さて、話はまた進むのであるが。
そうして、スカベンジャーは警備のバイトにありつけたと言う所から、また話を再開するとしよう。
「…ふぅ、俺みたいなのでも、マトモな服を着てるだけで、上等な人間になれた気分になるな」
そう言って、スカベンジャーは己の衣装に目を向ける。
かっちりした、海軍から流された古着を多少改造したカーキ色の制服らしい制服。
武骨ながらも非常に機能的で、洗濯もキチンとされており、ほつれも目立たない。
汗臭くて泥臭いボロの普段着とは、まるきり大違いだ。
スーツを着なれない人間が、新品のスーツを着ると、逆にスーツに着られて自然に背筋が伸びるとは誰が言ったのかは知らないが。
彼も、まあ、なんだかそんな感じで妙に誇らしげにしてはいた。
…とは言え夜間警備の臨時バイトと言うことは、基本的には静寂や退屈との戦いである。
如何に張り切った所で、喧嘩が別に極端に強いと言う訳ではないスカベンジャーが、テンションが多少上がったり下がったりしたとしても、何が起きると言う訳ではないだろう。
それは彼自身が知っていたことでもある以上、まあ、異常がないか哨戒に出る時以外はじっと待機して交代する時の出番を待つだけだ。
本来ならば、ただそれだけの話な訳であった。
しかし…スカベンジャーの運命と言うのは、また数奇なもので。
たまたま、哨戒の時間を交代した際、門の詰め所から内部の倉庫街を彷徨いていた時に、『ソレ』が起きた。
…と言うよりも、ソレに『出会った』と言うのが、正しいのかも知れなかった。
「…ん?なんだ、アレ」
彼が、倉庫街のコンテナの方に、たまたま目を向けると…何か黒い影が、物影に引っ込んだのが目についた。
猫やどぶねずみでは有るまい、少なくともそんな小さな生き物の姿ではなかった。
しかし、同僚や、或いは貨物船のスタッフにしては影が小さすぎる。
まるで、子供の大きさと言うのが適正な、そんな影である。
「ガキが、何時紛れ込んだんだ、全く…」
と、一人言を呟いた瞬間…ふと、ソレの『答え』は何となく想像がついた。
船のスタッフの家族と言うことはあまり考えられない、ソレならば警備の方に話が通してない事はおかしいからだ。
勿論、荷物を受けとる側の人間の家族と言う可能性も同様に有り得ないだろう。
ストリートチルドレンが住み着いた、等と言う可能性もまず無い。依頼を受けた際の前日の下見ではそんな痕跡は一切なかったからだ。
門も港も固めているならば、たまたま迷子が迷い混んだ可能性も限り無くゼロに近いだろう。
となると、もう可能性は一つだけだ。
その子供こそが、『商品』だったと言う可能性だ。
要するに、奴隷船だったのであろう、スカベンジャーが警護している船と言うのは。
誰か偉い役人を勤める人間が小麦や酒やらと言う名目で金を使い趣味で個人的に子供を買う、まあ珠にあることだ。
いい気は全くしないが、咎める気にもスカベンジャーはならない。
とは言え、スカベンジャーからしたらその手の『商品』が逃げ出したと言うのは、別な意味であまりよろしくない。
サバイバーズ・ギルドならず、警備や荷物の受け渡しの作業は信頼が一番の仕事。
もし、ソレを『商品が逃げ出した』なんて知られたら…積み上げたものが、おじゃんだろう。
少なくとも、臨時バイト程度の立ち位置でしかないスカベンジャーに報酬は払われない可能性が高い。
それは、貧乏暮らしが長い彼からしたら非常に困ることだった。
「…ちッ!嫌になるな、色んな意味で…」
そう言って、スカベンジャーは帽子を深くかぶり直して気合いを入れ直すなり、影が逃げ出した方向へと足早に運ぶ。
自慢ではないが、足腰と裏路地を掻い潜る身体の使い方の経験値だけは、サバイバーズ・ギルドに五指に入ると自称してるスカベンジャー。
その影の持ち主に追い付くのは、一瞬の出来事であり…
そして…また、別な理由から絶句することも、そう時間のかからないことだった。
「…こ、来ない…で…!酷い…こと、しない…で!」
そう、怯える瞳で睨み付けるのは、それこそスカベンジャー自身が予想していた通りの女の子だった
白磁のように透き通る、美しい肌。
黄金色にすこしだけ赤みのさした、ウェーブかかった貴金属の様な輝きを放つ髪。
ルビーに瞬く、宝玉の様な眼。
卵の様に整った顔の形が、それらを違和感無く纏めている。
身体はまだまだ青臭さの残る、14か15ぐらいだろうが…しかし、成長途中の熟れてないみずみずしい身体は、逆に妖艶にも男の眼には映る。
言い方は悪いが、変態でなくても、それこそ金貨を出してでも買いたくなるような美貌がそこにあった。
だが…それ以上に、目を引くものが、そこにあったのである。
彼女の頭には、銀の様に輝く角が二本、真っ直ぐに生えている。
彼女の尻からは、蜥蜴の様な鱗を讃えた尾が主張している。
そして、彼女の爪や歯も鋭く尖っており、背なには武骨な翼が小さく生えていた。
「リザードマン…でもねえ、キマイラにしちゃ雰囲気が統一され過ぎ…まさか、まさかお前は…」
スカベンジャーは、その少女の正体を思案するなり、徐々に顔を青くする。
リザードマン…蜥蜴や蛇の鱗を持つ亞人(デミ・ヒューマン)と言う存在かと最初は考えたが、そうだとしたら顔と肌が変だ。
リザードマンは全身が鱗をたたえる種族、その一点に一致しないし翼も持たない一族だ。
キマイラ、何かをごちゃまんと混ぜ物した魔族かとも考えたが、しかし…そうだとしたら、あまりにも理性的かつ雰囲気が端正だ。
となると、合致するとしたら…
伝説にある、人の身体に化ける力を持つ、しかして人の身を遥かに越えた力を持つ、三百年前の戦いで絶滅したとされていたが未だに目撃証言は絶えない幻の魔族…
「り…龍族、だ…と…!!?」
そう、かつては勇者と雌雄を決しあったと伝えられる魔王の正体にして、勇者が全ての龍を討ったとされた逸話を元に国旗にまでされている力と魔の象徴。
ドラゴン、龍族とも言われる魔族の伝説であった。
そして…紛れもなく、スカベンジャーの目の前に居るかの娘は、その龍の血を継ぐ者だったのである。
さて、そうしてまるで立場が逆になっていた様にへたりこむスカベンジャー。
言ってしまえば、ただの人浚いかと思えばツチノコが出てきたと言う事態にまで発展してしまった。
そして…スカベンジャーはと言うと、これから起こりうる事態に戦々恐々とすることに、なっていたのである。
仮に目の前に居る女の子が普通の女の子だったならば、それこそ、別な警備の連中か貨物船のスタッフに突き出せれば話は終わる。
出自もある以上同情はするしかわいそうだとは思うが、別に、それ以上の感情はない。
感傷より、明日の飯の方が大切だ。
しかして、この場合…前提条件が、はなから違っている。
恐らくは、変態の個人的な人買い等ではなく、軍の極秘の実験生物か何かとしての彼女の受け渡しだったのだ。
伝説にある龍の血を持つ少女、それこそ、どうなるかはスカベンジャーも予想はつかないがモルモットが関の山であることはわかる。
利用価値なんて、計り知れない。
文字通り骨の髄までしゃぶられて、そして一生彼女は飼い殺しにされていることだろう。
そして…その存在を知る一般人の存在もどうなるかは、また予想はつく。
『消される』、今この場かそうでないかが定かではないが、早晩にスカベンジャーの前に凄腕の凶手がやって来るのは明らかだろう。
そして…路地裏の芥として、葬式もあげられず、殺されるのだ。
それを避けるには、もうスカベンジャーは見てみぬ振りをして逃げ出すのが最適解だろう。
しかし…時既に遅し、と言うことか。
辺りには、国の手の人間か貨物船の人間かは定かではないが、その『商品』とされていた少女を探す声が幾つも聞こえる。
逃げ出そうにも、逃げられないことは悟るしかなかった。
スカベンジャーごと見つかるのも、もう時間の問題だろう。
そう思い至り、怖くなってその怯えている少女を力ずくで人質にして正面突破してやろう…として、しかし、やるだけ無駄だとも直ぐに思い至り正気に立ち返る。
スカベンジャーは、その少女から手を離すと、遂に年貢の納めときかと息を吐く。
プロローグの冒頭の描写は、ちょうどその前後だったのだ。
そして…その時であった。
「ついに…見つけたぞ、私が探してやまない手がかりの一端が!!」
いきなりスカベンジャーの目の前に、下着もつけずに全裸にマントと言う露出凶も真っ青な格好をした派手な女が、高所から飛び降りてきたのである…