弓。それは一般には遠距離武器に分類されるものである。
そしてそういった武器は、今も昔もある程度狙うという行為をせねばならない。
「姿勢を安定」
自分に言い聞かせつつ、慣れた姿勢で弓を構える。矢先に捉えるのは、ぼんやりと動き回っているスライム達。
青くプルプルとしたその体を見れば分かるように、彼らはゲーム界共通の雑魚キャラだ。
初期から戦闘能力を持たない生産職が戦闘するとなれば、まず最初に相手にするであろう敵キャラである。
「狙い」
番えられた矢と一緒に弦を引き絞り、一息吐いて……矢を放つ。
矢が放たれた反動を手に受けつつ、矢の行方を見る。
「ぴぁっ」
瞬きを一度するだけで過ぎてしまう様な刹那の後、矢はスライムのど真ん中を貫く。
可愛らしい声と表現し得るそれを断末魔に、ダメージを受けたスライムは光となって散った。
「おー」
「お見事」
俺の後ろで様子を見ていた二人が、俺の射撃を見てそれぞれ評価や感嘆を口にする。
片方は、もはや親の顔のように見慣れたケイの姿だが、もう片方はどうにも見慣れない格好をしている。全身を鉄で包んだような巨体を、どうして見慣れた格好と言えようか。
「あとは戦闘中の立ち回りか。確かここより南西の方にそれなりのモンスターが出るという話があった筈だ。少しばかり遠くなるが先導しよう」
「はーい」
ああ言って向こうへ歩き出す大きな鎧姿の名は、『アイアン』と言う。正に“名は体を表す”のお手本だ。
彼は、弓の訓練に付き添ってくれる人を紹介したプレイヤーであるが、何故俺たちの実践練習に同行しているのだろう。
そう自問するも、そのきっかけはつい先程の出来事。答えに直結する記憶を引き出すまでもなかった。
彼が素材屋の辺りでうろうろしていた所を、俺の方から声をかけたのだ。声が聞こえずとも、俺の姿が視界の隅にでも入りさえすれば気づいてくれた。
どうやら彼は、噂となった弁当売りの少女を探していたらしかった。
「いやー、土地勘がある人がいると違うね」
「長い間ここに住んでいるからな。最早この辺りは見慣れたものだ」
ケイとアイアンが話をする横で、アイアンが抱える荷物を見てみる。
ちょっとしたやり取りを経て売り渡したカツ丼と、幾つかのお握りが入っている。
弁当売りの少女の噂の正体は俺たちだと聞いたアイアンは、なんと奇遇なことかと驚いていた。
「遠いが、あの方向にはゴブリンの集落が点在する。こっちには、複数の狼の群れが縄張りを形成しているな」
アイアンが人差し指で一定の方位を指しつつ説明する。
ゴブリンとはまた、スライムと並んでファンタジー界の雑魚キャラ代表のようなものである。強さとしては、もちろんスライムより上だが。
基本的に主要な街などから遠い程モンスターが強くなるから、街の近所にはこういったモンスターが多いのだろう。
「ここからは街を挟んで逆方向になるが、『常闇の森』には魔種が蔓延っているな」
常闇の森と聞き、レイナと共に言った素材採集の事を思い出す。初ログイン間もない頃のことだ。
そう言えば、あの頃は”俺自身”も気配に敏感だったりした。
「……ん?」
「いや、何でもない」
ケイの顔をぼんやりと見つめていたら、視線に気づかれてしまった。
……そういえば、第六感が覚醒した時期もあったが、人形になってからはめっきり無い。どう考えようと、あの第六感はケイの自立に関係しているとしか思えない。
もしかしたら、あの頃からケイが自立する兆しが現れていたのかもしれない。
ケイの謎は、今もなお深まるばかりである。
・
・
・
「到着だ。最近この近辺に、動物を狩りに来るゴブリンが居るらしい。ソウヤ殿の腕試しには良いだろう」
「へー」
レイナと一緒に行った時の森ほどではないが、それなりに控えめな程度にに木が生えている。
あんまり障害物が多いと戦いづらいが、まあ実戦訓練の一環とでも思おうか。
「ただ、私が戦いに介入するとなると、戦力が敵に対して過剰になるだろう。私は待機しているから、二人で戦ってみてはどうだ?」
それを言うと、ケイ単体で既に過剰戦力なのだが。
そっちの方をちらと見ると、やはりというか、苦笑いを零していた。
「私も結構やれる方なんだけどね。こう見えて」
「む、そうだったのか」
生産職の類だと思っていたのだが、と独りごちるアイアンを見て、まあそう思っても仕方ないなと同感する。なんたって、彼女は弁当売りの少女という肩書を得ているのだ。
それに、今の彼女は動きづらいという理由で簡単な防具しか着ていない。いざという時の為に鎧を亜空間に収納しているらしいが……。
「薬草でも摘みながら探そうか。雑草と見分ける知識は持ち合わせているか?」
「あー、いや?」
ケイと同じように俺も首を横に振る。
「そうか。では良ければ、見分け方を伝授しよう。まず、主な薬草の特徴だが……」
アイアンから、薬草の採集に関してアドバイスを受けながら歩き回る。
あの鎧姿が草を摘み上げるという、無機物と有機物の共演は、一見不審なものだと評するしか無い。
だが勉強にはなる。街の外でポーションが不足した時、薬草を貪るだけでも少なからず助けになるだろう。
「……あ、これは」
アイアンについていって、薬草を幾つか摘んでいった所で、俺は見覚えのある花を見つける。
特徴的な形の青い花。それを以前に見たのは数日前になるが、その特徴を目にすればすぐに思い出せそうだ。
たしか、名前は……
「マ、マ……」
「ほう、これはマヒメか。珍しい」
そうそれ、マヒメだ。
ゲームを初めて間もない頃、レイナと一緒に森へ赴いた時の採集対象だった。
リアルタイムで見れば同日での出来事なのだが、とは言え懐かしいものだ。魔力を多く消費する機会の無い俺らは、今も尚リボン付き魔力ポーションを保有している。
「魔力が多い環境に主に根を下ろすのだが……大魔法の残り物でも漂っているのか? しかしこんな場所でそんなものを使うとは……」
大魔法という単語を交えて独り言を夢中に零すアイアンを横目に、ケイの方を見る。
俺の視線だけで伝えられた問いに、彼女は首を横に振ることで返す。彼女がここで魔法を使ったと言うわけではないらしい。
まあ、つい今朝に街中引き籠り令が解除されたばかりだし。
「……む、失礼した。マヒメがこういった場に生えるのは特に珍しいのだ。放置するにしても、本来あるべきではない環境だ。すぐに枯れるだろうな」
「だったら、私が貰っても良い?」
「構わない。騎士の私が持つにしても無駄だろうしな」
「そりゃそっか」
ケイはマヒメの元に屈み込み、幾つか採集する。
その間にじっと辺りを見渡してみれば、この特徴的な花は他にも幾つかあった。
……なにかの事情で一時的に空気中の魔力が多くなったとしても、こう多く生えるものなのだろうか?
「なんだと、他にもあるのか……?」
俺が見つけた他のマヒメの事をアイアンに伝えると、驚きの声を上げる。見れば分かるのだが、その兜で周囲が見えないのではないだろうか。
ようやく彼は兜のバイザーを上げ、辺りを見渡す。
「なんと……ここまで多いと、エリアボスの可能性も否めぬな」
エリアボスとは、大きく出たものである。思わず心臓が縮こまったような気にさえなる。
ボスと言えば強敵、強敵と言えばボス。そんな相手と俺が出会ってしまえば、逃げる・負ける・玉砕、そのどれかを選択する事を強いられるだろう。おまけに複数選択可だ。
「ねえ、私一人じゃ全部取りきれないんだけど」
いつの間にか離れていた距離、その間十数歩といった所を、声を張り上げて俺たちに言葉を伝える。
時間が立てば枯れると聞き、遠慮なく採集を続けていたケイは、いつの間にか向こうまで行ってしまったらしい。作業に夢中になるタイプの様だ、はじめて知った。
「すまない、この周辺は危険かもしれない。一度ここを離れる事を勧める」
「確かにそうかもしれないけど」
気配のスペシャリストであるケイにも、それは既に分かっていた事であるようだ。
「マヒメの量が尋常ではない」
「知ってるけど、ちょっとこっち来て」
そう言って、ケイは手招きをする。
ここは危険だという予感があるというのに、あののんびりとした態度を見れば、意外にそうでもないかもしれないと思い直す。
いや、本当は危険なのかもしれないが……。
「一体どうした?」
「隠れて私達を見てる人が居る。なんとも無いように振る舞って」
「……え?」
ケイの発言に、俺は衝撃を受けて思考を一時停止させてしまう。
「どういう事だ」
「不審者の追っ手がいるよって事。信じてくれる?」
「……確かに警戒するに越したことはないが」
アイアンは、言いつつもバイザーを下げた。
いつの間に俺たちは映画か何かの登場人物になったのだろう。尾行に気づきつつも普通に振る舞えとは、まんまそういうシチュエーションではないか。
「マジかよ……」
思考停止から復帰して出た俺の一言は、そんな言葉であった。
「その、どう対処するんだ?」
「普通ならどうにか撒くところだが」
「なに、先制攻撃すれば良いんだよ」
「えっ」
「ほう……?」
なんてこった、ケイは脳筋な魔法使いだった。彼女の発言に困惑する。
「先手の有利は言わずもがな、下手に逃げて後手に回るよりは良し。でしょ?」
たしかに、そうかもしれないが……。
アイアンの方を見ると、賛成とでも言うように頷いていた。交戦については避けられないらしい。
「敵の方向は私の4時の方向に二人……あ、4時の方向って分かる?」
「問題ない」
「よし。で、もう一つの二人組が6時に。狂いがなければ合計四人だね」
ケイから見て右と後ろと言うことだろう。
しかし尾行を真っ先に攻撃するなんて……、確かに先手を取れば有利なのは分かるが、気が引ける。
もしかしなくとも、俺の精神が貧弱なだけかもしれない。
「それと多分だけど、全員魔法使いっぽい」
「そうか……」
「情報はコレで全部。で、ソウヤは大丈夫かな?」
こんな事態に大丈夫で居られるはずがないが……いや、きっと大丈夫だ。
俺に関しては死んでも復活できる。問題はケイだ。最悪、復活できずに死んだっきりの可能性があるのだ。
「そっちは大丈夫なのか?」
「へえ、他人の心配が出来るぐらいには余裕なのかな」
いや、その解釈は完全に誤解だと思うのだが。ただケイがリスポーンできない可能性を懸念してるだけだ。
「開戦の合図に右の方へ私が魔法を打ち込む。ソウヤは後ろの方を弓で」
待て、俺は目視できない敵を射撃する訓練などしていないぞ。
「アイアンはソウヤを守ってあげて。私は個人でどうにかなる」
「了解」
「えっと」
「さ、ソウヤの初陣だ。どれ位できるかな?」
ちくしょう。
俺は心の中で悪態をつきつつ、こっちを笑顔で見つめるケイの瞳を睨み返すしか出来なかった。
「……行くよ。『ボルトスピアー』!」
戦闘開始の合図に、向こうへ”雷”が投げ込まれる。一直線に進むそれが着弾すると、周囲を焼き尽くさんと雷撃が音を立てた。
俺は後ろの方を振り返って、その直後に矢を番えた弓を構える。体勢を整えながら、僅かに見える姿に狙いをつけ、放つ。
矢の行く先を見守るが、敵に命中したのかよく分からない。手応えは感じなかったが……。
「”クソッ、あの女を先にやれ!”」
ケイが雷を放った方から、敵の怒号が聞こえる……が、その言葉を俺が理解することはできなかった。
……あれは英語か?
再び矢を番えて、敵が姿を見せるのを待つ。
「”
ケイが見ているはずの方から、その号令の様な声が聞こえる。何事かとその方を見ると、その瞬間に二つの方向から二つずつ、火の魔法が放たれた。
「『壁を』!」
ケイが詠唱も何もない一言を放つと、それぞれの方向を遮る様に二箇所の土が盛り上がり、壁が作られる。その直後、壁の向こう側で火の玉が爆音と共に潰れていった。
「敵の魔法はあの木の裏から来ている!」
「『貫け』!」
アイアンの言うそれを応じてケイが石矢の魔法を放つが、敵に当たったような様子は見られない。
俺も壁の横から少し体を出して弓を構えるが、敵の姿が見えないのでは撃てない。恐らくどれかの木の陰に隠れているのだろうが……。
「私は突撃する。アイアンは引き続きソウヤを」
んな無茶な……とは思えど、口に出ることは無かった。物陰から魔法を撃ち続ける相手に対して、下手に遠距離で撃ち合わずに接近する。と言うのは確かに有効な行動だろう。そのリスクを考慮しない場合であれば、だが。
しかし彼女ならば、そのようなリスクを踏み潰してしまえると、俺は思う。生みの親の俺がそう思うのなら、きっと問題ない。
「……ケイ殿がそう言うのならば、了解だ」
アイアンはあんまり納得していない顔だが、俺の様子を見ると、心配するべきでもないと判断したようだ。
いやいやいや、俺も内心は心配で一杯なんだが。
「ソウヤ、私の方を援護できる?」
「いきなりの実戦でそんな……いや、任せろ」
迷ったが結局頷いて返事した。ケイの真面目な顔を見て、考えを変えたのだ。
援護するために位置を変える。先ほどまで俺がマークしていた敵を放っておくことになるが、アイアンはその敵が居るであろう地点を見張っている。
俺は位置に付くと、再び弓を構えて、ケイの方の周辺を見張る。
向こうへ駆けるケイは、その手に持つ剣に岩を平たく纏わせている。まるで盾のような見た目に変形したそれに目掛けて、物陰から魔法が飛んでくる。
襲い掛かる魔法を岩の盾で受け止めつつ、突撃を続ける。すると、距離を詰めるケイから離れようと取ろうと、敵が走り出した。
「今……!」
物陰に隠れるよりも、迫る敵から離れるのを優先した敵に、じっと狙いを定める。既に矢は番えられ、弦は引かれている。
あとは、矢を敵に向けて放つのみ。目標は動くが、当てられる。
「――」
「”ぐああぁ、足がっ!”」
物陰から飛び出た二人の内、一人が倒れこむ。当たった。
その後すぐ、走り続けるもう片方の敵にケイが襲い掛かった。あの様子だと、敵は近接戦闘があまり得意ではない様だ。
「別方向から敵の攻撃!」
直後、アイアンに警告される。急な攻撃だったが、アイアンが俺のすぐ横で両足を踏みしめると、火の球を盾で受け止めた。
火の粉が散る中、ケイとは別の方向で人影が動くのを見た。
「散開している!」
分かっている。姿も確認しているから、あとはアイアンの後ろから狙い撃てばいい。
ケイの方は、心配するまでもない筈だが。
走る人影に狙いを定めていると、嫌な予感がして直ぐにアイアンの後ろに隠れる。
「まだ来るぞ!」
アイアンがそう言って、再び来る攻撃を防ぐ。
その後に再び盾の陰から体を出し、敵を狙うが……。狙いを定める間もなく敵が魔法を放つ。
「撃てない……っ」
また直ぐアイアンの後ろに隠れ、攻撃を凌ぐ。これでは落ち着いて狙えない。
「ソウヤ殿。片方が回り込むつもりだ」
見ればわかる。二方向に分かれて、俺たちを挟み撃ちすることで盾の外から攻撃するつもりだ。
だが、きっと問題は無い。ケイが突撃していった方向の敵は、既に二人とも倒したはずだ。
……ほら、既にケイが、挟み撃ちを行う二人の片方へ剣を振るっている。
連続する攻撃は止んで、残る敵は一人だけだ。
俺はアイアンの肩を叩いて、回り込んでくる方の敵の方へ盾の向きを変えるよう促した。言葉が伝わらなくとも、ある程度は融通が利く。
盾の向きを変えた後に、向こうから魔法が放たれる。が、アイアンの横を掠めるだけで通り過ぎていった。
お返しにと、俺は敵の居る方へ矢を放つ。僅かに角度がずれ、直ぐ右の方へ逸れていく。
見ると、敵は無暗に魔法を放ちつつ逃げている。弓で狙いが付けずらいよう、ジグザグに逃げているようだが……。
「捕まえたっ!」
敵の横からケイが飛び出してきて、相手に掴みかかった。
「”チクショウ離せ――ぐばっ!”」
抵抗する敵は、振りほどこうとするも離れることは叶わず、むしろ押し負けて地面に転がされた。柔道のような動きで倒した様に見えたが、きっと気のせいなのではなく、きちんとした技術なのだろう。
「ソウヤ、ロープを」
あっという間に敵を無力化したケイに思わず見とれそうになるが、俺への指示で気が付いて、すぐに目的の物を投げ渡す。
ロープを受け取ったケイは、それで敵を乱雑に巻き付け……簀巻きにしてしまった。
俺が弓をもっての実戦は、主にケイの活躍で幕を閉じた。
戦闘描写に頭を悩ませる。
大規模な戦闘なら思い切って大雑把に書けるけど、少数対少数だと、どうしても細かく描写したくなっちゃう。
やっぱりテンポ悪いかな、と思考中