「アイザックさんって……なんと言うか、変、ですよね」
「?」
コップを両手で持ち、その中身をじっと見つめながら言う。
それは陰口という物だろうか。しかし言葉に悪意という物が感じられなくて、首を傾げる。
「あ、いえ。これは悪口というか、陰口というワケじゃなくてですね!」
分かっている。
俺はペンとメモ紙を手に取り、言葉を書いて見せる。
『この場にメアリーが居なくてよかった』
父を貶されて良い思いをする娘など、特別な事情が無い限り有り得ないのだから。
運の良いことに、その娘はレイナの個室で睡眠中である。きっと歩き疲れたのだろう。
「あうう……本当に違うんですよ?」
分かっている。レイナの言葉に大げさに頷いてみせた。
それに、アイザックが変だという事には根から先まで賛成だ。
俺としても、アイザックはこの世界の存在ではないと言われれば、確かにそうかもと言ってしまいそうだ。
これは別にヘイトでもなんでもないが、確かに悪口に聞こえなくもない。
ただ、このアイザックへの印象には理由が無いわけじゃない。
『見た目は外国人、しかも西部劇に出そうな恰好。RPにこだわる人でもああまでいかない』
「あ……はい。剣も杖も、弓も何も持っていなかったみたいですし、かといって生産職でもなさそうです」
じゃあNPCか、とも言い切れない。生産、戦闘もせず、最低限の労力でこの世界を楽しんでいるPC……プレイヤーも居るには居るのだ。
そんなプレイヤーだったならば、もうNPCとの区別がつかない。直接問うか、日頃の言動から予測するしかない。
直接質問するのは別にマナー違反と言うわけではないが、当の本人に会えないのであれば質問さえもできない。
まあ、どうせプレイヤーだろう。と、あーだこーだ考えることを止めた。ゲームがあんな人間をNPCとして設置するとは思えない。
それよりも、先ほどからとある考えが頭の中をうろうろしているのだ。
アイザック。もしかしなくても、あの男が”別の世界の人間”ではないだろうか?
ほら、あからさまに雰囲気からして世界観が違うし。
……というか、絶対にそうだろう。
「あーあー、なるほど」
なるほど、キャットとの会話を顧みるに、イツミ一行はアイザックを狙っていたというわけだ。
しかしなぜ今まで気づかなかったのだろう。コスプレイヤーなロールプレイヤーだという先入観が、その発想に至るのを阻害していたのだろうか。
十分ありそうな話である。近未来なパワードスーツを装備した人間が居たら、未来人というよりも気合の入ったコスプレだと印象が入ってくるだろう。
「どうかしたんですか?」
『銃さえあれば、RPも完璧だったろうと思っていた』
「あー、確かにそうですよね。銃があったら……というか、既に幾つかあるんですけどね」
まあな。と俺は頷く。
滅多に市場に流通することはないが、先日の戦争で鹵獲された銃が、一部の間で使われているという噂だ。
最も、弾丸に限りがあって、その上生産する手段が無く、そのおかげで骨董品のような扱いをされているのが殆どらしいが。
『銃関係の生産に関しての話を聞いたことは?』
「誰かが試しているという話は聞きますね。もし生産に成功して、流通が始まったら文字通り世界が変わりそうですよねー」
たしかに、そうである。
既に火薬自体は存在するらしいから、あとは製法の確立のみである。
「そう、銃がここで使われるようになれば、文字通り世界が変わるだろう!」
突然、扉が悲鳴が如き音を立てて開かれる。
一体何なのだと、俺はその方を振り返る。
「久しいな!かつてロマンと富を分かち合った友ぼふぉっ」
「新築の扉にヒビを入れるな」
たった今瀕死寸前のダメージを顔面に受けた男は、黒い姿に怪しい仮面をしている……そう、イツミ・カドであった。
彼の姿を見つけて、様々な疑問をぶつける相手ができた、と思った。
しかしこの場に一気に二人がエントリーか、と思って管理人の部屋の扉を見る。
如何にも不機嫌、という顔で、その指で突き刺そうとせんばかりに指差ししていた。
「も、申し訳ない、お嬢さん」
「全く……」
管理人が、この世全ての不条理に嘆くかのような顔で溜息を吐いて、のそのそと部屋に戻っていった。
「……扉を雑に扱ったことを注意する為だけに出たのでしょうか?」
それ以外にないだろう。
戦争で宿屋が破壊されてから、彼女はこういう所に敏感になっているのだ。
と、それよりもだ。
何故かは知らないが、イツミが来た。あの瞬間、彼は事件の際に姿を現していた。つまり第一容疑者……とまでは行かないが、個人的には怪しいと思っている。
その場に居たと言うだけで容疑がかけられるなぞ、堪ったもんじゃないだろうが、そこは彼自身が身に纏う怪しさを呪ってほしい。
さあ、吐くんだ。
と言わんばかりにイツミの目の前に出て、俺の疑問を乗せた言葉を見せる。
『アイザックが攫われた場に、イツミの姿が見えた。一体そこで何をしていた?』
「そう。その事について、情報を共有したいと思ったのだ。被害者の関係者である、ソウヤ殿とな」
一体どう言うことだろうか。
俺は一度考えて、椅子に座るよう促した。詳しい話を聞くことにしたのだ。
「……これって、私が居ない方が良い話ですか?」
「別に気にしなくても良いさ、小さな魔法使いさん」
「えっと……はい」
イツミさんの気取った喋り方は、レイナには理解し難いらしい……。あんまりよろしくない反応に、イツミはしばし無言した。
しかし今は押し黙るときではないと、イツミが一度区切るように咳払いをしてから、そして話しだした。
「……まず、ソウヤ殿が見かけたと言う私の姿。それは変装である可能性が高い。と言うか変装だ。つまり濡れ衣という事だな」
『証拠は?』
「無い。こればっかりは貴方がたの信用を願いたいのだが」
難しい話である。が、より詳しい話を聞いて、信じるか信じないかを決めようと思っている所だ。
その手始めに、1つ目の問を彼に向けて見せる。
『キャットから忠告された、異世界の人間の話。あれは何だ?』
「ふむ、あまりこういった事は言いたくないが……NPCを介しての伝言だったから、どうしてもああなってしまった。謝罪する」
……つまり、あの言葉は文字通りの言葉ではなかった、と?
ならば、その言葉の真意とは一体なのだろう。
「その伝言の訂正をする前に、まずこれらをお見せしよう」
すると、彼はその礼服の上着の裏から、一冊の本を取り出した。
革表紙で、紙は古くなって変色したように見える。
「コレは、私が調査を行った結果、得られたものである」
本が、机の上に置かれる。
触れてもいいかと一度訊いてから手に取ると、その中身はすべて英語で書かれていた。
「ソウヤ殿は、英語は達者で?」
首を横に振り、本を閉じる。文章こそは読めなかったが、ある一点だけは分かった。
日付が毎ページに書かれていることから察するに、日記だろう。
その予想を彼に伝えると、仰々しく頷いた。
「その通り、あるいはメモを兼ねた日誌とも言えるね。さて、肝心の中身だが、私がすでに翻訳しておいた」
するとイツミは、俺の目をじっと見つめるようにして言った。
「中身は……銃の細かな性能を纏めたもの、賞金首であろう者たちの情報、そして日常の細事を記す日記。内容から察するに、この本の持ち主は
『持ち主の名前は?』
「せっかちだな、君は。言われずとも答えるさ。この日誌の持ち主は、アイザックだ」
やはり……。
「あの、銃が使われてるって……それってこのゲームではありえませんですよね?少なくとも、あの戦争より前の間は」
「その通り。しかし、その矛盾などたった一つの事実で証明できる」
『異世界?』
「正解だ。その事を、キャットの伝言により伝えたかったのだ。……が、ただ異世界と言って済ませるには、誤解が生じてしまう」
「正確には異世界でない……」
「そう、確かに異世界とも言えるが、正確には、『別のゲームの世界』と言い換えられる。もっと言えば、そのゲームとは『ヴァーチャル・ウェスタン』……聞いたことあるだろう?」
ヴァーチャル・ウェスタン……。聞いたことは、ある。
ヴァーチャル・ファンタジーと同じ会社の、海外の支社で製作されていると聞いている。こちらは一般的なVRMMOであるのに対し、むこうは
『つまり、2つのゲームの世界がつながっている?』
「その通り。以前、銃を持った軍団が攻めてきた事を覚えているだろう?」
「あ、ってことは……!」
「そう、あの軍団のことは、この本の中でも言及されている。ともすれば、彼らは『ヴァーチャル・ウェスタン』の人間だったということが分かる」
イツミがそう結論付けて、俺はなるほどと考え込む。
アイザックと、以前国を攻めてきた軍団は、両方とも同じ別ゲームの世界からやって来たのである。
「……あ、そういえば」
俺の声の性質を抜きにしても、興味深く聞き入っているからかイツミ以外の声が全くしないこの空間で、割り込むように小さな声が上がる。
「どうしたんだい?質問は受け付けるよ」
「その、アイザックさんがその別世界から来たとして……銃とか、持ってるんですよね?」
「……良い質問だ、お嬢さん。そういえば君の名前を聞いてなかったね?」
「あ、私はレイナって言います」
「いい名前だ、レイナお嬢さん。是非とも私の助手に来てくれないか?」
「え?いや、あの……」
「……冗談さ。そういえば私の名前も言ってなかったか。改めまして、イツミ・カドと申します」
そんな自己紹介をされても、レイナはすっかり怯えて縮こまっている。心なしか椅子の位置もイツミを避けるようにズレている。
ちょっと見れば明らかに分かるぐらい避けられているのに、それでも自己紹介をする彼の度胸には感心する。
「さて、確かにアイザックは銃を持っているだろう。十分な弾薬さえあれば、この国の人間など直ぐに……おっと、その前に」
「……?」
「あちらに居られる、私に続くゲストをご案内しなくて良いのかい」
そう言って、イツミは意味深に階段の方を見つめた。
ここの住民が上の階から降りてきたのか、と思ったのはその小さな姿を目撃するまでだった。
「……!」
「……あれ、メアリーちゃん?!」
小さなドラゴーナ……メアリーがここがここにいた。
イツミの目線を辿るように階段を見ると、確かにメアリーが手すりに隠れるようにして俺たちの様子をうかがっていた。
確か、上の個室で寝かしていた筈だったのだが……。
「あ……え、え……えっと……!」
見ると、メアリーは今にも泣き出しそうな顔で……と言うより、「怖い」という感情が込み上がってきたのだろう。たしかにイツミの見た目は怖い。
それとも、盗み聞きということをして、叱られるとでも思って泣きそうになっているのだろうか。
どっちにしろ、このまま
俺はレイナと一緒に、メアリーをなだめることにした。
そうしている間、メアリーの泣き顔を作った現行犯、イツミは気まずそうに椅子に座っていたのだが。
しばらくするとメアリーが落ち着いて、この場のゲストに対して疑問を示す。
「えっと……だれ? ザックのおともだち?」
その一言に、俺達はどう説明しようか困ってしまった。
彼はアイザックの知人でも友人でもなく、それじゃあどういう関係かと問われれば、どんな関係なのだろうと返す他ない。
少なくとも、アイザックのことを知り、そしてアイザックは知らない人間である。
「お知り合い、と言った所だ。初めまして、私のことはイツミと呼ぶといい」
「……へんなひと」
そんな軽口を叩けるぐらいには涙が収まったらしい。
しかしメアリーにとってそれは純粋な本音であり、軽口でもなんでもないのである。
言葉を真に受けたイツミは、残念そうに表情を暗くするのであった。
……心なしか仮面の表情が変わっているのは気のせいだろうか。
「さ、さて。話の続きをしたいのだが……そうだ、アイザック殿がいせばっ」
その単語を言い終える前に、メモ帳で彼の顔を叩く。
異世界、別ゲーム、そして誘拐。そう言った単語を、メアリーに聞かせたくない。
「ザックのおはなし?」
イツミの話が強制的に中断されて、その後に口を開いたのは、そのメアリーであった。
好きな話題が出てきて、嬉しそうに話しだした。
「あのね、ザックはね、いつもおしごとでどこかにいっちゃうんだ」
今までの様な話をする空気ではなくなり、俺を始めとした3人は、メアリーの話に耳を傾けた。
メアリーの表情は、一見すると笑顔に見えた。
「でもね、どこかにいっちゃうまえに、いつかえってくるって、おしえてくれるの」
幼い彼女の話を聞き、胸の痛みとともに心臓の拍がズレたような感覚を得る。
アイザックは、"どこかに行っている"が、"いつ帰ってくるか"は伝えていない。
当たり前だ、彼は予期せぬ事態により、誘拐されてしまったのだから。
「それでね、かえってくる日のあさにおきると、ザックがおはようって言ってくれるの」
メアリーは、彼が帰ってくるのが何時なのかを知らないのである。
どれだけ待てばいいのかを知らないのである。
いつまで孤独に過ごさなければいけないのかを知らないのである。
「だからね、ザックがかえってくる日は、はやおきするの。そうすると、もっとはやく“おはよう“って言えるの」
いや、正確には孤独では無い。メアリーが友達と認めた者がここにいるのだから。
だが、たった1人の親が居なくなってしまえば、心細くなってしまうのが子供である。
安心しろ、ソウヤ。アイザックが戻ってこないという事態は起こりえない。
プレイヤーは死なない。時期はわからないにしろ、そう長くない内に再会できるのだ。
「……でもね、わからないの。ザック、かえってくる日、おしえてくれなかった」
「あ、えっと、それは……!」
メアリーが不安になっている。
そう感じ取ったレイナは、すぐさま声をかけようとした。
……しかし、メアリーはそれに気づかずに話を続けた。まるで、何も聞こえなかったような様子だった。
「さっきね、わたし、こわいゆめを見たの」
メアリーは誰にも目線を合わせず、何もない所を見つめていた。
彼女が言う「こわいゆめ」を、思い出しているのだろうか。そう思っていると、彼女の身体が震えている事に気付く。
「まちがね、もえてるの。それと、たくさんこわれてた。ぜんぶ、ぜんぶ」
なぜ俺は、黙って彼女の話を聞いているのだ?
ああそうだ、彼女の薄く輝く瞳に、俺の目が惹かれているのだ。誰にも向けられていない紅い目線に対して、俺は何も出来ずに居るのである。
「それをね、わたしが、たかいばしょから見てたの。それで、わたしは……」
「メアリーちゃん!」
「……あ」
レイナが声を張り上げ、メアリーを呼びかけた。するとメアリーはハッと目線を上げて、まるで夢から覚めた直後の様に辺りを見渡していた。
紅く輝いていた筈の瞳は、何時も通りの紅い瞳に戻っていた。
「あれ、えっと、わたしは……」
「……お茶、飲みますか?ほんのちょっと冷めてますけど」
「え、でも」
「どうぞ」
「あ、う……い、いただきます……」
レイナが飲んでいたものを、メアリーに譲った。メアリーは気まずそうに飲むが、心なしか落ち着いたように見える。
……あの瞳……。アレは気のせいだったのだろうか。
「あ、そうだ。ケっちゃんに……あ、ケイなんですけど、この事を伝えてもいいですか?」
「勿論、構わない。……キャットに合流したら、協力するよう伝えておいてくれ」
「キャット、ですか?」
「ケイ殿ならば知っている名だが、頼めるかい?」
「あ、はい!勿論伝えておきますね!」
・
・
・
「……」
ふと、メアリーのコップが既に空であることに気付く。
俺はポットを持って、そのコップをお茶で満たす。
「あ、ありがとう、ソウヤおにーちゃん」
どうも致しまして。
声に加え、文字でも意思疎通が出来ない相手に、俺は笑顔で頷いた。
レイナはケイに送るメールを書いている最中だし、イツミは用事があると言って去ってしまった。
この机を囲んでいるのは、俺たち二人だけであった。
「んく……」
メアリーがお茶を一口飲んで、コップをテーブルに置く。
その様子を、邪魔にならない程度に眺める。ふと、眠そうに瞼を下げているのに気付く。
ふむ、ベッドに連れて行って、寝かしておきたいところだが……。
……そうだ。
【カリカリカリ……】
「……?」
……よし、出来た。さあ、これでどうだ!
俺は『ハテナマークの横にベッドが描かれた絵』を見せて、鼻を鳴らした。
「ベッド……あ!」
理解したか?
眠そうな顔は何処かに消え去って、代わりに明るい笑顔を向けてくる。
「ソウヤおにーちゃん、ねむいんだ!」
「そう来るか……」
結局、メアリーを寝かしつけることが出来たのは、メモ紙を6枚ほど消費した後だった。
ただ、他人の口を借りずにここまで来れたのは誇るべきことだ。多分。
この後、レイナにメアリーを寝かしつけたことを伝えた。
そろそろアイザックを見つけて帰ってくるだろうし、夜食でも作っていようか。
整理
・アイザックは別のゲームの世界からやってきた。
・以前の戦争にて相手した軍団も同様である。
・その世界からやってきた者達は、だいたい銃を持っている。
・メアリーの義理の父のアイザックが外出する時、帰ってくる日付を必ず伝える。
・帰ってくるその日の朝には必ず枕元に立っている。
・メアリーは悪夢を見た。
・滅びと表現するに相応しい状況の街を、上空から眺める夢だ。
追記・なにげにサブタイを編集する事ってなかったよね
ということで、『悪夢と真実』から『父親の真実』に変えました