ついノリノリで出撃していった私たち二人は、とりあえず人の集まりそうな所にやってきた。
馬車が街を出る準備している所に顔を出してみたり、門の前で冒険者に声をかけてみたり。まあ、色々とやってみた。
「ええっと……竹取カツ丼飯だよー」
……何度口にしても思う。頭のおかしい料理名だ。
いや、ソウヤは商品名だと言っていたが、どっちも変わらない。私たちは料理を売っているんだから。
「冒険のお弁当にいかがでしょうか?」
私の隣に居るのは、私より頭一つ分ぐらい背の低いレイちゃんである。
ソウヤが彼女に弁当売りの手伝いを求めた時、そんなに人手は要らないんじゃないかと思った。けど、ソウヤが助けを求める”文”を見せた後、その直後に“声”で私に言葉を伝えてきた。
「君の
端的に言うとこんな風な事を言われ、成る程って思った。確かに、”プレイヤー”特有の単語には、まだまだ分からない所がある。
一応、時間がある時に幾つか意味を知ったけれど……きっとこの言葉が私に馴染むことは無いだろう。
「やっぱり珍しがってますね」
辺りを見渡すレイちゃんが言う。
たしかに好奇の目が集まっているのを感じる。
「まあ、竹持って街を歩いてるんだもんね」
この竹にカツ丼なる物が入っているとは言うが、弁当としてはちょっと持ち運びにくそうに見える。
私としては、闇属性魔法でどうにでもなるからあんまり関係ない。
「おや、弁当売りの少女が二人居るじゃないか」
「あ、いらっしゃいませっ!」
はたして、この移動販売に「いらっしゃいませ」は必要なんだろうか。屋根のある店の人が言い放つイメージがあるけど。
私達の売り物に興味を持っているのか、それとも異性として私達に興味を持っているのか。
近づいてくるのは、茶髪の長身な男。茶髪の上に特徴的な帽子を乗せている彼は、かなり
「どんな弁当があるんだい?」
元男である私から言わせれば、ああいう類いの男は少し……苦手だ。
とは言え彼とは初見。初っ端から嫌う必要もなし。私はなんとも無いように質問に答える。
「この竹にはカツ丼があって、他は普通の弁当を用意してるよ。あとタコウィンナー弁当と、おにぎりとか」
ソウヤもこの奇妙な竹取弁当が売れるとは思っていないようで、こういった一見普通の弁当も用意していたらしい。
ひっそりと闇魔法を仕込んだ入れ物の中から、普通の弁当を取りだす。
「はい」
「ありがとう」
弁当を彼に渡す。狙ったような笑顔を見せる彼に、私は困ったように微笑みを返す。
「おお、とても美味しそうじゃないか。少し量が少ない気がするけど」
「物足りない人のために、おにぎりも用意してますよ!」
この弁当を作ったソウヤの意図は、少食の人でも買いやすいように弁当を小さくして、後は食べる量に応じておにぎりを買ってもらう。という事らしい。
「おお。それじゃあこれを一つ貰おう」
「はい、普通のやつは270Yだったね」
この弁当の価格は、カレーパンと比較してその2個分とちょっと。
ここの通貨に慣れ始めた私からすれば、食費を節約しようと思っている人の目を惹く価格だと思う。
おにぎりの方は、全種類が100Yで統一されている。
「ありがとう。ところで、販売で少し疲れてはいないかい?」
「疲れ、ですか?」
「あんまり疲れてないけど」
これを始めてからそれほど時間は経っていないし、私はそんなに生ぬるい鍛え方はしていない。
「そうか。すまないね、出発前にお嬢さん方と話しがしたかったんだ」
「そうですか」
はて。私は見た目と行動のギャップに、小さな驚きを抱く。
私の知っている女好きの男というのは、こんなに引き際が早いものではない。
それに、彼の身につけている物からして、冒険者に違いない。冒険者は大抵強引だったりするものだが。
「それじゃ、ね。繁盛している事を願うよ」
「あ、はいっ。ありがとうございます!」
……この世界にやって来てから薄々感じていた。が、ようやく明確になった。
この世界の冒険者、元の世界よりは大人しいのかもしれない。
「ああ、そうだ」
「どうかしましたか?」
「後日。西側にある店で待ち合わせをしないか?」
そこまで聞いて、私は渋りつつも笑顔を向ける。
あまりしつこくないと思った矢先だ。
「もし時間が空いたら」
「……そうか」
男はどこか残念そうな顔をしながらも、言葉を続ける。
「昼の13時ぐらいかな。本乃喫茶店という場所で会わないか?」
「もし時間が
先ほどの評価は取り消しだ。上げて落とすとは正にこの事だった。
最初からこの態度だったのであれば、たった今修正された評価を少しは上回るだろう。一度期待させられた分、このペナルティは重いのだ。
「期待しておくよ。じゃあ、良い一日を」
今度こそ諦めるのか。ここぞとばかりに私は手を振る。バイバイの合図だ。
「それじゃ、ね」
「え、あ、お出かけ頑張ってください!」
それで、彼はようやく私達の元を去っていった。
うん。これで面倒は去った。
……分かっている。私の態度は男嫌いの女性と呼ばれる、そのものだ。
けど、私の前世は男だ。前世の
意図せず私と男が触れ合っている光景を想像して、氷山に棲むドラゴンにブレスを吹き掛けられたような寒気を感じる。いや、むしろ思い出してしまった。
かつて、困難を極めた修行に思いを馳せていると、服を引っ張られる感覚に気づき、現実に意識を戻す。
「ケっちゃん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
その頃の私には想像できないぐらい、今の私は平穏の日々を過ごしている。
「さっき一品売れましたし、きっとすぐに次も売れますよ!」
「うん。頑張ろう」
まだまだ手元の在庫は残っている。頑張るとしよう。
「そういえば、あの方の服装ってアレでしたよね」
「アレ?」
まあ、確かにここらでは見かけない格好だった。
けど冒険者という職がある以上、遠方からやって来た人間が身につけるものが珍しいのは当然だ。
「確か、えーと……ウェスタンでしたっけ?」
「うぇすたん?」
「あ、いえ。西部劇でしたっけ」
「せいぶげき?」
なんだろう、その聞きなれない単語は。またソウヤヘ訊くべき事が増えた。
「はい。あの特徴的な帽子、見ましたか?」
「あー……左右のツバが反り上がってたね」
「それと、あの靴のクルクル!」
「拍車のことかな。アレは珍しくないと思うんだけど」
国の騎兵がよく使っていると記憶している。と言うより、馬をよく使う人なら、冒険者も農民も持っているはずだ。
私も馬を使う時は、拍車を靴に取り付けて乗り回している。いまは持っていないが。
「そうなんですか?」
「うん」
まあ馬を直接乗る機会がなければ、この道具を知る機会もないだろう。
「別にいいけど。さ、商売の続きだよ」
「あ、はい!」
・
・
・
それから。
私たちが持つ弁当の量は少しづつ減っていった。
ソウヤが想定していた通り、主に冒険者が出発前に買っていく様な感じだった。大柄の者が弁当と一緒におにぎりを数個買っていくのもだ。
想定外なのは、冒険者たちがおにぎりだけ買っていくケースがある事だった。お陰でおにぎりが先に売り切れてしまった。
「おにぎり、無くなっちゃいましたね……」
「ね」
竹取弁当の方は、まあふつうのやつよりは売れていた。
携行するには大きいと思うけれど、それより珍しさに対する興味が勝ったんだろう。
「少し残ってるけど、そろそろ帰ろっか」
「私も、ちょっと喉が疲れました」
「じゃあ何か飲み物買っていこう」
この世界には、面白い飲み物や食べ物が沢山ある。
喉を通るであろう液体に、少しでは済まない程度の期待を寄せつつ、進路を拠点の宿屋へと向けた。
「レイちゃんは何が飲みたい?」
「そうですね……冷たくて、喉に良い飲み物と言ったら、お茶でしょうか」
「紅茶?」
「どっちかというと生茶の方が好きですね」
知らない名前のお茶だ。この世界の人たちにとってはメジャーなのだろうか。
また、私がソウヤへ質問攻めする時のレパートリーが増えた。
「あ、でもレモンティーも良いですね」
「レモン」
そっちは私も知っている。
飲む機会は少ないが、すっきりした酸っぱさだった、と記憶している。もっとも、その記憶はかなり遠い。最後に飲んだのは前世の頃だったかもしれない。
「探してみよう」
今思えば、今世の私は食事情がかなり
強さを求める故に、ほとんどの日常を町や村の外で過ごしていた。街の中で訓練する必要も、既に無かった。
食事は野生動物を狩り、酷い時は食に適さないモンスターを食べる。
時々、食べられる植物などを調べては、日頃の食事を改善していた。無論、安全な街で食べる真っ当な料理の方が美味しいのだけど。
「残ってる弁当、預かるよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
竹と箱を受け取り、魔法で作った空間に入れる。
「うーん……あそこに行ってみましょう!」
「人がちょっと多いから、手を繋ごうか」
「はいっ」
レイちゃんは背が低いから、もし人混みに一人突入したら見落としかねない。
しっかりと手を繋ぎ、レイちゃんの方を見る。微笑みを返してきた。
「えへ」
「くす……」
今更こんな事を思うのも何だが、彼女は戦う力を持っているとは思えないほど可愛らしい。
むしろ小動物的な可愛らしさばかりで、ソウヤが言っていたような勇ましい戦闘ができるとは思えない。
魔法使いだ、とは雰囲気で分かるのだが……この娘からは、戦闘慣れした人間特有の雰囲気を感じない。
人狼だとかいうモンスターを、頭を魔法の槍で串刺しにした、と聞いている。
血塗れのレイちゃんが、まるでダンゴの様に頭を貫いた槍を片手に、コチラへ微笑む様子を想起する。ちょっと怖い。
「あそこ、なんか美味しそうですよ」
見ると、なんとも美味しそうな香りを匂わせている屋台を見つける。
ジュージューと音を挙げているのを見るに、焼き物の食べ物だろうか。
「焼き鳥?」
屋台の看板に書かれた文字を見る。これは元の世界の物と一切変わらない言語だから、問題なく読み取れた。
先日ソウヤに軽食ラッシュをぶちかました時には、焼き鳥と呼ばれる物は軽食軍に入っていなかった。
「すごい匂い……」
「祭りでもないのに、こういうのが沢山あるのが王都の魅力ですよね」
「そうだね」
魅力はそれだけじゃないと、私は思うのだけど。
・
・
・
「……またか」
またこのケイは大量の食べ物を買って帰ってきた。
この前のよりは少ないとは言え、相変わらず机を軽く埋め尽くしている。今度は香ばしい匂いが漂っている。
「この前のよりは少ないから良いじゃん」
「……なら良いのか?」
「あの、”この前”ってなんですか?」
今回はレイナも伴って来たから、本当になんとも言えない。
俺の声が届かぬ相手に、文字で言葉を見せる。
『ケイが大量のお菓子やら軽食やらを買ってきた事があった』
「そうだったんですか」
まあ、その時と比べれば確かに少ない。
前のは机に山ができるレベルだったが、今回は丘と言えるレベルだろうか。
「で、買ってきたのは……焼きそばか」
「あと焼き鳥も」
一応、このレパートリーはこの前の軽食ラッシュと被っていないらしい。
「なんだこれ」
これは見覚えがあるが、ハッキリと覚えていない。酒のつまみか何かだったような気がするが。
「あ、それは……なんだっけ」
「あたりめですね」
「あたりめ」
お酒は好んで飲む気はないし、つまみとして食べることはなさそうだ。
うん、お菓子としては食べるかもしれない。
「……まあ、良いけど」
と言うか、俺はケイが持ってきた大量の食べ物を待ち望んでいたわけじゃない。
気を取り直して、メモ帳に言葉を書く。
『とりあえずお疲れ様。販売の方はどうだった?」
「残った物を見せた方が早いね。ほい」
ケイがカバンを持ち上げると、一個ずつ机に置いていく。が、出てきたのは
「おにぎりは全部なくなりましたよ」
なるほど、おにぎりは多めに作ったほうが良さそうだ。
「うん。弁当は買わないで、これだけ買ってく人がいたからね」
それが理由でこれが先になくなったのか。
「と、そうだ……。はい、これが売上ね」
「おう」
ジャラジャラと音の鳴る袋を手渡される。
随分な儲けに見えるが、これの大半は材料費として費やすことになる。利益分は、せいぜいこの中の2割ぐらいだろう。
「えっと……残りはコレで、作ったのはこの数だから……」
メモ帳に数字を並べ、適当に売上を計算する。
そして、材料費やらを引いて……利益分の詳しい値が出る。その値に従って、その分を袋の中から取り出す。
「わお」
この計算を見ていたケイが、小さく声を上げる。
そういえば……レイナなら兎も角、ケイは現代社会に生まれているわけじゃないから、教養に関しては半端なのだろうか。
二人になった時にでも訊いてみるとしよう。
と、これを忘れてはいけないな。
こちらに呼び寄せるようなジェスチャーをレイナに向けてやる。
「どうしました?」
手を出すように促した後、利益分のお金の3分の1を渡した。
『感謝の分』
「え、いや。そんな」
遠慮せずに貰っといて欲しい。
大阪のおばちゃんが飴玉を握らせる動作を真似るように、お金を押し付ける。純粋なレイナをタダ働きさせると、なんだか罪深い気持ちでなってしまうのだ。
「受け取っちゃいなよ。そうしないとソウヤが呪いを移しちゃうぞー」
『なわけがあるか』
そんなジョークをされても、レイナは困るだけだ。返事に迷っている様子のレイナを横目に、俺はため息を吐く。
その末に、ようやくお金を受け取って懐にしまうレイナを見て、俺は満足して頷く。
「……そうだ、ソウヤ」
ケイに俺の名を呼ばれる。
反射的にケイの方を見た。名前を呼ばれて振り向くのは、意識していも中々抗い難い条件反射だ。
そして俺の両目は、ケイのニヤニヤとした表情を目撃する。しかも、両手をワキワキとさせていた。
俺はこれから行われる行為が簡単に予想できてしまう。
コヤツは、俺のフードを捲る気だ。当然俺は、フードの裾を握り締めて抵抗しようとする。
「無駄」
が、遅かった。
俺がフードを抑えるよりも先に、ケイはフードを捲り上げてしまった。
「ちょ……!」
「あ」
「ふん」
何故か自慢げに息を鳴らすケイ。
フードが捲られたことで、完全に露見した俺の素顔。
俺の姿に驚きながらも目を逸らそうとするレイナ。
「……」
完全な無言が、続く。
俺はフードを元に戻す事もせず、頭に手を当てている。
「前々から気になってたんだよ」
沈黙を破るように、ケイが語り始める。
「ソウヤがやけに素顔を隠したがるけど、それは騒ぎにならないようにする為。けど、私や管理人とか、ある程度信頼における人には見せていたんだ。見られても騒ぎにはならないからね」
たしかにそうだ。街を歩くたびに目線を集めたり、先日の兵士のアイアンに呼び止められた様に警戒されることもある。
面倒事の起きない範囲内で、俺はこの素顔を見せた。
「けど、なんでかレイちゃんには顔を見せないんだ」
「あの、でも、別に隠していても私は気にしませんよ?」
「いいや、そうじゃないんだ。私には顔を見せて、管理人には顔を見せて、でもレイナにだけ見せないのはおかしいでしょ」
確かにそうだが……。
「もしかして、何か事情でもあるのかな?」
ケイがわざとらしい態度で、俺の顔を覗き込んできた。
この問いに、俺は口で答えた。
「ある……。ケイも、分かっているだろ」
言い終えて、レイナの方をチラと見るが、視線に気づかれる前にすぐ視線を戻した。
俺が人形となる前……ケイとしてRPしていた頃、初めて出来たフレンドがレイナだった。彼女は出会って初日で同室で寝泊まりする事を許す程に、人懐っこい。
しかし俺は
こうして人形になった俺は、他人としてレイナと会った時、まず後ろめたさを感じた。
今更ながら、俺は無意識に彼女を騙していたと気づいたのだ。
「とりあえず、近い」
「むぐ」
手で目の前の顔を押し退ける。あまりにも近いと、目が悪くなるだろう。
まあ、それはともかく。
俺は紙に謝罪と弁明を言葉を写すことにした。
『すまない
信頼していない訳じゃないし、嫌っている訳じゃない』
「いえ、そんな。というかその……」
『商売を手伝わせた上で、それでも素顔を見せないというのは失礼だったと自覚している』
『初めて会った時は、人の多い場所だったから仕方ない。が、それからもずっと隠しっぱなしでいるべきではなかった」
「あ、えっと」
『今思えば、俺は――』
「あの、管理人さんが来てるんですけど……」
……しまった。レイナそっちのけで、謝罪文を書くのに集中してしまった。
紙へ向けていた顔を上げ……俺は瞳も口の無いこの顔で、驚愕の感情を表現した。
「……ん」
「え」
一体何時からそこに居たのだろうか。
ややみすぼらしい印象の服にタレを零している姿を、唖然と見つめてしまう。
「ごく。ふぅ……」
咀嚼を終え、口の中のものを飲み込んだ管理人は、言葉を出すために口を開く。
「……こんなに良い匂いがする焼き鳥を放置するのが悪いのよ」
どんよりとしていた筈の雰囲気が、漂うタレの匂いによってかき消されてしまった。
感想ありがとうございます。
マイページを開いたら、感想の通知が出てきてビックリしました……。
さて、平和を体現した様なこの章も、終わらせます。
次回、幕間(リアルパート)なのだ。