長距離を移動する旅に備え、話し合うためにメチャちゃんくんが泊まっているという宿屋に来た。
俺たちが普段から利用している宿屋の年樹九尾とは違い、食堂を兼ねたようなエントランスは無い。数人程度が座って話し合えるような椅子とテーブル、そしてカウンターだけがあった。
「よいしょっと、君たちも座ってヨ」
「うん、失礼するね」
メチャちゃんくんに続き、ケイと俺がそこに座る。小柄なメチャちゃんくんは、座ると足が浮いてしまうようだ。
メイド服を着たエミータに関しては、座らずに側で立っていた。
「キミって良いとこのお坊ちゃんなのかな? それにしては服が地味だけど……」
「え、なんでそう思ったノ?」
「だって従者なんて従えるぐらいだし」
ケイがエミータを見つつ言った。
俺は彼がお坊ちゃんだとは思わない。エミータの纏う雰囲気と、如何にも機械いじりが得意そうな感じを匂わせるメチャちゃんくんの作業服は、ケイが思うそれとは別の可能性を匂わせる。
「別に、そんな偉いわけじゃないヨ」
「マスターの社会的地位は一般市民としては標準的です」
「ま、ますたあ……?」
「エヘヘ、この子、ボクが作ったロボットなんだ。アンドロイドって言ってもいいケド」
「ろぼ……?」
やっぱり……。その独特な口調以外、殆ど人間との違いが見られないこのアンドロイドは、あの小さな手によって組み上げられたのだ。
何も知らない人が見れば、目の前の子供がエミータを作っただなんてどうしても信じられないだろう。
ふと、ケイから目線で助けを求めるられる事に気付く。まあ、ケイがその単語を知らなくとも仕方ない。
どう説明すれば良いのだろうか。ケイの居た世界では”機械”という単語が無い以上、その応用的な分野であるロボット等の説明は難しい。
「ありゃ、もしかしてプレイヤーじゃなかっタ? ゴメンね、つまりは自律行動する人形だと思っていいヨ」
「ああ、なるほど! 分かりやすいね」
ケイは納得した。俺の役割が奪われたようで少し物足りない様な気分だが、分かりやすい説明に対する感心の方が上回った。かなり簡潔で、しかし分かりやすくもある説明だった。
それに、
……その実例である俺への印象によって、ケイの理解が多少偏る可能性はあるが。
「ケイ、勘違いするといけないから補足するが、俺とは違って人格も恐らく
「……へ、人格がお手製?!」
「うん、全部ボクが作ったヨ。ネッ?」
「はい。生産の過程は全てマスターが行っています」
「こ、この子供が?!」
「エヘヘッ」
この世界に生きる
先程のメチャちゃんくんの発言からして、彼がプレイヤーだというのは確定している。逆にケイはそうでないと見られているが、彼女は非常にイレギュラーだからNPCとも言えない。
「疑問を提示します。ワタシ達がここへ訪れた目的は実行しないのでしょうか」
「あっ! ゴメン、本題に入らないとネ」
「あ、ああ……わかった。正直、驚きの事実で混乱してるけど」
「安定した協力体制を整える為、5つ程の項目について話し合ってください。最初はモンスターと会敵した場合の対処について―――」
「お互い衝突しないために話し合うのは分かるけど、なんか堅すぎないかなあ……」
これではまるで会議だ。
俺にしか聞こえないような声量で呟くケイは、確かに困惑で満たされているようだった。
しかし何故だろう、それにしては嫌そうな顔には見えない。俺の気のせいなのだろうか。
・
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「つ、疲れた……」
吸血鬼に血でも吸われたのかと思うぐらいのげっそりとした動きで、ケイが宿屋から出てきた。
気持ちは分かる、道中の予定や決まりごとはともかく、使用する装備から、戦術やスキル、ステータスまで、正に根っこから先まで全て言わされたのだ。
それを終えると、次はエミータの事を山程教えられた。主に戦闘面での機能に関してをだ。まるで説明書の一語一句を、全て欠かさずに脳みそへインプットされたようだ。
「適当に頭を休めようか。」
その中で知った事なのだが、エミータはロボットである為、ポーションが効かないし体力の自然回復もない。だから長期戦に置いては損害を避けるため機体保護を優先するとかなんとか。
他にも攻撃方法は銃を使うし、必要に応じて空も飛ぶとか。なんだよ空を飛ぶって。生身の人間がやることじゃないぞ。
因みにケイは例外とする。……どうも彼女は、最近風属性魔法で空を飛ぶことを覚えたらしいが。わざマシンでも使ったのだろうか。
「一応言ってみるけど、以前のケイはこんな感じで旅の計画してたのか?」
「してたら今頃は発狂してたんじゃないかな」
「そこまで言うか」
まあ分からんでもないが。これでケイが発狂するのなら、常人がやれば想像もつかない事になるだろう。俺はそうならない事を祈った。
「でも、まあ、心置きなく出発できるだろうね」
「賛成だ。あそこまでやって心配事なんて抱けない」
「うん……あ、これ買ってこうよ」
「クレープか、歩きながらの砂糖補給には丁度良いな。俺の分も買ってくれ」
「はいはい」
やはり頭を使った後は糖分だ。ケイも同じように甘い物を求めているし、丁度いい。俺とケイの鎧姿に若干威圧されている店員を眺めつつ、ケイがクレープを持ってくるのを待つ。
程なくして戻ってきたケイからクレープを片方受け取り、早速と頂く。
うん、甘い。
「さっきの店とかもそうだけど、戦争やらドラゴンやらが暴れた直後だってのに仕事したり店開いたり、ここの人たちってムダに肝据わってるよね。外から態々やってきた大工とか、絶対心臓にミスリルの毛とか生えてる」
それは大した心臓だな。むしろミスリル目当てにその人が狩られたりしないか心配になる。
「俺たちも言えた事じゃないけどな」
「まあねえ」
復興により増えた仕事を目当てにやってくる技術者たちと、それによって増えた需要を目当てに売り出す弁当売り。
やっている事はほとんど同じであった。今でこそその商売はしていないとは言え。
「ただいま」
「ん? ああ、おかえ……誰だお前ら?!」
あ、人が居た。トーヤだ。顔見知り程度の仲とはいえ、一言目からそれとは中々酷いものだ。
いや、特に何も考えていなかったが、そういえばこの格好だと、友人にさえ俺たちだと認識されないのだ。当然と言えば当然か。
「私だよ私、大魔法使いのケイ」
「重装備の魔法使いなんて居てたまるかっ……。まあお前が誰かは分かった、けど何故その格好になったんだよ? しかも鏡写しみたいに同じのがもう1人居るし」
「ほら、私は表の世界じゃ生きづらくなってきたから、正体を隠さなきゃってね」
「ああ……どういう意味だ?」
どうやらトーヤはケイに関する噂を聞いていないようだ。
噂によって、ケイの姿に関しても多少認知されているのだ。少し聞き込みをすれば、噂の正体とケイが結びつくはずだ。
「そっか、キミは知らないのか……。私たちの事噂になってるらしくてね。チョット調べたら分かるとおもうよ」
「やけに気になる言い方をするな……。ところで、このもう1人のは……ああ、そういう事か。ソウヤさんも大変だな」
ああ、俺の事はわかるのか。……なんで?
いや、ケイと一緒に居るのは大体俺かレイナだから、そこから更に体格から見当を付けたのだろう。
でも同情された。一応感謝の意として会釈しておく。こちらとしてはケイの意図に納得しているし、そう言われるほどではないのだが。
けどケイはなにやら納得のいかない様子。
「それはどういうつもり?」
「なんでも」
「へえ」
因みに”俺がケイ”だった頃にトーヤにしでかした事は、今のケイは伝えていない。
誰が好き好んで自分の黒歴史を他人と共有せねばならないのだ。
「まあいいけどね。明日から私たちは依頼で遠出するから、その間レイちゃんの事よろしくね」
「なんだって?」
「だから、依頼で遠出するんだよ」
「そんな事聞いてないぞ。ていうか、お前たち2人で? 何時も一緒のレイナはどうした?」
なぜレイナも行かなければならないのだ? と思ったが、レイナが採集をしに外に出かける際、ケイも付いて行く事が多い。
レイナとケイを知る者であれば、ここでレイナが付いて来ないのに首を傾げるのも仕方ないだろう。
「レイちゃんが居ないのがそんなにおかしい? それとも何か不都合でもあるのかな」
「いや、そう言う訳じゃないんだが……。いや、不都合ならあるのかもしれない」
「あ、やっぱりあるんだ。不都合」
レイナが宿に残ると不都合がある、とはどういう事だろうか。よもやレイナとトーヤの仲が悪いわけではあるまい。
レイナとトーヤの仲は良くも悪くもないと記憶している。レイナの性格は基本的に優しいからフレンドリーに接するだろうが、しかしそれは他人に対する態度だ。
「……大したことないよ」
「そう? ……まあ一応誘ってみるよ」
「ああ、なんか催促したようでごめん。因みにレイナさんは上でポーションを作ってる」
「はーい」
そう言って、ケイはパタパタと階段を昇っていった。
「……」
「……」
……そしてケイが去ったこの場で、2人っきりになってしまった。
俺とトーヤは知り合い程度の仲だ。この状況になってしまうと気まずいのだが。
しかし、だからと言ってソワソワするのは性に合わない。
宿屋の中で、しかもトーヤ以外に人は居ない。姿を明かしてもあまり問題無い状況だ。頭に乗っかっている重量感を、煩わしそうに持ち上げた。
赤の他人が山ほどいる場所ならともかく、
「って、うぉ?! いきなり何やってるんだよお前!」
「……?」
風通しの良くなった頭に開放感を覚えていると、ガタっとトーヤが椅子を揺らしながら立ち上がった。
何をやっているって、俺はただ単に頭部装備を脱いだだけだが。
態々紙に書くほどのものではない。俺は首をかしげる。
「だ、だって姿を見せちゃマズいんだろ? 見つかったら大惨事に……」
と言われても。
俺が呪いによって姿や声が奪われた、という話は宿屋の全員に広まっているから、この宿屋の仲では気楽に人形姿を晒せるのだ。食事時は例外とする。
もし事情の知らない人間が入れば、大騒ぎになる可能性が高い。モンスター扱いされて討伐されるのがオチだ。
『心配しなくてもいい。時や場は弁えている』
レイナと共通して心配性なのか、俺の身を案じることに関しては一応感謝しておく。
しかしそれは杞憂に過ぎない。死んでも、精々防具が破損するかぐらいのデメリットしかない。
主なデスペナルティは一定時間の取得経験値の減少だが、元々成長が遅い俺には関係がない。それに一定以下のレベルだと、このペナルティさえ与えられない。
「いや、その問題じゃ……」
『何も知らない人が俺を見て騒ぐのが問題。知っているのなら何の問題もない』
「え、そういうもんなの……?」
『そういうもん』
「そう、なのか。少し勘違いしてた」
勘違いか……。宿屋の人たちと俺が会話する機会は少ないし、誤った理解をされるのも仕方ない。
「いや、しかし人形……マネキン? の見た目になっているのは知らなかった」
はて、人形の姿だとは知られていないのか? と思ったが、大抵の人には『呪いで姿と声を失った』と説明している。人形とは言い切ってないから、後のことは各人の想像になってしまう。
そこまで考えると、今度は自分のことがどう思われているのが気になってきた。
『皆からどんな感じなのを想像されてるんだ?』
「皆から? 全員は知らないけど……、僕はスケルトンとかかな」
骨か。
「ここに泊まってるせんぱ……おふくろさんは、全身黒尽くめを想像していたらしい」
名探偵コンナンの……。
「あの戦士の人は文字通り”姿を失った”のを想像しているのだとか」
そして透明人間。
黒尽くめよりはマシだろうが。
「……改めて考えると多種多様だな、お前」
『見る人によって姿が変わる妖怪みたいだ』
まあどっちにしろ妖怪だが。今の俺は立派な顔無しだ。
・
・
・
「戻ってきたよー、2人共仲良くしてたかな?」
「ケイ」
「ああ、終わったんだな。……レイナさんの返事はどうだった?」
トーヤがケイに言葉をかける。
「ううん、いい加減
寝る時間……? 今は昼間だが……って、ああ。なるほど。
現実ではもう深夜。早寝早起きをするような良い子は、既に起床時間一歩手前に入ってもおかしくない。
「でも今昼間だよね?」
「リアルの話か。確かにもうそういう時間だったな」
「リアル……?」
「ああ、とっくにもう深夜を回ってる。お前たちも寝たほうが……って、これから依頼で遠出するんだったか」
「寝る……深夜?」
……って、なんか少しまずい流れになってきてないか?
これはいけないと思い、直ぐに声で指示を送る。
「あ、あー! ケイ! 俺の言葉を復唱しろ! リピートアフターミー!」
「へ?」
「”この依頼が終わったら終わるつもりだよ!” はい復唱!」
「え、何を終わ」
「復唱!」
「……この依頼が終わったら、終わるつもり……かな?」
「なんで疑問系なんだ……? まいいか、あんまり夜更かしすると体に悪い。旅にも
「は、はーい」
ケイが理解も納得できていないまま、とりあえずと言った感じの返事で返す。
そして彼女は上の階にまた戻っていこうとする。
「……ソウヤ。上の階で、旅についてちょっとした打ち合わせをしよう」
「むう、わかった……、出来る限りのことは答えよう」
「ん」
何時かはこうなるとは思っていたが……、意外とあっさりした切っ掛けでそうなってしまったな。
今までプレイヤーの事をボカしていたが、結局は先延ばしに過ぎなかったのだ。
俺はトーヤに向けて軽く手を挙げてから、ケイの後をついていった。
・
・
・
「来たね。さあ、”打ち合わせ”をしましょうか?」
ケイを追って、彼女の部屋に入った。
俺と話をするのが待ちきれない、と言わんばかりの態度だ。
「打ち合わせなら、依頼主達と一緒にやっただろう?」
「私は2人っきりで話したいの」
「それは嬉しいな」
うんざりするぐらいには。
俺は適当な所に腰を下ろして、あたりを見渡してみる。そう言えばケイの部屋に来るのは初めてだ。部屋には魔法関連であろう物が用意されている。
「研究道具か?」
「まあね。元の世界とは使い勝手が随分違うけど、まあ慣れてきたよ」
机に置かれていた本を手に取り、そのページをペラペラを流し読みする。
やはり専門知識を要するのだろう。数式はともかく、魔法陣らしき絵が出てきてはどうしようもない。
「よく分からないな」
「私もだよ、ソウヤ。私にとって、この世界の何もかもが不思議なんだ」
「……それに関しては、俺にとって不思議でもなんでもないな」
きっと、彼女の言う不思議とは、俺の言うゲームらしさとイコールだ。
「そりゃあ当然だよ。なんたってキミは、この世で一番不思議な存在、”プレイヤー”その物なんだから」
「……」
確かに、そうだ。プレイヤーの存在なくして、この世界はゲーム足り得ない。
だからこそ、プレイヤーが一番ゲームらしい存在だ。
ケイが人差し指を立てると、メニュー画面が開かれる。
「1つ目の不思議、『メニュー』」
いつの間にか、声ではなく思考で操作できるようになったらしい。
これから問い詰められるであろう内容に緊張しつつも、この世界に慣れつつあるケイに感心した。
「2つ目、死んだ者が蘇る……通称、『リスポーン』」
俺の反応を伺うように、目が細められる。
これは人生2週目の経験から来るオーラの様なものなのだろうか。説明し難い感覚に襲われた。
死者が蘇るという事実には、ケイにとっては思う所があるのかもしれない。
「3つ目、自身の能力に影響する『ステータス』」
彼女がメニュー画面を操作し、ステータス画面が表示される。
以前見たよりも大分能力値が伸びていた。
「4つ目、プレイヤー達が何処かに出入りする時に使われる言葉、『ログアウト』と、そして『ログイン』」
またメニュー画面が操作され、ログアウトと書かれたアイコンが選択される。
しかしそのアイコンは、他のものとは違って黒く表示されていた。ケイにログアウトは出来ないらしい。
……まて、それじゃあ、ケイはこの世界においてのプレイヤーではないのか?
確かに、現実世界に存在しない彼女にはログアウトして向かう先が無い。
それにケイはメニュー画面を操れる。これはプレイヤーの特権だが……やはり、プレイヤーでもNPCでも無いというのが正しいのだろうか。
「何か思うところでも?」
「……いや、どんな感じに説明すれば理解してくれるのか、考えてた」
とっさに考えた言葉。……だが、嘘でもない。
「あ、説明してくれるんだ?」
「何時までも隠し通せるとは思ってない」
事実、この様な状況になったのだ。
だからって、この状況に何か備えていたわけではないのだが。
「ケイはプレイヤーの事をどう思ってるんだ?」
「どう思うって? 改めてそう言われると……不思議だなあ、って。あと原理とか気になる。この世界特有の物理法則とかあっても驚かないよ」
「……意外と軽いな。リスポーンに関しては興味を向けると思ったが」
俺が言うと、ケイは首を傾げて俺を見つめる。
なんたって、死者を蘇らせる魔法だ。彼女の過去の事を考えると、興味津々になっても仕方がない。
しかし、興味を向けない理由は、ある意味当然だと言うものであった。
「私が死なせないからね」
「……オイオイ、危うく惚れる所だったぞ」
「心配しなくていいよ。惚れる前に死なせるから」
あれー? さっき死なせないって言ってませんでしたっけ?
ケイが愉快そうにケラケラと笑う。しかし、そのような雰囲気は、この後直ぐに彼女によって打ち消された。
2対の目がお互いと向き合う。人と話す時は目を見る、とは誰が言い出したのだろう。
「それで、どこから説明してくれるの? このゲームの不思議を」
「……そうだな、まずはリスポーンの事から話そうか。大丈夫だ、聞き飽きるまで説明してやる」
「それ来た」
さて、どうやって説明したものかな……?
書いてて思う。話の運び方、ヘタじゃないか?
自分が思うに、場面を時間的に切り離さないと、なんだか物語の流れが遅く感じるんじゃないかと。
場面を何度も時間的に切り離すような書き方は苦手なんだが。
その分、話の境目で思いっきり場面を切り離したりするんだけど。