ開き直ってしまおうと思ったから。自分に正直でいようと思ったから。
うん。
沢木くんに嫌われたなら今後もそうしよう。
「そっか」
「引いた?」
「うん、引いた」
やっぱり。
「でも。それでも優姫さんを好きなのは変わらないよ」
「え?」
「俺はさ、優姫さんのデュエルを楽しむ姿に憧れて惚れたんだ。確かに優姫さんの、さっきみたいな一面は好きになれない。でもそれは関係ないんだよ」
「関係あると思うよ。私はデュエルするのが楽しいんじゃなく、デュエルで勝とうとするのが楽しいんだよ。そしてその『勝つ』っていう定義次第じゃ、またさっきみたいな事もあると思う。それが何度も続けばきっと沢木くんは私の事を嫌いになっていく。だったらいっそ、良心は切り捨てて沢木くんやほかの皆に嫌われてしまいたい。私にとって、普通の人は重荷でしかないんだよ」
言葉にしてみて自覚した。これが私の素直な気持ちだ。普通の感性を持つ人たちの中で生きていくのは、私にとって苦痛にしかならない。
「優姫さんは勘違いしてる」
「勘違い?」
「勝ちたいって気持ちは誰にだってあるし、それがどんなに大きくたって、誰も嫌いになったりはしない。問題は環境だよ。さっきみたいな、デュエルで人を傷つけるような状況こそが悪いんだ」
「そう、なのかな?」
「絶対そうだ。もしかしたら優姫さんは、俺の知らないところでそんな場所にいるのかもしれない。そして多分、今の俺にはどうしようもできない事なんだ。でもいつか、俺がそんな場所から攫ってみせる。だからさ、今付き合ってとは言わない。その時まで待っててくれないか?」
熱い告白。浄化されたような感覚だ。こんなに綺麗で純粋な情熱は、私にはもったいない。負い目さえ感じる。
「なんで私なんかに」
「優姫さんの、勝利に対する強い思いも大好きだからだよ」
「そう、なんだ」
信じたいと思う。私の心情を異常たらしめているのは、環境のせいだという事を。攫うと言ってくれた事を。
「もうちょっとだけ、普通の人を演じてみるよ。良心に従ってね」
「ああ、待っててくれ。——⋯⋯帰るか」
「うん」
——着信音が鳴った。
『もしもし、沙夜です』
「どうしたの?」
『伝え忘れていた事が一つあります。次回の試練の対戦相手ですが、常勝院エリカ様にございます。これで最後ですのでどうか頑張ってください。それでは』