アイザックの家で料理をつくるため、調理器具と食材を用意してその家までやってきた。
その家は時前に聞いていたとおりのボロ家で、如何にも安物と言った風な建物だった。
ケイは何処か居心地が悪そうに、対して俺は戦争の被害を免れたというのを実際に目にし、感心していた。
アイザックは慣れたように玄関の鍵を開けると、そのまま扉を開けて入っていった。
「ただいま。メアリー」
「ザック、おかえ……っ!」
奥の方から足音がバタバタと聞こえてきた。メアリーと呼ばれる少女は、結構なお父さん好きらしく、笑顔で迎えてきたが……、俺たちの姿を確認した途端に隠れてしまった。
どうやら俺たちは、その無垢な笑顔を沈めてしまったらしい。
「ほら、ソウヤの身なりが怪しいから怯えちゃったじゃん」
え、俺のせい?
「どうか気にしないでくれ。彼女は少し、人見知りなんだ。……ごめんな、メアリー。驚かせてしまったかい?」
「……」
保護者であるアイザックが語りかけても、少女はご機嫌斜めだ。
むう、どうしたものか。
「一番の不審者はソウヤなんだから、どっか隠れてれば?」
「辛辣だなケイ。だが、もう見られてるから意味が無いぞ」
今更隠れたとしても、なにか後ろめたいことがあると見られて、やはり警戒されてしまうだろう。
進むも地獄退くも地獄、と言うのは大げさだろうか。しかしそういった状況に近い。
「……どうしたことか」
好き好んで小さい子を怖がらせる趣味は無いし、全うな声の言葉を持つアイザックとケイの2人には是非誤解を解いてもらいたい。
そんな期待を寄せていると、アイザックがメアリーの方へ歩み寄り、目線を合わせるように屈んでからこちらに向き直った。
「紹介しよう。彼女たちは、いつも弁当を作ってくれている人だ」
「……タコを作ってる人?」
メアリーが、控え目な声量でアイザックに問いかける。言うまでもなく、彼女はあのカウボーイに信頼を寄せていた。
「た、たこ?」
「あはは、確かにタコを作っているね。だけどアレは、タコさんウィンナーって言うんだ」
「タコさんウィンナー……」
アイザックが笑いながらメアリーの頭を撫でる。
何時俺がタコを作ったのだろうと焦ったが、なるほど。あんな風に切ったウィンナーを弁当に入れるのは、日本の主婦ぐらいだからな。名前を知らなくて当然だろう。
「女の子の方の名前は、ケイ。こっちの黒い方がソウヤだ」
「はじめまして。横のヘンな奴は、私みたいな女の子に力負けするような奴なんだよ。だから、怖がらなくて大丈夫」
「ケイは世間一般で言う女の子じゃないだろうが」
ツッコミどころのあるケイの言葉に、俺は容赦なくツッコミをかけた。
「……弱いの?」
「うん。ヒョロヒョロで情けない男」
他にも色々と反論したいのを抑えて、一部の事実だけを認める。なんたって、最近『器用』と『俊敏』のステータスが上がって、それでも殆どの値が「2」を上回らないのだから。
ステータス上の数字で言えば、大体ケイの10分の1程の弱さである。数字で見えない能力も参照した場合、その差は幾らでも広がる。
とにかく、俺の自己紹介である。
俺は用意していた名刺モドキを渡そうと思ったが、思い立って新しく自己紹介の紙を書き始める。
子供向けの自己紹介なら……これだ。
『なまえはソウヤ。からだは見せられないし、こえもでないけど、よろしくね』
全てひらがな。どうだ、思いやりがあるだろう!と俺は自信満々にその紙を見せた。
「……ねえ、ザック。なんて書いてあるの?」
俺の自信は崩れ落ちた。
「自己紹介が書いてあるんだ。名前はソウヤ。体を見せられないし、声も出ない。それと、『よろしくね』だってさ。……すまない。この子は文字が分からないんだ」
「そうだったの。いや、その若さならそう珍しくない事なんだから、謝る必要なんて無いよ」
そ、そういう事だったのか……。
文字が読めて当たり前という認識が日本人に限らずあるが、この世界ではその認識を改めなきゃいけないようだ。
しかし、これでは直接話をすることが出来ない。他人を介した会話で我慢するしか無いだろう。
これからコミュニケーションする上で難儀するだろうなと、遠い目で思う。そんな俺を何故か不思議そうに見ていたメアリーが、疑問を口にする。
「……声が、だせない?どうして?」
「それはね、呪いを掛けられたからだよ」
「のろ、い……?」
俺の代わりにケイが答えると、メアリーは大きな目を丸くする。……なにか思うところがあるのだろうか。あるいはその単語を知らないのか。
その単語を不思議そうに復唱しながら、少女は俺をじっと見つめていた。
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家に入ると、日常的に困らない範囲でボロボロの内装が目に入った。築何年と言ったところだろうか。そこを歩くと、すぐにキッチンを見つけたから、とりあえず支度を始めることにした。
アイザックから粗方キッチン設備の事を聞き出していたが、改めてチェックして、これから料理を作る上で問題ないことを確認する。
「……なんか、生活感が薄いね。この家」
俺の後ろに位置する食卓に座っているケイが、そこから見える全体を眺めて言った。遠慮もなしに。
同意はする。キッチンは簡単な掃除だけされていて、全く使われていない。冷蔵庫の中身は飲み物だったりが保管されているが……。
「食事は殆ど外食、そして持ち帰った物だからね……。因みにゴミは旅先の焚き火の燃料にしたりしている」
意外と節制した生活を送っているのか、あるいは不健康な生活だと思うのか。どちらか迷うような話である。
「旅先?」
「主に討伐依頼をこなして、生活費を稼いでいる。賞金首にも目を付けているけど……人数も少ないし、巡り合わせでも悪いのか、滅多に見つからないのさ。……あんまり遠出が出来ないのもあるけどね」
後ろから聞こえてくる会話を、ぼんやりと聞き流しながら鞄から道具を取り出す。ケイマジックにより四次元空間が封じ込まれている鞄は、明らかに鞄の容量を超えた量の調理器具を排出する。
「……わあっ! ね、ね、ザック。あの鞄すごい」
「ああ、アレかい? きっと、ケイお姉ちゃんの方が詳しいよ」
「え? ……えっと、おねーちゃん?」
「うん、なーに?」
キッチンは全て機能するようだ。何処かの軍隊風に言えば、”オールグリーン”である。
今度は鞄から食材を取り出し、調理に取り掛かろうとする。と、その前に手を洗わなければ。
……しかし、「お姉さん」ねえ。
俺も冗談で「お姉さん」呼ばわりしてみようかと振り返るが、会話中のメアリーの姿が目に留まる。
メアリーと言う洋風な名前には似合わない、真っ黒で長い髪。しかし白に近い薄い肌色が眩しく、紅一点という言葉を想起させる赤い瞳がケイを見つめている。
ケイをからかうのを止めて、キッチンに向き直る。あの小さな少女の姿はどこか幻想的で、確かにメアリーという名前が似合っているような気がした。
「……えっと、鞄」
「あの鞄が気になるの? あれはね、いくら物を入れても膨らまないし、重くならない、魔法の鞄なの」
「そ、そうなんだ。すごい」
「えへへ、でしょ?」
ケイの口調が何処か誇らしげだ。あの鞄の細工はケイが施したのだし、それを褒めればケイの鼻が伸びるというのも当然の道理か。
こっちもこっちで、切っても涙が出ない玉ねぎに感動しつつ、まな板の上で包丁を扱う。
「すごいなメアリー! 質問、ちゃんと出来たじゃないか!」
「う、うん。出来た……」
小さな成功をアイザックが祝っている。そこまで騒ぐものだろうかと傍目に見ていて思うが、しかし人見知りにとっては大きなことなんだろう。
もはや親バカではないかと思えるほど、アイザックは嬉しそうに騒いでいた。
「カウボーイってのは、クールで格好いいって印象なったんだがなあ」
調理を続行しつつ、ぼやく。
人である以上、全てのカウボーイがクールであるとは限らないのだろう。
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「ようし……」
特に大きな特徴もない、トロトロのシチューが完成する。
単品でも中々美味しいが、パンに付けて食べると美味しい一品である。
その上、メアリーの分には特別な食材を付け足してある。
「という事で、お待たせ」
「おお?」
人数分の皿を配り、ついでに魔法のシンクから水をコップに汲んでそれも配る。
魔法で作られた水は、そのまま飲んでも美味しくて安全なのである。
「ありがとう」
感謝の言葉は食事を堪能してからにしてほしい。と謙虚するように首を横に振る。
とりあえず食べなさい。と言わんばかりに腕を組んでみる。
「じゃ、食べよっか。ソウヤの分は?」
食卓に乗っているのは、ケイとアイザックとメアリー。3人分の食事だけだ。
俺の分は作っていない。お代わりの分は残っているが。
「俺は誰にも食事中の口元を見せないと決めたんだ」
と言って威張ると、ケイはしょうもない物を見る眼差しを俺に向けた。
そんな目で見られても、見せない事には変わりないぞ。
「……ソウヤおにーちゃん、食べないの?」
「お、おにーちゃん?」
兄呼ばわりされたことなんて全く無い俺は、その威力に打ち砕かれて若干悶える。
そんな俺の様子に気づいたケイが鼻で笑った。
「はっ。なーに動揺してるの、ソウヤ?」
「う、うるさいな。というか、そもそも4人目の食器を用意してないから無理だ」
「……?」
「……ゴッホン」
気を取り直して、取り敢えず言葉をメモにして机に置く。それが読めないメアリーは申し訳なさそうに俺を見る。
それを見かねたケイが文章を読み上げる。
「『呪いのせいで、食事はできない』だって。よく言うよ」
「ケイ」
「まあそんな訳だから、気にしないであげてね」
「……わかった」
「ソウヤは、苦労してるんだね。それじゃあ、シチューをありがたく頂こうか」
……いや、別に普通に食べられるんだけどね。食事シーンをあまり人に見せたくないだけで、同じ食卓で食べるとなると隠しきれないだけだし。
そうなるよう誘導したとは言え、勘違いなことを言うアイザックの同情を受け流し、少しだけ思考する。
この2人に姿を晒して、問題ないだろうか、信頼できるだろうか。
品定めするように見てみるが、一見問題ないように見える。
姿を晒して問題のある人物という線引はちゃんとある。この事を無関係な人間に漏らすことがないか、という点だ。良識ある人間なら文句なしにOKだが……。
「あ、タコさん!」
特別にと仕込んでいた食材が見つかったようだ。メアリーが楽しそうにシチューの中身をつつく。
少なくとも、メアリーは問題無さそうだ。間違いなく。
「……なにやってんの?」
しばらく見ていると、パンを手にとったケイが俺に声を掛ける。
「本当の姿を見せても問題無いか考えてる」
「そっか」
……。
「……そっか」
ケイがこっちを見て、その口元が歪んだ。なにを考えているのか、まるで手に取るようにわかった。
ケイが立ち上がる。歪んだ口元は、「悪いことをを考えています」とでも言っているように見えた。
一応、分かりきったことを質問する。
「おい、何をするつもりだ?」
「正体晒せい!」
やはりか!
「待て!」
明らかに攻撃態勢なのを見てから一歩引き、そして手で止めるよう合図する。
珍しく、ケイは言われたとおりに待ってくれた。
時間は貰った。あとは落ち着いて論する
「……別に口で言えばいいだろう?」
姿を見せることに賛成なら、俺だってその意見を取り入れるさ。
「食事を終えたら、その話をしよう」
食事よりもケイと俺のドタバタに気を取られている2人を横目に、それだけ言っておいた。
ケイが諦めて食事を始めると、2人は頭上にハテナを浮かばせつつも、食事を再開した。
「人前で無理やりめくるのが楽しいのに」
ケイは黙って食べなさい。
・
・
・
「ごちそうさま」
「?」
お代わりに対応する補給班として何度か料理をよそっていると、ケイが料理を食べ終えて食後の言葉を言った。
それに反応して、メアリーが不思議そうにケイを見る。彼女は後少しで食べきるところのようだ。
「ねえ、ケイおねーちゃん」
「なーに?」
「ごちそうさまって、何?」
「……何なんだろ?」
知らないんかい。
とは言え、深く知らなくともなんとなく使っている人も多いし、変ではないが。
「日本人が食後に言う、感謝の言葉だよ。料理を作ってくれた人とか、野菜を育ててくれた人とかに、感謝を伝えるらしい」
「そうなんだ……」
まるで自分は日本人じゃないと言うような言い方だと感じたが……、それはそうと、「ごちそうさま」を教わったメアリーが、料理と俺を比べるように交互に見ている。
そして、思いついたように最後の一口を食べて、こっちを向き……、
「ごちそうさま!」
と言った。無邪気か。あるいは純粋か。
「ろりこん」
こっちは完全に不純である。というかその単語どっから仕入れてきた。
そういう事がありながらも皆が完食し、食器を片付ける。
ちゃんと洗剤やスポンジも用意した俺は、食器洗いも済ませてしまう。そしてこの食器群はこの家に進呈する予定である。
アイザックは弁当屋の常連なのだから、これぐらいの融通は大したことじゃない。
「そういえばさ、ソウヤの中身、興味ある?」
おっと、その話題を今出すか。というか言い方に悪意が無いだろうか。
しかしメアリーは、その話題に反応して俺に目を向ける。
「ああ……そういえば、彼の姿はどんな風になっているんだい? いや、言えない物だったら何も言わなくても良いんだ」
「人形。真っ白のね」
「人形?」
「うん。ソウヤ、今見せちゃいなよ」
強引な話の運びだが、ここで断るのも変だろうな。
俺は食器を洗う手を止め、その手でフードを捲りあげる。
皆を見ると、当然の事に全員が俺を注視していた。
口も鼻もない顔は、驚くほど真っ白だ。それほど面白い顔でもないが、それでも珍しいはずだ。
「確かに……人形だね」
「人形でしょ?」
「……おにんぎょうさんだ」
そうだろう。どう見ても人形だろう。真っ白な。
「確かに隠す訳だ。……因みに、何時からその呪いを受けていたのか質問しても?」
「最近、っていうのかな。十日ぐらい前……だったっけ?」
「それくらいになるな」
目線をこっちに向けて確認されたから、頷いて肯定する。
正確に言えば、もう少し日数は少ないはずだ。数えてはないが。
「そうか……原因はわかっているのか?」
その質問には首を横に振る。
原因は透けて見えるように判明しているが、教えられるようなものではない。
「そうなのか……」
「場所は分かるけどね。確かダンジョンの中だったよね」
そうだ。ついでに言えば、イツミ一行のダンジョン探索に同行した日だ。
その事を思い出していると、数ヶ月前のことのように懐かしく感じる。
「それで、最初はソウヤだって事が分からなくて、勘違いして
「胸をひと突きして
「む」
ちょっとと言うには足りないぐらいの勢いだろう。今思えば、彼女のかつての経験が理由だろうが、それでも尋常ではなかった。
「そ、それは……大変だね」
「確かに最初は、色々と面倒があったねー。ソウヤの代わりに服買いに行くことになったし。……そういえば、あの貸しまだ返してもらってないよね?」
「あれ貸しだったのか?」
そんなの聞いてないぞ。
しかし俺の不満を無いものとして扱うように無視された。チクショウ。
……と、ケイの策略に打ちのめされそうになっていると、会話の輪に入れていないメアリーがこっちに歩み寄って来ているのに気付く。
そういえば、知らずの内に会話の輪から外してしまったなと、小さな罪悪感を覚える。
しかし、俺のもとに来て一体どんな御用なのだろうか。
屈んで目線を合わせると、メアリーの方から話しかけるのを待つ。特徴的な赤い瞳が、俺を見つめていた。
その様子に気づいた2人が、会話を止めて俺とメアリーの方に目を向けた。
「あ、あのね。ソウヤおにーちゃん。あの、えっと……」
一言一言を発するたびに、緊張のためか目線の角度がじょじょに下がっていっている。
「何かな?」と返事する代わりに、わざとらしく首を傾げてジェスチャーする。
すると、メアリーの俯いていた顔は真正面を向き、次に俺の目を見て、そして――
「わたしもね! えと……、呪われてるの」
――告げた。
少女と言うには幼くて、幼女というには一回り大きい。
どう呼べば良いんだろう。
……女児とか?