ハンバーグ、というものは、なにも肉だけを焼いて作れるようなものではない。
挽肉以外にも、必要な物はたくさんあるのだ。
肉と一緒に混ぜ合わせる材料から、ソースの材料など……。
「私が言い出したことだから別にいいんだけどさ……。なんか多くない?」
「そう言われてもな。この全ての食材には役割がある。一つも欠かせない」
と言うのは建前で、実は、欠かせた時に調理方法が狂ったりするかもしれないから、俺が知っている材料をすべて揃えたいというのもある。
柔軟性に欠けるのは、俺が未だに修行中の身だからだろう。
「それに、3人分だからな。3倍だぞ3倍。それに加えてお代わり分も考慮すると、どうやったって量が増えるのは仕方がない」
「そりゃそうだけどさー……はあ、人目を気にせず魔法を使っちゃいたい」
「そうか」
ケイの要求に、俺はそういえばと、あることを思い出す。
そういえば、この辺りはゲームの開始地点だ。
「どうしたの?」
「いや、特に……」
少しばかり以前のことを思い出していただけだ。
……そうだ。
「ケイ、こっち」
記憶を頼りに、やや混んだ道を歩く。確かこの辺りで……。
「ああ、ここだ」
以前、人混みとVR酔いが相まって気持ち悪くなった時に、たどり着いたちょっとした暗がりである。
この場所で、目の前を怪盗の様な人物と衛兵が追いかけっこしていたのだ。
「なるほど、気が利くね。ここなら……よし」
かつて俺がケイだった頃の記憶を思い起こしていると、ケイがその荷物をさっさとその空間に放り入れてしまった。
人の見る目は少なく、ちょっとした物陰で変な行動をしても気づかれないだろう。
「……そういえば、あれはイツミだったのか?」
「ん、あの変態が何だって?」
「お前はイツミに親の仇でもあるのか?……ただ、この辺りでイツミらしき人物が兵士に追われているのを見かけた、ってだけだ」
「へえ、あの人が?国を敵に回すような事はしないって勝手に思ってたけど」
敵に回す、ねえ。怪盗
……でも実際に追われているのだから、実際にやってるのかもしれないな。
「ご主人が悪い貴族の館に忍び込む事はよくあるのデスよ」
「なるほど、義賊って事ね。あの変態も物好きだねえ」
「変態言うな。やつの情報網に引っかかるかもしれないぞ」
「それはゾッとしないなあ」
「ご主人の耳の大きさを甘く見ない事デスね。下手をすれば私以上の地獄耳を持っているのデスから」
「……な、キャット?!」
「キャット? いつの間に……」
3人目の人の姿を見た。居た。いつの間に。
猫耳と二本の尻尾。俺より一回り以上に小柄な彼女は、間違いなく話題の彼の
「っていうか、何故ここに……」
「ちょっとした質問を、お姉さんにしにきたのデス」
いきなりの出現に驚く暇さえ与えず、早速とキャットが本題を持ちかけた。しかも、ケイ限定で。
「質問……キャットが私に?」
質問をする以前に、他になにか言うことがあるだろう、と俺は内心思う。
あの戦争を挟んで再会したのだ。無事を祝う言葉ぐらいは良いのではないだろうか。
しかしキャットは、あくまで事務的に話をするつもりのようだった。彼女にとって、大事な話なのだろう。
「その人形の様に、人間がモンスターとなった前例を、あなたは知っているのデスか?」
「……知ってるけど、どうしてその質問を?」
「質問しているのは私デス。答えるのは貴方デス」
「こりゃ手強い」
何時ものキャットとは全く違う、まるで職務に忠実で頑固な兵士の様な態度をとっている。
今、イツミの周辺でなにかが起きているのだろうか?と勘ぐってしまう。
「悪性の魔力。それを取り込んだ人間は、モンスターに化ける。魔力との相性にもよるね」
「悪性……?」
「そ、ここには無いみたいだけどね」
……そういえば、ケイとの初対面の時に、そういった話をされた気がする。
「どういう意味なのデス?」
「この話。実は異世界の事で、こっちの世界だと通用しないんだよねー」
「……こんな時に冗談を言うのデスか?」
「ううん。本気」
とても本気には見えないような、悪戯っぽい笑顔で言う。
コレは高度な心理戦かなにかだろうか。キャットはケイの言葉がウソだと判断してしまったのか、溜息を付いた。
「まあ、敵対関係でも友好関係でもない、一度共にダンジョンを潜っただけの関係……。ただで情報を貰えるとは思っていないのです。そんなあなた方に、日頃の感謝の印として、一つだけ忠告するのデス」
「プレゼント?」
「本来ならもっと話すのデスが、お姉さんは協力的ではなかったので3割ほど情報を削ってご提供デス。それでも頂けることに感謝するのデスよ」
「キミが勝手に言いだした事なんだけど……。で、何?」
「折角の情報デス。聞き逃さないように……」
「”この辺りに、別世界からやって来た人間が居る”。覚えておけ、デス」
・
・
・
大きな荷物を別の空間に放り込んでしまい、身軽になったにも関わらず、ケイの足取りは重く見えた。
これ以上買うものも無く、そのまま宿屋に帰ってきた。それでも、ケイは何かを考え続けている。
はて、もしキャットが言う人間がケイだったとして、それが知られた程度で、そこまで気落ちすることは無いと思うのだが。
それに、キャットが言及しているのはケイの事ではないだろう。
そう意見してみると、そういう事じゃないと返された。
「ていうか落ち込んでるわけじゃないし」
「そうか?」
「そう。私以外に、この世界にやって来た人間が居たら? その人がもし、私と同じ世界からやってきていたとしたら?」
それはつまり、ケイと接触するためにやってきた。という可能性が高いとでも言うのだろうか。
ケイが器用に椅子の上で胡座をかき、座っている椅子がキシリと鳴る。
「……世界を転移する魔法は、ケイ以外にも?」
「極僅かだけど、居る。でも行き先をこの世界に限定して言えば、私だけになるね。こっちに来てからは知らないけど」
「そうか。てっきりケイが唯一の転移魔法の使い手かと」
どうも、そうではなかったらしい。
「それに、体が世界を超えることは出来ないという事も忘れないでおかないと」
「ああ、そういえばそうだったな」
「いや、その身体になった原因なんだから覚えてよ。良い? 世界を超えることが出来るのは、あくまで魂だけ。体も送れないことは無いけど、確保が困難なレベルで多くの魔力を要するの」
そう言われましても、この姿の原因については、”バグ”というのが定説でして……とは言えない。
俺は目を逸らして言う。
「うん、覚えた」
「はあ……、別に身体を奪った事で謝る必要なかったかもね」
「無かったことには出来ない。でも、ケイの世界から来た人間だとは限らないじゃないか?」
「どうだろう。世界は無限だって言うけど。実際の数は誰にもわからないわけだし」
「……考えても仕方ないな」
いよいよ面倒になって、考えるのをやめる。ケイの世界からまた人が来るというのは興味深いが、その可能性は限りなく低い。
その可能性を考慮したって仕方ないだろう。
しかしケイはそうは思わないようで、俺を見咎めた。
「それって、どうでも良いって言いたいワケ? 私にとっては結構重大なんだけど……」
「10パーセント以下の確率でお前の世界から人が来る。1パーセント以下の確率で、そいつがお前の知り合いで。更に小さい確率で、その人がお前と出会う。最後のは相手が俺たちの場所を特定して会いに来るとすれば無視できるが、こういうもんだ。違うか?」
「いやいや、その計算、大雑把すぎるでしょ」
「そういうもんだよ。それに俺だって、世界レベルのスケールで計算できる頭なんて無い。むしろお前のほうが詳しいだろ、実際の所、確率的にはどうなんだ?」
「……むう」
そういうのは、世界の真実を数式で求める物好きな数学者に一任すれば良い。わざわざ彼らの仕事を奪う義理は無い。ケイでさえ答えに渋るのに。
それに……、
「この話を口実に明日の約束をバックレたら困るからな。”料理なんかより大事なことがある”ってな」
「……あ」
はいそこ。その手があったか、って言うような顔をしない。
「あ、ケっちゃん?帰ってきたんですね。おかえりなさい」
「ん、ただいま」
異世界の事を知らない人がやってきて、話を中断する。
「って、なんて座り方をしてるんですか?お行儀が悪いですよ」
「はいはい」
階段を降りてきたレイナに言われ、ようやく座りなおすケイ。
女っ気を感じさせない仕草である。そのせいでスカートの挙動が危ういのだが。
「もう、ソウヤさんが居るのにはしたないですよ」
「というか、お前なんでスカート付けてるんだ?」
「…………そうだったね、確かに変態さんを前で配慮が足りなかったよ」
「待て、変態? 俺が?」
いや、スカートの事に口を出して変態扱いとか。無いだろ。
俺はスカートの丈を注意する親父ではないんだぞ。
「んーっ、違います、誰に対しても配慮するんですよ」
「はーい、わかりましたー」
「もう……。そういえば、朝からずっと何してたんですか?」
「ちょっと人の家にね。頼み事をされちゃって」
最初はケイに付き纏う男の撃退、だった筈なのだが、途中から昼飯を作りに訪問しに行くことになった。
「そうだったんですか」
「うん。私は荷物持ちをやってた程度だけどね。メインの仕事をやってたのはソウヤ。でしょ?」
「まあ」
こくりと頷く。
あの親子の為に料理をちょっとやって来た程度だ。明日も同じ様に料理をしに行くが……。
「ということは、料理ですか?」
「うん、その人の家で直接料理するの。何て言うのかな?」
「さあ」
訪問販売とかは分かるが、この場合はなんというべきだろうか。
出張料理とか?
「その人の家に出向いて、そこで料理ですか?それってなんか、押しかけ女房みたいな……」
お、押しかけ……。
「じゃあこの場合は押しかけ旦那だね」
「どういう意味だ、それは」
俺の異議に、ケイはハハハと流した。解せぬ。
「まあ、その行き先の親子なんだけどさ。少しワケありなんだよね」
「ワケあり、ですか?」
「うん。この話を勝手に広めちゃうのは、あんまり良くないんだけどね……。そうだ、明日一緒に来る?」
「はい?」
「あの家族の所。父親と、かわいい女の子。今ならソウヤの美味しいハンバーグもついてくるよ」
「おい、ケイ」
「大丈夫大丈夫、材料は多めに買ってあるんでしょ?」
「はあ……」
レイナがあんまり話を理解しきっていない様子だ。彼女の為に、少しばかりの解説をしようとペンを手に取る。
『明日、あの親子に料理を作りに行くんだ』
「あ、毎日トーヤさんがやってるような感じですか?」
まあ、そんな感じである。俺は頷いた。
しかし毎日やってあげるような暇はあんまりない。今日の訪問の後は、8日に1回は来る予定でいる。
……ログイン状況にもよるが。
「へえー」
そういえば、管理人はトーヤが不在の間昼食をどうしてるんだ?
いや、それは蛇足か。
「で、行く?」
「そ、それじゃあ……お邪魔します」
・
・
・
「というワケで、お邪魔します」
「お、おお……ケイ、あの愛らしい女性は……おお、弁当売りのもうひとりの子じゃないか?」
「改めて紹介するね。名前はレイナ、私の友達だよ」
ケイが彼女の名を紹介して、その名を持つ人物がケイの後ろから出てくる。
男を前にしているせいか、少しばかり緊張している様子だが……問題なさそうだ。
「やあ、レイナ。アイザックと呼んでくれ。以前と変わらず、まるで妖精のように可愛らしいね」
「うわ、出た。要らん言葉を垂れ流すタラシ発言。レイナ、気にせず聞き流しなさい」
「あはは……えっと、お弁当屋さんを贔屓にしてくださって、有難うございます」
ペコり、レイナは頭を下げる。レイナはたまにケイと一緒に売りに行っているから、いつも買いに行ってるアイザックを知っていても変ではない。
とにかく、レイナの男嫌いは今の所ひどくはなさそうだ。一歩後ろから様子を見ていた俺は、安心して息をつく。
そういえばメアリーは何処に居るんだろうか。姿が見えないが。
「メアリーはどうしたの?」
「今は寝ているよ。窓際で日向ぼっこしていたんだけどね。さあ、中にいらっしゃい」
なるほど。子供にはこの時間帯はまだまだ眠いのだろう。
玄関を閉めて部屋に入っていくと、確かにメアリーが窓際の辺りで壁に背中を預けて寝ていた。
アイザックがやったのか、ちゃんとシーツがかけられている。
「窓からずっと、君たちが来ないか見ていたんだ。今か今かとね。可愛い子だろう?」
「そうだったの?こりゃ待たせちゃったかもね。ごめんね、メアリーちゃん?」
そこまで楽しみにしていたのか。それだけ、友人の存在は貴重なんだろうな。
ケイが謝りながらメアリーの頭をぽんと撫でる。黒い髪がさらさらと揺れる。
「キレイな子ですね……」
「そうだろう。この世で一番可愛らしい娘さ」
「ん……んう?」
「あ、起こしちゃったかな?」
メアリーが閉じていたまぶたを上げ、その赤い瞳を見せる。
まだ眠たそうに、焦点が合わないままケイの顔をぼんやり見つめる。
「……ケイ、おねーちゃん?」
「うん、ケイだよー。この世界で一番の大魔法使い」
「ん……くあぁ……」
「起きたみたいだね。おはよう、メアリー」
「ざっくおはよー……」
メアリーが起き上がり、その瞳が周囲をじっくりと見渡す。
目線がこっちにも来たから、手を振った。
「ソウヤおにーちゃん?」
「今日はもうひとりお客さんが来ているよ。こっちの女の子さ」
アイザックが、レイナの方を指す。
「はじめまして、私はレイナって言います。よろしくね、メアリー」
「……レイナちゃん」
「あ、私はお姉ちゃんじゃないんだ……」
「??」
まあ、レイナはメアリーと比べたらちょっとだけ背が高い程度だからな……。
なんとも言えない困惑を受けている様子だが、その分メアリーにとっては親近感が湧くだろう。
「さて、俺は早速料理の準備でもするか。ケイ、お前もこっちだ」
「はいはい。レイちゃん、アイザックと一緒にメアリーの相手しててくれる?」
「勿論ですよ」
「うん、あとアイザックに変なことされたらちゃんと助けを呼ぶんだよ」
「勿論です……よ?」
「よし、じゃヨロシク」
・
・
・
「昨日に続いて悪いね、ソウヤ、ケイ」
ケイが不慣れに調理へ取り掛かっている所、横から声をかけられる。集中しているケイに代わって、俺は首を振って返答する。別に気にしていない。
ところで子供の相手はしなくても良いのだろうか。と思ったが、レイナはメアリーと大分上手くやっているようだ。あの2人でも十分だろう。
「昨日も言ったが、メアリーが俺以外の人と関わったことも、その機会も全く無くてね。本当に助かったよ」
そう言われても、そうするよう協力を請ったのはアイザックだ。彼がケイにしつこく誘っていなければ、こうしてメアリーに会うこともなかった。
こうして見れば、今メアリー達がわちゃわちゃと談笑しているのも、アイザックの努力の成果である。
「ふう、コレで良いのかな……。どう?」
ケイが一区切り付け、緊張を解きつつ俺に途中経過の確認を求める。
「問題ない」
「そっか。じゃあ次は……って、アイザック?」
「え、気付いてなかったのか」
「うん、全く」
「ヒドいね……。ああ、ケイにも迷惑をかけていたな。ずっと誤解を与えてしまった」
アイザックが謝罪を口にして、頭を下げる。誠意ある謝罪を無下にするつもりはない。ケイもそうだろう。
「うん。二度としないでよね。……で、次はなにするんだっけ?」
「……もしかして、嫌われてしまったか?」
それは知らん。
・
・
・
半分程の作業を俺が請け負い、慣れないケイに大きな負担がかからないように配慮して調理を進める。
「ええっと、これを終わらせたら……」
「
「よし、焼くのは私の得意分野、任せて!」
「お前の場合はその方法しか知らないだろう」
ケイが意気揚々とフライパンにたねを乗せると、すぐに美味しそうな音と匂いが立ち昇って来る。
「まあ、まだやることはあるが」
「え?……あー、これね。でもこれ、なんでお酒が要るの?しかも子供いるのに」
「アルコールは飛ぶ、安心しろ」
「ほー」
「……そういえば、ソウヤ」
「どうした?無駄話で集中を切らすな」
「辛辣すぎ」
いや、何かしくじったら危ないだろう。俺も危険が無いよう見ておくが……。
「なんだかんだずっと、その姿で生活してるけどさ、不便じゃないの?会話にだって不都合があるし……」
会話に関してはリアルでの事があるから別にいい。慣れた。
しかしこの姿の問題に関しては同意する。
この姿では、何時もやっているようにローブを身を隠さなければいけない。そうすると、第一印象が最悪だ。
不審者扱いは毎度の事で、加えて裏路地をうろつこうものなら、見知らぬ怪しい誰かに同業者扱いされかねない。
実際の経験はないが……。
確かにこの姿はどうにかしたい。が、どうにかできる方法はない。
「気にしても改善できると決まったわけじゃないし、気にしてないな」
「……そっか」
調理を続けつつも、器用にも会話をするケイ。
大して時間がかかるものじゃないし、難しいものでもないから気楽にやっていく。
「実は、こっちの魔法を研究してるんだ。ひっそりと」
声を潜め、俺だけに聞こえるように言った。研究とは?
「……大したことは出来ないんだけど。設備も揃ってないし、
「そうか。研究したら、どんな新しい魔法を作るんだ?」
「そうだねー、というか既に……」
「ね、ね。ケイおねーちゃん!ソウヤおねーちゃん!」
と、会話の間を割って入ったのは、アイザックの義理の娘。メアリーだ。
嫌な顔ひとつせず、手の空いている俺が振り返ってメアリーと向き合う。
向こうに居るアイザックとレイナが、メアリーの様子を見守っていた。。
メアリーは俺を見て、何かを言いたそうにしていた。
昨日と同じ様に、「なにかな?」とでも言うように首を傾げてみる。
「ザックがねっ、ごはん食べたらおそと行こうって!一緒に行くよね?」
なるほど。遠足というわけだ。
もちろん俺はうなずいて、賛同の意を示した。
「アチッ!なんか飛んだ!」
ケイも大賛成らしい。俺は何もない顔で満面の笑みを作った。
料理を教える、と言いながら大した描写はしていない今回。
何時か、料理辺りに焦点を合わせた話も書いてみたい。
でも料理知識無いのじゃ。
まあ料理番組とか見てれば十分だよね。