「では、先ずは弓を扱う技術を見せてもらおう」
「……」
すーっと影に息を潜めている私は、ローブ姿のソウヤの姿をじっと見つめる。
私を認識していない彼は、正に人形のように言葉を一切放たない。
彼は矢を番うが、あんまり上手とは言えない。悪く言ってしまえば、下手だ。
ほら、副団長さんも少しだけ険しい表情を見せている。
「そうだな。最初は俺の構えを手本としろ」
が、素人相手に怒鳴るようなことはしない方針なのか、副団長さんは手本を見せ始めた。
やはり副団長の名に違わない、構え方が如何にもそれっぽい。
「……」
その構え方を見た彼は、自分の手元と副団長の手本の間を幾度も視線を行き来させる。
そうして修正を重ね、ようやく弓の弦を引いて……。おお、手本を見た途端にマトモになった
どうせだから私も一緒に練習に付き合いたいのだけど、この場に隠れている私には無理な話だ。
影から出てくれば、戦闘を知らせる警鐘が鳴り響くか、それともこの場でハリネズミに成り
それに、私は弓を扱う技術はあっても、教える技術はない。実戦ならともかく、今のような状況なら副団長さんに丸投げするのが安定だ。
ふと、私はあらぬことを考える。
彼、ソウヤは前世の記憶を愕然としか覚えていないらしい。それ故か、私とは結構違う面がある。
弓が軋む音と、矢が風を貫く音が空間に響く中、
まず、精神的な性別が違う。
今の彼は人形だから、服を無理やり取っ払って肉体的な性別を確認することは無意味だ。
けど、数日付き合っていれば、彼の精神的な性別は嫌でも分かる。そんなもんだから、私はソウヤを三人称として呼称する時は、彼と呼んでいる。
だが、私がこの世界にやってくる前は、彼は”女性”として生きていたんだろう。
実際、ケイの友達であるレイちゃんは、私が女の子らしい言葉遣いをしても特に気にかけない。
そう考えると、彼は少しばかり不自然だ。
「うーん……」
影の中、悩むような声を上げてみる。
前世の性別が精神に根深く残って、彼は意識的に女の子らしい言葉遣いをしていたのだろうか?
前世の記憶の事を考えると、確率としては低そうだけど……。
私は今世で3歳になった時辺りに、女性としての”私”を受け入れた。
性意識が成熟していない年齢であることを考えると、この早さは異例だろうと……いや、そもそも性転換に”例”など有り得ないか。
ともかく、
で、二つ目の相違点は強さだ。これはとっくに言ったね。
私は、前世で得た”知識”を幼い頃から意図的に披露し、国からの注目を得た。
そして天才児として世間に認識された私は、剣や魔法に腕のある講師の教えの元、力を得た。
対し、彼は前世で習得した筈の魔法も丸々忘れている。
それに、ひたすらに力を求めた私とは違って、普通に生きてきたんだろう。彼はすごく弱い。
……まあ、今は努力しているけど、やっぱり弱いかな。
私の行動方針に付いていく為に頑張っているんだろうけど、この調子じゃ数年は掛かってしまいそうだ。
「ほう、上達が早いな。だが身体が動きを忘れては無意味だ。練習を重ね、そして身体に動作を覚えさせろ」
気づけば、ソウヤが放つ大半の矢は的に当たるようになった。
まあ、動かない目標相手ならこれぐらいは出来ないとね。
実践じゃ、勝手がかなり違うものだ。
そして最後の相違点は、前世の記憶が消えたのに伴って、精神年齢がいくらか若返っている。という点だ。
……これには、”多分”が付いてしまうけど。
肉体年齢は見たところ同じだけど、彼の精神年齢は……2、30ぐらい?
私は人の心を読む様な目なんて無いし、これが曖昧になるのは当然かもしれない。
もしこの体の年齢が、元の世界にいた頃の私と同じ17歳だとすれば、彼は身体の精神の年齢に約5年前後の差があると言うことになる。
無論、その差は残存した記憶によるものだろう。
ある程度世の中の常識を知って赤ちゃんを始めてる時点で、既に精神年齢が10歳リードしていても変じゃ無い。
「……よし、そろそろ違う的を使ってみるか」
「動く的ですか? なら、私が手伝いましょう」
「ああ、頼む」
……こうして、じーっと様子を見続けるのも、流石に限度があるかもしれない。
ソウヤにとっては、『ぷれいやー』という立場の人は信頼に値するらしい。
彼らが居れば、そう悪い状況にはならないだろうと、顔や名前を知って数時間ぐらいの男を信頼する。
私は影を伝ってその場から離れた。
・
・
・
この世界には、私にとって不可解な言葉、単語が蔓延っている。コレばかりは、この世界の特徴だ。
けど、やっぱり私もこういった言葉に馴染みを持つべきである。
何処かの奇妙な髪をした東洋の人間が言っていた。
『郷に入っては郷に従え』だったか。
この世界に来てからは、 友達とか、ソウヤとか、私の目的とかそういった物に優先しがちだった。
しかし、今はそうもいかない。私がこの世界に慣れる、と言うのも課題の一つなのだ。
例えば……。
「えっと……『ステータス』」
これとか、ね。
直接は聞いていないからわからないけど、この世界では『ステータス』や、『システム』などと言う技は珍しくないらしい。
道行く人々の声を盗み聞いて分かったことだ。
今目の前に出てきた半透明の板は、私自身の能力を値として示している。
まあ、平均とか基準とかはよく分からないから、どれぐらい良いのかよく分からないんだけどね。
「んー……」
そういうのもあってか、この数字を見ていてもピンと来ない。
自分の能力は自分が把握している。
今のところは、この数字よりも自分の感覚を信用しているのだ。
流石にこの板に物珍しさは感じなくなった。
”飽きた”でも言うような感じに手で払うと、それで板は視界の隅に消えていった。
実を言う所、”ソウヤと一緒に引き篭もる”宣言のお陰で、私はかなーり暇を持て余すことになってしまった。
自分の言葉の事だから、責任持って一緒に引き篭もるつもりだけれど、やっぱり暇だ。
……そうだ、折角お金を持て余してるんだから、何か美味しいものでも食べよう。
異世界なんだから、面白い食べ物があっても良いと思うんだ。
という事で発見。面白い食べ物。
そこら辺のパン屋を覗いていたら、元の世界じゃ一切聞いた事の無い名前の食べ物が出てきた。
「あらあら、カレーパンが気になるの?」
「おばあちゃん」
白髪交じりの妙齢の女性が私に声をかける。
ここの店主だろうか。
「私の所で手伝ってる子が、勝手に焼いて棚に置いてったのよ」
「へえ、それがカレーパン」
聞きなれない単語に、私は思わず聞き返す。
「ほんのちょーっと食べてみたんだけど、ちょっと辛い茶色いシチューが入ってたのよ!」
シチューがパンの中に?
パンをシチューに付けて食べるなら分かるけど、最初からパンの中にあるのは聞いたことが無い。
「一個食べてみる」
「あらホント? 面白い味だから、きっとビックリするわ!」
つい、私は興味本位で買ってみた。それほど高価じゃないのも、財布の紐を緩くさせたんだろう。
朝食をとってからあまり時間はたってないが、幸いカレーパンは小さめのサイズだ。
おばあちゃんからパンを受け取ると、早速その場で口にした。
ちょっと濃い味で、辛い。
それと……もちもち? ふわふわ? そんな感じの食感だ。
「どう、どう?」
おばあちゃんが頻りに感想を聞いてくる。
なるほど、普通のパンと同じような食べ方で、シチューの付いたパンを味わえる。
しかも、美味しい。砂糖でもなんでもない、パン自体のほんのりとした甘さが、辛いシチューに合う。
「美味しい」
コレはソウヤの分も買っておこう。
訓練の労いとしては丁度いいかもしれない。
追加の一個をおばあちゃんに頼んだ後、小さな紙袋を持って店を出た。
・
・
・
「……あー、それで?」
「うん、それで」
いや、わかんないよ。
何がどうなったら、その小さな紙袋が机一杯の山に進化するんだよ。
俺はもう一度机の方を見つめる。
あらゆる軽食の類の袋が山を作っている。食べ物自体が積みあがっていないことに、安堵の息を吐くべきだろうか。
訓練が終わって宿屋に戻ってみれば、ケイがいきなり大量の食べ物を押し付けてきた。
明らかに俺の質量の3分の1以上はある。
「どう見てもカレーパン一個や二個の量じゃないよね」
「そりゃそうだよ。カレーパンだけじゃないんだから。ほら、これとか」
「チョココロネか」
「あと甘い魚のやつでしょ」
「たい焼き?」
「あと、一緒に売ってたもじゃもじゃ焼き」
「……お好み焼き」
「あ、それとサンドイッチも買ってきたっけ」
「カツサンドだな」
「そうそう。プリンも美味しいんだ!」
「……」
「あとポテトチップスも!」
「……あー」
「それとここに……」
「待て」
「あ、何?」
「これ、全部俺が食えと?」
軽食も積もれば立派なランチになってしまう。
これ程の量の食物を、一体誰が消化するというのか。
「全部ソウヤの分だよ。訓練頑張ってたからね!」
「あ、ああ……」
仮に朝食が胃袋の中で全て消化されているとして、これらを全て食いきれるだろうか。
……不可能だ。半分ぐらい食べれば、そこで限界だ。
最早、仮想世界にて構築されたこの身体に期待するしか無い。
食事という行為が、空腹度というパラメータを満たすのみの物であれば、きっと希望はある。
「……っぷふ」
「え?」
「ふふ、ごめん。真面目にこれと立ち向かってるのが可笑しくって」
え、なに。俺が本気にしてるのがそんなに笑えたのか?
っていうか、冗談でこの量の食べ物買ってきたのか。お金の使い道がちょっと変じゃなかろうか。
「だいじょーぶ。魔法で保存できるから」
そう言うと空中に
闇はまるで何かの入り口になっているみたいで、食べ物はその向こう側へ落ちていった。
思わず床の方を見たが、何も落ちていない。
「……四次元ポケット?」
「よじげん? なにそれ」
「いや……」
「別に、普通に空間を作る魔法だよ」
それのどこが普通なのだろう。
……いや、転移とかするぐらいだし、別にケイにとってはこれぐらい普通か。
「あ、今食べたいのはある?」
「……じゃあ、カレーパンを一個だけ」
「おっけー」
ケイは俺の要求の通り、カレーパン以外を闇の中へ放り込んでしまった。
「あの中は時間が止まってたりするのか?」
「そそ。流石に展開している間は流れてるけどね」
それでも凄いな、ケイマジック。
……ついでに、この世界の食事事情も。
保存食がアレなくせに、ポテチとか普通にあるのかよ。いや、コンビニ弁当も普通にあるもんな。
「……って、なんで訓練のことを知ってるんだ?」
「秘密!」
「えー」
……まあ、ケイの事だ。
空から監視されていても、別に変ではない。むしろ視界ジャックとかされているかもしれない。
「じゃあ訊くけど、俺の訓練を見てどう思った?」
「下手っぴ!」
うん、知ってた。
・
・
・
「しっかし、街の中だけで過ごすっていうのも暇だな」
「確かにねー」
まあ、その方針を決めたのはケイなのだが。
この方針は、このゲームのプレイヤーとしてはかなり異常なものだ。自覚している。
本来、俺は街を出て、レベル上げとか素材採集とか依頼とかをこなして行くべきなのだ。
生産職であるのならその限りではないが……。
……そう言えば、あの人はどうしたんだろうか。
確かトーヤという名前だったか。
この宿屋で商品の受け渡しをしたっきり、朝食の場でしか姿を見ないが。最近だとその朝食の場にさえ姿を現さない。
「レイナからトーヤのことは聞いてるか?」
「ああ、なんか名前が似てる男の人」
確かに俺の
それに、ここでの名前は実名だとは限らないし。
とは思ったが、日本人の名付け事情などケイが知る由もないし、後者も同様か。
だとしても、どの国においても、似た名前と言うのはそれほど珍しくはないか。
「トーヤ、転職するって」
「転職?」
「うん。そのために今日、遠くの国に行くってレイナが言ってた。なんて名前の国だっけ」
「別に追いかけるわけじゃないから、覚えてなくてもいいけど」
「いや……、パープだっけ?」
「パープ?」
変な名前の国だな。
「ゴメン、忘れた」
え、じゃあパープなんて名前はどっから出てきたんだ?
「じゃあパープって何だよ」
「知らない。ちょっと、道端でそんな事言ってる人たちが居てさ」
「それで耳に残ったのか」
妙なセリフ吐いてる集団が居たら覚えちゃうのは、分からないでもない。
散歩ルートにコスプレ集団が居たら、10年後まで覚えちゃうもんな。
……まあ、10年前は俺が記憶喪失する前の時期だけど。
「っていうか、聞くからに不審者じゃないか?」
「そうかな?口も耳もないのに喋って動く人形ほどじゃないよ」
……お、おう。そうか。
言うほど不審人物だろうか。と反論したいところだが、それと同様の扱いを受けたことが記憶に新しく、なんとも言えない。
「ところで、ソウヤは人と戦ったことある?」
「無いが……」
「そりゃそっか」
もしかしなくても、まさかバカにされてないか?
……じゃあそういうケイは、対人戦闘の経験があるのだろうか。
「ケイの方は?」
「盗賊とか」
「へえ」
心強いな。
「機会があれば、戦争に参加してたかもね」
なるほど、戦争か。
現実じゃあニュースでよく見るが、こういうファンタジーな世界じゃ、剣を向けるのは大抵モンスターだ。
この世界においては、戦争という言葉には縁がないのかもな。
「あ、でも模擬戦だったら国の騎士とも戦ったことがあるよ」
「へえ、騎士と……。どうだったんだ?」
「ふ、全勝無敗だぜっ」
まあ、流石だな。彼女は主人公だし、予想出来ることだったが。
その内、PVPする機会があったら、是非観戦したい所だ。
「ま、やっぱり専門はモンスターだけどね」
「そりゃそうだ」
俺は納得すると、なにか意味深そうに頷いてみる。
特に意味はない。
「……なにをそんな納得してるの?」
「いいや、別に。そういえば関係ないけど、本当に関係ないけど、次の朝食当番は何時だろうな」
「なんで”関係ない”の所だけ強く言うのかな?」
無論、俺のちょっとしたお茶目だ。特に意味はない。
「ハハハ。約束通り、次回も二日連続でやってあげるよ」
壁にかかった、部屋番号と名前が順番に記されたあカレンダーを見る。
次回の当番は11日後になるようだ。
現実時間で、11時間後と言ったところか。
……まあ、あと数時間で深夜零時に入るから、その頃には明日の太陽が昇っているだろう。
リアルの俺の健康に気を遣うのなら、少なくとも6時間は寝る必要があるだろうが……。
よく見ると、当番カレンダーの日付には、現実世界における夜間と昼間に分けて赤と青の背景色で分けられている。
考えられているな。
「急に考えこんじゃって、どうしたのかなー」
「いや……」
少しだけ、この世界とリアルの間にある『一日一時間』を恨んでしまった。
俺が約15日間の時を現実に生きれば、あっという間にこの世界は365日間の時が過ぎてしまうのだ。
それだけに、この世界に
今回も自重して6000文字前後
これぐらいが読みやすいし、書く側も難しくない。
自分の為に書いてるのに、読者へ配慮する自分カッケー。と言うわけじゃなく、自分が読み返す時の為。
読んでいたらあっという間に10分経過、とかなんとなく嫌だもの。
物語を書く技術は潰れた卵レベルで悲惨なものですが、お約束展開にもそれなりの理由付けや伏線を書けるようになりたい。