ウチのキャラクターが自立したんだが   作:馬汁

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10-ウチのキャラクターと俺の記憶

 ―――ケイだ。

 

 銀髪のポニーテール。

 灰色の短めのマント。

 白いシャツの上に重なる革の防具。

 

 間違いない。

 彼女は”ケイ”だ。

 さっきまで俺が使っていた”キャラクター”だ。

 

「マネキン……?」

 

「ケイお嬢、警戒してくれ!」

 

 イツミの言葉に、ケイは鞘から剣を抜いて、こちらへ向けた。

 見覚えのない剣だ。きっと、このダンジョンで拾ったのだろう。

 

 しかし、そうか。

 イツキの依頼の為、彼女はイツミ達と行動していたのだが、その”役”を引き継いでくれたようだ。

 

 ……不思議な気持ちだ。これはリレーでバトンを無事渡した時の気持ちに近いだろうか。

 的外れな例えかもしれないけれど、自分にとってはそれが一番納得行く例えだった。

 

「俺に攻撃の意志は――」

 

 とりあえず、警戒を隠さないでいる彼女たちに対し、戦闘を望まない節を伝えようとした。

 ……のだが。

 

「『燃えろ』」

「――わあっ?!」

 

 ケイが一瞬で魔法を放ち、俺は殆ど脊髄反射で回避した。だが無理な姿勢になったからか、地面に転んでしまう。

 

「はや……!」

 

 苦し紛れの一言を小さく吐くと同時、嫌な予感を感じて咄嗟に地面を転がる。

 

「『刺せ』」

 

 ゴロゴロと地面を転がった直後、地中からも攻撃の気配を感じて、今すぐ身を躱した。

 すると、俺の居た所の地面から、槍の様な形の岩が突き出て来た。

 

 早い、詠唱がとんでもなく早い。

 いや、もしかしたら、そもそも詠唱などしていないじゃないのか?

 

「キャット!」

 

「ニャ!」

 

 ケイの魔法に付いて考察する時間さえも、与えられないらしい。

 キャットが地面に倒れる俺に飛びついて、顔を遠慮なく爪で引っ掻いてきた。

 不思議と痛くはないが、”ダメージを受けた”という感覚だけがあった。

 

「くっ……」

 

 地面に手を付け、立ち上がって逃げようとする。

 しかしそれは当然のごとく許されなかった。

 

「『吹き飛べ』!」

 

 もはや魔法名を口にすること無く、魔法を放った。

 大量の石つぶてを弾丸の如き弾速で向かってくる。

 

 避けられない。それ以前に、認識してから体を動かすのではとても間に合わない。

 

「――!」

 

 体全体に弾が当たり、その衝撃で吹き飛ばされる。そして少しの浮遊感の後、今度は背中全体に衝撃を受ける。

 壁にぶつかって、勢いが止まったようだった。

 

「ケ……ケ、イ!」

 

 自分で発した声が自分の耳に届いて、ふと疑問に思う。 

 

 彼女の名を呼んで、どうなる?

 敵対している人の名前を呼んだって、攻撃の手を止めるはず無いのに。

 

「俺に、攻撃の意思は……!」

 

 この言葉を続けても無意味なのではないか。

 だとしても、せめて伝えるだけ伝えて置きたかった。

 

 そう願って、彼女の目をじっと見つめた。

 

「攻撃の意思は無い!」

 

「黙れ、モンスター」

 

 冷たい目線が俺の瞳を刺す。尋常じゃない殺意が向けられるのを感じ、冷や汗が額から流れ落ちる。

 

 

「俺がモンスターなわけー――!」

 

 胸を剣で突き刺された。

 

「――く……っ、話を聞いてくれ!」

 

 視界が赤く染まる。視界が狭くなり、自らの鼓動がドクドクと聞こえてくる。

 ああ、HPが少ないのか。しかしそんな事を意に介さず、俺は言葉を続けた。

 こんなダメージを受けても喋り続けている自分に対し驚きもするが、そのような事を考えるよりも先に、言葉を続けたほうが良い。

 

「信じてくれ!」

 

「………まだ生きてるんだ、心臓を貫いたのに」

 

 ようやく言葉が伝わったかと思えば、冷たい言葉が帰ってきた。

 しかし、彼女が俺に声をかけたということは、会話のチャンスだということ。

 そのチャンスに気づいた俺は、すぐに喋り始めた。

 

「そりゃ人形だから心臓も急所も無いし。ていうか俺人間だし……!」

 

 殆ど思考という手順を飛ばして、俺は言葉を放っていた。

 自分でも何を言っているかよくわからない。

 

「人形? 人間?」

 

 そう問い詰められて、自分が放った言葉が矛盾していることに気付く。

 

「も、元人間だ! いまはちょっと……コレだけど」

 

 即座に訂正する。

 確かに今の見た目は人外だが、今回ログインする前までは人間だったのだ。

 

「……悪い魔力に蝕まれてモンスターになる人間は珍しくない。貴方もその一人なのだから、すぐに人としての未来を諦めて」

 

「な、なんだって?」

 

 ……人がモンスターになる?

 聞いたこともないキーワードが出てきた。

 もしかしたら”過去の俺”が作った設定だろうか。それとも”ヴァーチャルファンタジー”の設定だろうか。

 

 あの本を読めば分かるだろうが……しかし、胸に剣が貫通している状態で考えることじゃない。

 

「とりあえず、反撃はゼッタイしないから! この剣を抜いてくれ!」

 

「……まあ、そこまで言うならいっか。弱そうだし」

 

 そう言われて、あっさりと俺は開放された。

 身体を剣が貫通したと言うのに、大した痛みは感じられなかった。

 まあ、もし痛覚があったら、今頃大変なことになっていたかもしれないけど。

 

「……従属化か?」

 

「ん、そんなとこだよー」

 

 分かっていたけど、俺とイツミで対応が違いすぎる。俺に対してだけ声のトーンが低かった。

 泣きそう。

 

「ふむ、よかったらテイマースキルを披露しても良いが」

 

「え、テイマースキル?」

 

「ペット枠を余らせている所だったのだ、丁度いい」

 

「ちょ、ペット? それ嫌なんだけど!」

 

 ペットとか、剣で串刺しにされるより嫌だ!

 現代人が奴隷になるとか、超ブラック社員で十分だって!

 

「ねえちょっと、助けて!」

 

「……良いんじゃない?」

 

 知らんぷりしないで!

 と言うかイツミさん、俺の声聞こえてるのか?! 全く聞く素振りがないぞ!

 

「は、ちょ?!」

 

「避けられた!」

 

 なに俺に飛びかかってんのイツミさん!

 というか、その手に持っている首輪は一体なんすか?!

 

「らっしゃあ!」

 

「ぎゃー!」

 

 2度目の突撃で捕獲された俺は、自分の無事を祈ることしか出来なかった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「た、助かった?」

 

 開放された俺は、すぐに後ずさってから立ち上がる。

 何かされていないだろうか。首のあたりを触ってみるが、首輪がくくられている感じはしない。

 

 視線をイツミの方に向けてみれば、彼は空中の”何か”を見つめていた。

 

 こんがらがった頭をようやく復帰させると、イツミが見つめているのはメッセージウィンドウだと分かる。

 

「な……”プレイヤー”だと?!」

 

 どのようなメッセージが表示されているのかは、俺には見えない。

 しかしあの反応を見るに、プレイヤーをペットにすることは出来ないのか?

 

 いや、そんな事はどうでも良い!

 

「だから言っただろ、俺がプレイヤーって! ……言ったっけ?」

 

 ……そう言えば、人間という主張はしても、プレイヤーという主張はしていなかった気がする!

 しかしイツミが目にしたメッセージによって、俺が言わずとも知ってくれたようだ。

 

「……ぷれいや?」

 

「珍しいプレイヤーも居たものだな……」

 

 ようやく首輪を仕舞ったイツミを見て、俺は肩の力を抜いた。

 ”プレイヤー”と言う単語を聞いたケイが、なにやら気になる反応を示したが、もしや……。

 

「すまない、紛らわしい見た目なものだったから、攻撃してしまった」

 

「え、あ、いや……お構いなく」

 

 いきなり謝罪され、思わず遠慮がちな返事をしてしまった。

 これが日本人の性か。或いは俺の頭が下がりがちなだけか。

 

「しかし……人形だからか、言葉を発せないのだな。これでは意思疎通が難しいな」

 

 

「……はい?」

 

「へ?」

 

 ”言葉を発せない”。その言葉を聞き取り、その意味を頭が解すると同時、まるで大槌で頭を叩かれたような錯覚を受ける。

 俺の声が、聞こえないだと?

 俺の声が?

 

「さっきから俺、ずっと喋ってるけど……」

 

「イツミ君、聞こえないの? この人形さっきからずっと喋ってるんだけど」

 

「……む? 喋っているのか?」

 

「だ、だからさっきからずっと喋って……!」

 

 ……聞こえ、ない?

 本当に?

 

「そう言われても聞こえないな……」

 

「ワタシにも聞こえないのデス」

 

「……聞こえてるのって私だけ?」

 

 イツミやキャットは俺の声が聞こえないって、どういうことだ?

 何故? どうして?

 

 むしろケイにだけ聞こえるという事実に疑問を覚える以前に、俺の内心は混乱を極めた。

 

「……そのようだ」

 

「そんなっ……! もしもし!おい!」

 

 思わずイツミの方へ駆け寄りつつ、大声を出した。

 

 声を発しているのに聞いて貰えない。

 それがなんだか怖く感じて、先程落ち着いたはずの焦りがまた生まれてきた。

 

 俺は”喋れる”のだ。この世界で、仮想現実(VR)で、俺はようやく”言葉”を取り戻せたのだ。

 だと言うのに、俺の言葉が聞こえない?

 

 ようやく取り戻せたのに、それが無為になるなんて、そんな……!

 

「何をするのデスか!」

 

「おいイツミ、聞こえているんじゃないのか!」

 

 イツミに掴みかかって、大声で呼びかけた。

 仮面で表情は見えない。聞こえているのかがよく分からない。

 

「お、落ち着け。人形殿!」

 

「聞こえてるんだろ!」

 

 聞こえてないはずがない。

 そんなわけが――

 

()()()()、静かにして」

 

 直後、肩を掴まれて引き寄せられたと思ったら、今度は頭部が吹き飛ぶかのような勢いの衝撃を左頬に受けた。

 

「そんな大声出したら敵が寄ってくるでしょ。わかった?」

 

「……痛い」

 

 頬から頭全体に衝撃が広がると同時、自分が落ち着きを取り戻し始める。

 まるで負の感情が、頬と一緒に吹き飛ばされたかのようだった。

 

「わかった?」

 

「は、はい……」

 

 イツミから距離を取って、顔を俯けさせながらも返事した。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 色々と取り乱した俺が”叩けば直る”理論で見事復帰した後、俺はキャットを先頭とした一行の後ろを、少し距離を離しつつもついて行った。

 

 あんな事をした後だったが、イツミもキャットも気にしていないようで、許してくれた。

 最も気がかりなケイも、心の広いイツミの判断に任せたようだ。

 

 感謝の意が尽きない。次からイツミさんの事は紳士仮面と呼ぶことにしよう。

 

 お互いの自己紹介も、ケイを介して言葉を伝えることで難なく終わった。

 勿論俺はケイとは名乗らず、実名の”ソウヤ”を名乗った。

 

 

「あ、この曲がり角の先に骨が居るのデス」

 

 突き当りが見えてきたと思ったら、先導していたキャットが立ち止まって、そう伝えた。

 それを聞いたケイは、キャットの目配せを受けながら曲がり角へ歩み寄る。

 

「『ストーンバレット』」

 

 曲がり角から出ると、立ち止まってすぐに魔法を放った。

 

 あの魔法、俺がケイだった頃に習得した覚えは無い。

 という事は、俺が操作していたキャラがそのまま意思が宿ったわけではないのか……?

 

 腕を組んで考え込んでいると、ケイが元の陣形の配置に戻ってきた。

 陣形と言っても、前からキャット、紳士仮面、ケイ、俺の順番で一列に並んでいるだけだが。

 

「……?」

 

 と思ったら、前から2番目の紳士仮面がこっちに寄ってきた。

 一体何なのだろうかと、はてと首を傾げてみる。

 こんな時にスマホがあれば、母と会話するときと同じように言葉を伝えられるのだが。

 

「ソウヤ殿、何故その姿になっているのか、訊いてもよろしいか?」

 

「この姿……」

 

 と言われると、どうも返答しづらい。

 多少怪しい印象を与えるのを承知で黙っているべきか、嘘が並べて伝えるべきか……。

 

 そもそも、何故このような姿になっているのかがよく分からない。

 今回のログイン直後に見た、何かのエラーメッセージに証拠があるだろうが、今それらを見ることは出来ない。

 この姿になった理由を知れるのは、開発者ぐらいだろう。

 

 少し考えた末、結局俺は頷いた。

 ただでさえ怪しまれているのだ。黙ってて疑いを持たれるより、なにか嘘を貼ったほうが良いかと判断した。

 

「ありがとう。ケイお嬢、すまないが通訳してくれないか?」

 

「はーい」

 

「助かる」

 

 さて、なんて嘘をつこうか……。

 

 

 ……いや、もしかしなくても、このゲームの世界観に合わせた嘘じゃなくても良いんじゃないか?

 プレイヤー同士の会話なのなら、特に問題はないはずだ。

 ああ、目から鱗だ。俺は無意識にこの場が現実であると思考していたらしい。

 

 そうと決まれば、真実をまるまるくれてやろう。

 

「ログインしたらエラーメッセージが出てきて、こうなった」

 

「え、ろぐい……えら、エラ? え、何それ。外国語?」

 

 ……?

 なんか、ケイが変な反応を示したが……ああ、なるほど。

 ケイはプレイヤーじゃないから、この言葉を知らないのか。

 

「外国語だよ」

 

「……そう?」

 

 そです。

 

「うん。とりあえず、そのまま真似してくれれば伝わるから」

 

「へえ……。なんか、『()()()()したら()()()()()()()が出てきた』だって」

 

「えらめっせ……」

 

 微妙な伝言ゲームに、俺は思わず彼女の言葉の一部を復唱してしまった。

 無事に伝わってくれるだろうか……。

 

「エラーメッセージか? 成る程、いわゆる”バグ”か」

 

 頷いてYESを伝える。ケイの曖昧翻訳を通しても、無事理解してくれた様だ。

 いやホント、変な誤解されたら困る所だった……。

 

「もうレポートはしておいたから、後は修正を待つだけ」

 

「……レポット?」

 

 何をどうしたらそうなる!

 

 ああもう、これが前途多難って奴か!

 っていうか、声がケイを以外には伝わらなくなるし、マネキンになるし、むしろずっと多難だっての!

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 そうして色々と苦労した後、ようやくダンジョンの入り口へと戻ってきた。

 新鮮な空気だと思っていると、紳士仮面とキャットが揃って深呼吸で外の空気を味わっているのを目にした。

 

「~~ふう! やはり外の空気は美味いな!」

 

「美味いのデス!」

 

 どうも、彼らも似たようなことを考えていたようだ。

 

「釈放された囚人の一言みたいだね」

 

「ふふふ、もし本当に囚人になったならば、釈放される前にその一言を言ってやろうではないか!」

 

 それ脱獄してんじゃん。

 

 まあ、確かに空気がなんとなく美味しい。

 と言うか、人形のくせに俺は普通に呼吸している。奇妙なものだ。

 

「さて、報酬の財宝の一部と、例のポーションだな」

 

「あ、そういえばそんな話だったっけね」

 

「うむ」

 

 そう言うと、紳士仮面はリボン付きのポーションをケイに渡した後、続けて財宝が入っているであろう袋を渡した。

 これでケイが請けていた依頼は完了したようだ。

 

「ありがとう」

 

「礼を言うのはこちらだ。むしろ謝罪する必要もあるかもしれないな」

 

「ん、あー。殆ど強制だったもんね。私は気にしてないよ」

 

 結局のところ、依頼を実際に請けたのは”俺”だったんだけどな。

 あの様子を見るに、その記憶は無いのだろう。当たり前かもしれないが。

 

 

 しかし、ケイの様子を見ている内に、幾つかの感情が湧き上がってきた。

 

 今頃ポーションを販売しているであろうレイナの友達は、”俺ではなく”ケイ”だ。

 同じように、年樹九尾の住民は”俺”ではなく”ケイ”となのだ。

 

「そういえば、お人形さんは帰る場所があるのデスか?」

 

「……無いな」

 

 何気なく話しかけてきたキャットに、明らかに不機嫌とわかる口調で返事をした。

 とは言え、俺の声は聞こえないだろうが……。

 

「……そうなのデスか」

 

 聞こえていないのに、わかったかの様な口をしてそっと離れていく。

 言葉にせずとも、俺の不機嫌が伝わったようだ。

 

 

 ……しかし、レイナとかそういう事よりも大事な、本来の目的を忘れてはいけない。

 

 

 ()()()()()()()()()()()として使っていた彼女、ケイ。

 プレイヤーが使用するキャラクターが自立しただなんて話は、今の今まで聞いたことが無い。

 確かにこのゲーム内のNPCの人工知能は人間に匹敵するが、それを彼女が自立した理由とするには足りない。

 

 『ケイの性格はどのように決められた?』、『ケイの記憶は何をもとにして生成された?』

 

 だが、その疑問の答えはとうに用意されている。

 それは、彼女の”設定”が書かれたあの一冊(黒歴史ノート)に書かれている。

 

 ああ、分かっている。馬鹿らしいって。

 あのケイが、俺が書いた黒歴史ノートの中の設定を元に活動しているって事はほぼあり得ない、と。

 

 だが、それ以外にどう説明しろと言うのだ?

 無作為に決められたケイの性格が、”俺が作ったケイ”と偶然一致したとでも?

 それは奇跡と、あるいは不可能と称するべき確率だ。

 

 

 ―――だから俺は、確信する。

 ケイの存在は、あの黒歴史ノートが元になっている。

 

 そして、ケイが黒歴史ノートの設定を抱いて自立しているのであれば、きっと、俺の過去につながる何かも持っているのかもしれない。

 

 ケイから記憶喪失前(過去)の俺の情報を聞き出すのだ。

 

 勿論、彼女が過去の俺を直接知っているワケが無い。

 自身が創作物と自覚して、且つ創作主の事を知っているキャラクターなんてのも見聞きしたことが無い。

 だから、直接的な手段は通用しないだろう。

 

「さて、ケイお嬢はこれからどうするのだ?」

 

「うーん……。適当にそこら辺を歩き回ろうかな」

 

 ……彼女がレイナを知らないように、きっと帰る場所も知らない。

 この世界で生きていたケイを、彼女は知らないのだから。

 

 

 ……よし、決めた。

 ”俺のケイ”が演じていた役を全て引き継いでもらおう。

 記憶のことはその後でも良いだろう。

 

「……ケイ」

 

 思いを決して、ケイの方へ声をかけた。

 

「ん、どうしたの」

 

 さっきまでと較べて随分と対応が柔らかくなった、と思いつつも言葉を伝える。

 

「……イツミ達の居ないところで話したいことが有る」

 

「話したいこと?」

 

「二人っきりで話したいことだ」

 

「……へえ、告白?」

 

 それは無い。

 

「それは無い」

 

 っと、思わず思考と言動が同調してしまった。

 だが、伝えるべきことは伝えた。会話の為に縮めた距離を、少しだけ開けようとする……が。

 

「そ? まあいっか。それじゃ、ちょっと私の手を掴んでて」

 

「え、はい?」

 

「良いから良いから」

 

 ……何か考えがあるのか?

 手を掴んで何かされるのかと、少し考えたのだが、結局言うとおりに手を掴んだ

 

「それじゃ、イツミ君、キャットちゃん。またね」

 

「む、あのロープの所までは一緒に行かないのか?」

 

「ふふん。私、こう見えても大魔法使いなんだよ」

 

 ……まさか、と思って、思わず手を握る力を強めた。

 

「『転移』!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 一瞬で風景が変わった視界に、思わず目をパチクリとさせる。いや、人形に目は無いけども。

 だが思わずそうしたくなる程には驚いた。

 

「転移魔法とかっ、本当に滅茶苦茶な魔法まで覚えてるんだな……!」

 

「勿論。大魔法使いだからね」

 

 ……そりゃあ、ねえ。

 確かに、時間を巻き戻すぐらいの魔法を使ったぐらいだし、それぐらい出来てもおかしくないが……。

 

 ケイの手を離して、辺りを見渡す。

 すぐ近くにあの亀裂がある。転移したとは言え、ただ真上に移動しただけだった様だ。

 

「それでさ、話したいことって何?」

 

 しかし、こんなにも早く話す時が来るとは思わなかった。

 心を整理する時間とか、離す内容の整理とかを見込んでいたから、早速話すことになる可能性なんて傍から想定していなかった。

 

 とは言え、そうなってしまったものは仕方ない。

 腹をくくろう。

 

 ……よし。

 

「俺が話したいのは、ケイの記憶の事。君は、イツミの依頼を請けた事も、リボンの付いたポーションの事も、何も知らない筈」

 

「それは……そうだけど、誰から聞いたの?」

 

 驚いた様子だが、しかし僅かに俺を警戒しているのが分かる。

 さあ、嘘を吐いてなるべく信頼を得るべきか、真実を吐いて嘘が破られるリスクを回避するべきか……。

 

「……最初から感づいてた、確信を得たのはたった今」

 

「あー、なるほど……。でも、どうやって感づいたの?」

 

 これも嘘を吐くべきだろう。

 大丈夫だ。演技力は多少鍛えられている。

 

「俺とケイはそれなりに仲が良い知り合いだったんだ。だが君は覚えていない。それぐらいの理由があれば、記憶に気付く分には十分でしょ」

 

「え、私って人形と知り合いだったの?」

 

「俺がこの姿になる前からの知り合いだったよ、一応」

 

「そうなんだ……って事は、私知り合いを攻撃しちゃったの?」

 

「……気にしないで。仕方なかったことだ」

 

 よし、今のところ嘘は感づかれていない。

 

「とにかく、俺は君の交友関係もある程度知ってる。その様子だと、それも知らないんじゃない?」

 

「うん、知らない」

 

「そうか」

 

「……その事を言うってことは、私の()()を取り戻すのを手伝ってくれるの?」

 

 よし……、その流れになるのを待っていた。

 内心のガッツポーズを巧みに隠すと、会話を続ける。

 

「ケイが新しい人生を歩む、だとか言わなければ」

 

「そう……だね。言わないよ」

 

 もう既に一度やり直してるからな、と内心笑いながら、思い通りに事が運んだのを喜ぶ。

 

「よし、それじゃあ手始めに街に戻ろう。そこまでの道も覚えてないんじゃないか?」

 

「うん、覚えてない」

 

「だろうね」

 

 よし、それじゃあ街へ戻ろう。




着地点は見据えている。
それまでの道のりはあやふやだけども。
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