ウチのキャラクターが自立したんだが   作:馬汁

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レイナちゃんの視点が中心です。


46-ウチのキャラクターと俺のトラウマ

 ── レイナ ──

 

 

「記憶がない?」

 

「はい。ケッちゃんが転移で居なくなった後、気が付きました」

 

「……」

 

「どうやら、失った記憶は一部だけらしい。俺の事は覚えていたからな」

 

 私とアイザックさんがその事実を伝えると、ケっちゃんとソウヤさんの2人は沈黙してしまいました。

 

「どうして……?」

 

 ケっちゃんが信じられないというような様子で、メアリーちゃんを見つめていました。

 気持ちはわかります。私も最初に気付いたときは驚きました。

 

 

 私は詳しいわけではないですが、記憶喪失の要因は幾つかあると聞いています。

 

 1つ目は、脳へのダメージです。直接衝撃を受けてそうなる場合と、一酸化炭素中毒等からなる場合も、確かあったはずです。

 

 2つ目は、精神的な負荷、所謂トラウマというものです。この場合は、記憶を自ら封じ込めるものだったと思います。

 

 そして3つ目、

 

「呪いが原因なのかもしれませんけど……」

 

 はい、呪いという3つ目の可能性です。現実にはありえないですが、この世界ではよくある……ものではないですけど、存在しないわけじゃないです。事実、メアリーちゃんやソウヤさんがその被害を受けています。

 

 私は人の体に詳しいわけでも、心理学とかにも長けているわけじゃ無いので、この3つ以外に何かあるかもしれませんし、単なる見当違いかもしれません。

 

「アイザックさん、なにか心当たりはありますか?」

 

 なので、アイザックさんに意見を求めました。

 

「原因の心当たりは多すぎて、むしろ分からないぐらいだ。前例があるんだよ。既に幼い頃の記憶が飛び飛びになっている上に、両親に関する記憶も全くない。私がメアリーを養うようになってからは、全くこのような事はないが」

 

「そうなんですか……」

 

 そうして全員が、暗い顔で沈黙してしまいました。

 

 

 ……こうして全員が静まり返ったのですが、元々無口なソウヤさんが、何を思ったのか、メアリーちゃんをじっと見つめていました。

 

 ソウヤさんの格好は傍から見れば怖いので、それに見つめられているメアリーちゃんは怯えてしまっています。

 けど……なんだか、それだけじゃないような気がします。

 

「……」

 

「……どう言うこと?」

 

 すると、ケっちゃんが誰かに聞き返すような言葉を口にします。

 ソウヤさんはメモ帳を手にしているので、筆談でしょう。

 

 ですが……気のせいでしょうか? ケっちゃんはメモ帳の方を見ていないような気がします。

 

「……」

 

 ソウヤさんがなにか伝えたのでしょうか。メモ帳が見えない私にはその言葉の内容が分かりませんが、ケっちゃんが少しだけムッとするのが見えました。

 それからなにか考えるような仕草をとると、頷いてから私達と向き直りました。

 

「あ、ああ……。えっと、ごめん。ドラゴ──―」

 

「……!」

 

「……ちょっとモンスター退治で疲れたから、休むね」

 

 ……? 

 なにかおかしい気がしましたが、そういえばそうでしたね。

 

 ケっちゃんはアイザックを救出して、その後すぐにドラゴンと戦いました。確かこのゲームを初めてから10日行かない筈なのに、それを倒してしまいました。

 流石に疲労が溜まっていると思います。ケっちゃんには無理をしてほしくないので、何も文句は言いません。むしろケっちゃんの肩を揉んであげても良いぐらいです。

 

「ええ、ゆっくり休んでください! 色々大変だったんですから!」

 

「うん、ありがとうね」

 

 そんなやり取りをして、ケっちゃんはソウヤさんと一緒に2階に上がっていきました、この空間に居るのは3人だけになってしまいました。

 

 メアリーの怯えるような表情は、もうどこにも見当たりませんでした。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ── ソウヤ ──

 

 

「で、どういう事?」

 

 メアリーの様子がおかしい事に気づいた俺は、ケイを連れて自室へと入った。

 

 俺たちを見る彼女の瞳は、その存在を認識することを拒むように震えていた。

 その様子から”ある一つの可能性”に気づき、こうして彼女の元から離れた。

 

「なんで私達は、”彼女と関わってはいけないの?”」

 

「メアリーの記憶喪失。それはトラウマが原因だ。そして俺たちの存在は、トラウマを掘り返しかねない」

 

「……どういうこと?」

 

 ……分かりづらかったか? 

 いや、確かにいきなりすぎる話だったかもしれない。

 

 ふむ、ならどこから説明するべきだろうか。俺は自室の床に座りつつ思案する。

 

「……まず、トラウマという言葉は知っているよな?」

 

「知ってるよ。言い換えれば、心の傷……。キミはメアリーが心の傷を抱えているって言いたいの?」

 

「話が早いな。記憶喪失の原因が、その心の傷というわけだ」

 

 ベッドに腰掛けるケイが、胡座をかく。

 理解はしたようだ。しかし未だに納得できていないような表情。

 

 確かにそうだろう。記憶喪失、ましてやトラウマだなんて、十生に一度と言っても多すぎるぐらいのものだ。

 

「ただの子供が、人を殺し、街を壊し、そしてケイと戦った。そこに意思はなく、だと言うのに記憶だけが頭に残って離れない」

 

 けどな、ケイ。辛い記憶というのは、何処までも辛い。

 頭から離れる事はなく、あるべきだった日常を蝕んでしまう。まるで呪いの様に。

 

「大切な友人の命を奪った現実なんて、無かったことにすれば良い。悪夢という事にして、さっさと忘れ去るに限る」

 

「……だから、メアリーはそうしたのね」

 

「ああ、その呪いから逃れる為には、無理矢理にでも忘れるしかない。一見無駄な方法に思えるかもしれないが、これは何よりも簡単で、幸せになれる手段だ」

 

 つまりは、そういう事だ。

 ようやく納得してくれたケイは、ベッドに倒れ込むように横たわって、天井を見上げた。

 

 

「……わかったよ。メアリーが、自分自身が厄災もたらしたという事実を、スッキリ忘れたいっていうのは」

 

「?」

 

「でも、私達の事まで忘れちゃうのは……」

 

「……あんまりだ、って思うか?」

 

「うん」

 

 確かにそうかもしれない。あんまりにも酷い話だ。

 俺が言えたことじゃないだろうが、勝手に忘れられて、関係がいつの間にかリセットされているなんて。忘れられた側からすれば堪ったものではない。

 

「だが、メアリーが俺たちの記憶を捨てたというのなら、そっとしておくべきだ」

 

 メアリーの意思で記憶の取捨選択を行ったわけではないだろう。

 忘れたい記憶だけを丁度良く切り落とすなんて芸当は出来っこない。

 

 だからと言って”良い記憶”を戻してあげようとすれば、”悪い記憶”も戻ってくるだろう。だって俺たちは、彼女の悪夢に出てきてしまったのだから。

 

 そうなってしまったら、俺たちはメアリーの事を放って置くしかない。

 

「……じゃあ、ずっと忘れたまま?」

 

「そうだ。精神が安定する年齢まで待つか、下手な賭けを避ける場合、一生ということも考えられる」

 

「そっか……。一生、ね」

 

 

 ……それっきり、会話はなくなった。

 

 ケイは先の戦いで疲労したのか、ベッドの上で寝転がったまま動かない。一応ここは俺の部屋なのだが……まあ、俺は床にでも横たわればいいか。

 俺はドラゴン騒ぎの際に一度死んだっきり、あとはリスポーン地点の教会で座りっぱなしだったから、疲れてもいないし息も乱れてない。

 

 どうしたものか、と俺も寝転がって天井を眺めていると、ケイがメニュー画面を弄っていることに気づく。

 

「……メールか?」

 

「レイナにね。ソウヤの考えには納得したし、賛成する。だから彼女にも協力してもらう」

 

「そうか。そうだな。周りの人にも頼んで、メアリーの周りで俺たちの話題が出ないようにしよう」

 

「徹底的だね」

 

 ケイの発言に、そうだろうか? とハテナを浮かべる。

 否定できないのは確かだ。俺は中途半端な事をしたくないだけなのだが。

 

「まあ、俺の言葉は伝わらないからケイに頼るしか無いけどな」

 

「男らしくない」

 

「お前は女らしくないな」

 

「褒め言葉だね」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ── レイナ ──

 

 

『送信者:ケイ 件名:メアリーの事』

 

『メアリーの記憶の事だけど、ソウヤはトラウマのせいだって言ってる。街を壊した事とか、私と戦った事による罪意識だって。

 だから、私とソウヤはメアリーの記憶をそのままにするべきだと考えてる。

 失くした記憶の内容には極力触れないようにするために、私達はメアリーと関わるのは避けるべきと判断した。レイナも無理に協力しなくても良いけど……気をつけてほしい』

 

 

「トラウマかもしれない……らしいです」

 

 受信したメールを読んで、隣りにいるアイザックさんに伝えました。

 メアリーちゃんには聞こえないように、小声で。

 

「そうか……その可能性もあるんだな」

 

「えっと、どーしたの?」

 

「いや……」

 

「?」

 

 今のメアリーちゃんの様子を見ても、そんな風にはあまり思えません。

 ただ、アイザックさんが心配そうにしているのは、なんとなく感じられます。

 

「……メアリー、やはり心配かい?」

 

「え、なんでわかるの?!」

 

 心底驚いた様に、メアリーが声を上げました。

 やっぱり、長い間の時を共に過ごした親子ですから、そこはお見通しなのでしょうか。

 

「大丈夫さ、メアリーの失くした記憶だが大した事は何もなかったよ」

 

「でも、まちがもえてたよ。たくさんこわれてた」

 

「ああ、それは先日の戦争のせいだ」

 

「……そーだったんだ」

 

 メアリーちゃんの瞳は、何を見つめているんでしょう。何故か私は、そんな事を思いました。

 確かに目線はアイザックさんの方を向いているのですが。

 

 メアリーちゃんを見つめていた私は、ふとこんな事を思います。

 もしかして、()()()()()()に存在しない事実で包んでしまおうとしているんでしょうか。と。

 

 

 トラウマによる記憶の封印。

 ゲームとはいえ、現実と遜色ないこの世界でこれを目の当たりにした私は、どうするべきか分からないでいます。

 

「ねー、レイナちゃん。ほんとうなの?」

 

「……」

 

 だからでしょうか。思わず、アイザックさんに助けを求める様な目で見てしまいました。

 返すべき言葉は、ついさっきケっちゃんに教えられた筈でしたのに。

 

 思わず沈黙したくなるのをこらえて、口を開きます。

 

「う、うん。確かに戦争がありましたよ。でももう大丈夫です。戦争は終わりましたし、騒ぎが収まれば復興もすぐに終わります。そうすれば元通りです」

 

 ……そう、元通りになるんです。

 

 この親子は、きっとケっちゃんやソウヤさんと出会う前までの日常に戻ってしまうのでしょう。

 いえ、お弁当屋さんとしての関わりはまだまだでしょうけど、これからはずっとそんな関係のままかもしれません。

 

 何時も通りにお弁当を買ってもらって、何もないかのように別れる。

 お友達として一緒に過ごした記憶があるのに、普通のお客さんとして関わっていくのです。

 

 まるで中学校の頃のお友達と再会して、なのに向こう側が私を覚えていない、みたいな……。

 

「……どーしたの?」

 

「あ、いえ。なんでもありませんよ。エヘヘ……」

 

 皆でハンバーグを食べて、お洋服を買って、喫茶店でゆっくりして……。

 でも、覚えてくれていない。

 

 半日もしないようなごく僅かな思い出です。それでも、それだけでもすこし寂しいな、と思いました。

 誰かに忘れられるという悲しさは、こんな感じだったんですね。

 

「……そうだ、メアリー。今日はもう夜遅い。ここの部屋を借りよう」

 

「おとまり?」

 

「そうだ。ええっと、ここのチェックインは」

 

 アイザックさんがカウンターを見つけて、置かれた呼び鈴を押そうとした時、私はある事に気づきます。

 確か、この宿屋の部屋は全部……。

 

【ガチャ】

 

「おや、君が」

 

「満室。知り合いの部屋でも間借りしなさい」

 

「え」

 

【バタン】

 

 あ……扉を半開きにして一言だけ言い放つと、すぐに閉めてしまいました。

 管理人さんは相変わらず平常運転……とは言い難いですね。ドラゴンの件で気が立っているのか、警戒心が少し表面化してるご様子です

 対してアイザックさんは、その口を開きっぱなしにしています。無理もありません。

 

 少しかわいそうなので、ちょっとした助け舟を出します。

 

「……えっと、そういう事らしいので、私の部屋を……あ、いえ、ケっちゃんに頼んでみては如何ですか?」

 

 私のお部屋を貸す……とまで言いかけて、背筋の震えと共に言い換えてしまいました。

 

 あうう、ごめんなさい。どうしましょう、思わずケっちゃんに押し付けてしまいました。

 このゲームで男の人にはだんだんと慣れてきましたが、でもやっぱり自分の部屋に泊めるっていうのはムリです。

 

「そうだな……そうしようか」

 

 ……少し申し訳ないので、後でケっちゃんに何かお詫びでもしましょう。ええ、そうしましょう。

 

 

 

「……え、私の部屋に?」

 

「ああ。生憎部屋が一杯らしくてな。申し訳ないが、私とメアリーの2人で泊めさせてくれないか?」

 

「いやまあ、別に良いけど。特に大事なものはないし。……ていうか、なんでレイちゃんは頭を下げて手を合わせてるの?」

 

 どうかお許しをっ! 

 のポーズで、アイザックさんの後ろに居るのがレイちゃんこと私です。ちなみにメアリーちゃんは更に私の後ろです。

 

「えっと、私の部屋に泊めるのはちょっと都合が悪くて……ですね。……その、ごめんなさい!」

 

「ええ? 訳がわかんないよ。別に謝られる覚えはないし……。とりあえず頭を上げて」

 

 許しを得た私は、恐る恐るとケっちゃんの顔を見上げます。

 やっぱりケっちゃんは優しいです……けど、代わりに泊まる場所はどうするつもりなんでしょうか。

 

「その、ケっちゃんはどうするんですか?」

 

「え? 寝床のことなら大丈夫だよ。ソウヤと一緒に寝るし」

 

 ……ハイ? 

 

「ほほう」

 

 ……エッ? 

 

「つまりは……やはり君たちはデキている訳だ! ははは!」

 

「はあ……? まあ良いけど、とりあえず鍵を貸すよ。朝起きたらソウヤか私に返してね」

 

「おう、感謝する。必ず返すよ。でも邪魔しては悪いから、朝食を済ませた後辺りで良いかな」

 

「ん、邪魔? 何を?」

 

 エ、イヤ、エ? 

 一緒に寝るって、それはつまり、つまり、つまり?! 

 

「ていうか、どしたの、レイちゃん?」

 

「ア、ワ、ワワワワワ」

 

「ホントにどしたのレイちゃん?!」

 

 え、えっと……ケっちゃんって……あ、あう。

 

「け、っちゃんって……、大人、なんですね」

 

「え、大人? ……んまあ、私としては大人のつもりだけど、そんな事がどうしたのさ」

 

 何とも無いような顔で私の言葉を肯定しましたが……”大人”という曖昧な言葉では、確証が持てません。

 まさか……と思いつつ、更に問い詰めることにします。

 

「そ、その……どれぐらい大人、なんでしょうか?」

 

「どれぐらいって……まあ、そうだね。人生を一周……いや、終わらせ……完遂? ……そう、1回はゴールしてるぐらいって感じかな」

 

 ゴール──?! 

 それって結婚……? いや、まさかこ、こ、子作りまで! 

 

「あ、あわあわあわあううう」

 

「ど、どうしたのレイちゃん?!」

 

「ケケケケケっちゃんがあわわわわわ」

 

「ははははっ! 日本には少子化という問題があると聞くが、解消しつつあるようだね?」

 

「しょーしか?」

 

「何言ってんのさアイザック……。別に良いけど」

 

 あ、そうです! 確かあの時、ケっちゃんはソウヤさんとは付き合って無いって言ってました! 

 そうです! きっと何かの間違いなんです! 

 

「そうですよね、ケっちゃん?!」

 

「レイちゃんまで何を言って……」

 

 私が求めている真実、それはズバリ! 

 

「ケっちゃんは、付き合っている人、居ないんですよね?!」

 

「え? 突拍子なさすぎ……」

 

「どうなんですか!」

 

「ああ……」

 

 

 

 

「…………ノーコメントで、良いかな」

 

 

 ケっちゃんは、どこまでも大人でした。

 ……まる

 

 




シリアス半分
ギャグ半分

前回まで息の詰まる展開だったわけだし、多少息継ぎを挟んでも良いでしょう。


次回、

「元通りの日常」

「忘れられし者」

ようやくこの章も締めくくりです。


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