「ケイお嬢!」
後ろから大きな拳で叩きつかれた彼女は、その衝撃で吹き飛ばされた。
「岩に擬態したゴーレムなのデス!」
先程まで自分たちがどかそうとしていた岩は、足をその下から生やして立っていた。
腕も生えているが、両腕の内片腕にだけ、異常に大きな拳が形成されていた。
その拳で攻撃されれば、彼女のように吹き飛ばされてしまうだろう。
「一旦距離を取れ!」
「にゃ!」
キャットが猫に戻り、その形態特有の俊敏な走りでゴーレムから距離を離した。
そしてイツミも距離を取って、キャットに向けて新たな指示を出した。
「召喚の時間を稼ぐんだ!」
応答を待つまでもなく、イツミは詠唱を開始する。
キャットは無言で頷いてから、魔法を発動した。
すると、その小さな体が緑色のオーラで包まれ、その直後にゴーレムの方へ立ち向かった。
自分の肩に乗るほど小さな身体のキャットと、対して同じように肩に乗せてしまえば、むしろ自分が潰れてしまうであろう大きさのゴーレム。
その2者が対峙すれば、一見するとゴーレムの方が強そうに見える。
だが、戦いとはそう簡単なものではない。
ゴーレムは鈍い動きで前進するが、猫は素早い動きで飛びかかる。
迎撃しようとゴーレムは拳を振るう。しかし、その動きはキャットにとってハエが止まるような遅さであった。
キャットはその腕に飛び乗ると、まるで木登りでもするように駆け上がっていった。
「……!」
キャットが自身の体に乗ったと認識したゴーレムは、振り払おうと腕を動かし始める。
しかし、いくら振り払おうと身をよじっても、キャットは一向に離れない。
ゴーレムは、只の岩をくっつけて作ったような造形だ。
そのため、一挙一動に岩の擦れる重い音がついてくる。
「ニャアア!」
叫び声にも似たキャットの一声の後、ゴーレムの周囲に強風が発生する。
キャットによる風魔法だが、それなりの重量を持ったゴーレムにとっては、少し踏ん張るだけで済むような攻撃だった。
風魔法による強風が止むと、ゴーレムがキャットを振り払おうとする動作を止め、そして何もなかったかのように足を進め始めた。
その様子を確認したキャットは、召喚の詠唱中のイツミを一瞥する。
元々召喚魔法というのは、非戦闘中に使うものだ。今のように戦闘中でも出来なくはないが、極めて長い詠唱時間を要し、その間前衛が負担がかかってしまう。
しかし、キャットはその例には当てはまらない。
負荷がかかるも何も、キャットではゴーレムにマトモな妨害やダメージを与えられない上に、たった今その事を察したゴーレムからはキャットに攻撃を仕掛けてこない。
精々、キャットが魔法で歩いている所をよろめかせ、そしてゴーレムが身体にかかった水滴を振り払う様に身をよじる程度であった。
「ゴォォォ」
岩と岩を擦らせ、首らしき部位を自分の居る方に回す。
その方へ気を向けさせないため、キャットは妨害しようと、顔面に飛びかかった。
しかし、いくら猫又でもこの質量差は覆せるものではない。
キャットの飛びつきにすんとも言わないゴーレムは、真っ直ぐと術者の方へと足を進めていった。
この時、イツミの仮面の下にある頬に、一筋の汗が伝った。
目の部分に開いた穴から除き見える彼の瞳はゴレームをしっかりと捉えていると同時、そこから焦りの感情が見て取れる。
やはり、この様な敵が相手ではキャットでは足止めできないと、先程から思っていたことを改めて確信したのだ。
ならば詠唱を破棄して逃走するべきか。自身とキャット共に逃げ足が速いと自負しているのだが。
そうだとしても、逃走する決断をすることは出来ない要因があった。
向こうで意識を失っている彼女、ケイだ。
彼女を置いて逃げてしまえば、追いかけるのを諦めたゴーレムは、彼女にとどめを刺すだろう。
死んだ所で復活できるから、放置すればいいと言われればそれまでだったが、イツミのプライドがその判断を踏み留めさせる。
「……ッ」
逃走するか、戦うべきか。
未だに決意はその間で揺らぎ、詠唱を破棄できないでいる。
自身では妨害できないと悟ったキャットは、ご主人であるイツミに視線を送っていた。
そんなキャットに気づき、視線を返す。
大方新たな指示を待っているのだろう。しかし足止めが出来ないとすれば、他に何かできるのだろうか。
少し考えて、一瞬だけその視線をケイの方へ送った。そしてキャットに視線を戻す。
それだけでキャットは察し、ゴーレムから降りてケイの方へ駆け寄った。
その様子を確認すると、再びゴーレムの姿を見捉える。鈍足な敵だが、詠唱を完了しない内に追いつかれて、攻撃されてしまうだろう。
「……!」
ゴーレムの一歩一歩による振動が、地面を通して足元に伝わってくる。
キャットは上手くやってくれるだろうか。いや、上手く行っても無理かもしれない。
キャットがケイを起こしてくれるまで、ゴーレムを相手をしなければいけない。
そして彼女が気絶から回復すれば、3人共々に逃走する事ができる。
ロープを登る時に隙を晒してしまうだろうが、何もしないよりはマシだ。
「お姉さん、起きてください!」
人化したキャットが彼女を起こそうとしているのが、声としてこっちに届いてくる。
ここまで大声張ってくれているんだ。すぐに起きてくれれば良いのだが。
「っく、距離を取るか!」
ある程度近づいてきたゴーレムに対し、詠唱を破棄して距離を取ろうと走り出した。
ゴーレムの背後でキャットが大声を出しているのだが、耳が無いから気付けないのだろう。それを気にしない様子で追いかけてきた。
自分が走り出した直後、ゴーレムは立ち止まったのか、振動が止んだ。
十分な距離を取った後に、足を止めてゴーレムの方に振り返ると、敵は確かにその場に立ち止まっていた。
一体何があった?
そんな疑問を抱きつつ、敵の様子を観察する。
だがいくら見つめても、ゴーレムはその場に立っているばかりだ。
「一体何を……?」
そう呟いて、ふと1つの考えが浮かぶ。
魔法の詠唱中に動くことが出来ないのと同じように、あのゴーレムもまた———
同時、ゴーレムから人ほどの大きさの岩が発射された。
まさかの考えが正解だと驚愕しつつ、反射的に横へ避けようとするが、間に合わない。
左半身に受ける衝撃に負け、半ば叩きつかれるように尻餅をつく。
辛うじて芯に受けなかったから、大きなダメージにはならなかった。
しかし……不味い。
ただのゴーレムだと思っていたが、まさか魔法を使うとは。
先入観故の誤算に嘆いていたいが、その時間も許してくれないだろう。
ゴーレムが再び詠唱を始めたのか、その場に留まり続けている。
このまま魔法をマトモに受けてはいけない。
発動のタイミングを見極めさえすれば、この細長い一本道の空間でも十分に回避できる。
まあ、しくじってしまえば食らうだろうが……。
「グゴゴォォォ」
大岩を擦らせて出る、雄叫びのような音に思わず仮面の下の眉をしかめる。
気合を入れている動作に見えないこともない、何か大きな魔法でも放つのか。
嫌な予感の直後、横に大きく移動。すると元いた場所に、ゴーレムの身体に近い大きさの大岩が飛んできた。
「うっ……!」
飛び出るように大岩の軌道から離れると、魔法は地面や壁に当たったのか、岩が割れて崩れるよううな音が聞こえてくる。
質量弾という単語を当てはめるにしても枠に収まりきれない程のサイズだ。余波だけでも思わず怯んでしまうのだから、直撃すればひとたまりもない。
次の攻撃に備え、再びゴーレムの姿を視界に収める。
本来は召喚した仲間に戦わせる職業である自分に、この状況は防戦一方に努めるしか無い。
反撃もせずに避け続けているが、何時か被弾することは避けられない。
瞳も口もない顔でこちらをじっと見つめるゴーレムに対し、俺は敵の背後に居る二人に瞳を向けている。
「ケイお嬢、早く起きてくれ……!」
果たして、その願いは自分の足が地面を踏みしめている内に叶うのだろうか。
・
・
・
何時かの始まりに似た漆黒の空間に、俺の意識は閉じ込められている。
漆黒だけの空間に、光はどこにもなかった。
瞼を閉じても、遮る光が無ければ目に映る光景も変わらない。
「……?」
突如、目の前に文字列が浮かんでくる。
『警告:異常により、一時中断しています』
異常?
……ああ、ステータス異常のことか。
確かキャットに腕を引っ張られた時、後ろから何か大きなもので叩かれた……と言うより、吹き飛ばされたんだっけか。
きっと、このステータス異常とは”気絶”のことだろう。
気絶中はこんなメッセージが出るのかと感心するが、何時までこの空間に居るままなのだろう。
俺が気絶するほどのことがあったのだから、キャットや変態仮面、もといイツミに危機が迫っているのかもしれない。
早々と復帰したいものだが、自ら復帰するにはどうすれば良いのか。
VRでは無いゲームならば、コントローラーのスティックやボタンをガチャガチャとすれば、復帰までの時間を短縮できるだろう。
だがVRゲームではどうすれば良いのか。
この空間の中で激しい運動でもすれば良いのか?
試しに、腕を振り回しながら飛び跳ねてみる。
ある程度続けているが、俺の目前を陣取るようにメッセージがついてくるだけで、何の成果もなかった。
諦めて、この滅茶苦茶な動きを止めて、また棒立ちの姿勢に戻る。
さて、どうしようかと悩んでいる所で、突如としてこの空間に”声”が出現した。
「”光”の無い空間には、時もまた存在しない」
「?」
「しかし、空間には”闇”がある。故に空間が存在する」
なんの予兆も無く、少女の声が漆黒の空間に響く。
反響する壁や床なんて無いのか、その声はどこかからエコーとして返ってくることはなく、ただこの空間に声が広がる。
「えっと?」
この時、この空間で初めて自分の声を自覚した。
それは男の声だったが、”ケイ”の声に慣れてしまっていて、この声が自分の声だと気付く事は難しかった。
結果、その「気付き」は数秒遅れる事になる。
その数秒後、ようやく「気付き」得た俺は、心臓を大岩で叩きつけられたような衝撃を受ける。
「俺の……声?」
確かめる様に声を捻り出した後、また新たな”気づき”が現れる。
「あの声は……!」
「……くす」
この少女の声は、”ケイ”の声だ。
自分が発する声を聞くのと、それを録音して聞くのとでは意外と声が違って聞こえるのは、あらゆる人が知っていることだと思う。
だから、よく聞かなければこの声がケイだとは分からなかった。
「ケイ……!」
「―――それじゃあ」
その言葉に答えることはなく、ただ別れの言葉を残していった。
直後に、まるで図ったかのようなタイミングで、目の前で陣取るメッセージに変化が現れた。
『警告:致命的ではない重大な異常が発生しました。5秒後に同調を解除します』
致命的ではない重大な異常、というよく分からない文章に混乱する。
『警告:致命的ではない重大な異常が発生しました。4秒後に同調を解除します』
この時、ようやくこのメッセージが伝えようとしている事を理解した。
『警告:致命的ではない重大な異常が発生しました。3秒後に同調を解除します』
運営はこの問題に対して対応してくれるだろうか、と嘆いた。
『警告:致命的ではない重大な異常が発生しました。2秒後に同調を解除します』
そしてカウントダウンの中、疑問を抱く。なぜ彼女がケイなんだ?
『警告:致命的ではない重大な異常が発生しました。1秒後に同調を解除します』
だって、彼女は―――――
・
・
・
「お姉さん!」
「ん……んう?」
なにか夢を見ていたような気がして、そしてその記憶は砂のように崩れていく。
意識が現実へと引き戻され、そして目の前に可愛らしい女の子の顔が見えるのに気付いた。
「お姉さん! やっと起きてくれたのデス!早くこの場所から逃げるのデス!」
「……えっと、お姉さんってことは、妹?」
「そんな冗談は抜きで、逃げるのデス!」
起きて早速ピンチ?
なんて強烈な目覚ましだろう、眠気も一瞬で吹き飛んだ。
「何が起きて……いや、良い」
質問の言葉を最後まで言い終える前に、周囲を見渡して状況を把握した。
あのゴーレムが、あの仮面の人と戦っているようだ。
何故真昼間の下で真っ黒な服装なのだろう。私は1秒もせずこの人間を変態呼ばわりする事に決めた。
「ご主人が足止めしてくれてるのデス!走るのデス!」
成る程。あの様子を見ると、変態の方が不利なようだ。
しかし困った。どちらも見ようによっては敵だから、どちらが味方なのか解らない。
この猫耳の子に訊けばいいかな?
「ご主人って、あの仮面の方?」
「そんなの当たり前なのデス!記憶でも飛んだのデスか?!」
その猫耳の一言で、私は苦笑いをこぼした。
どうも、そういう事らしい。
「という事は、あのゴーレムが敵なんだ」
最早確認を取る必要も無いが、一応訊いてみた。
そうしたら、すごい形相で私を睨みつつ頷いた。可愛い顔をしているのに、そんな表情しちゃったら勿体無いよ。
まあ良い、そうと決まれば早速行動だ。
立ち上がって、服のあらゆる所に付いた砂ホコリを払う。
そして、目を閉じて詠唱を始める。
頭の中で、これから放つ魔法の形をパパっと構築すれば、ほら、完成。
簡単にやってのけた魔法の構築、けれど念のために、正式な詠唱までは済ませておく。
「『ドラゴンステーク』」
直後、ゴーレムの足元から赤い光が放たれ、光が熱に変わるかのように、大きな炎が舞い上がり始めた。
竜を燃やし尽くすには十分な火力のそれは、ゴーレム相手でも例外ではなかった。
岩の身体の一部がオレンジ色になったかと思うと、融点に達した部分から解けていく。
「にゃ……?!」
「ふふん」
横で驚きを隠せないでいる猫耳の女の子に、私は自慢げに鼻を鳴らす。
どうだ参ったか。いや、この言葉はゴーレムに向けるべきか。
しかしそのゴーレムには耳が付いていないし、声を出したとして聞いてくれるかどうか。
そんなどうでもいいことで迷っていると、ゴーレムの身体の大半が液体となった。
どうやらこの一撃で倒したらしい。
自分で生み出した炎の海を収めるが、溶けた岩がいまだに残っているから、さっさ冷ませる為にまた魔法を使おうと詠唱する。
「熱いと危ないからね。……『水を』」
魔力を操作し、簡単に大量の水を構成させると、それを溶岩めがけて飛ばした。魔法の使い勝手は変わらないことはわかったから、今度は簡単な詠唱だけ。
そうすると、とんでもない蒸気を噴出させながら、溶岩は瞬く間に赤を失い、岩に戻っていった。
「はいっ、もう脅威は消え去ったよ」
大量だった水も、大半が蒸発してくれたおかげで、靴底が濡れる程度にまで水がなくなっていた。
「お、お姉さん……!」
「ん、どうしたのかな?」
目を見開いて、驚愕と言わんばかりの表情で私を見ている。
「ほ、本当に凄いのデス!そんな魔法を習得していたんデスね!」
「凄いでしょ?」
褒められるのに悪い気はしない。ただ、最近はそんなことを言われることが少なかったから、なんだかくすぐったい。
「あ、ご主人!」
彼女があっちの方に声を上げたと思ったら、そこから一人の男がやってきた。
ゴーレムと戦っていた仮面の変態だ。
「大丈夫だった?」
私には記憶のない人だが、向こうは知り合いかのように接してくるから、きっとこちらでは知り合いなのだろう。
心配するような言葉を投げかけるが……、仮面の身体にはあちこちに傷が目立つ。
とても無傷とは言えない状態だ。
「うむ、大丈夫だが……ケイお嬢はそんなに強かったのか?」
「まあ」
「あ、そういえばお姉さん。記憶は大丈夫なのデスか?」
そう言われて、”ああそうか”と思い出す。
彼女には私が記憶喪失に近い状態だと思われているんだ。
「記憶……っ、それは本当か?!」
「ええっと、まあちょっとだけだけど……、忘れちゃったこともあるかな」
実を言えばちょっとどころじゃなく、全く無い。だがそれも致し方なしだ。
「……例えば?」
問い詰められて、私はビクリと視線を逸らす。
「試しにワタシの名前を言ってみるのデス」
「……嘘ついた。何にも覚えてない」
「まさか、本当に記憶を?」
「これは面倒なコトになったのデス……」
仕方ないことなんだけど、ちょっと申し訳ない気分になって、二人の視線から逃げるように下を向く。
「ならば、ケイお嬢。このポーションに見覚えはあるか?」
そうして差し出された青いポーションを見て、首を横に振る。
ピンク色のリボンで装飾された魔力のポーションの様だけど、勿論私に覚えはない。
「これは参ったな……」
どうやら、このポーションについての記憶が無いことは、彼らにとって大きな不都合が生じるらしい。
もしかして、私にとって大事なものだったのだろうか。リボンがついているかから、誰かからのプレゼントだとは思うんだけど。
「ねえ、もしよかったら、意識を失う前までの事を教えてくれない?」
「……その必要があるだろうな。分かった、ワタクシとケイお嬢が合流した時の事から話そう」
覚醒は覚醒でも、気絶や眠りから覚める方の覚醒です。