レイナがケイ宛てのメールを書き終え、あとはアイザックとケイを待つだけになる。
話を済ませたイツミもいつの間にか何処かに行ってしまったし、他にやることも無かった俺は、レイナの日課であるポーション製作の見学をしていた。
俺も生産技能として『料理』を習得しているが、これは現実の技術を流用できる以上、あんまり新鮮味が無い。
対してレイナは『ポーション製作』。現実ではなかなかできないモノであるのは、周知の事実だ。
『それにしても、どうしてこの場所で?』
レイナがポーション製作に必要な道具全てを食堂の机に置いた後、俺は問いかけた。
「理由ですか? ……製作に失敗すると周辺に危険が及ぶことがあるんですよね。だから、メアリーちゃんを寝かしてるあの部屋じゃできなくて」
き、危険?
それは一体どういう危険なのだろうか。見学する上で注意しないといけないだろうと思って、詳しく説明してもらう。
『詳しく』
「危険について詳しく、ですか? そうですね。回復系のポーションの場合は特に何もないんですけど、異常状態等の危険なポーションになると、製作者がケガをしたり、異常状態になったりします。酷いと有害な気体が出てきて、処分するにも難しいんですよね。最悪、爆発して部屋が大変なことになります」
ばく、ばくはつ?
とんでもない単語が飛び出してきたが、少し考えると確かにそうだ。
直接見たり経験したりしたわけではないが、薬品も有害物質を発したり、爆発したりする可能性がある。ポーションの場合も、それと同じような物なのかもしれない。
ファンタジーというか、科学的というか……。
「……と言うのは別に関係ないんですけどね。今日は回復系しか作りませんし」
「はい?」
「えへへっ。やっぱりケっちゃんの言う通りです。お人形相手なのに、表情を見てるみたいに感情が分かります」
「なんだって?」
言われて、俺は思考停止気味の頭を再起動させる。しかも無意識に言葉が口からでちゃったらしい。でちゃったのだ。
……まて、ということはケイに何か吹き込まれたのか? というか、感情が分かるって……。
『表情も無いのに、人形からどうやって感情を?』
「それは……秘密ですっ。ケっちゃんに口止めされてますから!」
むう、と俺は唸る。
ケイは要らないところまで気が回る。してやられた。
それに、おとなしかったレイナがすっかり変わってしまった事に、多少思う事が無いことも無い。
再びむう、と唸る。
「本当のところは、製作する際の騒音で起こしたくないだけなんですけどね。液体がごぽごぽ言ったり、道具同士がカンカンってしちゃうので」
『なるほど』
なんだ。まっとうな理由なら、最初からそう言えば良いのに……。
俺は大人げなくレイナを睨む。レイナはえへへと笑う。
「~~♪」
会話はいつの間にか途切れ、レイナが鼻歌を歌いつつポーション製作の工程を進めている。
こうして見ると、職人技って印象を受ける。スキルの恩恵でそう見えるのかもしれないが、少なくともそう思った。
関心だか感心だかを向けてレイナの様子を眺めていると、ふとレイナと目があった。
……手元から目を離しても大丈夫なのか? と見当違いな事を思う。
「レベルが高いので、作業中に目を離しても問題ないんですよ。最初の頃は集中しないといけなかったんですけど」
俺が言葉を文字にするまでもなく、疑問に答えてくれた。
確かに、物事に慣れない内は他の事に気が回らないからな。あの訓練場の副団長にお世話になった時も、そんな風だった。
「それに、噂によると『並列作業』なんてスキルもあるらしいです」
『ファンタジーにしてはなかなかシブいネーミングだな』
「確かに、立派な四字熟語ですからね。ただ、『並列作業』にも弱点があって……あっ」
「えっ」
作業中の「あっ」ほど恐ろしい物はない。最悪の事態を想像して焦るが、回復系なら大丈夫と言う言葉を思い出して気を取り直す。
大丈夫だよな? 爆発しないんだよな?
「えっと……ちょっと材料を持ってくるのに忘れちゃって……」
な、なんだ。そんなことか……。作業自体を失敗したわけではないらしい。俺は胸を撫でおろした。
『何が足りないんだ?』
「輝く水……回復ポーション用に調整したお水です。普通の水でも作れないことはないんですが、品質が下がるんです。回復量とか、味とか」
なるほど。……品質はともかく、味は関係あるものだろうか? いや、素人が口をはさむことでは無いか。
そうだな。どうせだから、その不足分を取りに行ってみようか。
『取りに行こうか?』
「ごめんなさい、持ってきてくれると嬉しいです。私は手が離せないので……。輝く水は、棚の真ん中の辺りにあるので、よろしくします」
任された。俺は意気揚々と頷いた。
どうせ暇なのだから、これぐらいの頼み事はお構いなしだ。
さて、目的の品を持ってくるには、勿論レイナの部屋に入る必要がある。
確か鍵は閉めていなかったから、取りに行くしよう。それと、中で寝ているはずのメアリーにも気を付けよう。
俺はレイナの部屋の前に立つと、ゆっくりと扉を開く。……が、音を立てたくない理由の一人である彼女が、そこに佇んでいた。
「……メアリー?」
ついさっき寝かしつけた筈のメアリーが、起きている。
狸寝入りか、あるいは眠りが浅かったのか。と勝手に予想を立てつつ、扉を完全に開いて彼女の傍に歩み寄る。
「さて、一体どうしたんだか?」
伝わらない言葉を口にして、問いかける。
歩み寄った事で気付いたのか、声をかけた事で気付いたのか、俯いていたメアリーはゆっくりと顔を上げて……俺を見た。
「……ぁ」
目が合う。
その瞳は、紅く輝いていた。
とても美しい紅だった。
・
・
・
「ソウヤ!」
「わひゃあっ」
魔法が発動した後、正常に転移できた事を確認し、次に彼の名前を呼んだ。
……が、この場に居るのは私とアイザック、そして食堂の机で調合を行っていたレイナのみ。ソウヤは何処にもいない。上の部屋に居るのだろうか。
「わ、わわ。床がポーションまみれに」
レイナはこの魔力に気付いていないのか?割れたポーションの瓶に対して慌てているレイナに、ソウヤの居場所を尋ねる。
「レイナ。ソウヤは何処に行った?」
「へ?えっと、私の部屋に素材を取りに……えっと、おかえりなさい?」
「今はそれどころじゃないの!」
その言葉のみを吐き捨て、ソウヤの安全を確保するべく階段を駆け上がり、レイナの部屋の扉を叩き開いた。
部屋中を見渡すが、彼の姿はなかった。そう、
魔力で居場所を探ろうとするが、この場所は魔力が非常に乱れていて、マトモに探知出来る環境じゃなかった。
「居ない……!」
「あ、あの。一体どうしたんですか?!」
「……レイナ。ソウヤは本当にここに居るんだね?」
後ろから追いかけてきたレイナが私に問いかけるが、私はそれを無視して質問する。
「えっと、確かにここに居るはずなんですけど……あれ、居ない?」
まさか、手遅れか?
その一言が、頭によぎる。
異変を感じて直ぐに転移したのだ。遅れる要因はできる限り排除した。
それでも、それでも遅かったと……?
「……そうだ、窓!」
窓が開いていることに気付くと、すぐにそこへ乗り出して外を覗き込む。暗くて遠くが見えない。
真下の地面に目を凝らすも、誰も居ない。ソウヤが窓から飛び出したか、あるいは窓からの侵入者に誘拐された?
いや、そう考えるには早計だ。
……そうだ、暗いなら、明るくすればいい。
「ミス・ケイ!俺をいきなり”手品”に巻き込んでおいて、放っておくとは……」
「……『照らせ』」
初歩的な光魔法に、魔力を込めて発動しつつ、それを空に放つ。
その直前、開きっぱなしになっていた扉から、先ほどの転移で連れてきた男が現れた。
挨拶代わりに放った冗談交じりの文句は、ついにこの場の全員が反応する事はなかった。
それもそうだろう。
私の魔法によって照らされた街の上に、
「あ……え、ドラゴン?!」
「これは……凄まじいな」
……魔力の源は、あれだ。
「け、ケっちゃん。どうしましょう?!」
排除するか? ドラゴンと戦った機会は少ないが、攻略法は幾つか知っている。
しかし戦うとして、ソウヤはどうする?
しばらく考えて、私は……。
「……戦う」
ソウヤの身に危険が迫るとして、その原因がドラゴンであるのなら、ソイツを倒せば良い。
倒しさえすれば、それで良い。簡単だ。
窓から飛び出し、剣を抜く。
剣に魔力を込めつつ、私は遥か上空へと転移した。
「待ってくださ……あ」
ケイの決断に待ったをかけるも、その声は相手に届かなかった。
「……勇敢な女性ほど心惹かれるものは無いね。さてレイナ、遠くから彼女の戦いを見守ろうじゃないか」
「何を言ってるんですか?!」
「どうした、俺と2人っきりは気に入らないかい?」
「だってケっちゃんがドラゴンに……行かないと!」
「待ちなさい」
ケイを追いかけようと窓を飛び出そうとする所を、アイザックが手を掴んで止める。
レイナがその手を弾くが、窓から飛び出るという暴挙は阻止された。
「……」
アイザックは弾かれた手に気を留めず、何かを探る様にレイナの顔を見つめていた。
レイナの顔に怯えた表情が、それに加えて目頭に涙が溜まっていた。
「早くしないとケっちゃんが……」
「はあ、なるほど。動揺して
するとなぜか、アイザックが納得し始める。
状況にそぐわない態度に、レイナはアイザックをじっと見た。
「安心するんだ。彼女が手練れじゃないワケないだろう? 敵勢力のど真ん中に飛び込んで、無傷で俺を救ったのだからな。……女性に救われたという点に関しては、俺としては思う所があるが」
レイナの彼を見る目が、信じられないものを見るそれに変わる。
「思う所が、じゃないんですよ! ケっちゃんが、一人でドラゴンと戦うなんて……!」
「戦うと?」
「ケイが……し、しんじゃ」
「……全く。アメリカで未成年のVR装置の使用が規制されるワケだ」
「……え?」
「いや、どちらの世界でも命を大切にする姿勢は褒められるべきなのか? どっちにしろ、面倒なのは変わりないか」
アイザックが頭を抱えて、恨みごとのような言葉を零す。
小さな声だった故にレイナには聞こえなかったが、それでも雰囲気が変わったことにだけは気付いた。
「よく聞くんだ、レイナ。あんまり本気にするな。これはゲームなんだ」
「げ……む?」
「そうだ。ケイが勝とうが、負けようが、帰ってくる彼女を笑顔で迎え入れるべきだ」
「ゲーム……あ」
「誘拐やら戦争やら巻き込まれたり、少しばかり理不尽な所はあるが……それだけ。所詮ただのゲームさ。……さて、ようやく”覚めた”かい?」
「え、えっと……私は」
「ああ、言いたいことは分かるよ。ただ、物事を重く受け止めるだけ無駄だという事を覚えておいてほしい。それだけ分かってくれれば、今から君の友人を手伝いに行っても良い」
「……」
「どうやら君は、慌て始めると現実との区別がつかなくなるらしい。とにかく気楽にやるが一番さ。何事もね」
アイザックがそれだけ言って、窓の向こうを見る。
街はケイが放った光で照らされている。それと一緒に、空で羽ばたくドラゴンまでよく見える。
「……私……行きます」
「そうか。頑張れ」
そして、レイナが部屋から出る。
部屋に残されたアイザックは、ドラゴンをじっと見つめて、呟いた
「……”本気で父親”をやっているこの俺が、ゲームに”本気になるな“ね。よく言うよ」
・
・
・
ドス黒い鱗を纏ったドラゴン。翼からの魔力が風を生み、羽ばたくことでその巨体を浮かせていた。
その姿は上空にある。が、そのさらに上空に私がいる。
「私はここだ、このトカゲが!」
上空からヤツを見下ろし、私の存在を知らせるために挑発した。
既に直下の街は破壊され、所々から煙が上がっていた。これ以上破壊されるのは望む所ではなく、それ故に意識を私に向けさせた。
私の声に気付いたのか、顔をこっちに向けようとするが……遅い。ヤツは
ああ、お陰様で何もかもが遅く見える!
「『鳥よ、切り裂け』!」
重力に引かれ落ちていく石の鳥は、ヤツ目掛けて落ちていく。私の詠唱により翼を刃の形に変形させ、そして石の鳥から剣を抜く。
たった今制御下から外れた石の鳥だが、確かにその速度と質量で以って敵を切り裂いた。
「叩き落とす!」
再び剣に魔力を込めると、刀身に岩が集まり、一瞬の後には剣が大槌になっていた。
私はそれを、ヤツ目掛け振り下ろす。
「ギアアアァァァ!」
手応えがない。反撃される。
そう判断して、振り下ろしたばかりの武器から岩を落とす。振り抜いた慣性で岩があらぬ方向へ飛ぶ。
次に相手の行動を見て、防御に使うべき魔法を選択。
尻尾の薙ぎ払いと判断すると、風魔法で姿勢を制御し、迫る尻尾に対し防御する。
「ぐあっ……!」
だが、風属性の魔法はこの世界特有のモノ。馴染みのない属性を扱いきれなかった私は、姿勢制御が間に合わずにそのまま叩き落される。
「……がはっ!」
建物に叩きつけられ、壁が崩壊してそのまま建物の中に転がり込む。屋根は辛うじて保っていた。
揺さぶられた頭が意識を手放すのをどうにか堪え、歯を食いしばる。
「く……『ヒール』」
私は瓦礫の上で立ち上がり、自身に癒しの魔法をかける。これもこの世界の魔法だ。
やはり、翼の無い人間に空中戦は不利だ。
大槌の攻撃で地面に叩き落とそうとしたのだが、それを失敗してしまった今、その不利は覆らない。
「な、なにが起きてるんですかこれ?!」
「早く……痛っ。とにかく逃げなさい」
この建物に住んでいる人か。寝ている所を起こしたらしい。
……この状況で寝ていられたら、度胸があるでは済ませられないだろう。
冗談が頭をよぎって、そして自分にまだ余裕があることを再確認する。
「―――!」
「……っち、ブレスだ! 早く逃げろ!」
空のドラゴンが、私への追い打ちの為のブレスをしようとしている。
その予備動作を確認して直ぐに警告を告げると、住民が素直に逃げていく。
「『護れ』!」
どす黒い炎が迫る寸前、頭の中で構築していた魔法を発動。
地面から壁がせりあがり、それらが炎を受け止める。逃げる際中の住民と私を脅威から守った。
「はぁっ……すごい熱だな」
ダメージこそは無いが、空気があっという間に熱されている。
燃えることの無い岩が、すぐにでも溶け出してしまいそうだ。
「……だけど、それも今だけだ。『転移』」
すると視界が移り変わり、図った通りにドラゴンの上空に転移する。
落下し始めると同時、剣に力をこめる。
「その翼、貰った!」
「グギャアアア?!」
ブレスの最中は、無防備だ。
その隙に攻撃すれば、回避されることも反撃されることもない。
翼の付け根に振り下ろした剣は、容赦なく翼を切り落とす。
「―――っし!」
バランスを崩したドラゴンが、片翼のまま降下していく。
落下する私は、風魔法で勢いを殺しながら着地。今度は成功した。
ドラゴンは崩れたバランスで地面に墜落。地揺れや音といった衝撃が、街中を揺さぶる。
亜空間からポーションを取り出して、気休め程度にでも魔力を回復させる。魔力の使いすぎか、集中しづらい。
この日だけでも随分と沢山転移魔法を使っている。歩けもしなかった頃から鍛えた魔力でも、流石に無理があったかもしれない。
……が、まだ余裕だ。
風魔法で身体を持ち上げつつ、空へ跳ねる。
頂点に達したところで横方向に推力を起こし、ドラゴンの元へ飛ぶ。
墜落した地点と思われる所で着地すると、そこにある筈の巨体を探す。
「どこに行った?!」
あの脅威の姿を見失い、何かを間違えたのかと瞬きする。混乱し始める頭を無理やり押さえつけて魔力を探る。
方向はわかるが、その方に姿を見つけることはできない。
まさか、そういう類の術か?
ドラゴンの癖に、回りくどい事をする個体が居るとは思わなかった。確かにドラゴンという種族に知能はあるが、共通してそう行った事は好まないはずなのだ。
「……?」
必ず首を切り落としてやる、と殺意を秘めて敵を探していると、研ぎ澄ませていた感覚が泣き声を捉える。
ドラゴンの鳴き声ではない。幼い子供が啜り泣く声。
しかもその声は、魔力によって割り出される予測位置と殆ど同じだ。
まさか、人質でも取るつもりなのか?
そこまで推測して、急いで泣き声の元へと向かった。
邪魔な建造物や残骸は、風魔法を使いつつ飛び越える。
そうしてようやく、泣き声の主を見つけ……そして、
「……え?」
戦闘に備えて澄ませていた集中力を、あっという間に失う。
何故彼女がここに?
それ以前に、何故彼女は大きな翼を、それも片方だけ背負っている?
「どうして……」
「ひぐっ……。……ケイおねえ、ちゃん?」
……どうして、こんなにも悍ましい魔力は君を中心に渦巻いているの?
悪夢は現実と成った。
今や現実は悪夢である。
だが、現実が確かに悪夢なのであれば、
何時か目が覚めて、きっと夢の記憶も全て忘れ去るだろう。
なんて気取った後書きを書いてみたり