俺、ガウェインは思わず歯噛みした。
眼前に広がる、絶望的な光景に。
"数"という名の、"個"では打ち破れない絶対的な肉の壁に。
戦場である焼け焦げた荒野全体を多い尽くさんばかりのゾンビの大軍。少なくとも千を下るまい。
対してこちらは魔将軍・ヘクターを討ち取るために俺以外の全ての兵が命を落とした。トリスタンもその一人だ。
つまり、我が軍の戦力は____
____この身ひとつのみ。
両手に握る2刀の片刃の片手剣を強く握る。
幾度の戦場を共にしてきた相棒である双剣は、王が俺にくださった、人類史上最高と謳われる剣。
星の数ほどの敵の血を吸ったにも関わらず、その光沢を放つ刃には、歯こぼれひとつない。
むしろ、まだまだ斬り足りないと言わんばかりの輝きが、俺の折れかけた心を奮い立たせる。
恐怖に押し潰されるな。
絶望に押し潰されるな。
顔を上げろ。
前を見ろ。
敵を前にして逃げるな。
顔がひきつるなら、無理矢理笑え。
俺は、騎士・ガウェイン。
王の行く道を、覇道を切り開く____
「___円卓の騎士・ガウェインだ‼」
雄叫びと共に、大地を強く蹴った。
☆
死体で埋め尽くされた戦場に、一陣の風___ガウェインが駆ける。
おびただしい数のゾンビたちも、そんなガウェインを飲み込まんとガウェインへ突進する。
それはまさに死の行軍。
生者への凄まじい執着と共に大地を揺らす。
彼我の距離が縮んでいく。
残りの距離が50mを切ったとき、ガウェインは手を前に突きだし、祝詞を唱える。
それは、ガウェインの切り札。
それは、ガウェインの命を燃やす技。
ただ一度の勝利と引き換えに死をもたらす、禁忌の技。
幾つもの大小様々な魔方陣が展開され、ゆっくりと回転を始める。
輝くルーン文字はその回転数と光を増していき、虚空に螺旋の軌跡を描く。
そして、その回転と光がピークに達し___
ガウェインをルーン文字の輝きが包んだ。
輝きが収まると、そこには黄金の光を纏うガウェイン。
【進化】。
それは、生物たちの今までの命を繋いできたモノ。
死者であるゾンビには無い、命ある者のみがもつ輝き。
これが、ガウェインのこの場を凌ぐ切り札であり、死因。
命を燃やし、現状を打ち破る力を得るほどの進化を瞬間的に行う。
凄まじい力だが、その身体にも、それ相応の不可がかかる。
「ハァッ‼」
ガウェインが裂帛の気合いを迸らせ、今までとは比較にならないほど加速する。
一歩の踏み込みで大地が陥没し、ガウェインの姿が消え、一気に何十個もの数のゾンビの首が飛ぶ。
加速する。
ガウェインはゾンビの集団の中を縦横無尽に駆け回り、凄まじい数のゾンビの首に飛ぶ。
加速する。
ゾンビ達の蹴りや殴りを避け、振るわれる爪を掻い潜り、切り裂き、叩き落とし、潰し、捻り千切り、吹き飛ばし、突き刺し、斬り飛ばし、敵を土へと還す。
加速する。
双剣の輝きが変幻自在の軌跡を描き、ゾンビたちを襲う。
加速する。
ガウェインは止まらない。止まったら終わりだとわかっているのだ。
時には地を這うように駆け、時には宙を舞い、空中から鷹のように強襲する。
加速する。
加速する、加速する、加速する、加速する、加速する。
命と引き換えに得た力は、"数"という絶対的な力をものともせず、ありえないハズの"個"の勝利を成立させる。
血飛沫は舞わない。代わりに腐敗した肉片と怨念が戦場を彩る。
「ウオオオオオオオオオオオオオオ‼‼」
身体に掛かる負担を無視し、更に加速するガウェインが喉も張り裂けんばかりに咆哮する。
ここまでガウェインは一撃も被弾していない、にも関わらず、全身はガウェイン自身の血で深紅に染まっている。
限界を超えた動きに身体がついていかないのだ。
しかし、【進化】は命を燃やし、全身体能力を上げる力でもある。
どんなに身体が傷つき、血を吹き出そうとも、すぐに回復し、傷が塞がり、修復されていく。
ガウェインは身体を軋ませ、至る所で出血する。しかし、身体のどこかで腱が切れようが、骨が折れようが、瞬く間に回復する。
傷が増え続け、治癒が遅れるが、それすらも無視して高速で動き続ける。
戦場を縦横無尽に駆け巡る。全身から血を垂れ流し、人の耐えられる限界を超えてなおも加速する。
「ハアァァァァァァァァ‼‼」
独りの誇り高き騎士の雄叫びが、死の蔓延る戦場に木霊した。
あれからどのくらい経ったのだろうか。数分か、数十分か、はたまた数時間か。
少なくともガウェインの体感では何時間も経っているような錯覚を受けていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
辺りを見渡せば、地面が埋め尽くされた死体で見えない。
戦いの丘には、ガウェインただ独りが、満身創痍で立っていた。
「はぁッ、……ゴポッ」
ガウェインは大量に喀血し、限界を超えてなお酷使した脚はついに地面に屈した。
ガウェインは、己の命がもう風前の灯だと悟った。
体が重い。視界が暗い。おびただしい量の血がガウェインの体を濡らしている。このままでは失血多量で死ぬだろう。
……王の道を切り開けたのなら、それも本望か……。
暗転していく視界のなか、ガウェインがそのまま死の世界へ旅立とうとしたとき。
「___【開け、死の門よ】」
屈するガウェインの眼前で遥空の彼方から、黒い闇の光が着弾した。
吹き荒れる暴風、戦場を包み込むほどの殺気、そしてなにより、聞き覚えのあるおぞましい声が、ガウェインを死の淵から覚醒させた。
「お、お前、は……」
「派手にやってくれおったな、若き騎士よ」
闇の光から姿を表したのは、巨大な骸骨。
しかしその身は古びながらも威厳ある鎧に包まれており、なによりその頭には王である証の王冠があった。
「……骸の、王」
「いかにも。我こそが骸の王。死の世界の王であり、貴様の王の命を喰らう者だ」
骸の王。
我が王の最大の宿敵であり、我が王が最も危険視している存在。
ほんの僅かに残っている【進化】の効力で傷は治癒しきったようだ。
しかし依然として体は重い上に、痛みの残滓も残っている。目の前にいる骸の王の姿すら、輪郭がぼやけている。
だが、動けないわけではない。
だが、戦えないわけではない。
なにより、王の敵を前にして、自ら死を迎えることなど、ガウェインにはできない。
瓦礫と粉塵の舞う中、ガウェインはゆらり、と幽鬼のように立ち上がる。
その姿を見咎めた骸の王が瞠目する。
「…………ほう、まだ立ち上がるか」
カカッと嗤う骸の王を、正面から睨み付けるガウェイン。
ガウェインが双剣を構える。
骸の王が腰に刺してあった、壮麗な両手剣を抜き、構える。
「___こい!若き騎士よ!」
「___円卓の騎士・ガウェイン、参る‼」