教会の前。ちょっとした広場で、俺は半透明のウィンドウを見ていた。
『送信しました』
『件名:生存報告 ソウヤからケイへ』
『生きてるか? 俺は生きてる。相も変わらず人形姿だが。
送信のタイミングが悪ければケイは戦闘中だろう、良ければ戦闘後だ。あんまり邪魔したくないんだが、大丈夫だったか?
で、俺の居場所だが、今俺は教会に居る。何処の教会だとかの詳しい位置は、返信を確認してから伝えさせてもらう。
俺の言いたいことは以上だ。
これから戦う用事があるなら、ご武運を。
もう用事は済んだなら、お疲れ様。』
至って普通の、なんでもない生存報告。
とある
「あとは、ケイの返事を待つだけか」
後ろを見ると、脅威が去ったのを感じたのか、シスターが恐る恐る教会の外へ出てきた。
開いた扉から見えるのは、俺と同じように避難していた大勢の
「ドラゴン、居なくなったのか」
「やっと終わった~……これ以上何もないよね?」
「イベントでもクエストでもないみたいだし、状況は全く分からないからなあ」
そう、プレイヤー達だ。
プレイヤーの頭上にアイコンが出たりしないこの世界では、会話からでしかプレイヤーか否かを確認できない。
もっとも、彼らの様に遠慮なく『イベント』やらといった単語を口にしていれば、それだけで分かるのだが。
「よし、と。それじゃあ俺は……何を」
「ソウヤアァァ!」
「しい゛?!」
・
・
・
感動的な再会シーン。
……とは、とても言えない。
「ケ、ケイ?」
「黙れ! 怪我はあるか? 『ヒール』!」
「黙れと言われても。ていうか無傷のところを回復されても。というか口調」
何時もではないが、時々男らしくなるよな……。俺が女性だったら惚れているかもしれない。
ああ、感動的な再会シーンとはどこへ行ったのだろう。
確か俺は、お互いの無事を遠回しな軽口で祝い、感動的な音楽をバックに友情の抱擁をする予定だったのだが。
……いや、そんな予定はない。ただの現実逃避である。
俺は現実と向き合わないといけない。不本意だが。
「あー……あのなケイ、いい加減によしてくれ。大衆の目がだな」
「生きてるな?!幻覚じゃないな?!」
「……話を聞け。というか、そんなに俺が生きているのがおかしいか?」
「おかしい!」
「そこだけは普通に返事するんだな」
「いや、だってキミ、あの子に殺されたんじゃないの……?!」
あの子……ね。そう言われて最初に思い当たったのは、あの幼い友人。
少しばかり目を逸らした俺だったが、直ぐに目線をケイの方へと向き直した。
「……詳しい話は後にしよう。お前はこの大勢の目前で何をやったのか、自覚しているのか?」
「へ?」
「転移の瞬間だ」
「あ」
全く……。
しかし、ケイが冷静さを欠くのは珍しいな。いや、数日前にも同じような様子を目撃したばかりなのだが。
「離れるぞ」
「え、待ってよ」
「待ちません。ほら行くぞ」
俺はフードを深く被りなおして、多くの目線から逃れるように離れていった。
街灯が照らす道の上を進み、後ろから誰かが追ってこないのを確認する。
「ねえ、そろそろ説明してくれても良いと思うんだけど」
「……そうだな」
しばらく早歩きで進んでいたが、人の気配は全くしない。ここで他人の耳に入れたくない話をしても、問題なさそうだ。
「まず、”どうして生きてるの?”」
「”死んでいないから”、じゃあダメか?」
そう言い放って、そっとケイの表情を見る。
俺の答えを聞いて、むっとしていた。
「……私との仲でしょ。嘘はよくない」
「参った。納得するまで質問を止めないつもりか」
「そのつもり」
どうしたものか……。
だからといって「俺は一度死んだ」、だなんて言えないからな……。
「なんて言えば良いのやら……」
俺はその一言を放ってから、良い答え方が思いつくまで、その時の記憶を振り返ることにした。
俺が
・
・
・
【ズガン】
それは、人形がベッドの角に叩きつけられた音だった。
勿論、柔らかいマットレスに叩きつけられてもこのような音はしない。人形が叩きつけられたのは、木製の部分だ。
「―――ッ?!」
俺は痛みを感じなかった。ダメージを受けたという感覚もなかった。
ただし、体は動かない。俺がいくら身体を動かそうとしても、指一本動くことはない。
「―――……?」
唯一、視界だけが動いた。
俺は自身の状態を確認すべく、自らの身体を見下ろした。
すると、”俺の全身が倒れている”のを目撃した。
目と首だけで見下ろせば、見えるのは首から下だけの筈だ。しかし今見えているのは、首から上を含む全身だった。
「これって……霊に?」
幽体離脱。
まずその単語が頭に浮かび上がった。
「ということは、死んだ?」
死。
次にその単語が浮かび上がった。
特に驚きはしなかった。
驚く前に物事が起きて、そうする隙がなかったとも言う。
「俺が、死……」
【ピコン】
それを受け入れた頃だろうか、控えめな電子音と共に、目の前にメッセージが現れた。
『あなたは戦闘不能状態になりました』
『>蘇生を待つ』 『>リスポーン』
確かに俺は死んだ。しかしそれは本物の死ではない。
幸い、その事にいち早く気付いた俺は取り乱すことはなかった。
しかし死ぬのは初めてだ。よって、このメッセージを見るのも初めてになる。
つまり初見の出来事……しかし、その時の俺はそのメッセージに一切の興味も抱かなかった。
「あ……あ、れ……?」
メアリー。あのメッセージよりも、彼女の方が気がかりだった。
目の前の友人が、なにか言葉を口にしている。それを見た直後、俺はメッセージウィンドウを手で払い、退けた。
視界からウィンドウは姿を消し、代わりに視界の中心には彼女が捉えられた。
「お、にいちゃん?」
先ほどまで紅く光っていた瞳は、既に元に戻っていた。その目線は俺の亡骸へと向けられている。
メアリーがその手で命を奪った、人形の亡骸。
勿論、死体が動くことはない。
「ソウヤおにいちゃん……?」
「……」
メアリーは、俺の死を理解したのだろう。その死を与えた犯人が誰かも。
殺人の罪。
たったの1つの拳、それを一度振るっただけで、この幼い女の子はこの罪を背負う事になったのだ。
……それも、奪ったのは親しき仲の命。
果たして、この子はその罪に耐えられるのだろうか。
「あ……! ごめ……ごめんなさい……!」
その時か。
メアリーの身体に異変が起きた。
「わたし……わたし……!」
黒いモヤのように見えるそれらが、何処からともなく現れたかと思えば、そのモヤがメアリーを呑み込み始めたのだ
メアリーの身体に吸収されているようにも見えた。
「わたし、ソウヤおにいちゃんを……」
すると、メアリーが両手で顔を覆った。その腕には、禍々しい黒の鱗が張り付いていた。
それを見て、俺は察した。
「ころしちゃった……―――」
彼女は、別の姿に変わり果てるのだろう、と。
言うまでもなく、その異変を止める術は俺にはなかった。
「……」
手、腕、足を包む鱗。そして、背中から生える大きな翼。
俺が何もできない間に、メアリーの身体が変わってゆく。
「……ゴメンナサイ」
禍々しい手から、何か光るものが滴り落ちたと思えば、メアリーが突如として窓から飛び出した。
・
・
・
それから俺は、あのメッセージウィンドウを呼び戻して、リスポーンを選択した。
俺は一度死に、そして復活したのだ。
あの部屋の中でそのまま復活できれば、それで良かったのだが……、その願いに反し、俺は教会で復活した。
その場所が、俺が先ほどまで避難していた教会だ。
「答えたらどうなの?」
「”お互い生きてて良かったね!”じゃダメか?」
「ダメって言ったでしょ」
「むう……」
回想までした俺だが、結局ケイを納得させられそうな答えは思いつかなかった。
俺は目も口も無い顔で、気難しいとでも言いたげな表情を表そうと試みる。
「なに、そんなに答えづらい事なの?」
「……あれ、男口調じゃなくなってる?」
「と、ぼ、け、る、な!」
「いてっ」
話を逸らせば逸らすほど、ケイの怒りを買ってしまうらしい。複数購入で割引セールでもされているかのような怒り具合だ。
……この時点では、そう思ってた。
「こっちは心配してたんだよ? ドラゴンが現れたと同時、姿を消したキミ。……誰もがドラゴンに殺されたと思うでしょ」
「……?」
その時、ケイの言葉の中に違和感を感じた。
「私もそう思ったよ、ドラゴンに殺されたって。それでも死体も見つかってないから、生きてる可能性も無視できなかった。だから私は必死になったんだ。被害を広める前にドラゴンを倒して、いち早く君を捜し出そうと」
「えっと……ケイ?」
「私は、”
ケイの言葉にある違和感とはつまり、怒りとはまた違う感情であった。
そうと分かると、心理学者じゃない俺でも、その正体が何かはすぐに分かった。
それは、”後悔”だ。
「どういう事だ?」
「……ああ、そっか。知らないんだっけ」
「知らない」
嘘を吐いた。
この世界において、俺はケイのことを誰よりも知っている。
ついさっきも俺の嘘を見抜いた筈のケイは、何も言わずに俯いた。気づいていてあえて見逃したのか、そもそも気づかなかったのか。
そこまで考えて、一つ提案を持ちかける。
「お前、混乱してるだろ。昔話でもして落ち着いたらどうだ?」
「……昔話、ね」
ケイはそれだけ言って、しばらく口を閉ざす。
「……前世の話だ。護送任務に従事していた日、私はその道中の町で、とある知らせを耳にしたんだ」
数秒だったか、あるいは数分だったか。
それだけの無言の後に、ゆっくりとケイが話し始める。
俺にとって既知である筈の物語は、何故か新鮮な話であるように思えた。
「エルが住む村へ進撃するモンスターの大群、と。それを聞いた私は、すぐに任務から抜け出した。馬に跨って、出来る限り早く。幸い村までそこまで遠くなかった」
彼女が語る物語。それは、ケイが魔法を研究する切っ掛けとなった出来事。
俺は口を閉ざし、その物語に耳を傾ける。
「それでも、間に合わなかった。私が到着した頃には、モンスターの襲撃は既に始まっていた。……私は、直ぐに……」
言葉が一度区切られる。
その記憶を口にすることに、抵抗を感じている様に思えた。
ケイの目線が、何もない地面に向けられる。
「私はエルの家に駆け付けた。既に家の扉は破壊されていた。
私は考えるまでもなく家の中へ踏み込んだ。モンスターの気配がした。
私はすぐに気配の方へ向かった。エルの姿と、モンスターを見つけた。
私は……、何もできなかった」
「ケイ……」
「既にエルは、生きてはいられない程の傷を負った。モンスターを切り殺しても、間に合わなかった。……エルは死んだんだ」
「……それが、時や空間を操る魔法を求めた切っ掛けか」
ケイはゆっくりと頷いた。
それから、再び俺と目を合わせた。
「ソウヤ、君にはわかってほしい。もう二度とあんな別れ方をしたくないんだ」
その瞳には、既に後悔は見られなかった。
しかし代わりに篭っていた感情が何かは、分からなかった。
ただわかったのは、その歴史を繰り返さぬよう、彼女が必死になっている。という事。
「……安心してくれ。俺は死なない。というか、死んでも死なない」
「―――っくふ、なんなの、それ」
彼女が笑顔を見せて、今までの空気がなかったかのような態度になる。
「君がよく知ってるだろう? あの時はよくも串刺しにしてくれたな」
「えー、それはもうずっと前の事じゃん! それにもう謝ったでしょ?」
「いや、謝ってないぞ」
「……そうだっけ?」
「そうだ。……まあ、俺とお前の仲だ。水に流すさ」
元の調子に戻ったケイを見て、微笑む。
この時ばかりは、表情筋も何もない人形ボディに感謝だ。こんな顔を見られでもしたら、ケイはこれ見よがしにからかうに違いない。
「……ありがとう」
「どうも」
・
・
・
あの話の後、結局宿屋まで転移することも無く、なんとなく徒歩で行くことになった。
この近辺の道は知っているから、特に迷う事は無かった。
「所で、死ななかった理由の説明をしつこく追求したのは何故なんだ?」
「いや、生きてるのがあんまりにも信じられなくって、偽物かと思ってたんだ」
「……動いて喋る人形なんて一人しかいないだろ」
「まーね」
まーね、って……。
あれほど問い詰めたというのに、それだけで済ませられるのか?
「納得する答えは用意しなくて良かったんだな」
「うん、もう要らない。第一、もう遅いし」
「確かにそうかもしれないが」
「それに、本当に答えづらいみたいだからね。気を遣ってあげたの」
「……それは、まあ、ありがたい事で」
「その代わり、お料理レッスンは無期延期ってコトで」
「おい」
「へへ、恩は売ったもん勝ちなんだよ」
【ピロピロン】
「っと」
「メールだな」
電子音で話が中断されて、俺とケイが目を合わせる。
ケイがメールのウィンドウを呼び出して、そこを俺が覗き込む。最新メールの差出人は、『レイナ』となっていた。言うまでもなく、宛名は『ケイ』だ。
流石にシステムメニューの扱いにも慣れたのか、直ぐにその内容を表示した。
『送信者:レイナ 件名:無題』
『ケっちゃん、いきなり何処へ行ったんですか? ケっちゃんの事なので心配してないんですけど……。いえ、やっぱり心配です。
あ、だからって急いで戻ってこなくても大丈夫です。ただ、ちょっと困った事があるんです。
メアリーの事なんですが……えっと、ごめんなさい。やっぱりこの話は直接した方が良いと思うので、今は留めておきます。
アイザックとケっちゃん、それとソウヤさんと一緒に話したいんです。
私はメアリーを連れて宿屋に帰ってくるので、もし私より先に着いたら、アイザックさんに伝えてください。彼は宿屋の中に居ると思います。
それじゃあ、お願いしますね。』
「……メアリー」
「そういえば、言ってなかったね。あのドラゴンの正体はメアリーだったんだ。なんとか……というかほぼ偶然なんだけど、一応すっかり元に戻ったよ」
いや、それは既に知っているんだが……それよりも気になることが一つだけある。
「無事なのか?」
「無事ではなかったけど、最終的に無事だった」
どっちだ。
でもケイがそう言うのなら問題無いのだろう。
「それは良かった。悪い知らせをアイザックに伝えたくはなかったからな」
「そうだね」
そう言って安堵したケイが、返信のためにメールを作成し始める。キーボードにもだいぶ慣れてきたようだ。
「……なんか、お菓子食べたくなってきた。結局アイスは食べられなかったし」
「妙なタイミングだなお前。深夜だから店もやってないし……例の四次元ポケットに残ってたか?」
「確か残ってた筈……あった、10Yチョコ」
「地味だな」
「地味だね」
……こうして下らない話をするのも、随分と久しぶりな気がする。
誘拐騒ぎに続くドラゴン騒ぎ。色々な出来事が昼過ぎから深夜まで起きてたワケだから、実際の時間よりも長く感じるのは当然か。
この調子で、メアリーとも感動の再会を果たしたいものだ。彼女の記憶には俺の死体姿がこびりついているかも知れないが、まあ、きっと何とかなるだろう。
……なんて楽観的な考えは、時に現実というモノにより裏切られる。ある意味当然な道理であるそれを、再会の時に知ることとなる。
・
・
・
「ただいま」
「あ、お帰りなさい! 待ってましたよ!」
「お帰り。ミス・ケイ、それとソウヤも。……ほら、メアリーもお帰りを言うんだよ」
玄関を開き、ケイが帰宅の合図である4文字を口にする。
宿屋に居たのは、ずっとここで腰を落ち着かせていたというアイザックと、結局俺たちよりも先に到着したレイナ。そして……呪われた幼い少女、メアリー。
「お、おかえり……なさい」
メアリーはなぜか緊張している。いつかの様にアイザックの後ろの方に隠れている。
仕方ない、メアリーにとって俺は亡霊なのだ。
俺の死が伝えられていないケイには、メアリーの警戒の理由が思い当たらなかったのかもしれない。少し訝しげな顔をして、しかしメアリーがいる手前、すぐに表情を笑顔に戻した。
「うん、ただいま」
「ソウヤさんも、お帰りなさい」
俺の声が伝わらない彼女らに、言葉の代わりに手を振るジェスチャーで返す。
「さて、5人集まったワケだけど……、話があるんだったよね?」
「はい。ですがその前に
……
「アイザックさん、お願いします。あなたの言葉の方がいいと思います……」
「わかった。……メアリー。彼女たちが、さっきまで話していたケイとソウヤだ」
「えと、あ……」
まて、お前ら。一体何を言って……?
その言い方はまるで……。
「あ、あう……あの、はじめまして……。ソウヤさん、ケイさん。わたしのなまえは、メアリー、です」
俺たちが、初対面みたいではないか……?
記憶の落し物が大変多い近頃ですが、皆さんどうお過ごしでしょうか。