...烏の鳴く声が聴こえる。この地下深い場所でも、外の音が聞こえるのだから、吸血鬼っていうのはつくづくおかしいものだ。
超音波の原理はよく知らないけど、耳が良いってのは、そこからきてるのかもしれない。
意識しなければ、そこまで聞こえないから、不便というわけでもない。
それはともかく、今日の一日の始まりだ。
時刻は多分夕方で、少し起きるには早い時間ではある。吸血鬼的に。
まず、私が起きると同時にメイドがやってくる。そう、メイドが。
「おはようございます、フラン様。今日もお早い起床ですね」微かな扉を開く音とともに、起きた私を出迎えるメイド。
人狼である、リリーがそこにいた。
彼女は私の事を恐れてはいない。おねぇさまと同じように私を怖がらずに接してくれる唯一のメイドだ。その理由は昔から私の世話をしてくれるから、というのもあるし、助産師として私が生まれてくるときに頑張っていたそうだ。
「おはよう、リリー。今日の外の様子はどう?」
「曇り空が広がっていて、吸血鬼及び、魔物にとって過ごしやすい天気かと」彼女は外の様子を報告してくれた。
いつものように。
私は外に出れない身である為、外というものを知らない。晴れだとか雨だとかいう言葉は知ってるけど、見たことはない。
だから、リリーに外の様子を聞いて、いつでも出たときに外の天気に対応できるようにしているのだ。そんな日はそうこないと思うけど。
「そう。外は平和ということね。では、その平和にあやかって、食事といきましょう」寝ぼけ眼を擦っては、腕を伸ばして欠伸をする。
「はい。今日はフレンチトーストとホットミルクをお持ちしました。血は食後でいいんですよね?」話しながら、食事のセッティングをテキパキとこなしている。
私は頷き、ネグリジェを脱ぎ捨てては、いつもの服装に着替える。乙女の恥じらいとか知らん。リリーも女性だし、私の裸なんて見慣れたもんよ。
赤を基調とした服装に、いつものサイドテールを結んでオーケー。
テーブルには、こちらを待ち構える美味しそうなフレンチトーストが。
ナイフとフォークを手に、私は今日も美味しいご飯を頬張るのだ。
美味しい食事のあとは、血を飲む時間。グラス一杯の血液が食事の後に飲む量。普通のご飯と混ぜてはあまり飲みたくない。血が嫌いなわけじゃない。普通に美味しいし。単純に食事の味と血の味を混ぜたくないだけ。
ゴクゴクと、特に味わうということもせず、さっさと血を飲み込んだ。血よりも私はやりたいことがある。
最後の食事を終えた私は、グラスをリリーに渡し、いつものお願いをした。
「リリー、今日もお願い」
「えぇ、良いですよ。少々お待ちください」そう言って、彼女はいつも身につけているロングスカートのメイド服を脱いでたたみ、私のベットのふちに腰掛けた。下に着ているシャツと下着のみの姿。
私は彼女の背後に膝立ちでいる。そして手には櫛を持っている。つまりはだ。
「いやぁ、いつも思うけど良い毛並み?だねぇ」もふもふの毛並みを体感すべく、指先を髪の毛にうずめていく。
「んっ...いつもいつもすみません。こんなこと、本来なら、自分でしなければならないのに...。」時折、くすぐったそうにしながらも気持ちよさそうに眼を細めるリリー。
「良いんだよー。私はこれするの楽しいから。」そう言いながら、彼女のもっふもふでふっわふわな魅惑の尻尾にも手を伸ばす。優しく、それでいて焦らすように。
何言ってんだ自分。
「あっ...んん....」たまに聞こえるこのリリーの声。聞いてるとなんか恥ずかしい。けれど手は止まらない。右手の櫛で髪の毛をとき、左手で尻尾を触る。あぁ、なんて至福の時間なんだ...。
いつからこんなことしてるかというと、五年前の出来事からだ。彼女は癖毛がひどく、いつも髪の毛を絡ませていた。本人はなんとかしようと毎日、丹念に櫛を使っていたが、なかなか治らず断念。
そこで、私が興味本位で櫛でとかせてほしいと言い、やり始めるとなかなか良い感じで絡まった髪の毛がほぐれてきたのだ。そのうち、髪の毛だけでなく、尻尾にも櫛を入れることになったのだ。
というか、私が尻尾触りたいっていう欲求からなんだけど。
メイド服を脱いでもらうのは、尻尾を通す穴がメイド服にないため、脱いでもらったほうが尻尾を撫でやすいからだ。
髪と同じ色で黒く艶のある尻尾に今度は櫛をかけ始める。毛の量が頭の毛よりも多いため、もふもふであるが、尻尾の毛はそこまで絡むことがないため、実は楽であったりする。
で、私がこうやって櫛で毛をとくことが好きな理由がまだあるんだけど...「えへへー。リリーは相変わらずいい匂いだねぇ。」リリーの首にかかる髪をかき分けて、その白い首筋に鼻を近づけた。
「フ、フラン様。...それ、いつも言ってますが、とても恥ずかしいです...」顔を真っ赤にして少し身震いするリリーを気にせず、私はふんふんとその匂いを楽しんだ。
まあ、つまりあれだ。私は匂いフェチというものがあるようなのだ。前世の知識によると性的嗜好というのだったっけ?とにかく、匂いに敏感。彼女はふんわりとした薔薇の匂いと微かに香る野性味のある匂い。
私はその匂いが大好きなんだ。一通り匂いを堪能した後、その匂いを放つ首筋にぐしぐしと額を擦り付ける。なんとなく、そうなんとなく終わりになるとこれをしてしまう。寂しいからかもしれない。彼女はこれが終わると本来の仕事を戻ってしまうから。
「...ん、終わりにしようか。いつも、ありがとうね、リリー」そう言って、首にぎゅっと抱きつく。
「こちらこそ、です。フラン様。...それでは、仕事に戻らせていただきますね」首に回していた手を握ってくれた。
あったかい、彼女の温もり。離したくないけど、これ以上は本当に迷惑になるから、彼女から離れた。
いそいそとメイド服を着た彼女の背中に声をかけた。
「...手が空いた時でいいから、また図書館から本借りてきて。リリーが気になったもので良いから」
「えぇ、分かりました。今度は童話の本をいくつか見繕ってみましょう」彼女はそう言って、私に一礼して部屋から去った。
いつもの優しい笑みを浮かべたまま。
これも、いつもの我儘。私と会える人はリリーとおねぇさまぐらい。いや、会ってくれる人か。だから、人恋しいというのか、なんというか。リリーと会話したいから、本を持ってきてほしいという我儘をいつもする。
だってこの部屋は、寒いから。
とても、とても。
誰かが来てくれないと、この部屋に温もりは生まれない。
私がいるのに、生活感がないような気がするこの部屋が好きじゃない。
でも、ここに居ないといけない。
外に出てはいけない。
それに、部屋の外の扉の前には人狼達が待機していて、私が出ないように見張ってる。出るのは得策じゃない。
特に、父上が怒って怖がるから。怒るのに怖いなんて不思議ね。
でも、そんな表情になるから。
おねぇさまにも、迷惑がかかるかもしれないから、私はこうして部屋に閉じこもるしかないんだ。
胸の内の叫びを聞いていても、聞こえないふりをして。
今日もまた、本を開いてはページをめくりめくり、紙の擦れる音とともに時間が過ぎていくだけ。
猫とか動物のもふもふした体に顔を埋めたくなりません?自分は埋めたいです。