足跡を辿って結構経ったか、大体20分の間森の中をずっと歩いていたが、突如としてケイが立ち止まる。
「敵、向こう」
指をさす方向を見る、よく分からないが、ケイがそう言うのなら居るんだろう。
いくら目を凝らしても見えない姿を捉えるのを諦め、ケイのほうに目線を移す。
「リザードって言葉通じるかな?」
小声で言われるが、俺は少し悩んで。
「分からない」
ドラゴーナは拠点を聞き出そうとしていると聞いたが、言葉が通じるとまでは聞いていない。
モンスターだから言葉が通じないかもしれないし、知的生命体だから言葉が通じるかもしれない。
「そっか、じゃあ一回だけ試そうか」
「尋問するのか?」
「そ。後ろからこっそりと……」
「……頑張れ。俺はここで待つ」
俺には隠密行動する様なスキルも技術も知識も無い。
付いて行っては足を引っ張るだろう。
「何かあったら私を呼んでね」
「了解」
特に問題は起きないだろう。
手身近な木の根元に腰を下ろして、気配を消しつつあるケイの後ろ姿を見送った。
ケイを見失ったところで、俺は座ったまま後頭部を木に預ける。
ぐったりとした俺の視線は上を向くが、丁度この木が太陽光を遮っていて、あまり眩しくない。
どれぐらいしたら戻ってくるんだろうか。
もしケイが敵に見つかりでもしたら、すこしぐらいの戦闘音がこっちにも聞こえるだろうが……、
「……そんな事はないか」
確信して言える。
リザード一体ぐらいなら、きっと剣をズバっとやって終わりになる。
特に心配する必要もない。眠ってしまう勢いで気を休めても問題ないだろう。
いや、本当に寝るつもりはないが……。
【ピロピロン】
「……ん」
メール?
母からだろうか、無言でシステムメニューを呼び出し、メールを開く。
送信者:レイナ 件名:無題
『何か欲しいポーションとかありますか? よかったら作った分をケっちゃんにおすそ分けします! o(>▽<)o』
ああ、レイナか。顔文字まで付けちゃって、相変わらず女の子してるな。
とは言っても、ポーションを買ったばかりだし、なにも足りないものなんて無いけど……。
……。
……あれ?
「……んなっ、ええ?!」
なんでケイへのメールがこっちに来てるんだ?!
まさか、何かの手違いで送り相手を間違えたワケじゃないよな!
ああ、そうか! これはバグか。というかバグだな! そういえば俺自身バグの塊の様なもんだし!
そう、バグ……バグなら……うん。
「どうすれば良いんだこれ」
「どうしたの?! ……って、無事じゃん」
「あ、ああ」
さっき大声だしたから、急いで戻ってきたのか。ケイは本当にやさしいなホントウに……。
目線をあげてケイの方を見ると、心配そうな眼差し……だったのが見えた。
「さっき少し……ってなんだそれは?」
ケイの後ろにリザードがぶっ倒れていた。
いや、ぶっ倒れているというよりは、引き摺られていたというべきか。リザードの意識は失われているようで、ぐったりしている。
「リザードだよ」
「いやそれは分かるけど」
「そう? まあ、何事もなかったなら別に良いんだけど。そういえば、さっき変な音が聞こえなかった?」
「変な音?」
なにか物音でもあったんだろうか。メールに夢中で気づかなかったが。
「うん、なんかピロピローって」
「ピロピロン?」
「うん。聞いたこともない音だった。新種の鳥でも居るのかな?」
見当違いなことを言うケイに、俺は指をさして言う。
「……それ、メールの通知」
「めーる?」
聞き慣れない通知音で気付いてない様だが、彼女も何かメールを受信したらしい。
システムメニューの操作に慣れていないだろうし、手伝った方が良いだろうか。
「システムメニューの機能の一つ。やってみて」
「あ、うん。『システムメニュー』」
続けて、現れたメニューを操作し、それらしきものを探るように操作している。
少しぐらいは慣れているのだろう。少し戸惑いを見せていたものの、メールを開くことに成功した。手伝いはいらなかった。
「これは……手紙?」
「そんな感じ。運ぶ人も要らないし、盗まれることもない手紙だ。しかも、書いた人が送ってから一瞬で届く。で、ピロピローは届いたのを知らせる音だ」
「おー、異世界凄いね」
「驚かないんだな……ってそのメールは!」
俺の方に届いていたのと同じ内容じゃないか!
彼女が展開しているウィンドウを裏側から見ているが、間違いない。文章はさっき俺が見たものと同じだった。
「どうした?」
「いや、それ……っ」
途中まで言いかけて、口を閉じる。
なにか言っても、”現実”としてこの世界を生きている彼女には通じない。
「ええ……と、気にしないで、どうぞ読んでくださいな」
「えー」
俺の変わり身に戸惑うケイ。言っても本当に仕方ないんだ、これは。
「……なるほど。ポーションってどれぐらい残ってる?」
俺の挙動不審を気にする様子もなくメールの内容を読み終えたケイだが、ふとこっちに問いかける。
「体力ポーションが7つ、魔力が6つ。というか買ってから全然使ってないな」
「そっか……」
一応、異常状態を治癒するポーションだったり、一時的にステータスを倍率で上昇させるポーションがゲーム上に存在するが、それは持ってない。
それをレイナに頼んでも良いかもしれないが……。
「というかそのリザードはどうするんだ」
先ほどから地面にぐったりとしている一体のリザードの事だ。もう尋問は終えているんだろうか。
「ああ、尋問はここに戻ってくる前に終わったよ。聞き出した直後にソウヤの声が聞こえたからね」
そう言って、彼女が手にした剣でリザードの喉を刺した。
光となって散る様子を見ながら、俺が持つ懸念を口に出す。
「嘘だった場合は?」
「嘘でも問題無い。森を焼き尽くせばいいし」
「おい」
「冗談」
それはシャレにならない冗談だ。止めてくれ。
これはゲームだし、そもそも木が燃えたりしないかもしれないが、それはそれだ。
片手で頭を押さえつつ、歩き出すケイに付いて行く。
・
・
・
「……自分で言うのはアレだけど、守りながら戦うのは大丈夫なのか?」
「守りながら……まあ、守るために力を付けたんだし、それぐらいはね」
「”恋人”の事か」
「うん、私が女の子になって、二つ目の人生を始めた理由」
いや、逆だろう。
「二つ目の人生を始めて、女の子になったんだろ。因果が逆転してる」
「おっと、……てへっ」
「おい、元男」
「むむむっ」
……とは言え、彼女が自立する前は俺もノリノリで女の子してたからな。人のこと言えない。
「そういえば、ねえソウヤ」
「なんだ」
「君の前世の”恋人”、どんな感じだった?」
はあ、俺の前世……?
……ああ、そうか。彼女にとって、俺は”異世界のケイ”、もしくは”並行世界のケイ”として見られているのか。
これは、また
「前世、あー……。その、無いんだ」
「え、何が?」
「……前世の記憶が無いんだ」
”記憶が無い”。そう口にして、”俺自身”の事を連想してしまう。
「無い……?」
「ああ、無い。辛うじて一部の記憶は残ってるが、無いも同然だ」
“俺がケイとして”話を合わせながら、ぼんやりと虚空の記憶を掘り返す。
けれど、今口にされた言葉を裏切るように、記憶の中からは何も出てこない。
しかし、掘り返された”無”の中から、一つだけあるものが出てきた。
「……トラック、だったか」
「とら……なにそれ?」
記憶喪失の原因だが、確かその車で轢かれたハズ。とはいえ、その直後に記憶が飛んだワケだから、“聞いた話”となるのだが。
ついでに言えば、記憶を失う機会となった事故には二人目の被害者が居る。詳しくは知らないが、時々母がその人について話してくれる。俺と同じ年だとか、今もずっと意識が無いままだとか。
「あ、もしかしてそれが”彼女”の名前なんだ!」
「は?」
そうして、今更になって気づく。無意識に名称を口にしたせいか、盛大な誤解をされてしまった。
まずいな、俺は独り言が多い方じゃないと思っていたんだが。
というかトラックが俺の彼女なワケがあるか。あるワケがない。
「悪いが、人名ですらないぞ……」
「なるほど」
「何がなるほどだ、アホ」
俺がツッコむと、彼女は適当にごまかすように口笛をひゅーひゅーと吹く。
……しかも普通に上手いし。
ふと、ケイが立ち止まる。それに対して地面をじっと見下ろしていた俺は、彼女に肩を掴まれるまで気付かずに歩いていた。
「あ……」
「前方に見えますのは、リザードの本拠地
「すまん、俺が前に出ると危ないな」
「大丈夫。どんなに危なくても、土魔法で閉じ込めてあげるから」
ヤンデレかよ。
「安心して、私の土魔法はドラゴン100匹にも耐えるよ」
「逆に100ドラゴン分の力がないと、閉じ込められたときに脱出できないって事か」
「そうそう」
こりゃ閉じ込められたら文字通り土葬されるな。怒らせないようにしよう。
「じゃ、ソウヤはここで待つと言う事で」
「おう」
俺の返事に、ケイは瞬きを2度パチっとして見返してくる。
そろそろ行かないのか、と不審に思っていると、突然足元からゴゴゴという音が振動と共に伝わってくる。
「え」
そうして、視界の下から伸びてくる壁を唖然と眺める。
「30分間後か1時間後には戻っ───」
耳に届いていた空気の流れる音は途切れ、ケイの声は中途半端に俺へ届いた。
そしてハッっとした頃に、ようやく気付いた。閉じ込められてしまったのだ。別に怒らせてもないのに、閉じ込められてしまった。
お、落ち着こう。慌てても正しい対処が出来得る可能性は低い。
まずは観察だ。この、全方位を包む異常に硬い土を見る。
これ、隙間無くないか? 完全に光が届いてない……と言っても、あのダンジョンの時みたいに何故か視界は利くんだが。というかこれ空気大丈夫か。
このゲーム窒息とかいう要素無いよな? 水中ならまだしも、完全に閉鎖された空間で窒息する様な事は……。
……あるかもしれない。
というか、あると仮定して行動しなければ、酸欠で倒れるリスクが重い。リスポーンしてこの空間から消えれば、より心配をかける可能性もある。
ええと、酸素を消費しない状態って、とりあえず運動量が少ない方が良い筈……だよな?
そうすると睡眠状態に限りなく近い方が良いか。
幸いケイの気遣いのお陰で、この
そうと決まれば、酸素が無くなる前に実行だ。俺は壁の隅に座り込んで、壁に身を預け、目を閉じた。
この密閉空間の中で、生き延びる為に。
・
・
・
「30分間後か1時間後には戻ってくるから、じゃあね」
そう言ってソウヤを私の土魔法で
未だに目視できないけれど、”気配”がその存在を証明してくれる。
もしリザードから聞き出した情報が偽物だとしても、さっきまでと同じ方法で余裕でたどり着ける筈だ。
「ま、多少のショートカットにはなったね」
幸い、情報は嘘のものじゃなかった。
ようやく村らしきものを見つけて、私は確信する。これがあのリザードの拠点らしい。
しかしリザードの拠点という割には、どこか生活感が残っているように見える。さっき訪れたドラゴーナの村、カル村に似た空気感を想起させもする。
きっと、普通の村を占領して、リザードが拠点にしたんだろう。
ざっと見渡すと、あちこちに立つ櫓と武器を持ったリザードが視界に入る。本来あったであろう、村の穏やかな空気は、すでに無かった。
すると、村を奪われた村人は……どうだろうな。皆殺しになっているかもしれない。
本来の村の住民がドラゴーナだった場合、敵対しているリザードは彼らを生かさないだろう。
「うーん、一気に
どうやって殲滅させるか、考える。
私の目標は、村の奪還とか拠点の占領とかじゃなくて、ただリザードを殲滅させる、というものだ。
だから、出来る限り敵を逃がしたくない。
……時間はかかるけど、警戒されないように一人ずつヒッソリ始末すれば確実で安全かな。
そうすると上から目は邪魔だから、櫓の敵は最初に落とすとして……。
「『転移』」
密かな声だけど、ちゃんと構築された魔力によって魔法が発動。視界が一瞬で切り替わる。
そして、目の前のリザードの口を掴み、声が出ないようにしつつ喉を裂く。
「カァ˝」
口からでは無く、喉から声が聞こえてくる。
その声を聞き流しつつ、傍に置かれていた弓矢を拾って次の櫓へ転移する。
それを数回繰り返し、全ての櫓を攻略したところで、早速地上の掃除に手を付ける。
まず、櫓の真下に居るリザード目掛けて飛び降り、それを下敷きにしつつ着地。同時に剣を突き立てた。
けれど、リザードはこの一匹だけじゃない。直ぐ近くに他のリザードが居たから、この場面を目撃されてしまった。
まあ、”警戒されない”様に倒すとは言ったけれど、”見つからない”様に、とは言ってないからね。
頭の中で『詠唱』と小さくつぶやき、魔法を発動する用意をする。
それに必要な詠唱時間はかなり短く、0.5秒にも満たないタイミングで発動した。
「『ウィンドアロー』」
この世界の魔法を発動、そして接近。こっちの魔法は頭を空っぽにしても放てるのが強みだ。
だから……、
「『掴んで』」
風の矢を放った直後に、私の魔法で土を敵の足に絡ませる。
こうして、二つの魔法を同時発動できる。
二つの世界の魔法を両方習得した、この私にしか出来ない芸当だと思う。
場合によっては、私の他に同じようなことが出来る人が居るかもしれない。けれど、コレは大きなアドバンテージになるだろう。
風の矢は喉に直撃し、リザードが助けの声を上げるのを遅れさせる。
その内に弓に矢をつがえ、放った。
「……よし」
リザードは倒れ、動かなくなった。
血の代わりに立ち上る光と消えゆく死体を眺める。
……何時見ても不思議だ。この世界の生き物には、血が通っていないんだろうか。
正直この様子を見ていると、この生き物達はモンスター達は、全て作り物なんじゃないかと、そう思ってしまう。
きっと、この世界の生き物は元々そういうモノなんだろうけど……。
「……さ、早く済ませよう」
リザードの気配が消えるまで、倒し続けないといけない。
ソウヤには1時間後には戻ると言ったし、さっさと倒して回らないと。
・
・
・
村が幾分か静かになった。気配も少なくなった。
これで東半分のリザードは倒した。異変に気付き始めるリザードを順に倒していけば、この拠点は静かになる。
けれど、そんなリザードがざわざわと騒ぎは始める。
死体は残らないから、異変に気付いた様子ではなかった。それじゃあ、騒ぎ始めた理由は何んだろう。
すると、遠くから聞こえてくる音に、空へ振り向いた。
「ドラ……ゴン?」
驚いた、ドラゴンだ。しかも見たところ……まだ子供の様に見える。それにこっちへ一直線に飛んでいる。
ドラゴンの奴隷や部下のような種族であるリザードの事だ、ドラゴンと何か関係を持っていてもおかしくは無い。
……と、思っていたんだけれど。
「ドラゴンダ、ドラゴンガ襲ッテ来タゾ!」
「弓矢ヲ持ッテコイ!」
「使エナイ奴は家ニ引ッ込ンデロ!」
……情報が間違っていたのか、もしくはこのリザードが普通と違うのか。
何故だかドラゴンと敵対している様子だった。
もしかしたら、ドラゴンにも二つの勢力があって、それと敵対している可能性だってある。
後でキャットちゃんにでも訊いてみようか。
「うーん、静かなままの方が都合がよかったんだけど……」
まあ、ドラゴンとこのリザードの戦いが落ち着くまで隠れてようか。
そう思って、ソウヤの元へ転移魔法で向かおうとする……直前だ。
「ギァァァァァ!」
ドラゴンの、若さの残る咆哮が村に響く。
そして、ついにドラゴンは空から炎を撒き散らしだした。
「……戻ろう」
騒動が過ぎた後に、生き残りを処理すれば良い。
予定は変わったが、殲滅させる見込みは無くなった訳じゃない。ちょっとだけ危険になっただけだ。
そうして、私は今度こそソウヤの元へ転移する。
「『転移』」
視界が一転、木造建築の並ぶ場所から、不自然に四角い土の箱のある場所にやってくる。
さっき私が作った
ほら、簡単に崩れたし、ちょっと気を付ければソウヤに土がかかんない様に出来……る……し?
「……」
なんという事だろう。
崩されたシェルターの中には、力なく倒れているソウヤの姿があった。
「……え」
頭が真っ白になり、私はソウヤの方へ駆け寄った。
「どうした、何があったの?!」
叫ぶように言っても、ソウヤは起きない。
まさか、毒とか病気とかじゃ……!
焦る心を押さえつつ、ソウヤを抱え上げながら転移の魔法を構築して発動。
今度はレイナの部屋の前に転移して、扉の向こうから呼びかける。両手はふさがっていてノックする事はできなかった。
・
・
・
「レイちゃん、レイちゃん!」
「どうしましたって、ええっ?! ソウヤさんがぐったりして、一体何があったんですか?!」
「気を失ってるの! 私一体どうすればばば」
「気を?! あ、ああわわ、ええっと、状態異常回復のポーションは……ありました、気絶回復のポーションを飲ませます!」
「うん、お願い!」
ふと、口に何かを押し込まれる感覚の後、喉に何かが流れていく。
なんか、甘い。
「……お、起きません。わあああ、大変ですっ。気絶回復の効果が無いっていう事は、もしかしたら気絶する程の重い異常状態とかかもしれません!」
「それって大丈夫なの?! 死なないよね?!」
「あ、あわわあわ、慌てないでくだひゃいっ!」
「レイちゃんが落ち着いて!」
一体何が起きて……。
喉に流し込まれた液体の感覚によって、意識が僅かに引き上げられる。僅かに開いた瞳が、この騒ぎの様子を観察していた。
「とりあえず体力ポーションで延命して下さい! 私は使えそうなポーションを探して来ます!」
「分かった、飲ませる!」
わけがわからない。というか、眠い──と、寝起きでボケた頭は思考放棄を選択した。
俺は瞼を閉じると、気を失ったふりをして、喉に流れ込む液体を静かに受け止めた。
悪い意味での締まりのないオチ。
次の話で何とかなるので問題ない。
所で、「She」の彼女と、「GirlFriend」の彼女ってややこしいと思うの
こういう時は日本語が不便だと感じる