頭を包む冷たく固い感覚。
そんな感覚を与える物を両手でつかみ、持ち上げると、部屋の照明の光が目に飛び込んできた。
しかし、今の俺は”心ここにあらず”というに相応しく、ぼーっとVR装置を膝の上においたままにしている。
一体何が起きたのか、ただそれだけが俺の頭に浮かぶ疑問だった。
『ケイ』
最初は彼女と、さっきまでは私と、そして今は彼女と呼ぶべき人物の名だ。
しかし、その名をいくら呼び掛けようと、彼女が創作上の人物である限りは、返事が帰ってくるようなことはあり得ない。
……そう、創作上の人物が、俺に声をかけるなど出来ないはずなのだ。
いくら考えても解らない。理解に及ぶ事ができるのは、最早ゲーム制作者ぐらいだろうか。いや、もしかしたら彼らも匙を投げそうな物だ。
ふと、見下ろしていた視界に自分のスマートホンが見えて、それをなんとなく手に取った。
画面を表示すると、メールの通知が1つ送られていたことに気づく。
『件名:強制同調終了のお知らせ
「ヴァーチャル・ファンタジー」VR事故防止チーム
このメールはVR装置との強制同調解除が行われたお客様の「親族」に設定されたEメールアドレスと、本人のEメールアドレスに送信されます。
アカウント名「SOYA」のVR装置との強制同調解除を、6月11日 20時28分12秒に実行されました。
障害、又は命に関わる影響はありません。
不具合のログ、またはフィードバックの送信はこちらのページへ↓
www.-----------.com/-----/-----/
もしこのメールに心当たりのない方は…
~~~~~~~~~~~~~~』
「創也!」
突如、自室の扉がぶっ飛ぶかのような勢いで開かれ、母が入ってきた。
止めてくれ。この扉が壊れてしまったら、只でさえ緩い対母セキュリティが更に緩くなってしまう。
「大丈夫なの、怪我は?!意識は?!」
頭の中でジョークをかましても、テレパシー能力が無い内には母に伝わることは不可能だ。
当然の事実を前にした俺は、諦めてスマホのとあるアプリを起動して、文字を入力する。
『大丈夫だよ、安心して』
笑顔で、しかし決して口は開かぬままに、その文章を母に見せた。
その様子を見た母は、1秒とちょっとの硬直の後、緊張を吐き出すようにため息を付いた。
「本当に……っ、心配をかけるんだから、もう!」
「……」
いい年こいてゲームのヒロインが言いそうなセリフを吐くんじゃない、母よ。
もし機会があったら、ケイとして使ってみたいものだが……。
……そう、ケイ。いま俺の中で大きな問題となっているのが、彼女の事である。
何故彼女があそこに居た?
なにかこの疑問を解決してくれるものはどこかと思い、周囲を見渡す。目的の本は見当たらなかった。
母がそれを持っているのかと思い、スマホにテキストを打ち直し、見せる。
『あの本は何処? 夕食の時見せてくれたの』
「こんな時に本の心配? もう、いつの間に私の息子は本の虫になったのかしら」
緊張が抜けたおかげで、いつも通りの調子で話す母だが……残念ながら、俺は本の虫どころか、女の子にまで進化している。
そんな事はともかく、その女の子の事が記された本の在り処だが。
「それなら居間に置きっぱなしよ」
成る程、そう言えばその場所に置いていた記憶がある。
スマホに感謝を打ち付けてから、それをその場に置いて部屋を出ていった。
『d( ̄  ̄)』
居間のカーペットの上で歩を進め、テーブルの上にあるそれを手に持った。
目的の物、我が黒歴史ノートである。
それは結構なページ数だが、その中の内1枚のページを目指してノートをめくる。
そしてたどり着いたのは、彼女の項目……ケイのことが記されているページだ。
このページに書かれている情報は、現実世界で数時間前に見た時と同じである。だが、他のページはよく見ていなかった。
もしかしたら、ケイの情報が他にも書かれているかもしれなかった。
キャラクターのページの他にも、見るのも恥ずかしいような出来のラノベのような物が書かれたページもあった。
一応と思い、ケイという名前を探しつつ読み込んだ。が、居ない
……恐らく、彼女の事はあのページにしか書かれていないのだろう。
そもそも、彼女があの場に出てきた理由は、この本を読むぐらいじゃわからないかもしれない。
「……」
もう一度あの世界に行ってみるか?
しかし、一度は強制終了されたのだ。母を心配させるだろう。
とは言っても、気になる。母には悪いが、ケイと母の事を天秤に載せたら、ケイの方に傾くことだろう。
……とりあえず、自室に戻ろう。
「おかえり」
家の中の部屋を行き来しただけで、”おかえり”などとは奇妙なものである。
さあ、それはともかく、このVR装置をまた使いたいのだが、そうすれば我が母は黙っていないだろう。
「……またゲームをするのかしら?」
「!」
驚いた、まさか俺の考えていることを読むだなんて。
たしかに同じ屋根の下、俺が生まれてきた頃からずっと見て来たのだから、俺の考えを読むことぐらい容易なのかも知れない。
しかし突然図星を付かれた俺は、目をパチクリとして母の顔を見つめていた。
「あら、当たり?」
そう言われて、パチクリとした目を元に戻し、代わりにはてと首を傾げる。
むしろ確信を持って問いかけたじゃないんだろうか。
先程本を探しに行った時に置いていった携帯を拾い上げると、自分の言葉をそこに打つ。
『なんでわかった?』
「なんとなく、よ」
これは……参った。そんな物で思考を当てられたら、部屋のセキュリティの次は心のセキュリティまで見直さなければいけない。
とは言えど、一体どんな対策をすれば良いんだか。
とりあえず、あの装置を使用する理由ぐらいは述べなければ、そう簡単には許されないだろう。
少し考えると、ほんの少し模造気味の理由を書いて見せる。
『向こうの友人を待たせている』
これは一応の真実であるが、本当の理由ではない。
「……友達?」
そう、友達である。
正確には仮面を被った怪盗のことである。俺が気絶するほどの事があったのだ。彼らはどれぐらい強いのかは知らないが、少なくとも容易な戦いにはならない筈だ。
だから、出来るだけ早く戻る必要がある。
……だが、それは本当の理由ではない。
「そう、友達が出来たのね」
『向こうでもボッチだとか思ってた?』
「……まあね?」
ヒドイな。
……しかし、まあ、そう思われるのも仕方ないだろう。
『確かに、前はそうだったかもしれないけど』
”過去”も”今も”、俺の友達は一人も居ない。
……”
―――俺は、とある事故によって記憶の障害を負った。
友人が心配して連絡してくることもなかった。……そもそも、その友人が居なかったのだろう。
とにかく、その記憶喪失で言葉を失った俺は、新しい友人を作ることなどできなかった。
結局今の俺は、現実で家族以外と関係をもつことはできなかった。
……だが、だからこそ。
俺の意思から離れ、自ら言葉を発した彼女を。”自立したケイ”を、よく知る必要がある。
過去の俺が作り出した彼女ならば、彼女もまた、”過去の俺”に関わる何かを持っているかもしれないからだ。
『戻っても良い?』
俺の過去のために、俺は知りたいのだ。
彼女のことを。ケイの事を。
「……良いわよ。と言うより、さっきのは創也自身に影響がなかったみたいだし、多分大丈夫なんじゃない?」
……驚いた、というより拍子抜けである。
全く、無関心なのか、警戒心がないのか。母の場合は後者なのだろうが、この平和ボケした頭が心配だ。
だが、今はその平和ボケした判断に甘えることにしよう。
『ありがとう』
礼を伝えると、VR装置を手に取って、頭に被った。
「それじゃ、お休みなさい、創也。向こうで沢山、友達とお話してくるのよ」
母の言葉が、装置越しに聞こえてくる。
もし俺が喋れたのなら、こう言いたい。
多分、1時間後には「おはよう」と言うハメになるぞ。
だが、その言葉を伝えることは当然のごとく出来なかった。
まるで眠りに落ちた瞬間のように、自分の意識は何処かへ沈んでいった。
・
・
・
『キャラクターサーバーの同調に失敗しました』
『キャラクターモデルの同調に失敗しました』
『キャラクターボイスの同調に失敗しました』
『キャラクターインベントリの同調に失敗しました』
『キャラクタースキルの同調に失敗しました』
『The character named "ケイ" is already exists in game world.』
『ヴァーチャル・ファンタジーへようこそ。
You will synchronizing to DEBUG DOLL.』
「……っ!」
硬い地面から身体を起き上がらせ、先程現れたメッセージに混乱する。
表示されてから消えるまでの時間が極端に短くて、最後の”失敗”という単語しか認識できなかった。
だが、明らかにエラーメッセージの類だと言うはなんとなく察せた。
しかも、英語のメッセージまで出て来た。英和辞典や時間があればともかく、一瞬出現してから消えたから全く読めなかった。
……とりあえず、地べたに座っているわけにも行かない。
立ち上がって、自分の姿を見下ろしてみる。
「これは……っ!」
驚いた。
俺の姿は何時ぞやのマネキン姿だった。
そう言えば視点も若干高い。現実基準で言えば何時もと同じなのだが、ケイの時と比べれば、今のほうが高かった。
「なんでマネキンなんだ?」
誰かに伝えるまでもなく質問を口に出すが、それを答えるものは誰もいない。
「……」
自分の顔を触ってみる。
目も、鼻も、口も、耳も。そして髪も無かった。
自分の姿ではないとは言え、マネキンの姿だとは言え、髪がないと気づいて思わずショックを受けた。
これではハゲである。いや、ハゲてないマネキンもどうかと思うけど。
うむ、カツラを被ったマネキンなぞ見たこともない。ならばこのような頭なのは仕方ないか。
「うん、仕方ないな」
さて、気を取り直そう。俺は自立したケイに会う為に来たのだ。
周囲を見渡してみるが、この場所は亀裂の奥底にあるスペース。ダンジョンの玄関前だった。
肝心のケイや、イツミやキャットはどこにも居ない。
代わりに、気絶する直前までどかそうとしていた大岩が無くなっていた。
「もしかして、勝ったのか?」
周囲に誰も居ないことを良いことに、遠慮なく独り言を口から放つ。
言葉が喉から出るという事が、どれだけ有り難いことか。
ログイン当初も『ケイ』として言葉を発していたが、アレは自分自身の声じゃなかった。
それ故に、俺は内心に喜びを秘める。この『俺』の声に。
それは兎に角。
俺をふっ飛ばした敵は、不意打ちだけはいっちょ前の奴だったのかもしれない。
だとすれば、彼らが敵を打ち倒した結果、この玄関が現れたという事か。あの大岩がどのようにしてどけられたかは知らないが。
……とりあえず、もし彼らが生きていたら、このダンジョンの探索を始めているところだろう。
彼らはどれぐらい戦えるかは知らないけど、俺を打ち倒した脅威を倒せるほどなのだから、問題ないのかもしれない。
ならば、一先ずはこのダンジョンの中に入るとしよう。
この姿で会ったら、どんな反応をされるかわかんないけど……その時はその時だ。
・
・
・
歩く。歩く。
時々分かれ道で立ち止まり、そしてまた歩き始める。
どれ位歩いたのかも解らない。
帰りのことをよく考えずに潜り込んでしまった。今から玄関へ戻ろうとしたって、きっと道もわからずに迷ってしまうだろう。
帰りの事は後で考えるとして、ダンジョンの何処かに居る彼らをどうやって見つければ良いのだろうか。
「……あ」
宝箱だ。しかし、その中身はすでに無くなっている様だった。
そういえば、報酬は宝箱を分けるというものだったな。
俺は気絶したっきりだったが、俺は無事に報酬を受け取れるだろうか。
レイちゃんのポーションも、無事取り返せると良いんだが……。
「……っは」
バカか、俺は。
この姿でレイちゃんに会ったら、確実に驚かせてしまう。それに、これは”俺”だ。
私として、ケっちゃんとして、レイちゃんと再会しなければいけない。
……そう言えば、このダンジョンの照明はどうなっているのだろうか。
どこに行っても、壁に松明やランプが付いていたりはしないが、しかし問題なくダンジョンの中を歩き回れている。
もしや壁自体が薄く光っているのだろうか。
ダンジョンなのだから、そういった仕様があってもおかしくないが……。
「……光?」
思わず小さく呟いてしまった。
ここは明るい。だと言うのに、そこに”光”が在るのを見つけた。
なんだろう、このワケのわからない感覚は。
……理解できないことは放って置こう。
見れば、その光は炎の色、薄いオレンジ色の光だ。レイちゃんが持っていたランタンと同じものだろうか。
もしかしたら、この光の持ち主があの先にいるかもしれない。
そう思い、どこぞの街灯に群がる虫のように、光へ向かって歩いていった。
こういうのを何て言うんだったか。確か、集光性?
……などと自分の中でよく分からないやり取りをしていると、俺はある声を僅かに耳にした気がして、集中を始めた。
「―――か――らない――ス……」
この声は……キャット?
だとすれば、あそこに居るのだろうか。
ああ、やっと再会できる。
後の問題は、この姿を見られて、どんな反応をされるかだ。
……きっと、どうにかなるだろう。
それは、脳天気な母と同レベルの思考だという事に気づかぬまま、光の方へと向かっていった。
・
・
・
・
・
・
<数十分前>
「……ということだ。思い出したか?」
私が気絶する前までの状況を説明し終えた彼は、喋り疲れた様子でそう締めた。
「うん、思い出したよ」
私はこの二人と合流する前、彼らにリボン付きのポーションを取られたらしい。
そしてすり替えられる様にポーチに入れられた手紙に従った私は、合流を果たしたと。
そうして出会ったのは、この仮面の変態、もとい”イツミ・カド”。そしてそのペットである”キャット”だった。
まさか、この2人が私の持ち物を盗んでいただなんて。
本来は力づくで奪うべきなのだろうけど、あのポーション1本に特に思い入れのない私には、そうするまでの意義が見いだせない
ともかく、一本のポーションを人質として、半ば脅迫気味に合流した。
そして、ポーションの返却とお宝の分配を報酬に、ダンジョン捜索、そして内部の調査の協力を依頼された。
それが、
「それで、ダンジョンを見つけたっていう事は、これから調査って感じかな」
「うむ、そうなる……が、大丈夫なのか?記憶を失くしただなんて事があれば、これ以上の協力は頼みづらいのだが……」
「安心して。記憶以外は万全だから」
気絶した時に負った傷も、ポーチの中に入っていた赤いポーションで回復できた。
これなら問題なく戦闘も行えるだろう。
持っている剣も悪くはないし、近接戦闘も大丈夫なはず。
「……なら、頼む」
「勿論」
イツミ君は申し訳無さそうな感じにしているけど、別に協力をしない事になっても、どうせダンジョンに潜り込むつもりだった。
どうせ入るなら、この人と一緒に入ったほうが退屈しないかな、なんて打算的な判断だ。
それにキャットちゃんも一緒になるってなったら、問答無用で同行するね。
「ダンジョンに入る前に一度伝えておくが、基本的に敵に見つからないように行動する。もし見つかったら、頼むぞ、ケイお嬢」
「正面突破じゃダメ?」
「……ケイお嬢の腕なら問題ないかもしれないが」
「でしょ」
私の魔法の技術は、正に70年を経て老いた魔法使いに相当する。いや、もしかしたらそれすらも超越するかもしれない。
時間を巻き戻す魔法を必死こいて研究していたんだから、当然のことなのだけど。
「万が一にも私の力が及ばない敵が出てきたら、イツミ君の言うとおりにコソコソすることにするよ」
「……わ、分かった。先ずは隠れて敵の様子を見て、そこから強さを判断しよう」
「それじゃあ出発なのデス。私が先導するのデス」
私とイツミ君の間に立って話を聞いていたキャットちゃんは、一足先にダンジョンの入り口を入っていった。
私達も続くように、その入口へと足を踏み入れた。
・
・
・
ダンジョン内の構造は、ちょっと分かれ道の多いだけの洞窟だった。
道中にはこの環境によって魔種となったコウモリや、入り口で相手した物をそのまま小さくしたようなサイズのゴーレムが居た。
勿論これらは脅威というわけではなかったから、適当な魔法でぶっ飛ばしながら進んでいった。
それにしても、イツミ君は怪盗の真似事をしているというだけあって、気配の殺し方が中々に上手だ。
少し粗があるものの、容易に敵の背後を取れる程の腕前を持っている。
「この先を見てくるのデス」
「うむ、任せた」
そう言って、キャットは向こうへ斥候しに行った。
私達が持つ光源のランタンから離れていくと、その姿は暗闇に溶けていく。
猫耳を頭の上でピコピコさせているだけあって、猫らしく夜目が効くようだ。
……そうだ。
「ねえ、イツミ君」
「どうした、ケイお嬢」
「次の敵はイツミ君がやってみてよ」
「……無理だ」
2秒ほどのラグの後、バッサリと否定された。
これが告白だったらベッドで一晩泣いて過ごす所だった……。というのは冗談として。
なぜ無理なんだろう?
「ワタクシが従えているペットは3匹。キャットは5感や魔力感知、そして隠密行動が得意だ」
「他の2匹は?」
「馬のホースと、竜のドラもんだ。それぞれ移動用と戦闘用だが……」
「へぇっ!竜なんて従えてるんだ!」
驚きの事実である。竜は基本的に言葉を喋るが、そのプライドや闘争本能は特別な程だ。
しかしどうやって?
竜が頭を下げるのは力量が上の相手ぐらいだ。イツミ君じゃあ無理な話だとひと目で分かるが、どうやって?
「怪盗稼業で得た資金で竜の卵を購入したのだ。今もまだ幼く、しかも食べ盛りでな。今じゃこの洞窟には入れないほど大きくなっている」
我が子の事を自慢気に話す父親のように、イツミ君は声の調子を良さ気にして語っていた。
成る程、その竜を卵の頃から育てているのなら、竜も彼を親として見ているのだろう。なら納得。
その食べ盛りなドラもんのお陰で、餌代に困った時期があるのかもしれない。大きな体を持つ生き物は、それ相応の食事が必要なのかもね。
しかし、その竜はかなり強そうなのだが、そのサイズは既にこの洞窟に収まらない程になっているらしい。
そうすると、竜はここで戦わせる事はできない。他に戦闘要員のペットが居ない彼は、猫を従えるカカシのようなものだ。
「ってことは、その竜はココじゃ戦えないんだね」
「うむ。付け加えるならば、キャットも単体での戦力としては微妙である」
「……そう」
物すごく情けない男だ。
彼から怪盗としてのスキルを引っこ抜いたら、只の変態仮面に成り下がってしまうだろう。今も既に変態仮面だけど。
何がどう変態って、あのナリをしておいて――
「ケイお嬢、何か不名誉なことを考えていないか?」
「なーんにも?」
笑って誤魔化す、この思考を明かすにも野暮だからだ。
もし変態仮面以外の呼び名をつけるとしたら……、キャットタワー?
うむ、何故だか分からないけど、言い得て妙だ。もし機会があったらこれをオカズにからかっても良いかもしれない。
「ご主人! オタカラ!」
先行していたキャットが戻ってきて、この洞窟の中、ランタンが無くても分かるほどに目を光らせて報告してきた。
「な、本当かキャット!?」
「しかも2つ!2つ見つけたのデス!」
「でかした、早速行くぞ!」
「え、ちょっと?」
彼の顔を横から見ていたが、仮面で隠れているはずの瞳が、ランタンの光にも負けないほどに鋭く光った……気がする。
その光は気のせいかと思っていると、二人は先へと走っていった。
「イツミ君?」
呼び止めようとしたが、彼らは構わず走っていった。
止めるのを諦め、自分から追いかけると、宝箱を大事そうに抱えている二人の様子が目に入った。
「おお、ケイお嬢!見ろ、この2つの輝きを!」
何故こんな洞窟の中に宝箱がポツンとあるのか、かなーり違和感を感じる。
……が、まるで贈り物のぬいぐるみを抱く子供のような二人の様子をみて、その違和感もどこかに飛んでいってしまった。
代わりに大きな違和感が新たに生まれてきたけど。
「ちょっとだけ、いやかなり変だよ、二人共」
キャットちゃんは可愛いから兎も角、変態仮面は変態の枠を飛び出しかけている。最早変態を超えた存在だ。アルティメットだ。
「ええっと……、回収したら次行こう?」
「うむ……おお、黄金が沢山入っているぞ!」
「こっちはとっても魔力が篭っている剣が入っていたのデス!」
見た感じ豪華では無いが、キャットちゃんの言うとおり、それは”魔種化”した剣であった。
そしてその属性は……、
「地属性?」
「地属性……?まさかケイお嬢、鑑定スキルを持っているのか!」
「へ、鑑定スキル?」
スキル?
そう疑問に思いながら、質問に応える。
「ま、まあ、少しだけ分かるよ。それ以上はムリだけど……」
「……そうか、鑑定代の節約になると思ったのだが」
私の答えて肩を落とす彼だが、すぐに立ち直ると、私の目を見て、
「よし、次の場所へ征くぞ、キャット、ケイお嬢!」
「おー!なのデス!」
「……おー?」
飼い主に似るのは、どうも犬に限った話じゃないらしい。
それぞれ黄金と、魔剣を大事そうに抱える二人を見て、私はそう確信した。
その後も、順調にダンジョン内の調査……と言うより、空き巣と呼ぶべき工程を順調に進めていった。
「あ、スケルトンが出たのデス」
「『ストーンバレット』。はい、行こ」
新手の敵も問題なく処理し、ダンジョンの深いところまで足を進めていく。
正直言うと、このダンジョンの敵は期待外れなぐらい弱かった。私が強くなるという目的は、この場所では果たせないと思えるほどだ。
「宝箱を見つけてきたのデス!」
「でかしたぞキャット!」
戻ってくるキャットちゃんと、その収穫を喜ぶイツミ君の二人の様子をぼーっと眺めながら、ふと私は口を開く。
「ねえ、これの次の宝箱を見つけたら、帰らない?」
収穫の分配とかポーションとかどうでも良いから、さっさとココを出たいなあとか願いつつ、問いかけた。
「む、そうだな……、これ以上の収穫を望むのも良いが、そろそろ潮時だろう」
「えー」
「また次に来れば良い、キャット」
「……わかったのデス」
よっしゃ、と内心ガッツポーズをとる。
ココを出たら、もっと強いモンスターの居る場所を探すとしよう。
「その時はまたよろしく頼めるか?ケイお嬢」
「え?やだよ」
弱いのしか居ないダンジョンとか、お金稼ぎぐらいにしかならない。
相当の理由がない限り、この場所に戻る気は全く無い。
「そうか、まあこの依頼は今回限りだからな。次は大きな
「そう?……じゃあその時は話だけ聞くよ。話だけね」
「受け入れてくれる所まで約束してくれれば、我々としては助かるのだがな」
イツミは冗談っぽく言ってから、今度はキャットちゃんの方に視線を……アイコンタクトを送った。
それを受け取った彼女は頷くと、さっき来た道の方へ振り返る。
「それじゃあ、帰り道を案内するのデス」
「頼む」
そうして、キャットちゃんを先導に、私達一行は撤退を始めた。
宝箱を探し当てたことによる成果は、イツミ君のバックパックに大量に詰まっている。
ちなみに、岩属性の剣は報酬の一部という事で私が貰っている。
それにしても、そっか。
今更気づいたことなんだけども……、
「こっちのダンジョンは結構違うんだ……」
それは当然のことなのだろうけど、それでも違和感を感じざるをえない。
「どうしたのデスか?」
「ううん、なんでも。そういえばキャットちゃんって、確か魔力を感知できるんだったね」
「なのデス。ダンジョンを流れる魔力は基本的に最深部へ向かうので、それを上っていけば出口なのデス」
「へえ、なるほど」
要するに、空気中に魔力が漂っている、ということなのかも知れない。
「良かったら、詳しい説明をしても良いんデスよ」
「んや、別に良いよ」
「……そなのデスか」
知恵自慢をしたい御様子のキャットちゃんは、私の言葉に落胆した。
後々研究でも調べ物でもすれば、十分に知識を得られる。わざわざキャットちゃんが説明する必要はない。
私が作った魔法はこっちでも使えるみたいだし……。
「収穫の分配の話は外に出てからにしようか」
「うん」
・
・
・
無言と、3人分の足音、そして時々敵と魔法が飛び交う帰宅路の中、ふと、私達は足を止める。
先導していたキャットちゃんが足を止めたのだ。
「どうした、キャット?」
「……人?」
いつもの様に敵を見つけたのではなく、どうやら”人”を見つけたらしかった。
私達と同じく、宝を求めてやってきたのだろうか。
残念ながら、入口付近の宝は殆ど私達が回収してしまったのだが。
耳を澄ましてみれば、確かに足音がコツコツと洞窟の中で響くのが分かる。
「同業者?」
「このダンジョンを知っているのはワタクシ達だけとは限らない、
「1人しかわからないデス……でも、なんかおかしいデス」
おかしい、という言葉がキャットちゃんから出てきて、イツミ君ははてと疑問する。
「何がおかしいのだ?」
「……よく分からないのデス。」
「ふむ……」
まあ、警戒するに越したことはない。人の性質にもよるけど、私達が持っている宝を奪おうと襲うかもしれない。
もしそう言う事になったら……対人戦闘は結構経験があるし、なんとか……?
「方向は分かりませんが、近い所に居るのデス」
「そうか。戦闘準備だ、ケイお嬢」
「……」
……噂をすれば影、という言葉があったか。
私が持っているランタンを向こうに投げ飛ばした。
間違いなく、そこに”居る”。
キャットちゃんは分からないようだけど、私にはこの”気配”がハッキリと分かる。
「居る」
ランタンは投げられた勢いのままに転がり、そして”何者か”の足元にたどり着いた。
「んな……!」
「あれは……人が、人じゃないのデス!」
「人じゃない……人形、か?」
人の形をしている。けれど、人とは呼べないそれの姿は、正に
関節にあたる部分はボールを挟むような形、いわゆる球体関節になっていて、その全身は人の肌とは思えないような白い光沢がランタンの光を受けていた。
頭には口も瞳もなく、ただ輪郭だけがあった。
「………」
”マネキン”は、”ケイ”をじっと見つめていた。
その視線に、一体どんな意図が込められているのだろうか。
自らが書いた絵を評価するように見る絵師の視線か、
決闘の場でお互いを見つめ合う剣士の視線か、
作り上げた砂の城を見上げる子供の視線か、
あるいは……
永い年月を経て再会した友人の視線か。
伏線は貼ったつもり、この設定も一番最初からあった。
けど、どうしても突然すぎる展開に見える……。
あ、今回は両者の視点を前後半に分けて別々に投稿するつもりでしたが、結局結合しました。
追記
イチから書いた方が早いようなレベルの変更を行う予定アリ。
追記
上記の予定はキャンセル。