デュエルの力量は申し分無い。物事を考える力もある。武力も試練の中で目覚めたあの力を使いこなせれば、並みの人間とやりあえるだけの力は引き出せるだろう。
しかし。彼女について気になる事があった。それは、彼女のアンバランスさだ。
同年代と比べて低めの身長に、発育が進んだ体つき。幼さの残る顔立ちと裏腹に、大人のような思慮深さが見える表情。そして、生まれ持った強者としての悪性と、それに相反する平凡さ。
肉体に関してはいい。ただ私が別の意味で気になったというだけだ。だが、後の二つ。これらに関しては、どうにも不自然に映る。具体的な事は分からない。ただ、何か重大な秘密がそこにあるという予感があった。
今となってはそれを知る手段はない。私は彼女にデュエルで負けてしまったのだから。⋯⋯本当に、残念な事に。
いつしか、私は彼女に惹かれていた。
——私と一緒に世界征服しようよ
デュエルが終わった後、彼女に掛けられた言葉。私以外の人間には、唐突な台詞に聞こえただろう。息も絶え絶えに何を言っているんだ、と頭を疑っただろう。
違う。私を見抜こうとしたんだ。私を理解してくれようとしたんだ。私の為に。私の、為に。
⋯⋯いや、それも違う。彼女は勝つ為にそう言ったのだ。
世界征服とは、私が叶えられなかった野望。それは事実だ。その事を察した彼女は、上から目線で情けとして持ちかけた。
弱みを突かれ優しくされたのだ。それで格の優位性が彼女に移った。それは敗北を意味する。また、彼女もそれで勝った、と思えたのだろう。
なんにせよ、あの台詞は、私を理解していなければ出ない台詞だ。彼女には他人の本質を見抜く才能がある。私はその部分に惹かれたのだ。しかも今の彼女は目覚めたばかり、自覚したばかりだ。今後の経験によってはさらに大きく成長するのだろう。それが楽しみでもあった。
ふ、と自身の内に気を向けると、幻魔を利用して得た、彼女の力がそこにある。たまらなく愛おしい存在が、私の中にある。
この力を使えば、彼女とのデュエルで消耗した精神や傷を癒せるが、そうはしない。私ではこの力をこれ以上蓄えていくことが出来ず、消費する一方であり、有限だ。必要に迫られた時に使うべきなのである。
では、その時はいつなのか。どのように使うべきなのか。大きな分岐点がそこまで来ている。ならば私はどうするべきか。決まっている。選ぶのは再び返り咲ける方だ。
「上出来じゃないか」
報告書に目を通し終えた当主様が満足そうに頷いた。一先ず私は胸をなでおろす。
「予想以上だ。お前であればアレの意識を変える事は容易いとは思っていたが、まさか精霊の力まで発現させるとはな。良いじゃないか。実に良い」
珍しく当主様は上機嫌だ。それ程に好都合なのだろう。
「これで統治に引き続き二人目か。流石、我が孫と言ったところだな。最初は何処の馬の骨のガキかと訝しんだ事もあったが、四葉の人を見る目は優れていた、という事か。いやいや、侮れん」
目の前の私を気にもせず、当主様は独り言を言う。こんな時は黙っておくのが正解だ。下手に口を挟むとたちまち不機嫌になり、無理難題を押し付けられるからだ。
「お前はどう思う」
「はい。非常に喜ばしい事だと思います。優姫様はまだまだ成長の余地を残しています。当主様に匹敵する存在になり得るかと」
「お前もそう思うか。ならば尚良い」
こうして問われた時に、当たり障りの無い言葉に少しの私の意図を混ぜて話す。これが当主様と良いコミュニケーションを取るコツだ。
「この歳になると、好敵手というものが滅多にいなくてな。人生に山が無いとつまらんのだよ。そこに今、二つの好敵手となる可能性がある。奴らが育つまで待つというのも、また乙なものだ」
くくく、と喉の奥で笑う。
「それに、五典の娘のエリカ。アレもいい線をいっている。常勝院は気に食わないがそれはそれだ。実力者であるのに変わりはない。良い傾向だな」
再度、納得したように首を縦に振る。
そして独り言が止んだ。
「で?」
「⋯⋯っ」
「お前のその力はどうしたんだ?」
空気が一変する。黒い瘴気が空間を汚染していく。発生源は当主様だ。当主様が持つ精霊の力だ。
「この報告書には書かれてないが、何故お前の中にその力がある。いや、それはいい。何故隠している。何の意図があって俺に伝えようとしなかったんだ」
射抜くような視線はまるで毒のようだった。全身が腐っていくような錯覚を覚える。
怒って精霊の力を行使したように見えるが、これは当主様のデフォルト。だからまだ、当主様の逆鱗には触れていない。重要なのはこの後の返答だ。間違ってはいけない。
ダメージが抜け切らない精神にコレは正直きついのだ。
「⋯⋯未来の私の為です」
本音を言う。おそらく正答。
「ほう。成る程な。合点がいった。お前らしい回答だ。つまりいずれお前は、俺の敵になるという事だな」
部屋中に侵食ていたものは嘘のように消え去った。
当主様は聡い方だ。そして妙な所で寛大でもある。だから短い言葉からでも勝手に私の内情を解釈する。臣下の私からでは言い辛い事を言わずとも、しかも好意的に理解してくれるのはありがたかった。
「お前は俺の発する力を、その力で防ごうとはしなかった。まさしくとっておき、という事だろうな。また、それだけの覚悟があったという事。くくく。今のお前も、俺の好敵手となり得る存在になりつつある。いいだろう、ならばお前に暇を出そう。期限は定めない。いいな」
休暇、という事だろうか。こんな唐突に。おそらく気分で。
私は一瞬迷う。が、当主様が決めた事だ、どうにもならないだろう。反論したところで、反感を買うだけに終わる。
「はい。有難く頂きます」
「ああ。今度会うときは敵として、か。ま、決着の末にはまた戻れ。では行っていい」
「はい」
終始、当主様のペースのまま会話は終わった。私は部屋を後にした。
私——保科優姫を記憶、肉体、精神の三要素に分けるとすると、記憶はその大半が前世のものであり、肉体は当然ながら今世のもの、そして精神は前世と今世を混ぜ合わせて出来きたものである。
今回の一件でわかったことは、私の精神は割と複雑に出来ているということ。前世と今世の認識のズレが私を悩ませる結果になった。
大人であり子供。成熟していて未熟。普通かつ特殊。その不安定さが私の中で揺らいでいた。
とはいえ今ではそれなりには折り合いがついている。これでも大人を経験したことがあるので、自身を強制的に納得させるのには慣れているのだ。
ただ、今の私は精霊の力を沙夜に抜かれている。密度が低くなっていた。これがどう影響するのかはわからない。それが少しの不安となっていた。
「——これが今回あったことだよ」
「ふむふむ。わたくしの調べと概ね同じでしたわね」
事の顛末を話し終えると、エリカは優雅にコーヒーカップにつけた。
「今回のこと知ってたんだね」
「ええ。始めはセブンスターズが学園に来るというから、そっちを警戒していたのだけど、その過程で優姫の存在が見えて来ましたから。そこで、何か面白いことをしてるな、とね」
エリカは誇るように胸を張る。
「調べるって具体的にどうやったの?」
「特別なことは何もしていませんわ。始めはアテナに頼んで島を見てもらいました。これにはセブンスターズの監視の意味もありましたわ。その中で沙夜という夜闇の使用人を見つけたので、家に調べてもらうように頼みました。次に優姫が何をしているか、誰とどんなデュエルをしているのか、ですけど、方々に聞き回りましたわ。これが一番大変でしたの。まったく、わたくし抜きで、随分と楽しそうでしたわね」
冗談ぽく口を尖らせるエリカ。軽く謝った。
「別にいいですわ。それより精霊の力。今、どの程度残っていますの?」
「うーん。二、三割ってとこかな。こんな感じ」
エリカの問いに精霊の力を外に出して答える。出したそれは最初に見た時より一段と薄くなっていて、吹けば飛んで行きそうだった。
「だいぶ薄くなっちゃった」
「それ、デュエルにも影響出ますわよ」
「え、うそ」
考えもしなかった。
「優姫のその力——精霊エネルギーと言いましょうか——は精神を補強する効果があり、あればあるだけ補強率も高くなりますわ」
「そうだね。力を奪われる前と後で、精神ダメージの痛み方が違ってた」
「ええ。精霊エネルギーで精神が補強されているので痛みを軽減出来る。そういう仕組みですわ。そして軽減した分精霊の力は消費される、というわけです」
「消費⋯⋯、無くなっていくものってこと?」
「使えば使うだけ、ね。ただ、精霊エネルギーは先天的に備わっているのなら、自分で外部から取り込む機能も備わっていますわ」
「あ、じゃあ闇のゲームをしなければ、その内全回復するってことだね」
「いえ、そうとも限りませんわ。精霊エネルギーの役割はそれだけじゃないのです」
それだけじゃない、か。というかエリカ物知りだな。お金持ちの情報網というヤツか。
「先程も言ったように、精霊エネルギーは精神を補強しますわ。ですがこれは、何もダメージの軽減だけに効果を及ぼすのではないのです。デュエリストがカードをドローする時にも精霊エネルギーは消費されるのですわ」
「狙ったカードをドローさせる為、か」
なるほどなるほど。わかってきた。
「これって多分オートだよね、沙夜もそうだったし。ドローする度に私は勝手に精霊エネルギーを消費していくってことだ」
「そういうことですわね。それと勘違いしてはいけないのは、あくまで精霊エネルギーは精神にしか作用しないということです。補強された精神の力で、狙ったカードをドローしているのですわ」
六十枚のデッキでも事故らす回るのは精神力のおかげ。要所で良いカードをドローできるのは精神力のおかげ。
人は自身の精神力を以ってデュエルをする。私は精神を精霊エネルギーで補強しているから、その分他の人よりも自由に動けていた、ということか。
「ちなみにわたくしの中にも精霊エネルギーはありますわ。優姫のように自在に操ることは出来ませんけど」
「そっか、同じ夜闇の血だから」
「それだけじゃなく、常勝院の方にも由来がありますの」
「ハイブリッドだね」
「ええ、いいとこ取りですわ」
ふふん、とドヤ顔のお嬢様。
「まあ、あまり深刻に考える必要はありませんわ。過剰に精霊エネルギーを消費しなければいいだけのことですから」
「本来は無いのか普通だしね」
「まずはこの話しは終わりですわ。ここからが本題です」
「本題?」
「わたくし、今回の起こった事実は全て把握しましたわ。ただ、分からないことが一つ。最後のデュエルが終わった後に言ってた世界征服、というのはどういう意味でしたの」
それは意識が朦朧とした中で言った言葉。実のところ、私はあの時、何も考えていなかった。ただ感覚に従って言葉を紡いだ、言わば口からの出まかせだ。
「わたくしは沙夜の過去も調べましたわ。だからあの言葉が沙夜に対して、大きな意味を持っていることも察せました。でも優姫は沙夜の過去について知らなかったでしょう? ならば何故、あの言葉を使うことができたのでしょう」
「⋯⋯なんでだろう」
エリカの問いに呟きながら頭を回す。
世界征服という突拍子のない単語が、なんであの時思い浮かんだのか。それを理論立てて説明するのは難しい。しかし漠然と、その輪郭はきちんと理解している。私はそれをエリカに話すことにした。
「うん。ヒントがあったんだよ。これまで沙夜とは結構一緒にいたんだけど、沙夜はよく凡人をバカにするような言動をとっていたんだ。いや、バカにするってのとはちょっと違ってたけど、とにかく見下してた。
それとカミューラの時。沙夜はカミューラに対してはどこか心を開いていたような気がしたんだよ。いや、これも心を開いてたってのとは違うと思うんだけどね。
んで最後の一つが、デュエル中の沙夜とエリカの会話かな。あの時の沙夜はムキになってた。あの感じはなんていうか、あからさまだった。
この三つを考慮して出てきたのが世界征服ってことになるのかな。これについて何で、て聞かれてもわからない。意識が朦朧とした中の感覚的な言葉だったしね」
言葉にして整理してみてもやっぱり分からなかったけど、エリカは得心いった様子。エリカからしたら的を射た言葉だったようだ。
「世界征服なんて誰だって夢見るものだし、沙夜なら頑張れば手が届くかもしれない位置にいると思ったから、一緒に、なんて言ったのかも」
「ふふふ。それは面白い考えですわね。沙夜の過去、教えましょうか?」
「あ、うん。知りたい」
「ええ。と言っても、よくある才能人の悲運というだけの話し。沙夜は夜闇の使用人になるまで、その優秀さ故に集団生活において常に孤立していたのですわ。彼女は賢い。だからそうなる原因も原理も十全に理解出来ていましたわ。だからこそ、周りの凡人達に擦り寄ることが出来なかった。何故自分が、バカな人間に合わせないといけないのか、そういう心理ですわね。そして気づくのですわ、この世の中は弱者を中心に回っている、と。ならば変えなければいけない。誰が? 強者である私が。そこから世界征服の序章が始まりましたわ。まずは自身が身を置く集団から。ですが、そこから発展は出来ませんでした。阻まれたのですわ。阻んだ人は、沙夜よりも能力的には劣る人物。しかし他者からは愛されるような人。沙夜からしたらその人も弱者ですわ。でも負けた。それはその人が数の力を駆使したからですわ。数の力を意図して利用するぐらいにはその人は有能でした。正義を掲げ、悪とみなした沙夜を皆の力で討つ。そういうシナリオ。これで沙夜は一時萎えてしまいましたわ。それからしばらくした後、沙夜は夜闇と出会いました。お祖父様とですわね。そして今の沙夜に繋がる、と。沙夜の過去を簡略化して話すと、こんなところですわね」
「⋯⋯」
沙夜の無念が想像出来た。具体的な場面を語られたわけではないのに、沙夜に共感を持てる。それだけ私と沙夜は同質なんだろうと思った。
ともあれあの時の私の発言の意味は理解出来た。沙夜に対する同情心。それが大半だ。
「沙夜には人の上に立つ素質はなかった、と。そういう話しですわ」
嫌いではないですけどね。とエリカは最後にそう締めくくった。
「あの沙夜でもできないことがあったんだね」
しみじみ呟くと、エリカは意外そうな顔になった。
「どうやら優姫は、沙夜を過大評価し過ぎていますわね」
「と言うと?」
「沙夜の手品に魅せられている、ということですわ」
「⋯⋯、というと?」
頭をひねる。まだよくわからなかった。
「沙夜の基本スペックが人よりも高いのは事実ですわ。ですが、所詮沙夜も人。人を超える力は持っていないということです。おそらく優姫は、カミューラとの一件で沙夜に対するあらぬ空想を抱いているのですわ」
「空想⋯⋯。あれかな、沙夜が目に見えない速さでカミューラの手首を奪い取ったヤツかな」
「それですわね。目にも見えない速さ、なんて有り得ませんわ」
「でも実際に手首は沙夜が持ってたんだよ。カミューラも驚いた感じだった」
「沙夜の凄さは、事前に準備をしているところですわ。先に起こることを予測して、その対策を前もって用意しているところ。おそらく沙夜は事前にカミューラの手首を回収していたのでしょう。カミューラが寝ている時にこっそりと、とか」
「事前に準備をして、か。思えば確かに、沙夜はそういうところが頼りになってたな」
「憶測に過ぎませんけどね。最初から沙夜とカミューラがグルだったのかもしれないし、カミューラが棺桶の中で永い眠りについてた時に、手首をいただいたという可能性もあるし。ただ確定しているのは、沙夜は人間業を超えたことは出来ないということですわ。それができるなら、それこそ世界征服は可能なんですから」
「だね」
一通りは教えてもらっただろう。自分の気持ちも理解できた。
「これで沙夜に勝ったってちゃんと思えるよ」
今回は、だけど。実際は精霊エネルギーを沙夜に奪われたままだ。沙夜はきちんと後に繋げている。次に戦うことがあるなら、沙夜は最大限に私の力を活用してくるだろう。私はそれが楽しみだった。
当主様に出会い、様々な才能人に出会い、優姫様に出会った。彼等からは沢山の事を学び、自分の矮小さを思い知った。知識を溜め込み、武力を修め、デュエルを研究した。
そして今、漸くチャンスが巡ってきている。私の中にある借り物の力、その活用法を思いついた。
目指す地は青森。とある魔導人形技師の下だ。
疲れた。
次話から多分原作キャラ全く出てきません。舞台も変わるかも。