私は、獲物を追うための能力や、それに要する感覚をそれなりに鍛えてきたつもりだ。
今ではすっかり定住しているが、かつて旅をしていた頃は、旅費を稼ぐためにモンスターを狩るなどしていた。
剥ぎ取った部位が高く売れるようであれば売り、討伐自体に報酬が出るようであれば進んで狩った。
だから、獲物の気配を追うことには自信がある。
……だけどそれは、モンスターを相手とした場合だ。
いや、正確に言えば、舞台が野外であればのことだった。
足跡は土に残るが、石畳には残らないし、他の人と見分けがつかない。
無関係な一般人、それも大衆が残す痕跡ならば、それが本命の痕跡を隠してしまうことなんてザラである。
唯一追跡に役立つものと言えば、魔力だ。
魔力には個性がある。それを判別すれば特定の人物を追うことが出来る。しかもその場の環境に左右されずらい。異常に魔力を帯びた地域でない限り。
やり方次第では、遠方から位置を特定することだって不可能ではない。
「……やっぱり、見つからない」
アイザックの魔力ぐらい、昨日今日でもう憶えてる。
その魔力は、ひと吹きしてしまえばすぐに無くなってしまいそうなぐらい極めて希薄だと言うことも、ちゃんと憶えている。
……魔力を頼りに捜索するにも、欠点がある。
捜索対象の魔力量が少なければ、それだけ難易度が上がると言うことだ。
あの男が持つ魔力は、一般的な獣なんかよりも少ない。いっそ清々しいぐらいに無い。
「ったく、ちょっとは魔力を鍛えろっての……!」
何時もの女の子らしさを忘れて、悪態をつく。
以前、レイちゃんを捜索する際に彼女の比較的豊富な魔力が役立ったのだ。あの時と同じ様に行けば、どれだけ楽だっただろう。
……私がなんと言おうと、アイザックの魔力が増えたりするわけではないのだけど。
アイザックだけが追跡の目印じゃない。彼の魔力が感じられないのなら、誘拐犯の魔力を追えば良い……と、簡単に言えることじゃない。
私は誘拐犯の魔力を知らない。なんたって、見ず知らずの人間なのだから。
あのアイスクリーム屋の所に戻って、魔力を中心に捜索するという手も、既にやった。
結果は、光と音を撒き散らす魔道具、あるいは別の魔道具によって、痕跡もかき消されたという事が分かった。魔力捜索への対策をされたということだ。
つまり、手がかりはもう残っていない。
ああもう、考えれば考えるほど、諦めという言葉が浮かんでくる。
これはマズい、と、思考を改めるため、犯人の目的を考察する事にした。
まず、なぜ日中の、しかも人の目のある所で誘拐を実行した?リスクが高いのは目に見えている。
人の少ない夜で実行すればいいものだった筈だ。
なんらかの道具で混乱を生み出して、その隙に攫ったとはいえ、やはり日中にやる理由が無い。
夜を待てない程に時間がなかったのか?
それとも、そのリスクが気にならないような状況、あるいはそんな環境だったのだろうか?
例えば、誘拐の事実を広めるのがこの手口を目的だったり……。だとしたら、一体何の意味がある?
「……分からない」
その言葉が、つい口から出る。
そして足が止まった。どうせ探しても見つからない、という考えが私の足を止めた。
……そうだ。
どこを探そうと、再会を求めようと、奇跡を望もうと、決して見つかることはないのだ。
……いや、違う。
私は思考を振り払うように首を振る。
私が探しているのは、彼女ではない。
大丈夫。アイザックには魔力さえ無いが、タダでやられる男じゃない。
どれだけ時間が立っても手遅れではないのだ。私が遅くなった場合、彼に大きい負担がかかるだろうが、それは必要経費だ。
気を紛らわすために、道中で適当な物を買って、貪った。
小さなパンだ。道中で見かけたものを、詳しいことも聞かずに買ったものだ。
「甘っ」
やけに食感が柔らかいなと思えば、かのカレーパンと同じ様に中身が空洞だった。
その空洞の中は空気で満たされているという事はなく、かなり甘い何かが入っていた。
手軽なパンだと思っていたら、これだ。予想外にも程がある。
しかし、その甘さが今の私にはちょうど良い。その証明に、頭が回るようになってきた。
……よし、探してみよう。
日が傾き、空が赤みを帯びてきたが、まだ時間はある。気を取り直そう。
魔力がダメなら、物理的な痕跡を探せばいい。
「……ったく、これじゃソウヤに鼻で笑われちゃうよ」
ならば、ソウヤに失望されないよう、笑われる理由も作らせないよう、ちゃんとした成果を持って帰ってやる。
・
・
・
と、格好良く決意したものの。
「何を探せば良いんだか……」
私は途方に暮れていた。
あの犯人の通り道と言えば裏路地だろう、とその辺をうろついているが、それらしいものは見つからない。
正直な所、こんな場所をこんな時間で歩きたくはない。いよいよ夜がやってくれば……、というか既に夜なのだが、そうするとこの場は正に裏社会の表舞台となるだろう。
面倒事に巻き込まれれば、犯人の発見が遠のいてしまう。
「はあ……」
「よう嬢ちゃん。こんな場所で何やってんだア?」
「ほら来た」
角を曲がれば、如何にも声を大にして言えない仕事で食っているという風な男が出てきた。
一見するも、大した力は無さそうだ。一応、苦戦する相手に遭遇した際の備えはしているが、少なくともこの男相手に使う必要はない。
「君、男を抱えて逃げた奴を知らない?」
「ハア?んな事よりも助けを呼ばなくても良いんかア?」
一言も聞いちゃいない。
最近の人形は聞いたり話したりできるというのに、この男は聞くことさえもできないらしい。
「仕方ないか」
「アン?何をボゴッ」
「『水を』」
不意を打ってコメカミを鷲掴みにして、続けて魔法の水で頭を包んでやる。
不意の攻撃に加え、水で包まれたことで大層驚いただろう。呼吸で取り込んだ空気の殆どを水の泡に変換してしまった。そして、今更というタイミングで口を閉じた。
もう空気も残っていないだろうに。
叫ぼうにも声にする息が確保できず、もし声にできても水にこもっては遠くに届かない。それに多くの水を飲み込んでしまう。
男はしばらくもがき、しかし私の握力から逃れることは出来ず……しばらくしたら全身の力が徐々に抜けていった。
潮時か、と私は手と水を離してやると、男は力なく倒れたこんだ。
気絶寸前だろうが、意識はまだ残っている。元気に咳きこんでいるし、話せそうだ。
「はっ……、はっ……、ごほっごほっ」
「で……、君は見たか?」
意識がはっきりする頃合いを見てから、問いかける。
しかし男は全力で首を横に振った。
……犯人は、裏に住む人間からも避けて移動したのだろうか?しかしそう考えるには早計だ。他の人からも聞き込みをせねばならない。
「ご協力いただき感謝です。『ビリビリ』っとね」
雷魔法を使い、魔力と雷を纏った手で男の首筋を叩く。すっかり怯え、震えていた男は回避することもせず、そのまま気絶してしまった。
「……顔、隠したほうが良いか。今更だけど」
亜空間からローブを取り出す。最初にソウヤへ買い与えた物であり、新しいローブを買った際に無用となった物である。
さっとそれを被ると、闇魔法でローブの下を隠す。持つべきは備えと知識である。
これならば、どのような行動をとっても、『ケイ』に繋がることはない。
基本的には暴力行為は控えたいが、裏社会の象徴である裏路地、スラム街等でそんな甘いことは言えない。
今度は向こうで探すとしよう。見つかるといいんだけれど。
今この場にソウヤがいれば、立派な不審者コンビである。
せめてもの気晴らしにそんな事を考えつつ、手がかりを求めて歩き始めた。
幸運なことに、今度は鋭い爪も牙も無さそうな人物に出会うことが出来た。戦う力も、なんなら立ち上がる力も無さそうな、すっかりくたびれた老人である。
あの乱暴な男よりはマトモそうだと、私は話しかけようと近づく。
……が、話す直前にとある物を見つける。男の片手には酒瓶があった。
それに加えて、もう片方で金属製の小さな何かをつまむように持っていた。それは指ほどの太さで、指2本分の長さをしていた。そして先が丸い。
「んあ……?こ、これは渡さんぞおお……!」
ここまで観察していると流石に気づくのか、男が舌足らずな声で言ってくる。やはり酒に酔っているのか。
「貰うつもりも奪うつもりも無い。そいつ、一体何処で拾った?」
「あ?ヒヒヒ。んだよ、こんな老いぼれからタダで情報を貰おうだなんて……ヒック」
酒臭い。
酔った人間は面倒だ。どうしても予想外の行動に出るものだから、扱いづらい。この男の場合は理性が多少残っているだけマシか。
……しかたない、多少の出費は必要経費だ。
「100Yぐらいならあげる。教えてくれるかな」
「おいおい、それじゃどんな安酒も買えやしねえ」
「じゃあ、200?」
「2000Yだ」
随分と強気である。いや、強欲と言うべきか。
どちらにしろ、酒の勢いが乗っているのは確実だ。
「じゃあ良いや。ちょっとした興味本位だったんだけど。これじゃあ世間話の代金にしては多すぎる」
そう言って、最初に言った100Yを彼の胸元へ放る。
「っと……。なんだい、金をタダでくれんのかよ?」
そのつもりはないのだが、そんな感じのことを匂わせる風の態度をする。元冒険者の交渉術を舐めないでいただきたい。
私は落胆したような仕草をして、言ってみる。
「私は慈悲深いからね。ちょっと話したら少しぐらいは置いておくつもりだったよ……。よもや、ちょっとした世間話にまで価値をつけるとは思わなかったけど」
「おい、待て。ああクソ。酔っぱらいのちょっとしたおふざけに決まっているだろ」
”欲”の字が顔に書いてあるも同然の顔をしているくせに、よく言う。
「あっちの角を曲がった所に、少し広い所だ……。つーかお前、コイツの事知ってんのかよ?」
光加減次第で黄色くも見える小さな金属を指して、問われる。
「まあ。遠くの国で押し売りされた物と同じなんだ。名工による置物だってね。私には手抜きの品物にしか見えなかったけど……」
あくまでコレは世間話であり、そして老人が持つそれに価値がないことを意識、そして強調する。
老人は私の目を見つめようとするが、このフードの下は闇魔法に包まれている。数秒で漆黒を覗き込むのを止めた。
「だが、コイツは顔が映るほど表面が磨かれてるぞ。高く売れねえのか?」
「表面を磨くぐらいなら、道端の靴磨きの子供だって出来る」
「そうかよ……」
見るからに残念そうである。一気に酒瓶を持ち上げ、水のように飲み始めた。
まあ、私の言った事の大半は出任せなのだけれど。
「はい。頑張って……とは言わないけど」
一応、追加で多少のお金を投げ渡す。
聞くだけ聞いて後は対価を払わずに去るという選択肢もあったのだが、嘘というものは吐くほどに信頼性を失う。それは裏でも表でも同じである。
この男の信頼を勝ち取ったとして、彼に将来性は無いから、そこでお察しなものだが。
「女の励ましなんて、何十年ぶりに聞いたかね。ヒッ、うぃー……」
私はその言葉を聞いて、思わず顔をしかめる。姿を隠しても、声や体格から性別は知られるだろうと思っていた。
だが実際に指摘されれば、こうして表情に出てしまうのも仕方ない。
これ以上の用事はないのだし、言われた所に行くとしよう。
そう思って、男に背を向けて歩き出す。
……が、後ろの老人のつぶやきが、耳に届いた。
「ッチ、お前さんみてえな女に声かけられるんなら、飲むんじゃなかったよ……」
……一体どういう意味だ?
思わず振り返って、老人を見る。その視線に気づいたのか、老人も一瞬だけこちらを見る。
「俺を気にかける女の声、酔いさえしなかったら絶対に忘れられんよ。ヒヒヒ」
「……」
「オイ、お前さんの名前はなんだよ」
「……その前に、酔いを覚ませたらどう?教えといて忘れられたら、無意味だ」
「ヒヒ、そりゃあムリだ。……ヒック。忘れたいから、飲んでるんだからなア。で、名前はなんだよ?」
辛いことを忘れたくて飲む、ということだろうか。そういうのであれば、まあ分かる。酒場に浸る人間のよくあるパターンだ。
だが、どうせ忘れるというのに何かを知るとは、なんと無意味な話だろうか。
なんとなく、この男と会話するのに嫌気が差して、会話をしたくなくなった。
酔っぱらいは酔っぱらいらしく、酒を抱いて、呑まれて、そして道端で眠っていたほうがお似合いだ。
「オイオイ、無視かよ?」
私は聞く耳を捨て、この場を去った。
・
・
・
……で、この場所であの金属片が見つかったらしいが。
臭いの漂う空間で立ち止まり、見渡す。
男に言われたとおりの道順で行くと、確かに少し広い場所に出たが……。裏路地に過ごす人間の、ゴミ捨て場とでも言うのだろうか。
ここに、あの小さな金属片が落ちていたと言っていた。
もしかしなくても、あの金属片は、ただのゴミとして捨てられただけなんじゃ?
そうじゃなかったとしても、そもそもアレが犯人との関連性自体がない可能性も……いや、一応探すべきか。
魔力、特にこれといったものはなし。人間の反応も、残留も見えない。
痕跡、周囲に怪しい物は見つからない。ゴミ以外。
「うん」
簡単に見つかるとは思っていないが、ここは外れらしい。残念だ。
一応念入りに探してみるけども、期待もできないだろう。
ゴミの山の中を一つ一つ見てみると、子供のお小遣いにもならないような価値の物が、ここに捨てられている事が分かった。
無価値なゴミが、壁に寄せ集められるように捨てられていた。
やはり、あの金属片は単に捨てられただけで、それを見つけた男が持ち去ったのだろう。
ゴミの山に埋もれた、端金程度になる物品を目当てに漁る者も、珍しいものではない。
私は溜息を吐いて、観察するために屈めていた態勢を元に戻す。
別のところに行こう、と思って裏路地の通路に戻ろうとして……、
「……?」
何か思う所があって、足を止めた。
……よく考えてみると、やっぱり怪しい。
根拠もないが、そう思った。そう、所謂「勘」というものである。
私はゴミの山を再び見つめて、考え込む。
経験上、こういった勘には従うべきだ。根拠もない確証だろうと、それなりの理由が何処かにある。勘と言うのは、それの現れだ。
私は土魔法で棒を形成すると、ゴミの山を突き始めた。そしてゴミをよけ、何が捨てられているのかを隅々まで確認する。
ゴミ……いや、木片、紙屑、木片、ガラス片、木片。
次々と探していく内に、違和感を抱く。
こんなゴミを、なぜここに溜め込んでいる?
いや、これはゴミなのか?
【ピロピロン】
「っ……なんだ」
聞き慣れない、しかし覚えのある音が耳元で鳴る。一瞬警戒するも、それは害の無い物であることをすぐに思い出して、警戒を解く。
そして音の出本は何処だという疑問さえ抱かず、”メニュー”を開く。
この能力にも慣れたものだ……、この奇妙な音以外は。
意識を向けるだけで操作して、『ケっちゃんへ伝言です』と言う題のメールを開く。
『アイザックさんは見つかりましたか? もし会えたら、連絡してくださいね。
メアリーちゃんは私の部屋で寝ていますけど、怖い夢を見るぐらいにはアイザックが心配みたいです。聞く限りだと、冒険者としての仕事などで外出する機会が多くて、今みたいな状況も多かったらしいですけど……。
幸運なことに、とは言えませんが、おかげでメアリーちゃんも慣れっこらしいです。
本題ですけど、ケっちゃんが探している誘拐犯。銃を持ってる可能性が高いらしいです。気をつけてください。見かけたら、すぐに身を隠してください。
長くてなってごめんなさい。でも、捜索に時間がかかりそうだったら教えてくださいね。ソウヤさんが夜食を持ってくるって言ってました。
助けが必要だったら、すぐに教えてください。
それと、あと一つだけ。イツミ・カドさんから伝言です。
キャットって言う人に会ったら、協力するように。との事です。頑張ってください。』
「夜食……、それに銃ね」
確かに、この調子だと日をまたぐことになってしまいそうだ。
だが、1人だけでこの広い街の中を探し回ろうと思っていたところだ。
私は意識でピコピコと操作すると、キーボードと呼ばれる板が出てきて、そして私はそれを打つ。
『ありがとう。もし力が必要になったら、その時に私から迎えに行くよ。
あと、イツミに変なことされたら、すぐソウヤに頼ってね。』
文章を確認して、そして送信。
心配してくれているレイちゃんには悪いけれど、まだキャットと会ってもないのだし、私は1人で行動させてもらう。これから、ちょっとだけ危ないことをするかもしれないのだから。
銃なんてものが出てくるなら、尚更だ。
「その手始めに……ちょっとした大掃除と行こうか」
この話を飛ばそうかと思った、だって色々独白しながら裏路地をうろついてるだけなんだもん。
このままだと、話の進行が遅いって感じがしてしまう。やはり、私はまだまだ未熟か。