「意外と食い物が無いな。残念だったな?」
「私は別に残念がってないんだけど」
ある程度都を見て回り、結構な量の荷物が溜まってきた所だ。要所要所で四次元ポケットに収納しているが、また袋で両手が塞がってしまった。
食い物はあるにはあるのだが、元いた王国でも見られるような物ばかりだったから、ちょっと試しただけで後は無視した。
「代わりに酒は沢山揃ってたね。現地で作られてる様な物はなかったけど」
「どうしてだろうな?。ドワーフは酒を好むと言うのに」
「作ってる間、ガマンできないのかもね」
ビール、ワイン、日本酒、ウォッカ。俺の知る酒とは大まかにこの4種類だが、このドワーフの国ではビールが特に多く流通しており、次にウォッカが来ている。
だからってワインや日本酒は無いわけじゃないが。
……因みに、本来の製法以外に錬金術でも作れてしまうらしい。
錬金術は一体何を目指しているのだ。
「酒、そういえばこの世界に来てから飲んでないかも」
「酒場に行く機会が少ないからな」
「うん」
とは言ったが、俺の知る範囲では彼女が酒を飲む頻度なんてのがそもそも少ない。
書いていた当時の作者、つまり過去の俺が、酒がどういうものか知らなかったから。という可能性もあるが。
「……ケイ?」
そう考えていると、俺より前を歩いていた筈のケイを、いつの間にか追い抜いてしまった。
一体どうしたのだろう、俺は後ろを振り向いた。
「……これは」
ケイは、偶然そこにあった露店に足を止めている。
「どうした」
そこまで気を引かせる品物でも並べられているのだろうか。俺は彼女のそばに歩み寄って、その品揃えを眺めた。
なるほど。
ささやかな驚きで以って、ケイが足を止めた訳を理解した。
「銃……」
「お、プレイヤーの冒険者さん? 銃を知ってるって事はそういう事でしょう?!」
「ちょ、ちょ。そんな詰め寄んないで」
銃を並べた露店に居座っていたのは、身長が低いくせに妙に年齢を感じさせる女性のドワーフだ。
恐らく、言動から察せられる様にこの女性はプレイヤーである。
「おっとっと、ごめんなさいね。ついつい盛り上がっちゃって」
「ちょっと怖い……。それより、これはどうやって」
「それがねえ! これがなんと、じ・さ・く!」
「だから怖いって。声大きいし顔怖いし」
なんと……。あのケイが女性のドワーフを恐れるとは。思わぬ弱点だ。愛用のメモ帳にでも書き記しておこう。
と、それは冗談として。
この銃は、今まさにニカニカと笑いを飛ばしている女性ドワーフが作り出したのだろう。
前に懸念していた事が、すでに為されていた。
「どうやって作ったの?」
「そらもう! 手に入ったものを分解して1つ1つ複製してね……」
「……なるほど」
まあそういう作り方になるだろう。
設計図もナシに現物が手に入ったのならば、複製する手段というのもそれに限られる。……と言うのは、素人の意見だが。
「やっぱりオリジナルには劣るけど、1つどうだい? 皆どうせオモチャだと言って相手してくんないもんでね」
オモチャ呼ばわりだと?
彼女の言う通りなら、確かに性能は多少落ちているだろう。だが銃という武器を持つだけでも結構変わるはずだ。
「性能は?」
「土台に固定しての射撃で、精度は30メートルで……まあ酷くて数センチってところかね。普段は数ミリかそれらさ。威力は、まあ鉄板を1枚貫くぐらいとしか分からんね」
「鉄板一枚、か」
実際の銃の性能に関してはよく知らないが、鉄板を2枚ぐらい貫けないのだろうか。それとも俺の想像する鉄板がただ薄いだけか。
俺は並べられた品物を観察する。職人の眼を持たぬ俺には、どれも何の変哲のない銃にしか見えない。
「うーん……」
「因みにんだけど、例の襲撃で流れ込んできた銃を買うとしたら、結構
「かかるって、どれぐらい?」
「私の今までの稼ぎの殆どが消えるぐらいさ」
それは……、ぼそぼそと弁当売りをしていた俺達には手が届きそうもない……。
依頼の報酬を合わせても、恐らく無理だ。
ここに並べられた品々と一緒に添えられた値札がある。
少し重い出費になり、今後の事を一切考えないのなら二人分買えそうだ。
「向こうの方が性能や技術が上だとは言え、同じ攻撃手段を持てるのは安心できるよな」
扱うのに特殊な訓練が必要でない武器の場合、未経験のまま使うのと経験者が使うのとでの差がある程度縮まってくる。
勿論銃の扱いには慣れた方が、もっと言えば訓練をしておいた方が無難だが、けれど俺のような素人が使ってもある程度の戦力は期待できるだろう。
「ソウヤ、弓と銃を比べ……るまでもないよね」
「言うまでもなく銃のほうが強いが、弓矢もコストの面では利点がある。矢は再利用出来る上に比較的安価だが、銃の弾は使い捨てだし高い。その上、この場合は供給元も限られる」
「ふむ……。因みに弾は一発幾ら?」
「まだまだ生産の効率化は出来てないもんでねえ、全部手作りさ。一発200Yぐらいになっちまうけど」
1発でそんなに……。
ここで売られている銃はリボルバーだが、その外観を軽く見た所6発の弾が込められそうだった。
だから、最大まで装填した物を撃ち切ってしまうと、それはつまり、1200Yを敵あるいはそれ以外の何処かへと叩きつけるというわけである。
「安物の矢を何十本も買える……」
そして、一応は弓矢を得物にしている身。つい矢の値段と比べてしまった。
コストと、有事に期待する戦力。その天秤は、どちらを重く見るかで傾きが付いてしまう。
この資金でポーションを買えば、銃の代わりに弓矢を使うことになるが、何度も体勢を立て直す事ができる。勿論この資金には、ポーションの他にも用途がある。
逆に銃と弾をセットで買い、更に今後も使い続けるとなると継続的なコストが発生して……。これの対策は弓矢と併用する事だが、幸いにも銃は懐に入るサイズだから携帯の邪魔には―――
「……本体を1つ。それと弾を10、いや20個。それと、少しで良いからまけ」
「―――え」
「おほっ、豪快に行ったねえ! その気概や気に入った、2割引いてやるわよ!」
「ええ!?」
一度目は、俺が思考している最中にケイが決断してしまったことに。二度目は、ケイの決断に対して有無を言わさず2割も値引いてしまったことに驚きの声を上げる。
「ま、まだ何も言ってないんだけど」
と言いつつも、財布をもぞもぞと弄っているのは流石というべきか。しかし交渉を始めようとするや否や、ドンと2割引きである。
これには、スーパーでシールを黙々と貼る店員も、口を空けて呆けること間違いなしだ。
「はい、ちょうど。えっと……、ありがとう?」
「気にすんなってぇっ。私としちゃ、出来上がったもんをさっさと試して貰いたいんですわ! ……だから、後で感想言ってくれな。待ってるから」
「感想……分かった。また会いに行くよ。感想を伝えるのは彼だけどね」
取引が完了した……と言うには形式張った言い方だが、それを済ませると、ケイが購入したものをそのまま俺に渡してきた。
銃1つと、その弾丸が20発。その重さに少し力んだが、落とすような事無くポーチに入れた。
思わず受け取ってしまったが、ケイは俺が持つべきと判断したのだろうか。
「なぜ俺に?」
「キミは弱いんだから、強い武器を持っているべき。私は何時でもキミを守れるというわけじゃないんだ」
「む、むう。そうか……」
弱いと言われた上に、女性に「キミを守る」と言わせる俺は一体どういう立場なのだろう。
いや、分かっていたし自覚も十分しているとはいえ、不意にそういうことを言われると落ち込んでしまう。
この人形には、職業や種族によるステータスやスキルの成長ボーナスが無い。
何をするにも成長が遅いし、そもそも元がステータスゼロスキルゼロ。正に無い無い尽くしの俺がそこからのし上がるには時間がかかる。
時間をかけた結果成長したのが『料理』と『弓』ぐらいで、関連ステータスも一応上がっているとは言え他は殆ど放置……。一般プレイヤーが相応の職業で冒険を始めた時点で、既に俺のステータスは追い越されているだろう
俺は更に落ち込んだ。
「出来の悪い人形劇みたいにの垂れてるけど、大丈夫?」
「たった今大丈夫じゃなくなった」
まあ、今までも何度もぶつかって、そして騙し騙しやっていた事だ。
諦めて、時間がかけろ。という俺の結論がとっくに出ている。
あるいはもし、どの様な手段も厭わないのであれば……──
・
・
・
その後、広場に戻った俺達は、ベンチに座って溜まった疲れを癒やしていた。
「疲れた……。たった一日だというのに、色々浪費したもんだな」
「新しい場所で新しい物を見つけてばっかりだったんだ。そうもなるよ。帰りも誰かの護衛で路銀を稼げればいいけど、この時期に態々王国に行く人なんていないからねぇ……」
それは確かにそうだな……。
復興の影響で大工の需要が上がって、沢山の人がやってきた時期とは違うのだ。
その需要が落ち着いたというのに、色々と騒がしい王都に留まる必要があるだろうか。つまりはそういう事だ。
「ドラゴンの素材が王都で出回ってるっていう噂はあるんだけどね」
「まあ、デマだよな」
「デマと言うか、勘違いというか」
恐らくだが、それはケイの噂から派生してできた様な物だろう。
王都の中心で出現したドラゴンを、何処かの銀髪の少女が転移の魔法を駆使して首を刈り取った。
ここら辺ではそう噂されていた。
これには若干の誤解がある。
討伐は出来ていないと言うか、最終的に厄災竜は少女の姿に戻ったため、ドロップアイテムが出ることはなかった。
出たとしても、その所有権はケイにあるだろうし……。
「お前の手元にもしドラゴンの素材があるとしたら、どうするんだ?」
「売り払う。それを素材になにか作るとしても、今の私たちには素材を加工してもらう金がないでしょ」
運命と言うモノが別の可能性を選んでいたなら、街はドラゴンの競りで大騒ぎだったろう。あるいは市場でぽつんと並べられていたかもしれない。
「……別の理由は?」
「目立つでしょ」
「目立つか?」
この世界でウロコ模様の防具やらを着込んでも、見る人が関心するだけで留まると思うが。
「だが」
「あ、そうだ。そういえば結局土産を買ってないや」
むむ、話の流れをすり替えられた……。まあ、別に良いけどな。
さっきまで色々買ってきたが、確かに土産にするものは買ってなかった。大体がこちらで使おうと考えて買った物である。
贈り相手はレイナあたりを想定しているが、彼女が宿の部屋住んでいる以上、形に残るものは限りある空間の一部を専有してしまう。食べ物類や消耗品、あるいは小さいものが良いと思うが。
「何を買うか、考えてるか?」
「何も思い浮かばない……」
そうか。ケイはこのあたり鈍いからな。
頭を抱えて唸るケイを見て、俺もまあ一応と考えてみるが、ピンと来るものは何もない。……もしや、俺もこのあたり鈍いのかもしれない。
俺は目を閉じて唸った。
「ううむ」
「うーん?」
「……なぜケイさんとソウヤさんは、腕を抱えて悩んでいるんですの?」
いや、どうしても土産に良さそうなものが思いつかなくてな。
出来の悪いエンジンの如き唸りを上げるのをやめ、声の主の方へ向いた。
不意に介入してきた3人目は、俺達を不思議そうな目で見るエルフ、ハルカだった。
「いつの間に」
「うふふ、さっきぶりですわね。一緒にお買い物だなんて、仲がよろしいようで」
ハルカの頭の中での俺達は、恐らく凄まじく見当違いな物となっているだろう。微笑ましいとでも言いたげな表情でこちらを見てくる。
俺達はげんなりとした。弟にも似た様な事を言われた気がする。
ところで、なぜハルカはここに居るのだろう。疑問の対象である彼女は俺たちと同じベンチに腰を下ろし、小さなバッグを地面に下ろした。
何かの買い物に行く最中か、あるいは俺達に直接会いに来たのだろうか。
「キミは何をしてるの? 買い出し?」
「いいえ。家事は全てメイドさん達が済ませてしまうのです。私に出来ることは殆ど無いのですわ」
メイドさんとはアンドロイドの事だろうか。まあ、外であの単語を安々と口にしていたら問題が起きそうだ。俺たちもこうして言い換えるべきだろう。
しかしアンドロイドが家事を担当してくれるとなれば、この姉弟はなにか別のことに専念できるだろう。メチャちゃんくんは機械いじりを、ハルカは……何をやるんだ?
そう言えば、俺達は彼女の職業を知らない。恐らく生産職なのだろうが。
『ハルカはプレイヤーなのだろう。ここで何か生産とかしているのか?』
「特に何もしてないですわ」
……うん? 何もしていない?
「趣味として折り紙とゲームは
「あー……。つまり、無職さん?」
「あら、中々心に来ることを言いますのね。でも否定はしませんわ」
はあ、珍しいプレイヤーも居るものだ。と自分のことを棚に上げつつ思う。
戦闘職としてでも生産職としてではなく、この世界でただ趣味に励むプレイヤー。
確かにこの世界では現実と比べ時間の進みが遅く、時間をかけて何かをやりたい者にはうってつけだろう。
「メッチーから聞きましたわ。ソウヤさんの呪いに関しての事です」
ああ、確かにこの身体と声の事は、真実をある誤魔化しつつも話した覚えがある。
それが一体どうしたのだろう。
「実は、フェニックスの血というアイテムを持っているのです。どうにか解呪にお役立ち―――」
「待って待って待って」
「……どうしたのですか?」
バッグから煌めく朱色の液体が入った瓶を取り出すのを、ケイが慌てて止めに入る。
「いや、どうしたっていうか、え、なんでフェックスの血が、え」
「落ち着け、ケイ」
慌て過ぎだ……。たかがフェニックスの血だろう。ケイだって何度かこの名を耳にした筈だ。確かに珍しいが、いい加減慣れてもいい頃だ。
……しかし、このアイテムは意外と流通しているのだろうか? 結構な貴重品のはずだが、目にする機会が結構多い……。
「一部はメッチーが王都に行って売り払ってしまったのですが、念の為ということで残りがこちらに残されたのです」
「……なるほど」
一瞬、レイナが市場でこのアイテムを発見したという話を思い出したが、そんな奇跡的な偶然なんて無いだろうと思い首を横に振る。
『フェニックスの血を使った解呪ポーションは既に試した。残念だが無意味だ』
「あら、そうなのですか? それは……残念ですわ」
『気持ちは受け取る。ありがとう』
「……ていうか」
どうしたのだろう。落ち着きを取り戻したケイが口を開く。
「どんな経緯でそんなもん手に入れたのさ。秘密って言うならそれでいいんだけどさ」
「特に秘密でもないですわよ。メッチーがフェニックスの討伐に成功して、その素材が有り余っているというだけですもの」
「討伐……」
「確か、運良く番いごと倒したらしいですわね」
「つがっ」
おお、それは凄い。ケイもさぞ関心するだろうと思っていたら、彼女はショックで凍結していた。
またか。
俺としては、まああり得ない話では無さそうだなと思っているのだが。おかげで、討伐に関してはただ「やはり凄いな」と尊敬の意を示すのみだ。
……だって、アンドロイドを作るメチャちゃんくんだぞ? 作り出したアンドロイドを用いた物量作戦、あるいは技術力の暴力を以て勝利したのだろうと想像できる。
まあ、フェニックスやアンドロイドの実際の強さを知りはしないのだが。
『メチャちゃんくんの力か』
「ふふ、そうですわね。力と言うより、技術力と行った方が近いでしょうけれど」
技術力の暴力。
それを想像した俺は、銃声の鳴り響くドラゴン討伐戦の光景を目に浮かび、どうしてかそれっぽいなどと思ってしまった。
……いや、これアレだ。
ゴヂラだ。
「メッチーは頭の回転が早い割に自分で何かするには力不足ですから。……ふふ」
ハルカが堪える様な、堪えきれていない様な笑いを零して、俺はどこが可笑しいのかと首をかしげる。
「すいません。あの時の顔を思い出してしまって……」
思い出す?
「彼、何連敗もすると、不服な顔を見せてくれるのです。アクションゲームではメッチーは不利ですから。……懐かしいですわね」
……?
ハルカが懐かしげに微笑むその表情を見て、俺は違和感を抱いた。
「まあ、違うジャンルになると逆転するのですけれど。例えばパズルとか、戦略ゲームとか」
……いや、気のせいだろう。
『こっちでもそういうのを遊べるのか?』
「流石に出来ないですわ。精々ボードゲームで対戦するぐらいでしょうか」
「あー、チェスとか?」
「あら、懐かしいです。10連敗して2時間撫でられの刑に処されたのを覚えていますわ」
一体どんな罰ゲームをやってるんだよ……。
「何その罰ゲーム……。キミたちは普段どんな罰ゲームやってるの?」
「私が勝った時はほっぺフニフニの刑と、髪梳かしの刑、イジワルな時は雑用をさせた事がありましたわね」
軽い……というか、普通に頼めばやってくれそうなものばかりである。
「逆にメッチーが勝った時は、撫でられたり、抱きしめられたり……ふふふっ」
「え、シスコン?」
しかも当の姉さんは寸とも嫌がっていない様子だ。
シスコンという言葉をケイが知っていたことにも驚きだが……、ケイのことは別として、問題はメチャちゃんくんがどういうつもりでそんな指示をしたかという事だ。
「……そういえばキミ、メチャくんに姉さまって呼ばせてたよね」
「ええ。あれは……」
「姉さまぁっ!」
話をすれば……と言うにも余りに丁度良さすぎるタイミングで、その声は聞こえた。
メチャちゃんくんだ、何やら穏やかではなさそうな様子である。
「あらあら、見つかってしまいましたわ」
「居なくなったと思ったらどこに行ってたノ?!」
「広場ですわ」
「そういう事じゃないノ!身体が自由に動かせるからって勝手に行かないデ!」
不機嫌なメチャちゃんくんに対し、笑顔を保ちながら言葉を受け流す。
まるで子供の癇癪を見守る母の様だ。
「何でボクに何も言わなかったノ?! 心配したんだヨ!」
「ちょっとした用事ですから、ついつい勝手に出ちゃったのですわ。本当ですよ?」
「ウソつき!」
「ふふふ」
「……あー、2人とも?」
口論や喧嘩と言うには、両者の温度差が余りにも開きすぎている。
その様子を見かねてか、この流れを止めようとケイが前に一歩出る。
「喧嘩するのは構わないけど、家でやってくんないかなあ」
ケイに忠告に、メチャちゃんくんは初めて周囲の目に気づいた。
「……ぷいっ」
「機嫌を直してくださいな。家に帰ったら何かカードゲームでも遊びましょう。何がいいですか?」
「……遊戯帝王」
「そうなると、デッキの準備をしなかきゃいけないですわね」
「ん……」
この姉弟、上下関係は姉の方が上なのだろうか。傍目にはそう見えるだけで、実は弟の方が上なのだろうか。
俺は訝しんだ。
「そういう事ですから、私たちはここで帰らせて頂きますわ。それでは」
「あ、ちょっと待って」
姉弟が揃って帰ろうとしたところで、ケイがそれを呼び止める。
「キミのカバン、地面に置きっ放しだったよ」
「あら、ありがとうございます」
「……それと」
はて、ケイには何か用事がある様で、ハルカのことをじっと見つめている。
「さっきは、ごめん」
「まだ気にしていらしたのですね。私たちは気にしていませんし、あっても既に許しています」
「……それで怒るほど器は小さくないヨ」
「うん、そう言ってくれると嬉しい。……握手、良いかな?」
「勿論です」
ハルカが微笑んで頷くと、ケイがそっと手を差し出す。それに応えて、相手もそれを握る。
手を上下に振る。ケイはハルカの顔をじっと見つめ、ハルカも穏やかな表情でそれを受け止める。
次にメチャちゃんくんとも握手をする。彼の機嫌がああだから、少し軽めだが。
「……それじゃあ、縁があればまた」
「ええ、技術の国、サウス・テクニードを楽しんでくださいね」
「そのつもりだよ」
こうして、仲良く円満な人間関係が築き上げられ、そして別れた。
ケイの友人が増えた様で何よりだ。俺も誇らしい気分である。
・
・
・
ところで……。
「ケイ、どうしてそんな顔をしてるんだ?」
「……いや、別に」
むむむ、何か隠しているな。
秘密を暴かんとばかりに、俺の意識は尋問モードに切り替わる。
「また隠し事か、ケイ」
「私が隠してるワケじゃないよ? キミが知るべきことではないってこと」
なんだそれ。国の秘密を握っているエージェントみたいなセリフを吐きよってからに。
そういう事なら追求しないが。
「……そうだな。じゃあ何も言わん」
「え? お、おー……。いつもみたいに問い詰めないの?」
「言いたくないのと、知るべきじゃないってのは違うだろ」
「な、キミって奴は……。しぶといなって思ったら、今度はあっさりと引くなんて」
なんか不満を言われている様だが、俺は単に、自分の判断に忠実に従っているだけである。
「ただ、なんか拍子で俺も知ってしまったら、その時はその時で諦めてくれ」
「出来れば、耳を切ってでも聞いて欲しくないんだけど」
そこまで言うか。
俺の耳を犠牲にするほどの秘密とは一体なんなのだろう。俺はブルリと震え上がった。
「国家機密レベルの秘密を持っているに違いない。ああ怖い怖い」
俺は瞼もない目を細めて、ベンチの上で欠伸をする。
すぐ横で、下らないものを笑う、愉快そうな声が聞こえた。
伏線を張っては張り、そして偶に拾い。
……フラグ、伏線の管理はしっかりしましょう。
投稿期間が長くなるほど、細々とした伏線は直ぐに記憶から消えてしまいます。